Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

道徳教育

2013年03月09日 | Weblog

「地図は、いかに精密であろうとも、
 地図自身が、その持ち主を一インチたりとも運ぶことはできない。

 法律書が、いかに公正に書かれてあったとしても、
 法律書自身が、一件たりとも犯罪を防いだことはない。」

(『地上最強の商人』より)


 そして、
道徳の教科書自身が、
正義を行うことも、
いじめをなくすこともないし、
年長者を敬ったり、
親孝行をすることもないだろうと思います。

 つまり、
 その価値を真に理解する人が、
 それを用い、具体的に行動を起こすことによってのみ、
 航海は成功し、犯罪は防がれ、正義は行われるのだと思います。

 道徳の教科書を作って、
 中途半端な価値観で教え、
 結果として道徳の価値を貶めるより、

 私は、世界の名作文学をただじっくりと読んだり、
 世界の偉人の生き方や言葉に触れたりする方が、
 余程教育的だと思います。

 余計な解釈など要らないのです。

 小賢しい現代人の知恵よりも、
 歴史の風雪に耐えた、
 文学の言葉の力の方を私は信じます。

 道徳教育の教科書を作り、
 義務化することには、
 私は一種の不道徳の臭いを感じます。

 それは、善しかない人間の物語はないからです。
  
 善があり悪がある狭間で、
 如何に判断するかを私たちは問われているのです。

 教える側の人間性が、
 社会の波にもまれ、
 善悪の狭間に立って
 なお善を希求するという強さを持たなければ、

 道徳において語られる言葉は、
 どうしても嘘くささを隠すことはできず、

 その偽りと矛盾とを子どもたちは鋭く感じるはずです。

 子どもに教えようとしていることを、
 まずは自分自身が本当にできるのか?

 そのことが問われるのだと思います。

 

 



 

 






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