大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年08月17日 | 植物

2057> 大和の花 (295) ミズアオイ (水葵)                              ミズアオイ科 ミズアオイ属

                                                  

 日本に見られるミズアオイ科の植物は、ミズアオイ属のミズアオイ(水葵)とコナギ(小菜葱)の2種が自生し、ホテイアオイ属のホテイアオイ(布袋葵)とアメリカコナギ属のアメリカコナギの野生化した外来2種が見られる。ここでは自生の2種と帰化して野生化したり植えられたりしている外来のホテイアオイに触れてみたいと思う。

 まずはミズアオイから。ミズアオイは水田や湿地などの水湿地に生え、草丈が20センチから40センチほどになる抽水植物の1年草で、長さが10センチから20センチの葉柄に10センチ前後の心形で厚く光沢のある葉を根生し、この葉がカンアオイ(寒葵)類の葉に似るのでこの名がある。茎葉の柄は短く、葉も小さい。

 花期は9月から10月ごろで、茎は太く、根生葉よりも高く抜きん出て、その上部に青紫色の花を総状につける。花は直径3センチ弱、花被片は6個、雄しべも6個で、そのうちの1個は長く伸び、葯が青紫色、残りの5個は短く、葯は黄色である。実は蒴果で、長さが1センチほどの卵状楕円形になり、熟すと下を向いて垂れる。

 北海道から本州、四国、九州に分布し、朝鮮半島から中国方面にも見られる。大和(奈良県)ではフジバカマ(藤袴)と同じく、2008年の奈良県版レッドデータブック『大切にしたい奈良県の野生動植物』に「近年全く見られない」として絶滅種にあげられている。これについてデータブックの補足説明には、「大和植物誌(岡本1937年)には平和村(現大和郡山市の一部)、磯城郡東村(現田原本町の一部)他平坦部各地と記されているように池沼のほとりや水田にも生育していた。云々」と見える。

  その後、自生地が失われ、自生地の復活が試みられたりしたが、自生地が蘇ったという話は聞かない。昭和時代のはじめごろには大和平野のそこここでミズアオイの青紫色の花は見られたようであるが、今は植栽によるもの以外は見られないようである。写真は植栽によるもの(奈良市の春日大社萬葉植物園など)。

  なお、ミズアオイの別名はウシノシタ(牛の舌)で、本草書によると古くはナギ(水葱)と呼ばれ、食用乃至は薬用にされていたようで、民間療法として、みそ汁の具にミズアオイの茎葉を刻んで入れたり、煎じて服用し、胃潰瘍の治療に用いたという。また、『万葉集』 に見えるなぎはミズアオイと見られ、万葉植物にあげられている。  炎暑なる今日も誰かの救急車

<2058> 大和の花 (296) コナギ (小菜葱)                               ミズアオイ科 ミズアオイ属

               

  水田や沼地などの水湿地に生える抽水植物の1年草で、ミズアオイ(水葵)に似るが、全体に小さく、草丈は30センチ前後、葉は長い柄を有し、披針形から卵心形まで変化が多い。花期は9月から10月ごろで、葉腋に直径1センチから2センチほどの濃い青紫色の花を咲かせる。本州、四国、九州、沖縄に分布し、大和(奈良県)では絶滅種にあげられているミズアオイと異なり、水田の脇などでよく見かける。

  前回のミズアオイの項でも少し触れたが、『日本書紀』や『万葉集』に見えるなぎ(水葱)は食用を意味する菜葱の義でミズアオイとされ、こなぎ(小水葱)はミズアオイの小さいものの意として見られ、現在のコナギ(小菜葱)を指すものと認識されていたようで、ミズアオイと同一視されているところが歌の端々にうかがえる。

  『万葉集』にはなぎが1首に、こなぎが3首に見え、こなぎは「植えこなぎ」の表現で登場している。このように万葉当時には植えられ、茎や葉を羹(あつもの)などに用い、濃い青紫色の花は摺り染めにしていたことが万葉歌からはうかがえる。つまり、コナギはミズアオイと同じく、万葉植物ということになる。『大言海』(大槻文彦著)によると、こなぎは「田ニ植ヘレバ、田水葱(たなぎ)トモ云フ」と「植えこなぎ」をフォローしている。

     春霞春日の里の植ゑこなぎ苗なりと云ひし柄はさしにけむ                                     (巻3-407 大伴駿河麻呂)

  これは『万葉集』の歌で、コナギが水田の脇などで今も見られるのは、この万葉歌が詠まれた当時の面影を残すものと言えなくもないように思われる。現在のコナギは雑草として厄介者のように扱われ、当時とは大違いで、その姿には何か身捨てられたものの孤独と憂愁を感じさせるところがある。だが、このようなコナギの姿にも、種子で種を繋いで行く1年草の力強い生の展開が思われ、いじらしさも感じられる。 写真は花を咲かせるコナギ(桜井市東部)。 美味求真美味求真のこころ旅岩間に掬ふ掌の水

<2059> 大和の花 (297) ホテイアオイ (布袋葵)                           ミズアオイ科 ホテイアオイ属

              

  南米原産で、世界の暖地に広く帰化している浮水植物(浮遊植物・根が底に固定せず、植物体が水に浮遊して生育する植物)の多年草で、日本には明治時代に観賞用として渡来した。所謂、外来の帰化植物で、中部地方以西の暖地で野生化している。

  長い柄を有する広倒卵形の光沢のある厚い葉をロゼット状に多数つけ、柄の中ほどに多胞質の袋状の膨らみを持ち、これによって植物体全体が水に浮く仕組みになっている。この膨らみを七福神の布袋さんのお腹に擬え、この名はあるという。花期は8月から10月ごろで、長さが15センチほどの花序を立て、直径4、5センチの6花被片からなる花を数個から10個ほど一度に咲かせる。花は淡紫色で、上側の1個が大きく、紫色のぼかしの中央に黄色い斑点が入り美しい。この花がヒヤシンスを思わせるところから英名はwater hyacinthという。

  花は朝方開いて夕方には萎む1日花で、萎んだ花は花序ごと倒れて水に没し、翌朝には新しい花序が水面に登場し、また一度に花を咲かせ、花が終わるとまた水に没し、水中で結実する。花期中これを繰り返すが、日によって群落の花の数が異同が大きいのはこのためで、天候などに左右されるのではないかと言われる。

  ホテイアオイは根を水中に広げ、水中の窒素分などの栄養分を吸収して成長するので、水質浄化作用があるとして、環境保全を目的に池などに導入されるが、繁殖力が旺盛なことと、冬に茎や葉が枯れて腐臭源になるリスクもあることから、管理が十分になされず害草となった事例もあって、環境省では要注意外来生物にあげている。まさに、私たちには功罪半ばの外来植物と言える。

  だが、一般には花が美しいので、園芸店などでも販売され、よく知られる水生植物で、大和(奈良県)では、橿原市城殿町の本薬師寺跡周辺の水田1.4ヘクタールにホテイアオイが植えられ、休耕田利用による町興しの観光事業として定着し、近くの畝傍北小学校の児童らが植えつけに協力し、毎年、みごとな花を咲かせ、ホテイアオイの名所として知られるようになった。見渡す花の広がりは圧巻で、8月から9月にかけての花の時期には訪れる人も多い。枯れる冬場は来年用の株を確保し、残りは処分されるので腐臭の問題は起きないようになっている。

  写真はホテイアオイの花。左は植栽による群生の花(夕方には全ての花が萎れて水に没するので、日毎に新しい花が登場することになっている)。右は花のアップ。    過去を負ふ旗はそれでも靡きつつ僕らの旅は続けられゐる