羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

本の匂い街、富山房“Folio”にて……

2014年09月20日 08時19分40秒 | Weblog
 夏と秋が交差点にさしかかっている昨日。
 駿河台下に私は立った。
 右手に三省堂書店が見える。横断歩道を少し進んだ時、左手奥に“すずらん通り”の象徴、すずらんの花がデザインされた標識が半分かくれた状態で見えてきた。
 お昼時の神保町。
 私は、雑誌の取材を受けるために、お茶ノ水駅を下車して明大の駿河台校舎を通り過ぎて、交差点へと向かった。
 一歩、その通りにさしかかると、本の匂いが鼻に届く。
「あぁ~、懐かしい」
 野口先生がご存命の頃、ここにはしばしばやってきて、本を物色していた。
 待ち合わせの時間には、まだ、少しの余裕がある。
 美術書や演劇・映画を主にした古書店に誘われてしまった。
 ついつい古本は、Amazonで探す習慣がついてしまったことを、後悔する気持ちが去来するなか、棚の本を食入るように見ていた。
 いつの間にか時間を忘れている。
 いや、こんな時の過ごし方をするのは、何年ぶりだろう。久しく味わっていない心地よさだ。

 東京堂書店にも立ち寄って、新刊本も手に取ってみる。
 古書には古書の、新本には新本の匂いがある。ふと目を閉じて、匂いにからだを任せている。
「時を忘れるって、いいなぁ~」
 
 店内に時計は見当たらない。
「行かなければ」
 人でごった返している狭い道を渡って、富山房ビルの前に立った。
 お目当ての喫茶店は地下らしい。
 大きくカーブした幅広の階段を降りたところに富山房サロンFolio、その店はあった。
 扉を開けると、そこは一昔前の書斎を思わせる雰囲気が漂っている。
 正面奥には、夜になるとバーに変身するのだろうか、と思しきグラスがなんとなく見える。
 その瞬間に時間が遡った。出がけ前に自宅で見ていた谷原章介「男の食彩」“カクテル”のシーンに引き戻された。
 大小さまざま高さもまちまちの洋酒の瓶がずらっと並んでいるのが映し出された。
 カウンターの向こうには初老の品格漂うバーテンダーが立っていて、客を迎える。
 マティーニの作り方の説明を聞いていると、唸るしかない。すごいなぁ~!
「お酒が飲めたら、こんなステキな楽しみがあるんだわ。まッ、男の世界かも……ネ」
 組み合わせるお酒のなかに微妙な甘みを出し、微妙な香りを加えてつくられる絶妙なカクテルの味は、最上の贅沢に違いないなぁ~。
「あの瓶をみてごらん」
 一緒に見ていた母が、洋酒の瓶に目を凝らしていた。

 喫茶店の入り口に立ったまま、画面に映し出されたバーの映像が、一瞬間だけだが浮かんできた。
 目を右手にずらすと、すでに編集長とライターさんらしい二人が、すぐにそれと分る場所を確保して、私の到来を待っていてくれた。
 
 本の街、神保町ならではの店の一隅に挨拶をすませ腰をおろした。
 雑談から本題に入りかかった頃合いに、佐治さんが到着した。
 それから本格的に、投げかけられる質問に答えていく。

 気がつくと、野口先生の思い出を熱く語っていた。
 こうして生誕百年のメモリアルイヤーに、自然な成り行きに身を任せるのも悪くない、と思いつつ話は佳境に入っていった。
コメント

胸まわし

2014年09月17日 09時18分36秒 | Weblog
 野口体操の動きの中で「胸まわし」は、多くの人を悩ませる動きである。
「上体のぶらさげ」、そのバリエーション「一息で何回かおろして起きるうごき」とか「一回、放り上げて何回か弾ませるうごき」等々、文字を見ただけでは予想がつかない動きがある。
 十中八九、はじめて見た人は、その異様さにたじろぐこと間違いない。中には「美しい!」とおっしゃる方がいることはいる。が、しかし、極稀なる御仁である。
 実際に、動けるようになるとこれらの動きの気持ちよさ・楽しさ・深い意味を感じて、虜になる。

 さて、「胸まわし」だが、ダンスの心得がある方は、はじめから形だけはつけられる。ただ、重さを活かした野口三千三がもとめる質感の動き、となると話は簡単ではない。彼自身、動きの質を伝えるのに、晩年まで苦労されていた。
 その遺品が残されていることに気付かされたのは、昨晩のことだった。
 それは『ガウディニスモ(GAUDINISMO)ーガウディのことば・形・世界ー』松倉保夫著 九州大学出版会 1984年3月30日発行 のページを繰っていたときのことだった。余談だが、アマゾンは古書を手に入れるのに重宝している。この本は個人商店の方が出展されていた最後の一冊だった。

 ガウディの“フニクラ(逆さ吊り実験)”に関する記述の元本になったもので、Web上で紹介されていた「カテナリー曲線」を中心に設計におけるさまざまな思考を探ることができる。
 なかでも「双曲線、放物線等」の小見出しがあって、円錐曲線について述べられていた。
 その「注」に、このような記述があった。
『円錐は、輪と交わる1つの直線を輪の周りに展開させることによって生する。この円錐を平面で切断することによって、双曲線、放物線等がその切り口に得られる。中略、面のπと2つの円錐に接する球を入れるとき、面πと球との接点FF’双曲線の接点となる。』
 この記述を読んで、私は慌てて蔵に二階へと駆け上がった。
 先生から戴いた「直円錐」と「円錐台」の木製の模型、そして磁性のある平らな紐と磁石の球を探し出した。
 木製のモデル「直円錐」は、水平面内で円を描くときのイメージ、つまり「胸まわし」と「腰まわし」を連続して行うときの身体内部に通り道をつくる具体であった。
 もう一つの「円錐台」は、”双曲面体”の具体であった。さらにそれを「螺旋」に展開する。
 このページのは、そのまま野口の脳の中をあらわしていたことに、気付いた!
 次に磁石だ。平らな紐に小さな球体の磁石をつり下げ、左右に上下させる。するとつり下げられた球は滑らかに行ったり来たりする動きを見せる。この滑らかさは、尋常ではない。この動きのイメージをもらって、まわす動きを行う。かつての授業を思い出した。
「“滑らかな動き”とは、このことー」
 あの時、目の前でその動きを見せられると、黙るしかなかった、のだった!

 いやはや、なんということか。
 直線的な動きから成り立っている従来の体操のアンチテーゼとして生まれた野口体操の曲線的な動き群は、発想としてガウディー建築の曲線群と共通のアイデアを見た驚きに、今、私は興奮している。
 紐にぶら下げられた砂袋、それを逆さまにしてフニクラ(逆さ吊り)実験を行うことから、Temple de la Sagurada Famila(聖家族教会)等々が設計されたという。

 なかなか面白い展開になりそうな予感に包まれいる。
コメント

野口三千三の遺言「たるませ曲線」とTemple de la Sagrada Familia

2014年09月15日 13時14分40秒 | Weblog
 先週末、佐治さんからのメール添付で、ガウディのサグラダ・ファミリア教会(聖家族教会)の身廊内部の情報が齎された。
 教会のあるこの場所は、9月11日、カタルーニャが18世紀にスペイン・フランス連合軍に破れスペインに組み込まれた記念日に、独立を求める50万人デモが行われたと、新聞やテレビのニュースで報道されている。
 9月18日にはスコットランドで独立を問う住民投票が行われる予定だが、カタルーニャ自治州は11月9日に住民投票を予定している。世界各地で分離・独立の動きが起こっている昨今である。
 州都バルセロナには、サグラダ・ファミリア教会をお目当てで訪れる日本人には多い。私の知人たちも声を揃えて「すごい!」とおっしゃる。ご本の指では数えきれない友人・知人の数である。

 とりあえず、Web検索で、当りをつけておこう。
 ガウディは仔細な設計図に代えて、紐と砂袋を用いて“逆さ吊り実験を置こなったことがわかった。
 たとえばゴシック建築のアーチは曲面が外側に開く水平方向の力がかかるため、“控え壁”や“飛び梁”が必要となる。
 そこで水平力をゼロにする形態を探し当てるために、ガウディは紐と砂袋で実験を行った。そして見つけたのが「カテナリー曲線(懸垂曲線)」だという。これは石造に最も適した架構の発見となった。
「重さ、バランス、これって野口体操じゃないの!」
 つまりカテナリー曲線を逆さまにした構造で、教会身廊内部が形づくられている。
 因みに、カテナリー曲線の「カテナリー」とは、“catena”ラテン語の「鎖・絆」に由来する。
 最初にこの曲線をあらわす式を得たのは、ヨハン・ベルヌーイ、ライプニッツらで、1691年のこと。この数式が、水平方向の釣り合いを考えると、重力下で左右二つの支持物によって張られた曲線として、柔軟な線上のたるみ(弛度)をあらわすモデルだそうだ。
 アーチ橋のような構造についても、カテナリーを重力方向に上下逆向きにした形状にすると、通常のカテナリーの逆に、すべての部材に圧縮力がかかることになって、力学的に安定する、とWikipedeiaにあった。

 ガウディの建築、セントルイスのゲートウェイ・アーチ、自然界ではクモの巣それぞれの糸も両端で支持されて張られている構造がカテナリー曲線であるという。

 色めき立った、私。
 さっそく、野口の最後のノートを開く。
「たるませ曲線」という文字は、平成9年12月4日(木)に、続いて12月8日(月)には、『たる(弛)ませ曲線(重さで、下にたるみ下(さが)る)』と『ふくらませ曲線(緊張エネルギーで、上へ伝わりふくらみ上(のぼ)る。)』とある。
 更に、翌平成10年2月11日(水)の記述には、『弛ませ曲線ーたるませ曲線』『膨ませ曲線ーふくらませ曲線』と漢字が当てられたものと平仮名表記が見られる。
 
 残念なことに、野口先生には、これ以上の時間が残されていなかった。
 ノートの最後の日付は、2月28日。およそ一ヶ月後の3月29日には、息を引き取られた。
 なんとも重い思いを背負って、9月13日、先週末の土曜日、朝日カルチャーのレッスンに出かけた。この日は、動揺を隠しつつ、中途半端な状態であったが、「カテナリー曲線」と「サグラダ・ファミリア」の話をし、「腕立てバウンド」や「ヨガの逆立ち」で探りはじめた。

 遺言は、しっかり残された。
 これからの課題である。

『素のままなまめかしさということの大事さをもっと大事にしよう。中枢神経系の誕生とその進化のうちひとつの頂点にある人間の脳の働きは、その素のままのなまめかしさに意図的な技術を加えすぎたきらいがある。原初の生命体のまっさらな状態に還ってみたい。生命のおきてに従って、自分が一からはじめる』
 珠をつなげたネックレース(ロザリオ)にことさら執着された。鎖をぶら下げて、さまざまに体操の理論を説明されていた。鎖・“catena”の縁は、どのような世界を見せてくれるだろう。
 上に書いた『』の言葉には、野口の思いが籠められている。
 この言葉をもとに、自然の美しさと人工の美しさの融合を図った建築家ガウディーに思いを馳せてみる。
 むしろ人工美の極にあるだろう「Temple Explatori de la Sagrada Familia」 をこの目でみたいもの。
「あぁ~、今のわたしにとって、スペインはあまりに遠し」ー嘆息ー。
コメント

華やぎ扇子

2014年09月12日 09時42分57秒 | Weblog
 おねえちゃま、と呼んでくれる女友だちから、文扇堂のお扇子をいただいた。
「おー、あなたも還暦」
 五歳下の午年。
 こちらからお祝いも差し上げないのに、ステキな記念品をいただいた。
 縁のある女性が扇面を描いているとか。これがものすごく洗練されている。
 歌舞伎の扇をたくさん手がけていらして、勘三郎さんの追善の扇面も彼女の筆によるものと、添えられた手紙にあった。それだけでもドキドキ、嬉しい!

 骨は黒漆塗り。特有の手触りが心地よい。
 要は白で、一点、色がきいている。
 扇面の表は馬の顔で、一見、それとはわからない。これほどの抽象で、馬をあらわす裁量はすごい。たとえば漢字の文字の画が相当に失われても、判読できるように、これは漢字文化圏に育った文化に違いない。
 他には、白地に鼠色の目がひとつ、顔の輪郭と思しき柔らかな曲線、淡い黄色がかった肌色が耳を少しだけ見せている。そして、なんといっても馬だから、太さと長さを変えたたてがみが象徴的に描かれている。それだけの意匠だが馬と判る趣向。
 表扇の右上には、裏全面の赤が斜めに回り込んで、細く指し色されている。
 上品でつややかな雰囲気が漂う還暦の祝いにふさわしい扇子だ。

 僅かにただよう漆の匂い。歌舞伎の華やかな舞台が、手に持った扇の中から立ち現れる。
 日本舞踊を習っていた幼い日々、名取りのお姉様方が黒漆の舞扇を手にして踊る姿に憧れたものだ。
 最初にして最後、たった一度だけ渋谷にあった東横ホールで、「藤娘」を地方さんを背に踊ったことがある。
 その時だけ許された黒漆の舞扇の感触をふと思い出した。我が父の交通事故を機に、七つの年でやめさせられた日本舞踊だった。それでも四、五年は、祐天寺にあったお師匠さんのご自宅にあるお稽古場に通っただろうか。舞台は小さなからだに大きかったことを思い出す。

 扇子は、時間と空間を自由に行き来させてくれる。
 文化が今でも息をしている。粋を生きるとは、そういうことだ。
 
 この場を借りて、お礼です。
 

 
コメント

野口体操をあらためる生誕百年記念

2014年09月07日 07時27分02秒 | Weblog
 野口三千三生誕百年を記念して、昨年からゲストをお呼びして講座を開いていることは、すでにご案内の通りだ。
 2013年8月には、演出家の鴻上尚史氏。(朝日カルチャー)
      9月には、映画「地球交響曲」監督の龍村仁氏(同)
 2014年3月には、俳優・舞踏家・大駱駝艦の麿赤兒氏(同)
      5月には、化石・鉱物鑑定家の神保寛司氏(高円寺・「石を愛でる会」)

 こうした対話を通して、野口体操の“これまで”と“これから”が見えてきたことは、どれもが貴重な企画だった。すべてに参加してくださった方には、近いうちに感謝・交換会を開きたいと思っている。
 また、毎回、朝日カルチャー「野口体操講座」を受講している方々に、スタッフとしてお力添えをいただいて、充実した講座や催しに導いていただいた、と感謝している。

 直近では、明治大学和泉体育館で行われた研修会では、非常に有意義なテーマをいただいた。
 2014年8月19日、全国大学体育連合主催・文部科学省後援「大学体育指導者全国研修会」である。
 
 2013年からはじめたこれらすべてのお題は「からだとの対話ー野口体操を再考する」で通してみた。

 その間、朝日カルチャーセンターの土曜日.日曜日の通常レッスンは、新しいテーマもふくめて、活発な発言を得ながら深め、新しい実技方法なども開発してきた。
 こうしたメモリアルイヤーの活動は、全体を通して収穫が大きかったが、いちばんの収穫は深刻にならず、楽しんで継続することができた、と感じている。その都度、反省することも多々あったけれど、全体の流れとしてみるとまずまずよろしい!方向を歩くことができた、と思っている。
 
 そこで、この場を借りていくつか書き残しておきたいことがある。
 一つ目は、野口体操の特殊性である。その特殊性がどこから生まれたのか。
 野口が生きた戦前・戦中・戦後~1970年代を俯瞰してみると、その歴史が野口にとって無縁ではなかった。むしろその時代、その時代に、体育教師・体操指導者として真摯に真っ正面から生きた姿が浮かび上がった。
 とりわけ戦時中から戦争末期、そして終戦直後からはじまったGHQ(CIE=民間情報教育局)指導のもとに行われた教育改革に体育が求められた問題等々が、より明確なこととして知り得たこと。
 その方向が、戦後69年を迎えた現在まで大きな影響を与え続けている現状も明確になってきた。
 そうした中での野口三千三の歩みが、いかに独創的で唯一(ユニーク)であったかも、よりはっきりと判った。
 つまり、野口体操が歴史の中で培ってきたことの大切な問題は、そのまま日本人の身体観を語ることになりそうだし、少子高齢化の時代にひとつの提案をし得る体操である、と確信を持つことができた。

 二つ目は、体操の実技に新しくはじめた動きがある。始まりは数年前からだったと記憶しているが、グッと進化したのはこの春以降かもしれない。どういう動きか、というと「背中合わせで腰をかけ、二人でからだをほぐしていく」ものだ、とだけ書いておきたい。近いうちに発表することができると思う。
 
 三つ目は、これから丁寧に確かめたいことだが、「腕立てバウンド」の基本とバリエーションの動きで起こっていること。このことも漠然とした言い方で、お読みなっている方にはまったく判らないことかもしれないが、とりわけ昨日のレッスンで、明らかになりつつある“「緊張」と「弛緩」”“「張り」と「緩み」”“男女の差”の問題、だ。

 四つ目は、生まれ持ったからだの質は、いかんともしがたい問題を内包していて、それを欠点とするのか、長所として活かすのか、さじ加減一つであること。長所は欠点だし、欠点は長所にもなりうる、という発想をしながら野口三千三は体操を見ていた、と確信を得ることができた。
 言ってみれば、野口体操を指導する難しさがここにある。

 今のところ、中途半端な途中経過報告になったが、没後満17年の2015年3月までには、まだ半年以上の時間がある。そのころまでには、まとまった形でリポートをまとめたいと心づもりしている。
 いずれにしても昨年から一年以上を通して、殆ど休まず、根気よく、おつきあいをしてくださった方には、本当にありがたい、と感謝しています。
コメント