羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

大つごもり

2013年12月31日 22時26分14秒 | Weblog
 今年も残すところ数時間となりました。
 お節の支度もすませ、流しの上の電気を消したとき、ふと、父と一緒に元日を祝うような不思議な感がしました。来年は十三回忌なのに。こんな体験ははじめてです。
 そして、しばらくの間、野口三千三先生や鬼籍に入られた方々のことを思い出していました。
 多くの方々に助けられてきました。支えられてきました。
 しみじみ思います。これも大つごもりならでは、と。

 無事に一年が終わります。
 ゆく年、くる年。
 来年がよい年になりますように。

 
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「あまちゃん 祭り」

2013年12月30日 17時58分49秒 | Weblog
 今、放送が終わった。
 朝からずっと放送されていて、つけっぱなしのテレビを時々のぞいて見ていた。
 掃除をしたり、門松を立てたり、玄関に凧を揚げ、独楽を飾り、二階の座敷に設えをする合間だったが。
 
 最後の1時間は、しっかりこたつに入って見てしまった。
「あまロス」現象が起こったことに、改めてうなづいている。

 理屈なく、いい朝ドラだった。
 心がほっこり、心がしくしく、最後は、涙があふれてきた。理由はわからない。
 三代のマーメードが織りなす日本人のドラマ。でもそれは日本を超えて、感動を与えてくれる。

    *******

 本日、火の用心の夜警が、最終日だ。
 地元を大事にしながら、三日月、かな?夜の街を町内会の皆さんと歩くことになる。
「火の用心、ご用心」
 子供が鳴らす拍子木に合わせ、町の顔役さんが鳴らす拍子木に合わせ「火の用心、ご用心」
 寒空の下、だんだんに暖かくなる。
 ドラマを見終わって、出かけるのが苦でなくなった!

    *******

 今年の前半、いいドラマを見せてもらっていたんだ!
 宮藤官九郎さん、いいねぇ~。最高!! 大友さんの音楽もよかった。出演者もよかった。
 みんないい感じ、です。
 ありがとう。

 
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暗澹たる年の瀬

2013年12月29日 06時26分15秒 | Weblog
 まず、昨日の良きことから。
 朝日カルチャー「野口体操講座」2013年の最後のレッスンは、無事に終了。
 一人、二人の方をのぞいて、全員が参加された。しばらくお休みになる方、曜日をかえられる方、地方の実家に戻られる方など、それぞれから挨拶をうけた。
 おかげさまで、一年をしめくくることができたことに、お礼を申し上げたい。ありがとうございます。
 そして最後の番外編として、学生に評判のいい、一青窈「ハナミズキ」、ゆず「友~旅立ちの時」、井上陽水「少年時代」を全員で歌った。体操の威力か、からだが本当にほぐれることの意味か、予想を超えて素晴らしく伸びのある声が、歌いはじめから出ていた。そんなこともあって、教室のあるカルチャー4階エレベーターホールまで歌声が響き渡った、と帰りがけに担当者の方から伺った。滅多に歌いませんが、気遣いを忘れていたこと。今後は気をつけたいと反省することしきり。

 さて、昨日に限ったことではないが、殊にレッスン終了後、教室で個人的に話を伺う中で、浮き彫りになったことがある。
 それは、高齢になった親御さんの問題を抱えておられる方が、多いということだった。
 私自身も同様で、他人事ではなかった。
 実は、先週で年内の大学授業が終わった。ほっとするのも束の間、母の肋間神経痛が悪化しさし歯が取れたりして、年末年始の休みの前に、整形外科と歯医者通いに奔走した。つまり、寝たきりにならないための手だてに精を出したというわけだ。
 その間、年末の始末や年始の支度を、時間をみつけてはじめてはいた。はかどらない!はかどたないことに半ば諦めて「これからはこんな状態が常態になるのだ」と覚悟をきめたものの、正直かなり辛いものがある。辛さの原因は、早晩、自分も高齢者として、起こりうるさまざまなことを予め見せてもらっているのだから。

 たとえば他にも、ご近所付き合いの延長線上にある“防犯パトロール”。参加して2年が過ぎた今年、新しい若い人の参加がまったくなく、これまで以上に高齢化がすすんで、すすんだだけでなく癌やその他の病気を抱えた方が、無理をおして活動を支えている現実である。
 このままでは街の中で支えあうコミュニティーを作ろうとしても、現実には非常に難しい。支えあうにも限度がみえる。
 それぞれが智慧をしぼって、破局を先伸ばし、実のところ介護支援を受ける以前の家庭にも問題が山積していることがわかった。

 そうした内側だけでなく、そとに目を向けてみれば、見苦しい都知事辞任劇を見せられた。かたや強引な手法で法律を通し、ごり押しで何事も進め、人道とはいえ何処にもはからず他国軍に武器を提供したことを事後報告されたことも記憶に新しい。
 更に、ここに来てご自身の鬱憤を晴らすことで、東アジアだけでなく先進各国、国連からも顰蹙を買う総理をいただいて新年を迎えることになってしまったことは憂慮以外の何ものでもない。権力を得ると慢心が頭をもたげていることに、気づかなくなるのだろうか、とまではいいたくないのだが。
 
 何とも、2013年、年末は、鬱鬱とした気分をからだの奥にしまい込み、なんとか明るく振る舞っている。誰しもが同様で、思いを潜めたまま、あの人もこの人とも暮れの挨拶を交わすのが、この数日のきまりになっている。

 そうした気分を引きずっている中、一冊の本にであった。
 今年最後の本のプレゼントである。いただいてから時間はあまりたっていない。まだ読みはじめたばかりだが、早朝、日の出前の静寂のなかで、“旅の随筆”を超えた哲学的な思索の本のページをめくっている。
 たとえば……トンガ王国に滞在し「最後の木の島」に思いを馳せる章では、ロナルド・ライトの『進化小史』から、想像と思索を巡らす著者・管啓次郎の言説は鋭い。
『最後の木を切り倒した人々には、それが最後の一本だということが見えていたし、もはや二度と島に木が生えないことも完全に確実にわかっていたはずなのだ。それでもとにかく、かれらは伐った』
 ポリネシア人が移住の地で行った自然破壊は、結局のところその民族を破局へと向かわせた。
 今、私たちが行おうとしていることは、『地上の唯一の生産者は植物だ』ということを忘れて、便利さを謳歌する文明を生きている。
 著者は破局へと向かう歩みを点検する小史から書きすすめていく。

(1)島の最後の木を切り倒した人間がいた。
(2)人間の文明=都市化は本質的におなじかたちをとる。
(3)過去一万年の気候の安定は僥倖でしかない。

 この三点をあげて、文明のもつ危うさを歴史軸にそって思索していく。
《生産、流通、消費、社会管理、自然の追求、知識の伝達、外敵との戦い、遊興、こうした人間の基本的営みが、ある程度以上の規模で運営されるとき、ヒトの社会はおのずから同型性をおびる。文化の個別性や多様性を重んじ、差異を賞賛することにぼくも大賛成だが、その一方で「普遍性」はどんどん評判が悪くなり、否応なく惑星化した人間社会の基本的メカニズムを考えることに、人文学はともすれば臆病になってきた。けれどもヒトという生物の種社会をつらぬく統一的な論理は、あるレベルではたしかに存在し、それは地球のどこでも似ている。そしてその抜きがたく似ている部分の収束が、現在の全地球化した資本主義世界のシステムを根本で支えていることにも、疑いの余地はない。》
 こうした前提で、普遍性の中身を挙げてくれる。
 これはすごく納得。
《「市場」を市場だと認識できるとき、初めて出会った者どうしでも交易が成立する。「王」や「兵士」をそうしたものとして認識できるとき、戦闘と征服が成立する。「僧侶」や「寺院」が認識できるとき、物質的実在のレベルを超えた権威や支配が成立する。「劇場」が認識できるとき、現実とそれを模倣する虚構という構図も成立する。こうしたすべての同型性の果てに、現代の地球社会があり、そこでもヒトはこれまでつねにそうであったように、貪欲で、渇き、永久に欠乏を訴えつづける》
 
 更に、ざっと一万年前に始まった農耕文明は、余剰食料を手にすることを可能にした。その大前提は、現在のような安定した気候サイクルに依るところが大である。管氏の言葉を待つまでもなく、地球約46億年、宇宙約140億年の悠久時間のなかで、たかだか一万年は、ほんの僅かな時でしかない。いつ、また今ある安定が崩れるかは、誰にもその時期を予測することも、そのことへの事前の対処も出来る筈がない。

 自然災害、食料危機、水飢饉等々、ひとたび局地的であったとしても破局がおこれば、ただちに全世界に波及する。つまり《「持つ者」と「持たざる者」がそのまま「食う者」と「食わざる者」に転換しても、それをとどめようという声はどれほどか細かいものになるだろう》と著者は言う。
 行を追っていこう。
 刮目!↓
《われわれの生き方、社会、生産から消費にいたるプロセスが、過去一万年の気候を前提としたものでしかないこと、中略。そしてヨーロッパが世界を一つのシステムにひきこんだ過去五百年の異常な革新が、世界全体を、すべてがすべてにむすびついた手に負えない錯綜体としてしまった現在、暴走はいっそう慣性を増して、とめどなく続いている》

 地球から離れてたかだか四百キロ程度であっても、地球表面を鳥瞰する目を私たちは手に入れてしまった。そこで、地球最後の木を発見して、それを切り倒す日がくるかもしれない比喩を残して、著者はこの章を閉じている。
 かつて最後の木を切り倒した民族はテレヴァカという名の山頂から、島全体を見渡して最後の一本を見つけ出した。
 現代、すでに惑星全体を鳥瞰する視線を手に入れた私たちには、テレヴァカにあたる山頂はないけれど、《手がとどかない遠隔視力のせいで恐怖に凍りついた人々が息を飲むのを尻目に、血走った目の誰かが泣きながら最後の木を切り倒す日が、いますでに生まれている子供たちの生涯のあいだにも、避けがたく訪れるのだろうか》

 おかれている環境から旅に出られない私個人的な嫉妬から、定住するのではなく旅人として通りすぎていく著者にその土地の何がわかるのだろうか、という思いで読みはじめた随筆紀行文だが、この章に出会ってそれは不遜であることを思い知らされた。
 現在の少子高齢化の問題を考える、あるいはグローバリゼーションとローカリゼーションの問題を考える前提に、このことを抜きにしてはならない、と今は思う。

 どこを旅するのか、何を見て何を聞くのか、何の匂いを嗅ぎ、何の味を確かめるのか。そして過去から現在・未来にどのような風を感知するのか。更に、更に、そこに立ち止まって何を思うのか。
 単なるノスタルジーを得るためではない。単なる癒しを求めるのでもない。単に文明の衝突を嘆くのではない。かつてのヨーロッパ人がオリエンタルなものに、上から目線で憧れを持ったような旅でもない。宗主国と植民地の関係に思いを馳せるだけではない。
『斜線の旅』という題名が、なぜつけられているのかの意味が伝わってくる一章である。

 つまり、詩人は、現実の世界が向かおうとしている路線をちゃんと変えるだけの力は持たないかもしれない。しかし、今、まだ、目には見えない、耳には聞こえない直線的な未来を見抜き聞き分け、車線変更を促す悲鳴を、感情のままに任せた怒号としてではなく、洗練されたレトリックで静かに訴えることは出来る、と読んだ。
 実は、私たちは何本もの斜線を手にしている。気づかないだけだ。一本道ほど危ないものはない。
 たとえば、過去の戦争が突き進んだ道には、斜線がその時々にあらわれた筈だった。しかし、気がついたところで車線変更を行えなかったさまざまな理由がある。いや、行う勇気を持てないうちに、時すでに遅し、泥沼のなかで身動きがとれなくなってしまったのだろう。
 
 さぁ~このつづきを読みたい。が、ここまでを備忘録としてまとめておきたかった。
 暗澹たる年の瀬に、早朝の時間だけは保っておきたい。
 不得意の政治や社会といった手に負えない問題ばかりではなく、私自身のことに目を向ければ、“来年は斜線に気づきなさい”という贈りものだったのだろう。きっと、そうに違いない、と、膝を打った。
 そして、ゆっくりと、指を折る……大つごもりまで、あと、二日ばかり。
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包助

2013年12月22日 10時07分36秒 | Weblog
 野口体操では、逆立ちの幇助を「包助」と捉えている。
 春秋社版『野口体操 おもさに貞く』102㌻を参照してみよう。
《私の逆立ちでは、補助は私の弟子の池田潤子が選んだコトバ「包助」と呼び、逆立ちするものと一体となり、「しっかり」とは別な、柔らかく温かく、しかもあっさりさわやかに、全身で包む感じ。「包(ホウ)(甲骨文字は省略)」とは胎児を羊水・羊膜・子宮・腹というように、幾重にもゆとりをもって柔らかくつつんで「みまもる」ことを示す字である。包助者の手は逆立ちする者の腹あたりに軽く触れることが多いが、まるごと全体のからだが「掌」になって包となるのである》
 そこから導き出される逆立ちの意味は《地球にしがみつくのではなく、母なる大地との一体感を豊かなものにするいとなみであり、地球の上にどのように存在するかの問題であり、人間にとって立つとはどんな意味を持つものなのかの問題であり、後略。》なのである。

 さて、昨日の朝日カルチャー「野口体操講座」で、今までにない包助の感覚を得たことは、今年の大収穫である。
 実は、野口先生の存命中、逆立ち練習をする私は、かならず先生に包助をしていただいていた。
 まったくはじめての時から、次第に逆立ちが楽になり、最期の頃には”逆立ちは楽で気持ちいい”を実感させていただいた。
 一言であらわせば、先生の包助は、先に引用した言葉通りなのである。
*無理矢理逆立ちさせない。
*締め付けない。
 重さの方向はこちら「↓」真下を示し、はじめからピタッと鉛直方向にからだの長軸を一致させてくれる。こうした包助の在り方は独壇場の「名人芸」だった。
 
 で、昨日の出来事は、すでにひとりで立てるようになってはいるが、さらにブラッシュアップをめざしている北村さんに、年内さいごのご挨拶の代わりに、立ちかかったところで手を添えて、包助を試みて実感したことだった。
 思い出してできるだけ言葉にしてみたい。
 野口体操の「ヨガ逆立ち」は、強引に止めることをせずに、立ち上がってからゆらりゆらりと左右方向の小さな揺れを味わいながら、中心軸を感じ取っていく。むしろ揺れることで中心軸がつかめるのだ。
 必ずしも「ここでしかない」という一点中心でなくても、慣れてくると重さを受ける“面”の自由度が増して、それなりの真っ直ぐ感がつかめるのである。
 
 そこで、はじめの内こそ腰のあたりに手を添えていたが、ゆったりとした呼吸に変化した頃合いで、からだの一部は寄り添うように触れたまま手を離した。
 ますます呼吸が深くなっていくのが感じられた。そして相手の体温がしっかり伝わってくる。
「あたたかい!」
 
 あたたかさを味わいながら、包助し続けるながら、相手との関係を保ちながら、地球とのつながり感を味わいつつ、私自身もからだの軸を探っていった。同時に、相手のからだのなかに、理想的な脳天逆立ちといえるような「ヨガ逆立ち」が見つかる可能性を感じつつあった。
 包助者としての私は、覚醒しているものの次第に“まどろみ感”にちかい、意識の置きどころを発見して、寄り添い続けていたのだった。

「こんなことってあるんだ!」
 包助に力はいらない。
 ただ微小の揺れがおこるたびに、僅かばかりの気遣いで、一緒に中心軸を探っていくだけだ。
 どのくらいの時間、立ち続けていたかは記憶にない。
 しかし、立ち続ける間、一瞬たりとも止まることはなく、海の水にプカリプカリと浮かんでいるような感じだった。
 北村さん自身は、頭で全身の重さを受けているわけだから、揺れるたびに多少の力は使わなければならない。したがって浮いている感覚にはならなかったのではないかと想像しているが……。
「ただ、そこに、地球とつながって逆立っている人に寄り添って、見守っている。ただそれだけ!」
 はじめての包助感だった。

 おりて来た時の最初に発した一言。正確ではないけれど
「ふわーっと汗がでてきました。いや~、もっと真っ直ぐになれる一点が、あたまの中心にあるってことが感じられたような……」
 すでに微調整の世界かもしれない。
 
 加えれば、ピタッと力が抜ける“点”がある。それにはあがっていく時の腰の回転軸をどこに持つのか。回転の滑らかさ。そして行き過ぎないで“回転が止まるところ”が見つかること。そうすれば足がふわっとあがってくる。それは非常に短い時間だが、ゆっくりしたスローモーション映像を見るような、たっぷり拡大された時間が感じられるようになる。
 その時、はじめて真上の方向を、からだそれ自身が“自然にそうなってしまう感”で、逆立ちできるようになるはず、なのであります。

 カルチャーのレッスンは、年内あと28日、一日を残すだけとなりました。
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石との語らい

2013年12月21日 09時28分51秒 | Weblog
 先週、土曜日の朝日カルチャー「野口体操講座」には、「元素鉱物」をいくつか持参した。
 炭素の例としてカーボンとダイヤモンド、自然鉄の代わりにギベオン隕石(鉄隕石)、貨幣金属の自然銅、自然銀、自然金等々である。

 ダイヤモンドは、レンズ仕様になっているプラスティックの中におさまっている。キンバレー岩の上にちょこんとラフ・ダイヤモンドが接着されているもので、下側からのぞくと如何に小さい物かがわかる標本である。
 とくに白い石英の中にある金に対する関心は強かった。
 これらひとつ一つは、一種類の元素からできている鉱物の代表である。
 まずは、人間の文化・文明は、鉱物との深い関わりにあることを伝えたかった。
 
 次に、人体そのものが、さまざまな元素で成り立っていることは、ことさら書くまでもないかもしれない、としても《元素のなかの「炭素(炭素結合)」が有機物の基本骨格をつくる》ということは、抜き書きし板書しておいた。
 これが地球生物は”炭素系生物”と言われる所以である。つまり、炭素は全ての生物の構成材料となる。
 余談だが、珪素系生物はSFの中でのお話である。

《人体の乾燥重量の2/3は炭素である。これは蛋白質、脂質、炭水化物に含まれる原子の過半数が炭素であることによる。光合成や呼吸など生命活動全般で重要な役割を担う》
“乾燥重量”という記述に促されて、野口三千三先生にいただいた人体がどのような元素によって成り立っているのかをあらわした本を思い出したが、すぐには見つからなかった。おそらく3・11の時に書棚から落ちて、その後片付けて行方不明になっているらしい。そこで今回は、Web上で調べることにした。
 人体を構成する元素は、酸素 62.6%、炭素 19.5%、水素 9.3%、窒素 5.2%、……、といった数字であった。
 一つの例として、体重70キログラムのヒトの場合に当てはめると、酸素45.5kg、炭素12.6kg、水素7kg、窒素2.1kg、中抜きで……最後はバナジウム1.5mgという数字だ。
 中抜きの元素は、カルシウム、リン、イオウ、カリウム、ナトリウム、塩素、マグネシウム、鉄、フッ素、ケイ素、亜鉛で、これに続く元素はmg単位のストロンチウム、ルビジウム、鉛、マンガン、銅、アルミニウム、カドミウム、水銀、セレン、ヨウ素、モリブデン、ニッケル、ホウ素、クロム、ヒ素、コバルトである。

 私たちのからだは、みごとに地球物質によってつくられていることがわかる。
 ヒトのからだのひとつの見方だと言える。
 岩石鉱物が生命の前に存在し、その期間が長かった!という実感を持つためにも、鉱物との触れ合いが大事なのだ、という野口先生の思いに、寄り添ってみたいと改めて思った。

『私は地球物質であり、地球のすべての生きものや無生物はみんな血縁関係にある。自分の「いのち・からだ・こころ」と呼んでいるものも、大自然の神から「一時預け」されたものなのである』
 
 年末の気ぜわしさのなかで、鉱物との語らいの時間は決して実利にはならないが、命の根源に思いを馳せながら、新しい年を迎える心身の浄めになってくれるのではないか、と感じている。
 
 こうして残された標本のなから選び出してみると、野口先生が興味と関心をもって集めたものは、収集癖とは違う意味があって、ご自身も認めていらしたように体系的でなくても「自然直伝」を実感させてくれる“ある系統(つながり・つたわり、ながれ、とおり)”をもっていることが、没後の時間の経過のなかで鮮明になってくる。
 
 本日の朝日カルチャー「野口体操講座」では、先週のテーマを下敷きにして、鉱物の「結晶(morphous)」と「非結晶(amorphous)」をテーマにするために、二つの水晶と一つの瑪瑙を選び出したところだ。その他非結晶のものは、これから見つけよう。
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Webの作業にドキドキ

2013年12月18日 19時06分39秒 | Weblog
 12月は、毎年のこと、次年度のシラバスつくりに緊張する。
 最近では全てがWeb上で作業を行う。
 作業の日は、時間がある程度たっぷりある時に行うようにしている。
 シラバスが終わって、年があけた月末には、Web上で成績を提出する。こちらはもっと緊張する。いくつもの鍵を開けながら、目的の場所にたどり着く。もちろん最高機密の個人情報だから、厳重なセキュリティーが施されていて当然なのだけれど、はじめての時には非常に面食らった。“s”が足らなかったり、1とIを間違いたりして、最初からはねられたりするからだった。

 あぁ~、あと8コマのシラバスを、今週中に作成したいと思っている。
 無事に終えたいのであります。
 
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「アイルーペ」がもたらしてくれた切なさの感情

2013年12月10日 09時55分56秒 | Weblog
 手巻き式の腕時計が、使われなくなって、どのくらいの歳月が流れただろう。
 野口体操を始めた頃は、時計をはめる前に竜頭を右手の親指と人差し指に挟んで、前後に軽く巻く。それから時間を合わせて腕にはめる。時に耳元に時計を近づけて、カチカチカチカチ動いていることを音で確かめたりもした。
 思えば時計と言えば機械式時計が使われている時代は長く続いた。

 さて、先週の土曜日のこと。いくら練習しても「アイルーペ」がうまく嵌まっていてくれないことに、時間切れを感じて、朝日カルチャーにいく前に、勇気を出して近くの時計店に立ち寄った。恐る恐る店内の様子をうかがって、お客がいないことを確かめた。
 時計職人の男性が、アイルーペをのぞきながら、時計の文字盤を見ているようだった。
 年齢は70歳くらいだろうか。街から時計店が消えていった。残っている数少ない店のひとつだ。さらに腕のある職人さんがいる店は殆どなくなって久しい。

 はじめは怪訝な表情をされたが、下まぶたと上まぶたに挟むやり方を教えてくれた。当然、双眼実体顕微鏡の話になって、買ってはみたものの使わないままの実体顕微鏡をケースから出してくれた。
「歳をとって目が悪くなったんで、細かい時計の修理には、双眼実体顕微鏡がいいかと思って買ったんですよ。でも手元から離れた位置で作業をするのはとっても難しくてね。ちょっとの動きが大きな動きになって、じれったいたらないんです。単眼でもこれまで通り、アイルーペの方が正確な動きが出来るんです。ものを見るには実体顕微鏡はいいんですけどね。私の修理にはむかない」

 そういいながら時計のテンプと呼ばれる心臓部をみせてくれた。実に美しい。次に、ゼンマイだ。これが髪の毛のように細い。およそ1mmだそうだ。
「これは修理のとき手で巻くんですか」
「機械もありますが、手で巻きます」
「ほぉー」
 時計は精密機器だということが、双眼実体顕微鏡を通してありありと見える。
「赤いルビーも綺麗でした」

 裸眼でも違って見えるようになった。
「お父さんの遺品の手巻き時計を直して欲しい。断ったんですけどね。何処からか分解してもいい時計を見つけて来て、部品を交換して動くように、という熱意にほだされちまってね」
「いいじゃありませんか。ステキな話ですもの」

 手巻き時計の中を見るのははじめてだった。
 最後の職人さんに尊敬の念を抱いた。
 何週間か前に見た「相棒」は、機械式時計のマイスターが主人公だった。
 時代につれて、失われていく価値観や美意識は如何ともし難い。抗っても抗っても、流れを止めることはできない。文化の運命に思いを馳せて、寂しさや切なさや名残惜しさを胸に、時計店を出た。思わずしまりかけた自動ドアのガラス越しに振り向いて、丁寧に頭を下げている自分がいた。
「ありがとうございます」
 心から礼を言う。全身に感謝を漲らせてお辞儀をしている姿を見ていてくれたかどうかは、どちらでもよかった。頬を赤く染めて、一生懸命に説明し、見せてくれた職人さんに出会えた嬉しさは、失われ行く文化への愛惜を募らせてくれた。

「よいものでも、素晴らしい文化でも、消えてしまうことがあるんだよ。野口体操も素晴らしいと言ってくれる人はいても、消える運命にあっても仕方がない、と思うことがある。自分が生きているうちに、認めてもらえるとは思わなかった。でも少しはいいね!と言ってくれる人が増えて来たのは嬉しい。野口が死んだら野口体操は終わり。でもちょっと寂しいよね」
 生前の先生の言葉を思い出しながら、中央総武線の電車に揺られて新宿へと向かった。
 いつものメンバーと顔があって、なんとなくホッとして、緊張が解けたような気がしたのは、錯覚だろうか。
 なかなかに微妙な思いに包まれた週末だった。
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15倍ルーペ、15倍アイルーペ、60倍マイクロスコープ、双眼実体顕微鏡

2013年12月09日 04時59分49秒 | Weblog
 12月7日(土)朝日カルチャーの「野口体操講座」に持参した物から話を始めたい。
 
 鉱物標本1、「ミネラル60種」アスベスト(石綿)から始まって、最後はトパーズ(黄石)まで、主立った鉱物標本が入っている。ルミネセンス(蛍光現象)を示すものには、オパールや蛍石・ウラン鉱物もある。地球の代表的な形として「葡萄状」の「アラゴナイト」、「樹状」の「デンドライト(模樹石)」「薔薇の形」は「砂漠の薔薇(透明石膏に土地の砂が入って薔薇の結晶形)」。
 極小さいものだが、60個並ぶと壮観だし美しく、なによりも「標本」として鉱物の全体像と基本を知ることができる。石のコレクションをしていると、次第に増えてくる石の量と重さに悩ましくなるのが常というもの。そこで鉱物研究者として有名な堀秀道先生は、「標本は小さい方がいい。いや、結晶の形もよい物が多く、研究には充分です」とおっしゃっている。しかし、とはいえ、……↓もありです。

 鉱物標本2、「ソ連 ウクライナ工場産 シベリア貴石コレクション」いわゆる宝石としての石ではなく貴石と呼ばれる標本が24個入っている。特徴は2・5センチ四方、厚みはおよそ1・5センチほどある。鉱物標本としては珍しく大きい。バラ貴石から始まって、珪化木、ラピスラズリや玉髄等々、「玉」と呼ばれる石が多い。さすがに豊富な鉱物資源を有する「石の国」だけあって、当時のソ連は大きさで勝負している観がある。
 実は、この大振りの標本を見て、いたく感動した野口三千三先生は、メリーチョコレート・ボンボンの箱を利用して、コレクションをつくった。双眼実体顕微鏡で見て美しい石、特徴的な石を12個ほど集めた。例えば、斑銅鉱やルビー(コランダム)、ピンク雲母、恐竜の骨の化石2種、三原山の噴石等々、独自の感性が生かされている。

 次に、「レンズ」に関連して。
 レンズの語源となった「レンズ豆」。
 これは二人の方が食したことがあると話された。スープ、サラダ、カレーなどに使う食材。平豆といいう別名があるように、小さく薄い豆なので、大豆などと比べると格段に火の通りが速いのが特徴だそうだ。それならば古代固有名詞付き文明の時代から、食料として重宝されても不思議はない。古代エジプトのファラオの食卓に乗っている様子を思い浮かべてみると、ちょっとドキドキ観がある。とはいえお味は、さまざまな食材に恵まれている現代人にはそこそこ、という遠慮がちな発言もあって笑いをさそった。

 レンズ1、直径はおおよそ2・5センチ、15倍のレンズ。いわゆるごくありふれたルーペである。

 レンズ2、直径はおおよそ1・5センチ、15倍の「アイルーペ」、下まぶたと上まぶたに挟んで時計の修理等に使うもの。「キズ見」とも呼ばれ、天然宝石、ダイヤモンドやルビー等のキズを見つけるルーペである。
 実は、レンズ1と2は、同じ15倍だが、ピントのあわせ具合がまったく異なる。「アイルーペ」は焦点距離を合わせるのが一苦労で、いわゆる”ピンが薄い”のである。持っている手が僅かでも震えると、すぐにもピントがずれて視界からはずれる。しかし、ピタッと合うと鮮明に見えるのだ。それに比べて1のレンズは、視野全体の広がりに対応しているので、見ることの努力観はさしてない。ただし、ある一点を集中して見ようとすると少し2のレンズにくらべて鮮明さに欠ける傾向がある。同じ15倍でも、レンズの大きさでまったく見え方の違いがあって面白い。それを比較してもらった。

 レンズ3、以前から持っていっているもので優れものである。米国製でレンズの直径はおおよそ1センチ弱、60倍。レンズの脇に、小LEDランプが2個、強力なブラックライト(紫外線に近い)が一個ついている。軽量極小型でケース入りある。名前は、「CURRENCY DETECTING MICROSCOPE」。インターネットで調べてみると、3・5$という安価なものだった。ただし輸入されているものは千数百円である。アマゾンでは、このマイクロスコープ+iPhone5用のケースで、確か1600円で販売している。ということは撮影した写真を送信することができる、ということだろうか?

 レンズ4、ニコン携帯双眼実体顕微鏡「ファーブル」である。ここでは触れないでおく。

 まとめると、前回のブログに書いた物を持参したというわけだ。

 鉱物の話とレンズの話を同時にテーマとして選んだために、漫然としてしまったが、「石の世界」に親しみ楽しんでいただく一歩を踏み出したという次第。

 つづく
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『地球とつながる野口体操』ー遡ることは朔じまることー

2013年12月05日 07時34分34秒 | Weblog
 唐突な始まり、お許しあれ。
 レンズの語源は、西アジア原産で小麦・大麦・エンドウ豆と同時に栽培された“レンズ豆”に由来する。
 旧約聖書にも登場するレンズ豆は、古代エジプト・紀元前2000年頃の墳墓からも発見されているという。
 洋の東西に関わらず、豆は食文化の中心にあって、人の命を支えて現在まで変わっていない。
 
 まず、お題のひとつ「レンズ」について。
 レンズの語源は、レンズ豆の平たい形が似ていることからこの名がついた。

 さて、この豆でない方のレンズだが、すでに紀元前のエジプトや古代ギリシャ・ローマ時代に、水晶玉の装飾品として文化史のなかに登場する。拡大鏡として利用したのはギリシャの天文学者プトレマイオスが最初に名前があがってくる。
 詳細は省くとして「レンズの歴史」を、駆け足で辿ってみたい。
 すでに13世紀には老眼鏡として使用されているという。
 眼鏡としては、いくつもの絵画に残されている。たとえば1284年、イタリアのサリヴィーノ・D’Amateや修道士等の読書風景に登場する。
 因みに、日本にはフランシスコ・ザビエルによってもたらされたのが眼鏡の始まりだと記録されている。
 はじめは水晶や宝石を磨いてレンズの形に仕上げることで、望遠鏡・顕微鏡・眼鏡(近視・遠視・老眼)と現代につながって来る。
 14世紀ベネチアでガラス製造がはじまった。当時は、薄く色がついているもののほぼ透明なガラスが製造されるようになって、眼鏡になるレンズが流通した。

 16世紀、1564年イタリアのピザでガリレオ・ガリレイが誕生し、1609年に凸凹を組み合わせた望遠鏡を発明した。
 1608年オランダのリッペルスハイが望遠鏡を製造したが、時あたかも航海時代、1588年にはイギリス東インド会社がつくられて以降、軍事や航海に望遠鏡が高い評価を受けた。オランダは望遠鏡の独占製造と販売を企んだらしい。
 前後してドイツのケプラーが「ケプラー式望遠鏡」を発明し、それが現在の望遠鏡につながっている。

 なぜ、レンズに興味をもったのか? 自問してみた。
 わたしの始まりは手元にある双眼実体顕微鏡だ。
 30年以上も前のある日、野口三千三先生が、最初のカートン製の「双眼実体顕微鏡」を我が家に届けてくれた。その時、はじめて見た鉱物の結晶、化石の細部、ありふれた砂には、感動という言葉以外に言葉は見つからなかった。
 しばらくして先生のお共で、湯島にある会社にニコンの双眼実体顕微鏡を見に行った。
 これは高級なもので、ズーム付き、写真撮影用の筒付きで、ここでは二台を購入した。一台は先生のご自宅用。もう一台は我が家へ届けてもらうことになった。
 これが二台目の双眼実体顕微鏡である。

 他にも携帯用にと、何種類かのルーペが揃えられた。
 そうこうするうちに「ファーブル」という名の携帯双眼実体顕微鏡が製品化された。驚喜した先生は、さっそくヨド橋カメラで、購入。
 こうして我が家にも、拡大鏡がどんどん目に見えて増えていったのだ。

 ごく最近になって思い出したのが、時計修理に使われる「アイルーペ」だ。これは上まぶたと下まぶたに挟み込んで使うもの。両手が自由に使える利点がある。15倍程度のものが使いやすいと言われていて、別名「キズ見」といって、天然ダイヤモンドや天然ルビー等のキズを見つけるルーペである。天然の物には必ずと言ってよいくらいキズがある。むしろキズがないものの方が合成宝石なのである。
 このアイルーペのすごさは、今では見かけなくなって久しいレコードを再生するための針、とくにダイヤモンド針の先についている極小さな埃をみつけることもできることだ。身近なところではボールペン先についている肉眼では見えない埃などもはっきりと目にすることもできる。

 さてさて、レンズへの興味は、実は「クローズアップ現代」で放送された「ウェアラブル革命」を見たことが直接的キッカケだった。眼鏡型コンピューターや腕時計型コンピューターなど着装するコンピューターがもたらす社会変革の話だ。小型化、携帯化、廉価化、大衆化の行き着く先の話だ。つまり、レンズと同じ道を辿っていることに気づかされた。さらに、記録から情報・伝達へと機能が追加されていく。
 水晶や宝石からレンズ豆に似た形に成形したことからレンズの歴史は始まり、望遠鏡や顕微鏡や眼鏡にと重宝されて、いつしか人間にとってなくてはならない「もの」になった。
 それは固定されて使われる物から、自由に携帯できるもの、更に眼鏡や”アイルーペ”のように装着されるもの、当然の道筋として医療用コンタクトレンズが一般にも普及し、極めつけは白内障用レンズのように「からだのなかに埋め込まれるもの」まで必然的な進化を遂げている。
 一方では巨大化し、もう一方では極小化する。「視覚」の機能を外側に出し、見えないもの・見えにくいものを、はっきりと見ようとする欲求を増幅・進化させた西洋文化・文明の価値観は、レンズに至っては極限まで行き着いた観がある。カメラはそれを記録媒体として、永遠性に帰着させた。
 当然、コンピューターも大型から小型へ、固定から携帯へ、着るコンピューターから最終的にはからだに埋め込まれるコンピューターが使われるのは時間の問題だ。(さまざまに絡まった心身の問題があることはあるが)

『遡ることは朔(はじ)まること』
 野口先生のこの言葉は、古代文明から現代文明まで辿ってみると、実に重い。
 自然の植物や生きものを、片や農耕、片や家畜化によって人の命を支えるからだの元素をコンスタントに供給できるようにした。もう一方で地球の華華「鉱物・貴石・宝石」は、文明がもたらす生活の質を与えてくれる。
 かなり危うさを潜めているが、そうした歴史が見えてくる。
 それでも、遡って、時空を辿って、今、現在までの長い道のりに思いを馳せて、“ものに触れてみる”、“ことばに触れてみる”。そのことの深い味わいを野口先生に教えられたのだ、と十七回忌を迎える新年を間近に気づかされた。
 もうひとつの言葉が浮かぶ。
『地球とつながる野口体操』
 地球を遡る旅のお供を、もうしばらく続けさせていただこうと思う。
「永遠を見る」とは、こうした行為に違いない。
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