花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

煤を払う

2010-12-30 17:26:05 | 季節/自然
 毎年のことですが年末の大掃除をしながら思うことは、「もっとこまめに掃除をしていれば、もっとゆっくり出来るのに」ということです。狭い家なので、掃除をする範囲は大したことがないにも関わらず、朝から夕方まで掃いたり拭いたりと大忙しです。けれども、年末にバタバタしながらも普段の不精のツケを払えば、何となく「頑張った感」を持って新年が迎えられます。単に小ざっぱりした家で正月を過ごせるだけではなく、多少は心もさっぱりします。自己満足なのでしょうが、汚れた手の黒さの分だけ、心の煤が落ちたような気がします。「終わり良ければ全てよし」、そう思ってもう一日、大晦日はお風呂掃除を頑張ります。

 年の瀬、辛い思いをしたあの人は・・・  「大桃はするか寂しい煤払い」

どっちらけ

2010-12-23 15:33:51 | Weblog
 A:「忘年会に出ないんだってな・・・」
 B:「えーちょっと予定が入ってて・・・」
 A:「出られるって言ってなかったっけ?」
 B:「いやートモダチの誘いで断われなくて・・・」
 A:「新人が欠席っていうのもなー」
 B:「ここで出ちゃうとこれからも出なきゃいけなくなるし。そもそも拘束力はないし・・」
 C:「出る出ないで90分よ」
 D:「菅VS小沢だな・・」

 これは、21日の朝日新聞夕刊に載っていた四コマ漫画「地球防衛家のヒトビト」から吹き出しを抜き書きしたものです。正に、ここしばらく政治倫理審査会に「出る」、「出ない」の押し問答が続いていますが、傍から見ているとまったく呆れるばかりで、白けてしまいます。と言っても、政治とカネの問題がどうでもいいということではなく、それはとても大事なことです。要は、「出る」、「出ない」を巡るやり取りが、政治とカネの問題に決着をつけることにあるのではなく、あくまで菅総理の政権運営を円滑に進めるためのものであることが見え見えなので、政治とカネの問題と言われても空々しく聞こえてしまいます。大切な問題を駆け引きの材料にすることで、その問題自体の重みが失われてしまわないか心配です。

パパの悪口を言うな

2010-12-11 10:25:20 | Weblog
 昨日の朝、朝日新聞を読んでいて、「これは如何なものか」と思うことがありました。オピニオン面に中日・落合監督の子息である福嗣さんの投稿が載っていましたが、その中身はパーソナルな思いを述べたもので、どうしてこのような内容のものがオピニオン面に載るのだろうと訝しく思ったからです。福嗣さんは、言葉が少なく、ファンサービスにも積極的ではないとして批判を受けている父親を弁護しています。落合博満記念館を訪れたファンに野球のことを何時間も語る父の姿を 、「プライベートでファンにここまで語る監督など、まずいないだろう。話を聴くための労をいとわない人には存分に語り、冗舌で気さくな本来の姿を見せるのだ」、と紹介するなど、「うちのパパは悪くない」、といった口調で反論しています。そして最後は、次の言葉で締めくくっています。「分かるヤツだけ分かればいい。そんな父の寡黙な職人仕事を、私は愛し続けたい。」 「よっぽど父親のことが好きなんだなぁ」と、父に対する子の愛情が伝わってきます。けれども、新聞のオピニオン面とは、このような投稿を掲載するスペースなのでしょうか。福嗣さんは、おそらく週刊誌やスポーツ新聞がおもしろおかしく書いているゴシップ記事に反論したいのでしょうが、一般紙のオピニオン面はもっと社会性のあるテーマを扱うべきで、個人的な思いを吐露する場ではありません。「パパの悪口を言うな」的なものを載せるのは、如何なものかと思います。また、この投稿には、福嗣さんご自身が最近出版された本のPRもちゃっかり入っています。私は、この投稿を選んだ朝日新聞の担当者の見識を疑いました。

聖像破壊令

2010-12-08 22:52:25 | Book
 高校生の頃、世界史で聖像破壊令について習ったことをかすかに覚えていましたが、ほとんど薄れかかっていたその記憶を、ジュディス・ヘリン著の「ビザンツ 驚くべき中世帝国」(白水社刊)が呼び覚ましてくれました。まったく頼りない私の記憶では、聖像破壊令とは、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)でキリスト教の教義に関わる対立から発せられ、キリストの絵や像、つまり偶像を崇拝してはいけないとしたものだったと思います。受験勉強でかなり役に立った山川出版社の「世界史小辞典」がまだ手元に残っているので、念のため聖像破壊令の項を開いてみると、こう書いてありました。「726年東ローマ帝国レオン3世が発布した勅令。キリスト教信仰の純粋性を保とうする宗教的意図のほかに、政治的・社会的問題が関連し、聖像論争が起こる。780年の聖像崇拝復活をはさんで、843年の正統信仰復活までつづいた。」
 ところで、「ビザンツ 驚くべき中世帝国」を読んで、どうしてまた聖像破壊令のことを思い出したかですが、この本ではレオン3世が聖像破壊令を出すことになったきっかけとして、イスラム勢力の影響を挙げていて、「へぇー、そんな理由があったんだ」と新鮮に思ったからです。山川の辞典にもあるように宗教的な理由からだと思っていたのですが、ジュディス・ヘリン女史によると、当時、ビザンツ帝国はイスラムからじわじわと圧力を受ける中で劣勢を強いられ、イコンに頼れば当然あると思っていた神の加護もなく、レオン3世は「偶像崇拝を禁じるイスラム教の方が神の意志に適っているのではないか」と思います。そこで、聖像破壊令を出したと書いてあります。
 高校で世界史を勉強していた時は、ヨーロッパに対して侵略してくるイスラム勢力という歴史記述が多かったように思いますが、武力衝突の歴史ではなく、キリスト教やヨーロッパの文化がイスラムの影響をどう受けたかに関する歴史書があれば、読んでみたいと思いました。