ランシモ

ランニングからツチノコカメラや時事まで興味あるすべて

大宮の鉄道博物館へ、おやじひとり旅

2015-11-29 11:38:08 | 鉄道

大宮にある鉄道博物館に、平日のおひとり様旅でした。

前々から気になっていたので、徹夜明けの空いた日にレッツゴー博物館探検。

新宿から埼京線の快速で40分で大宮着、そこからニューシャトルに乗り換えて1駅です。

ニューシャトルはバスぐらいの大きさの車体を何両も連結していた。待ち時間が長くて都心の山手線に比べるまでもない。

入場券を買うのが難しくて、Suicaでも現金でも買えるのだが、わからなかったので改札わきの受付へ直行。たぶん簡単なのだろうが、知らない人にはまごつくやり方なのだ。これを「ひとりよがりのシステム」といわせてもらう。案内や表示の問題だろうから改良の余地あり!
 
 
歴代の御料車が数多く展示してある。
めづらしいもので、当時の豪華とはこんなものだった
 
 
私には、こちらの普通車両のほうが気持ちが入り込めてうれしかった。よく見ると、装飾が違うが車両そのものの作りはそっくりだ。
座席の背もたれまで木です。
しかも、暖房が達磨ストーブときては、、、実際にこれが使われていた路線には乗ったことがなかったが、むろん知って興味がありました。
天井の造作も大昔に乗った蒸気機関車の列車の記憶と同じです。
広島の芸備線で三次まで行き、木次線で宍道まで抜けたときに乗った列車がこんなだった。
蒸気機関車が引く客車は2両でその後ろに貨物が数両連結してあった。
山の中をぐるぐる回りながら高度を上げていって、ループのままトンネルに入り、あちらに抜ける。トンネルに入るたびに蒸気機関車のばい煙が窓から車内に入ってくるので、あわてて閉めます。短いトンネルが多くあって、窓を閉めたり開けたり忙しかった。
トンネルを出ると窓を全開して、子供ながらに嬉しくて嬉しくて窓から体を乗り出して景色を見ていました。前方を見ると蒸気機関車がゆっくりだけど力から強く列車を牽引して、後方を見ると貨物車が連なっていた。スイッチバックもあったなーーー。
親父が、私ら子供を連れて行ったのも、そんな列車がいずれ無くなると知っていたから、見せてやりたかったのだなーと、今頃わかったしだいです。
芸備線の準急行に「ちどり」と言うのがあって、私らの乗った鈍行列車を抜いていくのがかっこよかった。その当時は準急行「ちどり」も蒸気機関車が引いていた。蒸気機関車の加速が悪いと聞いていたが、意外に出足が良いなと思ったのがこの時の「ちどり」だった。「ちどり」はヒストリーでは急行と書いてあるが間違いだと思う。当時は蒸気機関車が牽引している準急行だった。
トンネルに入ると、真っ暗なトンネルの天井から水滴がたれていて、夏なのに涼しかったのが思い出されます。
 
 
手前の柵に達磨ストーブがあります。
日よけシェードも木製で重たかった。
窓のノッチの感じも懐かしいなー。窓の密閉性が悪く、閉めても冷たい風がヒューヒュー隙間から入ってきた。
網棚はまさに網そのもので、荷物を置くだけじゃなくて、混雑しているときに網の上に人が寝ていました。
網棚まで人が座っているし、寝ている人もいてぎゅうぎゅう詰めで満員なんて、今の日本では考えられない。発展途上国の列車はそれ以上で、屋根まで荷と人がいまだに満載で、さすがに芸備線の列車の屋根には人がいなかった。
芸備線の思い出は、網棚に人がいることと、客車の中に入ったら、混雑して出れなくなるということかなー。客車がいっぱいでトイレまでお客さんでいっぱいで、トイレのドアーが閉まらないので大勢の人の前でようをたしたこともあった。そうそう駅に着いたら、皆さん窓から出入りしていました。今思うとお行儀が悪いけど、通路が使えないくらい混雑しているのです。戦後間もないころの日本は交通機関が乏しかったのだ。田舎でも隣村へ行くにもぎゅうぎゅう詰めだった。
なつかし、幼少の広島の思い出です。
そうそう、私の母は原爆の目撃者ですからーーー。叔父や叔母たちも広島郊外の向原にいました。原爆(ぴかどんと呼んでいた)が落ちたらしいから、広島の市民を助けなきゃと長距離を歩いて広島に入った。原爆投下から数日後のことですが、それで原爆手帳は持っているが、なんの発病もなく今でも生きています。
 
 
こんな列車に乗ってどこかに行きたいなー。
大井川鉄道では懐かしの汽車の旅ができます。
昨年念願だった大井川鉄道のトーマス君に会いに行きました。その時の記事は下のURLです。
大井川鉄道の蒸気機関車が引いていた客車も、戦前戦中のものだった。
 
 
こちらは電車区間の客車のようで、前後に長シートがあり、つり革がありました。
それにしても、日本人の体形が小さかったのだろうシートがコンパクト。
 
 
入口にあった蒸気機関車の1号機。
 
 
実に小さな客車です。
遊園地の列車よりは天井が高いけど幅も長さもどっこいだー。
蒸気機関車は、さすがに重たそうです。
 
 
こちらは何となく西部劇に出てくる客車に似ています。
インデアンやアパッチ族に襲われる列車ですね。
インデアンが悪者に描かれていた60年代、50年代の映画に出てきました。
今では、インデアンは先住民族と認識されているので、悪者に描いたら人権派の人々から大ブーイングですね。
そうそう、アフリカで乗った列車がちょうどこんなものでした。
45年前のことです。
アフリカ奥地へ行く人が少なかっただろう。カメラ一つ持って突撃日本の青年だった。列車内は黒人ばかりで、太った黒人たちの間に挟まれて小さくなっていた。昼時になると車内には食べ物のにおいが充満して、べこべこになったアルミ製の弁当箱からみなさん食べていました。なんだかわからない肉を食べろと言われて若造の日本人は勇気を出して食べましたとさーーー。その時に撮った写真は雑誌社に持ち込んだら、いの一番でグラビアに掲載されました。
面白い経験でした。
若い者の特権で、怖いもの知らずで、今どこにいるかもわからずに放浪していました。地図を持っていなかったので現在地がわからなかったのです。

 
電気機関車の運転席はゆったり作ってある。
たぶんアナログな操縦なのだろう。
 
 
ムーミンのような機関車。
戦中戦後に一時期流線形の列車がはやったことがありました。
時速100km未満だったら、列車を流線形にするのは効果が少ないと、その後はすたりました。
 
 
子供たちが多くて、おじさんが見たいのに前にでて邪魔じゃないか~~~。
おじさん一人旅と子供連中と場所取りの戦いです。
子供には親という強力な味方がいるので、おやじひとりはどうしても弱い。
「君たちは先が長いのだから、この場はおじさんに譲らないか」といってもガキッチョには無駄だった。

お土産を買おうと売店に行っても動けないほどの混雑。
列車ケシゴム、鉄道鉛筆、蒸気機関車キーホルダー、機関車ぬいぐるみいろいろだ。
今日も仕事をしているスタッフにと、真っ黒な蒸気機関車せんべいをゲット。


まさか蒸気機関車のばい煙を固めたんじゃないだろうな。竹炭で黒いのか、うまそうじゃないかー!
 
 
先月行った東武博物館よりは大きいのは、JRか国がやっているのだから当然だ。
東武鉄道の博物館へ下のURLをクリック
 
鉄マニおやじ一人旅でした。
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外苑のいちょう祭り

2015-11-27 20:06:10 | 日記・エッセイ・コラム

今年はいちょうの色付きが遅いと言われています。

いちょう祭りになっても日当たりの良いところはまだ緑色。
いちょう祭りは日が決まっているので、いちょうの具合に関係なく開催です。


この日は雨上がりだったが、いちょう祭りには、お客さんがちょぼちょぼ来ていた。
晴れていたら、そりゃすごかったでしょう。
雨で濡れていたことを考えれば、それでもお客さんが来ているということは、さすがに都心ということ。


外苑のいちょう並木に面したお店が、健康ハンバーグ屋(シェイクシャック)さんに変わって長蛇の行列。
以前もオープンカフェだったけど、お客さんがいなくて2年ほどで撤去した店舗場所です。このオープン人気が一段落したらどうなるんでしょうか?
新しもの好きですねーーー若い人は。
 
いちょう並木の青山通り側のカフェ・セランはいつも満員ですが、、、、。
シェイクシャック
セラン
シェイクシャックはハンバーガーとホットドックしかないファーストフード店。良い材料を使っているがウリですが、メニューがすごく少ないのが特徴。
セランはキハチグループだったんですね。料理店としても最高ランクのキハチがプロデュースしていて、軽食屋さんとしても完璧です。
かたやNYで最近急激に人気が出たファーストフード店じゃ、バックボーンがちょっと違います。
お店の外観は似ているけど、違ったバックボーンのお店が並んで、通りを行く人のチョイスが増えたというべきかな。


これは早朝ジョギングの途中です。
朝は散歩の人と中国人の観光客しかいなかった。中国人の情報網のすごさ、のほほんと暮らしている日本の若者よりも日本を知っている可能性がある、、、と私は感じている。


もう一度、神宮外苑のいちょう祭りに戻って、チキンマンのチキンを1/4食べる。
これがチキンの皮がパリパリに焼けていて、まるで北京ダックのように美味しかった。概してチキンの皮はグニグニして大っ嫌いなんですが、ここの鳥皮は絶品だーーー。


こんなにチキンを焼いても、この日は売れないだろうなー。
雨上がりじゃ客足はしれている。
シェイクシャックは大行列だったので、若い皆さんはいちょう祭りの食べ物より、新規オープン店のハンバーガーの方がお好きと見た。
いちょう祭りじゃSNSに出しても弱いけど、NYの繁盛店シェイクシャックが日本上陸して、そこにオープン早々に行ったというと、結構なニュースバリューになるということか。
所詮ハンバーガーだもの健康志向でもない。


脂が全て抜け落ちたチキンですよーーー。
独特なお味です。
神宮外苑のいちょう祭りは12月6日まで。
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ビストロ・ダルテミス、代々木のフレンチ

2015-11-26 12:15:48 | グルメ

BISTROT D’ARTEMIS(ビストロ・ダルテミス)は代々木の老舗です。

明治通りと北参道の交差点にあって、通るたびに気になっていたフレンチのお店です。

なにかかわいらしカードです。

土砂降りの雨のなか自転車でお邪魔虫。

雨合羽をパタパタはたいて店内へ。

土砂降りの雨だったのでお客さんは少なかった。

ビストロなので高級フランス料理屋じゃありませんが、それなりに味のある店内でした。

私はアラカルトで注文。

パンは食べ放題ですが、お料理の量が多いのでパンを食べるとお腹がいっぱいになります。

前菜の盛り合わせ。

肉ばかりじゃありませんか!

お野菜もついてくるかと思いきや、全くサラミや生ハム、パテと塩蔵品のオンパレード。

大きな薄い時計が特長です。

メインの子牛のフィレステーキ。

ぶ厚いでしょーーー。

美味しかった!

メインデッシュの付け合せはキノコやナスやポテトです。

 

魚貝類のパエリア。

お雑炊のような感じでした。

これも美味でした。

店内はそこそこ広めでゆったり。

デザートのクレームドブリュレ。

中がカスタードで上がキャラメルを焼いたものでカリカリで美味しい。

右手のナメクジみたいなのはアイスクリーむ。

デザートなので料理よりもカリカリでうまい。

ブランブリュレ。

牛乳のプリン➕アイスクリーム

ビストロ・ダルミテス

美味しいフランス料理店です。

夜のディナーで飲み物とデザート付きで2人で1万円強でした。

おすすめします~~~。

ビストロ・ダルテミス
夜総合点★★★☆☆3.5 <script charset="utf-8" type="text/javascript" src="http://tabelog.com/badge/google_badge?escape=false&rcd=13030797&user_id=83745"></script>

関連ランキング:ビストロ | 北参道駅代々木駅南新宿駅

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早朝ランニングで国立競技場の跡地に立ちました

2015-11-25 16:22:24 | ランニング・マラニック

軽くジョグです。

代々木公園に向かったが、外苑の銀杏並木に方向チェンジ。

国立競技場跡地がまっさらになっていた。

じゃーん

競技場の設計がまだ決まっていないので手付かずですが、間に合うのか心配ですね。

かえすがえす、古い競技場を取り壊したのが残念です。

取り壊して新築は建設土木業界の圧力でしょう。

古いものに手を入れていけると社会が豊かになるが、壊し建設の繰り返しじゃ、国の国民の資産が増えません。

NYの高層ビル群だって建設されてから100年以上経っているでしょう。

パリやイタリアの都市部の建物は300年が当たり前です。

良いものを長く使うのが豊かさを生むことです。

東京体育館がカブトカニみたいなのに気がつきました。

かなり変わった形だこと。

真ん中にそびえているのはドコモタワーで、実際の高さは左手の屋根に三角のツノがあるハイアットが一番です。

遠近法でドコモタワーが一番高く見えるだけです。

東京の中心から新宿方向へ車で走らせると、遠近法でドコモタワーがよく見えます。

ドコモがいい所にうまい建物を作りました。

遠目には新宿のランドマークになっていますから。

近づくと埋没するんですが、、、。

外苑をぐるっと回って戻るときに、ひめつばきの花を見つけました。

私の家の姫椿は春に咲きますが、ここのは何で今時分に咲いているのかわからない。

でも綺麗でした!

 

 

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初冬の代々木公園から赤坂へ

2015-11-24 14:12:47 | 日記・エッセイ・コラム

今朝は8:30にスタート。

今月の距離が足りないので朝練習です。

10km以上走りたかったので、とりあえず代々木公園を目指す。

日中に代々木公園に来るのは久しぶりで、木々の紅葉や落ち葉が秋色、初冬の色に変わっていた。

この近くにある菊が咲いているかと期待していたがまだのよう。

ここまでで3kmで、背中にようやく汗をかき始めるころ。

長袖、ロングタイツでちょうどよい気温です。

代々木公園の参宮橋門から入り原宿門に抜けました。

10時ころだったので原宿駅前は待ち人もいないのでまばらだった。

表参道を下り、明治通りからまた上り返す。

坂の途中で宝石強盗があったお店を探したけどわからず。

犯人は白人の3人組だったらしい。

日本の警備員は1人だったそうで拳銃も持っていないので多勢に無勢だろう。

青山の交差点を左折して青山通りを赤坂方向へジョギング。

人通りが少なかったので走りやすい。

青山1丁目の御所の角も直進。

青山通りは赤坂に向けて緩く下っていき、和菓子屋さんの「トラヤのよーかん」の角をまた左折。

御所に沿って一周します。

走っている人も、こんな時間なので誰もいない。

スピードを落とさずに走っていたが、権田原に向けて上っているところで一人のランナーに抜かれた。

10km以上走っていて、まだ4km走らなきゃいけないので追いかけるのはよしました。

10年ぐらい昔だと、、、抜かれたら絶対に抜き返してやろうという、気負いがあったが今はそんなにパワーはない。

抜かれて追いかけるとよい練習になります。

一人で淡々と走っているより、絶対にパワーを振り絞りますから。

でも今そんなことをやっては体を壊します。

権田原から千駄ヶ谷、代々木と抜けて帰宅しました。

約、14kmの朝練でした。

朝ぶろに入り洗濯してから出社です。えらく体が軽く感じられる。体からパワーを感じるのは久しぶりで、朝練習が良いのかな~~~。

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柴又帝釈天へお参り

2015-11-22 20:19:58 | 旅行記


お参りと言っても、新宿からCARRERAでサイクリングでした。

新宿から秋葉、浅草を抜けて、国道5号線の金町交差点を右折。

20kmぐらいのはずだが、小平へ行くよりも時間がかかった。ストップ&ゴオーが多いからで1時間15分はかかりすぎだ。マラソンランナーより遅いじゃない、時間と距離の関係が何かおかしい。なぜならCARRERAなので30km/h(結構速い)ぐらいでは走っている。

京成電鉄の柴又駅近くに自転車を止めて参道へGoo。

さすがに寅さんの町だけはある。

駅前からしてさびれているし品がない、と言っては元も子もないが、つまりなんだか怪しいということ。

でしょーーー。

小さな怪しげなお店がずらーり柴又駅から続いています。

帝釈天参道というそうな。

浅草の仲見世とは全然雰囲気が違います。浅草はここに比べれば、、、ずっとハレの街です。帝釈天参道は、それこそ明治時代から同じじゃないのというくらい、ひなびていています。このひなびた感を求めてくる客がいるのだ。エリアが参道だけなので、実際の観光客の数は1/1000ぐらいだと思う。

帝釈天参道を歩いていると、ふと寅さんが出てくるような気になります。

****************

私、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。
性は車、名は寅次郎、人呼んで風天の寅と発します。
皆様共々ネオン・ジャズ高鳴る大東京に仮の住居罷りあります。
不思議な縁もちましてたった一人の妹のために粉骨砕身、
売に励もうと思います。西へ行きましても、東へ行きましても、
とかく土地土地のお兄さんお姉さんに御厄介かけがちなる
若造でござんす。
 以後、見苦しき面体お見知りおかれまして今日後万端
引き立って宜しく御頼ん申します。

**************

まー日本の食堂なのでメニューは変わらない。

*********************

「結構毛だらけ猫灰だらけ」「お尻の周りは糞だらけ」

「見上げたもんだよ屋根屋のふんどし、たいしたもんだよ蛙の小便」

****************************

口上は大体がテンポがいいけど言葉が汚い。

汚い言葉をテンポよく気持ちよく聞かせるのが「うまい口上」なのかな。

「男はつらいよ」フーテンの寅さんの口上を、ひとつひとつ思い出しながらお店を冷やかしていきます。これが東京下町の正しいまち歩きでしょう。

これは、これは立派な草団子だと、、、。

昔懐かしいガラス瓶に入っていたせんべい。

この飴屋さんの音がいいの~~~。

「何の音」と思われるでしょうーーー。

長く伸ばした飴を包丁で切っていくまな板の音がいいの~~~。

これぞ、柴又帝釈天に来~た~~~て感じかな。

柴又に来たら、飴切りの音をぜひ聞いてください。

もっとも、いつもやっているわけじゃないから、お店の方にちょっと聞くとよい。このリズムは音楽になっている!

柴又の民族音楽と言っていいほどです。

お年寄りばかりかと思ったが、子連れも多い。中国人にはまだ知られていないようで、まったく見かけなかったが、白人はちらほらいました。

韓国人や中国人には来てほしくない、日本人のある意味で心の故郷のようなところです。寅さんが旅にくたびれて、毎度戻ってくる安住の地なんですから~~~柴又は。

*********************

四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭いときた。
どうだ、おい、よーし、まけちゃおう­。 まかったつむじが3つ、
七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、竹の柱に萱の屋根、
手鍋­下げてもわしゃいとやせぬ。 信州信濃の新そばよりも、
あたしゃあなたのそばがよい。 あなた百までわしゃ九十九まで、
ともにシラミのたかるまで、ときやがった。
どうだ畜生­! さあこれで買い手がなかったら、
あたしゃ稼業3年の患いと思って諦めます。

******************

そろそろ御前様がおいでになるころじゃありませんか?

おっと帝釈天が見えてきましたねー。

昔、正月に来て出初式を見たことがあった!

1月15日だったか、、、。

おもちゃ屋さんだが、昔のおもちゃというか縁起物のお土産屋さんか。

はい、ここが帝釈天。広い境内なので参道のように混んではいない。

*********************

寅次郎「おや、どこかでお目にかかったお顔ですが。
    姉さん、何処のどなたです?」
リリー「以前、お兄さんにお世話になった女ですよ」
寅次郎「はて?こんないい女をお世話した覚えはございませんが」
リリー「ございませんか!この薄情者!」
寅次郎「何してるんだよお前、こんなところで」
リリー「商売だよ。お兄さんこそ何してんのさ、こんなところで」
寅次郎「俺は、リリーの夢を見てたのよ」

*****************

口上はhttp://middle-edge.jp/articles/I0001078から

まずお参りしてから、400円払いお堂を見せてもらった。

帝釈天の外板は全面彫刻されている。そりゃ見事なものです。でも江戸時代とか言うほど古いものじゃありません。大正の作だといいます。

清掃が行き届いていないのが残念、浅草や日光とは違うんだなーーー。

柴又帝釈天はやはり寅さんで有名になった。

映画は主人公と名脇役がいるから成り立っているんです。御前様もいいけど、我次郎のお寺の庭掃除番もはまっていた。タコおやじに倍賞千恵子の妹もはまり役。小企業ということでは私の会社も同じようなもの。はたから見るとキットベランメイの頓珍漢なのだろう。

何か縁起事でしょう。

着物姿のきれいなお方がいらっしゃいました。

行き過ぎてフト振り返ったら、きれいなお姉さんが着物姿のまま飛び跳ねていた。おぃおぃおぃさっきはおしとやかにしていたじゃない。えらく元気がいいなー着物の中身は現代的なスポーツウーマンなのかな???

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物の始まりが一ならば島の始まりが淡路島。泥棒の始まりが石川の五右衛門なら、博打打ちの始まりは熊坂の長範、ねえ、兄さんは寄ってらっしゃいは吉原のカブ。産で死んだが三島のおせん、そう、ハイ、四谷赤坂麹町チャラチャラ流れる御茶ノ水、いきな姐ちゃんたちションベン!

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口上の内容も相当汚いが、これが面白い。

帝釈天の中庭見学です。

これは式場のようだが、、、。

ずーと外廊下が続きます。

四季折々きれいなのだろう。

柴又は江戸川に面していて、川の氾濫が起きたら大変そうです。

江東区なので地盤が低い感じはします。

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そりゃ私だって商売ですよ、家に帰りゃー女房子供が、腹空かして待ってる。昔の仙人じゃあるまいし、霞の中からスーッと出てきてこんなことしているわけじゃありません。ちゃんとね、ネタ元というところがあって、その道具を借りて店を出しているわけだ。こんな易なんてもので人間の運勢などというものが百発百中で当たるわけがない。あたくしが言っているんだから、間違いない。

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えらく立派な鐘楼。

参道の買い食いは楽しいものです。

醤油団子に海苔がトッピング、160円。お店の縁側に座って食べました。

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この近くは墨田区の麒麟堂という大きなおもちゃ問屋が、なんと驚くまいか、僅か60万円の税金で、投げ出した品物です。ね、本来ならこんなお安いお値段でお願いできるもんじゃないが、こっちにも差し迫った事情があります、ね、浅野匠頭じゃないが腹切ったつもりだ、ね、どう、こんないいものが千五百円、はい、ダメか、ほい、千円だ、千円。

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お土産には草団子1000円とくずもち800円を買ってきました。

じゃーん

ぎっしりきれいに並べてあります。

団子がかわいらしいことーーーこれで1000円だったか。

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雨ニモ負ケズ風ニモメゲズ、何処へ持っていっても、長持ちのする物、ねっ、はい、これ見てごらん、どう、ね。ハイ、ハイ女学生の皆さんちょっとこっちいらっしゃい、ちょっとこっちいらっしゃい。これ見てちょうだい、どうハイ、ほら中学生、高校生の皆さんみんなこっちいらっしゃい、どう、これ手に持って見てね、どう、みなさんもう修学旅行はもうしました?・・・まだしない? 来年はきっとします。

***********************

おいしゅうございました!

北新宿から自転車で片道1時間15分だった。距離の割に時間がかかり疲れます。ストップ&ゴーが多く、坂道の上り下りがあったからでしょう。

帝釈天の裏が江戸川で、ちょうど矢切りの渡しです。私はまだ乗ったことがない。

帝釈天は小ぶりな地方の門前町です。浅草の街や、お伊勢のおかげ横丁とは比べ物になりません。東京の昔のイメージは強く残っています。ぜひ一度は訪れてください。

帝釈天の観光案内は駅前にあります。

歩きカメラの面々と柴又帝釈天にいく

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/606ca0ec3b50e06aa1fbbfd64e66d08b

柴又のもつ屋さん

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b5dfef05661f81b7746a8e6034b035e 

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自家製人参の実態

2015-11-21 13:39:40 | 畑仕事

根っこ!

新宿の屋上で収穫したニンジンがすごいことになっていた。

すごいといっても大きいさじゃなく、形が思わぬような形状だったから。

じゃーん

よくもまあ、こんなに不ぞろいになったものだというくらいバラバラ。

小平の畑でとれたニンジンは大きさがまちまちだったけど、こんな奇妙な感じはしなかった。

ただ、、、髭のような根っこはすごかった。

小平畑のニンジンも、新宿屋上のニンジンも根っこがもじゃもじゃ。生命力にあふれた根っこです!

とれたてなのでニンジン葉が新鮮でおいしそう。

人参の葉が美味しいのは誰も知らないから!!!

以前にニンジンと葉のかき揚げを造った写真です。

玉ねぎかき揚げより、私はニンジン+葉のほうが好きですね。

手間がかかるのとニンジン葉が手に入りませんから、巷に広がらない理由かな。

大根葉もおいしいけど捨てる人のほうが多いらしいから~~~。

かき揚げを造ったURL

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b1a8f03739241ac4cecdf389d14254c2

野菜は店頭に並べてあるときと、収穫した時ではずいぶん印象が違います。

畑でとれたての時は土はついているわ、根っこが絡まっているは、はたまた虫さんがいっぱいとりついていたりして、とても野蛮な感じがします。生命の息吹というのかな、植物の力強さを感じます。

八百屋さんの店頭に並んだお野菜たちは、商品そのものできれいにお化粧されています。悪く言えば死んだようなプラスチックのような無機質な感じです。よく言えば荒々しさを取り除いてお化粧したということです。サイズや形が同じなのは、F1商品(種が規格品)だからか?それにしても店頭に並ぶまでに、ずいぶん手間が入っているようです。

野菜本来は、すごく生命力にあふれた姿が本当です。

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ミルフィーユ、近江屋

2015-11-20 18:34:53 | グルメ

うれしい、いただきものです。

シンプルなケース(小さなダンボール)に焼き菓子がぎっしり入っています。

パイ生地の美味しいお店だそうです。

東京都千代田区神田淡路町2−4

03−3251−1088

甘いものに目がない私ですが、これは知らなかった。

うーむ、上品でうまい!

パイ生地とクリームを重ねて上にトッピングでココナッツ。

クリームは昔懐かしい硬めです。

チョコがサイドにあって贅沢です。

神田には老舗が多い。

私が学生の頃通ったエスワイルは神田小川町にあったが、文京区に移ってそれから閉店したという。エスワイルのロールケーキが大好きだった。そのロールケーキに使われていたクリームと、ここ近江屋さんのクリームがそっくりでした。

どちらも、古くからの老舗です。近江屋さんは創業230年にもなろうとしています。!

近江屋さんのHP

http://www.ohmiyayougashiten.co.jp/index.html

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モンゴルの小尾羊(シャオウェイヤン)、火鍋ランチ

2015-11-19 19:33:32 | グルメ

東京新宿の大久保は東京の中でも人種のるつぼの最たる場所です。

歌舞伎町を職安通りのあたりから韓国料理屋さん、食材屋さん、韓国スターのブロマイド屋さん、韓国雑貨屋さんに交じり、大久保通りに近くなると中華とタイ料理、ムスリムのハラル料理屋さんが増えてきます。

小尾羊は中国内モンゴル料理屋さんで、純然たる外モンゴル料理ではない。

いつものランチです。

ガラスドアーにべたべたと広告が貼ってって店内が見えない。他国料理屋さんで中が見えないとなると、ちょっと心配になるでしょ。ドアーを開けるのに勇気が必要です。

モンゴル相撲の朝青龍みたいなやつがいたらどうしょうと心配になるでしょー。あんな乱暴な店員だったら即座に逃げ出そうと身構えて入店。

いかにも頼りなさげな店名がかえって怪しい、、、。

ランチ時だったがお客さんは広い店内にはいなかった。ちょっと、これはまづくない???

とりあえずランチメニューの薬膳蒙古火鍋定食とエビチリ定食。エビチリは蒙古では食わないだろう~~~。中華の中の内モンゴル料理だからメニューにあるのか。

とりあえず、羊肉、、、極薄の羊肉が並べてある、、、こんなに薄く肉を切れるものだというくらい、極薄だった。

いくらなんでもなーーー。

箸でぐるぐるやったら、一口になるのでは、、、。

白濁したスープには味が付いていた。

野菜を火鍋に入れてひと煮たちしてからお羊肉をさっと湯がく。

問題は、お肉のお替りがランチではないことかな、ちょっと足りないのでお金を払っても食べたくなります。

野菜は日本の鍋ものと同じ具です。

スープの味は良いけど、いかんせん羊肉の絶対量が少なすぎかなー。

エビチリのお味はちょっと甘い。

もう少し甘さ控えめがいいが、、、。

変わった料理を腹いっぱい食べるにはランチじゃなく、夕食時の3980円コースなどが良いと思う。

子尾羊(新大久保店)

東京都新宿区百人町2-17-3

050-5788-6499

 

 

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図書館戦争、映画

2015-11-16 21:18:47 | 映画

人気漫画の実写版です。

漫画を見た人はがっかりする人が多いけど、映画だけ見た人は納得の楽しさだろう

原作は有川浩。

近未来の日本は昭和から生化に年号が変わり、国家による思想検閲やメディア規制が横行していた。本を読む自由を守るため結成された図書隊の隊員たちと規制隊たちの銃撃戦争が見所です。話はそれほどリアリティがあるわけじゃないが、戦いの映像は自衛隊が全面的にバックアップしているようでリアリティが満載。

言論の自由、報道の自由は今の日本でも危ういが、他国を見渡せばこのような規制がある国は枚挙がない。

主演の岡田がやたらかっこいい。

榮倉奈々も大きな体で好演している。

前作よりも面白いのではないか!

ばかばかしいシッチュエーションなので、映画評論家からはあまり良い声が聞こえてこないそうだ。

でも娯楽映画が皆無な日本映画では特異な存在じゃないか。

日曜日で夫婦割り引きで1100円で見れたので良かった。

一昨日、パリでテロがあったが、自由や民主主義を守るのは至難の技ということが現実でも起きた。全体主義や独裁主義勢力には無力じゃ蹂躙されます。自由や民主主義は戦って(血が出る)こそ手に入ったものだ。ISに無抵抗でいたら蹂躙され奴隷になるだけ。頭の中がお花畑の「美しい思想」は周囲のものを不幸におとしめる。無作為は自由や民主主義を攻撃しているのと同じだ。

北朝鮮でいいわけないだろう。

ちょうど。この映画の中でも。長いものに巻かれろという人たちと、自由は自分達で守る(勝ち取る)という人たちが描かれている。象徴的だった。

北朝鮮は意にそわわない人を、公開銃殺しています。それもライフルじゃなく高射砲のような大口径の大砲で、人を木っ端微塵にしている。そんな国が、もしや外に出てきたら日本はこんなに安泰じゃない。押さえ込まれているから北朝鮮国内の問題だけど。中東の問題はもはや国内問題では収まらなくなっている。ムスリムの、本当はムスリム違いなのかもしれないが、西側で悪とされていることを好んでやっている。いわば力を誇示している。北朝鮮の核と一緒で、もし核が使われたら、、、どうします。戦いますか、逃げますか?

 

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里芋が豊作

2015-11-15 12:09:53 | 畑仕事

30平米の畑で2株の里芋を収穫しました。

10日ほど前にも2株収穫したので、これでイモ類はなくなった。

庭で作る家庭菜園よりは本格的でしょー。

2株でも結構な量で30人分ぐらいはある。

左下の大きなところが親里芋(八頭、ヤツガシラとよぶ)。

子里芋も市販のものより大きめですが、親里芋は10倍くらいの大きさです。

これらは親里芋から分岐した中くらいの里芋の分隊長みたいです。

親里芋や分隊長は、普通サイズの里芋よりちょっと硬めです。

里芋ホリはかなり深く掘って、里いもを傷つけないように収穫します。

ベテランさんになると、地面の上からそっと掘り返して行って、里芋をすっぽりとる方がいた。大きなシャベルでまわりから深く掘って、間違って傷つけるのが心痛むからと言っていたが、、、難しいだろー。

私たちは人海戦術の力任せでやっているから、たまに「あちゃーーーやっちゃったよ」と言うことがたまにある。

ゴム長靴はマストです。

シャベルは固い土を掘るときは細めが良くて、土が柔らかかったら大きめのシャベルがいい。

土の中に里芋を残さないように確認しました。

里芋は根っこだらけで、保護のためか皮も多い。

一見、玉ねぎに見えるでしょ。

キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーも大きくなってきて豊作の予感。

小平の吉野農園の借り賃は1年30平米で47000円です。

これだけ収穫できて作物の市場価格は25000円程度と言っていた。

損得を考えたら丸損ですね。

リクレーションと考えたら、、、往復の交通費や食事代を入れて年間50万円くらいだから、50万円の小平・健康パスポートかな~~~。

野良仕事するとおなかがすきます。

それで小平のうどん屋さん巡りをしています。

百姓は高くついていますが、心身の健康には素晴らしく良さそうです。

ジャーン

スタッフがとれとれの里芋を料理しました。

スタッフは四国人で、この季節によく作る芋炊きだそうです。

色が黒くならなように、薄口醤油をつかったそうだ、うーむ芸が細かい。

やさいたぷ~~~りです!

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CAPOLI、ピッツェリア

2015-11-14 22:11:06 | グルメ

イタリアのピッツェリア「CAPOLI」です。

映画の後に小腹がすいたので軽くお食事。

ピザ屋さんでは新宿随一かなーーー。

ナポリピザだそうで、世界各国にあるナポリピザ認証店だそうです。

ピザの側がふかふかです。

私にはちょっと塩が強かった。

でもおいしいのは間違いない。

ローマのピザはもっと薄い生地でカリカリなんだそうです。

ナポリピザは中は薄いけどまわりは結構分厚い。

春菊とベーコンとトマトとチーズの日替わりピザを頼みました。

これも激おいしかったパスタ。

まさにアルデンテのパスタにホタテ貝となんと長ネギ。

奇妙な組み合わせですがとてもおいしい。

パンコントマテのジャパニーズ・パスタとは全然違う。

私はパスタ好きなんで、どちらも大好きですが。

デザートも種類がいろいろあって楽しい。

これはエスプレッソ&アイスクリーム。

別々になっているアイスクリームに濃厚なエスプレッソを自分でかける。

こんな食べ方は初めてだーーー。

しかも、本格的なエスプレッソで超が付くほど苦い。

苦さと甘さがミックスして奇妙なハーモニーがあります。

お隣のカップルはアイスクリームに何か果実が入っている最中みたいだった。

変わったデザートがあります。

2人で5000円弱で軽食は高いかもしれないが、ナポリの本格的なピザなどが味わえるならば安いものです。

PIZZERIA CAPOLI

新宿区新宿4-1-9

新宿ニュースビルB1

03-5363-1787

 

ジャパニーズ・パスタの雄パンコントマテ
http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/42f8962b4de994e188466f9de0561714

 

 

PIZZERIA CAPOLIピザ / 新宿駅新宿三丁目駅代々木駅
昼総合点★★★★ 4.0

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昭和の乗り物

2015-11-12 18:05:10 | 鉄道

男は乗り物が大好きです。

ところが、その男の領域を犯すような女鉄マニが激増しているという。

ランニング仲間でも、国際女子マラソンにでるくらいの女性ランナーが「私、鉄マニなの」とのたまっていた。

それは負けじと先日、昭和の乗り物館(東武博物館)を探索。

東武鉄道博物館 向島から徒歩1分 http://www.tobu.co.jp/museum/

このなめらかな曲線がノスタルジックです。

新幹線みたいにとんがっていないし、これぞ実用流線形でしょう。

この時代の鉄道のスピードぐらいじゃ、過度な流線形はさほど効果を発揮しないだろう。

時速80km以上になればてきめんですがガタンゴトンとのんびり走る電車にはこれぐらいがちょうどよい。

これは、さらに前の木造電車。

蒸気機関車が引っ張る列車の時代に、画期的な電車が造られました。

モーターのついた台車やフレームは鉄でできているが、上物は木製でした。

初期の自動車と一緒です。

きっと時速40km以下でのんびり走っていたのだろう。

江ノ電みたいなものかなーーー。

東京を走っている都電は意外に速い。

今の都電はJRの電車よりは遅いけど、こんなに速いのとびっくりします。

最新の車体は揺れないし静かだし都電の進歩はびっくりものです。

蒸気機関車と電気機関車、日本ではこの2種類の機関車が主流でした。

アメリカでは蒸気機関車の後にデーゼル機関車になりました。

アメリカは広大なので電化が大変だったのだろう。

石油が安かったので巨大なデーゼル機関車が走り回っていた。

機関車が引っ張る夜行列車など懐かしい限りです。

長野の山に行くときに、夜行列車の鈍行や急行で通路に寝そべってよく行きました。

シートに座るより通路に新聞紙を敷いて寝たほうが熟睡できたのです。

そんな列車を引っ張っていたのがこんな電気機関車だった。

でも私が大学生でしょっちゅう長野に行きだした頃は、もう少し進化した電気機関車だった。

夜行列車で揺られて寝ているときに「ピーー」という汽笛の音が懐かしい。

蒸気機関車だと「ボォ===」ともっとうるさかった。

踏切のカンコンカンコンという音が遠くから近づいてきて大きくなって、また遠ざかるにしたがい小さくなっていく。

あの列車の旅の感じがたまらなく好きでした。

新幹線でビューと行けるのは便利ですが、乗り鉄、鉄マニとしては、列車の旅情が大好きだったんです。

新幹線や近年の在来線の特急は豪華すぎたり便利すぎたりするので、旅情なんてあったものじゃない。

おっと、これはレイモンド・ロウさんがデザインしたみたいなバスじゃないですか!

エンジンが運転席の横に室内に出っ張ってあります。

エンジンがそんなところにあるから、うるさくて暑くて大変だったろう。

今のキャブオーバータイプはリアエンジンだからエンジン音は静かです。

エンジンが室内に飛び出しているのは、最近の車でいえば初代エスティマかなー。

エスティマは最新型ではただのフロントエンジンになったが、その理由は聞いていないけど、初代の型はエンジン音がうるさかったのではと想像できます。それとエンジンが車体の真ん中にあるので、いくらカバーしても熱気が室内にこもりやすくエアコンの効きが悪かったのではと想像できます。エンジンが車体の真ん中にあるので運動性は良さそうでも、居住性が悪かったのだろう。アイデア倒れの車だったのだろー。

ボンネットバスからキャブオーバーバスになったのは、むろん搭乗人数や積載荷物が増やせるからです。

それで、この初代のキャブオーバーバスは運転席近くまで乗車スペースになっていた。

最前列のシートスペースは、エンジンがデーンと室内に張り出しているので足の置き場がないくらい狭い。

クラッシャブルゾーンなんて考えがなかったころの車なんで、事故ったら乗客もろともぺっしゃんこだろう。

でも、美しいデザインだ~~~

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小学校の同窓会、55年前の?

2015-11-11 09:49:21 | 日記・エッセイ・コラム

新宿の淀橋第七小学校の同窓会。

新宿楼外楼飯店に集まりました。

今回集まったメンバーは私を除いてリタイヤ組がほとんど。

女性でひとりまだ働いている方がいた。

学生の頃はバブリーな生活をしていたので、楼外楼飯店の赤坂にはちょくちょく行きましたが、社会人になってからは、とんと御無沙汰です。だから◯◯年ぶりにお邪魔。以前では感激したほど美味しかった料理ですが、今は周りのお店が美味しくなったので、それほどの感激はなかった。

今の私は、このようなお店に行くことが少ない。安くてそれなりに美味しいお店が私の好みです。高いお店は美味しくて当たり前だと思うから、意外にがっかりすることが多い。
同窓会なので幼少の頃の話で盛り上がった。みんな悪ガキだった。私の家は高台にあって周囲は銀行さんの社宅が多くて、その連中と遊んでいたから、当時、同級生たちが悪さばかりをしていたのを知らなかった。川沿いの土地に住むものと坂の上に住むものでは、、、育ち方が違ったんだと、今更ながら聞いて知った次第。私など坊っちゃんだったんだなーーー。
男たちの現役時代は。
板前さんは腕自慢していた。奔放な生活をしていたらしく、熟年離婚されて意気消沈の様子。でも、男なんで見栄は捨てられません。昔と変わらず饒舌なものだった。性格は変わらんなー。

トラックの運ちゃん(全国を飛び回っていた)はチョンガーのまま。仕事をしていた時は女遊びにはまり金をつぎ込んだと自慢していた。結局男はどんな生活をしていても自慢話をしたがる。

車販売(高級ドイツ車)の彼は店長さんであちこち転勤が多かった。車のデーラーさんの販売員で成績が良く機転が利き要領の良い人ほど悪さをして、その業界から追放されていたと話していた。真面目に勤め上げたものしか最後に残っていなかったと、しみじみ話していた。

銀行員(日本一の銀行)は定年かもしかすると早期退職なのか、、、。子供がまた銀行員になっているんで生活は安泰のようだ。年に2回ぐらい海外旅行をしていて、都心に住んでいるし優雅なものだ。

私は小企業オーナーで、まだまだ働かなきゃーーー。

女性の方々は男と違い自慢話が少ない、男女の違いなのだと思います。ただ生活は亭主に左右されることが多いだろう。ここにきているだけでも、ある程度安定しているのかも。

2014年11月に初めて同窓会をやった

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e10daaafcf22cb9156987472a34db523

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コニカミノルタプラザ、写真展

2015-11-09 14:42:06 | 日記・エッセイ・コラム

写真展「NEW YORK AIR」と「新宿 変容する都市の記憶」を見ていきました。

どちらも面白かったが、NEW YORKの摩天楼から広場や観光地などを空から日常を切り取った写真が圧巻でした。

NEW YORKの高層ビルや巨大ビルの屋上が、贅沢なペントハウスになっていて、下界との対比がとても面白い。

巨大都市の空中のペントハウスは世界の成功者の空間になっている。

空からでしか見れない世界がここにあります。

繁華街にある高層ビルの上が、プールと日光浴をするデッキになっています。

下界には日常の往来があり、摩天楼の上空では非日常の豪華なパーティーが開催されている写真もありました。

面白い視点です。

一枚の写真にこの対比をフィックスできるのは、ヘリからの空撮だけでしょう。

大きなプリントの素晴らしいクオリティは、最新のデジタルカメラの進歩によるものが大きい。

実にシャープに現実を切り出しています。

クールに技術的に撮ったものが、はからずも現代の最先端の流れる時間の格差を見せつけています。

都市NEW YORKのポートレートといえよう!

作者:George Steinmetz 1957年アメリカ生まれ

仕事:ナショナルジオグラフィック、ライフなどを手がける

場所:コニカミノルタプラザ

住所:160−0022 東京都新宿区新宿3−26−11 新宿高野ビル4F

電話:03−3225−5001

交通:JR新宿駅東口A7出口から徒歩1分

期間:10月31日から11月24日まで

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もう一つの写真展が「新宿 変容する都市の記憶」で、これは私には懐かしい光景ばかりでした。

そりゃ私も新宿に生まれて半世紀以上経っていますから、古い世代になりつつあります。

さすがに、この光景は私の時代ではありません。

私が物心ついた頃には、新宿駅東口には3階だての古いビルがありました。西口の思い出はスノコを敷いた工事中の新宿駅が最初です。

伊勢丹はこのまま今のビルに引き継がれています。

デパートやビルの屋上にはビヤガーデンか子供遊園地がありました。

今は屋上は庭園になっているところもあるが、あまり有効活用はされていない。

NEW YORKの屋上はペントハウスのような、一部金持ちの贅沢な憩いの場になっている。

日本のこの時代のビルの屋上は一般に開放されていた。

もしかすると、資本主義が行き着いた米国と、社会主義に近かった戦後日本の違いかもしれない。

日本もだんだん貧富の差が大きくなり米国ナイズされてきつつある。

私の高校生の新宿の思い出は都電が走り回っていたことです。

オリンピック開催後に都電は撤去されてしまった。 

そうそう、映画「三丁目の夕日」の時代です。あれを私はリアルに体験してきました。

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