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夫婦関係の成立

『民法』より 第三章 夫婦

未唯空間での配置:7.5.3.3 奥さんとの関係

夫婦関係は、婚姻(結婚)によって成立するが、法律上正当な夫婦と認められるためには、実質的要件と形式的要件を必要とする。

(1) 婚姻の実質的要件

 実質的要件というのは、夫婦となる男女について一定の事情(婚姻障害)があってはならないということである。すなわち、両当事者に婚姻する意思(婚姻意思)、があるほか、第一に、男は二八歳、女は二六歳以上(婚姻適齢)でなければならない(七三一条)。男女に年齢差を設けていることには批判が強く、平成八年の民法改正要綱では、男女とも一八歳としている。

 第二に、重婚であってはならない(七三二条。重婚の禁止)。第三に、女は原則として前婚の解消(夫の死亡や離婚)又は取消しの日から、六ヵ月を経過した後でなければならない(七三三条)。この再婚禁止期間は、前婚の子と後婚の子との父性決定の困難を避けるためであるが、女性にのみ再婚を制限するのは男女平等原則に反するなどの批判も強く、廃止論も有力である。なお、民法改正要綱では、この期間は二〇〇日間に短縮されている。第四に、近親者であってはならない(近親婚の禁止)。すなわち、直系血族又は三親等内の傍系血族であってはならない(七三四条。いとこ同士はよいが、おじ・めいはいけない)。ただし、養子と養方の傍系血族(例えば養男子と養親の娘)との間はさしつかえない。また、直系姻族の間(例えば先妻の子と後妻)では、姻族関係が終了した後も婚姻はできない(七三五条)。さらに、「養子、その配偶者、養子の直系卑属又はその配偶者」と「養親又はその直系尊属」との間では、縁組による親族関係が離縁によって終了した後でも、婚姻することができない(七三六条)。第五に、未成年者が婚姻をするには、少なくとも父母の一方の同意を必要とする(七三七条)。

(2) 婚姻の形式的要件

 婚姻は、右の要件を備えた男女が、単に儀式を挙げて同棲しただけでは、法律的には効力を生じない。必ず戸籍の届出を必要とする(七三九条)。これを法律婚主義という。婚姻の形式的要件である。この届出は、夫婦となる者双方及び成年の証人二人以上から、口頭又は署名した書面で、夫婦の称する氏(夫の氏か妻の氏か)その他戸籍法と同施行規則に定めることを届け出るものである(戸籍法二五条こ二七条・七四条、戸籍法施行規則五六条)。

(3) 婚姻の無効・取消し

 外形上成立した婚姻が無効であったり、後に取り消されたりすることがある。右に述べた婚姻の要件の一つを欠く場合には、法律の認めない夫婦関係だから、これを無効とするのが当然のように思われるけれども、ともかく一たび成立した婚姻を、初めから無効なものとすることは、当事者その他の者に重大な影響を及ぼすことになるから、民法はただ二つの場合にだけ婚姻は無効なものとし、その他の場合には取り消しうるにすぎないものとした。

 婚姻が無効な二つの場合は、親が勝手に届出をしたというような、当事者の間に婚姻をする意思(婚姻意思)のないときであり、他の一つの場合は、届出のないときである(七四二条)。この婚姻意思は、ぽ(に社会観念卜人婦であると認められる関係の設定を欲する意思(実質的意思)をいうのであって、単に婚姻届を出すことの合意(形式的意思)では足りないとされている(最判昭和四四年一〇月三一日民集二三巻一〇号一八九四頁)。仮装婚はもちろん、子供を嫡出子にするためとか、日本在留資格の取得を容易にするために婚姻届を出したような場合には、その婚姻は無効ということになる。

 婚姻年齢に達しないとか、近親婚であるというような、前に述べた要件の一つを欠く場合には、法律の定める一定の者から裁判所に訴えて、婚姻取消しの判決を受けることができる(七四三条-七四七条)。しかし、婚姻を取り消す判決を受けても、財産上の契約が取り消された場合とは違って、婚姻が最初から効力をもたなかったことになるのではなく、その取消しの判決のあった時から以後、将来に向かって夫婦関係がなくなるだけである(七四八条)。なお、詐欺又は強迫を受けて婚姻をした者も、この婚姻の取消しを裁判所に請求することができる(七四七条)。しかし、この場合にも、その婚姻関係が取消しの判決を受けた時から解消するものであることは、他の取消しの場合と同様である。
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チエ・ゲバラとボリビア

『ボリビアを知るための73章』より

未唯空間での配置;米州連合

チエ・ゲバラがカストロと決別し、革命後キューバの閣僚の地位や特権のすべてを投げ捨てて、「二つ、三つ、さらに多くのベトナムを作る」ことを合言葉に、ボリビアでの革命闘争に身を投じたのは1966年の11月のことであった。11月4日空路ラパスから偽名で潜入したチエは、陸路コチャバンバを経由して、7日サンタクルス県のニャンカウアスの宿営地に到着、そこを拠点としキューバから同行した17名の戦士と現地で合流した30名足らずのボリビア人らと闘争を開始した。アメリカ帝国主義に対抗するため、南米大陸の中心に位置するボリビアの持つ地政学的条件は理想的に映った。そこから革命的解放の火を南米全土に拡大しようとするチエの考えには、独立運動のさなかに南米の統一に想いを寄せたシモン・ボリーバルや、今日の南米共同体に向けた地域統合の動きと重なり合うものがある。

だが翌67年10月8日、アメリカの軍事援助を受けたボリビア政府軍によって捕らえられるまで、険しい渓谷部での約1年にわたるゲリラ闘争は孤独なものだった。持病の喘息の発作に苦しむ姿とともに、その一部始終を書き綴ったいわゆる『ボリビア日記』には、都市など外部との連携の不足と農民層の支持を得られないことが毎月の総括として記されている。ゲバラの実践しようとした根拠地革命を冒険主義として拒絶するソ連に忠実な、ボリビア共産党の冷淡な姿勢と裏切りがあった。期待した鉱山労働者の合流もなかった。革命後ボリビア農村は農地改革によって保守化しており、とくにバリエントス軍政と農民との間につくられた同盟関係は障害であった。壮絶な死をむかえるひと月前には、農民大衆が密告者となっていることを深く嘆いている。2000人の政府軍を前に、多い時でも50人そこそこで戦わねばならなかった。キューバのシエラ・マエストラでの闘争の展開とは、地形を含め、その条件において大きく異なっていたのである。

寒村のラ・イゲラで銃殺された後、密かに埋葬されたチエの遺体は、30年後の97年キューバ政府の強い要請により掘り起こされ、遺骨はキューバに運ばれ、10月サンタ・クララの霊廟に埋葬された。他方、ラーイゲラにもチエの胸像や記念館が建てられ、「ゲバラ通り」などゲバラに因んだ観光インフラが整えられた。グローバル化のなかで世界のゲバラ人気にあやかリ生き残りをかけようとする社会主義の孤塁キューバと、思想はともかく、観光客の誘致を意識した新自由主義のボリビアという相対立する政府の思惑が、ゲバラという遺産をめぐリ奇妙にもクロスした形である。

だが、そうした権力側の思惑とは別に、39歳の若さでこの世を去ったゲバラの、正義の実現に向けて注がれた理想主義は、ボリビアのみならず世界の人びとを惹きつけ続けて止まない。
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矛盾を抱える[民主的革命」★先住民政権のゆくえ★

『ボリビアを知るための73章』より

未唯空間での配置:9.7.2.3 国という形態

次の危機はTIPNIS(イシボローセクレ先住民領域国立公園)を縦断する道路建設をめぐる危機である。低地先住民の反対を押し切って強行しようとしたものだが、政権の支持基盤である先住民・農民運動の利害がいかに錯綜・分岐し、政府の公共政策がそれによって影響をうけるかを示すものとなった。

TIPNISは、1990年低地先住民が「尊厳と領域を求める大行進」を経てベニ県の県都トリニダから首都ラパスまでの640キロを踏破し、先住民の諸権利を認めたILO第169号条約にもとづき、先住民領域として当時の政権から初めて権利を勝ち取った領域の一つで、先住民運動において象徴的意味をもつ。だが公園には70年代からチャパレに住みついた国内移住者が侵入定住し、森林を切り開きコカの葉の栽培を行ってきた。コチャバンバとべ二を結ぶ幹線道の建設は、高地と低地アマゾンを結ぶ地域開発の要であり、東部サンタクルスの影響力をそぐためにも政権にとって戦略的に重要な国土軸の建設であった。移住者は農産物が市場と結びつくことで賛成したが、先住民の間には移住者が定住地を広げ森林・環境破壊が拡がることへの強い反対があった。

道路建設は、太平洋へと続くインフラ建設を進めるブラジル政府の融資を得て、工事はブラジルの建設会社が受け負うことになっていた。2011年8月15日、東部の先住民連合(CIDOB)は、関係住民に対する「事前の協議」を義務づけた憲法に背き道路建設を進めようとしていると抗議し、卜リニダからラパスを目指す「大行進」を開始、高地先住民連合がこれに呼応賛同して行進を続けた。まさに90年の「大行進」の再現であった。20年前の大行進を機に先住民の政治参加が具体化し、15年後に先住民運動に支えられた政権が誕生したことを考えれば、8回目となる新たな行進を迎え撃つのがモラレス政権であり、同政権の中核であるコカ栽培者や国内移住者であるという皮肉な形となった。先住民政権が先住民と、社会運動が社会運動と対峙する構図が出現したのである。

政府との対話が頓挫するなか、抗議の行進への参加者は1000人を超えて膨らみ支持を広げたが、国内移住者たちは、ラパスとの県境で行進を阻止しようと道路を封鎖、両者の衝突が危惧されたため、警察が防衛線を張る事態となった。9月25日、警察部隊が催眠ガスを使いデモ隊に強制介入し、老若男女問わず参加者を拘束、バスで強制移動させるに至った。この強制排除は、平和な行進に対する国家による弾圧、深刻な人権侵害として政治問題化し、内務大臣が辞任した他、介入に反対して国防大臣が辞任するなど閣内に亀裂をまねいた。これを受けて26日モラレスは被害者に謝罪するとともに、協議が終わるまで道路建設を一時中断すると発表した。10月19日、ラパス市民が迎えるなか一行はラパスに到着、代表者が大統領と交渉を重ねた結果、大統領はTIPNISの「不可侵性」を認め、道路が公園を縦断しないと明記した法律を、24日議会を通過させ、即日公布した。

だが、こんどは道路建設推進を求める移住者、コカ栽培農家などから成る南部先住民会議(CONISUR)が12月20日、その法律の廃棄を求めラパスヘ行進を開始する。J一日後ラパスに到着、MASと協議を重ねた末、2月9日議会は、TIPNISの「不可侵」の削除と、憲法やILO条約に基づき道路建設の是非を問うコチャバンバとベニ県における住民投票を実施する法律を可決し、公布された。のである。これに対し、4月30日から再度、低地先住民の抗議の第9回目の行進が行われた。

社会運動間の対立の根底には、より近代化に適合する高地の先住民・農民層と、共同体領域の所有や自然との共生を求める低地先住民の宇宙観の相違が横たわっている。政府には「人民に従って統治する」原則に則って政策決定を二転三転させながらも、最終的には前者の利害に沿って道路建設を進めようとする意図が明らかである。つまり公益の推進を旗印に、多数派の高地先住民を中心とする支持勢力の選別化によるインフラ開発の推進である。反対派の要求を拒絶する一方、政府は行進する先住民の分断を図るとともに、社会運動に対する露骨な分断工作を行い、開発を進めようとしている。

大統領は、環境問題の国際フォーラムで資本主義を断罪し、「母なる大地」(パチャママ)に根差す共同体主義思想をアピールしてきたが、国立公園を縦断する道路建設は、理想と現実とのかい離を象徴するものと批判された。そのなかで政権からは離反者が相次ぎ、政権基盤は揺らいでいる。政策が膠着状態を招く一方、賃上げ等の労組の要求は激しさを増し、警察のストライキまで発生、社会対立は増大している。

2012年、モラレス大統領は14年の大統領選挙に再出馬できるとの見解を明らかにした。以前から改革には25年が必要と明言していた政権が、長期政権化への意向を具体的に示したものだが、10年からが2期目とした反対派との合意を踏みにじるものであり、憲法上の議論を巻き起こしている。

電気自動車への移行を前に、世界の埋蔵量の半分を占めるウユニ塩湖のリチウムの開発が注目され各国の垂誕の的になっているが、公約によれば2014年にはリチウムをはじめ、天然資源の工業化の目途をつける必要がある。強い資源ナショナリズムを背景に外資の参入を抑制し独自の工業化に固執しようとする政策が、天然ガスの対米輸出がそうであったように、豊富な資源の開発の機会を逸することにつながる可能性は排除できない。政治、経済において14年が焦点となる。
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排尿痛が始まった

排尿痛が始まった

 朝の9時からスタバで、昨日借りた本を片付けるつもりだった。

 排尿痛が始まった。予定を変えて、家で本を読むことにした。時として、2階のトイレで本を読んでいた。

10冊のOCR化対象

 明日、岡崎市図書館で10冊、借りるので、今日中に27冊を片付けないといけない。

 どうにか、OCR化する10冊を選んだ。社会学関係が6冊を占めています。
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