ランシモ

ランニングからツチノコカメラや時事まで興味あるすべて

ダウンジャケットを自分で修繕

2017-10-31 21:22:37 | 日記・エッセイ・コラム

極寒用のダウンジャケットからダウン(鳥の羽毛)が飛び出してきた。

もっとも、40年間は使っているので、毎年のように生地を補強してもらっていた。

私が初めて買ったダウンは、日本のマナスル登山隊がヒマラヤに持っていくために開発されたものだった。

ダウンの量が多くて10年間ぐらい使っていたが、いかんせん日本の黎明期のもので、生地が弱くてダウンがどんどん抜けて行ってしまった。

最初のころはミッシュランのタイヤ人みたいに、ぷくぷくしていたが、最後のころはけっこう薄くなってしまった。

極寒用だったので着丈が長くてタウン用のダウンとは大違いの暖かさだった。


それで、丈夫で着丈が長くて暖かいものを探していたら、「天山」という分厚いダウンを見つけてゲット。

それなりに良い品だが比較的安かったので、その当時のベストセラーだった。

しかし、長く、、、超長く40年間も使っていたら、ダウンはいいけど生地がさすがにほつれてきた。

最近は毎年のように補修に出していた。

でも、ICIスポーツに持っていったところ、ご自分で直せますよーと突き返された。

昔々、ICIスポーツが大久保通りにあったころ購入したもの。ICIスポーツは良いものをおいていたので、私の行きつけのスポーツ用品店だった。ICIスポーツが有名店になったら大久保から神田や原宿に行ってしまい少し残念。

そこで、、、補修グッツを買ってきてチャレンジです。

 

全くおしゃれじゃありません。

機能優先の昔ながらの極寒用ダウンです。

街中用のおしゃれなダウンじゃありません。

生きるか死ぬかのような極限で使われるような衣類です。

東京の冬なら、この中は下着だけでも大丈夫なくらい温かい。

来たらぷくぷく着ぶくれします。

ところが、木曽駒ヶ岳から戻ってきたら、、、あらあら首周りからダウンが飛び出しているじゃありませんか!

ここの首回りが、いちばん生地がすり減るところで、何度修繕したかわからないほど、、、。

何回もテープで補修していますが、補修したところが丈夫になるので、他にしわ寄せが行くみたいです。

すごく薄い生地のナイロンです。

裏に強力なノリがついています。

ペタッと貼るとくっついて剥がれません。

世の中便利なものがあるんですねー。

タイヤのパンク修理みたいです。

角を丸くすると剥がれにくくなるそうで、ハサミで丸くカット。

じゃーん

ダウンの亀裂に貼り付けました。

もう何重に補修している。

そりゃ40年も使っていれば、どんな生地でもへたってきますだー。

袖もちょっと危なかったので補修。

ここも酷使されるので、生地がヘたるところです。

よーーーし、これでまた10年は着れるぞーーー。

一生ものだなーーー。

信長は人生50年なんて言っていたけど、このダウンは、もうじき50年だんべーーー。 

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御茶ノ水駅の改修工事がたけなわ

2017-10-29 18:29:38 | 鉄道

東京で一番好きな街はと聞かれたら、、、新宿は生まれ育ちなんで地元すぎるので、これを除外したら御茶ノ水か銀座だろう。むろん吉祥寺や原宿、渋谷も好きですけどねー。

御茶ノ水は今でも学生街の街で、私は大学、専門学校と通った期間が長かったから。

サラリーマンだったら新橋や有楽町になるが、私には縁のない街だった。

銀座は昔はハレの街だったからウキウキするものがあります。

その御茶ノ水のJRの駅舎、プラットホーム、線路まで改装工事中です。

まず、プラットホームが狭くて、乗客数に全く見合っていない。

大きな大学が、日大、明治、順天堂、東京医科歯科、日医、電気、専修とそれだけで全国一番なのに、病院に通ってくっる人までいるから、サラリーマンと合わせたら、、、そりゃホーム幅が足りません。

駅は外堀に面しているので、外堀側にはみ出るような形で駅舎、ホームを改修しています。

そこまで広くなったら倍の広さになります。

中央線と総武線を運行しながらの大変な工事です。

ホームの真ん中に出入り口でも造っているのか。

山手線の駅は乗客の多いところは軒並み改修済みです。

中央線は新宿より西側の駅はほぼ完了しています。

東中野だって綺麗な駅ビルになった。

そういえば、今いちばん人口が伸びている街、中野がまだ手付かずですね。でも、中野駅の外には超面白いブロードウエイ(アーケード街)があるから駅ビルがいらないのかも。

御茶ノ水の駅舎は階段だけ、、、もったいない。

階段下は何も使っていないようで、、、もったいない。

どーも、歳をとると、、、何でももったいながる傾向があります。

中央線の快速と総武線の各駅の乗り換えもあるので、平日はホームは大混雑。

今日は、休日の雨なのでガラガラです。

私の学生時代からの駅舎じゃないかー。

右のかぼちゃ屋根はただの装飾ですが、、、あの裏にはロシア正教のニコライ堂があります。あのかぼちゃ屋根の数倍大きなかぼちゃがあります。本物のかぼちゃは由緒正しいかぼちゃです。

左が順天堂大学病院で右の塊が東京医科歯科大学の病院です。

どちらの病院も内装が近代的でホテルかと思えるくらいです。

御茶ノ水駅にはエレベーターがなくて、病人の乗降客が多いのにいいのかなーと思っていました。

線路と駅舎の拡張工事で、外堀が狭くなるのは致し方ない!

山手線新大久保駅と総武線の大久保駅を大きく立派にして欲しいな、ジモピーとしてはーーー!

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晩秋の甲斐大泉からの景色

2017-10-28 15:05:36 | 旅行記

甲斐大泉の知人宅に、伊那で取れたお野菜を配達。

大学時代の同窓生で、会社勤めを終え自分の会社を立ち上げて、甲斐大泉に別宅を建てていた。

なかなか優雅な暮らしです。

会社といっても自分一人でやっているので、自由気ままな生活のようです。

車で景色のいいところを教えてくれました。

余計な人工物が写らなくて広い絵が撮れるとのこと。

じゃーん

八ヶ岳から降りてくる大きな沢の上にかかる橋からです。

車は駐車場があるので、必ずそこに停めてください危険です。

遠くに富士山が見えますが、ワイドレンズじゃなんともしがたい。

そんなこともあろうかとズームレンズ持参です。70mm〜300のmm手振れ補正が付いた最新版です。

富士山をググッと引き寄せました。

最新のズームレンズのシャープなこと、昔の単体レンズよりもいいです。ブレないし軽いし小さいし!カメラボディーも小さいので、いつでもどこでも体力がなくても持っていけます。

いい感じでしょ、空気はクリアーじゃないけど、もうチョイで富嶽て感じになりそう。

そりゃ下界に雲がたなびき、その上に富士山が天を突くような高さで飛び出していればいいけど、そんな光景は住んでいる人じゃなきゃムリ〜〜〜。

振り返ると八ヶ岳の主峰の赤岳がくっきりとーーー。

右の赤岳は2880mぐらいあるけど、甲斐大泉や清里は標高が高いので、手が届くような近さにあります。

この辺りは1200m~1600mあるから、標高差1200mぐらいだったら、私の足で3時間の登り。

私は山頂に登ることはあっても、下から見上げることが少なかったので、観光用ビューポイントが新鮮でした。 

晩秋の八ヶ岳山麓でした。

駒ケ根近くの早太郎温泉から木曽駒ケ岳に

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b55e89a0d93a548eaab918b83b39fbc3

伊那のカンテンパパを訪れた

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/c226caf9d68b14b572fc666384a6dcd8

八ヶ岳の別宅へおじゃま

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9ba7c7e6eee5003553070d4d639fce4c

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早太郎伝説の宿から木曽駒ケ岳

2017-10-27 22:33:43 | 旅行記

木曽駒ケ岳のロープウエイに乗りたかったので、麓の早太郎温泉の「ホテルやまぶき」に素泊まり。

偶然泊まったホテルだったが、部屋からの眺めが良かった。

7時のバスでロープウエイに乗りたかったので早起きでした。

じゃーん

伊那谷向こうに南アルプスの山々がシルエットになっていた。

昨日、今日と晴れたがまた明日から天気が崩れそうです。

南アルプスの山々は甲斐駒、千丈岳、北岳、間ノ岳、農鳥岳、塩見岳、悪沢、荒川岳、赤石岳、ぐらいまで見えたと思う。

聖岳や光岳はたぶん見えなかった。

遠いしねー。

山間の初冬といった感じかな。

晩秋とも言うかなーーー。

一晩おいた車には霜が降りていた。

素泊まりで1万円以上はそれなりですが、泉質の良さと見晴らしの良さで満足でした。

ここより上の駒ケ根温泉のお宿も、けっこういっぱいだった。

紅葉は終わりかかっているが、少し残っているからだ。

この「ホテルやまぶき」に飛び込んだのは、ルートの途中にあって、ふとみたら黒服の従業員さんと和服の女性が1人づつ玄関に立っていたから。たぶん予約したお客さんの到着を待っていたのだろう。それだけだったら普通ですが、立ち姿が上品な感じを受けたのだ。私はそれを横目に1度は通過したが、駒ヶ根旅館街まで行ってUターンして乗り付けた。部屋がいっぱいだったが素泊まりなら泊まれると言った。安宿でもいいけど、たまにはいいホテルもいい。いつもはボロの山小屋に泊まっているんだもの、何でもOKですよーーー。。

ホテルやまぶきの目の前に路線バスのバス停があります。車は預かってもらってロープウエイの駅まで40分ぐらい。

ロープウエイの始発はもっと早いけど、まあまあ7:00くらいでOKです。

しらび平は標高2600mあるそうです。

雪がまばらにあって、凍っているところは注意が必要。

スッテンコロリが考えられます。

何日かすると、しらび平は本格的な冬の路面になると思います。

これから登ろうとする方はアイゼンやストックが必要になります。

私はトレイルランニングシューズで、雪道、凍った道をたかたか上り下りしましたが、馴れていないと危険でしたね。

晴れれば、、、暑い!

ダウンを持ってきたが、まったくいらなかった。

暑すぎで汗だくになって、ゆでダコになってしまった。

下山してから、下着からシャツ全部着替えました。

自分が暑がりなのを忘れていた。

あんなに汗をかいたら体が冷えてしまいます。

私のダウンはヒマラヤ遠征仕上げのオーバーぎみだった。

ジーンズに普段着というか、昨日の野良仕事のまんまだった。

奥が偽宝剣岳で、宝剣まではすぐですが目的じゃなかったので、ここから引き返しました。

えらく早いスピード登山だった。

ワイドレンズで撮ると南アルプスの山々が入るけど、どれがどれだかわからない。

右奥がもしかして南駒ヶ岳か空木岳か、、、。

正面に富士山がかすかに頭を出していた。

山並みから判断すると、左が農鳥岳、右に切れているのが塩見岳だと思う。

確かじゃないですよーーー。 

南信州の観光客は中京圏、関西が8割ぐらいで、関東圏は少ない。 

八ヶ岳山麓からの風景 

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八ヶ岳の別宅へおじゃま

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長野県の伊奈にある「寒天パパ」を見学

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伊那の「寒天パパ」を見学

2017-10-26 16:45:38 | 旅行記

ひょんなことから伊那行になった。

大学時代の知人が、伊那で畑をやっていると聞いて、見せてくれと頼んだのが今年の7月。

お米の収穫時に行こうと言っていたが、日本全国9月から天気が悪くて延び延びになっていた。今週末だって台風の余波があるそうだし、どうなっているのーーー。

南信州の伊那谷で木曽山脈(中央アルプス)と赤石山脈(南アルプス)に挟まれた豊かな土地です。冬は雪が降らないが底冷えするような寒さです。2つの山脈に囲まれた伊那谷はからっ風の通り道。

畑を見に行く前にすぐ近くにあった「寒天パパ」の工場、本社、直営店、お食事処におじゃま。

「寒天パパ」がなんでこんな土地にあるのか知らないけど、海産物の寒天を山の中でカンテンに加工するのか?

冬の風の強さと乾燥なのかな。

「寒天パパ」は新宿の甲州街道筋に直営店があって、私も興味があったのでランチを食べに行った。

「寒天パパ」は社員教育が素晴らしいので超有名です。

伊那の本社工場(伊那食品)やレストランや直売場のすさまじくキレイなこと、、、新宿の直営店のスタッフが甲州街道の道路、歩道、植え込みなどを大勢で清掃しているのを見たことがあります。

うちのスタッフも通りを清掃させているけど、徹底さが違う。うちの清掃は見えるところだけやって、何じゃこれと言われても仕方がないレベル。

「寒天パパ」は建物も素晴らしいが、トイレをまず見てください。

デパートでもレストランでも、どこかの大使館でも、こんなにきれいなトイレはありません。

従業員の対応もいいですよー。

午前中でお食事にはちょっと早かったので、喫茶で寒天をまず食べてみました。

値段は直営なので安い!

おしゃれだし、銀座にあってもおかしくないようなお店が、森の中に点在しています。

広大な敷地です。

伊那まで行くと敷地が広々としてきます。

しかも「寒天パパ」の敷地内は尋常じゃない手入れです。

今年の紅葉は残念だというけど、充分にきれいでした。

車止めはあちこちにあります。

敷地内に本社工場などいろいろ施設があるので、どこかに停めて歩いて回るのがいい。

平地じゃないので上り下りがあって変化に富んでいます。

寒天そのままと水にさらした後。

売店からは工場見学ができます。

ぶらぶら工場見学していたら12時を過ぎたので敷地内のお蕎麦屋さんへ。

長野県なので、どこでもお蕎麦は美味しい。

十割蕎麦をいただいた。

量は多くないが生まれて初めて十割蕎麦を食べました。

ぶつぶつとおそばの実のもみ殻が入っている。

美味いのかまずいのかわからなかった。

私には8割以下蕎麦の普通のほうがお口には合っているようだ。

どんぐりの季節になりました。

ナナカマドだか何だかわかりません。

ふと道端に板で囲ったエリアがあった。

何だろう、、、と見たらカブトムシの寝床と書いてあった。

落ち葉を集めていて保温がよいのかな。

寒天パパは自然を大事にしているんだな~~~。

けっこうな広さです。

来年になったらカブト虫を売るのかな?

キレイな寝床です。

「寒天パパ」の売店では、寒天入りのオニオンスープとグリンピーススープを買ってきました。

出かけたら、地の物を買うのが楽しみです。

行き当たりばったりの、いつもの旅ですねー。

今日の宿は駒ケ根に行く途中で見つけた、早太郎伝説の「ホテルやまぶき」です。温泉でまた~~~り。

夕方の飛び込みだったので、朝食も夕食もつかずに10000円以上しましたが良い宿です。

温泉はアルカリ性でぬるぬるします。

腹が減ったので、伊那の街に下りていきました。

じゃーん

ソースかつ丼。

こんなに豪華で美味しいしボリュウムがあるソースかつ丼は初めてだ。

なんでも、ここ伊奈のとんかつ屋さんの「明治亭」がソースかつ丼の発祥だと書いてあった。

ソースまで自家製で、元祖ソースかつ丼の名に恥じない出来栄えです。

口からキャベツがボロボロこぼれるのに難儀した。

なんとなく秋を感じさせますね。

出てきた時の姿は巨大なハマグリみたい。

蓋の下にキャベツがてんこ盛り。

どんぶりだって小さくないぞーーー。

偶然だったが面白いお店だった。

それと、早太郎伝説の詳しい説明を見つけてうれしかった。

じゃーん

とある村に妖怪が住み着いて、娘を出さないと、、、。それで放浪のお坊さんがお寺から犬の早太郎を借りて、箱の中に入って妖怪退治したという伝説です。

どこにでもありそうな話ですが、日本昔話で早太郎伝説は私も聞いたことがあった。

明日は早起きして2500mあたりの千畳敷に行ってみます。きっと氷点下なのでダウン持参ですよーーー。

カンテンパパ・ガーデン

http://www.kantenpp.co.jp/garden/

八ヶ岳山麓からの風景 

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八ヶ岳の別宅へおじゃま

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9ba7c7e6eee5003553070d4d639fce4c

早太郎伝説の温泉から木曽駒ケ岳へ

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パネトーネマザーでパン焼き

2017-10-22 20:51:25 | 食・レシピ

全粒粉のパンです。

うちの姫はパンを焼きます。

日曜出勤で休みがありませんが、今日は早めに帰宅したので、パンを焼いてくれました。

普段は天然酵母でパン焼きしますが、今日は市販のパネトーネマザーを使いました。

国産小麦に全粒粉を混ぜました。

 

じゃーん

オーブンが小さいので一度に多くは焼けません。

オーブンというか電子レンジ兼です。

シャープの電子レンジはオーブンにもなり便利です。

最新のはバゲットも焼けるという。

バゲットは意外に難しい。

パンの耳がいいでしょーーー。

はい出来上がり!

美味しい朝食が食べられます。

玉ネギパンも焼きました。

こちらはオリーブたぷ~~~りです。

食べるときにはチーズをのせてこんがり焼きます。

どてっと大きい。

食べる直前にチーズをのせて、もう一度焼きました。

今日の朝食はチーズフォカチャとみそ汁と柿でした。

玉ネギが焦げていい香り。

とろとろチーズですよ~~~。

うま~~~~

昨夜に撮った写真が色かぶりしていたので、台風一過の曇天の窓辺で撮り直し。

昨日夜の電灯の下では、、、

焼き立て感はあるが色が悪かった。

電灯光と蛍光灯などがミックスすると、色が悪くなります。

蛍光灯の昼光色だけだと調節が上手くいき色がキレイかなー!

むろん、カメラの設定で色を正確に合わせると、どんな光源の下でもきれいに撮れます。メーカーによって呼び方が違いますが、白を撮るとか私らは言っています

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バーンタム、タイ料理

2017-10-21 19:35:05 | グルメ

大久保でいちばん人気のタイ料理屋さんにいってみた。

お味にうるさくないから、どこでもおいしくいただいているけど、いちばんは気になります。

大久保通りは韓国料理屋さんと韓国グッツ、エステのお店だけじゃなく、最近はイスラム系のお店が激増してきた。タイ料理は中華料理屋さんと同じで昔からいっぱいあります。

もともとエスニック街だったが、大久保は一段と混沌としてきました。

店内はテーブルが多いので、狭くて肘がぶつかるぐらいだった。

予約しなきゃ入れません。

新大久保を明治通り近くまで行った地下にあります。

大久保の繁華街のはずれですが、他の地下のお店はお客さんの姿が見えないのに、、、バーンタムは満員だった。

スパイシーで臭みがなく薄味だった。

魚介のビーフンは美味かった~~~!

なんともタイらしいお味でした。

サラダですが豪快な出し方でしょー。

トムヤムクンのお味なのかタイ風です

マンゴーサワー!

料理に入っていたブドウのようなもの、、、何でしょ?

ほとんど全ての料理に入っていました。

生胡椒でした。

乾燥したら黒くなるのかわかりません。

カンボジアでは生の胡椒を料理に使うと聞きました。タイでもこのグリーンの生胡椒を使うのでしょう。

さすがに胡椒の本場の国々です。

シルクロードの次にできた、大航海時代のメインの商いは胡椒だったから。

お店の外観です。

椅子が並べてあるところを見ると、きっと外に行列ができるんだろう。

他のお店は開店休業のようだった。

お店のある場所が駅から離れているので、立地は良いとは言えない。

バーンタムの繁盛は、さすが地域一番人気のお店です。

地下通路には人影がない。

バーンタムの中は混雑しているのにねーーー。

お店のインテリアは居ぬきで入ったかと思えるほど何もしていない。

美味しいタイ料理を食べたくなったら、大久保のバーンタムをお勧めします。

絶対に期待を裏切りませんよ~~~。

バーン・タムタイ料理 / 新大久保駅東新宿駅大久保駅
夜総合点★★★★ 4.5

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アマゾンラリーの思い出、チリ編

2017-10-20 19:18:13 | 旅行記

南米でも北外れにあるコロンビアは、マッチョな中米人の国だった。

カリブ海に面しているカルタヘナは、植民地時代の頃にある様式建築を色濃く残したエキゾチックな街。

カルタヘナはカリブ海の人種でインディオは目につかなかった。

インディオは南米でも山岳地帯に多い気がします。

コロンビアの首都ボコダは標高の高いインカ文明の影響が極めて濃い。このあたりからエクアドルの首都キト、ペルーまでがインディオ達の国々です。ボリビアも同じでしょう。

だけど、国境を越えてチリに入ると、いきなり白人国家になります。

お隣のアルゼンチン、ブラジルよりも白人率が高いかもしれない。

文化も社会もヨーロッパナイズされています。

アルゼンチンは褐色のカーボーイ達が走り回っているイメージですが、チリは野蛮なところが少ない。

白人国家であるけれど日本に似た落ち着きがある。

ブラジルに行くとアルゼンチンよりもさらにマッチョな中南米人国家となる。

つまり野蛮だ!

貨幣価値の記憶がない。

それにしても、今見ても南米の紙幣はくたくただ。南米に限らず日本の紙幣がキレイ過ぎるのかもしれない。

コロンビアやエクアドルは、一日の走りが終わって整備が済むと、外出する時間もあり買い物したので物価がわかったが、チリにまで至るとキャンプから外出する気力も薄れていた。けっこうマシンが壊れるし他の参加者、ラリー車が減っていく。壊れたり事故ったりコースを外れて行方不明になったり、、、いろいろあるから。

ペルーからチリに入る日に、コースミスしてボリビアに入ってしまったチームがいた。国境警備隊に銃撃されたが、何とか生還したものもいたぐらいだ。ラリー車は速いしトリッキーな動きをするから弾がもろ当たらなかっただけだろう。

1か月に及ぶ13000kmのラリーで3人が亡くなった。重傷者はそれこそ10人以上いた。日本人の参加者も高速で激突したり横転したりして、途中の病院に駆け付けたこともあった。各チームは個々で走っていて他チームの情報が少ない。ブエノスアイレスにゴールした後、日本人クルーの車が横転して重症になったと聞いた。千Kmぐらい離れた現地の病院に置き去りになっていると聞いて、私は急遽空路で通過してきた街まで駆け付けた。病院名はわからなかったが、そこは感というかその街の一番大きな病院にタクシーで乗り付け、ベットに横たわっていた仲間と再会して励ましてきた。面会謝絶だったが、日本人が駆けつけてきてくれたと聞いて、会わせていただいた。ラリーは事故ったら病院に担ぎ込まれるが、そのままラリーは進行していくので置き去りになります。怪我病気になった者は、そこから自力で帰らなきゃなりません。誰か日本から飛んできて帰国を手伝ってくれればいいけど、そんな当てがなかったら、怪我したまま自分で何とかしなきゃなりません。その日本人の方は若かったので父親が日本から駆け付けてくれる手はずになっていた。チームメイトは彼らも怪我をしているので帰国してしまった。それがラリーレイドです。


チリはコロンビアやペルーほど社会情勢が悪くなかったので危険はなかった。

しかしチリのキャンプはどこも市街地から離れていたので出歩くこともなかった。 

だから、チリの思い出は少なく、えらく長い海岸線をずーーーーと走っていた記憶しかない。

海岸線を舗装道路が一直線に突っ切っているけど、太平洋側の砂漠の砂がアスファルトを呑み込もうとしていた。


私が訪れたときはサンチャゴが首都だった。

サンチャゴの近くのバルパライソの海岸沿いのしゃれたコテージをラリーのキャンプ場にあてがわれた。

海岸線にコテージが点在した素晴らしいロケーションだった。

南米にこんなヨーロッパナイズされた避暑地があるなんて、と感激したものです。

だって格差がありすぎですよーーーペルーやエクアドル、コロンビアとは、、、。

チリは南米の中にあって白人国家と言われるゆえんです。

各国の首都に到着すると、歓迎パーティが開催されて、丸一日ラリーの休憩になった。

大きなレセプションでその国の料理や歓迎式典がもようされた。

あまり印象が残っていなかったが、チリからアルゼンチンへは陸路は、雪のつづら折れの峠道だった。峠の近くには7000mの高さがあるアコンカグァがそびえていた。

南米の山は活火山が多く、5000m級の山がざらにある。

それも火山なので富士山のようなコニーデ型の山々だった。

富士山が連続していると思えば南米の山岳地帯のイメージに近い。

標高は富士山よりも相当高いが、、、。

そんな高原にインディオ達が生活していた。

チリは日本とも経済的にも近くて、しかも気質も似たところがあって親しみを覚える。

アルゼンチンやブラジルのマッチョな世界とは、一線を引いている国だった。

エクアドル編

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/be9ab08fb638ec803182b0eb6b7a9a08

コロンビア編

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7a4f047133955771ae474d9498931260

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今度の国政選挙は難しい

2017-10-19 11:34:15 | 社会・経済

希望の党がここまでコケちゃ、どこに投票したら良いかわからなくなった。

私の選挙区では有力候補が、自民、希望の党、護憲と3つどもえです。

阿部首相は外交は満点だと思うが、いかんせん国内での行いがひどい、我田引水どころじゃない、わいろで懐を肥やしていた。お友達内閣のぼろが出たんでしょう。

これは刑事事件(厳罰)ものだと思いますが、日本は3権分立国家と言っても、実際は法の番人は時の政権におもねています。

だから安倍首相は不問になっているし、マスコミは広告という食い扶持を抑えられているから何も言えない。

だから、マスコミは個人の不倫を一生懸命報道している。

広告は大手広告代理店が自民党の息きがかかっているので、マスコミ各社への食い扶持は蛇口をひねるように止められる。各社は広告代理店に尻の毛を握られているのだ。もっと汚い言葉でいえば〇〇を握られている男みたいなもの、何もできません。

個人の不倫は広告代理店にとって、政権や官僚にとって(マスコミ経営者にも)都合の良い話なのだ。

急に不倫が増えたわけじゃない。不倫などは男女の問題なので過去、現在、未来永劫無くならない。報道だけが急に増えたと解釈するのが正しい。つまり、個人の道徳に帰する問題は社会に影響ないから、重要問題隠しには超便利なツール!

マスコミも自民党(時の政権)の思うままなのだ。

自民には私は入れません、、、小泉の息子さんが党首になるぐらい、自民党内が若返ればひとつの理想ですがねーーー。オーストラリアだって31歳の党首が出てくるんだもの。日本の政治家も30歳代、40歳代前半が率いて欲しい!

単純に歳を取ると、しがらみと欲が増えてくるのです、安部さんみたいにねーーー。

残念ですねーーーかえすがえすも、、、。

小池さんの間違いは、、、。

ケンカを売りすぎです。

まず大きなことを成し遂げなきゃ、、、!

今回ほど、誰に票を入れていいかわからないのは初めてです。

景気は安部さんのおかげじゃないですから!

景気は民間の努力と国民の気分です。世界的にバブル気味だというしね。

以前の民主党政権のように、米国、中国ともろケンカしなきゃいいだけ。あの時の政権も世界にケンカを売りすぎた。せめてケンカ相手はひとつだよーーー。

今の韓国は日本、中国、米国にいちゃもんをつけているから、経済へ悪影響がバリバリでしょ。

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エクアドル編、アマゾンラリーの思い出

2017-10-18 19:16:26 | 旅行記

エクアドルにはラリーなので陸路で国境を越え入国しました。

当時のエクアドルは世界では珍しい鎖国国家だった。と言っても今時なので、完全に鎖国しているわけじゃなく、ビザ取得が難しいくらいだった。東京のエクアドル大使館はビルの一部屋だった。

私の兄が医者で、WHOで長寿村を訪ねてアクアドルのビルカバンバに調査に行ったことがあった。温暖で食べ物が豊富で文明から離れていてストレスがない、、、いい所だと聞きました。

アマゾンラリーは参加台数が100台ぐらいと少なく、1台1台スタートしていくがあっという間に他のラリー車は見えなくなる。どこでどう道を間違えたか、私たちは2日間行方不明になっていた。コロンビアのボコダからはコースに復帰できて、コンボイを組んでエクアドルの国境を越えた。

知らない土地に行くのは、国境を超えるときは軽い緊張があります。

賑やかで騒々しくて野蛮なコロンビアから、インディオの国エクアドルに入って、ほっとしました。

私の中では、同じく鎖国をしていたエクアドルとブータンは、犯罪のない国だとかってに思っていた。エクアドルは宝石のエメラルドが産出しているから、貧しい国と言っているが心は豊かであった。

米ドルに似た紙幣です。

貨幣単位がよくわからない。

南米はペソが多かったはずですがーーー。

エクアドルは太平洋に面しているところは乾燥地帯で、山岳に入れば温暖で雨量のある豊かな土地だった。

丁度、赤道がエクアドルを真横に横断しています。

だから、海岸線の低い所は猛烈に熱く、山間部と言えば4000mにもなるので肌寒い。

アンデス山脈を越えてアマゾン側に10分も車で走れば、標高はそのままでジャングルが始まります。

アンデス山脈を挟んで気候がガラッと変わります。

高山なので樹木が少なく草原のような太平洋側と、同じ4000mかと思えるようなジャングルのアマゾン側とに分かれます。

そんなアンデス山脈の高みを東へ西へと南下して、6輪駆動のモンスターマシン(ジャンル分けはトラックなのでカミオン)で走っていました。

私は6点ベルトをして後部座席というか、、、タイヤと一緒に体を締め付けられていた。

ヘルメットは当然被っているし、車内はうるさいし体は動かないし、取材とはほど遠い境遇だった。

だってラリー車なのだから、いい場面だなーここ絵になるなーここで待ち構えていたらーーーは全部却下です。最初のころは止まってとドライバーに頼んだが、、、すぐに何も言えなくなりました。

「お前、何を考えているのラリーなんだよ、、、スタートしたら止まれるわけないでしょー」

そりゃ、ラリーに参加だもの、私はメカニックなんだからと考えをスパッと切り替えました。

 

そんなわけで、長ーーーい1日が終わると、キャンプの広場でジャッキアップし車の下にもぐりこんでチェックしたり修理したり。1日500kmから1000kmのダートを走るので、すべてのボルトやサス、エアークリーナー、ガソリン、チェックをやっていた。

丈夫なサスがものの見事に折れるんだーーー。

南米のガソリンの質が悪くて不純物が混じっているので、それの掃除が大変だった。

だから、カメラ一式を持って行ったが、メカニックの仕事が終わってからしか、カメラバックから出せなかった。

エクアドルの首都はキトで標高が高くて、雲がホテルの窓のすぐわきを横切っていった。

インディオの国そのものです。

ペルーよりもインディオ率が高いのではないか。

写真で見たあの服装のまんまだった。

私ら日本人とそっくりですが、日に焼けているので違いはあります。

私は5か国を通過したが、エクアドルがいちばん好きかな~~~。

高原を走っていると、どこから出てきたのか、道端でわけのわからない果物?を売っていた。

そんな時は、無頼漢のようなドライバーが止まって、食べ物を買っていた。

「どこをどう食べるの?」というような物だった。

ドライバーがいわば船長さんで全権全能です。

山の奥地の、、、すごい奥地の村に珍しくケーキやさんがあったので、トイレタイムで止まったすきに、私はケーキを買ってみた。

お店のガラスケースに入っていたが、買ったケーキはアリだらけで真っ黒だった。

アリを振り払って食べてみたが、美味いはずはない、、、当たり前だった。

以前、北アフリカのモロッコのどこだったか忘れたが、パン屋さんでパンを買ったが、ガラスケースの中にパンがあるが、ハエがたかってすごかった。お店の人がパンをとるためにガラスケースを開けると、ハエが一斉に飛び立ちガラスケースから雲霞のように飛び出してくる。

お店の人が、パンをとりガラスケースを閉めようとすると、、、今度はハエが掃除機にでも吸われるように、、、ガラスケースの中に一斉に飛び込んでくる。

ディズニーの漫画を見るようだった。

漫画だと思っていたことは先に現実があったんですねーーー。

一体全体、パンを入れているガラスケースはなんじゃい。

結局、ガラスケースはハエを閉じ込めておく為みたいだった。

そしてアンデスのエクアドルの山中の、ケーキ屋さんのガラスケースの中は、アリさんの保管場所(巣?)みたいだった。

まーーー期待しちゃダメなのはわかっていたが、、、。

いろんなものを口にしたが、よく病気にならなかったものです。

エクアドルの辺鄙な村についてキャンプから抜け出して村を歩いていたら、村の土でできた家の暗がりに、、、日本人女性みたいな方がいらした。日本人は世界の果てまで行っていた。暗がりで目が合いましたが言葉はかけなかった。

何かの調査や何かの使命感で、何かにひかれてそこに住んでいらしたのだろう。

世界を旅すると、そんな日本人によく合います。

 

コロンビア編

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7a4f047133955771ae474d9498931260

チリ編

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/39c8302eabcb687598c84812b7b46469

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アマゾンラリーの思い出、コロンビア編

2017-10-16 20:24:27 | 日記・エッセイ・コラム

南米のアンデス山脈に沿って、13000kmのアマゾンラリーに参加したことがあった。

カリブ海のコロンビアから、エクアドル、ペルー、チリ、アルゼンチンまでの長いラリーだった。

コロンビアからエクアドルは、アンデスの4000mを越える山中を、ペルーやチリの太平洋の海岸線、ペルーの砂漠を走り、南米一の標高を誇るアコンカグアのすぐ近くでアンデスを越えた。

あついペルーの砂漠から、南下したチリのアンデス越えは吹雪になっていた。

地形や風土が変わるのと同時に、国々の政治形態の違い、社会情勢の違い、民族の違いをロードムービーのように肌身で感じた1ヶ月だった。

コロンビアの500ペソ

200ペソ

ずいぶん半端な単位があります。

貨幣価値がえらく低いので、両替すると5cmぐらいの束になり、輪ゴムで止めて持ち運びます。

財布などには入らない。

1週間で貨幣価値が変わることは、南米ではよくあること。

米ドルを交換する時は小額で細かくするのがいい。

大金を原地貨幣に交換すると、物価がそもそも安いので、南米貨幣を米ドルに戻せななくて持て余します。

原地貨幣は使い切らなきゃいけないのだ。


コロンビアはその当時は政情が極めて不安定だった。

2つの麻薬マフィア(メデジン・カルテルとカリ・カルテル)がしのぎを削っていて、暗がりには近ずかないほうがいい。

当たり前のように、売人やマフィアの手下が街にあふれていた。

その時の政権はマフィア撲滅などと表ではいうけど、裏ではしっかりつながっていた。

しかも、左翼ゲリラ・コロンビア 革命軍(FARC、赤色革命軍)が、地方の街の広場で赤い大きな旗を振って街頭でアジ演説をしていた。

これらも危険極まりない存在で、持っている武器は軍なのでマフィア以上です。

そんなゲリラは白人や日本人などは誘拐の対象なので、恐る恐る目立たないようにのぞきに行ったものです。捕まったら身代金ものでしょーーー。

ペルーの日本大使館だって占拠されたしねー。

私の若い時は鉄砲玉の命知らずだった、、、。

ラリーはそんな革命軍が支配している土地を通っていくので、ラリーのオーガナイザーが土地のボス(大抵がマフィア)や、革命軍と話をつけてくれたと聞いている。それでも、下部組織の跳ねっ返りは何をするかわからない。

綱渡りのような危機管理だったんじゃないかなー。

そんな土地に入ったら、おとなしく安全な野営地にいれば良いものを、夜の闇に紛れて村の中心までトコトコ歩いて行って、赤色革命軍のアジ演説をひとりで聞いていた。

写真は撮ったがもうどこかにいってしまった。

日本人で真っ黒に日焼けしていたので、現地人と見分けがつかなかったと思うのだ。

インデォですからねー日本人は。

首都ボコダは大きな街でクラッシックなヨーロッパと思えば間違いない。標高が高くて天候の変化が大きく、飛行機泣かせだと聞いた。

ヨーロッパから新ものを全部取り去ったら南米の街になる。

カリブ海に面したカルタヘナは植民地時代の遺産が残っていて、ノスタルジーがある美しい街です。

半島の先には高級住宅地があって、危険いっぱいの下町とは住んでいる人種が違う。

コロンビアのカルタヘナには10日間ほど滞在していた。

ラリーが始まる10日前に原地入りしたからだ。

どんなことがあるかわからないでしょ。

先進国だったらギリギリに行ってもダイジョーブですが、、、。

案の定、ラリーの参加者が払い込んだ参加費、、、500万円から1000万円と安くないのですが、全部無くなっていた。ラリーの開催にあたって、自動車メーカーから大会運営用に10数台提供されていたが、なんと、、、ラリー運営者がお金を持ち逃げするは、提供された車(新車)を売っぱらっちゃうとか、さすが南米とコロンビア到着するなり、感心することばかりだった。

そんなことを感心するな、というほうが日本的で、世界ではどんなことが起きるかわからない、とおおらかに構えているしかないのがいい。

まーーー私も驚いたけど、すぐさま次善の策を考えました。

だって、雑誌社数社と契約してきたからには、何としてもラリーを開催してもらって記事を作らなきゃいけないでしょ。

着いた翌日から、参加者が集まって主催者を誰がやるか、金の工面をどうするか、参加者と通過する5カ国の人たちと、連日ミーティングだった。

私はそんなに言葉(スペイン語か英語、フランス語)がわからなかったが、とりあえず参加していた。

ラリーは暇とお金が有り余っている人がやるものです。

それで、参加者の皆さんが一人1000万円づつ寄付をして、主催者はベネゼエラの方に決め、数日遅れたが開催する運びになった。

知っている米国人は、全米で5本の指に入る富豪と聞きました。

そんな方と丁々発止できるなんて、面白い場です。

プレスの車は、、、自動車メーカーが提供してくれるはずだったが、それを前の主催者が持ち逃げしてしまっていた。

つまりプレスが乗る車がなくなったのだ。

それじゃ、ラリーが開催されても13000kmも追いかけられないじゃないかーーー。

アマゾンラリーは、結局5カ国の自動車連盟、日本ではJAFに相当する団体が、通過する各国の連携プレーで主催することになった。サポートは5カ国の軍隊ということに、、、。

なにしろ、南米は物騒なところですからねー。

それから私が何をやったかというと、、、ラリーに出走するチームを一つ一つ回って、メカニックでもなんでもやりますから乗せてくれと、、、頼んで回りました。

すると、ラリー参加者のサポートチームの一つが、私をメカニックとして働いてくれたら乗せて行ってやると言ってくれた。

無論、英語テストやメカニックテストを受けました。

日本人で、メカに強いものだったら、南米の本職メカニックよりも、、、できるんじゃないかなーーーー。

そんなわけで、6輪駆動の化け物のようなトラックに乗ることができた。

サポートチームも、ラリー参加者と同じ扱いで、マシンをチューンアップしていたのだ。

数チームのサポートをやっていて、パーツを満載していて、同時に同じぐらいのスピードが必要なので、500馬力を軽く超えた、中型モンスタートラックだった。

面白いことは山ほどあった。

アンデス山脈を何度も東西に行ったり来たりして南下して行ったが、4000mの峠にはたいてい祠があってマリア様の像が安置してあった。

ラリーのサポートチームは、むくつけき無頼漢のようなごっつい男達ですが、峠のマリア様の像に膝をついてお祈りするのを見たら、、、思わず笑ってしまうでしょ。

あんな悪人が、、、マリア様なんて、、、何を祈っているのか?

日本人の無神教に比べると、悪者でも敬虔なクリスチャンなんだもの。

マンマミアーの世界なのだ。

ロードムービーのようで、おそらく危険はいっぱいあったのだろうが、痛快な旅(レースですが)だった。

エクアドル編

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/be9ab08fb638ec803182b0eb6b7a9a08

チリ編

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/39c8302eabcb687598c84812b7b46469

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ご近所を徒歩で探索

2017-10-15 20:30:06 | 日記・エッセイ・コラム

仕事柄ご近所を徒歩で探索しました。

ぶらぶら、普段はあまり通らないような細道を歩きました。

絵になる個所を普段から探しています。

じゃーん

子猫さんに立ってもらってスマホで撮りました。

レンガの塀がいい感じだった。

細い路地ですが、奥行きもあり何かに使えそう。

そんなことを日ごろから考えています。

子猫のハチくんを被りました。

老顔じゃお見苦しいですからねーーー。

生後4か月ぐらいの子猫ちゃんです。http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/3a4eeb643394d56b4e0e36bbfeaa75b7

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母校が箱根駅伝の予選会をクリアー!

2017-10-14 13:57:18 | 日記・エッセイ・コラム

母校の中央大学が箱根駅伝の予選会をクリアー。昨年は昭和記念公園に応援に行ったが、今年は仕事の都合で行けなくて、朗報を待っていた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171014-00000109-sph-spo

古い話ですが、大学入学の時にアンケートで陸上部に行きたいと書いたら、、、教授にクラブに入ったら学業が大変だぞーと脅かされて日和りました。それで軟弱な遊びの同窓会に入った。陸上部に入っていたら、自分で言うのもなんだが、箱根を走っていたんじゃないかと思うことがある。

10代の頃は短距離が得意だったが、5kmあたりまでは長距離ランナーに食らいついていけた。駅伝では短距離陣なのに短い区間を走らされたこともあった。同じ学生、社会人相手にぶっちぎりの速さだった。長距離では正式な競技会には出たことがなかったので、どれくらいだったのかわからず。
大学入学してからは箱根駅伝には全く興味がなくなった。しばし走ることからは遠ざかっていました。

45歳の時に市民ランナーとして、急に走り出すようになって、今度は沿道に市民としてOBとして応援に駆け付けるようになった。
正月は、往路は箱根の山の山中で、復路は10区で応援しています。十数年前に総合優勝したときは芝大門にいて、近くにいた中央OBと固い握手をしたものです。
藤原監督が言っていたが、とりあえず来年新春の本戦は10位以内完走が目的で、どれだけ上に上がれるかチャレンジしてほしい。頑張れ箱根駅伝!

2016年10月15日 予選会の応援に、アウトだった!

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/69586ab5c14eb940d0bf4bd3187916d1

人生「た・ら・れ・ば」はない。だけどスタートの時の師匠と言うか会社が違ったら、のちの経路がずいぶん違ったものになっただろうとは想像できます。今の自分のポジションは、キャリアを考えると最良かもしれない。自分に合った収入とポジションだと思う。ただスタートと方向を変えたら、ずいぶん人生が違っていただろうとは想像ができます。いい悪いはべつです。いろんな経路をたどり、結局今のようなポジションに落ち着くのかな、とも思えます。

まだまだやることはある。自分のためでもあり人のためでもある。

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いすみ鉄道(秋桜と大多喜のまち)

2017-10-13 16:24:36 | 旅行記

稲刈りが始まって、雨がちになると田んぼがぬかるみます。

それも秋だな〜〜〜。

稲穂が重みで倒れていました。

今年の夏は涼しかったから、稲作の作柄が心配です。

水が冷たくなってきました。

秋桜(コスモス)の季節到来ですね。

じゃーん

ススキとコスモスはどこにでもあります。

ポピュラーで親しみがあります。

なかなか完璧な秋桜の花ビラはない。

同じところに色んな秋桜があった。

単純な花びらがいいのだなー。

柿が日本原産だとは知らなかった。

紫陽花は日本固有と言われたら納得します。

栗も日本が原産だと聞いたがどーでしょう。

確かに柿と栗は日本全国どこにいってもあります。

秋空と柿のオレンジが郷愁を呼びます。

日本の原風景でしょう。

異国の地に行ったら、柿が懐かしく思えるのではないか?

また、いすみ鉄道に乗ってお隣のまち大多喜に移動です。

大多喜は小さな城下町でした。

古い町並みが残っています。

房総半島の山の中で辺鄙だったから変化がなかったのでしょう。

昭和初期、戦前の日本家屋の典型ですね。

浅野学院明善塾も古いなー。

ネットで調べても見つからないということは、それほどの実績がなかったのかもしれない。

ただ建物は立派なものです。

この家屋の作りをなんて言いましたっけーーー。

子供の頃に良く見かけましたが、火災に弱いのでいつの頃か、モルタル作りに切り変わりました。

木造モルタル造りが昭和中期の標準的な造りで、このような板造り?の家は戦前の造りです。

近くで焚き火しただけで燃え移りそうで怖い。

いすみ鉄道の大多喜駅から徒歩で15分ぐらいだったか。

大多喜城は本田忠勝の居城として知られています。

小さいけど立派な天守閣です。

ローカル線の旅、ぶらり散策は楽しいですねーーー。

そうそう日本が原産の食用植物は多くあり、山芋(自然薯)、三つ葉、みょうが、ワサビ、セリ、フキ、、、などなど。

ミョウガやワサビなど薬味に使うものが多い。

それらを見ると、紫陽花にしてもミョウガにしても水分量の多い土地で育ちます。ワサビなどはもっと限られていて、清い水が流れているところでしか栽培できない。日本独特の気候で育つ植物ですねーーー。

果物では柿でアケビ、アンズも日本古来らしい。

栗も古来からあったが、原産というわけではなさそうです。

2017年10月12日 いすみ鉄道(ぽっぽの丘2)

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/3f8403ec6d2e7fa607fb12db9ec442c1

2017年10月10日 いすみ鉄道(ぽっぽの丘1)

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e87b0e7e564fe87bf7b38d78796e6687

2017年10月 9日 いすみ鉄道 ローカル線の旅

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9e019de4cefdd43d2a6ee75ccf8ca08f

2017年1月2日 新春、いすみ鉄道に乗り鉄に行く、小湊鉄道から国吉神社

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/0cac0a8ead7bd8890540731d88df065e

2017年1月2日 続、いすみ鉄道に乗り鉄に行く、駅で餅つきをしていた

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/0c752ec18735bc92ec6841992840901d

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いすみ鉄道(その2ポッポの丘)

2017-10-12 09:37:35 | 鉄道

車掌さん車両がいっぱいあったが、ふつうの客車もあります。

機関車は2両だけでした。

営団地下鉄丸ノ内線の初期の車両です。

ここから見るとジオラマのようだ。

ミニチュアー列車?

後ろのほうに車掌さん車両とジーゼル機関車が保存されています。

丸ノ内線の車両は今年か、昨年かニュータイプになりました。

広場を取り囲むように列車が置いてあった。

もとは鶏卵場だったようで、卵の売店はあるがレストランはない。

無料だからーーー。

だから、ポッポの丘に来たら、何か売店で買ってください。

銚子電鉄の車両のようです。

考えてみたら銚子電鉄は電鉄なんで電車だーーー。

いすみ鉄道にしても、小湊鉄道にしても電化されていないのでジーゼルですよ、今でも。

すると、銚子電鉄は先進の鉄道会社だったんですねー。

相当きている電鉄だったと記憶していますが、、、。

いすみ鉄道は地域で盛り上げているけど、銚子電鉄は濡れせんべいで持っている鉄道会社だった。

どのくらいの年月が経っているのか?

戦前?戦後?

天井は錆が浮いて今にも穴が開きそうだー。

昔の列車にはエアコンなど無かったから、扇風機がぐるぐる回っていた。

長距離夜行列車の急行の天井にもこんなのがあった。

おいおい、牛舎8号棟行きなのかー。

これは、どこの電鉄だろう。

おそらくパンタグラフが付いているから電車だし、やっぱりこれも銚子電鉄?色が違うけどなー。

たしかに丘の上になります。

このさび付き、、、廃墟マニアなのかーーー。

鉄マニと言っても、乗り鉄、撮り鉄、廃墟鉄マニとか、最新の鉄道ファンもいるから様々です。

とするならば、私は廃墟マニア&乗り鉄なのか???

うーむ、握りこぶしが進化している、、、。

尖がり帽子がついて、ガタが少なくなったのか?

今のJRも私鉄のも、もっと進化しているはず。

形が違う。

おや、まあ、JRの現行品もあるのだなーーー。

JRの久留里線で使っていた車両か。

これなんかも、今のいすみ鉄道で使っている現行車両色じゃない、

新しい感じです、、、この中ではね、、、。

これは、その新しい車両の中で、レストランカーになっている。

レストランがあるわけじゃなく、軽食サービスはありましたが。

窓の外の風景は、風そよぐ房総半島、、、とでも。

見渡す限り水田です。

広場から周りの木々を見上げていると、赤い機関車の面先がちらっと見えます。

ここから、かなり登らなきゃいけない。

時間がたっぷりあったので、当然登っていきました。

すると、またちょっとした広場があって、そこはJRや国鉄時代の車両ばかりでした。

じゃーん

よくまあー、個人の方が、企業だとしてもこれだけ集めたものです。

一地方の鶏卵業者さんですよー。

よっぽどの想いがなきゃここまでできません。

頭が下がります!

いくら使用済み車両でも、それなりにするだろうし、設置するのに1千万単位のお金がかかる。

鶏卵は良い商売なのかーーー!

周りの木々の緑は深い。

千葉の房総半島は地層が古くて、高い山がありません。

それで房総半島全体が広々としています。

農業売上は立地が良いのもありますが、県全体の売り上げが、全国で相当上位だったと記憶しています。

若いころ「みどりの千葉」という番組で、それこそ千葉県内を毎週飛び回っていた。

VTRというものができたころで、巨大な機械で軽快な機材がなかったので、テレビ番組だったが映画フィルムで撮っていた。コマーシャルはむろん映画フィルムで撮るし、VTRで撮るのはまだまだチャレンジだった。週一回の放送だったので2週分まとめて撮ることもあり、朝4時起きなんていうのも良くあった。くたくたになって24時帰宅なんてこともあった。それで千葉県内は隅々まで知った。でも、炭焼きが残っていた森も開発されて、今では東京近郊市街地になってしまったーーー。

いすみ鉄道の国吉までは、特急を使っても3時間以上かかりました。近くて遠い土地です。

2018年10月 いすみ鉄道(その1ポッポの丘)

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e87b0e7e564fe87bf7b38d78796e6687

2018年10月 いすみ鉄道(ローカル線の旅)

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9e019de4cefdd43d2a6ee75ccf8ca08f

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