羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

片恋

2008年09月29日 19時20分02秒 | Weblog
 昨日、今日と、気温は十一月だという。
 どうりで寒い。
 昨日は、一日の半分以上を夏の衣に長袖のYシャツを羽織っただけで過ごしていたら、夕方から寒気が止まらなかった。
 夜は足だけ湯につけて暖めて床に就いた。
 ところが夜中に目が覚めて、体温を測ったら、平熱よりすこし高めだった。
 うがいをし、売薬の風邪薬を冷蔵庫から取り出して呑み再び眠りについた。

 今朝は、すっきり。
 寒気もない。
 午前中は原稿の手直しに、午後は明日のレッスンと授業の準備に費やした。

 それにしても今日も寒かった。
 明後日は‘後の更衣’で、制服は冬服になる。
 慌てて引っ張り出してきたウールのセーター。
 プンプン……防虫剤の匂いが、秋の到来を感じさせてくれる。
 夏の疲れが出る頃に、風邪にはくれぐれもご注意!
 かくいう私、悪くならなくてよかった、とホッとしている。
 咲き誇っていた彼岸花は枯れた上にこの雨に濡れて、寂しげな風情になってしもうた。
 ちょっと早すぎる詩だけれど……

 片恋  …… 北原白秋

  あかしあの金と赤とがちるぞえな。
  かはたれの秋の光にちるぞえな。
  片恋の薄着のねるのわがうれひ
  「曳舟」の水のほとりをゆくころを。
  やはらかな君の吐息のちるぞえな。
  あかしあの金と赤とがちるぞえな。

 
 明治の詩のやはらかさ……
 ‘かはたれ’…… 秋の夕暮れ時に夢幻のごとく ちるぞえな……
  片恋は魂のおののき …… きっと
 
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秋彼岸

2008年09月27日 07時38分04秒 | Weblog
 お中日‘秋分の日’を中心に、前後3日。
 彼岸の入りから明けまでの一週間が終わった。
 
 季節は移ろう。
 今朝はすっかり秋の空気に変わっていた。
 昨日から、そろそろ夏物の洗濯や、片づけを始めていたが、初秋の晴れ間は、運動会日和と同時に季節のものの入れ替え日和でもある。

 さて、話は戻る。
 今年の彼岸は、珍しいことが起きた。
 といってもごく小さな出来事である。
 父の三回忌以降、墓参りに出かけなかった母が、どのような風の吹き回しか、一緒に行くと言い出した。
 なるほど。
 彼岸前に珍しく面倒がらずに髪染をしていたのはこのせいか、とあとから納得した。40代から始めたもののさすがに80代になってからは、億劫がることが多くなった髪染め。
 それでも続けてきたことを、できるだけ止めたくないらしい。

 そんなわけでお中日は避けて、翌24日に揃って出かけた。
 行きはタクシーで、帰りはバスと電車に乗りたいという希望をかなえた。
「今日は、楽しかった」
 こんな言葉を聞くなんて、初めてだ。
 そうとうお疲れの様子にもかかわらず、満足げな表情を見せてくれた。

「これでお寺さんにお別れが出来た」
 12月に七回忌があるけれど、それはそれらしい。
 自分の問題として、彼岸に墓参りをすることで、一つ、人生の区切りをつけたらしいのだ。
 翌日は、さすがに朝寝坊をしていたが、起きてきたときにはいつになく元気で背筋も伸びていた。

 晩年、野口先生もよくおっしゃっていた。
「70歳にならなければ、80歳にならなければ、年寄りの気持ちはわからないよ」

 それはそうかもしれない。
 しかし、年は若くても老いた人の心の襞に、少しでも触れることがあってもいいよね。
 最近は、母の毒舌が少なくなった。
 ところが以前にも増して‘予感’が当たるようになっている。
 ちょっと怖いな!
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銀ブラ……そして「おくりびと」へ

2008年09月24日 08時05分34秒 | Weblog
 旗日の歩行者天国が始まる少し前、銀座四丁目の交差点に立った。
 まずは‘アップル・ストア’に直行。
 店内は若者から中年の男女で溢れていた。
 お目当て、といっても買う気はなかったが、iPhoneにあわせるスピーカーを見に行った、というか聞きにいった。
 しばらくMacのコンピューターを触って店を出た。
 四丁目の交差点を有楽町方向へ、ソニービルに立ち寄って、ハイビジョン歌舞伎の映像を見る。
 生の歌舞伎の舞台よりはるかに美しかったが、色のグラデーションはもちろんのこと、シャドーが失われ遠近感のない画面に、戸惑いを感じた。
 ここはすぐに立ち去って、有楽町駅に向かう。
 ふと目を上げると看板が出ていた。
「おくりびと」
 平仮名を読む。
「これってサジさんがいいい映画だ、といっていた……」
 丸の内ピカデリーの1階チケット売り場には、10人ほどの当日券を求める人が並んでいた。
 その人たちを横目に、エレベーターに乗り込んで、迷わず9階まで直行。
 2階席‘Y-9’をすぐに手に入れた。
 時計を見ると1時3分前。
 席に座るとまもなく映画の予告編が始まった。

 映画は泣くためにある。
 映画は笑うためにある。
 映画は日ごろ忘れかけている思いを喚起するためにある。

 この映画で、初めて知った‘納棺師’の役割を……。
 人の死に最後の愛情を注ぐ行為は、哀しく美しく儚く崇高である。
 主役の本木は、オーケストラが解散になって、職を失ったチェリストという設定がいい。音大を卒業したものの行く末を見せられて、身につまされる私だった。
 しかし、チェロが果たしている役割は主役級である。なんてたって悲哀はもちろん、たまらないほどの生への愛おしさを表現しているのだから。

 そして随所にちりばめられた食べるシーン。
 人は生きるために‘食べる’。その行為がこちら側と向こう側をつなぐ。
 生きものの生を奪って、人は生きる。実に旨そうだ。いや、旨いのだ。

 そこにあらわれる遺体が語る人生。遺族が見せる憎しみや愛。
 すべてが省略されていながら、遺体は能弁に語るのだった。

 脇を固める役者がいい。
 山形の四季に、寄り添って生きる昭和の影たち。
 派手さはなくていい。でもそこに描かれているワンシーン、ワンシーンに包まれて、人とのかかわりの切なさを自分のこととして引き受けてしまうのだ。

 失踪した父と息子を結ぶ‘石文’に、次世代への絆を託す‘許し’が何ともいえない。
 いったい生の川原から、私はどんな石を拾い上げているのだろう。
 大切なことは、ごくごくありふれた日常の川原に転がっているはず。
 
 あえて、音楽が甘すぎるとは言わない。
 あぁ~、いい映画だった。
‘チェロと石’が家族をつなぐ‘赤い糸’だなんて、憎いね! 
 最初のシーン、麗しき若き女性と思しき遺体を拭きながら、下腹部に触れて戸惑う
本木の表情が忘れられない。
「あるんですけど???!!!」
 
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健康第一

2008年09月23日 08時15分57秒 | Weblog
9月20日(土)
13:30から18:30まで、‘讀賣新聞’編集局医療情報部記者の取材を受けた。朝日カルチャーにおける二時間のレッスンも受講され、受講の方々にも取材。最後は講師控え室でも、話が盛り上がる。記者さん、丁寧な取材をありがとうございます。

9月21日(日)
午後から、朝日カルチャーレッスン。心身共にお疲れの御仁も休まず。7月期最後のレッスンは、無事終了。新宿で買い物をして帰宅。夜、「篤姫」をみる。家定が出ていた頃の面白さがなくなる。ホントは、もっと白熱してもよさそうなのに。

9月22日(月)
一日のほとんどを思索に。8月~9月にかけて読んでいた本を整理。福田元総理の‘投げ出し会見’を聞いたとき「麻生で総選挙か」って思った。総裁選当日、まったく興味は削がれていたが、それでも選出される前後、テレビを見てしまった。テレビ東京の報道の方がNHKより面白かった。

9月23日(火)秋分の日。
朝日新聞朝刊「三菱UFJ,モルガンに出資ー最大で20%筆頭株主」「野村が買収ーリーマンアジア部門」の見出しに目が覚める。‘山一證券’が倒産した後、90年代後半から2000年初頭時代を思い出す。先週一週間、アメリカ発世界金融危機の記事を目をカッと見開いて追っていた。そして今朝の見出しだ。2003年7月に我が家の相続手続きをしたのでよく覚えているのだけれど、当時、日経平均株価はなんと7600円台、つまり4桁だったのよ。土地の路線価も低かった。資産のある友人が、銀行の‘ペイオフ’対策で、あっちこっちに預け替えをして、しばらくしたら次々と銀行の合併騒ぎ。「何のことはない、無駄な労力を使った」と嘆くことしきりだった。
 
 さて、いよいよ年末に向けて、流動の速度と激しさが増すのだろう。
 何も出来ない庶民としては、実際はちょっと無理なんだけど安心できる食材を求め、自宅でその日に調理したものを食したいもの。まだまだ9月10月は、食中毒の危険があるのだから。
 何が大事って‘健康’だよね!
 さぁ、今日も一日元気で過ごせますように。
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iPhoneはアジアで苦戦

2008年09月20日 11時35分54秒 | Weblog
 今日のブログタイトルは、gooニュースの中にあった。
 日本を始め中国もインドも普及には苦戦しているらしい。

 で、日本の携帯電話が使いこなせないくらいたくさんの機能が入っていることをその記事で初めて知った。(←遅すぎるぞ!)
 さらにその機能を使いこなしている人が少ないことも判明。
 実際には、多くの人が機能の5~10%程度しかいかしていないそうだ。

 話を戻そう。
 確かにiPhoneは高い。
 思っていたほど人気がでないので、とうとうソフトバンクは、携帯使用料金を値下げしたらしい。
 正直なところ、その値下げ広告につられて、買う気になった。

 そこでiPhoneがやってきていちばん最初に感じたことは、自分のパソコン環境が、ゴタゴタしていることに嫌気がさしたことだった。
「周りをもっとすっきり片付けたい!」(←ところが無理)
 たった一つの機械? デザインなのだが、それが主張する力は大きかった。
 そしたら‘エモーショナルデザイン’という話が、コメントに入ってきて、なるほどと思ったのだった。

‘ものづくり’の思想が、内側も外側も・構造も機能も、使い勝手も、すべてがデザインに集約され反映されている。
 ひとことで言えば、これは遊べるのだ。楽しいのだ。

 では、誰にでもすすめるか、と問われればかなりの確率で‘ノー’と答えるだろう。
 やっぱりアップル製品は、‘もの’でありながら文化なのだ。
 文化には、いい・悪い以前に、‘好きか嫌いか’、相性というものがあるのだから。
 まぁ、アップルは株式会社だから、ビジネスに違いない。しかし、いわゆるビジネスだけとはいえないところ魅かれている。
 たとえ自分のなかの限度はあるとしても、文化は高くつくものなのだ、と腹をくくって買い物をした。
 キーボードの操作だけ取り出しても、いじっているうちに‘わかってしまう’その快感がたまらない。
 そして教えられたことがある。
 仕事場はシンプルがいい! 
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‘音楽という名の媚薬’再び

2008年09月18日 19時04分25秒 | Weblog
「ハトリさん、iPhone、なで撫でしているだけじゃダメですよ」
 ある人にそう言われた。
「それもそうだ」
 で、昨日から、時間をつくっては、少しずつ勉強をさせた、というか私がお勉強している。

 まず、前の携帯に入っていたアドレス帖をみながら、それほどの数でなはない電話番号やメールアドレスをiPhoneに移した。
 どうして手作業にしたかというと、いちばんの理由は、キーボードに慣れることだった。
 概ね使えるようになった。
 本来の打ち込み指使いは、アフリカの民族楽器である‘親指ピアノ’(反響版のついている木製の箱の上部板に長さの異なる幅の狭い金属片をピアノの弦のように並べて、その端を両手の親指で弾いて演奏する楽器)の奏法と同じ持ち方と扱い方をするようにアップルHPには書かれていた。
 
 この方法はちょっと難しい。
 ゆくゆく慣れてからでよいらしい。
 実際は、左手で持ち右手の人差し指か中指ときに薬指で、タッチ入力をしている状態だ。

 そして、本日は‘iTunes’の契約を済ませて、ためしに音楽を買った。
 ヴァイオリンの川井郁子さんのアルバムから2曲選んだ。
 それをiPhoneに同期する作業を、電話で教わりながら無事終える。
 今も音楽を聞きながら、このブログを打っている。

 ところが残念なこともある。
 そえは写真をブログに直接送ることは出来ないことだ。
 つまり、ブログで受け付けてくれる画像よりかなり大きかったからだ。
 ま、これは諦めて自分のコンピューター上で小さくしておくるのかなぁ~。

 そんなこんなで、今日までにちょっぴり‘おりこうさん’になりました。
 機械が? いいえ、わたしが。。。。。。。。

 何が嬉しいって、最近失っていた音楽が、とても身近に手軽に甦ってくれたこと、であります。
 お蔭さまで、音楽と言う名の媚薬を、再び手に入れました。
 
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iPhone 3G 手触りから引き出される五感美

2008年09月16日 19時26分04秒 | Weblog
「あぁ~、なで撫でするだけ!」
「あとは軽くタッチするだけ?!」
 
 ふらりと入った‘ソフトバンク’の店でのこと。
 自由に‘iPhone 3G’を試すことが出来た。
 ヘッドフォーンの音に全身が包まれる。

 出会ってしまったのが、運のつき。

 電話、メール、iPod、ユーチューブ、電卓、時計、カレンダー、写真、カメラ、メモ帳、まだまだある。

 手の中に入る小さなコンピューターは、機械と言う感じがしない。
 左手に持って、もう片方の手で、操作する。
 次々、面白い感覚が引き出されるお遊びが可能だった。

「この快感!」
 虜になってしまった。
 
 そして、昨日の夕方から時間があると、手に持って何かしら楽しんでいる。
 今朝は朝日カルチャーの事務所で御披露してしまった。
 なんでも二人目だそうだ。

 若い副担当のMさんが、昨晩のうちにサジさんがメールに添付してくれた‘月下美人’の写真の美しさに感動して、いつの間に壁に貼り付けてくれたらしい。
 電源を完全に切らないで二たび三たび立ちあげるごとに、画面にこの花が匂うが如く咲いている。
 
 花の上に日付けと時間がのってくる。時間までが美しく感じる。
 ロック解除をすると消えてしまうのが寂しい。

「これも一つのコンピューターだ」
 機械が入っていた紙のケースの手触りもデザインも抜群にいい気持ち。
 
 この感覚!
 この快感!
 とことん身体感覚のエクスタシーを極めた‘もの’を超えた‘存在(もの)’の世界だ。
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それってご趣味?

2008年09月15日 10時26分36秒 | Weblog
 小学校3年生まで住んでいた町には、煎餅を焼きながら売っている店が、家の近くにあった。
 一日中、おじさんが座り込んで、一枚一枚、丁寧に焼いている。
 あたりには煎餅特有の香ばしい匂いが立ち込めていた。
「焼き立てを頂戴」
「ダメだよ、乾いたのをもってきな」
 紙の袋に無造作に入れてくれたような記憶がある。
 当時は、煎餅に限らず、つくっている場所とつくっている人の顔が見えるものが多かった。
 スーパーなんてなかったものね。

 もう一件は、野口三千三先生が住んでいた西巣鴨の煎餅屋。
 先生のご自宅は旧中仙道から入ってすぐのところにあった。
 その旧中仙道を明治通り方向に歩いていくと、大正時代を思わせる古い建物の‘種苗店’を過ぎ、‘久保田病院’の数件先、通りに出る少し手前に、手焼き煎餅屋があった。屋号は失念。
 ……固焼き煎餅、ザラメ煎餅、海苔のついた磯まき煎餅、揚げ煎餅、そのほかアラレ類……、とにかく良質の米の天日干しされた生地は、歯ざわり・噛みごたえ、もちろん味、すべてが文句なく美味しかった。
 しかし、どうかなぁ、今でもやっているのかしら。

 個人経営のこうした店は、後継者もなく、町から姿を消している。
 もし、続けようとするならば、ほかに収入を得るものがなければ、煎餅だけでは食べていけない。
 
 たとえばクリーニング屋も然り。
 我が家の近くで、今でもきちんとした仕事をする創業80年のクリーニング屋が一軒になってしまった。ここの料金はかなり高い。
 それでもぎりぎりの経営だと言う。
「うちは息子がついでくれるんですよ」
 奥さんは嬉しそうだった。
「この上にマンションがありますから」
 小さいが3階建てのビルになっている。

 他にも永福町の親戚の家のそばには「梅花亭」と言う屋号の和菓子屋がある。
 役者のような面立ちの初代はとっくに亡くなったが、‘最中’は客の顔をみてから注文の数だけ餡を詰めてくれる店だ。
 そこは息子さんが一級建築師になって、いつの間にか立派な自宅件設計事務所になっていて、その一角に小さな和菓子屋が残してある。

 こう書きながら、複雑な思いがする。
 昔ながらの個人商店を営むには、資産がなくてはやっていけないなんておかしい、と思いません?
 それって趣味ですよね。
「いやいや文化をのこす気概です」
 不謹慎って怒られそうだけど、なんか笑っちゃいますよね。
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老老老介護!? 写真版

2008年09月14日 08時09分56秒 | Weblog
 
 前のブログの写真です。
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老老老介護!?

2008年09月14日 08時04分49秒 | Weblog
 昨日、日経新聞の夕刊、一面の下、二段組から。

 60  還暦
 70  古稀
 77  喜寿
 80  傘寿
 88  米寿
 90  卒寿
 99  白寿
 108 茶寿
 111 皇寿

 はっきり年齢がわかっていたものと、そうでないものが確かめられた。
 108歳や111歳があるなんて知らなかった。
 で、その脇におばあさんの絵がのっていて、添えられている言葉。

 《孫が古稀、娘が米寿で私は茶寿。》

 一瞬、笑ってしまった。
 次の瞬間、エエエッ……‘老老老介護’か!?
 おっそろしや、おそろしや。

 何の宣伝かと、最後に確かめたら‘養命酒’でした。
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この人は、エヴァンジェリスト・伝道師だ!

2008年09月12日 19時16分49秒 | Weblog
 昼間の残暑は、時計の針が5時半をまわったころから、少しずつ影を潜めていった。
 そのころ、ぼんやりしていた月は、今しがた見ると秋の輪郭を見せ始めている。

 さて、昨日から二日間、仕事の合間に老後の設計を考えていた。
 30代からの20年は、いろんなことができそうな希望と迷いが交錯している。
 ところが60代からの20年間を想像すると、胸の中心にスーッと流れ込む冷たい風を感じる。
 出来ることが限られてくるある種の落ち着きのなかに、なんとも言いようのない寂しさを運ぶ風なのかもしれない。

 それにしても3年後の予想もたたないのだから、老後のことなど考えようにも、とっかりが見つからない。
「これまでの人生は、概ね‘よかった’?」
 もうひとりの自分が問いかける。
「はい。いろいろありましたが……。有難いことに、これからもそんなに悲観してはいません」
 答えるもうひとりの自分。

「まぁっ、いいか」
「あんたはいつもそうなのよ」
 もうひとりの自分が咎めつついう。

 自問自答しながら、そばにあった本を開いた。
『ジョブズはなぜ天才集団をつくれたか』原題『The Apple Way』
 ジェフリー・L・クルークシャンク著 徳川家広訳 講談社

 信者とまではいかないが、Mac贔屓の知人の顔が浮かんできた。
 話の時代は1980年代から90年代を中心に現在まで。
 自分が生きている時間とピタッと重なり合っていて面白い。

 第七章「信者を育てろ!」で‘マック・エヴァンジェリスト’なる言葉を発見。
 福音伝道師を意味する‘エヴァンジェリスト’なるカタカナ語に、思わずニヤッとしてしまった。
 ヒッピー文化がパーソナルコンピューターの世界を切り開いたとしても、この本に書かれているビジネスの流儀に、キリスト教布教活動の色合いを感じてしまう。 この読みは、おそらく私の偏見と独断に過ぎないとおもうが。
「宗教は最高のビジネスモデル」と言われることもまんざらではない、とおもえるからだ。
 
 読みつつ、思い出したことがある。
 本日(12日付け)の日経新聞朝刊‘春秋’に、謎の肩書き「エヴァンジェリスト」というフレーズがあった。
 なんでも筆者が日本IBMに問い合わせたところ、「最上級の技術者だけが名乗れる肩書き」という答えがかえってきたそうだ。
《斬新な技術や思想ほど他人に理解されにくい。手の中で温めていても世の役には立たない。だからこそ「伝道師」の役割は重い》と言葉は続く。

 それに重なって、以前こんなことがあったことを思い出した。
 かれこれ7,8年前、社屋がまだ東銀座にあった電通を訪ねたときの出来事だ。
 もの凄く嫌味であくの強い50代後半の男性の方に、野口三千三先生が出演された「セゾン3分CM 人物映像ドキュメンタリー 野口三千三」を見せた時のこと。
 
 CMの最後にコピー‘お手本は自然界’の瞬間に、彼は叫んだ。
「この人は、エヴァンジェリスト・伝道師だ!」
 
 さすが野口体操の本質を、彼は瞬時に掴んだのかもしれない。
「野口は誰から啓示を受けたのか」
 彼の顔にはそう書かれていた。
「それは彼自身の内側に潜む‘デーモン’が、戦争によって封印を解かれ、顕在化したとは考えにくいのですが……」
 私は、答えを飲み込んだ。
 むろん言葉に出して問われたわけではないのだから……。
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雑談、憾談、諦談 …… そこから生きる!

2008年09月10日 09時51分12秒 | Weblog
 親戚のおじいさんの三回忌の連絡をもらった。
 しかし、仕事の都合で出席できない。
 そこでお詫びかたがた、塔婆料を添えた御仏前を届けに、先方の家を訪ねた。
 昨日、秋の日差しは結構強かった。
 1時間ほど世間話や12月の父の七回忌の相談をして、その足で永福町から原宿にまわった。
 年下の女友達と、久しぶりのランチの約束があったから。
 
 千駄ヶ谷方向に歩くこと10分。
 着いたところはビルの一階にあるイタリアンレストラン‘Mangia Pesce’。
 落着いた雰囲気の店だ。
 原宿、神宮前、千駄ヶ谷といった住宅地が控えているせいか、なかなか繁盛している様子だった。

 彼女が予約を入れてくれてあったので、待つことなく席に案内された。
 そこで2時間弱、ゆっくり話しながらのランチは美味。

‘社会医療’について勉強中の彼女とは、「認知症」と「認知症予防」のことなど、高齢期のGOLをいかに維持するのか、といった話題に終始した。
 
 たとえば、‘女性の場合’
 料理が出来なる症状が最初に出てくるような気がしている。
 料理は、日常生活のなかで火と刃物をつかう神聖な時間なのだ。
 したがってかなりの集中力が求められる……。
「人間を人間たらしめている基本的に重要な能力の一つだと思っているの」
 食べること大好き人間が二人で得た結論1。

 次は‘会話’。
 我が家の近くの認知症の妻を介護する夫の例。
 言葉のセンテンスが短い。
 今では‘止めろ、早くしろ、なにやってるんだ、ここがあんたの家でしょ、トイレはそこじゃない’と、怒鳴る声が鳴り響いている。
 妻を平手で殴ったり、突き飛ばしているような音が聞こえてくる。
「何事も起こらなければいいが……」
 皆がそう思っているが、他人の家のことには、口出しが出来ないのが実情。
 今では子どもたちも寄り付かなくなって夫婦だけの暮らしだが、四人揃っているときも大声で怒鳴りあう家族だった。同居していたお姑さんが逃げてきたこともある。
 ここまでくると、他人は何も出来ない情けない結論2。

 次に‘からだを動かすこと’
「やっぱり、野口体操はいいよね」
 我田引水的結論3。

 最後に「認知症は、老化の一つなのよね」

   ********
 
 手紙もいい、メールもいい、電話もいい。
「直接会って、話す時間はもっといい」
 夜になって、彼女からメールをもらった。

 しかし、しかしです。
 どんな老後が待ち受けているんだろう?
 ある話を思い出した。
「うちの大学の先生は、頭を使っているから、ボケないとおもっていたの。そうじゃないのよ。年とれば皆んな同じよ」
 東大図書館に勤めていた年上の知人の憾み節をきいたのは、十数年以上も前のこと。
 人は平等に老い、そして死ぬもの。
 
 雑談、憾談、諦談から導かれたこと。
「それが生きるってことさ!」
 
 寝床に入って、しばらく目が冴えていた。
 なぜか網膜に焼き着いていた御仁が現れた。
 昼間のレストランで、窓際でひとり食事をしていたご老人だ。
 それは映画監督のY氏だった。
 そこだけにスポットライトが当たっていた。
 老いの哀愁がこちらに漂ってくる。
 食事を終えて席から立ち上がった瞬間見えたのは、細身のからだに白麻のラフなスーツが似合って、背筋がしっかり伸びている姿だった。
 彼の佇まいからは、フランス象徴詩の香りが漂ってくる。
「歩けるうちが華だ。。。。。むにゃむにゃ……」
 いつの間にか深い眠りに誘われていった私。
 
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雨のあと……雑感

2008年09月08日 13時33分21秒 | Weblog
 昨日は、朝日カルチャー・日曜日クラスのレッスンから帰宅した夕方に、雷と雨に打たれた。
 駅で時間をやり過ごせば濡れなかったかもしれないが、一気に家まで駆け抜けた。常に持ち歩いている折りたたみ傘が、小さいながらも全身ずぶぬれ状態から救ってくれたのは、せめても有難いこと。

 一夜あけて、今朝、5時を少しまわった町は、久しぶりに気持ちがよかった。
 次第に白み始め、お日様が昇ると、僅かな時間の経過のなかで一日の晴天を予感するのに十分な明るさになっていった。
 町のほこりは洗い流され、気温はほどほど、早起きで得られた快感は、久しぶりのような気がする。
 いい匂いが立ち込めている。

 朝食の後は、濡れたものを外に干す。
 まず、靴には昨晩のうちに新聞紙を入れてあったので、裏側を表にして玄関の横に立てかけて日陰干しにする。
 大きく広げて室内に干したズボンは、すでに乾いていたものの、裏返しにして日干しにする。
 びっしょり濡れたリュックはハンガーにかけて、すべてのファスナーを開けて、中まで直射日光をあてることにした。
 そうそう、傘も広げて、外気にあてる。

 干す仕事が終わってから、上から下まで窓という窓を開け放して、掃除にいそしんだ。
 きれいに片付いた部屋に座って、しばし瞑想。
 すがすがしい9月の風に身を晒す。
 
 そして、今は、気温がどんどん上がって残暑の最中。
 まだまだカビが出たり、食べ物が腐りやすい季節を感じさせる。
 しかし、暑い寒いも彼岸まで。
 体内に一年時計を秘めているとしか思えない‘彼岸花’を、今年も拝むことが出来るのだろう。
 形といい色といい、‘蓮の花’と同様に、仏様には相応しい花だ。
 特に鬼籍に入った方々への秋の供養にぴったりの風情だ。
 灯明が燃えさかるような花の象は、それぞれの思いを炎のなかに映し出してくれる。
 
 こうして季節は確実に巡ってくるの……。
 あぁ~あ~。。。。。。
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リヒテルのバッハ

2008年09月07日 19時08分30秒 | Weblog
 突然、ピアノの音が聞こえてきた。
 旧ソ連の名ピアニストのリヒテルが奏でるバッハだった。
 曲は、平均律第一巻、1番の前奏曲。
 40年以上も昔に、初めてリヒテルの演奏をラジオで聞いたとき、からだの芯から揺さぶられた。
 戦慄が走る演奏とはこのこと。
 
 その演奏は、バッハが生きた時代・バロックの音楽ではなく、メンデルスゾーンが生きたロマン派の音楽としてのバッハだった。
 いや、ベルリオーズを思わせるロマン派的空間デザインかもしれない。
 
 低音、和声、そしてメロディーが鳴り響いて、たっぷりな情感溢れている。
 
 いてもたってもいられずレコードを手に入れて、毎晩のようにその演奏に浸っていた。

 加えて同じく第一巻、8番の前奏曲とフーガにいたっては、死の淵を覗き込みながらも、そこに光明すら見ているような畏れさえ感じさせてくれる演奏に酔わせてもらった。
 リヒテルは、グレングールドのバッハ演奏とは、対極にあるような音空間を創造している。
 熱い血が流れる人間として神と対峙し、五感を超えて此岸から彼岸を覗き見ているようなバッハ世界を表出している。
 ピアノの弦は、鳴らしつくされている。
 ペダリングは、教会堂の天井から降り注ぐように鳴り響くオルガンの音を思わせる。
 
「なぜ、急にリヒテルのバッハが聞こえてきたのだろう」
 よくわからない。
 が、あの時、人間にとって‘陶酔’とは、どんな身体的ありようなのかを考えていたような気がする。
 
 身体が潜めるぎりぎりに危うい閾値。
 そこで神に遭遇するような境界領域に近づく感覚、とでもいっておきたい。
 からだの奥にしまわれた音空間は、ときに表層にあらわれてくることがある。
 それは自分自身のからだが心地よく解かれているときのような気がする。
 突然にからだの中心から鳴ってくる音楽。
 
 なんとも不可思議な音空間に導かれたのは、午後のレッスンの途中だった。
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みさを

2008年09月05日 08時56分28秒 | Weblog
 昨日の話は、終わりになってとんでもなく遠くに飛んでしまった。
 以前にもこのブログに書いたことがあるけれど‘甘酒’は夏の季語だった。
 冷たい甘酒は美味。

 さて、本のこと。
 今年、4月に朝日新聞出版から上梓した『マッサージから始める野口体操』の影響なのか、約半年ほどの間に、他の本が動いてくれたようだ、と編集者の方から電話をいただいた。
 用件は別件だったが、雑談にそのようなことを聞くのはとても嬉しい。
 お蔭さまで、『アーカイブス野口体操』(春秋社)も『身体感覚をひらく』(岩波ジュニア新書)も増し刷りになった。

 野口三千三先生の『原初生命体としての人間』(岩波現代文庫)も、順調らしい。

 そんな話を聞くと、夢でもいいから「出藍の誉れ」って言われてみたい。嘘嘘。
 いやいやこういうことは自分で言っちゃいけませんよって言われそう。
 でも、この言葉はいいですね …… 青は藍より出でて藍より青し ……
 なんてたって私の名前は‘みさを’。まさに‘青’であり‘緑’なんです。
 
 つまり、このくらいの気概をもって残された生をまっとうできたら、しあわせだなぁ~、という気持ちなの。
 しかし、朝晩に感じられる秋風に、ちょっと弱気になっている今日この頃。
 なぜか夏を惜しむかのように、ドビュッシーの「海」が耳の奥でなっている。
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