<1368> 安倍政権の五つの問題点 (2)
現在に逼迫し余裕のないものに将来を見通すことは無理である
現在にうつつを抜かしているものによりよい将来は約束されない
将来が約束されず見通せないものは覚束なく不安な気分に陥る
お坊ちゃまというのは周囲のお友だちに持ち上げられるので、傲慢になる。だが、傲慢の裏にはお人好しの一面も持ち合せている。言わば、お坊ちゃまというのはずる賢くはない。人間性で言えば、好人物の部類に入るのだろう。しかし、このような人柄は狡猾な人間に利用される傾向がある。ここで考えなくてはならないのは、米国という国の特性である。米国というのは合理主義の国で、国家戦略上好ましいと思われることについては容赦なく戦略を立て実行して来る。当然、この逆もあり得る。ずる賢くも巧みにである。
お人好しのお坊ちゃまには、安保法制を約束通りに決め、米国への贈り物にしたので、以後は安心して米国との関係を保つことが出来ると思う。国民に大きい犠牲を担わせるとしても、そういうところに頓着しない。だから幾ら反対の声が巻き起こっても動じることがない。強い後ろ盾があるからである。ということで、安保法制というのは親の立場の米国にはぐずぐずする子に言うことを聞かせる持って来いの法制ということになる。だが、この法制を米国の利に適うようにしなければ、米国にとって価値あるものにはならない。とすれば、米国は日本のこの法をもって米国の国家戦略に組み入れ日本に要求して来ることになる。その要求は日本国民には馴染まず、日本は要求の度に悩むことになる。
ここで四点目の問題が顕現して来るわけである。安保法制を決めたから日本は米国に守られ、安心していられるだろうかという点。ここに疑問が生じる。安倍首相には安心と言えるのだろうが、そんなに甘いものではない。私はむしろ安倍政権の国際情勢の見通しの甘さ、殊に米中関係における日本の立場の危さへの考察が足りないように思われてならない。日本を戦争の出来る国にする安保法制が決まるというこの時期に、何故か米中首脳会議のため中国の最高責任者習近平国家主席が訪米するという。この会談において何が語られるか。ここのところを読み解かなくてはならないが、それが出来ているのかどうか。
日本海やシナ海において緊張を深めることは、日本にとって何ら益になるものではないが、米国も中国も国家戦略上望んでいるかも知れない。殊に米国は望むところであろう。というのは一昔前の米ソのように東西南北に国を色分けする冷戦時代と同様の米中二大国による世界の構図が暗に米中の合意のもとに構想されているのではないかと考えるからである。この推理はあながち荒唐無稽なものではないと思う。
となれば、時代は半世紀ほど戻され、色分けされた接線上にある国々はこの事情によってぎくしゃくせざるを得なくなる。当然、日本も色分けされる接線上に位置する。この状況が想定されるのは、人口もさることながら中国という国がそれだけ強大になっているということの証でもある。このような世界の情勢下、日本を戦争の出来る国にする安保法制が決まったということは日本の立場をより鮮明にし、世界の関係性においてより表面化することになる。全くとは言い切れないけれども、米中が直接戦火を交えることはまずなく、冷戦時代に等しく、その接線上の国々において紛争が起き(今も起きているが)、その様相が安定しているかに見えるアジアにも及び、戦争の出来る国にした安保法制によって平和を保ってきた日本もその争いごとに巻きこまれて行く可能性が強くなったと言える。
この二大国が直接戦火を交えることがないということは、すでに冷戦時代の歴史が証明している。米国という国は弱い国を相手に自国を戦場にしないことを旨として、戦争に加担して来た国である。でなければ、大義名分をかざして巧みに戦争を仕掛けて行くというやり方をして来た。安保法制はこのような国とともに平和憲法を置き去りにして戦う国にするというのである。これはある種国民の犠牲を強い、世界に向けて参戦することを宣誓したことになる。こうなると日本は米国に敵対する国から憎まれる立場に置かれ、その結果、この安保法制は日本人がテロの標的になる可能性を増大させたと言える。
こういうリスクも含め、言ってみれば、大義名分の陰で実にずる賢いやり方をして戦果を上げて来た米国とともに日本は今後戦火を分かつということになるわけで、安保法制は日本人に覚悟を強いる厳しい法制だと言わざるを得ない。前述したように、米国という国は同盟国が困っていてもその相手国が強く大きい国、例えば、中国のような国には決して矛先を向け同盟国を助けて直接戦火を交えることはしない。最近、南シナ海に進出し、埋め立てを進めている中国とのトラブルに悩む同盟国のフィリピンが困り果てている現状を見てもそれがよくわかる。この中国の横暴に、米国は抗議する程度で、それ以上の行動を起こさない。で、この点におけるフィリピンには重要視されている同盟国としての恩恵に浴することが叶わずにいるのである。
翻って日本の国境問題を思うに、米国との同盟を強固にしても、中国との接触トラブルに米国が介入する可能性は極めて少ないと言える。現在の南シナ海の現状がそれをよく物語っている。これは米中の色分けの構図の想定内にあると見れば理解出来る。この国境問題を日本はどのように考え、以後行動に出て行くのだろうか。言わば、尖閣列島を含む日本の国境問題も米中の思惑の範疇にあることで、南シナ海と同じく、この二つの大国の国家戦略の思惑に左右されることになって行くのではないかと思われて来る。故に、習近平国家主席が訪米して行なわれる米中首脳会談は気になるのである。
仮に南シナ海の相手国が中国でなく、フィリピンと対等くらいの小さな国だったら、米国は同盟国のよしみにより直ぐに実力行使に出て一戦を交えるくらいのことをやるだろう。これが米国という合理主義の国なのである。だから、今後のアジア情勢というのは米中の思惑にかかっていると言っても過言ではない。この点が果して安倍政権には読めているだろうかと思われて来る次第である。
また、これに加えて言えることは、米中間の問題は、国防だけでなく、経済も微妙に関わることで、この構図の中では日本もこの構図に否応なく当てはめられて行くことになる懸念が浮上して来る。日本は米国側に与してゆくことを安保法制によっていよいよ色濃いものにした。これに加え環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の問題が関わる。これも米国主導でことが収まりつつある。これによって日本外交は米国の手中にして中国とは反目せざるを得ない状況を生むことになる。言わば、人口十三億人の中国とは仲良くして行けない選択をしたということになる。
日中のこうした状況の推移は十三億人の市場を取り込む意味において米国には有効に働くから戦略上好まし爲と言える。これに反し、輸出を武器にしている日本には損失の大きいことが言える。この点においても安保法制の決着は米国を極めて喜ばせることになったのである。安倍首相の演説に拍手喝采を送った米議会の模様に、どこの首相かと嘆かわしく思えたのも、こういう状況が意識のうちにあったからである。もちろんこれだけではなく、自衛隊員の米国軍傘下における下働きをさせられるということで、日本国民を戦場に曝すことによって米国は兵士の人員削減にも繋げられる。このことも米議会の拍手喝采には含まれている。そして、戦略国家米国からは早くも、安保法制を利用すべく次の一手である南シナ海の警備を日本に負わせるという任務の期待の声が聞こえて来るのである。
この南シナ海の話はより中国と日本の緊迫した接触を多くし、そうした接触が多くなれば当然のごとくトラブルの可能性も高くなる。これも米国には計算済みであろう。で、米国は後方でこれを見守るという構図が成り立つわけである。お人好しのお坊ちゃま首相には、狡猾な米国のこういう合理の戦略が読めてはいないのではなかろうか。で、私には米中の関係というものが気になるわけである。取り越し苦労であればよいのであるが。日本にとってこれは重要なことであると考えられる。 写真は安保法制の成り行きを伝える朝日、毎日、読売の全国紙三紙の朝刊一面(大阪本社13版による)。 ~次回に続く~