羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

日常の豊かさ、そして……野口体操

2009年11月30日 15時15分25秒 | Weblog
 駿河台で授業を終えて、市ヶ谷にある「山脇ギャラリー」に立ち寄った。
 藝大の卒業生の建築家から、お知らせをいただいていたから。
 テーマは「高齢化社会へのメッセージ展 PartⅤ~楽しく生きる衣・食・住~」
 彼女の展示は‘人と銅との関わり’。
 銅を使った日用品(鍋、ヤカン、湯たんぽ、玉子焼き器、洗面器、ETC)、ドアノブ等々、生活になくてはならないものを紹介していた。

 面白かったのは、銅には抗菌作用があることから台所用品がつくられていたり、花壇に指す名プレート、そして鉢の穴に置いて水は流れても土はこぼれないようにするもの等。これはナメクジ除けにもなるとか。
 昔から‘銅(あか)がね’の製品は、ちょっと贅沢だが、日常生活の中ではよく目にするものだった。プロの日本料理人の道具では欠かすことが出来ない。
 花瓶や水差し(華道などでは今でも使われている)は、デザイン性も優れたものもあったし、その他には漆を使った雑貨。漆は日本人にとってしっくりとくる。
 シンプルなデザインは、ちょっとしたカープや切れ込みで、雰囲気が醸し出されるもの。日常のものは、身近において使われてこそ、生きるものなのだ。
 ものに囲まれながら、短い時間だったが、野口体操についても話をした。そこで確認できたことは‘野口体操は文化である’ことだ。
「私たちの目が黒いうちはいいけれどね」溜め息!
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ユニクロ NY地下鉄を アド・ジャック

2009年11月29日 11時58分41秒 | Weblog
 かつて三菱地所がニューヨークにある‘ロックフェラー・ビル’を買収したことを知ったとき、アメリカ人の心境を慮って‘そんなことをしていいのだろうか’と思った記憶がある。
 懸念したとおり、その買収劇は、ビルを活かすことも無いうちに、お粗末な結果に終わった。アメリカは法律までも変えて、三菱地所側が持ちきれない状況に追いやって、結局2年ほどで元の持ち主に買い戻された。

 さて、この話を思い出したのは、週刊NY生活今週号の記事を見たときだった。
《ユニクロ 地下鉄 アド・ジャック》
 見出しの脇に写真が掲載されている。
 地下鉄‘グランドセントラル・シャトル’の車体が、黄色・オレンジ等々の暖色系ユニクロ広告にすっぽり包まれているのだ。
 更に記事を読むと外側だけでなく、車内も座席全体にもユニクロカラーが施されているのだという。走行期間は、11月1日から30日までの一ヵ月間。
「元気な企業は元気なんだなぁ~!」
 国を象徴するビルを買収したわけでは無いから、アメリカ人の反感はないと思う。
 その記事内に、地下鉄に乗った日本人の感想は書かれていなかったが、もし私がその広告に出くわしたら、多分心がふわっとあったかくなると思う。
 でもJRの車体に、外国企業の広告が描かれたら、どんな印象を持つだろうか。
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ドル箱、そして、千両役者

2009年11月28日 09時24分58秒 | Weblog
「ドル安・円高にドバイショックが重なって、ユーロも売られ円は独歩高。輸出関連企業は軒並み株価をさげた」でも今日のうちに「ドルに換えておこう」と換金場所は行列ができた、というニュース。テレビもITニュースも新聞もワンさと報道していた昨日のこと。
 私にとってのドルは長いこと365円だったのに、と隔世の感を抱いた。
 
 ところで、このニュースですぐさま浮かんだ言葉は「ドル箱」。
 実は、野口三千三先生が朝日カルチャーセンターで講座をもたれていた晩年に、「ドル箱先生」と呼ばれたことがあった。その上一回だけだったが先生に「大入り袋」が出されたこともあった。あの頃は、バブルの絶頂期で、日本全体に元気の‘気’が、溢れていた時代だ。
 何でも「ドル箱」とは、明治時代に千両箱(金庫を表す)をもじった俗語で横浜の貿易商で使われていた言葉。今では使われなくなったが「ドル旦」つまりドルを稼ぐ金持ちの旦那と結びついて、金持ちや金を引き出せる客を「ドル箱」と呼ぶようになった。それが「金になる」という部分だけがクローズアップされて、儲けのいい俳優をとくに指すようになっていったとか。
 
 確かに野口先生は稼ぎ頭で「ドル箱先生」だったことは事実だが、「千両役者」でもあったわけ。千両箱が‘金庫’なら千両役者は何か。広辞苑によると《格式のある俳優。技芸の優れた俳優。転じて文句なく優れた人》だそうだ。
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『至虚への道』太極拳経解釈

2009年11月27日 09時15分08秒 | Weblog
 月初めに美しい本を戴いた。
 帯には《太極拳の奥義を秘めた聖典がいまここに明らかとなる 太極拳愛好家、必携の書》とある。
 まず頁をひらくと、「起源」の章に‘太極拳’という名前の由来は「太極拳経」にあると記されている。
 根底にあるのは陰陽理論。太極拳は数ある中国武術の中では新しい武術で「ようやく三百年」と書かれていた。
 しかし野口体操から比べれば長い歴史を持つと言わなくてはならないのが、正直なところちょっと羨ましい。

 それはさておき、「太極拳経」を解釈しながら、現代的な視点も加え、若い人からご年配の方々まで楽に読みすすめられる内容にまとめられている。
 特筆すべきは、書物の意匠が洗練されていること。
 出版に当たった方々の太極拳への篤い思いが伝わってくる仕上がりである。
 著者は、唯一‘宗匠’とお呼びしている楊進氏。
 楊名時師家の後継者でNPO法人日本健康太極拳協会理事長である。
 朝日カルチャーセンターでお目にかかる機会を得て、親しくお話をさせていただいている。
「宗匠なんて呼ばないでよ」とおっしゃる気さくさに、兄貴のような存在でいてほしいと勝手に決めているようだが、やはり宗匠とお呼びしたい。
 
 『至虚への道』 楊進著 二玄社 2009年10月30日 初版発行
 
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午後の散歩……飛鳥山・紙の博物館、上野・都美術館、そして寛永寺

2009年11月25日 18時50分14秒 | Weblog
 午後は雨も上がって、暖かくなった。
 そこで王子にある「紙の博物館」に出かけた。
 山手線で大塚駅から都電に乗り換えて、飛鳥山下車。
 以前、訪ねたことのある場所から移転したような気がする。
 11月29日まで‘手漉き和紙の今ー日本の心2000年紀『和紙總鑑』と題した企画展が開催されている。
 地味な博物館だが、展示品を見ながら‘紙’についての大枠がわかって勉強になる。
 お願いすれば一人でも解説をしていただけるようだ。
 お目当ては4階の和紙コーナーだった。
 やっぱり和紙は素晴らしい。
 展示品のなかでの発見は江戸時代の‘三行半’だった。

 博物館を後にして、飛鳥山をこえJR京浜東北で上野に出た。
 せっかくなので和紙つながりで「冷泉家 王朝の和歌守り展」を見たくなった。
 ここで藤原定家の「明月記」の実物に出会えたのは嬉しかった。
 そして王朝の雅を垣間見ることができる‘本継技法’の和紙に文字がのって、長い時の流れの中で生き続けた‘文字の魂’‘和歌の魂’に触れられたのはよい時間だった。
 代々に渡って守り続けることの凄さを目の当たりにした。

 さて、ここまで来て素通りしてはいけないところがある。
 もちろん寛永寺の墓所である。
 高崎方向を向いてたてられている黒御影の墓には、供えられた新しい花があった。
 どなたがお参りされたのであろうか。
 その花に私のものも加えて、線香を手向け、手を合わせた。
 一年の締めくくりに近く、野口三千三先生にさまざまな報告ができた。
 
 今日は、11月25日。
 晩秋とはいえ、あたたかな午後、王子(飛鳥山)、上野公園、鶯谷と散策した道順をおさらいしている。
 時計をはずして、時間を気にせず、古代から現代まで‘紙’と‘文字’と亡き人との思い出を辿ったよい半日であったなぁ~。
 午後の散歩道は、野口先生にお供して歩いたところばかりだった。
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お洒落なオマケ

2009年11月22日 09時10分34秒 | Weblog
 毎年、十一月末に、カレンダーをいただく。
 白川静さんがご存命中、そして亡くなったあとも二年くらいは、平凡社刊「漢字暦」だった。
 これは一年ごとにテーマが決められ、それに関連した甲骨文字群を配したシンプルかつ‘読ませる’カレンダーだ。
 来訪者の目に止まると、かならず「これは何ですか」と100%質問を受けていた。
 待ってました、とばかりに、いかにも自慢げに‘白川静さんのこと’‘甲骨文字のこと’その世界に導いてくださった‘野口三千三のこと’等々を、話すのが慣しとなっていた。

 白川さん没後は、それに換わって、日本でいちばんシンプルなカレンダーが贈られるようになっていた。
 今年も昨日の午前中に届けられた。
「いつものカレンダーです」
 連絡を受けていたので、そのつもりで梱包を解いた。
 
「カレンダーの上に、茶色の箱がある」
 その箱には、iPhoneの絵が描かれていた。
 そして絵のなかに《Smart Base for iPhone3G》という文字が記されている。
「何だろう」
 急く気持ちを抑えながら、蓋をあけ、中に入っている黒い製品を取り出した。
 iPhoneを卓上に置くためのベーススタンドだ。
 ぴったりと納まる形状だが、パソコン同様のカーブがついていて、片手で取り上げられるように指が入る空間がある。
 裏を返すと、ケーブルを接続したまま充電や同期が出来る上にぴったりと収まる溝が掘られているではありませんか!
「もしかして、計算機が使いやすいかも」
 そう気づいて、さっそく試してみた。
「ほー、優れものだ」
 実は、手にもったままだったり、机の上に平たくおいて使うのは、ちょっと不便さを感じていた。打ち損じが多くて、結局、使うことはなかった。
 ところがである。傾斜がついていて、材質がしっかりしているから、固定度が丁度よい。
 材質は‘エラストマーゴム’と表示されている。
 つまり、固定電話のように取り上げやすく、楽な打鍵が可能になるスタンドだった。

 シンプルビューティーなカレンダーに、洒落たオマケが嬉しかった。
 年が開けて確定申告の計算には、今まで使ってきて調子が悪い電卓に換えてiPhoneにしよう。

 ↓unite (製品に関する情報)
 www.unite-products.com
 
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ハタキ

2009年11月21日 08時07分25秒 | Weblog
 十数年前に、母が作ったハタキ二本が、使いづらくなって久しい。
 しばらく前から、作り替えたいと思っていたが、億劫で出来なかった。
 いよいよ年末。
 いくらなんでもこのままでは掃除がしにくい。
 そこで、母が元気なうちに、作り方を教えてもらおうと思いたった。

 というのも建替えた我が家は、一室だけフローリングで、あとはすべて畳の部屋ばかり。
 当然、襖や障子に加えて、長押(なげし)があって、ハタキがなくては始まらない。
 つまり、あっちこっちに横桟が多い。

 まず、《和服ハギレ たち落とし》と書かれている洋服箱から、適当な布端を探す。その中にある布は、すべて絹布。それがごっそり詰め込まれている箱が二箱あった。赤、朱、白、紫が主で、他にも絞りの入ったものや、柄物のハギレなど、選り取りみどり状態だ。

 薄くて軽い赤い絹布を二本分、目分量で測って選び出す。
 幅は4センチ五ミリほど、長さは四十センチくらいを目安にして、二十本を用意した。
 それからこれまで使っていたハタキから、残っている布をはずし、棒だけにする。
 この棒には、布をまとめるために、一本の釘が棒の先に打ちこまれている。竹の棒に対して垂直で、片方は釘の頭、もう一方は釘の先が、ほんの少しだけ出ている状態だ。
 そこに十本の絹布を均等に分け、棒に対して並行にまとめて、釘の近くでキリッと結ぶ。
 次に絹布の向きを棒からはずれた方向に換えて、縛った紐の近くを持って、外側から縛り付けると出来上がりである。
 その作業を二回行った。
 新たに二本のハタキの完成だ。

 簡単なことだか、長さや太さや色合いや結び方にちょっとした気遣いが求められた。
 母さんと夜なべをした、て感じ。

 作り終えて、二箱に詰め込まれているハギレを、改めて見ながら
「これだけあれば、何十本もつくれそうね。でも丁度いい太さの竹を見つけるのが大変そうね」
 母に話しかける。
「誰が使うの?」
「確かに……」

 今の家のつくりでは、ハタキ+箒+塵取りを使って掃除をすることは、むしろ出来ない。
「掃除道具ひとつとっても、昭和は遠くなりにけりヨッ……」
 母は呟く。

 昨晩の夜なべの収穫は、二本のハタキと少し若返った母。
 今朝になって、さっそく座敷を掃除してみた。
 実に使い勝手がよい。
 これでまた十年はたっぷり持つだろう。
 
 実は、使い始める前に、朝日に向けてお祓いをした。
 すると真っ赤な薄絹が、より鮮やかな色に染まって美しく舞った。
 これぞハタキだ、といわんばかりに……。
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ブルーマンデー症候群

2009年11月16日 18時43分44秒 | Weblog
 月曜日は、なぜか電車が止まったり、遅延したりすることが多い。
 実は、先週も今朝と同様に交通機関は乱れた。
 人身事故、信号機トラブル、線路内に人が侵入した、あるいは電車に人が接触した等々、理由はさまざまだ。
 JR山手線・中央線・総武線・埼京線・新宿ライン、おっと忘れるところだった東海道線も、そして京王線・小田急線などの私鉄や地下鉄各線も含めると、ほとんど何処かの線で、日替わりで何かが起こっている。とりわけ最近の月曜日は、重なって事故が起きるようだ。
 そのせいかJR御茶ノ水駅改札口では、「どうぞご自由におとりください」とばかりに、遅延証明書が常備してある。

 今朝は、授業で紹介するために持っていった『文章は接続詞で決まる』石黒圭著 光文社新書370に次のような文があったことを思い出した。

《では、月曜日の危機をどう乗り越えればよいのか。「週末は寝て過ごすのではなく、適度な運動でストレスを発散すること。『月曜日に会社に行くだけでOK』とのんびり構えることも必要です。会議や朝礼を月曜日に行う会社や学校が多いが、ストレスを増やすだけだし、仕事の効率も悪い」》
 この文章は、毎日新聞2005年2月5日夕刊に掲載された「本当にあった自殺の危険日『ブルーマンデー症候群』」という見出しの記事だそうだ。

 確かに、普通に幸せな人だって、寒くなると月曜日は、朝が辛いかもしれない。
 かく言う私も、今朝は珍しく寝坊をしてしまった。
 電気釜にタイマーセットしてあった朝食用のご飯がすでに焚けていて‘保温’に切り替わっていた。
 今週は、珍しくアタフタ、アタフタの出だしとなってしまった。
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判るということ……?????

2009年11月15日 19時15分01秒 | Weblog
 何かがわかる、何かが腑に落ちる、一歩前に進む、……、ということは、或る時間が必要だ。
 何の話か、というと「胸まわし」の動きの一つの解釈である。
 反時計回りの場合、時計回りの場合、二つの回り方で、左右関係が変わる事に昨日と今日の朝日カルチャーでのレッスンで、はっきりとしたことがある。

 今まで、いくつかの説明をし、方法を試みた。
 加えて新しい視点から‘胸まわし’を見直してみた。

 新しくはじめられた方には、わかりにくいことかもしれないが、比較的長期間続いている方々には、しっかりと伝わったようだ。
 私自身でも「なるほど」と思えた。

 重さを乗せる感覚、左右を分ける感覚等々だが、ここに文章として書けるまでにはいたっていない。
 実際に動きながら、実感を積み重ねていく作業が必要だ。
 それをすると、出来たつもりであったことをもう一度丁寧に見直すことになって、より進化した胸まわしを味わうことが出来るようだ。
 しかし、まだまだ説明し尽くしたことにはならない‘胸まわし’である。
 この動きだけではないが、奥が深い。

 というわけで、昨日のブログも、本日のブログも、言葉尽くせずと相成りました。
 そのうちに言葉にしたいと思っている。
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ハムレット……一言

2009年11月14日 08時06分52秒 | Weblog
 第六回 明治大学文化プロジェクト HAMLET を観た。
 芝居は一人じゃできない、だから面白い。
 素晴らしかった!
 
 書きはじめると長くなる、そこで一言。
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最近のこと、あれこれ……

2009年11月13日 08時35分29秒 | Weblog
 台風、体育祭、大学祭、シュウカツ、介護実習、インフルエンザ、等々、後期の授業は休みが多かった。
 そのせいか学生の間で‘休み癖’傾向がみられ、先週までは欠席者が出ていた。
 今週に入ってからようやく学生が戻ってきた。
 大学生のインフルエンザ罹患もあるが、小学校などの十代以下の子供たちほどではなさそうだ。
 そんなことで春の初期段階よりは、学生の足止めだけで、休校措置は取らない方針のようだ。ただし、今のところ、だ。

 少ないときでは履修している学生の六割からせいぜい七割程度の出席だった。
 もともと授業定員が20数名のクラスなので、、寂しかった印象はぬぐえない。
 欠席者はゼロではないが、一人、二人であるならば、全員出席としていいくらいだ。
 落着いて後半の授業を行える状況は嬉しい。

 そして本日は夜、演劇を見に出かける予定だ。
「明治大学文化プロジェクト 第六回公演 ハムレット」である。
 学生演劇といっても、大学主催で協賛もしっかりサポート体制が出来ていて、非常に大掛かりな公演だ。
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おぉ~、古本!

2009年11月07日 11時40分29秒 | Weblog
 10月27日にアマゾンに注文した本が三冊とも揃った。
 すべて古書である。
 二冊は、ほとんど間を空けずに届けられた。
 最後一冊は、先ほど家のポストに入っているのをみつけて、今、解いたところである。
 名古屋、大阪、そして本日の着便は静岡からだった。

 前の二冊は昭和48年刊。
 本日のものは昭和37年刊であった。
 どれも絶版の本だ。

 驚くのは値段だ。
 ブルーバックスは定価600円が486円。
 もう一冊は写真集に近いもので、定価980円が1800円。
 ここまでは、まぁ驚かない。
 そして昭和37年刊の稀少本は、新書定価280円が7773円であった。

 どの本も状態はよく保たれていて、線が引いてあることもなく、破損もなく、ただ紙の色が周辺部を中心に茶に変色しているだけだ。
 
 探しに出かけても簡単には見つからないだろう、と思えば仕方がない。
 野口先生が生きた時代の本だから、昭和で済んだ。
 明治、大正、さらにはもっと時代を遡るとなると、こんなことでは終わらない。

 さて、これで注文していた資料(本)が手に入って少し落着いた。
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「笑天」そして円楽さん

2009年11月06日 14時35分48秒 | Weblog
 記憶に間違いがなければ、小学校高学年のころ昭和30年代半ば過ぎから40年代ににかけて、落語は見やすい時間帯でテレビ放送されていた。
 なので代表的な落語作品は、ほとんど聞いたことがあるし、今は亡き落語家たちの話を聞いていると思う。

 ちなみに寄席中継だけでなく、歌舞伎はもちろんのこと、初代水谷八重子時代の新派、宝塚歌劇団、芸術座にかかる芝居等々、さまざまな劇場中継が、今以上に普通に放送されていた。(むしろニュースやドキュメンタリー番組は、少なかったような気がする)
 
 話を戻すと、寄席に出かけられない人でも、落語を耳にすることが出来た。
 もちろんその頃の落語家は、司会などの落語以外でテレビ出演することは滅多になかったと思う。
 ひたすら落語家として古典落語や新作落語を演じる噺家(はなしか)としての登場だった。
 最近では‘日本の話芸’として、とんでもない時間にしか放送されていないと思う。残念なことだ。

 で、日曜日の夕方日本テレビで放送されている「笑天」の大喜利は、必ず見ることにしている。
 種は似ているし、答えの要領もわかっているのだけれど、落語家の間合いや頓智や表情や声色すべてを見続けても飽きないからだ。

 さて、本題。
 円楽さんが亡くなって、今度の日曜日にはNHKで追悼番組が放送される。そのときに人情話の落語も聴ける。
 火曜日にもあるらしいことを、番組紹介スポットで目にした。
 正確な時間を見逃しているが、あとで調べることですみそうだ。

 もの凄い落語ファンではないけれど、日本の話芸として残してもらいたい、と熱望している私としては、‘星の王子様’と呼ばれたころの好男子を絵に描いたような円楽さんを思い出しながら、ご冥福祈っている。
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国会中継とF1撤退ニュース

2009年11月05日 09時16分45秒 | Weblog
 国会が始まって、時間があるとNHKの国会中継を見てしまう。
 昨日も午後からしばらく見続けてしまった。
 しっかり視聴率を上げている一人に入っているようだ。

 質問する側、答弁する側、それぞれの感情の起伏が見えてきて、こんなに面白いものだった(不謹慎な言い方をゆるして!)、とこの歳になって思っている。
 しかし、気になっていることが一つ。
 鳩山さんの華やかな外交デビューの裏で、イギリス(ロンドン)に出向いて予定の日程を過ぎても帰国なさらなかった御仁が、今頃、内側で何をしてしているのか。新聞記事を丹念に辿っても、見えてこない。
 こればかりは庶民レベルでは知りえないことなのだろう。
 百日のハネムーン期間を過ぎて、来年はどのような政治模様が描かれていくのか。
 二つの月を見る200Q年が、二大政党への一歩の幕開けになるのだろうか。
 どっかを潰して、まず一つ大きな党をつくってしまって、それから二つに割っていく。相当、気の長い話だ。
 もしかすると、そんな二つの月を200Q年に、描いている人がいるのかもしれない。
 国会中継を見ながら妄想した。

     ******
 
 そしてトヨタのF1撤退で、日本勢はすべていなくなったという。
 時代の変革を象徴する出来事と思いつつ、感慨がある。
 
 かつてBS放送で‘パリーダカール’通称‘パリダカ’を見ていた父に寄り添って、「シノヅカ」を応援していたこともあるのだから。
 でもその父はクーパー・ミニに乗って、何台かの車との最後の関係を終わらせた。
 今、生きていれば、エコ・カーを率先して乗り回しているに違いない。
 大正生まれの車好き、と、これからの車好きに共通することは何だろう。そう考えながらニュース報道された撤退発表会見で、トヨタの社長のとなりで、F1部門の長が男泣きしていた姿に、父の思いを重ねてしまった。
 実に、時代が変わったことを知らされたニュースである。
 
 さて、さて、沈まぬ太陽もなければ、沈みっぱなしの太陽もない、と思いたい。
 そうだ。
 日は沈み、また日は昇る。
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身体サミット「生命の構造を読み解く」

2009年11月04日 09時01分04秒 | Weblog
 昨日、東大の本郷キャンパス‘武田先端知ビル’にあるホールで開かれた講演+演舞+シンポジウムに出かけた。
 ノートを取る、内容をしっかり記憶してくる、学ばせてもらう、批評しよう、等々は、最初からすべて捨てて、楽しむこと(誤解ないように・遊びに)を決め込んた。
 河野智聖さんを代表とした「ミュートネットワーク」第一回の試みとして、とにかくめでたいことでした。

 ご出演の跡見順子さん、安田登さん、河野智聖さん、お三人とも存じ上げた方々だったので、自然と見方は‘身内感覚’に終始してしまった。
 なにより地下鉄・新御茶ノ水駅ホームでばったり出会った朝日カルチャーセンターの緑川さんと最後までご一緒できたのが、なんだか嬉しく心強かったことは書いておかなければなりません。

 さて、内容について、感想に関しては、このブックマークにある「健康誌デスク、ときどきギタリスト」きたむらさんのブログをクリックしてぜひお読みください。
 http://air.ap.teacup.com/ragtime/
 すべて見事に言い尽くされています。
 殊に、‘細胞’の話は、きたむらさんによって丁寧に解説されて、とてもよくわかります。
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