花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

小鳥の死

2021-05-27 21:13:18 | Weblog
 10年ほど飼っていたセキセインコが死にました。老衰だと思います。近頃では一日の大半を眠ってるようになり、温熱器の横でじっとしている姿を見ながら、人間でいえばもう百歳くらいだろうか、体力が落ちたなぁと思っていました。死んだ日は午後から様子がおかしくなって、止まり木に掴まることが出来なくなってました。最後は妻の手の中でぐたっとしたまま、月並みな言葉ですが眠るように死んでいきました。たまたま家族全員が揃っていて、みんなに看取られての旅立ちでした。

 夏目漱石は文鳥を飼ったことがあり、その時のことを「文鳥」という短い文章に残しています。漱石の弟子にして児童文学者として名を成すこととなる鈴木三重吉に勧められ、漱石は文鳥を飼うようになります。ある時、用事が立て込み文鳥の世話を1日、2日失念してしまいます。外出から戻って縁側へ出てみると、文鳥は死んでいました。「文鳥」の文章を借りると、その時の様子は次のようです。「文鳥は籠の底に反っ繰り返っていた。二本の足を硬く揃えて、胴と直線に伸ばしていた。」「黒い眼を眠っている。瞼の色は薄蒼く変った。」「餌壺には粟の殻ばかり溜っている。啄むべきは一粒もない。水入は底の光るほど涸れている。」

 海の向こうアメリカでは、渡り鳥がビルに激突して死ぬ例が年間3億6500万羽~10億羽あると見られています。夜も渡りを続ける鳥にとって、光に照らされるビルの窓と空の区別がつかないようで、飛んでいる最中にガラスにぶつかり墜死する悲劇が起こっています。そこで、渡りの季節にあたる3月半ばから5月、それから秋には、鳥を救うために「明かりを消そう運動」が呼び掛けられ、2020年秋までに全米で35の都市が参加しているそうです。

 鳥の死もまたそれぞれのようですが、うちのインコは安らかな死に方だったのではないか、そう思っています。

大都会で起きている、渡り鳥の大量死 事故を防ぐためにできることは:朝日新聞GLOBE+

春。鳥が渡る季節になった。そして、2021年は米国のいくつもの都市で夜景が変わった。 いつもなら、夜空を照らしてビルが浮かび上がる。それが、...

朝日新聞GLOBE+

 

逃亡者の社会学

2021-05-16 19:49:44 | Book
 5月15日付・朝日新聞朝刊の読書欄でアリス・ゴッフマン著「逃亡者の社会学」(亜紀書房刊)が紹介されていました。ちょうど読んでいた本だったので、書評を読んでみました。評者によるとこの本はふたつの層があり、ひとつはフィラデルフィアの黒人の若者が犯罪者にされていく社会環境に対する参与観察です。もうひとつは、有名な社会学者を父に持つ(*)白人女性が、観察対象と一緒に経験した黒人社会の闇の部分の生々しい記述です。

 これらに加えて、厳罰主義が必ずしも治安維持につながらないことへの分析が、私は興味を強く惹きました。いったん犯罪者のレッテルを貼られるや否や負のスパイラルに陥り、真っ当な社会生活が送れなくなり、アルコールや薬物に走ったり、精神を病んで死に至る人々が増えているアメリカの実態を描いた「絶望死」(ニコラス・D・クリストフ/シェリル・ウーダン著 朝日新聞出版刊)を少し前に読んでいたのが影響していると思います。

 厳罰主義が犯罪をなくせないばかりか、逆に犯罪の再生産を誘導している構図は、次のようなものです。「逃亡者の社会学」から引用します。

 「(犯罪に対する厳罰主義や警察による黒人街への監視は)監視による苦悩を緩和する闇市場の繁栄を引き起こした。犯罪行為の新たな領域は、当局から逃れたり、法的制約が容認する以上の自由と快適さのある生活を送ろうとする法的信用を欠いた人々が探し求める品物とサービスを、若者たちが供給することで生み出されてきた。この闇市場は、結果として違法性をもつ類のものであり、逃亡状態に次ぐものである。さらに、母親たちと恋人たちは、法的にこみ入った事情を抱える息子やパートナーを匿ったり、保護したり、養ったりしようとして、一見すると終わりのない犯罪の連鎖に自分たちが関与していることに気づく。つまり、犯罪防止に対する非常に懲罰的なアプローチの大きなパラドックスとは、人々が裏をかこうとすることで生じる違法性を助長するため、結局のところ日常生活の大半を犯罪化することにある。徹底的な取り締まりとそれが統制しようとする犯罪は、お互いを補強し合うのである。犯罪が厳罰化を引き起こしていることと取り締まりそれ自体が暴力と違法性の風土の一因となっていることが、ほどき難くからまり合っている。」

 この出口のない取り締まりと犯罪の関係性に当局が気づいていないかと言えばそうではなく、著者は「法執行機関にいる人々の多くは、貧困や失業、そしてそれらに伴う麻薬や暴力が、住民の逮捕によっては解決しえない社会問題だと認めている」と書いています。「警察と裁判所は社会的な解決手段を持ち合わせていない。あるのは手錠と懲役である」なら、政治の問題とする動きに訴えていかざるを得ません。

(*)アーヴィング・ゴッフマン:第73代アメリカ社会学会長。「行為と演技」などの著書があります。

「逃亡者の社会学」書評 白人女性学者が描く差別の現場|好書好日

好書好日(こうしょこうじつ)は、ライフ&カルチャーを貪欲に楽しみたい人におくる、 人生を豊かにする本の情報サイトです。映画や美術、食などをも...

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絶望死

2021-05-02 20:06:17 | Book
 無免許運転がバレて当局に呼び出された男、検察官に「ここまでひとりで運転して来なかっただろうね?」と聞かれた時の答え、「はい、そんなことはしていません。(ひとりでじゃなく)犬と一緒に(車で)来ました。」

 漫才のようなやり取りですが、この発言の主はコメディアンではなく、心不全で57歳にして亡くなった機械の修理が得意なアメリカの白人男性です。彼は体重180キロ、糖尿病で肺には水がたまっていました。アメリカでは2015年から3年続けて平均寿命が下がっていて、それには絶望死が関わっていると考えられています。絶望死とは貧困、アルコール、薬物などで健康を損ない死に至る、あるいは精神を病んで自殺することを言います。

 アメリカの工業が他国にとってかわられ、学歴のない未熟練労働者は仕事がなくなりました。貧困からアルコールやドラッグに溺れ、さまざまなトラブルを抱える人が増えています。しかし、それらの人に対するセーフティーネットがなく、犯罪に走れば厳罰主義。やり直しのチャンスが与えられず、負のスパイラルは本人のみならず、子どもの世代にも引き継がれます。

 ニコラス・D・クリストフとシェリル・ウーダンの著書「絶望死」(朝日新聞出版刊)はアメリカを蝕む絶望死に警鐘を鳴らしています。また、貧困に起因する諸問題が起きる前の予防的措置が人々を救い、社会的コストの面でも優れていることを訴えています。犯罪を防ぐプログラムの費用は刑務所のコストよりも安くて済むそうです。アメリカ社会の格差と政策の失敗がそれを固定化する構造を抉り出すとともに、この本では希望ある社会を取り戻すための処方箋が描かれています。バイデン政権がその声に耳を傾けてくれると良いのですが。