羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

野口体操と「NIVEA Creme」

2018年05月26日 09時17分57秒 | Weblog
 墨田区にある「花王」の研究所を訪ねたことがある。
 ロビーで待つ間に、石鹸や洗剤、赤ちゃん用品、高齢者用品、化粧品、花王製品とは知らなかったが、見慣れた製品が並べられた展示棚を眺めていた。
 その中に紺碧色の地に真っ白な「NIVEA」と書かれた缶に気づいた。
「へー、これも花王だったの? 知らなかった」
 
 15、16年ぶりにあの時の情景が目に浮かんだ。
 当時は、それ以上の関心を持たなかったのだ。

 さて、今しがた薬局でアルミ缶入り、コンビニではチューブ入り「NIVEA」を買ってきた。
 ウラガワを読むと『「ニベア」とは、ラテン語で「雪のように白い」という意味です。』と記載されていた。
 そこからさらに視線を下ろすと『Beiersdorf ドイツ バイヤスドルフ社との技術提携品 Made in Japan』とある。
「なるほど!」
 最近、調べたばかりだ。

「NIVEA」とは、ラテン語では、niveus/nivea/niveum に由来する。
 Beiersdorf社は、1862年(文久2年)日本では家茂と皇女和宮の婚儀が行われた年に設立された。
 1911年に、新ブランドとして肌の保湿スキンケア用品として「NIVEA」を売り出した。
 ちなみに、1968年に花王が、60:40 の比率で技術提携し、今では町のコンビニでも買うことができる。

 そもそもなぜ関心を持ったのか、というと、それは「野口体操」のルーツを探る途上で知ったことだ。
 19世紀後半に医学の発達によって衛生学の重要性が説かれ、衛生と健康のために身体の手入れを習慣化しようとする「生活改革運動」の中から生まれてきたものだった。

 それがなぜ、野口体操?
 産業革命以後、19世紀末は、ヨーロッパの市民社会制度や生活習慣に大きな矛盾が噴出した時期だった。
 工業化による大気汚染、人口が集中する都会に蔓延する様々な病癖。
 アルコールや薬物中毒、感染症、精神疾患、ストレスによる病によって市民の健康がそれまでとは比較にならないほど脅かされた。
 
 そうした市民生活に変革をもたらす新しい生活改善運動が始まったのである。
 土壌・空気・日光・水は、本来人間に対する治癒能力があって、疾病の治療に利用する「自然療法」の発想のもとに、裸体での日光浴、体操、水浴、空気浴等々が実践された。
 文化思想として「自然に帰れ」がモットーである。
「ワンダーフォーゲル運動」、子供の頃に読んだ「アルプスの少女ハイジ」に描かれている内容は、都市と自然の乖離に起因する様々な身体的問題を改善する方策として見直された文化であった。

 菜食主義もこの運動が始まりである。
 体操とダンスは切ってもきれない密接な関係にあった。
 衛生学、体操、モダンダンス、ボディビルディング、ダンベル体操、リトミック体操、身体文化と人智学・神秘思想のシュタイナー、それらすべてが一元的な価値として新たな「身体文化運動」となっていった。

 かくしてドイツ国家の存亡の危機に瀕すると、健康で美しい身体の規範は、古代ギリシャに求められた。
 一方で、ここが一番の問題なのだけれど、健康と美をめぐる運動やイデオロギーはナショナリズムと融合し、一つの思想史を形作っていく。
 不幸な戦争へと突き進んでしまった。
 そしてドイツも日本も敗戦を迎える。

 その流れの一つに、野口三千三が敗戦後に出会った、ノイエ・タンツ江口隆哉の師であるマリーヴィクマンの存在がモダンダンスの開祖として燦然と輝きを見せていたのである。

 敗戦後、1960年代から70年代をみよう。
 アメリカではヒッピー文化がこの流れを汲み、日本でもホリスティック医学や身体への気づき文化が注目された。
 その中に、野口体操も存在を現してくる。

『原初生命体としての人間』が、1972年に初版を出せたことの意味は、大きいと思う。
 野口体操の一つのルーツであるドイツ自然体操・江口ノイエタンツとの関わりから、心身一如(心身一元論)、公害問題への体からの問題意識の提起。
 
 ここまでたどり着いて、なんとも言いようがなくなった。
 パンドラの箱を開いてしまった、どうしようもなさ。。。。。。

「先週の土曜日は、頭を抱えてしまっていたっけ」
 レッスンの中では、やめておけば良いものを、中途半端な話をしてしまった後悔先に立たずであった。

 一週間で、動揺はおさまった。

 ここから歩き始めるしかない。

 今朝、コンビニで買ってきた「NIVEA Creme」を、複雑な思いを重ねながら手や腕に塗ってみた。
 何十年ぶりだろう。
 懐かしい匂いとともに、音楽とともに生きていた10代から、野口体操に出会った20代半ばからの来し方を、思わず振り返ってしまった。
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「野口体操の会」第2期 会費納入・退会届のお願い

2018年05月24日 19時38分25秒 | Weblog
 5月に入ってから、「野口体操の会」事務局の仕事を一手に引き受けてくださっている近藤さんから、第1期の黒字収支報告を差し上げました。
 その後、第2期 会費納入をお願いしました。
 私(羽鳥)が、会計を預かっていることから、1日に2回ほど「ゆうちょダイレクト」と「振替口座」の二口の入金確認をしています。
 本日までに、第1期 会員のおよそ3分の2の方々に、会費納入いただいています。
 退会届も速やかにくださった方もありました。

 6月までの残り一週間ほどの間に、ご入金手続きをとっていただけると、事務局としてはありがたいことです。
 また退会をご希望の方は「退会します」の一言で結構ですから、「近藤宛のメール」にて送信していただきたくお願いいたします。

 おかげさまで、2018年度の活動も、順調に継続できる目処もたってきました。
 会報「早蕨 SAWARABI」Vol3. 制作企画も近日中にたてる予定になっています。
 6月24日 開催予定の新井英夫さんの「早蕨塾」もほぼ満席になっています。 
 秋には、ご快諾をいただいたヨーガの龍村修さんをお招きします。

「野口体操の会」を立ち上げて1年です。
 この間、野口三千三・野口体操への会員の皆様の熱い思いを、しっかり受け止めさせていただいています。
 本年度の活動も、ひとつひとつ丁寧に実現していきたいと思っています。

 なお、会員の方には、こちらからご協力をあおぐこともあると思います。
 その節はよろしくお願いいたします。

 このブログの場を借りて、ご報告とお願いをいたしました。



 
 
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「野口体操の会」第二期スタートに・・・・・

2018年05月09日 08時22分05秒 | Weblog
 昨年、2017年4月1日に、東京藝術大学体育館で創立総会を持って発足した「野口体操の会」は、第1期の決算報告を終えました。
 その後、昨日のことですが、会員の方々には、第二期運営のための会費納入お願いを、事務局からメールにて差し上げました。

 お蔭様で、皆様にご心配をいただいていた赤字にはならず、わずかながら時期繰越し金を残して2018年度の活動を持つことができそうです。

 会員資格は、今しばらく当初の厳しい条件のままですが、二回の「早蕨塾」開催、会報「早蕨 SAWARABI」年二回の発行を予定しています。

 創立記念の「早蕨塾」は、國廣哲也氏 藤田一照氏 野口三千三へのあつい思いに支えられた、充実した素晴らしい内容に感動を覚えつつ学ばせていただきました。
 今年の企画は、6月に新井英夫氏、10月には龍村修氏をお招きします。
「野口体操の会」および野口三千三所縁のお二人を迎えて、開催できることに今からワクワクしています。
 
 会報「早蕨 SAWARABI」は、引き続き二階のぶ子さんによる編集・佐治嘉隆さんの細部にまできめ細かな配慮をいただく冊子としてお届けしたいと思っています。
 私、羽鳥は「野口三千三伝」のための取材を、次々に行いなっています。
 日を追うごとに、身の程知らず・大変なライフワークを背負ってしまった、と思うものの時すでに遅し。
 野口の一生を、幕末から明治(野口家)・大正・昭和前期・後期・平成と、日本の歴史を片手に、足跡を辿る面白さにハマっています。
 なかなか思うように時間は取れませんが、日本にたったひとりの「稀有な体操教師」が生まれた、その土壌を掘り返す作業に没頭したいと思っています。

 何れにしても、事務局の近藤早利さんには、すでに第二期の面倒な仕事を引き受けていただいています。

 会員の皆さま、お一人おひとりの変わらぬご尽力をいただきながら、今期をスタートさせたいと思ってます。
 
 泉下の野口三千三は、どのような思いで私たちの活動をご覧になっておられるのか。。。。。

 没後20年を過ぎて、このような内容のブログをしたためることができたことに、衷心から感謝いたします。
 
 
 

 
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漢字字源書籍4冊のもつそれぞれの味わい

2018年05月07日 17時37分24秒 | Weblog
 野口体操を始めた1970年代「私は甲骨病だ!」とおっしゃりながら、漢字の字源や和語の語源についてあつく語る野口三千三に出会った。
 体操のレッスンなのだが、言葉の話に魅了された私は、白川静を中心とした書籍を集め調べ始めた。

 それからほぼ40数年が過ぎた。 
 振り返ると、野口没後の20年間は、以前のように熱心に調べることから離れていた。

 訳あって今年4月・新学期からレッスンや大学の授業で、少しずつ漢字の字源をテーマにするようになった。

 昨日の朝日カルチャーのレッスンに久しぶりに参加されたMさんが、私が持参した本を写真に撮ってFBにアップされていた。
 持っていく本を選んだ基準は、日本人による日本語・中国人による中国語・ドイツ人による日本語からの英訳、それぞれの本から受ける印象によって、「漢字文化」を作り上げる質の違いを感じていただく意図があった。

 4月期には、同義連言として「如意」「忖度」を取り上げ、昨日は「一系の文字」として「兄」「祝」「呪」を取り上げた。

 偶然「幸」の字源を見つけて、その意味の深さに、愕然としながらも意味の深さに驚きを持ったMさんは、すっかり字源探検の世界に魅了された。
 かつての私の姿を見るようであった。

 持参した本は4冊

 1、『漢字の世界』白川静 東洋文庫 昭和51(1976)年 平凡社 
 2、『文字源流淺説』釋例篇 1979年 北京人民印刷局 (神保町 すずらん通り 東方書店)
 3、『常用字解』白川静 平凡社 2003年 
 4、『The Keys To The Chinese Characters』白川静 Translation And Introduction Christoph Schmitz』平凡社 2017年4月10日 自費出版 Amazon,com

 4冊、それぞれの顔、表情、色合、雰囲気がある。
 とりわけ「文字源流浅説」は、中国の方でなければ描けない「絵→絵文字→甲骨文字→金文・・・・」を見ているだけで、中国古代世界が感じられ説得力に虜になる。
 宗教に関連する文字、人体に関連する文字、極め付けは刑罰に関する文字の迫力は生々しく、おどろおどろしい。

 違った意味で『常用字解』を英訳したドイツ人のシュミッツさんの翻訳に敬意とともに感謝の念を覚えるのである。むしろただならぬ執念が見て取れる。

 こうして、野口没後20年、野口体操を味わい・楽しみ尽くしたい、と改めて思っている。
 
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伊豆のWATSU旅・・・肺は浮き袋だ、そして赤子誕生の瞬間のデジャビュ感覚?

2018年05月04日 12時35分39秒 | Weblog
 二泊三日の伊豆への旅は、好天に恵まれた。
 4月30日9時に東京駅を出発して、5月2日4時半に自宅に戻った。
 交通機関は、どの路線も混雑とは無縁の旅であった。

 旅の目的の一つは、水中に浮かびながら、リラクゼーション+ストレッチ+マッサージ(?)を受けることだった。
 水深1メートル20センチ、広さは5メートル四方くらいの立ち湯。
 温泉の温度は37度くらいに設定されている。
 天井は高く、窓から柔らかな光が入ってくる空間である。

「最近、泳いだりされました」
 最初の質問だった。
「いえ、海だったり、プールだったり、泳いだのは中学生くらいだったと・・・・・」
 驚きを隠しながら
「時に車酔いのようになる方もいらっしゃいますから、遠慮せずになんでも言葉にしてください」

「足が浮いてしまいます」
「それならば大丈夫かもしれません。はじめしょう」

 仰向けになってフワフワと体が浮き、耳が湯に浸される。
 終始目を閉じて、ゆらゆら感に任せている。
 手や足が様々に伸ばされたり縮められた。

 左右、上下に揺すられて、ただ任せる。
 それだけ。
 
「相当に力が抜けて浮かんでいるのだけれど、鳩尾の中の方がなぜか緩まないー」
 1回目は最後まで緩まなかった。
 2回目の時には、そんなことも感じもしないまま、かなり緩められていたと思う。
 細かいことはレッスンでお話ししたい。

 気づいたことをまとめておくとしよう。
「肺は浮き袋である」
 息をたっぷり吸うと、からだは自然に浮き上がる。息を吐き切ると沈み込む。

「耳が水中にあるときの音の世界と水中から出ているときの音の世界は、まるで違う風景を感じさせてくれる」
 片方だけ耳が水中から出ていると、両方の世界を同時に味わえる。

「時間が経過するうちに、水中にある耳が脈の音を聞くようになる」
 自分の脈の音かと思ったが、終わってから伺うと、そうではないことは判明。終始、腕で支えられているので、触れている耳が脈を感じ取ったようだった。驚きの体験だった。

「水中から出ている体の部分が、ひんやりしてくる」
 37度の温度と外気温の違いが、時間の経過につれてその差を敏感に感じられるようなる。

 2回目の方が、より力が抜けて、上がったときのからだの重さをより強く感じた。
 
 いちばんの印象を一言でいえば、
”赤ちゃんが母親の胎内から生まれ出たときの既視感的皮膚感覚を味わった”
 
「音の世界は急に多様になるだけでなく、鮮明になる」
「ただし母親の心臓の脈動は聞こえなくなる」
「外の空気や風にさらされる皮膚感覚はちょっと刺すようで、冷たいー」
「からだは重いよ!」
 言葉にならなくても、これが最初に意識として残る深い感覚だと思った。
 そうだ、誕生の瞬間に赤子が感じることは、きっとこんな感じに違いない。

 いやいや、こんな風に後から冷静に言ってみたけれど、その時はひたすら任せきって気持ちよかったのであります。

「最初からよく力が抜けますね」
 言葉に誘導されて、一回目を終えた時に、内緒にしていた野口体操を白状してしまった。

「寝にょろ」と「上体のぶら下げ対話」と「野口流マッサージ」を温泉に浮かびながら受ける感じかな〜〜〜。。。。。。
 ちょっと違うけれど、共通点も多い。
 
「WATSU」という療法でした。


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 旅の予期せぬプラスα

 一泊目の夜には、ニューヨークとチューリッヒに長く駐在されていたという男性と、昭和の時代を代表する山水ステレオでクラシックやジャズを聞きながら語りあった。
 二日目には、同じ男性と宿のご主人が加わって、3名で蓄音機を囲んでベートーベン「田園」や「テネシーワルツ」など何曲かを聞くミニコンサート。
 ご主人が入れてくださったモーニングコーヒーは美味だった。

 音楽のこと、美術のこと、「井上靖『中国行軍日記』」、「井上靖の戦争体験」「現代の中国事情」、諸々、年齢が近く共通の文化的な土壌もあってか、会話は楽しかった。

 詳しくは、レッスンで。。。。。。

 場所は↓

「船原館」
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