花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

法が泣いている

2020-05-23 16:54:05 | Weblog
 東京高等検察庁の黒川検事長が辞職しました。法の解釈を曲げてまで安倍首相が検事総長に据えたかった黒川氏ですが、週刊文春の賭博麻雀報道でこれまでの官邸のガードは何だったのかというくらいあっけない幕引きでした。

 今回の一連の騒動から感じることは、政府の法律軽視と支持率重視です。普通に考えると、良い政治を行えば支持率は上がる、つまり支持率は結果なのですが、現政権においては、支持率が高ければ好き勝手出来る、と支持率が手段になっています。

 黒川氏問題に即して言えば、支持率が高い間は野党が追及しようが、手続きの違法性を指摘されようがどこ吹く風だったのに、支持率に影響しそうな事態が起こった途端、手のひらを返したような態度変化に出て悪びれません。支持率が下がれば好き勝手が出来なくなるからです。決して国民の意向に応えようとしてではありません。

 彼らの行動を規定したのは法律じゃなくて、週刊文春のインパクトだった訳ですが、ある意味では天の法に裁きもあったかに見えなくもありません。安倍首相の思惑を忖度して黒川氏の定年延長に加担した人事院、法務省、当の本人の黒川氏はいずれもトカゲのしっぽ切りの憂き目にあいました。横紙破りの罰が当たったのかもしれません。ただ、しっぽが切れてもへっちゃら然としているトカゲに対して、切られたしっぽの方は哀れでもあります。天の法にも限界があるとすれば、最後はやはり私たちひとりひとりの良識に期待するよりないかと思います。

オンライン飲み会

2020-05-12 23:44:10 | Weblog
 先日、会社を辞めて大学の先生に転じた人と、会社を辞めて高校で教鞭をとっている人と、未だ会社にしがみついている私の3人でオンライン飲み会を開きました。昨年の忘年会以来の顔合わせでした。

 世の中、新型コロナウィルスでみんなが苦しんでいるさなか、またコロナがなければわざわざオンラインで飲むこともなかったので、話題の中心は当然コロナとなりました。私はハイニッカの水割りを飲みながら、どちらかと言えば聞き役に回っていました。

 例えば、コロナの影響で家庭の経済状況が悪くなる → コロナがなければ進学していた人が就職を考えるようになる → 企業はコロナで業績が悪化し、採用を控えるようになる → 高校3年生は求職者増と採用減の中で就職活動を行わなければならい → 氷河期の再来か、みたいな話に「なるほど」と耳を傾けていました。

 オンライン飲み会で人の話を聞きながら、頭の片隅に浮かんだことがふたつありました。ひとつは、これまでは経済効率から都市に人が集まっていたのですが、コロナはそれに歯止めが掛かる契機になるのではないかということです。感染症が広がると、人が集まったエリアに大きな経済的ダメージが生まれるとなれば、都市への集中がかえって経済効率を損なうことになります。コロナ後、何事もなかったかのように都市が経済活動の中心的役割を担っていくのか、あるいは地方への回帰に経済的メリットありと考える人が増えて来るのか、注視していきたいと思っています。(この点に強い興味があるということは、私自身が地方回帰派であることに他なりませんが)

 次に、考えたことのもうひとつです。今回オンライン飲み会を行ったように、IT技術により人と人との距離的な隔たりが持つハードルは相当に下がっています。だいぶ前からWeb技術の進歩はオンラインの可能性を広げていましたが、一気に広がる分野とそうではない分野があり、それは私たちのマインドの遅れに左右されていました。やろうと思えば出来ていたオンライン飲み会、でもコロナ前は誰もやろうと思いもしませんでした。それが、ここにきて私など晩熟の輩がトライしてみるなど、外出自粛の状況下でなければあり得なかったことです。技術的には出来ると分かっていたけれど、そこまでやらなくてもと思っていたことに、コロナは私たちの足を踏み入れさせた訳です。この一歩踏み込んでしまった経験が、私たちの意識や行動様式にどんな変化をもたらすのか、例えば出張は現在Web会議に取って代わられていますが、いずれ新幹線にビジネスパーソンは戻ってくるのか、そうでないのか、もしかすると自分は時代の転換点に遭遇しているのかもしれないと、おっかなびっくり的な気持ちがあります。

 そんなこんなを思いながら、ハイニッカをボトル3分の1ほど飲んだオンライン飲み会でありました。お開きの際、「またやろうぜ」の呼びかけに「御意」と答え、次のお酒は何が良いか、肴は何にしようとすぐさま考える自分は、コロナがあろうとなかろうとただの酒飲みという点では何ら変わることがないなぁと、呆れた次第です。

これが我世界

2020-05-05 13:55:30 | Weblog
 脊椎カリエスに侵され、寝たきり生活を強いられた正岡子規は、死の4ヶ月前にあたる1902年5月5日、「病床六尺」を書き始めました。その書き出しは、

「病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限つて居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない。」

 「病床六尺、これが我世界」の子規に比べれば、人との接触8割減、外出を自粛して家に垂れ込めるくらいで文句を言うのは罰が当たりそうです。子規は「極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない」中、新聞を読めば「何となく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない」と申されています。実際、高知県柏島にある水産学校の記事を紹介しては、カツオを切ったり、イカを乾したり、魚を獲る網を編むなどしたら楽しいことであろうと嬉しがっています。

 さて、子規に倣う訳ではありませんが、私も新聞を開いてみました。前日、新型コロナウィルス感染防止のため緊急事態宣言が月末まで延長されたことを承け、紙面は関連する記事でいっぱいです。社会面を開くと、「不安 負担 まだ続く」、「飲食店も 町工場も」、「子どもも 親も」、「医師らも」の見出し。記事は沈鬱な暮らしの実態を伝えます。新聞を通して見る世相においては、子規と私の間に大きな違いがあるようです。