羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

授業再開

2008年04月30日 19時10分04秒 | Weblog
 昨日のこと。
 先週、休講にした大学の授業が再開できた。
 全員出席だった。

 声はまだまだの感があったが、2コマ無事に終えることができた。
 2コマ目の音の懸案事項もすっかり解決されていた。
 学生の適応力もよく、なかなかいい授業展開になっている。

 体調は今一だが、若い学生と接すると気分が晴れる。
 GW開けには、元気になっていると思えるようになってきた。
 
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酒をわたる風

2008年04月29日 07時33分17秒 | Weblog
 耳鼻咽喉科の待合室で、読んでいる本がある。
 永六輔著『終 OWARI』朝日新聞社1996年刊である。
 読みながら頷いたり、にやっと笑ったり、時には声をたてて笑いたいところをおさえたりしている。

 あるときメモ帳をもっていることに気づいて、言葉を記してきたことがある。
 お酒は一滴もだめな自分には、グッとくる言葉だった。

「その土地の酒は、その土地の文化だ。水と米と杜氏の仕事を味わうのが客としての礼儀だ。酒が呑めないのなら杯を口元に持って、酒をわたってくる風を呑め」

 気がつかなかった。
 しかし、旅に出ることも少ない私、土地の酒をすすめられたことはない。
 でも、そのうちに酒をわたる風の香りを味わってみよう。
 GWの連休が始まった。
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魚類の浮袋

2008年04月28日 10時13分17秒 | Weblog
 今回、はじめて味わった‘ヨガの逆立ち’のお話。
 とにかく逆さまになってしまってからも、まっすぐな軸をからだのなかに実感するのに、呼吸が誘導していてくれることをはっきりと掴むことが出来たのであります!

「そんなこと今頃になって気づいたの?」
 やってはいたのだが、明確に意識化できたということ。
 それは息を吐くときに、からだの軸が鮮明に実感できるということだった。
 何回か吐くときに軸を感じていると、その結果として‘吸う息’の道が、からだのなかに出来てくることだった。そして踵までは行かないが、骨盤底にスーッとつながる道だった。

 まだまだ確率は低いが、かなりの実感としてつかめるところまで、行き着いたような気がしている。
 
「衆人は咽喉で、哲人は背骨で、真人は踵で」とかかれたものを読んだことがあるが、ヨガの逆立ちで‘骨盤底’で、というのは、何人になるのだろう?
 決して力まず、からだの内側の圧力変化感で、バランスを感じ取るという言葉に置き換えられるのだった。

 この方向で探っていきたいと思っている。
 ヒトの呼吸(肺)は、魚類の‘浮袋’につながっている実感かもしれない。
 からだの内側、胸郭という閉鎖系ゆえに可能な‘外気圧’と‘内気圧’の微妙なる調整能力による‘呼吸’の不思議なる世界だ。
 そのことで古から言われている‘丹田が、明確になっていく実感でもあるのかも。
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有難い!

2008年04月27日 14時22分49秒 | Weblog
 実は、一昨日の夕方から、典型的な風邪の症状がでてしまった。
 咽喉の炎症は確実によくなっていたのに、ガッカリしていた。
 今日は、風邪もおさまって、声も出るようになっている。
 高音部がまだ出ないままだが、声を出すときに「発声するぞ!」とかまえて、一番よく響くところに当てるように意識しなくても、何気なく話すことが出来るようになった。
 
 思い出したことがある。
 幼稚園から小学校に入学するまで、扁桃腺を腫らして、声が出なかったことがあった。
 当時は「吸入器」のお世話になった。
 アルコールランプに火をつけ、ホウ酸を入れた水を沸かしながら、咽喉を加湿する。顔や前髪に細かな蒸気が当たって、びしょびしょになるのだった。
 一日に何回か行ったような記憶がある。
 柔らかな湿気が咽喉を潤して、気持ちよかった。

 吸入をかけながら「あ~、あ~」と、発声して、自分でどこまでよくなったかを確かめていた。
 この吸入器は、高い棚の上に片付けられているに違いない。
 
 しかし、今回は、参った。
 いつも本が出来上がると、ぎっくり腰を起こしたりしていたが、今回は何もないと喜んでいた矢先の風邪症候群だった。
 やはり夜中に目が覚めて、その日によって多少質の違う不安に襲われる。
 その時には、体操をひたすら行っている。
 暗闇の中で、‘呼吸’という灯りをつけて、一しきりやっている。
 最後は「ヨガの逆立ち」だ。
 そこまでくると不安感がスーッと消えていく。
 有難い!
 再び床に入って、明け方まで眠りにつくのだ。
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しばらく静養

2008年04月26日 18時21分52秒 | Weblog
 本日も休養に過ごした。
 朝日カルチャーのレッスンを、新井英夫さんに託した。
 先ほど無事終了の電話を受けた。

 皆さんの協力の下、気持ちいい時間が過ごせたと報告をいただく。
 ありがとうございます。
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乳白手~小壷

2008年04月25日 10時09分51秒 | Weblog
 前の「本の肌理」に関連して……。
 十三代 酒井田柿右衛門の小壷。
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本の肌理

2008年04月25日 08時52分31秒 | Weblog
 先週、ある人と紀伊国屋本店のエレベーターのたもとで待ち合わせをした。
 すこし早めに着いたので、新刊本の売り場を物色していた。
 そこで手に入れたのが『小説 永井荷風』小島政二郎著 鳥影社であった。
 
 昨日、夕方になって少しだけ本を開く気が起こって、手に取ったのがこの本だ。
 ゆっくり丁寧に読むこと30分。
 体調のせいか、それ以上読み続ける気力が失せはじめていたその時。
「アラッ」
 左手で本を持ち、右手は添えながらページをめくることに主に使っていた。
 カバーに触れている左手に、気持ちのよい触感を得た。
 すべすべと滑らかで少し冷たい。
 思わず読み進めることを止めてしみじみと装丁を眺め、今度は改めて右手でカバーの紙の表面を繰り返して撫でてみた。
 ちょっとだけ強めに、あるいは薄紙に触れるようにかすかに柔らかく、指先だけで、掌全体で、その時に思いつくありったけの触れ方で味わってみた。
 目を開けたまま、目を閉じたまま、目を半眼にして、紙の繊維の一本一本を感じ取るかのように。繰り返していた。似た感覚を記憶の中に探っていると
「この感じは、柿右衛門だ」
‘乳白手(にごしで)’の素地に、上絵の色絵付けされたあの感じだ!
 磁肌の滑らかな風合いから受ける冷たいけれどたおやかさが、このカバーの紙に触れた手に共通感覚として伝わってくる。

「それならば……」 
 少し離れたところ置いてあるほかの本を次々に手に取ってみた。

 まず、一冊目。
『耳を啓くー音楽は魂のかたちをしている…』佐藤聰明著 装丁:杉浦康平 春秋社 は、どうだろうか。
 先日、杉浦氏の最高のパートナーである加賀谷さんからいただいた本。
 この本全体が杉浦世界の見事な表出作品で、音楽が聞こえるほど、惚れ惚れするもの。
 カバーの肌合いは細かいシボが指紋の間に微妙な‘乾き’感を伝えてくる。
 これまでの二冊は上製の本であるだけに、中の紙の風合いもまたカバーと揃っている。

 もう一冊目。
 これは、光沢があって触ると自分の指先から僅かに出ている汗の感覚が伝わる。少しジトッとした生の触感である。
 書名は『部下の仕事はなぜ遅いのか』日垣隆著 三笠書房である。
 この中でも多くを発言されている弁護士の近藤早利さんから贈られた。
 この本のカバーは、かなりしっかり強く触れても大丈夫という荒々しさがある。

 最後に自分の本。
『マッサージから始める野口体操』のカバーに触れてみた。
 これは『小説 永井荷風』の極美の滑らかさと『耳を啓く』の華麗でありながら少しザラつきのある枯淡の風合いの中間だった。
 滑らかさと指紋を吸い付けるような紙繊維の細やかさが微妙な風合いを醸しだしている。

 面白い体験をしてしまった。
 感覚とは比較することでしかうまれない。
 そのものの特徴を感じ取るには、いくつかを比較してみるしか方法はない。
「装丁家は、迷うだろうなぁ~」
 本の内容と自分の思いをどこかで折り合いをつけていくに違いない。

 ドキッとしたのは、自分の本のカバーの風合いを表面を掠めるように優しく撫でて確かめながら、何とはなしに首筋の皮膚に触ってみたときのこと。
 まったく似ている。
 皮膚の方が少し滑らかで柔らかかったが、大差はない。
 この装丁家は、私の文章から、首筋の肌合いを感じ取ったのだろうか……、妄想と幻想が交錯した瞬間。
 恐れ入った。

 それから四冊の本のカバーを、繰り返し触ってみた。
 超滑らかな荷風本は、野村美枝子という女性の装丁家の手になるようだ。

「そうか、そういった感じ方の基準で触ると、これは女の肌のさまざまな触感かもしれない」
 おっと、危ない。
 水銀は上がっていかないが、やっぱり、私、炎症のせいで、少し、発熱しているのだろうか……。
 病の幻惑にしばし陶然とした暮れ方。
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名医の言葉に従うことに

2008年04月24日 09時11分41秒 | Weblog
 今朝の調子で、休講にするかどうかを判断したいと連絡を延ばしていた。
 やはり、このくらいの声では、二コマの授業には耐えられそうもない、と判断し、連絡をとった。
 非常に残念。

 昨日の医者の言葉は「まだ、ムリをしないで下さい」だった。
 一日、百人以上の患者を診ている女医先生の判断は正しかった、と言わざるをえなかった。
 そうおっしゃっても、一晩、寝て起きたら、変化していることを想像していたのだが、甘かった。今朝になって、ここで、ムリをして慢性にしてはいけないと思った。

 この女医さんは5年前の‘突発性難聴’の診断を下し、即入院を強くすすめた先生だから、その言葉に従っておくことがいいと思う。
 
 今回は、迷った。
 学生さんには、ひたすら申し訳ない。
 
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風邪症候群

2008年04月23日 18時11分02秒 | Weblog
 風邪症候群で、二次感染らしい。
 土曜日と日曜日にムリをしなければ、よかったとしてもそれはムリだった。
 あっという間に咽喉に常在している菌が悪さして、炎症が拡がり、急性喉頭炎と偽膜性咽頭炎だそうだ。インターネットで調べると、かなり恐ろしい。
 その割には、なぜ元気なのだろう?
 医者も首を捻っていた。
 あまりに急性に拡がったが、薬が効いた。

 なにより、月曜日に朝一で耳鼻咽喉科に行ったことが大正解だった。
 その日一日眠り続けて、かなりの状況に陥っていたようだが、ひどい発熱も頭痛も不快さもなく、快方に向かっている。
 ずっと、咽喉の痛みがないので食べられることが有難い。
 今日も、一日、美味しかった!

 後もう少しなのだが、迷うのは明日の授業だ。
 これで、休みます。

 昨日のブログにコメントを下さった方、ありがとうございます。
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静養

2008年04月22日 15時53分25秒 | Weblog
 今日の朝食は、お粥、じゃが芋と若布の味噌汁、自家製の焼き豚(煮豚)を少々、炒り卵、ひじき+人参+あげの煮つけ。
 特にじゃが芋の味噌汁と豚肉は美味しかった。
 
 とはいえ昨日よりは減ってはいるが咽喉の奥の赤さはまだまだ取れない。
 声帯周辺もまだまだだろう。
 というのも、低音と中低音はごく短い音は発声できるようになっているけれど、高音はまったくでない。
 もちろんいつもの美声には、程遠い、のだ!

 先ほど治療して戻ってきた。
「少しずつでも良くなっていれば、この薬でもいいと思いますが」
 明日には検査結果が出るだろうということだった。

 風邪の症状はほとんどない。
 ウイルス性ではなく細菌性の感染ではないかと言われた。
 昨日より、少し良くなっていることは確かだ。
 今日も、一日、のんびりとすごしている。
 これも人生だ!
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声が出ない!

2008年04月21日 17時23分27秒 | Weblog
 今朝、起床したとき、まったく声が出なくなっていた。
 夢のなかでも、耳鼻咽喉科にいく予定をたてていた。
 ここは、朝の7時に、予約を入れるようになっている。7時に行ったときには、すでに13番だった。
 番を取ってあったので、9時40分頃には順番が回ってきた。

 鼻からファイバースコープを入れて、咽喉の奥の状態を見せてくれた。
 何かの菌がついたらしく、炎症がおこり、膿が出ている様子が見えた。

 医者から処方された薬を呑んで、夕方まで寝たり起きたりして過ごした。
 極ほんの僅かだが、朝よりは唸る声が、出るようになっている。
 この薬が当たっていてくれる事を祈っている。

 声を失うと筆談しかない。
 とりあえずメールで明日の休講をお願いした。
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風邪

2008年04月20日 10時24分05秒 | Weblog
 一昨日からの強風の名残が、昨日の朝、一鉢が割れてしまった。
 八手と竹の棒に赤く色づく蔦をからませて植えてあった。
 今年、植え替えをしなかったこともあって、鉢の形にびっしりと根が張っていた。
 強風のなか、急いで植え替えをしたのだが、その時に風邪を引き込んでしまったらしい。自覚的にも寒かった。とりわけ襟首に風があたっていた記憶がある。

 土曜日のレッスンの途中で、声が出なくなった。
 風邪とはまさに風なのだ。
 というわけで、本日は、ハスキーな声のまま、日曜日クラスのレッスンに出かけることになってしまった。

 ちょっと不覚!
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ピアノと一緒……千回

2008年04月19日 08時19分53秒 | Weblog
 2005年08月08日15時53分41秒、はじめてこのブログにアップした。
 本日で千回を迎えた。
 今、過去に遡って調べてみた。
 何時何分何秒まで入れておいてよかったような気がしている。
 あの時は、何も考えず、ブログ提供側の最初の設定のままにしてあった。

 話は飛ぶが、新刊本『マッサージから始める野口体操』の「あとがき」には、野口先生最後のサイン入りの口述筆記の一部を書かせていただいた。
‘何月・何日・何時・何分’まで記しておいたことが、記録として信憑性がある。
 
 ただし、このようなブログは、設定を後から変えることもできそうだ。
 まぁ、そのことは置くとして、3年前の8月に書きはじめて、今日で2年と7ヶ月続けたことになる。
 最初のコメントはサジさんからいただいている。

 因みに、同じ日に五木寛之さんのブログも開設された。
「シンクロしてるわねぇ~」
 なんだか嬉しかったことをはっきり覚えている。
 
 ところで、昨日のブログにご登場の辰濃和男さんの『文章のみがき方』「1 毎日、書く」の書き出しは「よしもとばなな」の言葉からだった。
「旅行に行って10日くらい書かないことはありますけど、そうすると10日分へたになったなと思います。ピアノと一緒なんでしょうね。書くというベーシックな練習は毎日しないといけません」(よしもとばなな)
 
 とにかくピアノと一緒ということは、よ~くわかります。
 千回を機に、少しは上手くなりたいって思ってます。
 
 読んで下さっている皆様に感謝です。
 ありがとうございます。
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礼状書き

2008年04月18日 19時08分59秒 | Weblog
 今日は『文章のみがき方』の著者である辰濃和男さんに、お礼状をしたためた。
 午前中、久しぶりに緊張して、パソコンに向かっていた。
 新刊本『マッサージから始める野口体操』をお送りしたところ、お便りをいただいた。
 
‘文章の神様’と言われる方だけに、本をお送りするのは怖いけれど、私の文体を好きだとおっしゃってくださるのが嬉しくて、お送りしている。
 13年間朝日新聞の「天声人語」を書き続けられた方だ。
 野口先生の‘生卵を立てる話’を、天声人語にお書きくださったことがある。
 その卵を立てる面白さを伝えた方が、当時、辰濃さんの助手をしていらしたということを知った。現在はジャーナリストとして活動をされておられる。
 数年前に『アエラ』に、立教大学での私の授業を取材し載せてくださった方だった。
 二代にわたるご縁である。
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本格的に新学期が始まる

2008年04月17日 19時28分04秒 | Weblog
 今日で、2008年度の新学期になって、すべての教室が開いた。
 大学で新しい学生と出会う。朝日カルチャーセンターにも、はじめての方がみえる。

 実は、この時期、授業やレッスンのある前日と明け方の眠りは浅い。途切れ途切れに夢をみて、睡眠が妨げられることがある。
 頭の何処かに授業やレッスンへの思いがあること、どんな学生だろうか、新しく受講される方はどんなかただろうか、想像も予想もつかない状態が多少の不安感を引き起こすのだと思う。

 実際に学生や受講される方の前に立ってしまえば、そうした不安は一挙に消えてなくなる。そしてメンバー構成によって、内容はその場で変わってしまう。と言っても、その日の予定稿は大きく変化しないが、盛り込む器が変わるのだ。
 
 今日は二コマのクラスともに、男子と女子の混ざり具合が丁度よく、いい雰囲気で授業運ができた。
 気持ちよく新学期が始まった。

 また、来週からは剣道場の喧騒が避けられる部屋を、早々に、用意して下ったことを知った。
 これで土曜日から、安心し落着いて授業とレッスンに集中することが出来そうだ。
 お蔭さまです!
 
 ひとつ書き忘れたことがある。
 本日のクラスに、大学のシラバスから「野口体操公式ホームページ」を見て、そのセンスのよさに惹かれて、授業に出たいという聴講の男子学生がいたことだった。
 今の時代だ、と言ってしまえばそれまでだが、私としては非常に嬉しい。体育の授業は、すでに単位を満たしているにもかかわらず、出席してみたいと思わせる魅力が、野口体操にもホームページにもあるということだから。それを受け止めてくれる若い学生に出会えた幸せ!
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