花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

謹んでお悔やみ申し上げます

2006-06-26 22:21:29 | Sports
 23日、元大関・北天佑(二十山親方)が腎臓ガンで亡くなられた。享年45歳。北天佑は、私が高校、大学の頃活躍した力士で、仁王様のような身体から繰り出す豪快な取り口が魅力的であった。関脇から大関に上がった時は、すぐにでも横綱に上り詰めるような勢いがあったが、大関になってからはもうひとつ成績が振るわず、結局大関止まり、優勝回数は2回だった。
 昭和59年の夏場所、北天佑の兄弟子にあたる横綱・北の湖が、24回目のそして最後の優勝に向けて白星を重ねていた。この時、北天佑は千代の富士、隆の里の二横綱を倒し、北の湖に大きな大きな援護射撃を与えた。13日目の結び前の取組で、北の湖は千代の富士を破った。続く結びで北天佑が隆の里を下せば、北の湖の優勝が決まる、その大事な一番で北天祐は勝つ。勝ち名乗りを受けた後土俵を降りる際、土俵下に控えていた北の湖と目が合った。その時、北天佑の「やりましたよ」といった表情が、今でも忘れられない。男のいい表情とはこういうものか、と思った。
 北天佑が横綱になれずに引退した時は寂しい思いをしたが、この度の訃報に接し、寂しさと同時に残念な気持ちでいっぱいだ。なお、二十山部屋の力士は北の湖部屋へ転属するそうだ。

お愉しみはこれからだ

2006-06-23 22:37:50 | Sports
 W杯ドイツ大会で、日本はブラジルに4-1で敗れ、予選リーグ敗退となった。

 以下は勝手な想像である。
 広告会社か新聞社か、あるいは放送局か出版社か、どこでも良いがそういった会社の会議室であったとか、なかったとか。「今年度はワールドカップがあるから、上期の予算を前年比プラスにおこう」、「広告を集めやすいように、サッカー関連のコンテンツを充実させなきゃ」、「頑張れジーコ・ジャパンのキャンペーンを張って、ワールドカップ・ムードを盛り上げていこう」、てなやり取りがあり、連日ポジティブな情報が流されることになる。

 結果、「軽いぜ!予選突破」みたいな「行け行けドンドン」の雰囲気が巷に溢れることになり、期待がヒートアップし過ぎた。その意味では、今回の予選敗退は番狂わせでも何でもなく、想定の範囲内にある悪いほうのシナリオが現実となったものだろう。
 私は、過剰な期待を煽ったメディアを非難するつもりはない。私たち庶民にとって、ワールドカップは4年に一度のお祭りである。「たらればベスト4」の夢を見たっていいじゃないか。
 お祭りはまだ続く。日本の試合は見られなくても、愉しみようはある。大いに悔しがるもよし、気持ちを切り替えて南アフリカ大会に向けての展望を練るもよし、もちろん決勝トーナメントに進んだ精鋭たちの世界トップレベルのプレーはワクワクの愉しみだ。お祭りなのだから、今しばらくそれぞれの流儀でワールドカップを愉しんでは如何だろう。

確かに

2006-06-19 23:28:32 | Sports
 6/18のブログに対して「y.m」さんからコメントを頂いた。その中に、「巨人・清原にはギラギラするものがあり、それがみるものを魅了した。(中略)一対一のタイマン勝負が許されるバッターは、今のシステム最優先の野球では清原しかいない」、とある。
 確かに私もそう思う。清原のバッティングには、今もなおありありと思い出せるシーンが多い。夏の甲子園で、高知商・中山裕章の快速球を高校生ながらレフトスタンド中段まで運んだ清原。国内最速(当時)の158キロを記録した千葉ロッテ・伊良部の球にファールチップした後、続く157キロのストレートを振り抜き2塁打した清原。オープニングゲームで8回までノーヒットノーランだった近鉄・野茂から2塁打を放ち、快挙を幻に終わらせた清原。甲子園でのオールスターゲームで、巨人の桑田から文句なしのホームランを打ち、入団にまつわる遺恨にケリをつけた清原。どの場面も、野球が9人対9人で行う競技であることを忘れさせるような緊迫感があった。男と男の真っ向勝負があった。
 その記憶が鮮明なだけに、横浜・佐々木の引退試合で、三振に倒れながら眼に涙を浮かべて握手に歩み寄る清原には違和感を覚える。最近の清原はパフォーマンスのみ目立って、手に汗を握り、瞼に焼き付くような対決を見せていない。「y.m」さんが言うように、確かに「私たちはまだ『勝負』がみたい」。

あの・・・

2006-06-18 15:40:59 | Sports
 土曜日のセ・パ交流戦、オリックス-阪神戦であの清原があの藤川と対戦した。この二人には因縁がある。と言っても、清原が吹っかけた因縁だが。
 清原が巨人にいた頃、通算500号ホームランまであと一本に迫っていた。その時、阪神戦に臨んだ清原は藤川から三振を喫した。カウント、ツースリーからのフォークにバットは空を切った。試合後、清原は藤川に対して「チンポコ付いとんかいな」と言った。直球勝負でなかったのが悔しかったのであろう。
 2ヶ月後の阪神-巨人戦で、清原は再び藤川と対戦することになる。この時の決め球はストレート。今度も、清原のバットは空を切った。
 そんな因縁が二人にはある。
 そして、オリックスに移った清原は、また藤川がマウンドに立つ打席を迎えることになった。朝日新聞朝刊によると、「直球に力負けしての中飛」、「投じられた3球すべてが、150キロを超えた]とある。
 同じく交流戦であの巨人を相手に凡打に終わった際、ベンチに下がり笑っていた清原、ゲーム終了後記者へのコメントで「東京ドームのファンが自分に声援を送ってくれて嬉しかった」と言った清原、そんな清原が球児の球を打てるはずがない。

ダイエット中

2006-06-17 21:16:13 | Weblog
 妻がダイエットを始めたので、会社の帰りにお土産を買って帰る楽しみがなくなっていたが、試しに銀座の吉宗(よっそう)の豚の角煮(長崎の東坡肉:トンボーロ)を買って帰った。味付けがちょっと甘すぎだったが、妻もしっかり食べた。自分も黒糖焼酎・浜千鳥の詩で甘味を流しつつ食べた。たまには、「何をお土産に買おうかなぁ」と思案する楽しみがあっていいと思う。(夫婦そろって好きな豚の角煮は、福岡・西新の居酒屋「童々巡り(どうどうめぐり)」の角煮だが、ずいぶん食べてないなぁ。)