羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

赤のチカラ

2007年10月31日 20時01分27秒 | Weblog
 昨日のブログにコメントをいただいた。
 赤にはチカラがありますね。
 そういえばあなたの靴は、いつも赤!
 よく似合ってますよ。

 お年寄りの集まるワークショップに「赤づくし」の出で立ちは、いいアイデアかもしれません。
 なんでも還暦に「赤いちゃんちゃんこ」を贈られ、それを身につけるのも「赤もの」の魔除だと、サジさんが話してくださいました。

 野口先生が、ご自宅で体操をするときに、赤いビーズを何連も重ねて首にかけてなさっていたことを思い出します。懐かしい。

 紅・韓紅花・緋色・朱色・茜色・臙脂色・丹・蘇芳色・小豆色・紅梅色・退紅……エトセトラ、全部「赤」です。
 朝焼けも夕焼けも同じ太陽。
 
 でも、時に、色は人の心を乱します。
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魔除のブログ

2007年10月30日 18時37分48秒 | Weblog
 今日は、朝日カルチャーのレッスンが、自分でいうのもおかしいが、大変よく出来たと思っている。出掛けぎりぎりまで、原稿を書いていた。レッスンがはじまったときには、テンションはすでに上がっていて、エンジンがかかった状態だった。

 で、テーマは「赤もの」だった。
 それが体操をどんな関係があるのかと問われると、なんとも答えに窮する。
 あると言えばあるしないといえばない。
 いや、あるんです。

 ひとへに「赤タコ」がもたらしてくれたこと。
「赤もの」は魔除なのである。
 赤色が魔除色なのだ。

 朝のレッスンの部屋は、ほどよく朝の光が入ってくれる。
 もっていった「赤もの」が、目に入ると、皆さんはすっかり目が覚めたようだった。

 おもえばこのブログの色も赤が貴重だ。
 赤といっても広ろうござんす。
 赤のなかの茜色(あかねいろ)と臙脂色(えんじいろ)だと思う。
 これは魔除のブログかもしれない。
 ブルー系にしてくださいという注文ももらっているが、しばらくこのテンプレートでいきます。悪しからず。
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うまいなぁ~!

2007年10月29日 12時40分03秒 | Weblog
 他の人が書いた文章が、みな上手に思える。
 資料を読んだり、レッスンのために本を読んだりすると、「なんで、こんな凄い表現ができるのだろう」とか「なんて素敵な言葉遣いなのだろう」とか「上手く書けているよね」とか、いろいろに思うことが多いが、「うまいなぁ~」と感心してばかりいる。

 夏の終わりから書き始めた原稿が、そろそろ初稿の段階まで詰めてこられた。
 細かいところを手直ししたり、足らないところに加筆したり、余分なところを削ったり、いくらやっても切がない。やっているうちに形が崩れ始めている。
 お~っ、怖わ!

 とにかく持ち駒の語彙が少なすぎる。
 そんなとき重宝するのが『類語新辞典』角川である。

 まぁ、ようやくここまで辿り着いた。
 
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雨上がりの早朝

2007年10月28日 08時35分45秒 | Weblog
 朝の5時は、まだ暗い。
 今朝は、床の中で30分ほどもたもたと時間を過ごしてから起き上がった。
 いつものようにまず新聞を取りに行く。
 玄関ドアを開くと、湿気を含んだ空気が、からだに絡まってくる。
 立ち止まって鼻呼吸をする。
 いい匂いだ。
 思わず両手をあげての伸びをする。正面から左右に振り分けて、数回繰り返した。
 ご近所の玄関灯が、そこここにボーッと所在なげに周りを照らしている。

 昨日は、ものすごく降った。
 町の汚れが一気に洗い流されたような気配が匂いから感じられる。
 東京の下町、まだ、眠っている町は静かだ。
 カラスもスズメも猫も、太陽が昇るのを今か今かと待ち構えている見えない動きを感じようとしている自分が玄関先に立っている。

 とぼとぼと歩いてポストから新聞を取り出す。
 我が家に接近して建てられている隣家のアパートは、こちら側に出入り口があって、各部屋の扉にはともし火がある上に、通路には一晩中つけっぱなしの灯りあるために、我が家の東側はとても明るい。
 その光でぼんやりだが新聞の文字が読めるくらいだ。

 日曜日は、お昼近くにくらいにならないと町は本格的に動き出さない。
 ただ、日が昇りはじめると、犬の散歩の人がわずかに通りかかるくらいだ。

 朝食をすませ、一しきり掃除をしてから、一昨日からの洗濯物や、昨日外出した際にびしょびしょに濡れたリュックから中身をぬいて干す。そのほかにズボン・レインコート・傘、加えて寝具などを干して、今、こうしてブログを書いている。

 なんとなくしっとりと落着いた日曜日の朝である。
 さぁ、これから原稿の推敲をはじめるとしよう。
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万歳! 食彩の王国……今日は塩

2007年10月27日 11時46分42秒 | Weblog
 海に日を沈め 塩焼く火を守る

 卓袱台の上にあった広告紙の裏に思わず走り書きした。正確ではないかもしれない。作者の名前を書き取ることも間に合わなかった。
 
 本日、「食彩の王国」秘伝・奥能登の塩ーの最後に画面に記された句だ。
 夜を徹して塩が作られていく。

 久しぶりにこの番組を見た。
 塩の味は製法によって、その日の火入れの状態によっても異なるという。
 職人の秘伝の技の賜物である。

 私の手元にある岩塩も、味が異なっている。ま、これは鉱物標本なのだけれど。
 ところで今でもあるかしら?
 渋谷駅からNHKに向かって右側の坂を登り、4・5分くらいだろうか。
『たばこと塩の博物館』があった。そこでは大きな岩塩が展示されていた。
 日本の環境では、あのままでは塩は小さくなっていると思うが、空調がいいのでなくなることはないと思う。
 ただし、人気のないときには、きっと皆が味見をしているだろうから、それで小さくなる可能性はある。

 見ていて思う。
 どんな料理にも負けないのは、炊き立ての美味しいご飯を塩おにぎりしたものだと思う。それに豆腐に揚げにわかめの味噌汁があったらいいわね! ついでにお漬物も。

 この『食彩の王国』は、脳に素晴らしい美味をもたらしてくれる。
 番組が中盤から終盤にかかってくる頃にはからだが熱くなる。
「自然をいただくありがたさを感じる」などと言うと、お説教じみてこの番組にはふさわしくない。
 多少贅沢でも、美味しいものを極めようとする、人々の心意気に魅せられるのである。

 火は食材を料理に変えるというCMもにくいじゃない。
 なんでこんなに幸せ感をもらえるのだろう。
 一口も食べていないのに。

 『食彩の王国』万歳である!
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琺瑯看板

2007年10月26日 08時41分25秒 | Weblog
 この字「琺瑯」なんと読むかご存知ですか?
 初めて知りましたの!

 若い方と話をしていたときのこと。
 なにげなく「マネー・ビル」と言う言葉を「ボディー・ビル」に関連して話しところ、そんな言葉は知らないとおっしゃる。
「エッ、そうなの? 博学なあなたが!」

 そこで調べてみました。
 この言葉は、「ボディー・ビル」から造語されました。昭和31年(1956)ことです。

 以前、『野口体操入門』を書いたとき、ボディー・ビル協会の玉利斎さんのインタビューをさせていただき、その時に伺って造語だと言うことを知ったわけです。
 ひ弱な肉体を強くすると言う意味で、「ボディー・ビルディング」を縮めて、「ボディー・ビル」と名付けたそうです。それが昭和29年から30年にかけての時期。もともとは早稲田大学に玉利さんがつくった「バーベルクラブ」で、その活動を本格化したのが「ボディー・ビル協会」と言うわけです。

 昭和31年に「ミスターニッポンコンテスト」を始めて、一躍時代の流行に躍り出ました。そこに目をつけたのが、日興證券(現在の日興コーディアル證券)の広報部で、「マネー・ビルディング」を縮めて「マネー・ビル」とし歌までつくってしまったと言うわけです。

 当時、私は小学校1年生でした。
 この言葉は結構長い期間生きていて、子供たちも記憶するほど有名になっていました。つまり、ボディー・ビルとの対語でしたから。
 経済の高度成長に向かって、肉体も経済も大きく強くしようと言う日本全体の流れが作られていました。

 で、この「琺瑯」は、ホーローと読みます。
 主婦の方が「お散歩Photo Album」というブログで、町で見つけた琺瑯看板を一覧にしているなかに、「日興證券のマネー・ビル」という看板があったわけです。

 初めて目にした漢字の訓みを知った感動を今日はお伝えしました。
 
 ブログ「お散歩Photo Album」のアドレスです。

 http://www.rose.ne.jp/~perceus/index.html
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分別

2007年10月25日 08時21分59秒 | Weblog
 10月からゴミの分別方法がかわった。
 しばらくの間、ゴミの種類を見て、どっちなのかと迷うことがあったが、慣れてきたと思う。
 よく考えてみると、今までの分別は何だったのかとおもうこともある。
 
 結局、ゴミをためておく容器が、一つ増えてしまった。
 可燃ゴミ用・不燃ゴミ用・資源ゴミ用(1、新聞雑誌ダンボール他紙用、2、ビンや缶、3、ポリ製品など用)。
 屋外に四つ、うちのなかに新聞等々紙の場所を用意している。

 最近の若い方は、新聞を取らなくなったと聞く。若くなくてもやめてしまった方もいる。我が家でも二つとっているうちの一つにしようかと話し合ったのは、10年以上も前のこと。
 結局未だに二つの新聞をとっているままだ。
 記事の内容が異なるので止められない。しかし、一週間分の新聞と折り込み広告をあわせるとかなりの嵩になる。
 そして、捨てるときの紐は、いままで廃物利用していたが、とうとうなくなってきた。
 確かに新聞と一緒に紙袋が月に一度くらいの割で配られるが、それでは間に合わないのと、なんとなく勿体ない感じがして袋に入れて捨てる気がひける。

 以前は、母が使用しなくなった大きな綿物を裂いて、紐をつくっていた。それにも限度があるというもの。

 ところで、隣組で行っているゴミ当番は、資源ゴミの日はやく半年に一度ほど、他のものはかなり頻繁だ。
 今日は不燃ゴミ収集日の当番に当たっているので、8時30分過ぎには、外の気配に注意を払っていなければならない。

 さて、思うこと。
 最近の我が家では、ゴミの量は減っているものの、ちゃんと料理をした週の生ゴミは重い。仮住まいしていたとき、二階に住んでいる人のゴミが、トレー類ばかりだったのに驚いたが、一人や二人の暮らしでは、なかなか料理はつくれないかもしれないと納得してしまった。

 あっ、もう、そろそろかしらね?
 外に出てみよう。
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文章のみがき方

2007年10月24日 19時14分07秒 | Weblog
 辰濃和男さんの新刊『文章のみがき方』を、半分ほど拝読した。
 示唆に富んだ内容で、勉強になります。
 とはいえこれだけのことが自然にできたら、もう文筆家に違いない。
 素人としては、さまざまな悪さをしたまま、迷文を書き続けてる。
 教えを少しでも実行に移したいと思っているが難しい。

 いちばん印象にのこったのは、「まず、座ること」という話だった。
 書く・書かない、書こうとしても書けないとしても、机なりパソコンなり、書く体勢にもっていくことが大切だとおっしゃる。

 ブログを毎日書くということも、いい文章修行にしたいものだ。
 駄文ばかりを載せているが、やらないことにはじまらない。

 読んでくださる方に感謝です!
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十三夜

2007年10月23日 18時55分31秒 | Weblog
 今、月を見てきた。
 今夜は十三夜である。
 少し欠けた月。あたたかみのある色は、秋の色である。蒼く透き通る冬の色とは違って、親しみがわくのは黄色味がかっているせいだろうか。

「十三夜」といえば、樋口一葉の作品である。
 初めて幸田弘子さんの朗読会で聴いたのが、かれこれ三十一年前のこと。。
 聴き終わって、上野の本牧亭を後にし町を歩きながら、幸田さんの語りを反芻していた。あの夜ももしかすると十三夜だったかも知れない。
 町を抜ける夜風が寒かったのを思い出す。

 実は、母方の実家は日清日露の時代に、荷車と人力車をつくって軍に納めていたと聞いている。若い職人を抱えて、米櫃は神社のお賽銭箱くらいあったとか。話半分に聞いても、昔の若者は米をたくさん食べたということだ。米以外の副食はほとんどないのかも。

 さて、物語だが、幼馴染の男が車引きに身をやつし、その車に偶然に乗った御新造は実家の親に諭されていやいやながらも婚家に戻る道すがら。二人を照らす月が十三夜だった。この物語に、まん丸の十五夜ではそぐわない。

 なにとなく明治の時代に懐かしさを感じるのは、母の昔語りを聞いてきたからかもしれない。それに重なる一葉の時空間に親近感を覚える。
 
 秋の夜は、月影に昔の恋人をふと思い出したりして……情緒ありやなしや。
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赤タコの驚異

2007年10月22日 18時56分42秒 | Weblog
 昨日、朝日カルチャー日曜クラスの出来事。
 新発見である。いや、新感覚である。

 例の「赤タコ」の足がいちばんよく揺れているときに、赤い玉に触れると、ビョンビョンと揺れが玉の内部に伝わっているのが感じられる。
 指からはじまって腕・肩、そして耳へと音が伝わる。骨伝動という感じである。

 まったく触ってみなかれば分からない。
 目にはなんの変化も見えない。
 目で見たから間違いないという言葉は非常に危うい!
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諦めないこと!

2007年10月21日 09時13分41秒 | Weblog
 昨日、朝日カルチャーの土曜日クラスのレッスンでは、皆さん嬉々として新技に挑戦してくださった。
「つぶれちゃう~!!」
 笑い声を立てながら、あっちこっちでうつ伏せにつぶれてしまっていた。
 事前に電話で伝えてあった方は、しっかり練習をしてくださったようで、かなり楽々と動きをこなしておられた。
 基本的には男性の方が楽なのだが、女性もやり方によってまったく歯が立たない動きではなかった。そのことが証明されたレッスンだった。

 偶然に気がついた新技である。
 いつ、何が起こるかわからない。
 諦めないことが大切だということを、お伝えしたかった。
 
 今日は分かったような分からないような話でした。
 そのうちに動画でご紹介しましょう。だいぶ先になりそうですが。
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寄り添う猫

2007年10月20日 07時56分17秒 | Weblog
 育たなかったのかと思っていた夏うまれの子猫が、生きていた。
 そのことに、何日か前に気づいた。
 
 昨日は、通りかかった女性がなでている姿を二階から目にした。
「野良猫なのに、どうして????????」
 クエスチョンマークがたくさんついた。
 その周りを春うまれの兄弟?姉妹?の一匹が、うろうろしながら様子を伺っていた。

 買い物に出るときに、まだ、近くに子猫がいたので、私も近寄ってみた。
 まったく逃げないのだ。
 もう一匹の夏生まれの子猫もそばにいたので寄っていくと、こちらは素早く身を翻して距離をとった。

 二匹は明らかに動きが違う。元気な子猫は走ってまわるが、人間に抱かれてしまう子猫はもたもたと歩くのみ。からだも小さい。

 買い物から帰ってくると、元気のない子猫のそばで春うまれの猫が寄り添って寝ていた。母猫がそばにいないので、多分父親も同じだと思うが、守っているという風に見える。

 誰か餌をやる人がいるから、お婆さん猫・その娘の母猫・春夏うまれの子猫たちという三代そろっての半野良猫暮らしが成り立っているようだ。
 つまり兄弟・姉妹も、同じ縄張り内にいることを母猫が許しているようだ。

 思いは複雑である。
 野良猫の素早い動きは、サバイバルに直結している。本来、素早い動きができないと生存できないのが野良猫の世界だ! 
 
 見ていると、可愛いものに非情になるのは非常に難しい。
 それなのに痛ましい事件が起こるなんて許せないご時世だ。
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テレビを消す、その大切さ

2007年10月19日 22時36分10秒 | Weblog
 テレビの音量のことでは、コメントをいただいたりメールをいただいたりと、皆様にご心配をかけました。

 母とも雑談をする時間を長く持つようにしてみたら、彼女がその時はテレビを消すようになりました。
 で、私と一緒の時には、音量を下げる努力をしてくれています。
 耳は遠くなりましたが、まだ、ぼけてはいないようです。
 
 今夜も、テレビを消して雑談をしました。
 というわけで、少し落着きました。

 今日はご報告。
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「もの・ことば・うごき」

2007年10月18日 18時57分41秒 | Weblog
 野口体操の「もの・ことば・うごき」の三点を、生かす授業を後期では行っている。
 しばらく「もの」をもたずに、言葉の説明と動きを見せることで行っていた。
 しかし、しばらく前のブログにも書いたように、野口独自の体操のあり方を捨てることはないと思い直し、はじめているのだ。

 先週は、学生も戸惑っていたが、今日は興味の示し方に活気があった。
 次第にもっと慣れてくれるだろう。
 ものがそれ自体で醸しだす力は凄いのだが、慣れないとなんでこんなものが動きに関係あるの? といぶかしげな表情に出会うと、張り合いがなくなる。
 今日は、そういう意味から言うと、動きのイメージが一歩深まったようだ。
 9月20日から後期は始まったので、来週で半分まできてしまう。
 
 体育施設からでると、気温が下がっていて、寒くなっていた。
 しかし、2コマ連続で授業をすると、相当に暑くなっているので、寒さも心地よさに感じられる程度だった。
 野口体操の授業は、教える方も教わる方も芯からあたたまるようだ。
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テレビの音量

2007年10月17日 18時44分15秒 | Weblog
 母が風邪をひいて、回復したのだが、耳が遠くなった。
 ますますテレビの音量がものすごく大きくて、実は、今も逃げ出してきたところだ。
 お年寄りのいる家の悩みに、この音量があるときいていたが、ほんとに凄い。
 上下で暮らしてるので、二階に避難すれば、音は聞こえないので助かっている。
 とにかくどこまで我慢ができるのだろうか。
 
 お年寄りが集まって暮らしている施設というのも、外からではわからない、いろいろな問題があるのだと思う。
 
 今のところ我が家では、ほどほど元気で自分のことはやってもらえるので助かっている。
 先のことは考えたくないということが正直なところだ。それではいけないのだけれど。
 
 老いということは、避けて通れないだけに、辛いものがある。
 
 今日は、愚痴ブログでした。

 
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