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内田百閒の昭和二十年三月二十二日の日記に次の記述が見られます。
「午過省線電車にて出社す。いつぞや古日に貰つたヒヤシンスの球根を咲かせた白い花の鉢を一昨日郵船の部屋に持つて行き今日もまたさげて行つた。部屋に落ちついてゐると微かな芳香がただよふ。ヒヤシンスにこんないい香りのある事は知らなかつた。」(「東京焼盡」中公文庫)
只今、我が家のヒヤシンスも甘い香りを放っています。昭和二十年三月と言えば、敗戦の色が濃くなってきて、東京が日々焦土と化していました。内田先生の頃と今とでは、世情はまったく異なりますが、寒さが少しずつ和らぐ中、咲きだした花を愛でては気持ちが明るくなることに、何の相違もありません。さあ、3月になりました。これから季節がどんどん動いていくことでしょう。
「午過省線電車にて出社す。いつぞや古日に貰つたヒヤシンスの球根を咲かせた白い花の鉢を一昨日郵船の部屋に持つて行き今日もまたさげて行つた。部屋に落ちついてゐると微かな芳香がただよふ。ヒヤシンスにこんないい香りのある事は知らなかつた。」(「東京焼盡」中公文庫)
只今、我が家のヒヤシンスも甘い香りを放っています。昭和二十年三月と言えば、敗戦の色が濃くなってきて、東京が日々焦土と化していました。内田先生の頃と今とでは、世情はまったく異なりますが、寒さが少しずつ和らぐ中、咲きだした花を愛でては気持ちが明るくなることに、何の相違もありません。さあ、3月になりました。これから季節がどんどん動いていくことでしょう。
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