ランシモ

ランニングからツチノコカメラや時事まで興味あるすべて

利尻グリーンヒルイン、利尻島鴛泊のゲストハウス

2019-07-16 14:20:51 | 旅行記

2019年7月 最北紀行5、鴛泊のゲストハウス「グリーンヒル・イン」

北海道の最北の島、利尻島と礼文島。

礼文島は平たい島ですが、利尻島は富士山のような火山です。

来たぜ利尻富士を登りに!

利尻島には港が2つ、鴛泊(オシドマリ)と沓形(クツガタ)があります。

フェリー便数が多いのが鴛泊です。

その鴛泊の町の右下端に、今日泊まった利尻グリーンヒル・インがありました。

歩くと15分ぐらいかかった。

バスは便数が少ないけど、グリーンヒルインに行きたいのだがと言えば、建物前に止まってくれます。

ローカルバスはサービスが良い!

利尻島の鴛泊港の先に、利尻山(1721m)が見えるはずですが雲の中にある。

グリーンヒル・インの方向です。

ペシ岬の展望台からです。

ペシ岬も、今見えている夕日の夕日ヶ丘展望台も、こちらの言葉でポン山のようです。

ポン山は、利尻山は火山なので、その周辺に噴出した溶岩ドームだそうです。

それで、利尻島ではポン山がいくつもあります。

利尻山の中腹にあれば、、、海岸にもあります。

海岸にできたのが岬になるのです。

夕日ヶ丘展望台からは、利尻グリーンヒル・インが眼下に見えます。

晴れた日の夕日や朝日はさぞかしキレイなことだろう。

利尻グリーンヒル・インは比較的大きなゲストハウスです。

昔はユースホステルだった。

だから、歩いて行くと、利尻YH(ユースホステル)まで200mなどと表示がありました。

利尻山は雲に入ったり出てきたりめまぐるしい。

今度は夕日ヶ岡展望台からペシ岬を見ました。

鴛泊の町です。

ペシ岬や夕日ヶ丘は海抜100mぐらあるか。

町のはずれです。

路線バスは利尻グリーンヒル・イン前からは自由乗車区間になります。

バス停はちょっと手前にあって、先の建物前で止まるから降りないでと言われた。

港までや利尻山登山口まで青いワゴンで送迎してくれました。

この宿は自転車族や登山者、トライアスリートなどのお客さんが多い。

利尻島1周ランニング大会が6月初めにありました。

寒冷地なんですね。

でも冬の利尻、礼文の寒さは半端ないだろーな。

自転車かけがあります。

登山靴、ハードなスニーカーが多い。

たぶんレンタル、ヘルメット。

メーカ違いのヘルメットが8個もあるってことは、自転車が多いのだな。

あいかわらず、、、ごちゃごちゃだー。

売り物のグッツです。

昔はペナントを買ってきて自分の部屋に飾ったものです。

今じゃあんなものは買わないのかも?

部屋は上です。

私が泊まった部屋は左のオリオンです。

男子8人部屋です。

貴重品ロッカー。

窓を閉めると熱気や匂いがこもるので、夜中少し開けておいた。

宿泊客は日本人、白人の老若男女です。

若い人もいれば、白髪の年配者もいらっしゃいます。

私のスペースは2段目。

畳1畳は狭いなー。

荷物整理は、結局布団の上でやらなきゃいけなくなる。

右のザックが利尻山登山用です。

知らない山なので、荷は多めだった。

こちらの写真は朝で、もう旅だった人がいるようです。

各ベットにコンセントが付いていたのは便利ですね。

畳1畳より広いと使い勝手が良くなりそうです。

送迎を頼みたい人は、ここに書き込んでおく。

鴛泊登山コースのスタート地点に、宿から4:45に車で送ってもらいます。

この季節はその時間で明るい!

ダイニングルームで食器や調理器具は使えます。

男連中はパンや弁当を食べていたが、女グループや家族の方は、ちゃんと料理して美味しそうなものを食べていた。

いやいや、、、羨ましかった。

私は旅行中は毎日パン食だった。

インスタント・コーヒーや紅茶はポットからお湯をいただいて自分でいれる。

ジャムやコーヒーは1つ50円だった。

食器は使ったら自分で洗う。

食パンは無料ですが、コーヒーやジャムが各50円で、合わせて100円朝食です。

座敷のところでパソコンをやっていた。

ベットにもコンセントはあるが、いかんせん狭くて窮屈。

このダイニングの方が快適だし、いろんな方が入れ替わり立ち代りくるので、できれば話しかけるようにしていた。

セルフサービスだから1泊3800円

今まで止まった方達のメモ。

きれいに良くできている。

1周50km以上ありますから、、、結構きついですよー。

自転車だったらわけありません。

旅ノートがありますので読んでください。

わたしゃ興味がないけどねーーー。

利尻グリーンヒル・インは小ぎれいにしていて、おすすめなゲストハウスです。

外人さんが多いし、女性客も多い、登山者もこの日は8人いました。

利尻グリーンヒル・イン

北海道利尻郡利尻富士町鴛泊富士野35ー3

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ハマナスの語源は

2019-07-13 20:32:49 | 旅行記

2019年7月 最北紀行4、ハマナスの原語がわかった

稚内の海岸にはハマナスが咲き誇っていた。

海岸線の全部がハマナスと言っていいほどです。

何処にでもある、ありふれた花です。

稚内でのんびりと観光バスに乗って、ハマナスのことを聞きました。

ハマナスの語源は、、、。

ハマナスがバラ科だとは初めて知りました。

ハマナスの実が「ナシ」に似ているので、浜に咲くナシの花・ハマナシと呼ばれ、それがなまってハマナスになったそうだ。

よく見ると、、、バラそのものです!

バラ科なのでとげがすごい。

普通のバラよりも原始的なのか、とげはとげとげじゃすまないくらいトゲトゲです。

たぶんハマナスはバラ科なのだが、品種改良などされていないから、原種の形をとどめているからでしょう。

美しいが花にとげがある。

咲く前のたたずみは、バレリーナが踊りを始める前の、凛とした美を感じます。

バラ科なのでしっかり実をつけます。

リンゴもももも、プラムも梅も、杏も丸くてお尻のような実をつけるものは、みんなバラ科。

あれだけとげがあったら、牛だって馬だって、鹿だって食べられません。

バラそっくりの花です。

まーーーバラなんですから。

実が付き始めています。もっと大きな実もありました。

海のナシと例えられたのだから、大きくなるのでしょう。

ハマナシなんだからね~~~。

アイヌの人は、トドの脂とハマナスの実を煮て食べたそうです。

あたしゃ、、、怖いよ~~~トドナシは!

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利尻島で観光バス

2019-07-11 16:43:22 | 旅行記

2019年7月 最北紀行2、観光バスで利尻島を1周

利尻島で観光バスに乗った。

3時間の観光旅行です。

明日、利尻山に登るので、足慣らしというか、利尻島の知識を仕入れた。

たまには観光バスもいいものです。

利尻のような僻地にも中国人の観光客がいっぱいだ。

知識欲と何よりもお金が潤沢なのだろう。

中国人の旅行も団体旅行から個人旅行に変わってきた。

稚内を朝一番のフェリーで利尻へ渡り、すぐさま観光バスに乗った。

宿はドミトリーを2泊予約してある。

ぞろぞろとバスガイドさんの後ろについて歩く、、、新鮮だーーー。

手っ取り早く利尻のことを知りたければ観光バスはいいかも!

なりきり観光客です。

ホタテのバター焼きをゲット。

美味しかった!

ホタテの実が大きいこと、本州で食べるホタテの大きさじゃない。しかも新鮮だし、やわらかくて良いお味だった。記憶では500円と安い!

ソフトクリームにも目がないので、、、

同じくハスカップ・ソフトクリームゲット。

ソフトクリームは他国では少ないと何かで知ってびっくり!

ソフトクリームは世界中で食べられているものだと思ていた。

ソフトクリームがこれだけ全国で食べられるのは日本だけだそうです!

ソフトは日本の文化だたんですねーーー。

バスガイドさんが、観光地で散策するたびに、旗を持って待っていてくれる、、、。

遅れるやつがいるんだーーー。

バスの車内の前半分が日本人で、後ろ半分が中国人(15人)で、、、これが時間にルーズなの!

最初の頃は律義に時間に集まっていたが、最後の頃になると地が出たのか遅れることしばし、、、。

バスから降りるたびに、ワイワイガヤガヤ、、、土産物店で買いまくって、食べまくって、お金を無駄づかいすること、、、基本的に中国人は裕福そうだ。

それで時間ギリギリに戻ってくるから、バスガイドさんはひやひやものだった。

先の天皇陛下、今の上皇様がいらしたそうです。

陛下は本当は最北の島、礼文島に行きたかったそうですが、礼文島には空港がないので、やむなく利尻島に来たそうです。

やむを得ずだろうが、利尻島の案内には大々的に宣伝してあった。

さぞかし礼文島は無念だっただろう!

ぞろぞろと人についていった。

このホタテがおいしい!

バターと醤油で焼いています。

焦げるにおいがたまらないから、冷やかしのつもりで近ずくと、においにひかれて食べる羽目になる、、、間違いない!

ウニも美味しいそうだが、残念ながら私はウニ、トロ、イクラが苦手です。

ついでに言えばカニも嫌い!

生きているウニを自分で割らせてくれる、それからおじさんが説明しながらお皿にウニを取り分けてくれる。

バフンウニともう一種類のウニがあります。

利尻島まで来ると日本海の水は実にキレイで、透明で底まで見えます。

ウニを養殖しているのか、、、海に放し飼いにしているようで、海中にはすごい数の大きなウニがいっぱい。

ウニは昆布を食べて大きく育つそうです。

昆布を食べるとお味も良くなるそうです。

放っておくと昆布はウニに食い尽くされるそうでその辺の塩梅が難しい。

島の資料館で、写真家の長野重一さんの記事を見つけた。

戦後すぐの写真で、利尻をルポルタージュされた見事な写真記事でした。

さすがです!

同時期では有名なカメラマン・土門拳さんも筑豊の子供たちの、、、ひもじい生活を写真で切り取っていた。

筑豊の炭鉱夫の子供たち。

小学校のお弁当の時間に、貧しくて弁当を持ってこれない子供がいた。

貧しさは今の人たちが考えられないくらい

お弁当を持ってきて食べている子供のすぐ脇で、弁当を持て来れなかった子供は、本を立てて顔をうずめて、人が食べているのを見ないようにしていた。

見るとつらいし、弁当がないのを見られたくない、、、そんな、子供の心まで土門拳は写し取っていた。

昔から、優れたカメラマンはいらした。

カメラの進歩は、だれでも写真が撮れるようにしたが、人の心までオートでは撮れません。

カメラが進歩しても、「何かを撮れる人と撮れない人」の差は歴然とあります。

言葉だって、誰だって言葉を話せるけど、誰でもが小説家にはなれないし、噺家さんにはなれません。

アナウサーにだってなれませんよ~~~。

離島はウミネコの繁殖地になる。

昆布かわかめかわからないが、海草がいっぱいです。

さてさて、明日は利尻山に登ります

天候がいまいちで心配。

利尻島は富士山と同じく火山の噴火でできた山です。

利尻富士と呼ばれるくらいそっくり。

だから島は溶岩だらけでその上に樹木が育ている。

利尻山のまわりには、ポン山と呼ばれる溶岩ドームがいくつか散在しています。

この夕日の丘岬もそのポン山かもしれない。

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野沙布岬に来ました、ノシャップミサキ

2019-07-10 20:03:44 | 旅行記

2019年7月 最北紀行1、稚内の野沙布岬に来た

今年連休に北海道の最北、稚内に来たが大雨続きで何も観光できなかった。

それで、また稚内に来ました。

明日、利尻島に渡ります。

季節は初夏になっていました。

沙布岬にあった小さな神社。

北海道は神社が多い気がします。

その反対にお寺が少ない。

仏教が広まった時には北海道が未開でアイヌが闊歩していて、神道が強くなった時に日本に編入されたからじゃないか。

明治時代は廃仏毀釈だったから!

稚内には2つの岬があります。最北の宗谷岬と野沙布岬です。

ところで野沙布岬と同じ発音の納沙布岬が道東にあります。

野沙布岬は樺太に近く、納沙布岬は根室の先、歯舞積丹に近い。

沙布岬の高台には自衛隊のレーダー基地があります。

そりゃ当然ですね。

40kmでロシアなんだもの。

この広々感はなんだーーー。

地の果ての感がバリバリです。

丸いドームは最北の自衛隊レーダー基地。

昔は米軍が管理していたそうです。

夕方ということもあるけど、寒々としてわびしさ満載です。

なんだかなーーー。

まわりに家がないと落ち着かないでしょねーーー。

利尻富士が遠望できました。

礼文島は標高が低いので、同じ距離なのに全く見えません。

野沙布岬の立て札の先に利尻島です。

気温は10℃ぐらいか、、、朝方はもっと寒くて、地元の人が外に出たくなくなるほどだといっていました。

稚内の漁港。

その先に日本を守っている自衛隊さんたちの基地です。

宗谷本線の車窓から見えた南稚内の町。

荒涼としています。

寒々とした海岸に咲いていた草花です。

なんだかアキラの世界に出てくる植物じゃないですか。

じゃーん

この植物は他の生き物と同じように、地面をはって動くんです。1日に50cmぐらい、だから人は意外に気がつかない。人が見ているときはじっと動かないしね、。そしてじっと狙いを澄ましてパクっと獲物をとって食べる。人もうかうかすると、足をかじられちゃうそうだ。穴恐ろしや!

嘘ですよ~~~、アキラの世界ですからね~~~。

根室の東に突き出た納沙布岬と、稚内の北にある野沙布岬は発音すると一緒なので間違える。稚内の野沙布岬はふつうノシャップ岬と書いてあります。私も最初混同していました。

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今月の歩きカメラは川越・蔵の町

2019-06-06 20:40:20 | 旅行記

関東平野の西、奥武蔵の手前に位置する川越に、12人の「歩きカメラ」の面々で行ってまいりました。

川越は江戸時代には関東平野の農産物などの集積地だった。

江戸時代まで川が重要な交通手段だったからだ。

奥武蔵、秩父を流れる入間川と荒川が合流するのが川越近くだった。

荒川は上流に、秩父銘仙でゆうめいな絹の産地である秩父市を控えています。

古くは利根川も荒川とはかなり近距離で接していて、どちらも洪水を起こすような暴れん坊川だった。

れで利根川は東へ外房の銚子の方へ流し、荒川は西へ川筋を変えた。

江戸時代の大治水だった。

川がよく氾濫する川越の周辺の平野は米どころだったのだ。

川越の街は京都や奈良や鎌倉のように、見どころが広いわけじゃない。

わりかし、蔵が残っている通りは限定されます。

だから1日もあれば大方見て回れる。

蔵といっても、かなり豪壮な蔵造りです。

当時の繁栄が偲ばれます。

黒い蔵もあれば、白い漆喰のままの蔵もあります。

でも、川越には黒い蔵が似合います。

なんの為か、屋根がやたらと複雑です。

権力、財力誇示のためのデザインなんでしょう。

最近とみに日本全国で、着物姿で闊歩する女性や男性を多く目にします。

日本人だけじゃなく、外人さん、それもアジア系の方が多い。

浅草でも鎌倉でも東北の角館でも、日本人は元より、外人さんの着物姿がやたら増えました。

みなさん、レンタル着物です。

浅草などでは中国人が営業している、着物屋さんがあるという。

来日する前から、ネットで予約できるし、つまり好みを知っていて話が早いのだ!

スターバックスだって和風になっていた。

最近の観光は、ただ見るだけじゃなく体験型、経験型の観光になってきました。

物よりアクトというわけですな。

着物姿にカンカン帽が粋ですね〜〜〜。

「よ、ご両人!」なんて声をかけたくなります。

ハイカラさんが行くです。

川越で、今一番人気があるお菓子(立ち食い用)です。

川越名物のサツマイモを薄くスライスして揚げたものに、バターやジャムなどをつけて食べる。

大人気で30人ぐらい行列していた。

こちらは日本の伝統工芸品といっていいくらいの刃物屋さん。

よく切れそうです。

川越は何十年ぶりだったか!

代々木健康友の会の「歩きカメラ部」でした。

https://blog.goo.ne.jp/yoyogiken/e/d1a908d24a911e3c8394f4ccc20339ab

こちらもご覧ください。

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東北紀行4、田沢湖と大釜温泉(乳頭温泉)

2019-05-22 16:10:29 | 旅行記

田沢湖をしっかり見たのは初めてです。

通りかかったことはあるが、田沢湖に来て車を止めて散策したことがなかった。

田沢湖は国道から外れていて、少し登ったところにあった。

実は田沢湖は生い立ちがわからないそうだ。

まわりよりも標高が高くて、カルデラ湖のようであるし、、、それが確かじゃない。

火口湖にしちゃ大きすぎる。

「君の名は」で出てくる湖に一番それらしいのは田沢湖じゃないかと思う。

諏訪湖は人家の多い盆地にあるでしょ、田沢湖は山中の丸く大きく深い湖です。

神秘さがはるかに強いのです。

そもそも、東北のへんぴ(ディープ東北)なところで湖畔には人家が超少ない。

それで、家庭排水が少ないので水の透明度が高い。

諏訪湖周辺は工場地帯だから、実際は味もそっけもない。

田沢湖には湖畔タツコ像が立っています。

伝説がありました。

https://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/spot/tatsukodensetsu.html  

田沢湖が田沢潟と呼ばれていた頃、院内にまれにみる美しい娘、辰子がいた。辰子はその美しさと若さを永久に保ちたいものと、密かに大蔵観音に百日百夜の願いをかけた。満願の夜に「北に湧く泉の水を飲めば願いがかなうであろう」とお告げがあった。

辰子は、わらびを摘むと言ってひとりで家を出て、院内岳を越え、深い森の道をたどって行くと、苔蒸す岩の間に清い泉があった。喜び、手にすくい飲むと何故かますます喉が渇き、ついに腹ばいになり泉が枯れるほど飲み続けた。

時が過ぎ、気がつくと辰子は大きな龍になっていた。龍になった辰子は、田沢潟の主となって湖底深くに沈んでいった。

一方、辰子の母は娘の帰りを案じ、田沢潟のほとりに着き、娘が龍になったのを知って悲しみ、松明にした木の尻(薪)を投げ捨てると、それが魚になって泳いでいった。後に国鱒と呼ばれ、田沢湖にしか生息しなかった木の尻鱒という(田澤鳩留尊佛菩薩縁起より)

さて、十和田湖を南祖坊に追われ、男鹿半島に八郎潟をつくり主となった八郎太郎は、毎年秋の彼岸の頃、田沢湖に恋人の辰子を訪ねて冬を過ごすため、主のいない八郎潟は凍りつき、2人の龍神が住む田沢湖は冬の間も凍らない湖として知られている。

タツコ像は金ピカでした!

像が古びていたほうが伝説が生きてくるのにーーーと思うのは部外者だからかな。

水は昔々に日本で摩周湖に次いで2番目の透明度を誇っただけのことはあります。

透明度が高い湖は北海道に多く、東北では田沢湖や十和田湖がそれです。

湖畔が開発されていないのが大条件だからでしょう。

さっきのタツコ像があった湖の反対側にもタツコ像を見つけました。

こっちのは、足がなくて人魚姫のようだ。

それに、なんとなく像の造り自体がぼやけている。

つまり、ちょっと出来が悪いみたい。

いいのかなーーー。

角館を見てから弘前に行く途中で田沢湖に寄ったもので、さらに近くの乳頭温泉に立ち寄りました。

乳頭温泉は、有名なので連休中はさすがに満員のようだった。

それで、さらに先の大釜温泉でひと休み。

乳頭温泉は建物が新しくなっていて、観光客でにぎわっていたが、大釜温泉は時代を感じる懐かしい湯治場の風情でガラガラだった。

遠い前のことですが、私が高校生だった頃に、運動部合同で八幡平から幕営で縦走したことがあたが、その時のままかな?

私の初の山行きがこのエリアだったのだ。

高校生だったし、初めてだったし、登山靴やハイキングシューズなどは、私にはまだまだ買える代物じゃなかった。

それでバスケットシューズで長い距離の山道を縦走した。

バスケットシューズは平らな体育館で使われるもので、山道のようなでこぼこ道ぬかるみには向いていなかった。

足裏が痛くなったが、若さでクリアーした記憶が、、、。

下山したら真っ白だったバスケットシューズがドロドロに汚れていた。

濁った泉質でした。

露天風呂のまわりはまだ雪がかなり積もっていた。

アルカリ性なんでしょうかヌルヌルです。

大釜温泉の下にあった乳頭温泉はお客さんがいっぱいだったが、こういう湯治場のような古い温泉は人気がないのかな?

大釜温泉のような湯治場も、建物の外観イメージは残して、台湾がうまいが、リノベーションして超高級旅館に生まれ変わらせたら面白いと思うが。近くでは銀山温泉が人気だが、もっと上を目指したい。銀山温泉は日本人客のおしゃれ層を狙っているけど、世界の富裕層相手ではちょいどころかだいぶ貧弱だ。もっと高級から一般客相手までバラエティがほしい。白川郷も貧相な通俗的な観光地だなーって2年前に感じたことと同じです。実にもったいないと思った。白川郷は金持ち中国人が大勢来ていたのに、たぶん休憩するところも泊まるところもない。手を加えれば面白そうな観光地が、、、日本には点在しているのです。安宿と安物土産店じゃ、、、全く足りないのです。

近くの山、、、秋田駒は山頂が真っ白でした。

乳頭温泉の駐車場は除雪が完璧だった。

だけど大釜温泉あたりになると、少し上なので雪がまだ降るかもしれない。

東北、北海道と長旅でしたのでタイヤチェーンは持参した。

2019 東北紀行3 弘前城の桜

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e13f7d80ec7221fe91f428b0f9c6c611

2019年 東北紀行2 秋田は角館の夜桜 

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e8246afa2665e91272a1e0b89ee447f7

2019年 東北紀行1 角館の桜を見に行った

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/972edf8f872f8c193665127bc0738102

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東北紀行3 弘前城の桜

2019-05-19 21:31:01 | 旅行記

弘前城の桜見物は4回目か???

最初の衝撃は無くなたが、素晴らしいのはかわらない。

でも今回はちょろっと寄っただけ。

あの、おどろおどろした見世物小屋、東北民の春への強烈な思い!

それらは今回はパス。

弘前の桜を堪能しようと思ったら2日は絶対に必要です。

朝一番の斜光の陽ざしにキラメク桜の花びら。

日中の豪華絢爛とした城内の桜。

ライトアップされたお堀の夜桜。

お城の公園で開かれている桜まつり、、、これがいちばん感激するかもしれない!

寺山修二の東北が残っているんですよーーー。

50年前は東京近郊の秩父の夜祭にはあった世界ですが、今じゃトンと見かけなくなりました。

あ・ン・れ・は感激しますだ~~~。

今年の桜はどうだったんだろう。

観光客の多さは、、、増えたような気がします。

まーーー絶望的なぐらい混雑しています。

私は前回と同じくマイ自転車を持て行きました。

そうじゃないと、広い弘前城の全部を回れないからです。

歩いては最適な場所に最適な時間にたどり着けない。

そこは、新宿から小平へ野良仕事に自転車で通っている足に全権を任せます。

弘前の桜は花筏が有名ですが、年によって全く違う様相です。

今年は風が強かったのか、吹き寄せられている気がします。

自然現象なので仕方がありません。

 

この写真を撮るポジションは3重4重の人で前へ行くこともままなりません。

それで、花筏ががっかりだったら目も当てられない!

そうそう外人さん、特に中国人が増えましたねーーー。

この写真の手前、花筏がボコボコしているのが、、、気になります。

今年は弘前には早朝について夜には旅たちました。

大鰐温泉にも泊まりたかったが、、、先を急いだわけです。

2019年 東北紀行4 田沢湖と大釜温泉(乳頭温泉)

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/00e46e0b69710d1a118c990f1525c7b1

2019年 東北紀行3 弘前城の桜

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e13f7d80ec7221fe91f428b0f9c6c611

2019年 東北紀行2 秋田は角館の夜桜

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e8246afa2665e91272a1e0b89ee447f7

2019年 東北紀行1 角館の桜を見に行った

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/972edf8f872f8c193665127bc0738102

2019年 北海道紀行13 青森ー函館フェリー

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b07fbe3516366b92bcfddc90d04f491e

2017年 弘前城の花筏

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/5cbf56f836627ad684ad1648b93327d9

2016年 弘前の桜祭り

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/840e262e9e835622f5ac61fa6348f0de

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HANDA FARMR、帯広近くの牧場

2019-05-11 12:52:13 | 旅行記

北海道紀行11、半田ファームでチーズ&パンをゲット

HANDA FARMは、日高から帯広に行く途中の国道236沿いで見つけました。

札幌近くでの小林牧場(東京で売っている)を訪ねたが、現地では直売はしていなかったので、、、がっかりしたところだったので嬉しかった。ほかにもいろいろ立ち寄ったが休みだったり、混んでいたりして買えずじまいだったのだ。

HANDA FARMは通りかかっただけで、これは面白そうだと直感で感じたのです。

大型連休中の土曜日で家族で遊びに来ていました。

帯広がある十勝平野はこの季節はのどかです。

地面に木のチップを敷き詰めています。

木のチップはいずれ土にかえっていきます。

母屋がここで2階が直売場になっている。

ナチュラルチーズが5種類ぐらい、天然酵母パンが数種類置いてありました。

古いマイクロバスが朽ちていた。

こちらが牛舎のほうかな?

じゃーん

3種類盛り合わせです。

オチャードやルーサンは牛が食べた牧草の名前です。

パンも、もちろんゲット。

食べながら帯広に向かった。

高速道路が未完成なので無料で乗れて時間短縮できた。

なるべく直売場で買うようにしています。

応援したいでしょ!

お勧めします。

半田ファーム 北海道広尾郡大樹町下大樹198番地

Tel 01558-6-3182、Fax 01558-6-3181

http://handa-farm.com/

 

2019年 北海道紀行1 江差で開陽丸を見た 

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/35666cdc12af55d27ba8aaaff5af6662

2019年 北海道紀行2 襟裳岬は雨だった

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/132d3c7089e161d590b7d75a18d61b18

2019年 北海道紀行3 旭川ラーメン天金を食する

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/ffaeac6812da82f4e143a7558e596f92

2019年 北海道紀行4 宗谷本線で稚内まで普通列車の旅

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9c7a3de4103d4bd8c355cb41f5738500

2019年 北海道紀行5 旭川の旭山動物園は面白い

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/65d476dc4863a9b7813d5eb0f058ce5c

2019年 北海道紀行6 日高の拾昆布漁

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/936956e22e21ead7264d1b708386ef67

2019年 北海道紀行7 帯広から幌加・三国峠へ

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b37063b0418ce47792bef6ade6b20cf2

2019年 北海道紀行8 旭川ラーメンの山頭火を食する

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e7621511a11158cc32e35028a6b024c7

2019年 北海道紀行9 静内と新冠の桜並木

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/dae61c1f7141e3b4830b32879692772c

2019年 北海道紀行10 義経神社が日高の富川にあった

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d3eb5401d3032a053d19f6c943f2c733

2019年 北海道紀行11 半田ファームでチーズをゲット

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e2f1d234ffa0b14297c69bcc1e561d60

2019年 北海道紀行12 北海のヒグマと呼ばれた故中川一郎衆議院議員碑

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/04f1a9366b0144c21680d69aa68b6a26

2019年 北海道紀行13 青森ー函館フェリー

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b07fbe3516366b92bcfddc90d04f491e

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義経神社、北海道は日高地方の富川にあった

2019-05-10 10:18:39 | 旅行記

北海道紀行10 義経神社

日高の先端の襟裳岬から戻る途中で、義経神社があることに気づきお参りしました。

義経伝説は日本全国に散らばっていますが、東北や北海道に多い。

なぜ、義経伝説が日本各地にあるか私はその理由を知らなかった。

簡単にいうと、義経が逃げてどこかで生存していて、粗野で野暮な源政権を倒してほしいという、京の公家さんたちや、関東の民たちの願いが込められていると知りました。

義経は騎馬戦が得意なので荒っぽい性格なのかと思うけど、アイヌ達にアワやヒエの耕作を教えたり、船の作り方から操舵など、機織りや武芸を伝授するなど、意外に文化人としての教養があった。それで義経はアイヌの方達から神のように慕われていた。たぶん頼朝は策略家で陰気で疑り深い人物だったんだと思う。

だから政権を取ったのは源頼朝だったが、全国に頼朝神社があるなんて聞いたことがない。

じゃーん

北海道の片隅にあるひなびた神社です。

周辺には売店もなければ何もない。

敷地だけは北海道なので広大です。

こんな所に観光客は来ないだろうと思っていたら、大きな観光バスが到着して、全日空か日航か大手が企画した観光バスツアーだった。

そういえば北海道は見るべき自然はいっぱいあるけど、名所旧跡は少ないから義経神社が選ばれたのだろう。

資料館と言っても何もないに等しいが、義経伝説を読んで腑に落ちることが多かった。

義経伝説は京都の朝廷からの願望でもあった。

国の役人は日本中に散らばっていたので、その方達にも「義経はいきているか?」情報を求めたのだろう。

もしかして、その願望(=デマ)を持って頼朝を牽制したのかもしれないな〜〜〜。

源政権ができる100年ほど前には平将門伝説もあった。

それも同じように、時の腐敗した京都の朝廷に反旗を翻して、いち時は関東に独立国を旗揚げしたが、結局は腐敗した朝廷によって将門は滅ぼされた。

関東の民は悲しみ、将門が再びいきて復活してくれとの願いが、将門伝説を数多く残された。

アイヌをこよなく愛した義経と言われるけど、時代を考えなきゃ間違える。

1200年あたりといえば、北海道は蝦夷(エゾ)と呼ばれていたが、まだまだ倭人には遠方の未開地。

アイヌは蝦夷(エミシ)のことだから、東北、関東にも多く住んでいて、そのあたりでは、むしろ倭人よりも多数派だったのではないか。

福島県の平(いわき市)の手前に勿来関(ナコソノセキ=くるなかれ)があるが、それこそ蝦夷と倭人の境界線だった。

だから義経がアイヌに文化を植え付けていったのは、関東北部やや東北でのことだと思う。

それこそ、東北のエミシにとっては義経は神のような存在だったのでしょう。

源は元々が清和天皇直系の公家といっていいような身分らしい。

義経神社が現在のサラブレットの生産地である日高にあるのが、何かの縁なのかもしれない。

ひよどりごえの戦いなど、義経は常に戦いでは馬に乗っていた。

義経の時代はもう800年ぐらい前のことながら、考えると面白いものです。

神社には木蓮が咲いていました。

2016年1月20日 イザベラバードの日本紀行下巻 1887年4月に横浜から函館までの日本の内陸縦断記です。

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/119fb8e45d2c7563144f348f6c65d6bb

この報告書の中にも、アイヌ達が義経を慕っていると書いてあった。書かれた年代が1887年で、義経が実際に生きていた時代から600年近く経っている。アイヌは文字を持たない民だったから口述で伝承していったのだろう。アイヌにも語り部がいたのでしょう。

 

2019年 北海道紀行1 江差で開陽丸を見た

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/35666cdc12af55d27ba8aaaff5af6662

2019年 北海道紀行2 襟裳岬は雨だった

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/132d3c7089e161d590b7d75a18d61b18

2019年 北海道紀行3 旭川ラーメン天金を食する

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/ffaeac6812da82f4e143a7558e596f92

2019年 北海道紀行4 宗谷本線で稚内まで普通列車の旅

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9c7a3de4103d4bd8c355cb41f5738500

2019年 北海道紀行5 旭川の旭山動物園は面白い

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/65d476dc4863a9b7813d5eb0f058ce5c

2019年 北海道紀行6 日高の拾昆布漁

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/936956e22e21ead7264d1b708386ef67

2019年 北海道紀行7 帯広から幌加・三国峠へ

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b37063b0418ce47792bef6ade6b20cf2

2019年 北海道紀行8 旭川ラーメンの山頭火を食する

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e7621511a11158cc32e35028a6b024c7

2019年 北海道紀行9 静内と新冠の桜並木

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/dae61c1f7141e3b4830b32879692772c

2019年 北海道紀行10 義経神社が日高の富川にあった

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d3eb5401d3032a053d19f6c943f2c733

2019年 北海道紀行11 半田ファームでチーズをゲット

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e2f1d234ffa0b14297c69bcc1e561d60

2019年 北海道紀行12 北海のヒグマと呼ばれた故中川一郎衆議院議員碑

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/04f1a9366b0144c21680d69aa68b6a26

2019年 北海道紀行13 青森ー函館フェリー

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帯広から層雲峡へ抜ける三国峠、幌加へ

2019-05-07 19:43:15 | 旅行記


北海道紀行7

帯広から幌加方面へ上川国道を行く。

上川国道を層雲峡まで抜ければ、北海道の最高峰の大雪山山系の中の黒岳(1984m)に登るロープウエイがある。

時間があったのだから黒岳ロープウエイに乗って1300mまで、リフトを乗り継いで1520mに登ってみたかった。

雄大な残雪の大雪山が見れただろう。

後になって気が付いたことです。

ともあれ、この日は三国峠で引き返してきた。

北海道は懐が広い。

ちょっとお隣りへ行くだけで200kmぐらいある。

函館から札幌へだって400km近くあった。

旭川から稚内へ鈍行列車に乗って行ったら6時間もかかった。

そんな鈍行列車の旅をするのも、時間を持て余した「おやじ旅」だからで、何人もで行くグループ旅行じゃない。

北海道の最高峰は標高2220mの旭岳ですが、山の気候は本州の3000m級の山と同じ。

北海道の2000mが本州の飛騨山脈や南アルプスの3000m級の山々と同じです。

だから初雪が同じころです。

紅葉も同じと考えて間違いない。

これ、長年の山屋である私の経験から感じたことです。

大昔は、私は山に入り浸っていたので、大雪山の厳冬期に単独で登っていたり、1ヶ月も山小屋に泊まり歩いていた。

大雪山一帯の道は、当時は舗装されてなく何処までもダートだった。

夏場だと、糠平のあたりの道はカエルの大群集で、踏みつぶしながら歩かなきゃいけないくらいだった。

踏まないと一歩も歩けないぐらいのカエルだった。

今回、三国峠に行ったのは、乗り鉄てっちゃんとして、廃線になった幌加線の遺構を見たかったのだ。

廃線になったといっても、確か昭和53年のことで大昔のはなし。

紀元前ローマの遺跡のような鉄道の橋脚。

鉄道の橋脚ですが、ローマの水道遺跡みたいでしょーーー。

放置されて50年ぐらいだろうが、紀元前3000年の感はあります

コンクリートの橋脚だが崩れかかっている。

橋脚が立っているところは、雨季には湖になったりするので、水の浸食でボロボロになったのかな。

こちらも同じコンクリート造りですね。

でも、こちらのほうがコンクリートのエッジが立ってボロボロ感が少ない。

河が低くて水に浸からないかもしれない。

橋の上は立ち入り禁止です。

橋高さは30mぐらいあって危険この上ない。

下の音更川?タウシュベツ川?の水は硫黄臭がある。

川床が硫黄で黄色くなっている。

糠平温泉は源泉かけ流しがウリですから、湯量が多いのでしょう。

上流には何もないから、川の水自体はきれいですが硫黄まみれなのかな。

これじゃ、この川には魚もいないだろう。

ここが幌加駅があったところ。

プラットホームも残ています。

最盛期の昭和30年頃には住人が350人いたそうです。

当時のこの辺りは、、、ほんとに山奥の秘境もいいところです。

人口が350人だけど、ヒグマさんも同じぐらいは生息していただろう。

野生動物のテリトリーですから。

こんな細い森の隙間を鉄路は走っていた。

熊と共存しながら人が住んでいたんですね。

大変だったろう。

クマ牧場でみたヒグマは、観光バスほどの大きさがあった。

あんなのと山で遭遇したら100回死んだも同然だ。

三国峠からしばらく下ったら広々としたところに出た。

じゃーん

15年目の、この車で道内を走り回りました。

それよりも、この広々感が素晴らしい。

たぶん、大雪山の前衛の山々だと思います。

白樺の木々です。

ここに三股山荘というレストランがあった。

ぽつんと草原にたたずんでいて「大草原の小さな家」というドラマが昔あったが、そんな感じだった。

「冬の間は雪に閉じ込められちゃうんでしょ?」と聞いたら、「ここは国道だから雪が降ったら除雪してくれるのー」とおっしゃっていた。

確かに、帯広と旭川を結ぶ国道だから北海道の中では、重要な路線のひとつなんでしょう。

道路の除雪、線路の除雪、それに各自の家の雪下ろしと大変なことばかりだ。

中国人、台湾人が冬の北海道に来て「美しい雪!」と叫んでいるけど北海道の住人にしてみれば、とんでもないことを言うなーーー!といった感じでしょう。

開けたところには、谷地(アイヌの方言で湿原)なのか小川が蛇行している。

この小川のほとりに一軒家があったのです。

隣の人家まで20kmと言ったところか、、、。

まさに「大草原の小さな家」だ!

いやいや「大高原の小さな家」かな。

春の雪解け水は澄んでいる。

この日の帯広は5月にしては超暑くて、最高気温が29℃と言っていた。

最低気温は5℃前後だった。

でもこの草原は当然のことながら最低気温はマイナス5℃ぐらいはあっただろう。

もっと温度が下がったかもしれない。

さらに下っていくと水芭蕉が咲き乱れている場所に出た。

北海道だと国道のわきに水芭蕉が咲いていた。

水がきれいな証拠です。

私が訪れていた昔の北海道の面影は、ほとんど無くなった。

広大な北海道だったが、道路が舗装されて実際の距離は同じだが、所要時間が短縮されて秘境が無くなった。

最後に大きなファイルで、ビリべシ岳、西クマネシリ岳、南クマネシリ岳の遠望です。

クマネシリというからにはクマだらけなのか?

 

2019年 北海道紀行1 江差で開陽丸を見た

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2019年 北海道紀行2 襟裳岬は雨だった

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2019年 北海道紀行3 旭川ラーメン天金を食する

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2019年 北海道紀行4 宗谷本線で稚内まで普通列車の旅

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2019年 北海道紀行5 旭川の旭山動物園は面白い

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2019年 北海道紀行6 日高の拾昆布漁

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2019年 北海道紀行7 帯広から幌加・三国峠へ

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2019年 北海道紀行8 旭川ラーメンの山頭火を食する

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e7621511a11158cc32e35028a6b024c7

2019年 北海道紀行9 静内と新冠の桜並木

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2019年 北海道紀行10 義経神社が日高の富川にあった

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2019年 北海道紀行11 半田ファームでチーズをゲット

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2019年 北海道紀行12 北海のヒグマと呼ばれた故中川一郎衆議院議員碑

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2019年 北海道紀行13 青森ー函館フェリー

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日高の拾い昆布漁

2019-05-05 06:20:17 | 旅行記

北海道紀行6

日高の海岸で見た拾い昆布漁は、40年前に霧多布岬で見たのよりものんびりしていた。

霧多布岬で見たものは、、、それこそ映画の世界か、絵画の中か、白昼夢か、、、というくらい幻想的だった。

曇天の荒く暗い海の中に、波打際で胸まであるゴム長をはいて、黙々と海の中から昆布をとっていた。

その日は特別に波が荒かったのかもしれない。

その真っ黒な海の中に、腰まで海につかって昆布を引き上げていたのだ。

それに比べて今日の日高は、好天の中で打ち上げられた昆布を拾うのだから、のんびりしていた。

昆布漁は、夏場は船で岩場に行き、船の上から木の棒に昆布を巻き付けたりしてとる。

冬場は荒波で岩場から根っこがはがされた昆布を浜辺で待ち受けてとる。

たぶん、冬の北の海は波が荒くて危険で小舟は出せないのだろう!

晴天で気持ちよく襟裳岬を目指して車を走らせていた。

その時に海岸線のほうに何人もの人影を見たのがきっかけです。

ここでは若夫婦が昆布を干していました。

若夫婦と私は見たが、兄妹かもしれない。

この2人達は20代だろう。

襟裳岬に通じる日高道のわきの海辺で、何人も日高昆布にたずさわる人が働いていた。

まさに日高昆布の町でしたから。

日高の海岸です。

この日は陽気ないい天気だったが、前日まで大雨だし海が荒れていた。

潮だまりのように昆布などが打ち上げられる場所があります。

岩にしっかり昆布は付いているけど、荒波に岩からはがされた昆布は海岸に打ち上げられます。

それを人さまはいただくというわけです。

海の中に入って昆布を拾うこともあるだろうが、この日は打ち上げられた昆布を選別して、根っこを切ってくくって持ち帰っていた。

もっぱら女性が昆布を選んで根っこを切り束ねて、男が束ねて重くなった昆布束を車まで運んでいく。

日高昆布は肉厚で一級品です。

乾燥すると大きさは1/3になるそうだ。

太いロープで結んで引きずっていく。

根っこの部分や薄い部分は捨ていくようだ。

重たい昆布束を引きずっていくのは男の仕事だ。

もしかして、このような昆布漁も次ぐ人がいないかもしれないなーーー。

日本も終わっちゃうんじゃないかーーー。

良い見本が北欧のノルウェーやスエーデンのように、人件費をうんと高くすることです。安いものは日本では作らない。だからトヨタも安い車は中国製、韓国製にお任せする。電気製品や映像機器、カメラなどもうんと高価なものしか作らない。昆布漁のような仕事は高給がもらえて尊敬される仕事にする。だから日本の消費者だって、高い買い物をして物を長持ちさせる。国民の給料をあげて、日本の人口が減っても、国民全体がゆたり暮らすようにする。それには、女性の安定した職場環境が必要だな。自民党の古い頭の、おやじ議員は全員退場してもらわなきゃ!。大企業優先で90%以上の中小企業、商店を切り捨てている、そんな社会はまっぴらです。韓国がまさにそんな社会だと聞きました。

こうやって砂浜をずるずる引きずって、砂だらけになった昆布は水道の水をかけて洗うか、、、聞いた話では、さらに大きく束ねて沖のブイに吊り下げておくと、波に揺られて、きれいさっぱり砂が落ちるという。

それを、きれいな砂利の上に並べて乾燥します。

軽トラックが大活躍です。

日本の農業や漁業に欠かせない働き者の軽トラックです。

これが砂浜に並べちゃ、また砂まみれで汚れるので、きれいな砂利の上に並べていきます。

この砂利は観光客は踏んじゃいけません。

食べ物を干すきれいな砂利なんですから。

だから、立ち入り禁止です。

今の季節だと2~3日かかるけど、夏場は1日で乾燥するらしい。

ところがどっこい。

面白い話で、夏だと石まで太陽に熱せられて熱くなり、濡れた昆布が乾燥する前にゆだっちゃうそうだ。

石焼煮昆布というわけだ。

ゆだった昆布をさらに乾燥すると青くなってあれ~~~となる。

青くなっても味は変わらないそうですが、流通業者が嫌がるそうです。

アマゾンに限らないが、流通と情報サイトの検索など、大企業の寡占が問題なのでしょう。

 

岩場には昆布がぎっしり。

 どうみても青のりだと思うのだが、ここいらではそんなもの食わないだと言っていた。

 そりゃ昆布だらけだもの、そっちで稼ぐわけだ。

北海道の海がもたらしてくれる幸です。 

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2019年 北海道紀行5 旭川の旭山動物園は面白い

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2019年 北海道紀行10 義経神社が日高の富川にあった

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2019年 北海道紀行11 半田ファームでチーズをゲット

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旭川の旭山動物公園は絶対に見るべし

2019-05-04 22:56:04 | 旅行記

北海道紀行5

動物園なんてと、、、思っていたが「絶対に見てこい」と聞き、お訪れたが聞きしに勝る動物園だった。

北海道の、旭川の、市の中心から10kmぐらい離れあ所にある旭山動物公園は満員だった!

私は上野動物園位しか見たことがなかったが、「見せる」ということに関して、人の知りたい、見たい深層心理を喚起してくれるような動物園だった。

ペンギンコーナーに限らず、上から全体を見れるのは当たり前で、ペンギンのコーナーでは面白い仕掛けがあった。

ペンギンがおりの中から出てくるときに、元々よちよちしているのに、危なっかしい岩の上から登場してくるようになっていて、オトットとそのしぐさが強調される登場ルートなのだ。

ペンギンの特性をよく知り尽くして、さらに観客が何を喜ぶかを考えてペンギン広場を作っている。

そして、必ず地面スレスレの目線で、動物の目線にしたのぞき窓を切ってある。

目が合ってしまうことがあった。

最初っから「やられた!」感がある。

子供ちゃんが多いのは当然ですが、大人にも見てほしい!

動物の生体だけじゃなく、社会全体にでも通用するヒントが秘められている。

背景や見る高さを高低差を使って変えている

一方向だけじゃない。

もしかして、、、動物にもストレスを与えないように考えられているのではないか。

動物園の動物は見られることで多大なストレスがあるから、小さなのぞき窓で、見られることを気づかせないようになっているのかも。

ピユーマですが丸くなって寝ています。

ところが観客は真下に行けるのです。

しかも鉄柵だけの真下なのでピユーマのモフモフに触れそうなんです。

人の手がちょっと届かないぐらいの、絶妙な高さにピューマは寝ている。

ガラスもアクリルもない鉄ゲージの上に寝ている。

この手で触れそうで、実際はちょっと高いので触れないのだが、この感覚が素晴らしい。

どう見たってモフモフな大きな猫です。

こちらは、活動的なピューマなのかヒョウなのかは、上下にも広いスペースが与えられていた。

精悍さが伝わてくる。

れさーパンダも人気者で、パンダのスペースは観客の真上を通路に使っている。

丸太の通路から落ちたら観客の頭に直に落ちるのだが、たぶんそんなへまをしないでしょうし、危害を与えない動物の性格なんでしょう。

その見極めがプロだなーて感心するところ。

動物の特性を知りつくした設計なんだ。

狼も実際にゆっくり見たことがなかった。

大きなわんこみたいだけど、、、体形が違う。

まったく知りませんでした。

どうかというと、、、。

前足の付き方が、わんこは体の前から出ているが、狼は前足の位置が体の真ん中あたりです。

狼は獲物を追って走るように体形ができている。

このほうが走りやすいのだそうだ。

旭山動物公園は、北海道に生息する動物に重点を置いていた。

フクロウ科は北海道に多いが、最大のシマフクロウから小さな「木の葉みみずく」まで8種類もいる。

これが又可愛いのだ

みみずくの顔は平で、かすかな物音でも集音して聞こえるようになっている。

 地獄耳なんでしょう。

顔が平面なのは距離を正確に測定できるため。

地獄耳と正確な視力&距離感で獲物に襲い掛かります。

ヤギや羊など北海道では当たり前の動物を、面白く展示してあった。

北海道の人でも野生動物になじまない都会人が多いはず

ヤギの生態も面白い。

高いところに上りたがる、、、しかもえらく急な所でも平気で登っていきます。

バランス感覚が良いのでしょう。そんなところを見せています。

他の動物園では、こんな一般的な「安い」動物には力を入れていません。

珍しい動物がいるから旭山動物公園は人気なんじゃない。

「身近な動物の特性」を引き出して、面白く活動させているから、反対に新鮮で面白いのだ。

この考え、、、商売に使えます!

お客さんは高価なものだからありがたがることはありますが、一般的なものを一味違った見せ方をすれば、商売ではヒットします。動物園は装置産業で、大人までが「おぉ!」と声を揚げれば大成功です。子供ちゃんはなおさらですから。

私は開門早々に入ったからいいけど出てくる頃は100人を超える行列になっていた。駐車場は何千台のキャッパがあるかわからないくらいですが時間によっては満車だっただ。

 

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2019年 北海道紀行5 旭川の旭山動物園は面白い

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2019年 北海道紀行6 日高の拾昆布漁

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2019年 北海道紀行8 旭川ラーメンの山頭火を食する

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e7621511a11158cc32e35028a6b024c7

2019年 北海道紀行9 静内と新冠の桜並木

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/dae61c1f7141e3b4830b32879692772c

2019年 北海道紀行10 義経神社が日高の富川にあった

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d3eb5401d3032a053d19f6c943f2c733

2019年 北海道紀行11 半田ファームでチーズをゲット

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e2f1d234ffa0b14297c69bcc1e561d60

2019年 北海道紀行12 北海のヒグマと呼ばれた故中川一郎衆議院議員碑

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/04f1a9366b0144c21680d69aa68b6a26

2019年 北海道紀行13 青森ー函館フェリー

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大内宿、雪まつり2

2019-02-12 17:04:17 | 旅行記

大内宿は会津西街道の湯野上温泉からバスで30分ぐらい。

今年は雪が少ないと嘆いていたけど、それなりに積雪はある。

見晴台へはブーツに軽アイゼン(4本爪)があると安全です。

朝方や寒い日だと凍っていますから、軽装備だと危険です。

これから陽が落ちるのを待ったが、、、残念無念で夜になる前に引き上げた。

今年の雪まつりは9日、10日だったが、9日の夜に雪見花火を打ち上げてくれます。

それで観光客は日中よりも夜の方が多くて、暗い中で押しくら饅頭状態になる。

写真撮影には三脚が必要になります。

自家用車では17:00頃に行こうと思ったら大間違いで、大渋滞に巻き込まれて良い時間には到着しないだろう。

私が帰りのバスで見た光景は、、、かわいそうになるくらいの大渋滞だったもの。

あれじゃ、何もかもが終わった頃に大内宿にたどり着くのだろうーーー。

雪の中の灯篭や行燈に火が入ってきました。

ロウソクの光が揺れていいですねー。

お店の感じもいいですね。

でも、平日は夜までお店がやっているかわかりません。

この日は雪祭りだったから、全てのお店が開いていたから、村全体に活気があった。

演歌歌手が登場して、、、美空ひばりさんの「川の流れに」を熱唱していた。

演歌にはわらぶき屋根と雪灯籠が似合います。

大内塾音頭なるものもあったよーーー。

「人生は川の流れのように、時の流れに身を任せて、人生は地図のない旅、一寸先は闇

いい歌ですね、昭和、平成の歌で、今年で平成が終わりますから。

ただ司会が若干うるさかったきらいがある。

福島だし、桧枝岐に近い大内宿だもの、ディープ田舎だし、スマートさに欠けていた。

暗くなってから見晴台に行きたかったが、下から見上げたら人だらけで、、、行ったら戻れなくなると思い断念しました。

雪をかぶったわらぶき屋根越しに花火が上がるそうです。

他人の写真を見ると、、、いいなーと思います。

雪団子なのか、雪だるまにならずか?。

氷の団子にライトが仕掛けてあった。

アップで撮れば良かった、、、だいたい後から気がつくのだなーーー。

バスで湯野上温泉駅に着いて、さっさとホームに向かったら、待つこと数分で会津鉄道のジーゼル列車に乗れました。

バスが渋滞でノロノロ運転だったのだ。

ギリギリセーフ!

雪の観光地は、いろいろ時間の読みが難しい。

大内宿、雪まつり1

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e39e3a8848672bb377f9b74e1c03f20f 

2019年 奥会津の旅、只見川第一鉄橋 

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/3bebf1709daab9db11cb6f470d8400ad 

2019年 只見線に乗り鉄てっちゃん 

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d801ea1d2b7182042b9fe65d3eda6dd1

2109年 会津若松の鶴ヶ城

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9f871d595e59dff6b20f97439d7e8e67

2015年10月 秋の大内宿

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7c8f5cb37980afcc3571270471491dc2

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足尾銅山の中にトロッコで入る

2018-07-03 19:15:03 | 旅行記

足尾銅山と聞いても知らない方もいるかもしれない。

群馬県と栃木県の境の山間部の足尾で銅の鉱脈が発見されたのは江戸時代です。

最初のころは手掘りで産出量に限度がありま下が、明治時代に入って産業革命が起きてから、大規模に銅鉱山が開発されました。

金や銀の鉱山は人の欲望が渦巻くから、話のネタになりやすく、銅山は工業に直結するけど地味ですから、あまり知られていないのは仕方ない。

でも、日本の産業革命には足尾銅山は重要な鉱山でした。

その後、公害と呼ばれる最初の鉱毒事件が起きて、むしろ、そっちで有名になった。渡良瀬川沿の山は禿山ばかりで異様な光景です。

足尾銅山見学は、わたらせ渓谷鉄道の通洞駅で下車します。

足尾駅まで行くと行き過ぎです。

足尾銅山のメインの入り口が通洞口です。

この山の下に掘られた抗の総延長は、なんと1200kmにもなります。

東京から福岡ぐらいの坑道が縦横に掘られていました。

坑道は上下に15階ぐらいあり、それぞれに縦横抗が交差して、それが無数にありますから、1200kmの長さになります。

観光で入れるのは通洞口の、、、わずか数百メートルだけです。

さっそくトロッコ列車に乗ってみます。

3人がけぐらいの小さな車両です。

小さな機関車ですが急斜面を登れます。

軌道の真ん中にギアでもついているのだろう。

外気は30℃を超す熱気だったが、抗の中に入ると10℃ぐらいしかないのではと感じるほど寒い。

坑道には落盤がないように補強が入っています。

天井からは冷たい水がタラタラ流れてきます。

地下のホームからは歩きです。

足場はさほど悪くはないが暗いので注意。

通洞抗では人形が抗夫の演技を見せてくれます。

真っ暗な中でこんなことをしていたんだ、、、。

明治に入ってからは暗いながらもランプがあったけど、江戸時代の坑夫はロウソクでしょーーーー!

観光客が入れる坑道内は整備されているが、本来はこんなものじゃなかったのだろう。

色が変幻しているのが鉱脈です。

岩石を運ぶ無蓋トロッコ列車。

ホロが付いている所に人が乗るのでしょう。

ボロボロに錆びついた小さな機関車。

たぶん、このガソリンエンジン列車は渡良瀬渓谷鉄道のじゃないかな。

これで坑道は大きすぎるでしょ!

松山の坊ちゃんの世界だな、、、って言ってもわからないか。

軽便鉄道とも言いますか?

馬車列車みたいだなーーー。

品川、横浜間を最初に結んだ列車は、人力だったっけなーーー。

レールがあるから列車なんだが、動力がなかったから人か馬かが押したり引いたりしていました。

それに比べれば、だいぶ進歩している。

機関車にはフォードのガソリンエンジンを積んでいました。

どこを走っていたのかしらねーーー?

最寄りの駅は渡良瀬渓谷鉄道の通洞駅です。

渡良瀬渓谷鉄道は、群馬県の北部を走っているJR両毛線の桐生が始発で、山間の大間々まで結んでいます。そのまま山の奥に行くと日光に出ます。

日本の工業の歴史を学びに、ぜひ足尾銅山を見てください。

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歩こう会で猿島へ行く

2018-06-01 18:59:35 | 旅行記

猿島は神奈川県横須賀市の沖合にあります。

日露戦争の記念艦、戦艦三笠の脇からフェリーが出ています。

東京から近いけど私は初めてです。

猿島は今は無人島ですが、江戸時代にペリー艦隊が押し寄せて来た時に、砲台として作られました。

東京湾のお台場と同じ理由です。

砲台の他に、岩山をくりぬいた弾薬庫などがありました。

砂浜があって若者たちのバーベキュー広場になっています。

釣りの方も多い。

食材を持って来たら、バーベキューの用具はレンタルできます。

それで浜っ子(横浜人)に人気です。

東京湾の入り口なので、、、水はきれいとは言い難い。

むろん外海に近いので、東京のお台場よりはずっとキレイです。

猿島の桟橋に上陸して、観光協会の建物を過ぎて道なりに行くと、すぐに切り通しの弾薬庫がありました。

切り通しは岩のままではなく、煉瓦積みされています。

当時はイギリスとフランスの影響が大きくて、切り通しの煉瓦積みはイギリス風とフランス風の煉瓦積みがされています。

私はよくわかりませんが、、、。

歩きやすいように木製のデッキです。

かなり固そうな岩です。

岩をくりぬいた弾薬庫があった。

猿島全体が要塞化されていて、トンネルでつながっている。

トンネルを出ると三叉路になっていて、どこに行くにもトンネルです。

このトンネルはいつの時代なのかわかりません。

江戸時代から砲台として使われていたので、第二次世界大戦まで軍隊の管理下にあったようです。

レンガを覆っていた漆喰もハゲかかっている。

100年以上も、、、よく姿を保っていると思う。

基本、手付かずなので樹木の勢いが素晴らしい。

自然林なのだろう。

階段を降りて行くと釣り人たちがいらした。

 

猿島は、日蓮聖人が何か困った時に、白い猿が現れて導いてくれたという云われにもとずいている。

日蓮さんが修行したという洞穴。

日本全国、、、日蓮さんの云われは多いから、、、怪しいものです。

のんびり横須賀から船で15分ぐらいの島旅もいいですね。

島なので1周しても上り下りがあって足にきますよーーー。

歩こう会にはもってこいの場所でした。

猿島を5周ぐらいランニングしたら、きっと良い練習になります! 

猿島の自然

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/ddf37670bdf6e7676d8b0660342fd8e6

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