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未唯への手紙

未唯への手紙

「都合のいい協力者」か「異質な他者」か

2012年10月14日 | 3.社会
『フクシマの正義』より

戦後日本の若者論において、若者の扱い方は「都合のいい協力者」か「異質な他者」かそのどちらかで揺れ動いてきました。開沼さんの本を読んでいて、フクシマという場所も似ているなと思いました。特に原子力ムラは、「都合のいい協力者」としての面が強くて、中央から見て確かに「こちら側」にいるんだけれども、完全に「こちら側」ではない。現在の論じられ方も、復興をネタにして天下国家語りをしている人があまりにも多くて、実は何も構造は変わっていないのではないかという気がしています。

その二分法は重要ですね。一方で「福島では子育てができなくて親たちが困っている! 救わなければならない」と、実際何か行動を起こすわけでもなく言いながら気持ちよくなっている人がいる。他方で、中央の原子力ムラ(東電や政府)を異質な他者として批判する。しかし、「それは3.11までのお前らの顔だ。あなたたちは、無意識に自分の顔を見ずに生きてきたんじゃないか」と、地元の人は思っているわけです。「今まで全く鏡を見ようともしなかったのに、今さら鏡を見て自らの醜さに気づいたからってヒステリックになってくれるな」と。クリーンでエコなエネルギーという謳い文句に乗っかって生きてきた。それをいきなり異質な他者として扱っている状況。逆に、近親憎悪的なものがあるから、あれだけ叩きたくなる。自らの嫌な部分、普段出ない弱さを見てしまったから、徹底的に叩くみたいな心理ですよね。

そういう意味では、福島を、ある時は都合のいいように他者表象し、またある時は自分のきれいに化粧した「善意」の顔を映す鏡にして気持ちよくなるのに利用する。3.11以前には自分自身であったはずの東電や政権を、あたかも他者であるかのように扱いながら急に叩き、スケープゴートにするという奴れた構造の中で、問題が論じられている。

話は変わりますが、『「フクシマ」論』を読んでいて、角田光代さんの『空中庭園』(文春文庫)を思い出したんです。とっくに壊れてしまった家族が、表面上は平凡で明るい一家を装う小説です。「戻れるなら戻ってやりなおしたいって幾度も考えた。けど、どこに戻ったらうまくやりなおせるのか、考えてるといつも分からなくなってしまう」というセリフが出てきます。中央と福島の関係も実はそうなのかなと思いました。どこまで戻ればいいのか、本当に難しい。原子力を含めたエネルギー政策がなければ、日本もこういう形で発展したかどうか分からない。オルタナティブがなかったとは言わないけれど、確かに僕たちは原子力の恩恵を受けてここまでやってきた。もちろん、過去にそのいびつな共犯関係を断ち切ろうとする動きもあった。

これは、今回の原発以後の話にもしばしば起こりうることです。善意だと思ってやったことが、実は搾取の構造、抑圧の構造を強化してしまう。そうした状況では、先はども言いましたが、現場・当事者のリアリティを押さえないことには始まらない。あの映画の一番大きなポイントは、ナイルパーチをヨーロッパに輸出した飛行機が、帰りに武器を積んできて、その武器によって内戦を拡大させているということでした。それで資本家が富を得る構造が、ますます強化される。たぶんそういう地に足の着いた状況認識をまず目指すことが重要です。簡単ではないけれど、しかし正しい状況認識をした時点で解決策の半分ぐらいは見えてくるんじやないか。安易に叩きのめすべき悪者を見つけ出し、理想と希望を描くことの危険性は強く意識していました。

まさに学者がやるべきことですよね。ただ、これまでは現場と中央の論理をつなぐブリッジ的な研究があまりなかった。

豊田市図書館の28冊

2012年10月13日 | 6.本
時間が勝手に経っていく。なかなか、追いつけない

 時間が経っていきます。今、何を得たかが問題の時になっています。

 28冊読んだけど、残すモノがない。新刊書と感性が違ってきたのか。世の中とも。これは食べ物も女性も一緒です。ずれています。

組織の分化

 人の分化を考える以上、政党とか組織の分化も考えましょう。既存の色々なモノを分化をさせていきましょう。つまり、ローカルにして、グローバルから制約を付けるという、サファイアの考え方を組織に適用させます。

GG・LLの意味

 Lは、本来、離れれると思っていないものを離す。個人、家族、組織を分化させる。Gに関しては、その上がないと思ったものの上にモノをつくる。

 理論化しましょう。明日は本はいいです。手につかない。

豊田市図書館の28冊

 昨日は、4時過ぎに図書館に到着。やはり、第2週は新刊書が豊富です。

 予約本『137億年の物語』を含めて、28冊、借りました。土曜日中に片付けた。本が手に馴染まない。未唯空間の方が気になる。

 3階のカウンターで予約本を受け取っていたら、エコットでの知り合いの女性に合いました。

 エコット立ち上げ時の派遣さんです。話が合う人です。

 来週のエコトークに来るということで、私も行くことにしました。

 209『137億年の物語』宇宙が始まってから今日までの全歴史

 290.91『ナショナルジオグラフィック 冒険・探検の世界』

 369.31『鎮魂と抗い 3.11後の人びと』山本宗補フォトルポタージュ

 557.78『海図の世界史』「海上の道」が歴史を変えた

 336.4『なぜあなたは、間違った人を採ってしまったのか』

 686.53『進化する東京駅』街づくりからエキナカ開発まで

 425,1『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』生きていて死んでいる状態をつくる

 539.09『原発とメディア』新聞ジャーナリズム2度目の敗北

 002.7『手帳活用パーフェクトBOOK』

 410.9『公理と証明』

 507,2『「ネットの自由」VS.著作権』TPPは、終わりの始まりなのか

 498.58『砂糖をやめればうつにならない』「うつ」と診断された、その症状もしや「低血糖症」では?

 480.76『沖縄美ら海水族館が日本一になった理由』

 910.26『十津川警部とたどるローカル線の旅』

 293.39『アイルランド紀行』ジェイスからU2まで

 392.53『勝てないアメリカ』「対テロ戦争」の日常

 913.6『宇宙へ』

 297.8『アグルーカの行方』

 302.38『デンマーク流「幸せの国」のつくりかた』世界でいちばん住みやすい国に学ぶ101のヒント

 210.1『なぜ、アジア太平洋は一つになれないのか』NHKさかのぼり日本史 外交篇[1]戦後 “経済外交”の軌跡

 367.61『子どものための『ケータイ』ルールブック』

 302.53『フロリダレポート2006~2008』JOI体験記 アメリカ あんなこと こんなこと

 A595『究極のラーメン2013 東海編』

 539.09『フクシマの正義』「日本の変わらなさ」との闘い

 910.26『スリリングな女たち』

 913.6『アルカトラズ幻想』

 230.4『中世ヨーロッパの戦い』

 910.26『この警察小説がすごい!』発表!歴代警察小説BEST20!

デンマーク 外国人排斥の傾向

2012年10月13日 | 4.歴史
『デンマーク流「幸せの国」のつくりかた』より

増える外国人

 海に囲まれた島国・日本は、外国人の割合が大陸の国々と比べて極めて少ない。在日韓国、朝鮮、中国人などを含めても在住外国人は2%に満たない。一方、デンマークでは、外国人が国民に占める割合は2010年1月時点で9.8%。日本でいえば、東京都の人口が丸々外国人という計算になる。日本よりもはるかにモザイク国家なのである。

 2005年にヨーロッパやアラブ社会で騒がれた「ムハンマド風刺漫画掲載問題」を覚えているだろうか。イスラム教の開祖・ムハンマドの風刺漫画をデンマークの日刊紙「ユランズ・ポステン」が掲載した。ムハンマドが頭に巻いたターバンを爆弾にみたて、イスラム教徒の過激派を思わせるような内容だった。

 ところがイスラム教では、偶像崇拝を禁じているため、ムハンマドを描くことはあってはならない。かつ開祖を馬鹿にされ、イスラム教徒全員がテロリストだといわんばかりの内容に、アラブ諸国をはじめとするイスラム教徒が猛反発した。これに対してデンマーク側は、「報道の自由」を主張して一歩も譲らず、対立が激化した。

 実はこの問題の根幹には、デンマーク国内で増え続けるイスラム教徒との衝突がある。デンマークは国教をキリスト教福音ルーテル派としており、国民の約80%が国教会のメンバーとして教会税を払うキリスト教国家。一方で、1960年代の好景気は労働力を必要とし、移民を奨励した。

 当時はトルコ系が多かったが、その後は中東からの移民が続き、その結果、国内には現在、2、3世も含めれば約20万人のイスラム教徒がいるとされる。これは人口の3.6%に相当する。少々強引に日本にあてはめれば、福岡県の住民(約500万人)が全員、イスラム教徒という異文化の外国人という計算になる。

 また、迫害などの理由からの難民の受け入れをデンマークはこれまで継続的に続けてきた。小国の国際支援という側面もあるが、純粋に博愛の意識が強いデンマーク人の人道的支援の意味合いも強い。

 2001年には6263人に難民としての滞在許可を出したことがあるが、2004年からは1000人台で推移し、2009年には1376人に出した。2007年までにデンマークが受け入れた難民の数は10万6000人にも及ぶ。

排斥の傾向

 手厚い支援を受けられるとはいえ、移民や難民は、言葉や文化の違いから、仕事にはなかなか就けず、貧困にあえいでいる。その結果、犯罪に走る者もいる。人口に占める西側諸国以外、つまり中東やアフリカなどからの移民の割合は6.9%。しかし、国内の全犯罪に占める割合は10%を超える。一般のデンマーク人よりも犯罪にかかわる割合が高いことになる。特に西側諸国以外からの移民で犯罪を犯した者の45%が難民本人かその家族という。

 難民や移民が多く暮らすエリア「ゲットー」が大都市を中心に国内に29か所ある。そうしたエリアを拠点として事件がしばしば発生しており、犯罪の温床ともなっている。

 背景はどうであれ、犯罪にかかわる移民や難民の増加は世論にいい影響を与えない。金銭的負担と文化的衝突に、移民への否定的な世論が後押しし、近年では、移民・難民に制限を加えることを訴える極右政党「デンマーク国民党」が支持を得ており、国会で第3の勢力となっている。

 最近の傾向として移民や難民を制限する方向で進んでおり、その余波はあらゆる外国人にまで及んでいる。たとえば、外国人がデンマーク人と結婚してもすぐにデンマークでは永住ビザを取得できない。

 2010年6月に導入されたポイント制では、永住ビザ申請には100ポイントを満たす必要がある。そのためにはまず、デンマークに4年以上暮らし、過去3年以内に最低2年半就労するなどの条件を満たせば70ポイント。次いで、デンマーク語試験に合格したり、過去4年半以内に4年以上デンマークで就労するなどしていれば15ポイント獲得。

 さらに、「積極的な市民」であることをみせて15ポイント獲得で100ポイントとなる。「積極的な市民」になるには、地域のサッカークラブのコーチや学校理事会の理事などを最低1年務めるか、「市民権テスト」に合格すれば同じ15ポイントを獲得できる。

 だが、デンマーク人と結婚しながら就労期間が足りなかったり、繁忙な仕事のために「積極的な市民」になれずにポイントを満たせないまま永住権が取れない者も多く、ポイント制には批判の声が強かった。

 2011年10月に政権が交代。移民によりやさしい社会民主党などの現政権は、2012年3月に廃止を決定。永住ビザは今後、より容易に取得はできるようになるとみられる。それでも語学力や滞在年数などの一定の条件は満たす必要があり、決して他の国のように簡単には取得できない。

第10章はGG・LL

2012年10月12日 | 2.数学
第10章はGG・LL

 第10章は、グローバルのグローバル、ローカルのローカルに向かう時に、各ジャンルがどうなるかでまとめましょう。まだ、9章も途中ですか江戸。

 考えるには、2030年から2050年を考えることが必要です。社会編なら、コンパクトシティ、エネルギー問題と個人の生活の問題を考えていけばいい。

 グローバルのグローバル、ローカルのローカルには、まだ、組み合わせがあります。グローバルのグローバルとローカル、グローバルとローカルのローカルです。これは、同時進行で、二つになるとは限りません。まだ、ベースはグローバルとローカルです。この先があるということです。

 今は、一体化しているモノを、まずは分けてします。それをさらに極端にしていく。これをつなぐのはITとネットワーク、そして個人の思いです。

 超国家は理念に過ぎなくなるかもしれない。分化された個人もある意味では、思いです。理念です。それがくっつくとはどういうことか。

 個人の思いで、世界の理念が変わるということです。世界の理念で持って、それぞれの個人が変わるということです。数学で言うと、それが達成ができたら、未来そのものです。

 個人が変わることで、世界が変わり、世界が変わることで、個人が変わる。これは存在と無そのものです。つながるという、そのものです。

書類の蓄積には意味がない

 今、ある、私の思いを全て、紙にしたら、本にしたら、何トンです。家に置いたら、家がつぶれます。

 情報をそのままではなく、著者のDNAを抽出して、接続させて、新しい有機体に変えていくという、発想です。

 これは仕事でも、皆一緒です。本質的な部分、論理的な部分はその位しかないです。それでしか、加工できないし、つなげることができない。

GG・LLはコンパクトから始まっている

 GG・LLはもう、始まっています。その見方をしていけば、芽は見つかります。その中で、働くことの意味とか無意味とかも出てきます。

 2050年の姿をやるのに、2015年から2030年の間に社会をコンパクト化するのが大きなテーマになってきます。

 コンパクト空間というのは、閉集合でありながら、開集合です。今までは、閉じているとか、開いているとかを気にしなかったけど、コンパクト空間はそれを気にします。

 野放図に広がる世界ではなく、そこで一つの空間を作って、それが有機的につながっていくのが、コンパクトの意味です。

 本の読み方もかなり変えていかないと、GG・LLの前兆は見つけられません。細かいところにあるはずです。大きなところにはないです。

 2050年の図書館というよりも、2050年の本です。どこまで、未来予測するか。

リナックスとチェムスキー

 ヘルシンキ工科大学の図書館の最上階にあったのは、チェムスキーです。チェムスキーの『精神文法』やはり、言葉ですね。その図書館の地下の喫茶店でガラスコップに入った、ホットラテを飲んでいた。

図書館は先行する

 図書館は社会に先行しているから、2050年には更に先行しないといけない。完全にバーチャルの世界でしょう。いかに個人の分化を支援しているかです。

 個人に対するグループ、個人を分化するための情報(本)とそのための道具としての図書館です。

存在と無と個人の分化

2012年10月12日 | 1.私
未唯へ

 体重は73Kgを割ってきました。ごはんなどの炭水化物は食べないようにしましょう。奥さんの協力は得られていないので、まずは、昼飯ですね。

 土日の運動が効いているかもしれません。一万歩を目標としましょう。

考えろ!

 考えろ! 数学を使って、未来を考えろ! 各ジャンルをつなげろ。日本人を革命的に変えるのか、ゆるやかに変えるのかの境目でしょう。変わらないとしょうがない。まずはそこをはっきりさせましょう。

 個々のエネルギーを使うとしたら、個々を分化して見ないといけない。それがローカルのローカルです。一人の人間をばらします。

パートナーのポータル

 お客様とのコミュニケーションにしても、しないわけにはいかない。それぞれの部署で、アンケートとか、トスとかしているけど、概念そのものをどう拡げていくかです。インフラとして、持っていくかです。

 スタッフ同士をつなげるにしても、メーカーとつなげるよりも、同じ問題意識を持っている、本部とつなげることが元々の考え方です。そういうことを自分で考えて、やってきた、パートナー自身がカタチにするのが最適です。ネットワークのインフラもあるし、色々な思考実験をしています。

存在と無の論理

 存在と無はすごい論理です。自分がなくなれば、この世界は存在しなくなる。そういうことです。この世界があって、私一人だけが居なくなるということはあり得ない。それは論理的ではない。

 存在と無から出発しているから、何ものに対しても自由でいられます。他人の存在を当てにしないし、他人からの目は関係ない。自分の中でどういう世界を作っていくのか。内なる世界だけの問題です。

 この概念を他のジャンルに適用している。歴史に関しても、社会に関しても、存在と無が同一です。自分の中と宇宙の果てがつながっています。

 これが、例の三段論法、グローバルのグローバルとローカルのローカルがつながっているという予言の唯一の根拠かもしれません。

 グローバルのグローバルとローカルのローカルがつながった後はどうなるかというと、それで世界の歴史の完成です。

個人の分化のイメージ

 個人を分化するイメージをO辺りで試してみましょうか。私から、見ると多面性を持っています。個人でみるのではなく、グループとの関係でみていく。Sとの関係とは、パートナーとの関係などの側面を持っている。

 心理分析を新しい概念で統一させるということです。

無意味と無価値

2012年10月11日 | 1.私
『精神分析と自閉症』より ヴィトゲンシュタインと嵐の中の歩行者

ミステリーにおけるホームズとワトソンの関係は、自閉症のある人と定型発達者の関係のあり方について、一つの可能性を示しているように思われる。しかしもちろん、この二人の人物はフィクションである。では、歴史上の実在の人物で、その可能性を指し示してくれる事例はないであろうか。私見では、二〇世紀の哲学者であるルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインと、彼についての回想録『回想のヴィトゲンシュタイン』を記したノーマン・マルコム(彼の弟子であり友人でもあったアメリカ人哲学者)との関係が、その事例として考えられるように思われる。

ヴィトゲンシュタインは、その人物像自体が強烈な魅力を持っており、今日に至るまで、哲学界の範囲を超えて多くの人々の関心を惹いてやまない存在である。彼については従来、その〈奇行〉やユニークさから、統合失調症圏の人だったのではないかと考えられることもあった。近年、ヴィトゲンシュタインの伝記的事実や関係者の証言から、彼がアスペルガー症候群(アスペルガー症候群も自閉症スペクトラムの一環をなすと考える立場により、一括して自閉症と記すことにする)であったと考える専門家が現れている。例えば、マイケル・フィッツジェラルドがその一人である。ちなみにフィッツジェラルドは、ルートヴィツヒの姉の一人マルガレーテもまた、自閉症的な性質を持っていたと推測する。そして「彼女がフロイトから精神分析を受けたと広く信じられている。一九三八年のナチスによるオーストリア併合の後、彼女は友人であるマリー・ボナパルト妃と協力して、フロイトのイギリスヘの移住の手はずを整えた」。

ルートヴィッヒに話を戻すと、マルコムの回想に次のようなエピソードがある。「二時間の講義で、ヴィトゲンシュタイン自身も、いつも消耗してしまった。……そのため、講義が終わるやいなや、映画に飛んで行ったものだった。……彼はスクリーンが視野を完全にふさぐように、最前列にすわることを主張した。それは、講義のときに考えたことがらや、自己嫌悪をふりはらうためなのだった。あるとき彼は『こうして見ていると、シャワーを浴びているような感じがする』と私にささやいたことがある。映画をみるときも、くつろいだとか、いいかげんな見方をしなかった。からだを前にのり出して食い入るように画面を見つめ、よそ見することなどはほとんどなかった。……要するにただ画面に心を奪われることが彼の目的であって、彼を苦しめ精魂をすりへらす哲学から、ただのひとときなりと解放されるための映画だったのだから」

もし彼が自閉症的であったとする見解が正しいのならば、『回想のヴィトゲンシュタイン』という書物は、ノンフィクションかフィクションかの違いがあるにもかかわらず、自閉症的な資質を持つ名探偵ホームズの言葉や活躍を定型発達者ワトソンが記録した形式を取るホームズ物と同じような位置を占めることになるのかもしれない。

ヴィトゲンシュタインによるユニークな振る舞いは数多く言い伝えられている。例えば、若い頃に独創的な書物を出版して世界を驚かしておきながら、ある時期以降、本を出すのをやめてしまったのは、いかにも世間の常識を越えた天才らしい印象を与える。それでは、なぜ彼は生涯にわたって研究を精力的に続けていたにもかかわらず、書物の形で公刊しようとしなかったのであろうか。フォン・ライトによれば「彼は、自分の考えが、弟子を自称する門下にさえも大体において誤解され曲解されているという意見だった。私もこの意見は間違っていないと思う。それが、将来正しく理解されるだろうとも彼は思っていなかった。現代人とかけはなれていて、ちがった生活環境の中に生きていてちがった考え方をする人を相手に自分は書いているように感じる、と彼はあるとき言ったことがある。まるで違った文化に属する人々相手に書く。これが、晩年の業績を彼が出版しなかった理由の一つであった」。実際、ヴィトゲンシュタインが思考を推し進める際に考案した事例は、普通の人々の意表を突いたものであり、時にSF的とも見える発想法を示している。この指摘は、自閉症のある人グランディンが自らを「火星の人類学者」に喩えたことを思い起こさせる。またフィッツジェラルドは、ヴィトゲンシュタインのパーソナリティについて「彼には非常に厳しい超自我があり、そのため彼は罪責感を持ち、到達不可能な要求水準の高い自我理想を持つことになった。彼が生涯で一冊しか本を出版しなかったことは驚くに値しない」。

ところが、このように自分と他者一般に対して厳格な超自我を発揮したヴィトゲンシュタインは、例外的にマルコムとは、断続的ながらも長い期間にわたって交友関係を維持し続けることを望んだ。マルコムの回想によれば、二人はいつも仲が良かったわけではない。時にヴィトゲンシュタインは、マルコムに対して攻撃的に振る舞ったり、愛想を尽かしたかに見えるし、マルコムの方も意地を張ったりしたこともあったようである。しかし、その度に双方が忍耐強く関係を続けていく努力を繰り返していた。それほど二人にとって、この交友はかけがえのないものだったのであろう。二人の関係は、ヴィトゲンシュタインの死の直前まで続いた。その結果生み出されたのが、『回想のヴィトゲンシュタイン』である。

グローバルのグローバル、ローカルのローカル

2012年10月11日 | 2.数学
グローバルのグローバル、ローカルのローカル

 数学の先行きを考えた時のキータームを見い出しました。

 無限次元空間に住むとか、グローバルとローカルの間の位相空間に持っていくという循環まできました。さらにグローバルのグローバル、ローカルのローカルをつなげていくこと。

 予測としては、グローバルとグルーバルのローカルのローカルは同一になります。縦型の循環です。

 社会として、生活として、それがどういう意味合いを持つのか。それを考えたけど、まだ、答には至っていない。あまりにも突飛です。

 理論化するにしても、グローバルとローカルのレベルなら、トポロジーをそのまま、取り入れれば、連続性だけを保障すれば、容易にできます。

 ローカルとグレーバルのレベルを上げるためには、グローバルをローカルと見て、もう一つ上のグローバルとの関係を見ていく。同様に、ローカルとグローバルにして、もう一つ下のローカルとの関係として、解釈しました。要するに、三階層のイメージでつなげていくことです。実際は多段ですけど、

 グローバルを国だとすると、グローバルのグローバルは超国家になります。ローカルとグループとすると、ローカルのローカルは個人になります。個人をローカルにした時には、ローカルのローカルは分化した個人になります。

 グループの意味合いは微妙です。国とか個人は固定できるが、グループは変幻自在です。位相というところのローカルをつなげたチェーンです。

 ローカルのローカルとした時の個人に対してのチェーンで個人の見方が変わってきます。個人の多面性になってきます。グローバルもチェーンを持ちます。一つには国の連携でしょう。それは歴史編で展開していきます。

 問題は、超国家と分化した個人が一緒になるかどうかです。あまり、一緒ということに拘る必要はないかもしれない。何しろ、縦に繋がります。横に繋がるのであれば、トーラスでみていけばいいけど、縦のトーラスをどう作ればいいのか。

 今後の世界から考えると、グループというモノをどう持っていくかです。地域とか会社の組織が前提であった。その限界を変えていきます。

時間つぶしのミーティング

 何か、テーマが与えられて、それで時間つぶしをしているグループで、仕事になっているのか。別のところで得たエネルギーに依存している。そんなミーティングは寝るに限ります。そこからは何も生まれません。

個人の分化

 個人に対して、サブ・グローバルとして持っていく時に、個人は多様な面を持っているので、グローバルから、逆の関数でみると、個人が分化できます。

 多分、そこが重要なんでしょう。個人を分化させていく。分化された、さまざまな個人の集めて、一つの空間にしていく。一人はひとりでなくてもいい。色々な面を持った個人が一つのところに住んでいることになります。一つという概念もないのでしょう。

 個人の分化するのは、グループから見れば、容易です。それがフェイスブックなどからできるような世界になっている。個人は色々な局面をもつ。

 それは個人を武装化することで、分化する。分かれたものは一つのモノではなく、矛盾を起こさないように持つということだけです。意味合いは個人で持つのではなく、グループで持つということです。

 そこでの役割を人間の中で、別々に持てばいい。一つにしようとすると難しい。だから、逆反射ですね。

数学モデルを社会に還元

 数学モデルをいかに、社会に還元していくのか。

 今までのツリーだけの社会から、インターネットではないけど、ローカルの世界から組み立てる、トポロジーの世界に持っていきます。なにしろ、トポロジーの世界が先にある。数学理論から。新しいカタチにまとめていけばいいのです。

生活者と消費者

 生活者としての個人はその中に入ってきます。生活者である限りは、色々なグループに属します。

 消費者は作るモノから支配されています。そのハイアラキーの元に居るだけの人です。生活者は逆のピラミッドになります。

多くの人が生きていく

 目的によって、色々なグループに入っている。グループからすると、その分だけ、人が居ることになります。

 多くの人が生きていくためには、それが必要です。その中で、それぞれが生きていけばいいんです。ということで、お金を使うだけの世界とは異なる世界になっていきます。

身体を休める

 そんなことを考えているので、多分、今日も眠れないでしょう。本は身につかない状態です。身体を休める打かにしましょう。

 なかなか、ICレコーダーを外せない。頭の中はゆっくり回っています。

ボリシェヅィキ革命の物語

2012年10月10日 | 4.歴史
『情報戦のロシア革命』より

一九一七年十月のボリシェヴィキ革命の物語はこれまで繰り返し語られているか、その焦点はグローバルな状況を抜きに、ロシア国内の諸事件に絞られているのが常である。「十月」とその帰結をそうした方法で検討することは、何も間違ってはいない。だが本書は、物事に別の光を当てて眺めようとする試みである。ボリシェヴィキ支配の初期の歳月は、ロシアと西側の間のダイナミックな相関関係を特徴としている。それはロシアの内戦期であり、西側か一方では新しい共産体制の弱体化を図りなから、他方ではそれを懸命に理解しようとした歳月であった。しかも、その全期間を通じて、ボリシェヴィキはヨーロッパに革命を広めようと努めなから、破綻しつっある自国経済の再生をかけた通商協定の追求をやめなかった。この相関関係を子細に検討すると、革命ロシア--およびその対外関係--はレーニンとトロツキーだけでなく、まことに多彩な人びとによって形づくられていたことか分かる。それはスパイや人民委員はもちろん、外交官、記者、非公式な仲介者、そして知識人や御都合主義の実業家、一般の旅行者たちである。本書は「十月」の物語であるとともに、彼らをめぐる物語なのである。

一国だけに閉じ込められれば革命の命脈は尽きる。共産党指導者らはそう確信していた。彼らはヨー口ッパ中の国々が間もなく、ロシアかペトログラードでしるした道に従うという希望に賭けていた。十月革命は、連合国と中央同盟国間の大戦がヨーロッパで猛威を振っている問にペトログラード--ロシアの首都サンクトペテルブルクはドイツ語の響きを拭い去るため改名されていた--で起き、世界列強はロシア情勢をいかに連合国側に利用できるか検討する場合を除いて、一九一八年十一月までは革命ロシアにほとんど考慮を払わなかった。ドイツは同年三月、東部戦線の陸軍諸師団を英米仏に対する西部戦線に転戦させるため、ブレスト・リトフスクでレーニンの政府と単独講和を結んでいた。一方、フランスと英国はたとえそれが共産政府を倒すことになっても、ロシアを対独戦争に引き戻そうとする努力を強化した。ドイツの降伏後ヨーロッパに平和が戻ると、西側政治家は共産主義の病原菌がロシア国境を超えてヨーロッパの只中に広がるのを防止することをようやく優先し、「ロシア」問題の中身は変容する。革命はドイツ、ハンガリー、イタリアで勃発したが、ロシアの共産党指導部にとっては残念なことに、失敗のうちにしぼんでいく。一方、西側連合国はロシアヘの直接軍事干渉と、反共ロシア人部隊への援助を行う。だか、一九一九年末にはこうした企ては困難に陥り、連合国は派遣軍を撤収。共産主義ロシアは国際舞台での最初の強度試験を生き延びた。

ロシア共産主義者は同時に、革命の輸出に傾倒していた。一九一八年、ドイツ転覆のため、非常に著名な指導者の幾人かを含む密使を送る。その翌年には、国外での共産党創立と世界資本主義打倒を目的とする共産主義インターナショナル(コミンテルン)をモスクワに設立。一九二〇年にはポーランドヘ赤軍そのものを送り込んだ。そして、期待したような「ヨーロッパ革命」が起きないと、レーニンとトロツキーは失望したけれども、自分たちの当初の賭けが勝ちに終わるという確信は変えなかった。

ヨーロッパの軍事力を現実的にどう計算しても、十月革命後のボリシェヴィキには分かなかった。もしドイツが一九一八年にロシアに侵攻していたなら、弱体で装備不足の赤軍はとうてい太刀打ちできなかっただろう。その直後の年月、もし西側連合国が全面侵攻で歩調を合わせていれば、やはり口シアは持ちこたえられなかっただろう。外的諸要因が、列強による中央ヨーロッパ東部への進出と革命国家の転覆を妨げたのは、共産主義者には僥倖であった。ロシアの経済的孤立を終わらせることが有益だと諸外国が次第に気づくようになった点でも、彼らはついていた。通商条約は一九二〇年、まずエストニアおよびスカンジナヴィアと、次いでその翌年、英国との間で締結される。

レーニンとトロツキーに率いられた共産主義者がペトログラードで権力を握ったとき、彼らは自らの政府が数日以上持ちこたえられるかどうか確信が持てないでいた。だが、このことが彼らの楽観主義をへこませることはなかった。ロシア人がこれほど容易に資本主義を打倒できるなら、他の諸国民が同じことをやってのけるのに時間はかからないに違いない。帝国主義と民族主義および軍国主義はいたる所で一掃されようとしている、そう共産主義者は高言した。ボリシェヴィキはグローバルな用語で自らのプロジェクトのあらましを描いて見せた。世界の労働者はあらゆる種類の抑圧からの解放を達成せんとしている。工業社会は幾世代にもわたり呻吟してきた人びとに対し、適正に支払い、養い、衣服を与え、そして教育を与えはじめるだろう。諸国政府は崩壊するだろう。市場経済は廃絶されよう。戦争に終止符が打たれ、人民は国王や司令官、僧侶や警官に妨害されることなく自らの諸問題を処理することになる。共産主義はまさに世界的に広がろうとしている。間もなく政府も軍隊も官僚機構も地上から消滅するであろう、と。

仕掛けられた偶然

2012年10月10日 | 1.私
仕掛けされた偶然

 資料を見ながら、旅行のことを中心に入力していました。そこであるのは、やはり、偶然です。実際、すべてというときも偶然のすべてということになります。

 特に、仕掛けられた偶然です。ICE10に乗れなかったことは、あれはひっかけられたと思っています。私にEUに行くなということでしょう。EUに行くことで何かが起こることを避けるために、仕掛けたのでしょう。

 仕掛けられた偶然から意味を持たなければならない。トルコの旅行の直前に仕掛けられました。偶然は必然であることに裏返しです。仕掛けられる方も仕掛けられる。仕掛けたのは大きな意志です。

逆の見方

 逆にアーヘンでの一泊とDBへのクレームが発生しました。ICE10がなければ、スムーズにブリュッセルに戻って、DBに対しても感情を持たずに済んだでしょう。それがなければ、ホテルに泊まるにしても、すべて予約して、オドオドと振る舞ったでしょう。

 今回のことで、トラブルがあっても、どうにかするということが確認できた。私にヨーロッパ縦断を示唆している。これは逆に仕掛けられた偶然です。

トルコ旅行の時

 前回のトルコの時は、出発日に、私のブログに対して、会社からのクレームが入った。パートナーから落とさないとやばいと言われた。それを旅行中の15日間。ずっと考え続けた。奥さんに会社を辞めて、会社を攻撃する方に回ってもいいかと聞いたら、あんたの小遣い分ぐらいだから辞めてもいいと言われた。それで会社に対する態度が決まりました。自分のために、会社を使うということです。

本当に生きているのか

 こんな中で、すべてをまとめたいという活動を存在を掛けてやっています。おちおち、寝ている時ではない。すべての関係を絶って、やることです。仕事との唯一の接点も危ない状態です。頼らないようにします。

 それにしても、本当に生きているのかな。目を開けていても、実感がない。自分の感情がない分、人の感情がビンビン伝わってきます。なぜ、皆、この感情を生きることにつなげないのか。仕事をするふりだけです。自分中心に考えているだけです。それで焦って、人に押し付けて、それが自分のお仕事になっている。

 まあ、そんなことに振り回されたくないので、あえて、無視します。体を休めるだけで、寝ることは諦めましょう。すべての偶然を一点に集める。それしか、私にとっての希望はない。

偶然を生かす

 偶然を意識 �一冊の本で人は変わる �偶然に意図を感じる �偶然は私のために用意されている �偶然に従う

 偶然は必然 �偶然に身を任せる �偶然の持つ意味を冷静に見る �偶然はコントロールできる �強い心の表れ

 偶然を仕掛ける �意図を感じたら、行動 �自分への攻撃も含まれる �偶然を読み取る力 �真っ向から邪悪に向かう

 偶然と未来 �全てはありえない �μと一緒に考えたもので動く �偶然から未来を見る �未来は意図して作る

ルソーの第一の散歩

2012年10月09日 | 1.私
『孤独な散歩者の夢想』より

この世にたったひとり。もう兄弟も、隣人も、友人も世間との付き合いもなく、天涯孤独の身。私ほど人付き合いが好きで、人間を愛する者はいないというのに、そんな私が、満場一致で皆から追放されたのだ。繊細な私の心を最もひどく痛めつけるにはどんな仕打ちがいちばんいいのか、奴らは私への憎悪を極限まで募らせながらさんざん考えたのだろう。そして、奴らと私をつなぐすべてを乱暴に断ち切った。相手がどうであろうと私は人間を嫌いにはなれなかった。つまり、人間でなくなることでしか、私と完全に縁を切ることはできないのだ。もはや彼らはまったくの他人であり、見知らぬ人も同然であり、私にとって何の意味もない存在になったが、それは彼ら自身が望んだことなのだ。だが、そういう私は、皆から切り離され、すべての関係を断ち切られた私は、いったい何者なのだろう。今、唯一私にできることは、自分が何者は悪化するばかりであり、奴らが容赦なく攻撃する種となるようなことを次々としでかしてしまったのだ。何をしても空回り、さんざん無駄に苦しんだ挙句、必然的なことには逆らわず、ただ運命に身をまかせるしかないという結論に達した。こうして諦めてみると、これまでの苦痛がすべて埋め合わされるほどの平穏を見つけ出すことができた。この平穏こそ、諦めが私にもたらしたものであり、つらく報われることのない抵抗を続けていたときには、得られなかったものである。

私が平穏を取り戻すことができたのには、ほかにも理由がある。私を攻撃した者たちは、あらゆる形で私への憎悪を極限状態までもっていこうとした。だが、奴らは激情のあまり、一つ忘れていたことがある。私を苦しめ続け、日々苦しみを新たにするような状況におきたいのなら、たえず新たな攻撃を加え、じわじわと攻撃を強めていくのが最も効果的だったはずだ。もしわずかでも希望の余地が残されていたなら、たとえそれが彼らの巧妙な罠であっても、私はその希望にすがろうとし、今でも諦めきれずに苦しんでいたことだろう。そして、彼らは私を韻し、もてあそび、期待させてはまた新たにその期待を裏切ることで、私を苦しめ続けることもできたはずだ。だが、彼らは、最初からあらゆる策を出しつくしてしまった。私からすべての希望を奪うことで、彼らは私をいたぶる機会を自ら手放してしまったのだ。彼らが私に浴びせかけた罵倒、誹誇、嘲笑、汚辱はすでに頂点に達しており、弱まることはないにしろ、これ以上ひどくなりようもない。要するに、双方とも早々に限界に達してしまったのだ。あちらは最大限の攻撃を加えようと必死になり、こちらはこちらで最悪の状態に必死に耐えるばかりだった。敵側は、私を最大限に痛めつけようと急ぎすぎた。もはや、地獄の助けを借りようとも、人の手で可能なあらゆる策略を出しつくしてしまい、これ以上は何もできなくなっている。肉体的な苦痛を与えようにも、こうした苦痛はさらに苦しみに追い打ちをかけるかに見えて、実は精神的な苦痛から気をそらせる効果をもつ。痛い、痛いと声をあげれば内に秘めていた苦痛を発散させ、肉体の痛みによって心の痛みを忘れることができるのだ。

もうすべて出しつくされているのだから、何を恐れることがあろう。これよりもひどい状態はないのだから、もう彼らにはこれ以上私を脅かしようがないのだ。不安と恐怖という苦しみから、彼らは私を永遠に解放してくれた。それについては安堵している。今、現実にある不幸など大して重要ではない。現在感じている苦しみについては、きちんと受け入れることができる。だが、この先、襲ってくるかもしれない苦しみを心配し始めると耐えられなくなるのだ。こうなったらどうしようと怖々ながら想像すると、頭の中であらゆる不幸が組み合わさり、何度も反復するうちに拡大、増幅していく。実際に不幸になるより、いつどんな不幸が襲ってくるのかと不安にびくびくしているときのほうが百倍もつらい。攻撃そのものよりも、攻撃するぞという脅しのほうがよほど恐ろしいのだ。実際にことが起こってしまえば、あれこれ想像を働かせる余地はなく、まさに目の前の現状をそのまま受け入れればいいのだ。実際に起こってみると、それは私が想像していたほどのものではないことが分かる。だから、私は不幸のど真ん中にあっても、むしろ安堵していたのだ。こうして現在は、新たな不安を抱くこともなく、へんに期待することも動揺することもなくなっている。慣れてきたというだけでも、現在自分がおかれている状況が徐々にそれほど苦痛でもなくなってきたというわけだ。なにしろ、今以上に悪くなるはずはないのである。時間がたつにつれ、感情は生々しさを失い、奴らがどうあがこうが、もはや負の感情を再燃させるようなことは起こりようがないのである。要するに、私を攻撃する者たちは、感情の高ぶりにまかせてあらゆる策を出しつくしたことで、逆に私を助けてくれたのだ。彼らはもはや私を支配することができない。今や私は彼らを鼻で笑うくらいの余裕があるのだ。

とはいえ、私が心の平穏を取り戻してからまだ二か月もたっていない。とっくの昔に怯える気持ちはなくなっていた。だが、それでも私はどこかで期待し続けていたのだ。わずかな希望を掻き立てられ、やがて失望し、それがきっかけになって狂おしいまでの思いがあれこれと湧き上がり、平静ではいられなくなったものだ。ところが、ある悲しい出来事、思いがけない出来事によって、ついにかぼそい希望の糸も断たれた。もうこれ以上、期待しても無駄だということが、これではっきりしたのだ。そこで私はようやくきっぱりと諦めがつき、心の平穏を取り戻したのだ。