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真岡鐵道に乗りにいく2

2017-06-20 15:06:39 | 旅行記

まずは真岡鐵道の終点の茂木(もてぎ)までスイカ電車に乗ってレッツゴー。

茂木はホンダのサーキットがあることで知られています。

茂木から下館行のSLに乗ります

土日だけSLが往復1本づつ運行しています。

真岡鐵道で一番有名な町は焼き物の町の益子かなーーー。

益子は陶磁器の益子焼きで有名です。

終点の茂木は何もない町でした。郊外にサーキットがあって、遠くからレーシングカーの音がかすかに聞こえました。コーナーごとにギアダウンしたり、限界まで回転を上げて走るエンジンの音は独特です。

近くには太子町という聖徳太子との関連を噂される町もあります。たぶん、鵤(いかるが)とずいぶん離れているので無理があると思うけどねー。

茂木の駅では、寺内の跨線橋で撮影したSL(蒸気機関車)が整備の最中でした。

古---い機関車なので走るたびにチェックしているのだろう。

なんでも、鬼怒川からでる会津鬼怒川線でもSLを走らせる予定があって、ここで機関士や整備士の養成をしているそうだ。

蒸気機関は機械としては超原始的なもので、アナログの最たるもの。

火にかけた薬缶の蓋が蒸気でカタカタいう理論で動かすのだから、、、。

ごっついレバーだらけです。

SLは電気じゃなく蒸気がパワーの元だから、スイッチというよりか開閉レバーなんですね。

石炭が見えるでしょ、それを普通のシャベルですくって釜に放り込みます。

真ん中の釜は閉まっていますが、それを開けて石炭を放り込みます。

釜の中は赤々と燃えています。

これがパワーの元ですから。

石炭庫は機関車と一体になっていました。

D51など大きな蒸気機関車は石炭車が別の車両になっていました。私の記憶が正しければ、C62は石炭を釜にくべるのが自動になっていたはず。ベルトコンベアーみたいな装置だと思いました。

一般的な蒸気機関車はそこまではいかないので、石炭を釜にくべるのは人力です。

重労働だったでしょう。

何でも機関士さんの運転席は60℃にもなったという。  

ボイラーの外側です。

たぶん、この中に管がいっぱい走っているのだろう。

まだ黒い煙が出てきません。

さっき石炭をくべていたから、じきに真っ黒な煙が出てきます。

SLは準備が必要なんです。

待避線での整備が済んで、こちらのホームに入線してきます。

客車はわりかし近代的な車両でした。

大井川鉄道のSLが引く車両は昭和19年製というくらいのクラッシックなものだった。

真岡鉄道の車両のうち2両にはエアコンが入っているようですが、エアコンなしで扇風機だけの車両が1台あるそうです。

でもエアコンなしが、SLにはいちばんピッタリだったりして〜〜〜。

綺麗に磨き上げられています。

油もしっかり引いてある。

たぶん、蒸気機関車の汽笛が鳴るところ。

この音がたまらなくいい!

真岡鐵道のSLに乗ったら、たんまりこの汽笛の音が楽しめます。

汽笛の大サービスでしたから!

C11は蒸気機関車としてはコンパクトな部類に入ります。

C62が幹線特急を引いていました。

SLに最後に乗ったのが、北海道で「はつかり」の2重連だった。

何かの用事があって室蘭まで「はつかり」で行ったら、ぶらっとプラットホームに出たらC62の2重連だったのには感激した。

マニアには垂涎ものなんですよーーー2重連は!

しかも、国内最大のC62の2重連だった。

大きいなーと思いました。

真岡鐡道でSLに乗るには、SL料金と運賃が必要です。

SL切符は500円で、運賃は茂木と下館間が1030円。

 

煙の色が黒くなってきました。

これで、いつでも蒸気パワーがしっかり出せます。

でも、、、蒸気機関車の煙がこんなにひどいのかと、、、改めてびっくりした。

あたり一面煙ってしまった。

すごいものです。

これじゃ中国は石炭王国だから空気が綺麗になるわきゃない。

車両のガラス窓にも煤煙がこびりついていた。

発車進行2分前。

あたり一面煙だらけーーー。

匂いが懐かしい!

私が座った車両には扇風機がついていた。エアコンはなさそうだった。

この車両だったんですね!

一番、茂木寄りの車両です。

乗りましたよ〜〜〜。

シュシュぽぽ、シュシュぽぽ、、、ガタンガタン。

蒸気機関車はよく揺れるんだなー。

煙を吐いているでしょー。

平行する車の方たちに大人気でした。

昔は蒸気機関車でも、それなりに速いと感じていたが、今乗ってみると遅かったんですねーーー。

客車から見える光景はこんな感じだった。

窓を開けて体や首を出していると、煤煙で顔が真っ黒になった。

鼻や目、口が黒く汚れたものです。

夜行列車で蒸気機関車だったら、朝どこかの駅に着いたら、プラットホームの水道で顔を洗ったものです。

昔の列車は、基本的に停車時間が長かったら、それこそホームの水道は行列で顔を洗ったものです。

それが、蒸気機関車に乗って旅する人の儀式でした。

白い服など着ていたら大変だった〜〜〜。

夜行列車もなくなりましたねーーー。

そういえば、北海道で札幌から帯広に抜ける普通列車の寝台列車というのがあった。

むろん、その夜汽車は蒸気機関車が引っ張っていた。

距離があり普通列車で遅かったので寝台車があったんです。

むろん、3等寝台で寝て行きました。

当時から飛行機はあったが、庶民には一般的じゃなかった。

東京から北海道行きでも、普通は国鉄(JRになる前)の急行で上野駅から夜汽車で揺られていきましたーーー。夜が明けて青函連絡船で津軽海峡を渡ったものです。札幌はさらに列車で6時間はかかった。

この辺りの米作は収穫量が多いんですよー。

コシヒカリの生産量が一番多いのは、新潟じゃなく確か茨城県だと思ったが、、、。

私は益子でおり、バスで宇都宮に抜けました。

ところが、私と入れ違いに、SLには益子から大勢乗ってきました。

もしかして、益子から下館に抜けるツアー・コースがあるのかな。

団体さんのようだったし!

茂木は栃木、茨城のどん詰まりだから、真岡鐡道の終点まで行くと交通が不便なんです。

益子から下館は、観光ルートとして成り立つのだろう。

私だって、逆コースですが同じことを考えたんだから。

ガラガラだった車両が満員になったてよかった!

益子の陸橋から乗ってきた汽車を見下ろしました。

いいですねー。

C11は旅客用です。

D51とDがつく機関車が貨物用です。

Cは動輪が大きめで3つ、Dつくのは貨物機関車で小口径の動輪が4つ。動輪の数が多いほど駆動力があります。反対にスピードを出したかったら動輪の直径を大きくします。すると機関車のスペースに限りがあるので、動輪を4つもつけられなくなり3つになるのです。

それで、貨物用4つと、旅客用3つとに、違う動輪形式になります。

今気がついたが益子駅は線路が1本しかない。

上下線ともこのホームに着くんですね。

短かったけどいい気分を

味わえました。

真岡鐡道1

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/f7ec4e4b3422a2cb32db66957900e95d

真岡鐡道3

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/149a250474671ac943ccad96e0b95326

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