羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

静かなるほぐし、その後のその後

2012年01月31日 08時39分40秒 | Weblog
 これらのほぐしの姿勢は、座った姿勢か寝転んだ姿勢が多い。
 床に接しているからだの部分が広いということでもある。
 この場合、立った姿勢よりも鉛直方向への“直線的意識”は生まれてこない傾向にある。
 からだの力を抜いて、液体的に流れていくイメージでほぐすのだけれど、それでも鉛直方向感は持ち続けたい。 崩れる方向は接しているからだの真下であり、中心点のような「場」を探っていくことになる。案外それが難しい。正座している、結跏趺坐の姿勢をとっている時の脊柱は、直立姿勢であるために、鉛直方向感は掴みやすいかもしれないが、その場合でも余分な力みがあると鉛直軸を通すのは難しそうだ。
 多様なからだの動きをする場合には、脊柱はまっすぐ伸びている(S字曲線)わけではない。動きにつれて湾曲し、動きの方向に微妙なたわみが生まれる。
 そのなかで鉛直軸をその都度感じとる感覚を大切にすることを忘れやすい傾向にある。そうした感覚を掴むだけでもかなりの時間がかかってしまう。厳しい現実だが、実際に筋肉が緩まなければ、その実感はついてこないからだ。
 表に現れる形のことではない。からだの内側の小さな微妙なほぐれ感を捉えることからはじめる。

 足で立った場合も、正座や結跏趺坐の場合も、野口体操の静かなるほぐしの場合も、鍵となるのは「柔らかな鉛直軸」を通す感覚を養い磨くことだと思う。人間のからだは鉄の棒のつながりではない。鍵がかかって動かない関節では困る。全体として緩やかな変化に対応する関係を保つには、余分な力が抜けることが第一条件である。
 丸ごと全体のからだの動きの質感の中身に、液体的というイメージが定着してくれたら相当にほぐれていると言いえるのだろう。
 このテーマは言葉にのせて書くのは難しい~。
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静かなるほぐし、その後

2012年01月30日 18時37分45秒 | Weblog
 土曜日のクラスで、はじめて丁寧に「静かなるほぐし」を、時間をかけて行った。
 日曜日は、同じテーマを撰ぶことに躊躇いがあったが、テーマは同じでも色合いを変えて提示してみた。
 両日ともに、感じたことは「静かなるほぐし」は、贅沢なテーマだということが改めて解った。
 自分自身のからだに向かい合う、その方法を前のブログに書いたことを活かしながら・味わいながら行うというのは、日常的にはかなり難しい。しかし、こうした向かい合い方をすることで、開ける世界は貴重な経験である。

 いちばん近いことを挙げると「只管打坐」、世俗にあってもひたすら坐禅に打ち込む時間をもつことに近いかもしれない。つまり、野口体操で選び出した一連の「座位によるほぐし」に徹すること。
 ただしこの行為は、老師を撰ぶように、指導者を撰ばなければならない。教える者にはそれ相当の覚悟が求められる。

 土曜日のブログに書いたことを長期にわたって継続することは、もっと難しい。
 自分と世界の対話、自分と社会の距離感。「只管」という行為は、或る意味で人生を、或る事柄に投げ出すことでもある。お任せする行為であるから安易には入っていけない。
 しかし、自分のからだを「静かなるほぐし」に委ねることは、自分自身によく気づくことである。
 そして対峙した世界や社会に対する理解が深まるところまで到達しなければ、一生を棒に振りかねない。
 よい意味での「ちょうど良い折り合いのつけかた」を身をもって探り、身をもって経験することでもある。折り合いを「距離感」と言い換えることも出来る。「距離を測る」「間合いをはかる」、その感覚を磨くことであると言える。これが、実に、難しい。

 ほぼ15年、徹底して「静かなるほぐし」を行っていたという自負をもっていた。いや、本当にそうかな?自問している。
 ここに身を置くことは、はじめのうちこそ苦痛を伴った。
「こんなことをしていたら、社会人として生きられない」
「自分の人生はいったいどうなるのだろう」
 そうした問を繰り返したこともあった。
 しかし、そこにはまってくると、居心地のよさが感じられるようになる。
 もっと先がありそうだ。もっと豊かな身体を生きられそうだ、と思えてくる。
 同時に自分自身のなかで「ひとり完結」していく穴に嵌まってしまう危険もはらんでいた。事実、穴に嵌まったのかもしれない。そこから這い上がれたのは、野口の死後だった、と今は思う。
 つまり、野口体操の面白さは、ある種の危険をともなう身体との対話でもあった。

 しかし、外の世界ばかりに気をとられ、常に他との競争に身をさらし、他人の下す評価を気にして、本当に生きたい自分を押し殺して生きざるを得ないなかで、時として自分のからだと静かに対話する時間をもつ、たとえば坐禅に只管な自分を得る、そうしたことの意味を実感できたことは確かだった。
 
 そんな中で「野口体操の身体思想を社会化することができないだろうか」という思いをしっかりと自分が受け止めるには、十数年が時が必要だったし、行動を起こすにも時間が必要だった。むしろそうした行動をとることで、どこが間違っているのか、どこが危険なのか、どこに確かなことが潜んでいるのか、を考えるきっかけをもらえた。

 忙しい日常、変化に追いつくだけの日常、変化に追われるように何かにしがみつく日常がある。そこからちょっとだけはずれて、本来の自然さに身を浸し満たす時間を得るということは最高の贅沢であると、今回、土曜日と日曜日のレッスンを終えて、確信した。
 他者とのかかわり、家族との絆を断ち切ることではない。外側に開かれたコミュニケーションを否定することではない。むしろ絆を結ぶために、本来のコミュニケーションをとるために、欠くことができない前提条件であると思う。
 野口の言葉を借りるなら『多様な価値観の究極である“個の自由”を求める営みが体操である』。
 自立した個人があってはじめて他者との本当のコミュニケーションが成り立つのではないか。
「静かなるほぐし」は、私にとっての「只管打坐」であったが、他の誰かにとってもそうあってほしいと願っている。それを伝える教室がある、ということの幸せ。
 そうはいっても、自分自身、まだまだだなぁ~、という深い感慨!に浸ってます。
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「静かなるほぐし」それを世間ではストレッチという。しかし、野口体操では……

2012年01月28日 11時44分58秒 | Weblog
 本日、朝日カルチャーセンター土曜日クラスのレッスンは、野口体操に出会って、まず最初の15年間は徹底して行った「私の内なる静かなるほぐし」のありようをお伝えする。そう思いたったのは、今週の水曜日1月25日NHK「ためしてガッテン」を見たことだった。
 終始、方法に徹してみたい。いちばん大切なことは「とらわれない自分」であること。
 板書の一部をここに記しておきたい。


※NHK「ためしてガッテン」を見た。「前屈運動」が固い人は、血管も固い。概して脳梗塞や心筋梗塞になりやすい傾向にある。言ってみれば、「硬いということは、血管内側の壁をつくっているコラーゲンが、糖化して黒く硬くなった状態」にある。それを元に戻すには「ストレッチ」が有効である、と結論づけていた。
 まったく間違っているわけではないが、まったく正しいわけではない。
 ただし、からだが柔らかいということは、生ものとして快適に生きる一つの条件である。
 私が野口体操に出会って、少なくとも15年間はやり続けた「静的なほぐし」を、時間をたっぷりかけて贅沢な条件でお伝えする。

*イメージとしてからだを裸にし、なにがあっても受け入れる覚悟をする。
*その一方で、頭に浮かんでくることを流し、取り合わないこと。
*ここ(教室)では、周りでどのような動きがあっても、集中を途切れさせないようにする心がけをもつこと。
*具体的には、音を聞き流す。他者の動きに対していちいち反応を返さないで、とらわれないように心がける。
*体の重さを分けて解いて、浸たす、溶かす、満たす。
*呼吸(息を吐いている)しているだけの自分を味わう。
*内側から伸ばす、ほぐす意識をもち、或る程度ほぐれを実感できるようになったら、筋繊維一本ずつ分けてほぐして、丁寧に伸ばすイメージをもつこと。
*一回目は「揺れ」を活かしながら、二回目は「揺れ」を止めて行います。
*呼吸は、吐く息だけを意識します。
*反動を付けないように。じわじわと伸ばします。どこが伸ばされているかを体の内側で探りながら行います。
*途中でトイレに行きたくなったら、行ってください。用を足したあとの快感を、じっくり味わうように。
*目は閉じても閉じなくてもいい。そのときのからだに任せること。
*最後に「座禅」をして、「ヨガの逆立ち」で、一つのまとまりを持たせる。
*野口先生の言葉『痛いという一言に逃げ込まないで、痛みの質感を味わう』
*違いのわかるからだ(私)になろう。
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Morocco Style

2012年01月27日 08時47分30秒 | Weblog
 2月末には87歳になる母から、以前のような毒舌が消えて久しい。
 言葉数も少なくなってきた。その様子を見ていると、寂寥感と孤独感が、いつの間にか彼女の日常を覆っていく面積が広くなっているようである。
 日暮れ時から夜がいけない。つかの間、亡くなった人が生き返るのである。短い時間だけれどそれって凄く辛いと思うね。

 そんな母だが、夜の静寂のなかでトイレに立っていく気配が感じられる。気配なんてもんじゃない。パタパタというスリッパの音で、目が覚めるのである。
「靴下をはいているんだから、夜中はスリッパを履かないで」
 言わずにおこうと思ってはいたものの、或る日の朝、とうとう言ってしまった。
 当然のこと、機嫌は悪い。
 しかし、いつの間にかその言葉を受け入れてくれていた。
 さて、私としては、なんとか音のしないスリッパを探そうと、昨年末からイメージをつくっていた。
 裏はフエルトで柔らかく、足の大きさからいって小振りのもので、柄はタータンチェックみたいなスリッパだ、と。

 実はそうした条件に合う物はなかなか見つからなかった。
 で、昨日、新宿伊勢丹6階で開催されているのチョコレートフェアに向かうのに、エスカレーターを使ったときのこと。5階の踊り場で、ふと横を見ると「ルームスリッパ」の冬物一掃セールをしている。迷いなく途中下車した。残り物とはいえ、さまざまな種類が売り出しされている。一つずつ手に取ってみる。しかし思い描いている条件にピタッとくるものには出会わなかった。
「パタパタ音が出ないのはありません?」
「それならこちらです」
 豊富な色揃え。赤・黒・濃緑・薄緑・焦げ茶・ピンク・黄・濃い紫・薄い紫・オレンジ、一足一足が見事に鮮やか色で染め上げられた皮にビーズとスパンコールで放射状に花らしきものが刺繍されているものをすすめられた。
「授業参観に持っていく方も、80歳90歳の方にも好評なんですよ」
「エエエッ」
 ちょっと身を引いた。そこは気を取り直して、手にもって見る。重さがない。
 決めた。
 色を撰ぶ。これが迷うのだ。あれこれ手に取って、結局は、歳をとると目が悪くなって見えにくいだろうから、明るく上品な薄紫を撰んだ。

 さて、帰宅しておそるおそる母に手渡した。
 足を通してご機嫌なのだ。
「ほら、見て、綺麗に光るわよ!」
 大成功だった。なんてたって「Morocco Stale」なんだから。つまり、ベリーダンスのあのイメージだ。
 暗い夜に灯りをうけて七色に輝くスパンコールにビーズたち。スリッパ前面いっぱいに刺繍されている輝きが放つ明るさ。いささか、家の中では、そこだけが浮き上がっている。
 でも、足には輝きがあって、今朝もご機嫌の母の表情にほっとした。
「女って、やっぱり光り物が好きなんだ!」
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今年もやってくるバレンタイン

2012年01月26日 19時03分22秒 | Weblog
 一昨年、伯父からもらったモンブランの万年筆に、ほぼ一年たってからネームを入れてもらった。
 洒落た書体の“MH"のイニシャルである。これはサービス。とても気に入った。
 数日前に、仕上がった連絡をもらったので、本日、新宿伊勢丹に立ち寄った。
 ついでに本館6階で昨日から開催されている「SALON DU CHOCOLAT」を覗いてみた。
 フランス、イギリス、ベルギー、スペイン、日本、等々、数えきれない店がところ狭しと並んでいる。
 始まったばかりなのでそれほどの混雑ではないだろう、という予測は見事に裏切られた。
「立ち止まらないでください」といいたいくらいの人出だ。女性が90%のなかに男性も交じっている。
 店側の人と言えば、外国人のチョコレート職人も来日しているようだ。立派な風貌の男性が椅子に腰掛けていたり、若いフランス人らしき店員も売り場に立って品物を販売している。
 試食できるコーナーには長蛇の列が出来ていた。
 すでに売り切れのチョコレートも続出している。
 その場で創っているものもある。

 味もさることながら、どれも見た目にも楽しいことが人気を支えているのだろう。まずは自分のためにちょっと高価なチョコレートを買い求める女性たちの目は、輝いている。
 試食もかねてバレンタインには、あの人、この人、そして本命の彼へのプレゼントを考えているのだろう。
 ささやかな贅沢を楽しむ人々。表情はとても柔らかい。にこやかで華やかな催しものであった。

 期間は1月30日までだそうだが、今年はどうしようかな?
 なかには女装の男性も真剣に品定めしている。
 そんなこんなで熱気に押され気味の私は、とりあえず見るだけで会場を後にした。
外気に触れて我にかえった。そこで、立ち止まって「明治の板チョコもプレーンで美味しい」と思わずつぶやいた、ワタシなのよ!
 ほーッ。
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逸品NHK朝ドラ「カーネーション」

2012年01月25日 13時11分25秒 | Weblog
 年明けてドラマもいよいよ佳境に入った。
 この物語が描く時代は、我が母、そして私が知っている時代とほぼ重なっている。
 独特の時勢の匂いとともに、懐かしさがからだを熱くする。
 たとえば「引揚者」「戦争未亡人」といった言葉が、東京では或る種の差別感を持って、微妙なニュアンスで囁かれていた。もちろんそうした方々に対して面と向かって言うことはなかった。子供の耳にも、よき言葉ではないのだなぁ~、という印象があった。

 さて、NHK朝ドラ「カーネーション」は、言ってみれば3人の子供を抱えた戦争未亡人の奮闘記でもある。そして道ならぬ恋の物語でもある。朝の時間帯でどのように見せてくれるのか、そういった期待感を持って見ていた。
「お見事!」としか言いようがない。
 子供同士。あるいは子供たちと母親との絡み、とくに今朝などは男勝りの孫娘と魅力的なおばあさんの二人芝居のシーンでは泣かされた。あたたかな心持ちにしてもらって、誇らしげに満足げに子供部屋に入っていったときの表情の次女のステキさ。等々。そして母でありながら女に目覚めていく主人公が、自分の足を丁寧に洗うシーンなど、男と女の情の通いがきめ細かく洗練された距離感で見事に描かれていた。
 そこに佐藤直紀さんの音楽がかぶさって、情感をよりいっそう美に高めていく。この作曲家は、今、絶好調に違いない。

 そこで思うのは「リアル」とは何か、だ。その問題を提起したのは「龍馬伝」だった。実は、言わずにおこうとずっと筆を止めていたが、やはり無理だ。ごめんなさい。ついつい柘植さんが今回も人物デザインで関わっている今年の大河ドラマ「平清盛」と比較してしまう。
 なぜ「龍馬伝」は上手くいき、「平清盛」は、今のところ見たくなくなってくるのか。
 ひとつにはリアルならいいというものではない、ということかもしれない。
 つまり、もっと削っていかないと、焦点がぼけるのだ。リアルであるなら、リアルを目指すのなら、そこには「引き算」が求められる。「抑制」が求められる。物語の密度の濃さだけで、とことん描き切ろうとするのでは息詰る、のである。あるところまで表現したら、あとは視聴者のイメージで自由に解釈できるゆとり、身幅・バイアスを残しておいてほしい。そのための引き算であり抑制なのだ。イマジネーションが喚起されないドラマは、どちらを目指そうと、逃げ出したくなるもの。

 話を「カーネーション」に戻す。
 で、15分という短い時間の中で、際まで歩かせて、行き過ぎる手前で、ころっと手を返す「手際の良さ」が光っている。これまでにない出来映えだ。これも引き算と抑制の一つの表現だと知った。
 子供の頃に私が感じた大人たちが小声で発する「戦争未亡人」という怪しげな言葉の色合い、母子家庭という差別語感、許されざる男女の関係、社会的には「負」の条件を、さわやかに見せてくれる技量が光っている。大河ドラマとは違った、虚実皮膜、映画を見るような快感を堪能させてもらっている。

 我慢できず、とうとう書いてしまった。
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継続

2012年01月22日 11時23分54秒 | Weblog
 昨日の朝日カルチャー土曜日クラスは、名実共に大寒であったにも関わらず欠席者は一人か二人を数えるだけで、出席率はたかかった。
 動くごとに「自宅では体操をしずらいの」という身体が発するメッセージが伝わってきた。
 難しさは空間の問題、日常の時間配分の問題、人間関係の問題、いくつでも挙げられる。
 しかし、怠惰に流れそうな気持ちをちょっとだけ払拭して、出かけて来る意欲を支えるのは、場のポテンシャル力に違いないと想像している。“そこに身を置く、そこで他者の動きに波長を合わせてみる”すると楽に動けてしまう!ことに加えて、移動途中の寒さや雨をも厭わず、外気に晒すことでしゃんとする身体があることを確認できるポジティブな時間を生きる。このことは、生きものとしてアンチエイジングの一つかもしれない。と思うようになった。
“年かいな?”と思える取り返しがつかないほどではない失敗や勘違いに気持ちが萎えることがある。そこでしぼんでしまわないで、とりあえず身繕いして、電車に乗って、教室に入って、体を動かす。そして仲間と会話を交わすことで、萎えた頚が立ち上がってくれる。
 じっとしているより出かけていって、人がそこにいるだけで情報となる場で、巡りをよくすることを継続して行う意味深さを、最近、頓に感じている。
 もしかするとレッスンをすることで、エネルギーをもらっているのは私かもしれない、とね。いや、私です。

 さて、2012年1月15日付け日経新聞「ゲイツ氏、中国接近の衝撃 小型原発、競争力が一変」『地球回覧』の記事を読んだ。
 電力需要の拡大で、IT(情報技術)からET(エネルギー技術)と言われる時代の潮流。そこに照準を合わせた氏は小型原発シェア獲得で、中国に急接近したという記事内容だ。
《米国関係者が驚いたのは、中国・ゲイツという強力連合に一気に競争力の重心が移り、原発輸出の国際競争の優勝劣敗を左右しかねないからだ》とある。FBIが重大な関心をよせているのは、開発中の次世代原子炉設計図とうり二つの精密設計図が、中国側に流出している事実が判明したこと。ライバル中国とゲイツ氏の動向に米政府が神経を尖らせている、と続く。
 この記事を読んで、世界戦争がエネルギー問題から引き起こされている歴史を思うと、見過ごせない事実として、継続して追っていきたい問題だ、と思う。
 同じIT業界にあって次に描く世界が、亡くなったS・ジョブズとApple社の方向と比べると、見ている世界・描いている世界が、全く異なることを思い知らされた。
 そんな動きから日本に目を転じると、なんともお粗末な顛末が見えてきた。原発再稼働問題で揺れているだけ。そして原発事故当初、熱に浮かされたように、時の総理とともに孫氏が高らかにメッセージを発した再生可能エネルギー開発は、どこにいったのだろう。更に値上げ問題に矛先を向けさせて、重要な問題を交わそうとする東電の姑息なやり方にごまかされてはいけない。
 私たちが、今、考えることは、環境を守ることと経済活動を活発にするために、下支えをしっかり行うことができる微妙な折り合い点を見つけることではないのか。ここには継続した知恵の集積が求められる。

 さらに新聞に目を落とすと、世界の研究者がこぞって「鳥インフルエンザ」研究を60日間停止するという記事だ。なぜ?と、読み進むと、テロへの警戒からだと判明。飛行機とビルがテロに使われた時すでに警戒されていたことだが、「病原体」「原発」、それらがテロ攻撃に使われる可能性が潜む時代に私たちは生き、子供たちを育てている。なんと恐るべき時代ではなのか。
 ここで、二度と戦争を繰り返してはならない、という思いを継続して持ち続けたい、と思う。

 さて、このブログ書きも今年の夏で満7年になる。その時、このような内容を記するようになるとは、予想だにしなかった。書かずにはいられない心の揺さぶりを感じているから仕方がないのだが、と言い訳を自分に言っている悲しさ!
 願わくば、よいこと楽しいこと美しいこと、ささやかな喜びや小さな幸福感、さわやかな情愛、それらが私のうちでかき消されてしまうことのないように、このブログを継続していきたい2012年正月も下旬なり、か……。(嘆息)
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商標登録、他今週の出来事

2012年01月21日 09時25分33秒 | Weblog
 いばらくブログの更新が滞っていた。
 先週の土曜日、朝日カルチャーのレッスンが終わった時、喉の一点にチクッと痛みを感じた。大したことはなかったが、翌日の日曜クラスではもう少し痛みの範囲が拡がった。
「もしや風邪?」
 帰宅して買い置きしてあったマスクを装着。とたんに痛みが軽減。他には風邪らしい症状もなく、自己判断で“乾燥による喉がれ”とした。
 翌日月曜日の朝は銀行によって払い込みを済ませ、御茶ノ水へ直行。駅からすぐのドラッグストアで喉に直接吹きかける“消炎のどスプレー”を手に入れた。これが滅法よく効いたように思えた。
 その後は喉の痛みもなく、順調に推移していったかのように思えた。
 外出には帽子、手袋、マフラーに加えてマスクが欠かせなくなった。
 月曜日、火曜日の授業を無事に終えて、水曜日には所轄税務署に行って、「源泉税」などという税金を納めた。電話ではラチがあかず、直接、行くことにした。とても親切に教えてくれて、無事に納税を済ませた。
 
 だが、納税することではじめて実感として得たことがある。
 グラフィック界の天皇と称される杉浦康平氏から戴いたロゴマークの商標権を平成13年に取得した。それが昨年のこと10年になって、切れてしまっていたのだ。そこでしばらく考えた結果、もう10年継続することにした。今度は10年前には図形だけだった出願を「文字を伴った全体」としての出願に切り替えたいと思い立った。
 今回は弁理士事務所を紹介してもらった。詳しい話は省くが、話を伺って出願申請手続きをとってもらい、お蔭で一安心の境地に達することができた。結果は半年以内にでるそうだが、おそらくクリアできることと思える。
 そこで源泉税の納税となった。
 これまでは丁度今頃の確定申告前に、「○○年度分報酬支払い調書」なるものが郵送されてくる。この件に関しては、来年1月に出願申請分と認められた暁にお支払いする成功報酬に対して納めた源泉税を、こちらから調書としてを発送することになるか、と思うと新鮮な実感がわいてきた。税金というものは払ってみてはじめて実感がともなう。税務署でもすぐにはわからなかった。どこに問い合わせたのかはわからないが、係の人が結論を出すまでに時間がかかっていた。その上で、私の納税番号を記入することを知った。
 税務署まで30分、支払いが済むまで40分近くの時間を要した。
 これからは銀行から送金すればよいのだが、こうした仕事をやっている事務方を尊敬する気分になった。
 こうした経験をしてみると、この件とは別の話だが、10%の消費税増税は仕方がないとしても、負担は大きくなるものだと実感した。やることをやってから増税してほしい、などと急に感覚が目覚めた。
 大きな買い物をしたときなどは多少感じていた。それでも5%までだった。他には天引きされていたり、内税になっていて税金込みの代金で支払うばかりだと、なんとなくやり過ごしてしまっていたことに気づかされた。自動車税の高い国、消費税の高い国の人々は、日本人とは感覚が異なることだろう、とはじめて思い巡らせた。この年になって、何ともお恥ずかしい限りだ。

 さて、話変わって、木曜日は、朝からくしゃみと鼻水に悩まされながらも2コマのテストを終えて帰宅。
 テレビの音とガスストーブのファンの音で耳が不快。9年前に煩った突発性難聴の症状を思い出す。
 金曜日の朝は、くしゃみも鼻水も止まっていたが、耳と鼻の不快感が残っていた。迷ったすえに一番近い内科の先生に診察してもらう。
「あまり風邪らしい症状はないですね。でも風邪かもしれませんね」
 処方された薬には、耳鼻咽喉科で出される抗生剤が入っていた。二回服用しただけで、夕方には不快感がすっかりとれてしまった。
 昨年末から慣れないことばかりがあって、ここで気をつけなさい、というシグナルだろう。
 今日のレッスンは、丁寧にほぐすことをしようと思う。きっと殆どの方が、お疲れに違いない。とりわけ乾燥がひどかったときに引込んだ喉の痛みやドライアイ、風邪等々で何らかの影響を受けている筈だから。

 ブログっていうものは、こまめに書いておかないと、話が行ったり来たりするものと、今、実感したところ。
 それでも書きたかったことが書けなかった。反省。
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NPO活動を支える寄付についての朗報

2012年01月13日 09時49分18秒 | Weblog
 本日、2012年1月13日(金)付け朝日新聞朝刊。
《震災ボランティア激減 被災三県ピーク時の10分の1》これを目にしただけで丁寧に中身を読まなくても大方の想像がつく記事だ。被災地の関係者らは「震災の風化がすすんでいる」と危機感を募らせている、とある。

 ところで被災地の復旧復興だけではなく幅広いボランティア活動を支えるNPOにとって、資金源確保が頭のいたい課題であることは、こちらも容易に想像がつく。
 で、強力な資金源の一つが寄付だ。しかし、日本では寄付文化が充分に育っていない。
 そういった情況の中で、毎週金曜日に配信される『週刊NY生活』のメルマガのなかによい記事(動画)があった。
『一般財団法人 ジャスト・ギビング・ジャパン代表理事 佐藤大吾氏に聞く』ー日本の寄付社会に新風を送り込むーである。
 日本では、震災後、昨年6月に寄付に関わる大きな法改正が2つあった。
 以下、週刊NY生活の発行人兼CEO三浦良一の言葉。
『ひとつはNPO法人の認定ハードルを大幅に引き下げたこと。簡単に言えば、3000円を100人から集めたらNPOとして認定してもらえるようになりました。そして税制改革。寄付をした企業、団体には、アメリカと同じように税控除を受けることができる、または、寄付金の半額を国から返してもらうことができる、そのどちらかを選択できるようになったそうです。寄付をする側は、寄付金の半額を国から返してもらえることになったので、寄付を受ける側のNPOには「申請額をこれまでの倍にしてみてはどうか」とアドバイスしているそうです。受け取る寄付額が倍になっても、寄付する側の企業の負担はこれまでと変わらないためです。』
 
 これから長い支援が必要な被災地の問題だけではなく、社会のいろいろな場面でNPO活動が求められる時代に、キリスト教的な文化が根付いていない日本としては、こうした法律ができることで、どこまで文化が育つかは未知数かもしれないが、ないよりはましだと肯定的に捉えたい。
 鳩山政権が打ち上げた「新しい公共」はどこかへ行ってしまった観がある。そうした中で、民間が担える社会貢献に活力を与えるきっかけになってくれたらよい、と思うのだが。
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遊びは遊び

2012年01月08日 09時37分10秒 | Weblog
 昨日のレッスンでは、十二分とまではいかないまでも、独楽を楽しんでいただけたようだ。

「いじわる独楽」「ベンハム+年末福引きのガラガラ玉出し独楽」「飛びたつ(龍・立)独楽」「夫婦独楽」「逆立ち独楽」「試作・新ベンハム独楽」等々。
 江戸の色は人をとりこにする。人の思いをのせた手で回されると、そこに渦が巻き起こり、文様がからまる。
 新作、静止の前に回転方向が逆回りすることで“飛び龍独楽”が運勢を占ってくれる。

 なんでよく廻ってくれるとそんなに嬉しいの?
 なんでよく廻らないとそんなに悔しいの?
 とにもかくにも廻ってくれると、もっと上手に廻してみたくなるのはなんでカナ?
 止められない、止められない、江戸独楽廻し!!

 気がついたら小一時間も“独楽まわし”に興じていた。
 止めていただいたときのザワツキ。大人だからブーイングはなかったが「もっとやっていたい!」のサインがあちこちから出されていた。
「子供がおもちゃを取り上げられるような気分でした」
 そうでしょ、それが独楽の魅力なのよ。大人だってとりこにされる江戸独楽の宇宙に吸い込まれるってこと。
 
 言ってみれば、興じることでホモ・ルーデンスの記憶を取り戻すに違いない。

《人間の行動は、人がそれを本能と混乱と野蛮な暴力とから解き放とうとするとき、はじめて人間の行動となるが、そのことを判定するたしかな基準とは、ほかならぬ遊びの精神ー明るい興奮、誰しもが持たねばならぬ創意、任意の規則の自由意志にもとづく尊重、これら三つの要素の入り混じったものーが存在しているかどうか、である》『遊びと人間』ロジェ・カイヨワ 『動的平衡2』福岡伸一 39㌻からの孫引きをお許しあれ。

 ルーデンス ludens(遊ぶ)は、loose=いい加減、適当、緩いと語源を同じくするとある。

 で、昨日の江戸独楽まわしの印象についてひとつ言えること。
「遊びは遊び、理屈はいらない。理屈を言ってはお終めいヨ!」
 明るい興奮が渦となり、福島独楽の創意工夫のおすそわけに共鳴し、自由意志にもとづく野口体操の動きがみるみる活性化されたようでありました。
 
 よい年明けになりました。
 福島さん、喜び、楽しさ、笑いのムーブメントをありがとう。
 末筆ですが、野口先生、ステキな遊びを残してくださってありがとう。
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学びは遊び 遊びは学び

2012年01月07日 12時22分37秒 | Weblog
 本日は、平成二十四年新春、朝日カルチャーセンター「野口体操講座」初回。
 いよいよ幕開けです。テーマは「視覚の遊び」。
 昨年末、江戸独楽作家・福島保さんの独楽たちが主役です。
 一つは「ベンハムトップ」、もう一つは「試作品で名前なし独楽」。
 双方とも回転によってあり得ない色が浮かび、回転数によっても見る人によってもさまざまに変容する「視覚の錯覚」を楽しむことができる独楽です。
 丁度、お正月に読んでいた『動的平衡2 生命は自由になれるのか』福岡伸一著 木楽舎 第一章『「自由であれ」という命令』の章にも遊びの問題が取り上げられていたこともあり、このテーマを撰びました。

 そこで問いかけ。
「学びは遊び 遊びは学び」と言うことは可能ですか?
 ここからはじめたいと思いました。
 我が国で「遊び」をテーマにする時には、かならずといってもよいくらい引用されるのが『梁塵秘抄』です。 ちょっと説明を加えておきましょう。
「梁塵」の「梁」とはうつばり(内張、柱上に渡して小屋組を受ける横木)のこと。「梁塵を動かす」という故事は、梁の塵も落ちる。転じて歌う声のすぐれていること。音楽にすぐれていることから“すぐれた歌謡・音楽”の意。
「梁塵秘抄」は、平安末期(1180年前後)「今様(現代流行歌)」と呼ばれる歌謡を好み自らの死後に伝承されなくなることを惜しんだ後白河法皇によって“今様の集成”を目的として編まれたもの。
 いちばんに有名な歌謡が次の歌です。
《遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそ動(ゆる)がるれ》

 もうひとつは『梁塵秘抄』の歌から本歌取りした歌
《君が愛せし綾藺笠(あやいがさ)、落ちにけり落ちにけり、鴨川に、川中に、それを求むと尋ぬとせしほどに、明けにけり明けにけり、さらさらさやけの秋の夜は》梁塵秘抄
《風にまひたるすげ笠の、なにかは路に落ちざらん。我が名はいかで惜しむべき、惜しむは君の名のみとよ》芥川龍之介 相聞二

 因みに、「綾藺笠」とは、藺(イグサ科の多年草、湿地に自生し、または水田で栽培する。高さ1メートルほど)藺の茎を編んで造り裏に絹をはった笠のこと。中央に突出部がある。武士の狩装束で、遠行または流鏑馬用。
 ついでに藺は夏の季語で、水原秋桜子に《藺の花を見て雨ごもり居たりけり》があります。

 そしてNHK大河ドラマ「平清盛」は、梁塵秘抄の歌が御簾の向こうの謎になっているようであります。
 さてもさても本日のブログは、ぐるりと廻って日本語の音の楽しさ美しさを感じるお遊びまでもしましたの。
 
 時は昼、いざ、参らん、新宿へ。
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本日より本格始動

2012年01月06日 08時21分36秒 | Weblog
 今年の目標は、シンプルライフ!
 何を残し、何を捨てるのか。
 
 一年かけて実現しましょう、シンプルライフ!
 どこまでできるか、年末が楽しみであります。

 というわけで本年もよろしくご指導のほどお願いいたします。
 目指せ、シンプルライフ!
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新しい年のはじめに

2012年01月01日 09時54分13秒 | Weblog
 新年を迎えて一年の無事を祈ります。
 今年もよろしくお願いいたします。

 龍は野口三千三先生が格別に大切にされていました。
 のぼり龍に夢を託して、一歩でもよい道へ歩みだしたいとおもいます。

      平成二十四年 元旦

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