花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

2100億円はどこへ?

2012-02-29 01:24:35 | Weblog
 先週金曜の朝日新聞夕刊の1面に、AIJ投資顧問が運用している資産から2100億円が消失してしまったと出ていました。また、日曜朝刊には、コンピュータプログラムによって1円にも満たない株の売買を1千分の1秒という単位で繰り返すことで、巨額の利ざやを稼ぐ「高頻度取引」なる金融商品の取引が紹介されていました。コンピュータプログラムは「人間の判断は極力、織り込ま」ず、「過去のデータと分析に基づいて、ある時点での適正な価格水準を予測」し、「これから離れた値動きをする銘柄があれば、素早く売り買いして、価格を適正な水準に戻す。その過程で、小さなサヤを何度も抜く」のだそうです。証券取引と言えば、指でサインを送りながら売買をしている光景が頭に浮かびますが、高頻度取引ではプログラムが全てを判断し、ひたすら電子の時間単位で取引を行なっており、1千分の1秒レベルでの早い遅いが損得を左右しています。これらの記事を読むと、サービスの交換における媒介としてのお金のような、私たちが親しんでいる貨幣の形態をとった姿がぼやけてきてしまいます。2100億円を失うとか、1千分の1秒という瞬時に0.1円の売買をすることで30%の利回りを確保するといったことを言われても、月々数万円のお小遣い以上のお金を手にしたことのない身としてみれば、途方もなさ過ぎて絵空事のように思えてきます。大昔、小室哲哉さんが高額納税者に名を連ねていた頃、「1年だけでいいから小室さんの収入があれば、仕事をスパッと辞めて残りの人生は年間400万か500万で地味に暮らしていくのになぁ」と言って、「そんなせこい考えの人に巨万の富はやって来ない」と笑われたものでした。せこい考えの人間には分からないところで、巨万の富が動いていることが報じられ、そのAIJ投資顧問と高頻度取引の記事を読んでふと思い出したことは、ん億単位の貯金をしていると噂されていたある大先輩の言葉でした。「お金はなぁ、寂しがり屋なんや。お金は仲間がようけおるところに集まっていくもんや」。消えた2100億円は、もっと大勢のお友達のところへ行ってしまったのでしょうか。1人1人の福沢諭吉には汗の臭いがしみ込んでいたりして、人間臭さが感じられます。月並みな言い方ですが「虎の子」のように大切にしなきゃと思います。一方で、大勢のお友達が集まれば集まるほど、そして皮膚感覚でつかめないほどの数になればなるほど、それは逆に存在感を失っていくように感じます。AIJ投資顧問の2100億円は、その存在感の希薄さとともに陽炎のように消えてなくなってしまったと思えてなりません。

蟹しゃぶ

2012-02-23 22:25:33 | Weblog
 ご馳走が私たちの心に与える影響を見た場合、心が外へ向かって開放されていくような、言ってみれば遠心力が働くようなものと、逆に内側に向かって求心力が働くようなものとに分けられるのではないかと思います。遠心力が働くご馳走の代表選手を焼肉とすれば、蟹は求心力が強いご馳走のように思えます。ワイワイガヤガヤと食べるBBQと、蟹を食べる時、誰もが黙々とせせっては食べ、せせっては食べするさまを比べれば、感覚的に何となく肯いてもらえるのではないかと思います。
 さて、某日、我が家では蟹しゃぶを食べました。好きな食べ物が選べるカタログをお歳暮で頂いたので、そこから注文したものです。この日のためにとっておきの日本酒の口を切ることにし、これも頂きものの瀬頭酒造の「東長」褒紋をテーブルに並べました。蟹の白い肉の内にしっかりと貯え込まれた海の豊饒なる恵みが口の中へ滴り落ちるのを味わいつつ、香り豊かでバランスの良い味わいの東長が口から喉へと舌を洗いながら広がっていった後で、また豊饒なる海の恵みを味わう、今宵はその繰り返しだと、わくわくして食事の臨みました。すると、子どもが「この蟹、美味しいね」と言って、次から次へとひょいパクを始めました。こちらへ回ってくるのは、白菜、白菜、豆腐、白菜、白菜、豆腐。なかなか蟹を味わいながらの自分との対話に持込むことが出来ません。結局のところ、蟹でおなかがいっぱいになった子どもは最後の雑炊をほとんど食べず、鍋に大量に残った雑炊を片付けるのは親の役目になりました。蟹でしっかりダシが出ている雑炊だからと思い、頑張って食べたら胃袋がパンパンになり、物理的に求心力が働く始末。終いには、血液が胃に集まってすっかり動けなくなり、居間でそのまま寝入ってしまいました。深夜に目が覚め、虚ろな思いの中、水道の水を飲みました。冷えた布団にもぐり込んで丸くなっている時、今日は東長が飲めたので良かった、良かったと思いました。

ガンバレ岩波

2012-02-08 23:22:42 | Weblog
 今日の朝日新聞夕刊に、岩波書店の採用試験を受けるには紹介状が必要であることが問題となっていると出ていました。その記事を読んで、「どうしてそんなことが問題になるのだろう」と思いました。自分が学生だった頃、岩波の採用は縁故者若干名で、それは私の周りでは「あそこはずっとそうだし」と違和感なく受け止められていました。「今でもそんなんだ」と思いこそすれ、なぜ騒いでいるのかよく分かりません。岩波は知名度は高いですが、会社の規模としては中小企業でしょう。朝日新聞の記事では「数人の採用予定」とあります。中小企業の数名の新入社員の採用方法を厚生労働大臣まで出てきてあれこれ取りざたすることに、何か意味があるとは思えません。岩波書店は、このやり方で上手く会社が回っているから続けているのだろうし、端からいきなり目くじら建ててとやかく言われることになってしまい、気の毒に感じます。岩波のことを問題にするなら、おそらく世の中にごまんとある縁故採用や(もっとも、岩波は合否の判定に縁故は関係なく、応募に関してだけだそうです)、あるいは同族企業なども合わせて問題にしなければなりません。夕刊の記事の最後の方に、ネットで行なったこの問題に対する意識調査では、「問題ある」とする人45%、「問題ない」とする人51%とありました。「問題ない」の51%に、よーく分かってる人の方が多いじゃないかと、少し安心しました。へんてこな外野の声に惑わされずに、岩波書店には良い本の出版に専念してもらいたいです。

帰宅困難

2012-02-04 10:03:47 | Weblog
 3日、東京では災害時に帰宅出来なくなった人を想定した訓練が行なわれたそうです。東日本大震災後に進めてきた災害対策の確認をしようということなのでしょう。そのニュースを新聞で読んでいて、そこに出ている「帰宅困難者」の文字を目にした時、極めて不謹慎ながら、かつてバブル時代に遅くまで飲んでいて、タクシーが拾えず、なかなか家へ帰れなかったことが思い出されました。当時、金曜の夜(土曜の未明?)や雨の日などは、繁華街では全然タクシーがつかまりませんでした。「賃走」また「回送」の車ばかりで、「空車」を見つけることは至難でした。よしんば「空車」を見つけても、停まってくれるとは限らず、センターライン寄りの車線を非情にも走り去っていくのを恨めしげに見ていたものでした。そんな時には、道路へ飛び出してほとんど当たり屋まがいに無理矢理車を停めたり、また、運良く車を停めた人を見つけると、「俺たちが先だ」と言って押しのけ、車に乗込んだりしたこともありました。タクシーを停めるのが難しいので、1台確保すると、一緒に飲んでいた全然帰る方向の違う仲間が乗り合って、西へ東へと随分ロスのある走り方をしていたので、最後の人(年齢の上の順から回るのが常だったので、必然的に一番若い人)が車を降りる頃にはすっかり夜が明けていました。また、はなから車を拾うことをあきらめ、コンビニで酒や肴を買い込んで、新宿の花園神社の境内で始発までコートを着たまま飲み続けたこともありました。ただ、今日はそんなくだらない昔話がしたい訳ではありません。自分たちが好きで飲んで家に帰れないのと、災害時の帰宅困難者を同列に見るつもりは全くありませんが、家へ帰れない苦労を震災の時に初めて味わった人と、少なからず経験の鎧を磨いた人とでは、実際に困難に見舞われた時の心の持ちように違うのではないかと思いました。「家へ帰れない、大変だ、どうしよう」と思うよりも、「1日くらい家に帰らなくても、どってことないさ」と思う方が、平静を保って事に当たれるのではないでしょうか。その意味では、この日、東京で行なわれた訓練も回数を重ねていけば、「どってことないさ」派が増え、万が一の際の冷静な対応につながると思います。