羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

文月

2008年07月31日 19時26分43秒 | Weblog
 7月最後の日。
 携帯電話契約内容の見直しで、変更を試みる。
 そのほか、使うあてのないクレジットカードの解約。
 振込みやら、記帳やら、事務的な仕事をこなす。
 そんなこんなで午前中いっぱいかかってしまった。

 午後は、昨日までの残りの片付けや、料理に時間をさく。
 後は、蔵の中の片付けは、ゆっくり少しずつ始めることになる。

 そして夕暮れ。
 今年初めての蝉の鳴く声に気づいた。
 このあたりではいつもより10日も早い。

 こうして文月も終わる。
 

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これは序の口

2008年07月30日 19時38分37秒 | Weblog
 今日は朝から涼しかったので、片付けごとがはかどった。
 新しい物にかけ替えたため、はずしてあった簾4枚を加えて合計7枚の簾を洗濯石鹸で洗い水で流して干すまで、小一時間。特に大きい4枚は真っ黒であった。無理もない3年間も二階の南側の窓に固定してかけっぱなしにしていたのだから。

 盆栽関係のモノが入っている北側の物置の整理と、出てきた捨てるものの仕分け作業。
 クリーニングに出していた大きな毛布2枚を、自宅洗濯した毛布類と一緒に片付け。これで冬物の整理がついた。同時に押し入れも整理された。

 洗濯は3回。さまざまなものを包む大風呂3枚に、タオル類、二階から逃げるために用意してあった‘晒し’一反がロープ状になっていたものを20年ぶりに解いて洗った。
 
 一時的に、物置にしてあった部屋の掃除。
 途中で冷蔵庫が空っぽになっていたので、買い出しに商店とスーパーへ。

 明日はもう一度‘洗った簾’を、完全に乾かして、後々のためにしまっておく場所を作ってしまう予定。

 と言うわけで、本日は、よく片付きました。
 でも、まだまだ、終わらない。
 これは序の口であります。
 
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湯冷ましの水

2008年07月29日 19時13分03秒 | Weblog
 我が家の水道は、昔から美味しい方だ。
 東京23区内でも水質のいい水だそうだ。特別に気になる匂いはしない。
 以前は蛇口を捻って、その水を飲んでいた。今でも時々飲むこともあるが、湯冷ましを一年中作っておく。
 夏は冷蔵庫に入れて冷やしたものを飲んでいる。
 幸いなことにペットボトルの水を買うことはない。

 名水といわれる水を沸かしてお茶を入れたら、それは美味だろう。しかし、我が家の水道水でも、それなりの茶の味が出る。

 しかし、いまやかつての神話は崩れたと言わざるを得ない状況が起こっている。
 町の治安も危ういし、飲み水もペットボトルだ。
 未だに水道水を使っている家庭がどのくらいあるのだろう。
 
 一軒家はゴミだし当番や、道路の清掃や、町内会の回覧回しの当番が何年かに一度の割でまわってきたりして、面倒なこともあるが、こと水に関してはまぁまぁの線をいっている。
 確かに浄水器をつけている家もあると思うが、我が家は無頓着で生活している。 今のところ弊害はないと思っている。

 湯冷ましの水の口当たりは柔らかだ。こんな暮らしがいつまで続けられるのだろう、とおもうこともあるが……。 
 連日の暑さのなか、帰宅して飲む一杯の冷えた水は、どんな飲み物より美味しいと思う。
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トレンドランキング : 話題のサイト

2008年07月28日 18時27分05秒 | Weblog
 今日も片付けに勤しんでいた。
 目にも鮮やかに片付いた、といえないところが悲しい。
 片付いてはいるんです。でも一向にはかどらない。
 仕分けの段階だとむしろ散らかってしまう。トホホホ。。。。。。。。。

 で、ブログに何を書こうかと迷いつつ、「羽鳥操の日々あれこれ」の編集画面にログインすると、‘トレンドランキング 第二位’に 《 「苦くて、おいしくない……」ビール飲めない若者が急増 》 とあった。
 クリックして読んでみて、ふ~ん!って感じ。
「ビール会社に入社したのに、シラーッとビール飲めません」って言う新入社員まで現れたとか。
 かと思うと、ビールを好まない理由の一つに「ビールジョッキが重いんだ」そうだ。

 で、何を呑むのかというと、発泡酒やチューハイやカクテルとある。
 現代の若者は、そうした飲み物をお好みになるらしい。
 
 ブログを書いている人はガンガン嘆いている。
 「最初は、乾杯、皆でグーッと一杯、ということができなくなってしまった」と。
 私は下戸だから、偉そうなことはいえないけれど、若者は変わった。
 他にも、車は持たない(持つ必要を感じない。持つのはいろいろ面倒)、海外旅行も控えめ、全部ではないが恋愛にも関心が薄い、となると一体全体どんな地盤が沈下したのか。

 そういった若者ばかりではないだろうが、このような傾向があることは、格差社会・将来への希望が持てない・仕事が出来ない人間だと思われないくない・いろいろあら~な!ってこと!?

 そういえばある若者がつぶやいた。
「大学生になって、僕の夢は叶わないって気がついたんです。大きなリスクを負ってまで、危ない人生の賭けはしません。それに守るべき人がいるんです」
 まだ、二十歳になるかならないかの男子の言葉とは、にわかに信じがたい。
 しかし、この言葉は聞き間違いではなかった。

 考えようによっては、私が若かった1970年代より、2008年の現代を生きる若者は‘お利口さん’なのだ。
 守りに入った若者を前に、なんだか気が抜ける昨今を、‘トレンドランキング’にも見つけてしまった、本日7月28日の出来事。
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人生は儘ならない

2008年07月27日 19時29分05秒 | Weblog
 昨日の認知症の方は70代の男性だ。
 ご近所にも60代で発病して、かれこれ5年になる女性もいる。
 このお宅は、つれあいの方が定年退職されて、四六時中奥さんに付き添っている。やはり当初は‘うつ病’だ、と思い込んでいたふしがあった。
 ところが病院の検査の結果、認知症と診断され、治療を始めたらしい。

 最初の頃は、まだ近所の人とも話が出来ていた。
「なんだか頭がおかしくなったような気がするの。買い物や料理が出来なってきたみたい」
 そうした自覚がある頃は、まだほんの始めの頃だった。

 あるときから、毎日、夕方になるといそいそと出かけていく。
 その後をつれあいの方が、そっと追っていかれた姿をよく見かけるようになった。
「奥さん、駅の近くのパチンコにいっているみたい」
 噂話は本当だった。

 そのうちにひとりで出かけて自宅に帰ることが出来なった。
 その頃には、顔の表情の変化が大きくなった。

 つれあいの方が大きな声で注意をしている。そのうちに怒鳴り声に変わってしまうようになってしまった。
 家の中だけでなく、外でも怒鳴っているようだ。
 察するに昼食と夕食を外食にしているらしく、夫婦で散歩をしてくるので、相当に長い時間自宅にもどることはない。その前後に、怒鳴ってしまうようだ。
 因みに彼女の声は聞こえない。

 今ではすっかり日常のことが不自由になっているらしいことが、周りの人にもはっきりとわかる状況に陥っている。
 徐々にだが病状は進行して、2年くらい前からは急速に悪化している感じがするのだ。

 夫婦ともにお気の毒しかいいようがない。
 70歳を過ぎている奥さんだが、かつては六大学のうちの一つの大学を卒業していることが自慢だった。几帳面で頭がよく中年期には自宅で塾を開いていた。

 思い返せば、発病前にはこんな言葉を口にしていた。
「勉強が好きだったけれど、年からしらね。このごろ頭が悪くなってきたみたい。でも越路吹雪の歌を聞くとほっとするの」
 最近では音楽が外に漏れ聞こえることはない。

 人間は最後までどうなるかわからないもの。
 今日一日、無事に終われたら幸せなのだろう。
 ところが、あーでもない、こーでもない、と悶々とする日もあるのが現実だ。
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現実を受けいれるだけ

2008年07月26日 21時41分58秒 | Weblog
 今日は、暑さに加えて、朝から大忙しの一日だった。
 新宿駅を出たところで、5・6年は会っていない知人にばったり会った。
 なんと彼女の連れ合いが‘認知症’にかかって3年、介護の日々を過ごしているのだろう言う。

 まさか、いちばんそうした病気に遠い人の印象だった。
 人はいつどうなるのか予想はつかない。

「最初はうつ病だと思っていたの。でもMRIを取って検査してみたらわかったのよ」
 診断を間違われるそうだ。やはり、脳の精密検査は大事だと言う。
 今では家の中を車椅子で移動しているらしい。
「頑張らないで、でも、後悔のないように、看病したいの」

 明るい表情は以前と少しも変わっていなかった。
「私の名前はまだいえるのよ」

 話を聞くだけで精一杯だった。
 また会う約束をして別れたが、思いは複雑だった。

「今では、ようやく、現実を受けいれることが出来るようになったの」
 その言葉が、耳の奥に残っている。
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猫のファミリー

2008年07月25日 12時48分13秒 | Weblog
 昨年から子どもを産み始めた雌猫は、この春、3回目の出産で、3匹の子猫を育てている。この母は立派な風情の猫なのだ。
 さて、今年いちばん大きく育っているのは明るい茶色の猫で、次が黒猫、そしてこの通りデビューのときから育ちが悪かったブチ猫の三匹。それぞれ毛の色が異なっている。

 この母猫の母猫、つまりお祖母さん猫も、子どもの面倒はとてもよくみる猫だった。このお祖母さん猫はすでに出産はしないが、この界隈に棲みついていて健在だ。

 三代の猫を見ていると、黒+グレー+茶が、先々代よりももっと以前からつながっているのがわかる。実は、このお祖母さん猫の前に、毛足の長いグレーの雌猫がいた。この猫も猫可愛がりの母猫ぶりで、野良猫と言うより捨てられた飼い猫ではなかったかと思う。高貴な猫の様相を見せていた。いつの間にか見かけなくなって6・7年は過ぎているような気がしている。

 したがってこの界隈では、四代目が育っていることになる。
 不思議なのだが、いつの間にか代替わりが起こるが、ちゃんとしっかりしたいい猫が縄張りを受け継いでいるように見受けられる。
 
 実は、ご近所の猫好きの人が、餌やりや水やりをするだけでなく、その近くの糞を始末しているようだ。
 その上、少し離れたところから、わざわざ缶詰の蓋を開けて、子猫たちのそばに置いていく人もいる。この量はとっても少ないが、おやつ程度にはなっているようだ。
 こうして、決まった人がふんだんとはいえないが、餌を与えられるので、父猫とおぼしきボス猫も含めて、6匹の猫がファミリーを形成している。

 子猫が乳離れする頃には、父猫のそばに寄っていっても、母猫は牙をむかなくなった。雄猫、雌猫、子猫たちは、ばらばらに近づいてゆきながら、擦寄って軽くキスをし合って離れるのだ。母猫と父猫、母猫と子猫、父猫と子猫という具合に、それぞれが身の安全を確かめ合っているような気配すら感じられる。
 
 餌があるということは、家族を養うことが可能なのだ、ということに今年は気づかされた。
 とりわけ野生の母は弱い子どもの世話をしないらしいが、いちばん弱弱しい子猫が3週間ちかく風邪をこじらせてゼーゼー胸を鳴らし鼻をクスンクスンしていても、ちゃんとそばにいって舐めてやっているので、まだ生きている。

 とにもかくにも面倒見のいい母猫に育てられているらしく、3匹が順調に大きくなっていく。
 最初から大きな明るい茶色の子猫は、よく食べるし、よく動く。黒猫を相手に丸い石をボール見立ててサッカーをしたり、と人間の目には映る。明るい茶猫と黒猫は、お互いに絡み合って獲物を取る練習を思わせることがしばしばある。
 悲しいかなひ弱で育ちが思わしくない猫は相手にしてもらえなくなった。
 最近ではこの明るい茶色の猫は、寝そべりながら後ろ足でも石を転がして、1匹だけで遊んでいることもある。好奇心は旺盛だが、適度に用心深く、身のかわし方や身のこなしは、スピードとキレがあって美しいのだ。ダントツにいい猫に育っている。
 よく食べ、よく遊び、よく訓練する猫は、すくすくと育っていくということをまざまざと見せてくれる。最初に食べ初めて最後まで食べて、食べている最中は他の猫に譲ることはなどしない。
 
 毎年、1匹、また1匹、と冬までには去っていく子猫たちだが、今年はどうなることだろう。このまま居続けて、秋に子猫が産まれると、果たしてどのような運命が猫の身の上に起こるかわからない。

 半野生の猫のファミリーの子育てを、なんとなく覗きながら‘生きる’という現実を見せてもらっている。
 結局、丁寧な子育てをする猫が生き残っていくようだ。そして頃合をみて、親離れ子離れをしていく。
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家事

2008年07月24日 18時44分43秒 | Weblog
 ようやく冬物の整理を始めた。
 衣類はGWにすでに入れ替えをして、さらに夏物になってしまった。
 コタツ関係のものを洗濯したり、大きすぎるものはクリーニングに出したり、熱い湯で拭きとった後に干して乾かしたりしてしまう準備をしている。

 しばらく丁寧にしていない掃除や片づけに時間をとるのは、大学の授業が終わってから、しばらくの間とり行う行事になってしまった。

 そのほか本日は台所のシンクを‘酢’と‘塩’を混ぜた洗剤を作って、綺麗にしようと努力した。
「まぁ、こんなものかなぁ~」
 汗びっしょりかいてしまった。

 家事はきりがない。やればやるほど細かいところに気づいてしまう。
 と言うわけでしばらくは、掃除や片づけや洗濯に精を出す日々になりそうだ。
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失われしもの

2008年07月23日 19時02分04秒 | Weblog
 悪質ブログが、検索サイトの上位を占めるようになったので、何某かの規制が必要かもしれないという記事を読んだ。
 確かに、‘悪質ブログ’も‘迷惑メール’も、不快極まりない。
 しかし、きつい規制はして欲しくない。
 表現の自由は守りたい。

 どこで線引きをするのか。
 子どもや青少年を守るには、どうしたらいいのか。
 早急に対処して欲しいと思っている。

 ブログやメール、ホームページ、インターネット検索等々、生活には欠かせないツールになってしまった。すべてをシャットアウトして、現代社会に生きることは不可能になってしまった。

 そのことで従来の暮らしの中にあったこと、社会の中に息づいていたこと、何気ない文化から失われたこと等々、再び甦らせようとする機運もあることはある。

 それはそれとしても「文明さんお先にどうぞ」と言えない現実に生きている実感だけは毎日感じている。
 さぁ~、どのあたりで折り合いをつけていくのか。
 すべてが失われてしまう前に、すべきことは何か。
 早く手を打とうではありませんか。
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朝の運転見合わせ

2008年07月22日 18時25分33秒 | Weblog
 今朝は所用で外出した。
 ところが山手線の原宿駅で人身事故があり、電車がストップしてしまった。
 運良く新宿駅だったので、地下鉄に乗り換えて時間に遅れることなく目的の場所に到着した。地下鉄や他の路線が乗り入れているところとそうでないところは条件がまったく違う、とつくづく胸を撫で下ろした。

 朝の通勤時間帯にぎりぎりかかっている9時45分頃の運転見合わせは、多くの人の足に影響があったことが、夕刊に載っていた。

 久しぶりに大汗をかいた。それは私だけでなく、遠回りを余儀なくされた多くの人が同様に暑かったことは確実だ。只でさえ暑いのに、予定の時間に間に合わないというストレスからも汗が出る。

 東京の地下鉄路線と地上に出たときの場所の方向感覚が少しでもあるところならまだしも、まったくわからないときにはどれほど不安に駆られることだろう。

 こうした日常の遭遇から、取り返しのつかない問題や、かろうして取り返しがつく問題を経験しながらも、最後まで順調に生きられたら、幸せなことこの上ない。
 大波小波を乗り越えながら、時に有頂天になったり、時に落ち込んだり、時に反省したり、ときに喜んで、社会の免疫がついていくのだろう。

 何だか一日でウエストが細くなったような気がする。
 このくらいで終わって、今日もまぁまぁの一日でした!
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静かな「海の日」

2008年07月21日 12時34分30秒 | Weblog
 夏休みに入っても子どもの声が聞こえてこない。
 どこかに旅行や遊びに出かけたというのでもなさそうだ。
 このあたり子どもの数がめっきり減って、我が家の前の道筋の両脇で、子どもの数を思い浮かべてみると、小学生がひとり、中学生がひとり、高校生がひとり、大学生がひとり、そして幼稚園児がひとりというような状況だ。
 そこに同級生などが遊びに来ることもなさそうなのだ。

 駅に近い場所だけに、年々単身者用のマンションやアパートが増えて、家族もちが少ない。
 学区内の小学校では一学年で一クラスを作るのがやっとだと聞く。
 若い夫婦の住まう家にも子どもがいない様子だ。
 とにかく静かだ。
 ところが午後から夜にかけて、近くの商店街の人通りは、毎日‘お祭り’かと錯覚するほどにぎやかである。
 ここ数年で商店も様変わりして、若者を対象とした店ばかりが増えてしまった。
 それでもまだまだ買い物は便利で、暮らしやすい町だ。

 今日は「海の日」、一つ路地を入ったここは、とても静かだ。
 南、東、北、そして小さな西の窓も開けて、風を呼びこんでいる。
 昨日までとは打って変わって、少し過ごしやすい。
 
 やっと今、向かいの家の小学生が何処かから帰宅したようだ。
 家人にドアを開けてもらって、入っていった様子が、声と音で感じられた。
 
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バリ土産・蛙の歌

2008年07月20日 07時56分30秒 | Weblog
 日本では、‘蛙’は「かえる」で、‘元に戻る・家に帰る’の‘かえる’にかけて、入院したときなどお見舞いに持っていく。
 国内で‘蛙のおもちゃ’や‘蛙の縁起物’を集めたら、相当な数になるのではないだろうか。

 この写真の蛙君は、いや蛙嬢?は、はるばるバリ島からやってきた。
 木の胴体、背中は丸くえぐったとところに皮が貼り付けられている。皮の真ん中から細い釣り糸がつけられていて木の棒にくくり付けられている。
 棒の先端近くには彫刻刀でミゾが丸く彫られていてそこに松脂が塗られている。その松脂の部分に糸が絡げられている。

 で、片手で蛙のお腹側を持って、もう一方の手で棒の端を持って、ピーンと張った状態に糸を保つ。棒を持っているほうの親指と人差し指を中心に右へ左で小刻みに細かい捻りを繰り返す。
 ケロケロ? ゲロゲロ? 蛙が鳴きだす。
 くりぬかれている胴体は共鳴体になっていて、糸を伝う音が増幅される楽器なのだ。子供ころ遊んだ‘糸電話’と同じつくりになっている。
 蛙を支え持つ手を微妙にずらすことで音程が変えられる。

 赤蛙を歌わせて、昨晩は、一しきり遊んだ。
 リズムは何とかなるんだけれど、メロディーを鳴らすのが難しい。
 でも、何人かで蛙を手に、「蛙の歌」を輪唱をさせたら面白そうで~す。
 これぞホントの‘蛙の歌’。

 サジさん、ありがとう。
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暑さ

2008年07月19日 20時14分32秒 | Weblog
 梅雨明けと思うくらい暑い一日だ。
 今日は朝日カルチャーの土曜日クラスが3時30分はじまりだったので、いちばん暑い時間に家を出なければならなかった。

 駅まで3分のところに住まっているので、汗が噴出す前にホーム到着し、時間を合わせているので、電車にすぐ乗り込むことが出来た。
 冷房が効いていることと、乗客が少ないことで、車内は涼しくて助かる。

 新宿駅が暑いだけで、ゆっくり焦らず歩いて、住友ビルに入るとまたまた冷房が効いている。
 レッスンのある部屋も同様である。

 いつがいちばん暑く感じるかというと、レッスンが終わってビルから出た瞬間である。

 そんなこんなで数日の真夏日で、随分とからだがなれた気がする。
 さて、今日のレッスンは、若い方から、ご年配の方から(いつもは発言を控えていらっしゃる方)、積極的な意見が出された。
 詳しい話はここには書けないが、さすがに野口体操のレッスンだと思った。
 
 さて、明日も真夏日らしい。
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挨拶の効用

2008年07月18日 13時45分18秒 | Weblog
 朝、5時30分頃、何とはなしに家の裏側の様子を見にいった。
 北側である。
 隣家にとっては南側にあるの庭の樹木が、伸び放題になっていて、切ってもらうために、お願いに行くことがしばしばある。
 からたちや棕櫚、、名前のわからない木等々、蔵の樋や北側窓のガラスのひさしに枝がかぶさって、迷惑している。

 雑草を抜いていると、上からガサガサっと音が聞こえた。
 人の気配である。
 塀越しに音のする隣家の二階を見上げると、ベランダに置いてある草花に、中年後期の男性がが水をかけていた。お祖母さんが亡くなって、ひとり住まいなのだ。
  
 その時、私の視線を相手も感じ取ったようだった。
 瞬間、目をそらして相手から見えない位置に、1、2歩からだをずらした。
 しかし、すぐにも気が変わった。
「このときだ!」
 思いなおして、元の位置まで戻って声をかけた。
「おはようございます」
「エッ?」
 怪訝な表情を見せた。
 すかさず、もう一度
「おはようございます」
「オハヨウゴザイマス」
 なにやらぼそぼそとした声で答えてくれた。
「あの~、葉が茂ってますから、枝をおろしてください。お願い……」
「わかりました」
 ほんの少しだけ笑みを浮かべて、今度ははっきりした声で答えてくれた。
 あんな表情は初めてだった。

 いやはや、玄関のチャイムを鳴らしてたずねるときは、相手も居丈高になって
「今、忙しいので、しばらくしたらやります」
 答えるだけだったのに。

 早朝、偶然に出会って挨拶をしてお願いした、このタイミングはベターだった。
 今日の学習。
《挨拶は、最良の緩和剤》
 会話のきっかけを掴むには、まずは心の扉をノックすること。
 何事もそれからだ。
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煩悩は火の中に……

2008年07月17日 14時16分58秒 | Weblog
 昨晩、送り火を焚いた。
 東京のお盆さんは終わった。
 なんとなく‘お盆’という感じがしない。日本全国のほとんどが旧盆で行われる行事を、東京だけは7月なのだから、しかたがないかもしれない。
 それでも盆は盆だ。

 今朝は‘お棚’を片付けた。
 位牌のほこりを払い仏壇に戻す。なぜか落着く。
 そのほか暑さでぐったりした花々をもっと短くして、残った2輪を小さく活けなおす。
 香炉だの、線香だの、お鈴だの、すべてを元に戻す。

 最後はお盆用の一対の行灯をしまう。
 図を見ながら、桐の箱におさめていく。
 書かれている通りに行うとピタッとおさまる。上蓋がしまった時には、安堵感と達成感と落着き感が味わえる。
 むしろ12のパーツに分かれているものを、組み立てる時の方が楽だ。
 それを元通りに箱にいれる作業は、置き方の角度や順番を間違えると箱におさまりきらなくなる。
 
 毎年のことでも一年に一回だと、いつも新鮮なドキドキ感がある。
 しかし、それぞれの大きさの比率バランスで、箱のなかのおき場所が、よく考えられている。箱の幅と長さが1センチでも違ったら、おさまりが悪いはずだ。余分に大きい必要はない。かといって5ミリだって違えばおさまらない。少しだけ縦方向が長い箱になっている。

 話は前後するが、組み立てられた一対の行灯は、半間の中におさまってくれる。
 我が家では、‘お棚’といっても段々に組み立てるものを使っているが、その棚の両サイドに振り分けて置く行灯は、左右の幅を足して半間で収まってくれる。
 従って、一間の床の間に、すべてがきちっとはまるので助かっている。
 日本の家の間取りにぴったりというわけだ。

 そんなわけでほとんどのものが、小一時間で片付いた。
 後は、‘迎え火’と‘送り火’を焚いた素焼の焙烙が乾いたらしまえば終わる。
 
 こうして、何となくせわしさを伴った盂蘭盆会は、今年も無事に終わった。
 たとえばお盆中の夜に、行灯を灯して、線香を焚き、手を合わせるときばかりは、日常をきれいに忘れられる。
 灯明は、命の象徴でもあり、死者の魂でもある。
 一年に一回、夏というこの時期に、灯明と対峙することによって、見えないものを観、聞こえない音(声)を聴くことによって、身体の奥にたたまれた思い出が甦る。
 盂蘭盆は佛事を超えて、人にやすらぎを与えてくれると思うようになった。
 齢六十、還暦を前にして。
 焙烙の中で燃える送り火を見つつ、人はいったいどこに行くのか、そう思わずにいられない。
 
 そして、煩悩は火の中にくべるべし、か?
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