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高齢者お断り」の賃貸住宅がなくならない、知られざる理由

2022年02月07日 | 最新情報
宗 健 麗澤大学客員教授・大東建託賃貸未来研究所長/AI-DXラボ所長
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00247/020100026/

 日本が高齢化社会に突入したといわれて久しいが、住まいを自由に選べない高齢者は年々増加している。
 それは、高齢者の増加と持ち家率の低下によって、高齢者が必要とする賃貸住宅数が増えているにもかかわらず、高齢者が借りやす
い住宅はなかなか増えないことが背景にある。
 今回はなぜ高齢者が家を借りにくいのか、その隠れた構造的背景について考えてみたい。

 この連載ではこれまで何度も「持ち家か賃貸か」というテーマを取り上げてきた。
 連載第4回で述べたように、年齢が上がるに従って持ち家率が高まることからも持ち家が有利であるのは自明と考えている。しかし
一方で、第5回で紹介したように、持ち家率は近年低下している。例えば、住宅・土地統計調査の1998年と2018年を比べると、45~49
歳の持ち家率は69.7%から60.5%と大きく低下している。
 このような状況を踏まえると、高齢化で世界のトップランナーである日本においては今後、高齢者の住まいをどうするかという問題
を避けて通れない。
 平均寿命は1950年には男性63.6歳、女性67.75歳だったが、1990年には男性75.92歳、女性81.9歳と大きく伸び、2020年時点では男性
81.64歳、女性87.74歳と男女ともに80歳を超えている。
 今生きている人が、どのくらいまで長生きするかは、平均余命という指標で推測できる。
厚生労働省が作成している令和2年(2020年)簡易生命表によれば、現在50歳の人(ちなみに、
日本人の平均年齢は47.8歳)の平均余命は男性33.12年、女性38.78年。つまり現在50歳の人は、平均で男性は83歳まで、女性は88歳ま
で生きることになる。このようにこれからも平均寿命は延び続け、男性で85歳近くになり、女性は90歳を超えると予測されている。
 例えば夫35歳、妻30歳だとすると、夫は85歳になるまでの50年間、妻の立場で考えれば90歳になるまでの60年間、住まいを確保しな
ければならないということになる。
この時、35年ローンで家を買ったとすると夫70歳、妻65歳の時点で返済が終了することになり、妻はその後の25年間は家賃の心配はす
る必要がなくなる。この安心感が持ち家の大きなメリットと言えるだろう。
 しかし、賃貸住宅に住み続ける場合には、そうはいかない。夫35歳、妻30歳の時点で子どもがいる場合、少なくとも20年程度は比較
的広い家が必要となる。子どもが独立して手ごろな住まいに引っ越すときには、夫は55~60歳、妻は50~55歳になっている。
 未来の不動産の状況を予測することは極めて困難だが、現状では夫60歳、妻55歳で家を借りることは、ややハードルが高くなってい
る。そして、例えば夫が85歳で亡くなったときに80歳の妻が新たに小さな部屋を借りることは極めて難しい。持ち家でローン返済が終
了していれば、多少広い家でも問題はないが、年金生活で夫が亡くなった場合の年金額では家賃を支払いきれない可能性が高く、引っ
越しを考えざるを得ないが、現状ではなかなか貸してくれないのである。

法律を厳守すれば高齢者には貸せない

 民間賃貸住宅市場で高齢者に部屋を貸したがらないのには、大きく3つの要因がある。
 1つは、家賃滞納リスクである。高齢賃貸住宅居住世帯は十分な金融資産を保有していないケースがあり、必ずしも余裕があるとは
言えない年金受給額から家賃を支払うことになる。ひとたび家賃滞納が始まれば正常化することが困難だと判断される。さらに家賃滞
納によって建物明け渡し訴訟を起こしたとしても、転居先が見つからなければ強制執行が行われない場合がある。そうしたリスクを家
主が回避する傾向にある。
 しかし、筆者の家賃滞納に関する研究論文では、60歳以上の家賃滞納確率は年齢別に見ると最も低く、家賃滞納リスクは実際には低
いことが強く示唆されている。逆説的に言えば、高齢者は家を借りにくいからこそ、家賃をしっかり払おうという動機が強いというこ
となのだ。
 2つ目の要因は死亡時の対応になる。夫婦での入居の場合には、亡くなったことに誰も気づかない孤独死のリスクはあまりないが、
単身入居の場合には孤独死の可能性がつきまとう。そして、発見が遅れれば部屋自体の原状回復に多額の費用がかかり、告知義務が発
生し家賃も下落することになる。
 孤独死を防ぐことは実際には難しく、いわゆる見守りサービスはその多くが孤独死を防ぐことではなく、孤独死をできるだけ早く見
つけることに主眼を置いている。それは残されたご遺族に多額の原状回復費用を請求しないことにもつながるからである。
 これら2つは、読者の皆さんも、仮に自分が家主になると想像した場合にきっと思いつくリスクだろう。しかし家主が高齢者に貸し
たがらない3つ目の要因は、想像がつくだろうか。
 実はこの要因が実は最も構造的な課題を含んでいる。それは「賃貸借契約は相続される」ということだ。
 借地借家法は1921年に成立し、太平洋戦争が始まる直前の1941年3月に、家主からの解約を制限することで出征者の家族の住まいを
安定させるための正当事由制度が導入された。賃貸借契約が相続されるのも、戦死者の家族が借家に住み続けられることを担保すると
いう背景があった。しかし、戦後75年を経て、賃貸借契約が相続される社会的意義はかなり薄れたにもかかわらず制度は変わっていな
い。
 そのため、厳密に法律を守ろうとすると、以下のようなことが起きる。
 借家人が死亡しても、相続人全員による相続手続きが完了するまでは、賃貸借契約は解除できず、部屋にある物品にも手を付けられ
ない。その間の家賃収入は途絶え、場合によっては相続放棄となり、それまでの家賃収入も残置物の処理費用も全てが貸主の負担にな
ることもある。
 現実の賃貸市場では相続手続きの完了を待たずに残置物を撤去し、新たに部屋を貸し出すことが行われているが、厳密に言えばこれ
は法律に違反した自力救済となる。つまり、法律を守ろうとすればするほど、高齢者には貸せなくなるのだ。
 そうした状況を変えようと2011年に改正された「高齢者の居住の安定確保に関する法律(高齢者居住安定確保法)」では、「終身建
物賃貸借制度」が新設された。借り主が60歳以上の場合は本人が死亡するまで終身にわたり居住でき、死亡時には賃貸借契約が終了す
ることとなっている。
 しかし、この制度の適用を受けるには都道府県知事の認可が必要であり、事実上数十年にわたって建物の用途が固定化されるためほ
とんど普及しておらず、東京都ではわずか52棟が認可されているにすぎない。しかも、そのほとんどがサービス付高齢者住宅か有料老
人ホームとなっている。
 さらにこの終身建物賃貸借制度では、契約者の死亡時に賃貸借契約は終了するものの、契約とは別の概念である建物の明け渡しと残
置物の処理について明確な規定がない。そのため、相続人と残置物の処理について紛争が起きる可能性は否定できない。

公営住宅は退去義務がないので空かない

 このように民間賃貸住宅市場では高齢者を敬遠する構造的な問題があるため、
受け皿になっているのが公営住宅やUR賃貸住宅だ。公営住宅は借地借家法とは別の公営住宅法を基に運営されている。1990年の最高裁
判決で、民間賃貸住宅の賃貸借契約とは異なり「その相続人は、その使用権を当然に継承するものではない」とされており、高齢者を
受け入れやすい。
 この点に加えて、そもそも公営住宅は民間賃貸住宅と異なり営利を目的としていないため、死亡時の原状回復費用や部屋の明け渡し
完了までの家賃負担といった経済的リスクが入居時の判断に影響しないということもある。もっとも、こうした公営住宅のコストは納
税者負担になっていることには留意が必要だろう。
 ただし都市部を中心に、高齢者が入居を希望してもなかなか順番が回ってこずに入れないことがあるようだ。
 また先ほど、公営住宅では使用権が相続されないと紹介したが、実際にはそうではない。
 例えば東京都では、都営住宅の使用承継制度というものがあり、東京都住宅政策本部のホームページには「公募の例外である使用承
継によって長年にわたり同一親族が居住し続けることとなり、入居者・非入居者間の公平性を著しく損なっている原状がみられます」
という記載がある。こうした問題を解決するために東京都では2007年より「使用承継を認める範囲を原則として名義人の配偶者のみ」
とすることとしているが、問題が全て解決しているとは言いがたい。
 公営住宅法では、公営住宅の入居条件である所得制限を超える所得があったとしても退去義務がない。基準を超えた収入があったと
しても、「当該公営住宅を明け渡すように努めなければならない」という努力義務しか規定されていないからだ。そのため無理に退去
させることができず、希望者が入居できないという状況が生まれている。
 持ち家率が低下する中、高齢者世帯の賃貸住宅の確保は急務と言える。しかし高齢者を受け入れるための法制度が十分に整っていな
いことから、民間賃貸住宅で増え続ける高齢者世帯を受け入れることは現実的ではない。
 こうした課題の解決については様々な検討が行われている。筆者も委員として参加した「高齢者棟の居室内での死亡事故等に関する
賃貸人の不安解消に関する調査」や、国土交通政策研究所の「賃貸住宅等における残置物問題に関する検討会報告」といったものもあ
る。しかし、法制度の再構築には合意形成のために長い時間がかかる。であれば、原状の制度の中でどのような解決策があるのかを考
えるべきだろう。
 1つの方法は、民間賃貸住宅を借り上げて公営住宅として高齢者に貸し出す枠組みである。民間賃貸住宅の借り上げ公営住宅は、
2011年の東日本大震災のときに大規模に運営された。実際には現場で様々な問題が発生したが、家主は国に貸すという枠組みであった
ため、入居者の家賃滞納や死亡時の対応といったリスクから解放されるメリットがあった。
 これに伴い、老朽化している公営住宅の更新を止め、滅失を進めることも検討されるべきだろう。「民間の事業者としては高齢者に
貸しにくい状況が今後も解決されない」という前提の下、必要な高齢者向け賃貸住宅は借り上げ公営住宅として運営し、高齢者の受け
皿を作っていくのだ。既存の民間賃貸住宅を活用すれば、人口減少によっていずれ不要になる可能性の高い公営住宅の新設や更新コス
トを削減できる。その一方で、民間賃貸住宅経営者が負担してきた高齢者に関する様々な追加コストを、社会全体の負担として税金で
まかなうことができる。
 このように民間、公営という枠を超えた、俯瞰(ふかん)的な未来を見据えた住宅政策が求められているのだ。そして、その恩恵を
被るのは、未来のあなたかもしれない。

参考文献

高齢者等の居室内での死亡事故等に対する賃貸人の不安解消に関する調査 三菱総合研究所 平成25年2013年3月
https://www.chintai.or.jp/common/img/pdf/kourei-tintai02.pdf
137ぺージ

国土交通省 国土交通政策研究所 賃貸住宅等における残置物問題に関する検討会報告
https://www.chintai.or.jp/common/img/pdf/kourei-tintai02.pdf
 賃貸住宅等における残置物問題に関する検討会報告
◆要旨
 近年、高齢化、核家族化、未婚者の増加などが相まって、一人暮らしの高齢者(単身高齢者)が増加傾向しており、賃貸住宅におい
ても単身高齢者の入居機会の拡大が求められている。しかしながら、単身高齢者の中には、子や兄弟姉妹がいないなど、いわゆる身寄
りのない人も少なくない。賃貸住宅の所有者(賃貸人)としては、そのような単身高齢者が賃貸住宅に入居中に亡くなった場合には、
相続人と連絡がとれず、賃貸借契約を終了させ、居室内にそのまま残された物(残置物)を円滑に処理することが困難になる。それが
要因の一つとなり、賃貸人が単身高齢者に住戸を賃貸することを忌避・敬遠しがちであるという状況が生じている。このような問題の
解決策の一つとしては、入居者(賃借人)が自分の死亡後の残置物処理について相続人や第三者と委任契約を結んでおくという形も考
えられるが、今後さらに単身高齢者の増加が予想されることに鑑みると、そのような個別の契約による措置とは別に、死亡した賃借人
の相続人以外の者による円滑・適正な処理を可能とするための統一的なルール・手続を整備することも有用であると考えられる。本研
究所では、このような問題意識に立ち、「賃貸住宅等における残置物問題に関する検討会」を立ち上げ、
残置物処理の適切なあり方について提言するため、調査検討を行ってきた。本報告書は、その結果をまとめたものである。
◆キーワード
賃貸住宅、単身高齢者、残置物、遺品整理、遺失物、終身借家
◆発行
令和3年6月
◆在庫
<在庫有>(重量105g 厚さ2mm)
◆詳細
詳細(PDF:7MB)
https://www.mlit.go.jp/pri/houkoku/gaiyou/pdf/R3_6.pdf


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