『現代メキシコを知るための70章』より ⇒ ギリシャとかメキシコの方が「未来の姿」に近い。インフラがないことの強みが生きてくる時代。
家族の多様 ★核家族・ひとり親家族・ディンクス・生涯独身者★
メキシコの国立統計地理情報院(INEGI)が発表した「2016年の全国家族調査」によると、1億2230万人余の総人口は3290万余の世帯で構成されており、平均的な家族は3・7人で、核家族が89%を占める。人口規模2500人を境に地方と都市に分けた核家族の構成人数は地方の4人と都市部の3・6人で、大きな差はない。ただしこの調査には、婚姻関係が法的手続きを経て世帯を構成しているのかどうかは項目に入っていない。
メキシコの家族形態には法的な婚姻届けを出さない同居婚が多い。また米国へ出稼ぎ移住して長年帰国しない場合やパートナーの突然の失踪によって、女性が世帯主として家庭を支える例も多い。婚姻届けを出さない理由は単純である。資産のない庶民には、愛情で結ばれた同居で十分であり、婚姻届けを出すメリットは通常の場合ない。賃金に扶養手当がつくわけでもなく、給与所得者の専業主婦に将来の年金支給が約束されているわけでもない。一方、離婚は理由なしで一方的に宣言するだけでできる。したがって家庭は愛情によって結ばれた最小の社会集団で十分だと考える傾向も強い。また、子供がいても単親家族や同棲婚も社会的に認知されている。そして子供をもたないカップルも増えている。
このように家族の形態は多様である。伝統的な大家族同居型は絶対的少数派となり、21世紀のメキシコ社会では核家族が圧倒的多数を占めているだけでなく、両親のそろった家族は56%で、子供のいないディンクスが約26%、ひとり親家族が約17%となっている。しかしこれらの数値は全国の平均値で、首都メキシコ市に限ると、女性が世帯主である例はUOnOとなる。問題は、女性世帯主の家族の圧倒的多数が貧困層に属することである。中間層の生活をしていた家族が女性世帯主となった場合、ほぼ貧困層のレベルに陥る。一人の収入で中間層の家計を維持することは男性であっても難しく、圧倒的多数の女性の労働賃金は最低賃金に等しいために、子供を養育することは困難である。相手が安定した仕事を持っている場合は養育費を要求することは可能であるが、インフォーマル経済で働く相手から養育費をとることは難しい。しかし困窮する母子家庭を支援する政策もあり、また個人の努力で社会上昇を果たすことは厳しいが存在する。次の事例は典型的な実例である。
マリオ(仮名)は母子家庭の長男として幼いころから母親を助けて暮らしてきた。中学校を中退して17歳で未婚の母親となったマリオの母親ローサ(仮名)は25歳で再婚したが、さらに2人の子供をもうけたのちに夫は失踪してしまった。十分な教育を受けていないローサが子供を育てながら働ける仕事は日雇いの家政婦ぐらいである。それも、子供たちが小さいときには長時間労働が不可能なため、理解ある中産階級の複数の家庭で時給の家政婦として働き続けた。そのため、マリオは小学校時代から幼い弟と妹の世話をし、料理までするようになった。このような家庭で育った子供の多くは中学校を中退してしまうが、マリオは中学校を修了して高校へ進学した。その真面目さから非行に走らず、成績もよく、国立大学の理工系に進学し、奨学金も得て無事に卒業してフォーマル経済の環境の中で働き、母親と弟と妹の生活と就学を支えている。このマリオの例は、経済的にも精神的にも自立できない母親をもった長男が真面目に歩んだ人生の例である。現在、母親は新しいパートナーと暮らしていているが、フォーマル経済の中で働く男性ではない。心優しいが伝統的な男女の役割分担に馴染んだ女性が自立することは容易ではなく、繰り返し男性に依存して暮らすのも下層の女性たちのたどる姿である。
しかし21世紀のメキシコ社会にはローサとは正反対の生き方をする女性も少なくない。マルタ(仮名)は高校生時代に妊娠し、中退して娘を産み、同棲をした。相手の若い夫が地方都市からメキシコ市に移住することを決めた結果、ローサもまた幼子を抱えて身寄りのないメキシコ市に移った。しかし相手はすぐに失踪してしまった。間借りしていた一部屋に残されたマルタはあらゆる仕事をし、近隣の人々に支えられ、10年後に8歳年下の男性と一緒に暮らすようになった。この間に彼女が選んだのは通信教育で高校卒業資格を得て大学に入学し、学士号をとることであった。国立大学は学費がほぼ無料で競争率は高いが、開かれた高等教育機関である。働きながら大学に通い、娘を育て、家事もこなし、40歳をすぎて会計士になった。メキシコでは大学の専攻は職業の選択と給与に直結するため、会計士となれば普通の事務職の2倍以上の給与がもらえる。このような母親の姿をみて育った40歳代になる長女モニカは小学校から優等生で、奨学金を得て高校を卒業して国立大学へ進学した。しかも物理学を専攻して最短時間で博士号を取得し、大学の専任のポストも得た。大学院生時代に同級生と結婚し、2人の男の子に恵まれ、夫婦ともども大学の専任のポストを保持している。マルタは現役で働きながら2人の孫の世話を楽しみにする若い「おばあちゃん」となった。しかし彼女は、正式な結婚をしていなかったために重傷を負ったパートナーの病院での重要な手続きで正妻としての権利がないことを初めて知り、58歳でほぼ30年一緒に暮らしてきた8歳年下のパートナーと正式な結婚の手続きをしたのである。メキシコ社会でも正妻の権利は法律で守られている。
ディンクスには、専門職に就いている高学歴の男女が選択するパターンが多い。大学以上の学歴を持つ女性の割合が男性よりも高いため、高給の専門職に就く機会が多い。学歴と職種における賃金格差の大きいメキシコでは、優秀で真面目に働く女性がそれ相応の生活を享受することは可能である。そして専門職であるがゆえに仕事に集中するようになり、それなりの社会的レベルの友人を持つようになる。その結果、20歳代で結婚するのは珍しく、晩婚傾向にある。高学歴の男性たちも、自立しない女性との結婚を避ける傾向があるといわれ、このような男女が結婚しても子供を欲しいと思わないという。一方、初めから結婚に甘い夢を持たない若者も増えている。高学歴層に多い。全国平均の結婚年齢は男性の28歳と女性の25歳であるが、メキシコ市に限るとそれぞれ34歳と31歳となる。30代の未婚率は男性の44%、女性の38%である。
21世紀のメキシコ社会で中間層にとどまることができるのは、超高給をとることのできる高学歴の専門職にある夫と専業主婦のいる家庭か、夫婦2人がフォーマル経済の中で仕事を持っている家庭である。子供がいても2~3人が普通である。家族計画が定着しているメキシコでは、女性が生涯に産む子供の数を示す2017年の合計特殊出生率は2・41人にすぎない。
メキシコにおけるシェアリングエコノミー ★成長と課題★
世界中でシェアリングエコノミーが拡大している。シェアリングエコノミーとは、乗り物・住居・家具・衣服など、個人所有の資産を他人に貸し出しする、あるいは貸し出しを仲介するサービスを指す。近年、欲しいものを購入するのではなく、必要なときに借りればよい、他人と共有すればよいという考えを持つ人のニーズが増えており、そのような人々と所有物を提供したい人々を引き合わせるインターネット上のサービスが注目を集めている。メキシコにおいても、シェアリングエコノミーは拡大の一途をたどっている。
メキシコでは2017年時点で、18歳から59歳までの人口の約70%がスマートフォンを所有していることから、スマートフォンのアプリを通じたサービスが大多数の国民に受け入れられる状態にまで成長している。その結果、急成長を遂げつつあるシェアリングエコノミーは国民と外国人在住者の暮らしや観光客の滞在の仕方、さらには団体や企業の活動にさまざまな影響を与えている。その代表的な例はウーバーであろう。2009年に米国で誕生したウーバーは、一般人が空き時間と自家用車を使って第三者を運ぶサービスをスマートフォンのアプリを通じて提供するものであるが、メキシコにおいても2017年時点では利用者数700万人、ドライバーは22万人を超え、利用者数は米国、ブラジルに次いで世界第3位を誇っている。
メキシコ国内ではウーバーのような配車サービスが浸透するまで、タクシーメーターの不法改造やタクシーメーターを作動させないことで法外な料金を請求する、タクシードライバーに土地勘がないため目的地の到達に至らない、あるいはタクシードライバーが強盗に早変わりするなど、観光客のみならず一般市民にとっても問題の多い状況が起こっていた。これらの問題の解決につながるサービスがウーバーであるともいえる。乗車サービスの決済が全てクレジットカードやデビットカードで行なえることから、キャッシュレス決済も可能であり、利用者にとって明瞭かつ安全な移動方法として急激に国民の生活に溶け込んでいる。しかしながらタクシー業界や既存のタクシードライバーからは、無許可で配車サービスを行なうウーバーに対する根強い反発があった。激しい抗議デモが各地で発生し、幹線道路を封鎖する事態にも発展したが、2015年7月にライドシェア(相乗り)を運行するための法律258号が制定されたことでウーバーなどのサービスが法的に認められ、よりいっそうのサービス普及につながっている。
事実、旧来のタクシーの利用率はこれらのサービスの台頭によって年々低下しており、タクシードライバーの収入は減少の一途をたどるなど、一部の業界や人々に対しネガティブな現象が生じているが、一般市民や外国人在住者、観光客にとって安心して移動できる手段が誕生したことでマイナスの影響よりもプラスの影響の方が大きいと考えられている。驚いたのは、メキシコ州の僻地へ出張で訪れた際でも、ウーバーの配車アプリで移動を試みると5分程度で運転手が到着し、快適な運転でメキシコ市周辺まで送り届けてくれたことである。ウーバーサービスはメキシコ市内とその周辺に限らず地方都市でも普及しつつあり、この勢いは今後も続くものと考えられる。なお各自動車メーカーはウーバーの運転手向けに特別な自動車ローンを設けており、ウーバーなどでの活用を目的とした車両の購入については金利や頭金額の低減を行なっている。
また都市部では、一定の区域内で自転車のレンタル及び返却ができるサービスの普及が加速している。メキシコ市では「エコビシ」、ハリスコ州の州府グアダラハラ市では「ミビシ」と呼ばれる自転車が主に街の中心街近辺で利用されている。エコビシは年間400ペソで自転車を借り放題になるサービスであり、登録に当たってはパスポートなどの身分証に加え、クレジットカードもしくはデビットカードが必要となる。トルーカ市(メキシコ州府)、プエブラ市(プエブラ州府)、パチューカ市(イダルゴ州府)、ケレタロ市(ケレタロ州府)でも類似したサービスが展開されている。メキシコ市をはじめとする都市部の交通渋滞は年々悪化しており、特に中心街は昼夜を問わず大渋滞に見舞われる。渋滞問題に加え環境問題も深刻化する状況を改善する目的で、2010年にメキシコ市当局はこれらの問題解決に向けてエコビシを立ち上げた。なおエコビシはメキシコ市政府資本の企業「クリアチャンネル」によって運営されている。2017年時点で自転車の貸し出し場所はメキシコ市の都心部を中心に480か所前後あり、自転車の総数は6800台を超える。
エアビーアンドビーは空き部屋を貸したい人と、旅行などで部屋を借りたい人をマッチングするサービスであり、世界192か国の3万3000の都市で80万以上の宿を提供している。メキシコ市内では2016年に約100万人が当サービスを利用しており、メキシコ国内全土で普及が進んでいる。しかしながらウーパーの普及に伴うタクシー業界からの反発と同様に、メキシコ国内のホテル業界や団体からの反発を受け、2017年6月より当サービスを介して予約された宿泊費の3%が徴税されることとなった。今後も、民泊サービスに関連する法規制や税制の変更が適宜行なわれていくと考えられる。
シェアリングエコノミーは、車両や住居などの資産活用によって国民の所得向上につながり、今後中間層が増加していく上で重要な役割を担っていくと考えられる。2016年時点で成人人口の82%がクレジットカードを所有せず、61%が銀行口座を保有していないという状況の中で、シェアリングエコノミーの浸透と年々高まるスマートフォン所有者の増加によって、今後は銀行口座とクレジットカードおよびデビットカードを保有する必要性が高まるであろう。そして以前にも増して、米国を中心としたシェアリングエコノミー、またそれに付随したサービスがメキシコでも短期間で浸透すると考えられる。ただし、シェアリングエコノミーが普及することで、前述の通り、既得権益者の反発が生じるのは避けられないことも事実であり、また未整備の法律やルールの策定などが必要となるため、政府と各団体との交渉や折り合いをつけていくことがこれらの事業を行なう民間企業にとって大きな課題となるであろう。またメキシコでは各法規制の変更が突然生じるリスクがあるため、常に最新の動向に注目しておく必要がある。
『現代メキシコを知るための70章』より ⇒ アメリカは国境に壁を作るよりもメキシコの格差の壁を破ること。
拡大した階層格差 ★貧困率60%の社会の姿★
社会の貧富の格差を比較するジニ係数というものがある。グラフ2で示したジニ係数の推移では、2016年までの過去30年間のジニ係数は最良の2016年でO・43であり、この間の最悪の数字は1994年のO・52であった。ジニ係数は、完全に均等な場合をOとし、1に近づくにつれて不平等性が高まることを示す、不平等差を客観的に分析・比較する場合に使用される指数である。ただし所得の偏在を示す数値の計算方法にはいくつかあり、とくにメキシコのようにインフォーマル経済が労働人口の半分を占めている場合、1つの目安にすぎない。なお指数がO・5を超えると慢性的に暴動が起こりやすいレベルとなり、2016年のメキシコのO・43という指数は「社会騒乱多発警戒レベル」にあるとされる。
メキシコは、ほぼ500年前に始まるスペイン植民地時代から1821年の独立を経て今日に至るまで、経済的・社会的・文化的に明確に区分された階層社会であり続けてきた。300年に及ぶスペイン植民地時代に形成されたメキシコ社会は、スペイン人の支配層とその他の被支配層に明確に二分され、後者の被支配層はさらに「動物」に等しい扱いを受け続けた先住民とアフリカ系黒人奴隷に分かれていた。その中間に位置したのがスペイン人の血を受け継ぐ混血人種メスティソである。加えて、カトリック信仰と男性優位の伝統およびそこから派生する社会規範が20世紀を通じてほぼ保持され、21世紀においても階層間の物理的・意識的・文化的な格差と差別は存在する。
しかし19世紀末から20世紀初頭の経済発展期に中産階級が形成され、1910年に勃発したメキシコ革命を経た20世紀後半に実現した高度経済成長期には、中間層が大幅に拡大した。この中間層は最盛期の1960~70年代には人口の40%に達し、先進諸国の中産階級に劣らぬ経済的繁栄を享受した。しかしこの中間層であっても、上層階層の豪華な暮らしぶりは垣間みる以外、実体験することはあり得なかった。そして80年代の経済危機と90年代に本格化した新自由主義経済政策によって変貌した21世紀のメキシコ社会は一握りの富裕層が富を独占する一方で、生活必需品を十分に取得できない貧困層が国民の半数に達している。そして一度は先進諸国並みの豊かさを享受した中間層が、21世紀に入ってからは限りなく貧困層に近づいている。世界銀行のまとめた資料によると、2000~12年の間にメキシコの貧困層は30%から40%に拡大したとされ、2017年の統計数字では国民の約5割が貧困層に分類されていた。その日の食事にも事欠く極貧層と食べていけるぎりぎりの暮らしをする層と定職を持ちながらも国が定める最低賃金レベルで暮らす人々を合わせると、国民の6割近くが貧困層に入るという算定もある。
経済格差の拡大は新自由主義経済体制が世界を支配した20世紀末から世界中の国々が陥っているもので、メキシコだけが突出しているわけではない。欧米に高級別荘と金融資産を所有し、メキシコ国内では高級住宅地に豪邸を構えて暮らす富裕層の住む世界と中間層以下の庶民が暮らす世界が交差することはほとんどない。複数の住み込みの家事使用人を使って暮らす富裕層には、多数の政治家や成功を収めて経済界を牛耳る実業家および麻薬取引など闇の世界で儲けて暮らす人々が多い。これらの中間層中位以上の人々の暮らしは自家用車を複数保有し、アメリカ式の生活を維持している。中間層中位の人々は、どのように苦しくとも車を購入し、子供を小学校から英語教育のある私立学校に通わせ、水泳教室や音楽教室、さらには中間層であることを誇示できる社交生活を維持しようとする。しかし富裕層には負担にならないとしても、大卒の一般職の初任給にあたる金額に匹敵する授業料を払って有名私立学校に子供を通わせ、米国の大学へ通わせる富裕層とそれができない中間層以下との間には、絶望的な格差がある。
しかも国が定める最低賃金が保障されている定職についているのは恵まれた人々である。最低賃金は従来全国を3つの地域に分けていたものが一本化されて1日83・3ペソとなった2018年8月の時点でのドル換算では約4・6ドルであり、米国の時給の半分にも満たない額である。すなわち時給は州によって異なるが米国の平均的な日給最低賃金の15分の1にもならない。メキシコで稼げるこの最低賃金は、技能を持たず義務教育中退レペルの労働者が得られる賃金で、ごみ処理や工事現場に入ったばかりの労働者の得る賃金である。しかし最低賃金であっても、フォーマル経済で働ける人々はまだましである。医療を無料で受けられる健康保険と将来の年金受給につながる正規定職者となるからである。
しかし労働人口の6割は社会保障の網の外であるインフォーマル経済圏で働いている。インフォーマルであるがゆえに統計数字はなく、その暮らしについてはさまざまな形で紹介されている実態から推測する以外にデータはない。約30万人が働くメキシコ市内の建設工事現場の労働者の半分はインフォーマルな扱いで社会保障の網から外れた労働者であり、過半数は小学校中退の就学経験しかないと報道されたことがある。現在でも増え続けている家事労働者は女性の働く典型的なインフォーマル経済の労働者で、最低賃金を得ることすら難しい。それでも地方から大都会に出稼ぎに出て家事労働者となり、さらに北の豊かな米国社会へ潜り込むことを夢みている。義務教育すら終了していないこのレベルの下層で暮らす人々に階層社会を昇る道がないわけではないが、大多数の下層社会で生まれ育った者たちは親と同じ道をたどる。
経済力によって5段階に分けられた階層のうち上位20%の家庭に生まれ育った子供の約53%は大人になってもその地位にとどまり、最下位20%の家庭で生まれ育った子供が大人になって最上位20%に仲間入りする割合は2・1%であるという研究がある。そしてこの最下位に生まれ育った子供の50%は親と同じ環境にとどまるという。この貧困の悪循環から抜け出すことの難しさはメキシコだけの問題ではない。社会的流動性が世界で最も高いとされるカナダの場合においても、最下位20%の家庭で生まれ育った子供が最上位20%へ社会上昇を果たすのは最高13・5%に過ぎない。2・1%のメキシコは極度に流動性の低い国の1つとなっている。
階層社会と地域格差 ★近代民主国家になれないメキシコの理由★
4章で紹介した階層間の格差社会を、ここでは地域格差の視点から紹介しよう。メキシコは各州が自治権を有する連邦制度をとっているが、実質的には中央集権国家であった。21世紀に入って成立した国民行動党政権(2000~12年)の下で、分権化を進める法整備が取り組まれた。しかし分権化はまだ緒についたばかりで、首都メキシコ市を含む32の州(メキシコ市を州として扱う)の間にある格差は極めて大きい。
21世紀初頭までの71年間メキシコを統治してきたのは、「メキシコ革命」の理念を引き継いだ制度的革命党(PRI)である。PRI統治の下で大きな社会の変革を成し遂げたメキシコは、多くのラテンアメリカ諸国が繰り返し経験してきたクーデターによる政権交代を一度も経験せず、革命を制度化することに成功した例外的な国である。その結果、71年という長期にわたるPRIによる一党支配体制の下で、広大で多様な国土と歴史を持つ32の州を「メキシコ合州国」として統合することに成功した。しかし各州が自治権を有する連邦制とはいえ、各州の独自の財政基盤は弱く、連邦政府から分配される予算を執行する州知事独裁体制であることは現在でも変わらない。そのような政泊環境の中で州知事が地元住民のための施政に取り組むことは珍しい。長年の慣行で築き上げた人間関係の中で政権交代が行なわれ、州内の実情に無関心な州知事の下で利権を漁る政治家たちが連邦政府から引き出す財源の多寡で州民は知事の能力を評価する。一方、財源を握る連邦政府は、「中央」と「地方」の政治家たちの連携による公金横領と汚職と腐敗の横行に対して有効な監視・監督をする行政力を持っていない。
メキシコ大学院大学(COLMEX)の研究によると、メキシコは世界でも国内の地域格差が最も大きな国の1つであり、この地域格差が階層間格差と共に社会の流動性を阻害している要因になっているという。社会の流動性はその国の民主度を示す指標の1つでもあり、富の分配と機会の均等を欠くメキシコ社会の硬直性が民主主義の発展と経済発展を阻害する格差社会の是正を拒んでいるのである。メキシコの地域格差は階層間格差と同様に、長い歴史の遺産であると同時に、国土の多様性からくる要素も多い。
州レベルの格差をもたらしている要因には、第1に富を生み出す資源の有無にあり、第2に政治経済を運営する人的資源の有無にある。そして第3に住民の民度と政治家のモラルの問題である。そして第4として挙げるべき要因は、貧困の代名詞でもある先住民人口の存在である。
第1の要因の自然環境と資源については、グアナフアト州を興味深い例として挙げてみよう。荒涼とした半砂漠地帯に位置し、定住する先住民すら存在しなかった地域で発見された銀鉱の開発で栄えたグアナフアト地方は、銀鉱脈の枯渇とともに過去の栄華を失って貧しい地域に変貌し、米国への出稼ぎ移民を送り出す地域となり、そして21世紀には州独自の政策によって「メキシコの工業化モデル地区」とまで呼ばれるようになった州である。
第2の要因は、有能な若い世代の多くが地方から都心部へ移動する、いわゆる「頭脳流出」によって発生する地方に共通した問題である。その結果、地方は地域に根を張る政治権力を握る特定のグループが支配し、一族・仲間を持たない外部の人間が改革の政治を行なうことは難しい。
第3の民度とモラルの問題は、メキシコ全体の社会の在り方にかかわるものであり、地方が都市部より硬直性と旧態依然の慣習がより強く残っているという点が焦点となろう。
第4の先住民の存在にかかわる問題は、9章で取り上げられているようにメキシコの歴史遺産である。地域によって人口の規模に大きな差があり、言語による分類だけでも60以上の部族社会が独自の慣習と伝統を保っている先住民社会は、一般のメキシコ社会とは一線を画した存在となっている。連邦政府によるさまざまな支援策が行なわれてきたが、21世紀においてもメキシコ社会の先住民の大半が最貧層に位置している。このため先住民社会が存在する地域は必然的に経済社会水準で比較すると低位に位置することになる。
次にメキシコ国内の地域格差について、貧富の差を計る各州の住民の労働収入格差からみてみよう。社会開発政策評価国家審議会(CONEVAL)が2018年2月に発表した資料によると、2018年第1四半期における州別でみる労働者層の賃金の比率では最低賃金で働く労働人口の割合が最も高いチアパス州は68・3%であり、最も低い南バ(カリフォルニア州は19・2%で、3・6倍の開きがあった。全国的なレベルでみると、働く人口の39・1%は生活に必要な最低の食料品を買うことのできない収入しか稼げないとされる。
全国32州を住民の収入によって3つに区分したのが地図2である。チアパス州を始めとする南部3州が際立って貧しく、米国と国境を接する北部諸州は貧困労働者率が低い。米国と接する北部諸州の労働賃金が高いのはマキラドーフと呼ばれる保税加工制度による工場地帯が設定されてからすでに半世紀を経ており、欧・米・アジア諸国の工場が進出しており、労働環境が南部と著しく異なっているからである。他方、南部の貧困度の高い諸州は先住民の集住地点がより多く点在する地域でもある。先住民の存在が経済的豊かさに関する州差と強い関連性があることはさまざまな分野で検証済みである。先住民の自治権が憲法で保障され、言語の保全や伝統文化から慣習法に至るまで少数民族の権利を尊重する法整備はすでに出来上がっているが、先住民が最貧グループに占める割は高い。
『ザ・ビジョン』より ビジョンを持った企業だけが生き残る
誕生時から不変のAmazonビジョン
私は、かなりのAmazonユーザーです。かなりと書いたのは、購入だけでなく検索も含めるとAmazonを利用しない日はないからです。
まず、本の8割はAmazonで購入します。それ以外にもプリンターのインクや紙、パソコン関連の品物、文具、サプリメント、薬、家電…………変わったところでは庭の枝切り用の電動バリカンなんてものも買っています。
ここ4~5年の購入品数は年間180品くらいから220品前後。ほぼ2日に1回は注文を出しています。それ以外にも、いろいろな本や製品の評判をチェックしたりすることもよくあります。また、それほど数は多くないのですがプライム会員用のビデオを見たり、音楽を聞いたりもしています。
かつ、わが家にはAmazon Echo Dot(アマゾンエコードット)も置かれているので、毎日「アレクサー」と呼びかけて翌日の天気などを教えてもらっています。また、夜眠る前にはKindle Oasis(キンドルオアシス)で本を読んでいます。
こう書きながら、ふだんの生活の中で、Apple以上の存在感を持っていることに気づきます。
Appleの場合はiPhone、Apple Watch(アップルウォッチ)、iPad(アイパッド)などのデバイスヘの接触こそ頻繁ですが、Apple Store(アップルストア)での購入はそれほど多くはありません。Amazon以の場合は独自デバイスこそOasisと Dotだけですが、購入頻度も金額も圧倒的です。私のAmazon以ヘの依存率はGAFAの中でも最大だと言っても言い過ぎではないでしょう。
そして、すっかり「Amazon以=書店」というイメージは無くなりました。
私の購入履歴では本の購入が圧倒的ですが、それはこうして執筆したり、コンサルティングを行う自分の職種がかなり影響しているのであって、Amazonを頻繁に利用している方ほど〝何でも売っているネットショップ〟というイメージに近いのではないかと思います。
一見、これは書店から総合スーパーヘ業態を転換したように見えます。
でも、Amazonの歴史を学ぶと、これは創業者のジェフ・ベゾスが当初からイメージしていたビジョンに、ただ淡々と近づいているだけだということに気づかされます。
ごく初期に芽生えていたAmazonのビジョン
Amazonの誕生は、創業者のジェフ・ベゾスが、1990年にD・E・ショーというヘッジファンドにネットワーク開発責任者としてスカウトされたことを抜きには語れません。D・E・ショーの創業者であり、ジェフ・ベゾスの雇用主でもあったデビッド・ショーは、その当時人手で行われていた株の「裁定取引」をコンピューター・ネットワーク上で行えないかとベゾスを雇います。
プリンストン大学でコンピューター・サイエンスを学んでいたベゾスは、まだMicrosoftのWindows95も出ていない、1994年の初め頃から、ショーといっしょにインターネットでのビジネスを検討し始めます。
そして、この過程でベゾスはインターネットの驚異的な可能性に気づきます。
彼がもっとも驚いたのは、その成長率でした。1993年1月から94年1月のデータ量の急増ぶりを見て、彼はインターネットの成長率を前年比で2300%と割り出します。これがどれほど凄いことか。100人の顧客が3年後には140万人近くに膨れ上がる計算になるのです。
ベゾスはインターネットの素晴らしい可能性に気づくとともに、ショーとのビジネスの検討の中から、天啓のようにあるビジョンを獲得します。それが、次のものでした。
The Everything Sore ジ・エブリシング・ストア
これはインターネットでメーカーと消費者をつなぎ、世界中にあらゆる商品を販売するということを意味します。あらゆる商品と消費者をスムーズに、ダイレクトにつないでいくイメージです。
本のタイトルにもなっている「すべてのものが買えるお店(ジ・エブリシング・ストア)」が、いまでもAmazon以の小売業として目指す姿です。
インターネットの黎明期に、この発想が降りてきたのは幸運としか言いようがありません。成功するためには、適したタイミングに、適した場所に居ることが必要だと言いますが、ベゾスはこうした運も持っていたのでしょう。
その後、ベゾスは大手ヘッジファンドのD.E.Shaw & Co.(ディーイーショー)を退社し、Amazon以の前身となる会社をわずか数名で立ち上げ、本の売り方を学ぶために書店開業セミナーに参加します。このセミナーで、講師が話した顧客サービスの一つのエピソードが、ベゾスのビジョンを完成させることになります。
そのエピソードとは……。書店の前にクルマを止めた女性客が、バルコニーのプランターから土が落ち、クルマが汚れたと怒ったのですが、その書店のオーナーは「ではクルマを洗いましょう」といって女性のクルマに同乗し、近所のガソリンスタンドヘ向かったのです。
スタンドは、あいにく休みだったのですが、オーナーはここで諦めずに彼の自宅へ移動し、自らの手でクルマを洗ったのです。女性客は書店オーナーの誠意ある行動に驚き、ついには気持ちをやわらげていっただけでなく、午後には再来店してたくさんの本を買ったのです。
この話に心を動かされたベゾスは「顧客サービスをAmazonの礎にする」ことを決めます。
こうして、創業者の心に宿ったビジョンが完全に姿を現します。それは「すべてのものが買えるお店」であり、そうであるために次のグローバル・ミッションを設定します。
地球上で最もお客様を大切にする企業であること
Amazon以のFacebookページAmazon.comには、ミッションと題された文字の下に、この二つの内容が「私たちのビジョン」として英文で表記されています。
Our vision is to be Earth's most customer centric company; to build a place where people can come to find and discover anything they might want to buy online。われわれのビジョンは、地球上で最も顧客中心の企業であること。つまり人々がオンラインで買いたいと思う可能性のあるあらゆるものを探し出し、発見しに来ることができる場所をつくることである(訳文筆者)。
しかし、なぜ、Amazon以ネット上の書店として出発したのでしょう。
それは技術に明るく優秀だとはいえ、資金もない経験もない30歳の若者が、すべての商品をいきなり扱えるわけもないからです。
ベゾスは非常に冷静に、「1種類での無限の品揃え」ができる最初の商品として、コンピューターソフト、事務用品、アパレル、音楽など20以上もの候補の中から本を選びます。
①商品として良く知られている
②市場が大きい(当時の書籍全米売上は年間190億ドル)
③競争は激しいがインターネット参入には大きな余地がある
④スタートアップでも仕入れが容易(大きな取次から仕入れ可能)
⑤本にはすべてISBN番号が振られ、販売書籍のデータペース作成が容易
⑥自前在庫の必要がなくディスカウントのチャンスがある
⑦送りやすく送料も優遇されている
⑧検索しやすく探しやすい……
検討していくと、書籍ほどインターネット販売に適した商材はなかったのです。
プリンストン大学卒業式祝辞(2010年)でベゾスは「オンラインだからこそ可能になる超大規模な本屋」をつくろうと思ったと語っています。「すべてのものが買えるお店」を、まずは「すべての本が買えるお店」としてオープンさせたのです。
191.6『終末論の系譜』初期ユダヤ教からグノーシスまで
383.81『お好み焼きの物語』執念の調査が解き明かす新戦前史
007.3『人工知能と株価資本主義』AI投機は何をもたらすのか
814.7『朝日キーワード就職2020』最新時事用語&一般常識
201『思想史で読む史学概論』
748『読売報道写真集2019』
375.1『新しい時代の教育方法』
116『「ロンリ」の授業』論理的ってこういうことだったのか!
372.53『ハーバード法理学アプローチ』高校生に論争問題を教える
031『現代用語の基礎知識 昭和編』現代用語の基礎知識が記録した戦後、そして高度成長の時代。
674.3『あるあるデザイ』言葉で覚えてだれでもできるレイアウトフレーズ集
723.37『ラファエッロの秘密』
141.51『第一印象の科学』なぜヒトは顔に惑わされてしまうのか
302.56『現代メキシコを知るための70章』
336.1『ザ・ビジョン あの企業が世界で急成長を遂げる理由』
762.37『サリエーリ 生涯と作品』
325『現代商法入門』
336.4『コーチングの基本』この1冊ですべてわかる
390.33『最新軍事用語集』
916『まなざしが出会う場所へ』--越境する写真家として生きる
539.37『核融合炉設計入門』
135.57『フーコーの言説』<自分自身>であり続けないために
209『図解でわかる 14歳から知る影響と連鎖の全世界史』
311.1『政治哲学概説』
289.3『「プリンセス・ダイアナ」という生き方』「自尊」と「自信」への旅
507『最強のエンジニアになるための話し方の教科書』
518.8『ICTエリアマネジメントが都市を創る』街をバリューアップするビッグデータの利活用
329.33『歴史に生きる-国連広報官の軌跡-』グローバルキャリアのすすめ
791『はな、茶の湯に出会う』
673.83『百貨店の進化』