花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

登り納め

2015-12-31 17:32:01 | Weblog
 年賀状が片付き、新年を迎える準備もほぼ終わり、家族はそれぞれ用事で外出する大晦日前日、登り納めの山歩きをしました。何となく海を目指して歩きたいと思い、山伝いで最後に港街へ降りるコースへ出掛けました。電車を降りた駅から近くに見える山へ向かって歩き始め、ひとつふたつ山を越え、三つめの山がだいたい行程の半分でした。空は快晴、でも空気は冷たく、テルモスの紅茶を飲むと胃の形が分かりました。そこからさらにふたつの山を登り降りするのですが、いったん出た住宅街から次の登り口への道が分からなくなりました。仕方がないので山をひとつパスして、最後の山の登山口まで迂回することにしました。舗装路を離れて再び山道に入りました。山頂に着いた時には空が少し茜を帯びるようになっていました。そこから港町を目指して一気に下り、電車に乗って帰りました。歩いている間、今年を振り返ることもなく、来年に思いを巡らすこともなく、鳥のさえずりを聞きながら、ただ自分の歩調に注意を払って歩き続けました。ただただ歩き続け、心地よい疲労が残りました。家に着いた頃には、夕照がだいぶ色濃くなっていました。用事を済ませた家族もそれぞれ帰ってきました。

虫のいい口実

2015-12-24 21:00:05 | Weblog
 天皇誕生日、岩波文庫「第二次世界大戦外交史」の下巻を買いに書店へ行った後、林龍平酒造場の日本酒「九州菊」を買って帰りました。健康のためマンションのエレベーターは使わず階段を上っていたら、そこらを虫が飛んでいたのでしょう、口の中に一匹の虫が飛び込んできました。吐き出そうした一刹那、吹き出す空気を溜めるため息を吸ったら、虫が喉からおなかへ入っていってしまいました。「ゲゲッ」と思ったものの、呑んじゃったものは仕方なく、小さな虫なので問題はないだろうと慌てもしませんでした。家では、「またお酒を買ったのー」と手にした四合瓶をとがめられました。「実は虫が口の中に入って、そのまま呑んでしまったから消毒しようと思ってさ」と申し開きをし、「やれやれ、困った」という顔でさっさと飲み始めました。虫が入ったのとお酒を買ったのが時系列的に説明がつかないと突っ込まれるかと思いましたが、それはなく、夕方から美味しい日本酒にありつけました。

日本の外交は対応型

2015-12-21 20:30:05 | Book
 日本の外交姿勢は「対応型」だそうです。12月19日の朝日新聞朝刊に米コロンビア大学教授、ジェラルド・カーティスさんのインタビュー記事が載っていて、その中のコメントに次のようにありました。「明治維新以降の日本外交は、基本的に『対応型』だと思っている。自ら国際政治のアジェンダ(協議事項)を決めようとしないし、国際関係のルールを定めることもない。まして、特定のイデオロギーを広めたりはしない。むしろ、存在する世界秩序を所与のものとして受け止め、そのなかでリスクを最小化し、利益を最大化するにはどう対応したらよいか。その分析に集中するのだ」そして、ジェラルド・カーティスさんは日本の外交を振り返ってこうも言っています。「この手法は世界秩序が明確で安定している時には成功を収めることができる。明治時代の富国強兵や、第2次大戦後の米国との同盟重視がその例だ。しかし国際情勢が流動化すると窮地に陥る恐れがある。日本の外交用語では『時流に乗る』が昔からよく使われてきたが、1930年代には『時流』の見極めを誤った。ナチスドイツと手を結び、大東亜共栄圏を構築しようとして失敗した」
 今、芦田均著「第二次世界大戦外交史(上)」(岩波文庫)を読んでいます。「自ら国際政治のアジェンダを決めようとしないし、国際関係のルールを定めることもない」という指摘は、「第二次世界大戦外交史(上)」からも十二分にうなづけます。日本は太平洋戦争に向けてまっしぐらに進んだのではなく、戦争を回避するチャンスはいくらもあり、また回避したいと思う人たちも政治の中枢には少なからずいました。しかし、日中戦争の行き詰まり、ドイツ追随の陸軍、陸軍に引きずられる内閣、アメリカの動向に対する楽観的な見方、これらの結果、時流の見極めを誤って東南アジアへ進出し、もうアメリカとの関係修復には後戻り出来なくなってしまいました。流動化する国際情勢において何に対応しなければならないかを見誤り、泥沼にはまっているのに、そうではないと見誤ったのでしょう。当時の日本を、「戦争の終わり方、終わらせ方を考えないまま戦争を始めてしまった」と評することがあります。これなども、「対応型」なればこそと思います。来週からの年末年始休暇には「第二次世界大戦外交史」の下巻に入ります。時流に乗ったつもりが坂道を転げ落ちることになった過程を、良く頭に入れながら読もうと思います。

悪魔的なつまみ

2015-12-14 20:49:32 | Weblog
 ホタルイカの燻製、もしくは素干し、これは日本酒好きにとって悪魔的なつまみです。イカのうま味分とイカの頭の中身にある苦味が何とも絶妙な組み合わせで、盃を空けるピッチが否が応でも早まるからです。一番最初に出会った時、日本酒との相性抜群さに口元が思わず緩んだのと同時に「これはまずいな」と思いました。案の定、その日はへべれけになるまで飲んでしまい、以来、このつまみがある時に飲み過ぎなかったことはありません。最近、ホタルイカの素干しと奈良は吉野、北村酒造の「善童鬼」を戴きました。ホタルイカは程良い噛みごたえで、にゅっと少し噛めばうま味に続いて苦味が現れ、手が思わず盃に伸びてしまいます。一方、「善童鬼」はと言えば、甘口は甘口でも上品さがあり、最初は爽やかな甘さだったのが口の中に、そして舌の上に拡がるにつれ、まろやかで温かみを感じさせる甘味に表情が変わってきます。うま味、苦味が甘さで洗われ、それが飽くことなく繰り返されそうです。「このままではまたもや」と思い「善童鬼」はひとまず切り上げ、家族に「危うく全部飲んでしまうところだった」と言って別の銘柄を出してきて飲みました。次なるは福井県の国龍酒造の「九頭龍」。辛口、直球のお酒で、「善童鬼」と順番が前後逆だったなと思いましたが、やはり干しては飲み、干しては飲みになりそうな気配。折角、鉄の意志で「善童鬼」を切り上げたのにこれでは意味がないと「九頭龍」も途中で止めました。それでも、それなりの量を飲んでしまったらしく、悪魔の囁きには毅然たる態度をとっても、睡魔の誘いからは逃れられず、「パパ、早くお風呂に入ってよ」の声で起こされてしまう次第となりました。