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「気を使う」と「気を汲み取る」

未唯へ。今日は人との関係です。

ここ2度ほどは、事務局と高崎を訪問しています。事務局のメンバーと行くと、昼飯を一緒に食べることになります。その時に、どうも違和感があります。通常のサラリーマンからすると、その違和感は理解できないでしょう。彼らにとっては“当たり前”のことだから。

販売店の前に「松屋」と「そば屋」があります。彼らからの常識で言うと、当然、「そば屋」です。だけど、私は「松屋」なんです。それを態度で表すと、「それはおかしい」みたいな感じをうけます。別々に食事しようと言うと、「それもおかしい」みたいな感じです。

一回目は譲って、「そば屋」にしたけど、二回目は「松屋」を通しました。一緒に「松屋」です。何か、しっとり来ません。無理やり合わせているみたいで。それを同行した女性に尋ねたら、事務局は「気を使っている」とのこと。そんなことで「気をつかう」ことよりも、事務局本来のミッションを明確にして、自分達にできることを少しでもやってもらいたい!

OZさんの「気を汲み取る」こととの差を感じました。「気を使う」というのは、相手にその人の常識を押し付けることです。それに比べて、「気を汲み取る」は相手の常識を理解しようとするものです。OZさんと話しているときに、気楽さはここから来るのだと痛感しました。

今日は単独行動にして、高崎に行きました。高崎の街を知るために、歩きました。高崎音楽ホールの前を通ったら、「高崎健康福祉大学」の入学式を行っていたので、潜り込んで、コンサート演奏などを聴いていました。入口の弁当の配布への潜り込みは失敗しました。

文化のバロメーターの図書館は文化区域の中にありました。図書館の感想は「図書館員こだわりの貸出型図書館」です。3階木造なのですが、本があるのは1階の半分ぐらいで、かなりの本が平積みされています。それに対して、「図書館員お勧めの本」の棚とか、レファレンスの場所が用意されています。市民はそこで借りていくしかありません。図書館員にとっては「色々やっている」という自己満足はあるかもしれません。

2階は関係者立入禁止の事務室で、3階の半分は閲覧室です。昔風の個人ごとのブースに仕切られています。だから、1階と2階に本とソファを配置して、市民主体の滞在型図書館にすれば、かなり感じが変わります。
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