花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

レビストロース氏の追悼記事

2009-12-31 09:33:11 | Weblog
 年の瀬も押し迫った昨日、大掃除で古新聞を片付けている時、たまたまパラパラとめくっていると、今年の11月に亡くなったフランスの文化人類学者・レビストロース氏の追悼記事が目に入りました。社会学者・橋爪大三郎氏のよる追悼記事で、レビストロース氏の業績を、「(植民地の)現地の人々がどんなに素朴に見えたとしても、人間として西欧社会に匹敵する価値や意味を生きているのだ、という事実を学問的に証明することに一生をささげた。こうして人類学は西欧中心主義を脱却し、人類の普遍の文化を分析する学問に生まれ変わった」(2009年11月5日付け・朝日新聞夕刊)、と評価しています。
 その昔、政治学者・丸山眞男氏は、次のようなことを述べています。「人類は遠い所にあるのでなく、隣にすわっている人が同時に人類なのだ。そういうふうに同時に見るべきことです。普遍は特殊の外にあったり、特殊を追求して普遍になるのではないのです。普遍はいつも特殊と重なってあるわけです。」(岩波書店刊・丸山眞男集 第16巻 「普遍の意識欠く日本の思想」より)
 両先達は分野こそ違え、その考え方は重なっていると思います。要するに、私たちひとりひとりは個別的であるとともに、普遍たりうるということであり、普遍たりうるためには意識的でなくてはならないということです。とりあえず、わが身に照らしてみれば、せこい物差しで一喜一憂したりせず、大きな物差しでものを計ることを心がけよ、ということでしょう。そして、大きな物差しを使えるようになるには、もっともっとずっとずっと勉強していくことが不可欠です。晦日の夕暮れ、新聞を手にそんなことを思いながら、また掃除に取り掛かりました。

ブックス・ダイエット

2009-12-26 01:28:06 | Weblog
 真砂なす数あるダイエット法のその中に、ブックス・ダイエット(BOOCS Diet)というものがあるそうです。聞いたところによると、このダイエット法では、好きなものを好きなだけ食べて良いそうです。但し、一日に食べられるのは一食だけ。何だか無茶苦茶なダイエット法のようですが、よくよく考えてみると、案外理に適っているのかもしれません。と言うのは、人が一食で食べられる量には当然限界があり、その限界とは常人の場合、三食分より少ないのではないでしょうか。そうなると、一日に三回食べる人よりも、摂取量は少ないことになります。また、一日一食を続けていれば、胃袋がだんだん小さくなり、そのことでも摂取量は少なくなって、ひいてはそれでスパイラル的に摂取量が減っていくことは、無理な想像ではありません。ここまで考えていくと、ブックス・ダイエットは荒唐無稽なダイエット法ではなく、食事量を減らす、ごくごくオーソドックスなダイエット法のように思われてきます。
 ところで、好きなものを好きなだけ食べられることは、とても魅力的に思えますが、一方で自分の胃袋に限界があることは、悲しい現実です。美味しい料理を前にして、まだ食べたいのに、胃袋が食べることを許してくれないのは悔しいものです。古代ローマの酒宴で、食べるために吐くことが行なわれていたことも、うなずけます。悲しい現実に耐えることが出来ないのは、人間の性です。一日一回の食事で我慢するのは、きっと至難のことでしょう。であれば、ブックス・ダイエットを継続することが多くの人にとって困難であることも、無理なく想像できます。

プロクルステスのベッド

2009-12-15 01:18:17 | Weblog
 12/14(月)付けの朝日新聞夕刊では、連載記事の「検証 昭和報道」で水俣病に関する報道が取り上げられていました。公害病という未知の病に対して、「不明な点が多く、報道は鈍かった」とあります。また、伝染病と報じられることもあったそうです。今日の記事で心に残ったのは、水俣病報道を検証している小林直毅・法政大学教授の言葉です。「前代未聞の事態が徐々に姿を現わしてくるとき、大きな報道機関ほど、無視したり、既知の事象や枠組みに無理に合わせる傾向が強い」、この指摘は大きな報道機関のみならず、私たちにも当てはまるものだと思います。ドイツの社会学者であるマックス・ヴェーバーは、「社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」(岩波文庫)の中で、捕らえた人をベッドに縛り付けて、ベッドからはみ出した手足を切り落とすギリシャ神話の強盗の話から、自分の理解出来ないものを本質的なものではないとして切り捨ててしまうことを、「プロクルステスのベッド」と呼び、そのような認識態度を戒めています。私は、朝日新聞夕刊の記事を読んで、このヴェーバーの戒めを思い出しました。小知恵のある人は、きっと上手く辻褄合わせが出来てしまうのでしょう。大学生の時、ゼミの先生から、「分からないものは分からないと言うことが大切だ」と教わったことも、同時に思い出されました。小林教授の指摘にしろ、マックス・ヴェーバーの戒めにしろ、そしてゼミの先生の教えにしろ、肝に銘じるべきことは、しっかり銘じていかなければならないと思います。「そんなの当たり前だよ」と思いながら聞いたことこそ、真っ先に忘れがちなのは、よくあることですから。

もはや戦後ではないけれど

2009-12-03 23:23:26 | Weblog
 今日の朝日新聞朝刊の天声人語と、同じく朝日新聞夕刊の文化欄をつなぐキーワードは「戦後」です。天声人語では、「もはや戦後ではない」というタイトルの評論を書いた中野好夫氏の意図が、「戦後」を言い訳に使う当時の風潮を批判し、「戦後」に甘える姿勢を捨てよと訴えるものであったことが紹介してありました。一方、夕刊の文化欄では「『戦後と知識人』再考」と題して、一年前に亡くなった加藤周一氏が「戦後」とどう向き合っていたかを、成田龍一・日本女子大教授が振返っています。
 加藤氏は「原点を戦争批判に持ち、あらたな価値をもつ戦後を創りだすべく実践をしたという意味において『戦後知識人』ということができ」、「現状と緊張関係をもち『正確な判断』を有しながら、社会的な実践を行なう知識人たち」に共感を示した、と成田氏は書いています。加藤氏と中野氏のメッセージに共通するのは、その時々の雰囲気に流されるなということであり、その時々に対して責任をもって生きよということであるかと思います。そして、さらに言うならば、戦後かなり経って生まれた私たちではありますが、戦争が如何なるものであったかを知っている以上、それを歴史の教科書の中だけのものとせず、再び繰り返さないための責任を負わなければならいと、訴え掛けられているように感じます。もはや戦後ではありませんが、1945年8月15日以降を生きるものにとって、戦後の意味が終わることはないと思います。