羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

消える絵

2013年11月30日 21時34分35秒 | Weblog
 前のは渦巻ぐるぐるでしたが、今度のは「消える絵』です。こちらの方が少し難しい。まばたきを我慢するといいみたいです。
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星月夜

2013年11月30日 20時07分55秒 | Weblog
「革命的衝撃!」という題で、ぐるぐる回る渦巻文様を30秒間見続けて、ゴッホの「星月夜」を見ると、驚くことが起こる。
 FBで見つけて、シェアしたところ、見た方が次々シェアしている。孫の孫の孫の……と続いているようだ。

 さて、この話を本日の朝日カルチャー「野口体操講座」で話をした。
 佐治さん曰く「昔、杉浦康平さんが、教えていたことですけど、レコードのターンテーブルの上に、渦巻文様を乗せてぐるぐるまわし、その渦をしばらく見続けて、目を離して自分の手を見る。するとぐわぁ~ん・グワァ~ン、手全体が伸びたり縮んだりするんです」

 なるほど。
 そこでブログでも紹介します。
 お試しあれ!
 ただし、長いこと見続けると気持ち悪くなりますから、ご注意のほど。
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クローズアップ現代「ウェアラブル革命」

2013年11月28日 09時15分34秒 | Weblog
 夜7時30分放送「クローズアップ現代」は、欠かさず見るようにしている。
 11月27日(火)は、「メガネ型スマホ登場 暮らしが変わる!?」
『ウェアラブル革命~“着るコンピューター”が働き方を変える』を見て、複雑な思いに陥った。
 たとえば、ベテラン看護師しか出来なかった仕事を、メガネ型スマホを着用しその指示に従うことで、まったくの素人派遣社員が業務をこなすことが出来るようになった。そうした代わってもらえる仕事を任せることで、ゆとりができた看護師さんは、より高度な仕事に時間を割けるようになる、という。

 たとえば、社員証の端末で、誰が誰と話をし、誰が誰とコンタクトをとらないのか。一人一人の社員の行動を把握し業務改善を行う会社の話。

 3年後には1億台以上が普及するだろうと言われている”着るコンピューター”は、人間がロボット化する道をつけるものらしい。コンピューターに使われる新たな管理社会の出現に、個人の心身の座標軸をどこにおいたらよいのだろう、という疑問を感じた。
「あなたは、人格なんか持たなくていいんだヨ!」
 人として生きる基本である“パーソナルな人格格差”が生まれる時代がせまっている、と知らせてくれたこの日の番組内容に、見終わったとたんに暗澹たる気持ちにさせられた。
 声なき声を誰が受け止めるのだろう。
 当然のことに教育が変わる。言語が変わる。人間関係が変わる。
 しかし、ヒューマンエラーはなくならない。
 しかし、管理されることに息詰る社員の造反はかならずや起こる。
 
 はじめてワープロの活字書体で打ち出された自分の文章を読んだときの嬉しさはどこに行った?
 はじめてMacが自分の部屋に来たときのドキドキ感はどこに行った。
 Macが家電とは違いあきらかに一つの人格をもった器機だと感じた畏れはどこに行った?

 はじめてiPhoneに触ったときの驚きは、どこに行く?
 はじめてiPadを手にしたときの感動は、どこに行く?

 持ち歩くコンピュターから、“着るコンピューター”へ。
 次は”からだに埋め込むコンピューター”だ。

「止めてくれるな お母さん! 男東大どこに行く」
 だったかな?
「止めてくれよ コンピューター!行き先わからず地獄行き」
 願わくば、なんでも“コンピューター指示待ち人間”にはならないように。
 いつの時代も行く末が案じられただろうけれど、一体全体、私たちはどこに行こうとしているのか。

 さらに一部の人間が優生思想を持ってしまったら、それこそ怖い世の中がやって来ること間違いなし。
 愚かなるもの、人間よ!
 もっともっと自然と野生と素朴さを大事にしよう! と思った次第であります。
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11月23日の朝日カルチャー「野口体操講座」のテーマに関連して

2013年11月25日 13時59分27秒 | Weblog
『「無の境地」への軌跡』と題して書いたブログの内容をテーマに、2時間のレッスンを行ったのは、11月23日の土曜日のことだった。
 文章に書きにくいことも、動きながらだと伝えることができる。
「上体のぶら下げ」と「前屈運動」、「やすらぎの動き」、そして「腕立てバウンド」に至るまでの段取りを「腹直筋」を取り上げて、緊張と弛緩の微妙な関係を味わっていただいた。
 非常に丁寧に実践してくださった北村さんが、ご自身のブログに体験記を載せてくれた。
『腹筋と筋肉痛と、自分の頭を縛っている志向のクセを外すことの関係について』
 FBでみつけたが、他の方々にも読んでいただきたくて、リンクすることに。
 実は、朝日カルチャーセンターの「野口体操講座」は、GWと盆休み以外は一年間を通して土曜日の毎週と日曜日の隔週+5週目は休みなく開かれている。
 それに引き換え、大学の授業は、春と夏休みがある。そこで前期の始まりでは、必ず筋肉痛が起こっている。まったく野口体操を知らない学生に「ゼロ」から教える。たとえカルチャーでのレッスンがあっても、自宅で体操をしていても、はじめての学生に「ゼロ」から動きを教えることによることからくる筋肉痛である。
 最近では夏の期間、明大のシェイクスピアプロジェクトで週に二回のペースで8月から9月半ばにかけてレッスンを行っているので、後期の始まりでは筋肉痛は起こらなくなった。

「力を抜く」ということは、「力を入れる」ことである、という実感をいつも得ている。
 つまり「支え」があって「ぶら下げ」が可能だ。「骨」が支える、といってもからだ全体で時々刻々形を変える「骨の構造」を最低限のレベルで維持するのは筋肉の働きである。
 また、動きのどの瞬間をとりだしても、力が抜けるためには、半分の筋肉は働く必要がある。

 そこで今まで、意識のうちに置かなかった「腹側」の意識を覚醒させて、特に基本から「腕立て伏臥の弾み上がり」そして「腕立てバウンド」への道を丁寧に味わってもらったのが、23日の土曜日のことだった。

 そこで北村さんの体験談だが、からだの動きのイメージ変革からくる「気づき」から、思考回路のマンネリ化のベクトル変更を可能にするという話に納得している。
 FBに寄せた新井英夫さんが寄せたコメントの一部を、無許可転載させていただく。
『イメージによるからだの動き変革体験が、アタマの思考のシフトチェンジを容易にする』
 そうなんですよ!ネ。
 読んでみてください。
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ヘテロトピア へテロクロニア

2013年11月23日 12時20分07秒 | Weblog
 昨晩、駿河台の明治大学「アカデミーコモン」アカデミーホールで開催された、岩波書店創業百年記念シンポジウム『知の現在と未来「大学、出版、知の未来」』の講演とシンポジウムを聞きに出かけた。
 コーディネーターをつとめられた明大教授・管啓次郎さんと近藤早利さんが同級生ということもあって、講座参加の手配をしてくださってあった。
 
 基調講演は、千葉大学教授・広井良典さん。以前、医学書院『看護学雑誌』「越境するケアー交話」で、いちどだけご一緒させていただいたことがあった。
 講演では、『人口減少社会という希望』の復習をさせてもらえた。春に読んだ時にはなぜ「鎮守の森」なのかが理解できなかったが、話を伺ううちにローカルが持つ深い意味が多少なりとも解る気がしてきた。

 パネルディカッションで、作家の高橋源一郎さんの話は、現実のエピソードを生き生きとした描写を交えて、「弱さとは何か」、そして「希望のもてる場を求める想像力・創造力について」等々、作家ならでは柔らかな語り口で、硬くなりがちな雰囲気に風穴をあけてくれた。

 メディア論が専門の長谷川一さんは、岩浪書店が多くの日本人に向けた啓蒙書となる「文庫」や「新書」といった形式をつくりだし、他社も追随してきたことによる「日本の知の有り様の変遷」を語っていたのが印象に残った。この問題だけでも、日本人の民意の質を問う大きなテーマであった。

 こうして2時間半、大学、出版、現代の知の代表として専門家の話を聞くことができたが、まとめ役の管さんとしては、なかなかご苦労があったことと推察している。声も表現力も場の雰囲気を盛り上げる力も素晴らしい。テンションは相当に高く、シーンをつくりだし、ステージを用意するための仕掛けをなさっていらした。
 その姿に我が師・野口三千三を彷彿としたが、野口を超えるラジカルな発想と言説で「大学の消滅」への危機感を随所に滲ませていおられた。
 
 ここからは、勝手な物言いをお許しいただこう。
 まず一点。
「人間を育てるには、私塾、寺子屋しかない!」
 
 もう一点は、基調講演を管さんがなさって、人の価値がクロスする「ヘテロトピア(空間)とヘテロクロニア(時間)」をキーワード・共通言語として、「大学・出版・知の未来」について討論されるのも、もう一つの在り方だったかもしれない、といささかの残念さを感じたこともあった。
 この二つのことばについて管さんの話を伺ってみたいと思っている。
 
 今朝になって、とりあえずの行為として二つの言葉をWeb上で検索した。
「ヘテロトピア」は、非現実的な空間である「ユートピア」に対立するもの。『権力による服従とともに存在し、抵抗へと反転しうる身体を考察する「ユートピア的身体」と権力への抵抗と権力の解体の可能性を秘めた反ー場所を模索する空間論』アマゾン書籍解説より。
 解ったような解らないような説明に行き着いてしまった。

「ヘテロクロニア」はheterochrony か。異時性の訳があった。『表現型多型の研究で重要。系統によって発生の時期がずれることを指している。』固体発生と系統発生の問題であるらいい。『発育の速度とタイミングの変化が、片や遺伝現象と片や自然淘汰の間にきわめて重要な関係をどのように引き起こすか。動物の形はどのように進化するのか。サイズはどのように進化するのか。寿命や幼体期間の長さ等、生活史戦略はどのように進化するのか。』こうした文章を読むと、なにやら三木成夫の研究世界にリンクしていく言葉のようだ。

 いずれにしても憶うことは、1970年代の東京芸大、三奇人の存在である。生物学の三木、民族音楽の小泉、身体論体操の野口。それぞれに既成の概念を突き崩し、自然と文化の関係、文化の相対化、知(芸術創造)の未来へ新しい価値観を導入するエネルギーを潜め、“三本の矢”として、学生たち一人一人に大きなインパクトを与えてきた歴史がある。
 いや、実に哀しい。いまや「歴史」となってしまっていることが……。

 恥ずかしながら、無学を証明するようだが、生きているうちに聞くことができてよかった。
「ヘテロトピア(場)」「ヘテロクロニア(時)」この言葉をキーワードにして、現代的な意味と、未来的な展望について、もう一度、話を伺いたいと思っている。そして管さんの造語だという「セノポイエイセ(シ)ス」についても……。

 推敲もせず、誤字脱字も調べずに、記憶が薄れないうちにアップします。
 いろいろご指摘ください。
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「無の境地」への軌跡 

2013年11月22日 09時18分34秒 | Weblog
 明日の朝日カルチャー「野口体操講座」では、先週から続けて、再度、丁寧に取り上げたい動きがある。
 それは「腕立てバウンド」と「上体のぶらさげ(やすらぎの動き」の二つである。

 どのように文章化しようか、と一週間近く悩んでいるが、ともかくも書き出してみないと輪郭すらつかめない。書き言葉にするととても複雑で煩雑になるもの。実際にレッスンを受けていただくと、明快な世界!なんですけれど。

 まず、いちばん面倒な「腕たてバウンド」から。
 レッスンのすすめ具合で、残り時間がある時には、床にうつ伏せ状態で、動きの順序を確かめたり、床からふわっと浮き上げたりする基本から始める。
 もっと時間がある時には「膝立ち」の姿勢から、力が抜けた腕を真下について、脚を後ろに伸ばし、「腕立て伏臥」の姿勢をとって、全体を「いーち、に~~の、ふわゎ~ん」というリズムで「腕立て伏臥の弾み上がり」を行う。
 それがつかめたら、いよいよ「腕立てバウンド」にまでつなげていく。あとはいろいろなバリエーションをちょっと息が弾む程度まで行っているのが通常の在り方だ。

 さて、先週の土曜日のこと、次のような試みをしてもらった。その発想のきっかけになった動きがある。それはピラティスなどで行われているひとつの方法だ。やり方を書いてみよう。
『仰向け姿勢で膝を立てる。そこから尾骨→仙骨→腰椎→胸椎の順番で床から離し、頸椎の始まりあたりまで背骨を意識しながら上体をあげていく。
 その後は、胸椎→腰椎→仙骨→尾骨の順に、背骨を一つずつ意識しながら床に戻す。戻ってきたら、両脚を踵が床を触れないようにしながら伸ばす。伸ばし切ったら、アキレス腱をしっかり伸ばして、踵を前に押し出すようにしながら、ふくらはぎが床につき、最後に踵を床に委ねる。するとそれまでの緊張に対して体全体の力が抜け弛緩感覚がつかめる』。つまり「背骨の意識の覚醒」が得られる運動と私は捉えている。
 
 そこで思いついたのが、野口体操の「腕立てバウンド」を再考することだった。
 野口体操の「腕たてバウンド」に独特の号令、というかかけ声というか、イメージを伝えるオノマトペがある。
「いーち、に~~の、ふ~わんッ」
 この最後の「ふ~わんッ」の瞬間的に、殆どの人が、腰だけ高くあがってしまう。腰を中心にした「山型」の形になる。しかし、野口先生が求めていたのは、次々順々の伝えられて、全体として波の動きが生まれるような在り方だった。腰椎から胸椎にかけての背骨が棒状になりやすいので、ある一瞬を見るとはっきりした「山型」が生じる。
 
 およそ40年前にはじめて野口体操の教室で、この「腕立てバウンド」の動きを見た時の衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
「いったい、何がおこっているの?」
 気を取り直して「さぁ~、やってみよう」意を決しても、どこをどう動かすと、それらしい動きになるかもわからないまま、数年以上が経過してしまった。最初から出来てしまう人もいる中で、私はいつまでたっても『からだが重い。腰が重い」ばかりで、最初の伏臥姿勢すらまともに維持できなかった。
 ある程度動けるようになっても、「重さ」との戦いは、いっこうになくならなかった。この動きを行った翌日の腹の内側の筋肉痛に悩まされて、嫌いな動きの筆頭だった。
 それから諦めずに続けていると、次第に左右の肩甲骨の間の力が抜けて、それをきっかけとして何となく出来るようになってからは、からだの重さの感覚はおおいに変化してくれた。

 先週になって、ふとピラティスの“背骨意識覚醒”を、「腕立てバウンド」の前の段階で行ってみあたらどうなるだろうかと試みた。
 やり方を書いておこう。
《うつ伏せ姿勢→頭→胸→鳩尾→臍→臍下三寸→恥骨の手前の腹部分→みもね・さもね付近→大腿骨→膝関節→脛の順に、ゆっくり丁寧にあげていく》これが前半。
 ここからが正念場だ。
《つま先→膝→床に立てているつま先を床にするりと伸ばす→大腿骨(一本の棒ではなく、背骨のような小さな骨のイメージにかえて)→ひとつ一つを丁寧に床に返す→特にみもね・さもねに近づいたら、できるだけ速度を落として恥骨あたりが床に触れてくるところを味わう→両手を床からまっすぐに伸ばし上体を支えながら、上体が無理なく反っているところを味わう→下腹全体がゆったりと床に委ねられる前に、実は腹直筋に意識を集中してみる。腹直筋は、鳩尾から恥骨に向かう縦に長い大きな筋肉である。
 床から離す時、床に戻ってくる時、双方ともに腹直筋に意識を集中してみる。
 さらに意識を拡大して、臍下三寸、腹横筋、内腹斜筋、外腹斜筋等々、内側の筋肉にも集中する》

 骨の感覚をつかみつつ、そこを通り越したら、大きな筋肉が緊張したり弛緩したりする感覚を確かめる。
 とりわけ腹直筋等は、つかみやすい筋肉のひとつである。

 次に、野口体操の「上体のぶら下げ」と「前屈運動」の違いを腹直筋で確かめてみよう。
 腹直筋は、頭から上体を曲げる時に働く筋肉である。
 その意味からも「上体のぶら下げ」では、頭からおろさないことが大事となる。
 人によっては、従来のやり方で「前屈運動」をしているとき、体を曲げている間中までも、腹直筋が働いて緊張していることがある。したがって、起きてくる時には、頭からグイッとあげるようにしなければならなくなる。
 それに比べて「上体のぶらさげ」では、足の関節が支えとなって、股関節を軸として、骨盤全体を前方に円を描くように回転させる感じでおろしていく。はっきり自覚できるのは、臍下三寸から方向が変わりはじめること。順序を書いておこう。
《臍→鳩尾→胸骨の始まりの点→首→頭がぶら下げられる》である。起きる時はこの逆の順序になる。
 いちばんの違いは、頭はおろされていく最後の段階で首の力を抜いてぶら下げる点だ。
 この場合(私の場合)腹直筋はぶら下げはじめの段階でも、ぶら下げられてからも、緊張は殆どない、といってもいい。左右に揺するということが同時に行われていることも書いておかなければならない。

 このことは「やすらぎの動き」でも言えることである。
 一般に行われている方法、床に開脚長座して上体を床に倒していくやり方は、頭から前におろしていく。当然、腹直筋は緊張して、股関節周辺をロックするように働く。そこで深く曲げるには、力でグイグイと押さないと上体は床に接近してくれない。
 ところがクラシックバレーでは、野口体操の「上体のぶら下げ」同様に、股関節を軸にして骨盤を前方に回転させるように倒しているようだ。
 
 野口体操の「やすらぎの動き」は「上体のぶら下げ」と同じ要領で行う。この時も背骨を左右に僅かずつ揺すりながら、上下方向にかかる重さを、逃がすことで緩やかな刺激ののうちにおろしていく方法を大切にしている。この時、腹直筋は弛緩して、股関節周辺を固定することはない。

 話が、「腕立てバウンド」から「上体のぶら下げ」と「前屈運動」、「やすらぎの動き」へと渾然としてしまったが、これらの動きを通して、漠然としている腹の筋肉の緊張と弛緩の関係をつかんでみたかったわけだ。

 最後に話を「腕たてバウンド」に戻そう。
 これまでの方法としては、肩甲骨や背骨、腰、といった背中側(表側)に気持ちが集中していたのを、今回は内側の腹側に次々順々おこる変化に意識を持ってみる、という在り方だった。からだ全体の波・棒状につっぱった感じではなく、骨盤から腰椎そして胸椎の最後のあたりにこれまで以上に繊細な波があらわれてくる可能性が見えた。それが先週の土曜日のことだった。
 以後、日曜日の朝日カルチャーのクラス、若い学生たちにも試してみた。
 すると「腕立てバウンド」の経験が多く、動きがよい傾向にある方が、初心者よりもはっきりと結果があらわれた。「感覚こそ力」を活かすには、余分な緊張がないことが条件かもしれない。逆に余分な緊張がなければ、ある緊張に対して明確な意識を働かせることが可能なのかもしれない。漠然とした「面の緊張感」ではなく、ここぞ!という「点の緊張感」をつくりだせる、と言えるのではないだろうか。

 以上、野口体操の代表的な動きを取り出してみた。
*「上体のぶらさげ」と「前屈運動」
*「やすらぎの動き」と「開脚長座による前屈」(従来のやり方だが、最近は頭を下げないようにと注意を向けるようになってきた指導者もでてきた)
*「腕たて伏臥の弾みあがり」(1968年ころ、野口がつかっていた名称とやり方)
*「腕立てバウンド」
 これらの動きを「腹直筋」を中心に捉え直しをしながら、「感性の覚醒」をテーマに、明日の朝日カルチュアーレッスンをすすめてみたい。

『筋肉の存在を忘れよ そのとき筋肉は最高の働きをするであろう』
『意識の存在を忘れよ そのとき意識は最高の働きをするであろう』
 野口のことばだが、まず、鵜呑みをせずに自分のからだで「逆も真なり」として試みてみたい。
 最後に到達するのは「無の境地」であろうけれど……。それはまだまだ先の楽しみ!に。

注:「腹直筋」 Rectus abdominis 前腹壁の中を走る前腹筋の一つ。恥骨の恥骨結合部および恥骨結節上縁を起始として上方に向かい、第五~第七肋軟骨と剣状突起に付着する。
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2014年3月29日(土)「からだとの対話」

2013年11月20日 09時22分16秒 | Weblog
 今年からはじめた『野口三千三生誕100年記念「からだとの対話」』は、8月に演出家の鴻上尚史氏、9月に「地球交響曲」の龍村仁監督をお招きして、有意義な時間を皆様に味わっていただきました。
 いよいよ来年は、「大駱駝鑑」の麿赤兒氏に快諾をいただき、お招きすることになりました。
 野口とはじめてであったころの1960年代の話も伺えることと思います。

 募集はすでに昨日から始まっています。
 野口体操公式ホームページ「のNet通信」からリンクしています。これまでの2回分の写真も掲載していますので、そちらもスクロールしてご覧ください。

  朝日カルチャーのリーフレットの一部を転載させていただきます。


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2014年3月29日は、野口三千三の祥月命日です。16年前、野辺送りが行われた上野寛永寺は満開の桜に霞み、今にして思えば、その風情には悲しみを華やぎにかえる力の方がまさっていました。偶然にも、98年のこの日も土曜日でした。まさに十七回忌に因み、麿赤兒氏をゲストに迎え、はじめて野口に出会った頃のこと、そこから出発して“「体操」から「をどり」”へ、世界に類を見ない「野口体操」という名の身体文化が、欧州をはじめとする海外で絶賛を博す「をどる芸術」へと変貌する、その一線を越える瞬間のエモーションについて語っていただく「からだとの対話」を企画しました。
秋には、野口生誕100年を迎えます。創始した体操は、いつしか「野口体操」と呼ばれて半世紀以上の歳月が流れました。その間、朝日カルチャーセンターでは、通算36年の長きに渡って、常設講座として継続してまいりました。
この機に新たな一歩を踏み出すひとつの節目として、魂の甦りを信じつつ、故人を忍び、祈りを捧げる講座にもしてゆきたいと思います。     (羽鳥・記)

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石は語る 石に貞く 石を愛でる そして石と生きる

2013年11月17日 08時32分15秒 | Weblog
 11月9日の朝日カルチャー「野口体操講座」のテーマは「世界の砂」だった。
 世界地図の上に1・5センチ四方の袋に砂を入れた標本を貼付けたもの。 海砂、川砂、宝石砂、火山の砂等々で、全部で50カ所ほどになる。
 日本の宝石学を代表する故近山晶先生にいただいた砂も多く入っていて、ご指導もいただいて作り上げた。制作したのは芸大の油絵科卒の美術家・鳥山晃さんによる。
 
 砂から始めた「石」のテーマ、二回目の昨日11月16日は、「こんにゃく体操」と呼ばれる野口体操に因む「こんにゃく石」をテーマにした。
 控え室のロッカーにしまってある”双眼実体顕微鏡”を準備して、二種類の「こんにゃく石」と「白砂」と「白い鳴き砂」を見てもらった。砂の大きさとの比較で、数百ミクロンのこんにゃく石の粒子の細かさが比較できる。クラックがなんとなく見える、という方までおられた。
 この双眼実体顕微鏡は、ズームに拡大しても8倍程度だが、それでも肉眼で見る世界とはまったく異なった空間へと人の感覚を運んでくれる。

 では、ここに用意した「覚え書き」を記録しておきます。また、本日の朝日カルチャーの「野口体操講座」日曜クラスでも、見ていただこうと思っています。

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「こんにゃく石」の正式名称は、「イタコルマイト(itacolmite)。
 名前の由来は、ブラジルのミナス・ゲライス州イタコルミ(itacolmi)山から産出したことによる。
 17世紀にはヨーロッパに持ち込まれた記録がある。
 
 石の性質は、数百ミクロンの石英粒子とマイクロクラック(隙間)が、三次元的に絡み合う微構造、つまりジグソーパズルのような状態である。このクラック(隙間)は、体積の10%もあり、数百ミクロンの二酸化珪素・石英質の粒が移動することができ、そのことで「こんにゃく」を思わせる“撓み・曲がる”という可撓性を見せる。別の言い方をすると「フレキシブル・ストーン」とも呼ばれる。日本名は、「白雲母石英砂片岩」。
 このことによって、石としての加工のしやすさから、壁材、屋根瓦などの建材としても古くから使用されてきたらしい。
 
 次に産地はだが、ブラジルの他にアメリカのアパラチア山脈、インド、ロシアが挙げられている。
 インドのものは石英質砂岩、ブラジルとアパラチアは変成作用を受けた石英岩(雲母石英片岩)といった違いがある。因みに、光に輝く雲母が、美しいのである。

「積水化学工業」のホームページによると、この「こんにゃく石」の構造をヒントにセラミックがつくられることが書かれていた。一部を抜粋しておきたい。
《熱膨張率の高い鉱物と低い鉱物を粉にして焼き固め、冷却、その膨張差からこんにゃく石同様のクラックをつくり出すことに成功し、ついに曲がるセラミックが誕生した。現在では、クラック部分を柔らかなポリマー樹脂で埋めて、柳のようにしなやかさと強靭さを併せ持つ「人工靭(じん)性セラミック」へと発展しようとしている。地球創成のメカニズムから学んだ新材料は、のこぎりで切ることもでき、気孔構造により熱伝導率も高く、保温性に富む。木材を代替えする床材や浴室のタイルへの活用、内部クラックが外部からの応力も緩和するような地震などに強い建物の基礎や建築材料としても、さらなる改良と活躍が期待されている。(名古屋工業大学セラミック基盤工学研究センター 太田敏孝教授)》
 
 現地ブラジルのオルト・プレート地区の地下の大部分を構成する石は「こんにゃく石」である。
 この石は建材として広く利用されるので、この地域の産業を支える重要な資源となっている。
 また、この街では厚さ2センチほどの石を積み重ねた壁や屋根瓦、加工しやすく柔らかい特性をいかして窓枠のアーチ部分など、古くから建材として利用されてきたという。近隣の街では、このような特徴的な建物をあちこちでみることができる、と書かれている。
 で、この地域では「街が光る」という不思議な現象が起こると囁かれていた。
 この現象は「こんにゃく石」が原因と判明した。つまり、「ルミネッセンス現象」というわけだ。
《石に強い力で圧を加えると、石の主要構成物質でもある水晶の帯電しやすい特徴によるものと言われている。(積水化学 自然に学ぶ研究事例より)》
 ルミネッセンス現象には、生物発光あり、紫外線による光ルミネッセンスあり、その他に鉱物の摩擦ルネッセンス等が知られている。たとえばメキシコとアメリカ南西部をまたがって流れるリオ・グランデ上流に暮らすプエブロ・インディアンは雨乞いの祭の期間、雷をまねて太鼓を打鳴らし、白色石英の切れ端を擦り合わせて電光に似た光を出して祈りを捧げたという。
 人間と鉱物は古くから深い関係を築き、そして現代ではその構造をヒントに新しい素材がつくられている。
 私たちの暮らしの中には、気づかぬうちに鉱物が形を変えて役立ってくれているのかもしれない。

「こんにゃく体操」という別名を持つ「野口体操」は効果目的はうたわないが、きっと誰かのもとで大切に育てられ、活かされ、その人の生きる支えになっているかもしれない。そうあってほしいなぁ~、と願っているのは、私だけではないと思うのだが……。
「石は語り 石に貞く」お話でした!   
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『日本の舞踊』

2013年11月16日 11時20分19秒 | Weblog
 先日、国際交流基金賞受賞記念講演会で、天児牛大氏が対談を行った渡辺保氏の『日本の舞踊』岩波新書175アンコール復刊を推薦しておられた。
 評論家が批評精神をもって書いたのではなく、こよなく日本の芸能と舞踊を愛で、熱愛していることがひしひしと伝わる内容の著書だった。
 二部構成になっていて、第一部では「舞踊とはなにか」の定義からはじめて、舞踊の歴史を芸能史の一つのジャンルとしてわかりやすく解き明かしている。
 神話のなかの舞踊、中世の舞芸人たち、能の舞、歌舞伎の舞踊、そして明治以降の舞踊、といった分け方で、日本の舞踊の豊かさが伝わってくる。

 その第一部をふまえて第二部では、武原はん、七代目三津五郎、歌右衛門と梅幸、藤間勘十郎、井上八千代、友枝喜久夫、七人の名人の特徴を描き出しながら、「身体の声をきく」日本の舞踊の伝統の根源を解き明かしてくれる内容だった。

 見えないものをみる、つまり「身体の声をきく」としかいいようのない舞踊の有り様を知らしめてくれる。それも温かな血の通った文章によってであった。
「振の言語」目でみることができる。「肚の言語」時に目で見えないもの、日常の視覚ではみることができないもの。「舞い手の言語」本来見えないものでありながら、ついに目に見える身体に行き着く。
 このどれもが揃っているのが日本の舞踊の特徴である。舞踊家によって、三つの言語のうち、どこかが一つが際立つことがあっても、それはその人の芸の持ち味であることが説得力をもって語られていく。

 出来れば本を読む前に、能や歌舞伎、舞(仕舞)や舞踊、日本舞踊の舞台や映像を、いくつかでも見ていると本の理解も深まるのだが、現代の若者にとってはなかなかに難しい条件となるかもしれない。
 本を読んでから、観劇に出かけるのもよいとは思うが、微妙である。

 さて、天児氏がなぜこの本を絶賛し、読むことをすすめたのか。
 おそらく歴史、社会とのかかわり、日本の舞踊の普遍性、といった事柄もさることながら、著者が舞踊の内側に潜めている“舞踊の魂”を愛情を持って描き出しているその源を読み取ることで、創造の女神に出会うことを可能にしてくれるからだ、と勝手に想像している。たとえジャンルが違っても、底流に流れる舞踊の衝動の在処を辿る道筋に灯りを灯し、導いてもらえるからに違いない。
 西洋にはない日本独特の心身一如の舞台表現を知的にも情念においても味わうことによって、自らの舞踏に活かすことができる「玉」を手に出来ると読んだ。
 舞踏家が避けては通れない“老い”と向かい合う時に、豊かで多様な表現世界を慈しんだ日本の舞踊の素晴らしさを身につけることは、舞踊家として振付家として必須のテーマとなっていくだろう、と確信に近い思いを得ることができた。

 本を読み進めば進むほどに、能の舞、歌舞伎の舞踊、日本舞踊のまま伝承しなければならない、ということではなく、まったく別の次元から生まれる舞踊や舞踏であっても、この豊かな源泉を無視するのは、なんともはや勿体ないことこの上ない、という思いに至った。

 あまたの舞台をみつづけ、名優、名舞踊家と接することで磨かれた感性そのものが宝ものと思える著者。
 よりそひ、いたわり、いつくしみ、はぐくみ、……、あたたかな情感と詩情あふれる文章で、日本の文化の素晴らしさを伝える名著である。
 舞踊に限らず、老いて如何に生きるのか、といった生き方の指針までも与えてくれるような気がする。
「身体の声をきく」と著者は書かれているが、本来は「貞く」という文字がいちばんふさわしいと思えるが、この文字の訓みは一般的な用法でないのが残念至極!
 
 そういえば野口三千三が「使命感・悲壮感のない遺言としての授業」として愛情に満ちた授業を行うにあたって、人の目に触れないところで、いかに努め、いかに工夫し、いかに身を削って過ごしたか、“晩年の日々”を思い起こさせてもらった。

 はじめて野口体操に出会った時の先生の年齢に私も達した今年、この本に出会えたことは福音かもしれない。
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ロゴマーク

2013年11月15日 09時20分51秒 | Weblog
 来年は野口三千三先生の十七回忌の年に当たるので、朝日カルチャーセンターでは今年の8月から「からだとの対話」と題してゲストをお呼びするメモリアル講座をはじめている。
 いよいよ2014年3月29日の祥月命日は、16年前と同様に「土曜日」が重なった。偶然とはいえこの巡り合わせに、一つの企画がすすんでいる。
 
 さて、今日で11月も半分までやってきた。残り一ヶ月半の時期となる。人情として何となく来し方を振り返りたくなる。
 先生が亡くなった当初、何人もの方に助けられた。お蔭で怒濤の数年を、駆け抜けられた記憶がよみがえってくる。
 その中で、今につながるありがたいことの一つが、本日のテーマ「ロゴマーク」である。
 お墓が完成した百箇日に納骨が行われ、一連の法事が一段落つく頃を見計らってだろうか、グラフィック界の天皇と呼ばれている杉浦康平氏からロゴマークが贈られた。
 マークの頭には「貞」の初文である甲骨文の「鼎」に野口体操の動きを象徴する「渦巻文様」で一文字になっていて、杉浦氏命名の「野口体操の会」があって、その上に「自然に貞く からだに貞く」と特殊な書体で小さく記されている。実は、この康平文字が使われていることによって、デザインが杉浦氏であることが知る人には一目でわかる、というものだ。

 さて、名前とロゴマークをいただいても、行く末が案じられるのは、どの世界でも起こること。
 時間がすぎれば、それぞれの動向が見え始めて、何となく先の様子が見えてくるものだ。
 とにもかくにもいただいたロゴマークを、商標登録だけしておこうと思いついた。
 当時は、長い審査期間があって、登録申請をだしてから一年以上の時間がかかった。申請が受理されても、しばらく使用せずにいると取り消される。そして10年が一区切りとなって、その間、積極的に使用しないと次に申請しても通らないのである。最近では5年と10年の二つに期間が分かれてしる。
 一昨年のこと、おかげさまで次の10年も継続できた。

 さてさて、今年になって厚労省の縁つながりらしい一般財団法人 日本健康倶楽部「健康日本」という冊子の取材を受けた誌面に「ロゴマーク」が掲載された。こうした取材は、野口没後になってからも、たくさん受けているが、こうしたことははじめてのことだったかもしれない。
 更に、明大の第10回シェイクスピアプロジェクト「ヘンリー四世」のプログラムに寄せたコメントにも、ワークショップの折に撮影された私の顔写真の横に、ロゴマークが載っていた。
 まさかロゴが添えられるとは思っていなかった。学生が編集している冊子だが、なかなかよい感性で誌面はまとめられている。行き届いた配慮に驚きさえ覚えたのだった。
 今、再び冊子のページを見直して、ロゴマークをくださった杉浦氏に、改めて感謝の思いが沸々と沸き上った。
 
 それだけではない、これまで折に触れてご尽力くださったあの方この方、お一人おひとりの顔を眼に浮かべながら、ロゴマークを背負ってからの10数年を経た今に感慨を深めている。
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「ヘンリー四世」

2013年11月13日 08時41分18秒 | Weblog
 例年、秋にシェイクスピア劇が、明治大学の学生達によって上演されて、今年で10回目。
 記念すべき作品は「ヘンリー四世」だった。
 8月から一ヶ月半、基礎訓練の段階で野口体操を通して、キャストの皆さんと交流し、11月10日に本番の舞台をみせてもらった。
 今回は、ハル王子の成長を中心に描き出した作品。キャストとスタッフ、総勢百数十名の大所帯にプロも関わった上演は5ステージ。すべて満席になり、初演から10年で大きな舞台へと成長したことが誰の目にもはっきりと映ったことだろう。
 プログラムも10回を記念して分厚い内容となっている。

 さて、長い歴史劇を二部構成にして3時間半におさめた。
“英国で忠臣蔵を上演するようなもの”、というたとえがぴったり。日本人にはあまり馴染みのない作品をわかりやすく見せてもらえたと思う。
 およそ三ヶ月の期間に、ハル王子だけでなく全員が、驚くほどの成長を見せてくれたことが非常に嬉しかった。
 2年、3年、そして4年と、このプロジェクトに継続して関わった4年生が多かったことも、充実した舞台を作り上げる原動力となったのだろう。経験を積み重ねる大切さを、見事に見せてくれた。

 まとめると、隅々まで行き届いた「かしこさ」とでもいえるだろうか。
 別の言い方をすれば、一本の筋を通しながら、できるだけシンプルに仕立てあげた演出プランが、成功への道だったに違いない。

 いずれにしても今年が一つのターニングポイント。
 次なる10年の出発でもある。
 翻訳までも学生達で行うこのプロジェクトは、ほぼ一年近い時間のなかで晩秋の公演を迎えるが、終わった早々に「来年が楽しみ」という言葉をそれぞれが口にしながら会場を去って、お茶の水の街に出て行く観客の後ろ姿には幸福感と満足感が溢れているように見受けられた。
 今年は、すっかり身内感覚で観劇していたようだった。
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雑感……「舞踏」と「野口体操」

2013年11月08日 08時21分07秒 | Weblog
 さぁ、何から書き出そう。
 あれこれあって、焦点をしぼらないといけない、と昨日から考えているのだが。
 書き出さないことには始まらない。
 この躊躇いはどこからくるのか。
 畏れを感じつつ、怖れずに書き出してみよう……か。(ふぅー)。

    *******

 一昨日、11月6日(水)、2013年度 国際交流基金賞 受賞記念講演会に出かけた。
 受賞者、山海塾主宰・振付家・演出家・舞踏家の天児牛大氏。
 演劇評論家の渡辺保氏との対談であった。
 お題は「日本の舞踊から」。

 僅かな知識でしかないが、すり足、白塗りの舞踏は、海外、とくにフランスはパリで好評を博し、日本に逆輸入の形で一部の熱狂的な支持者を得て、ようやく認知されてきただろうか。
 天児氏は、1980年に渡仏し、一年間、縁が縁を繋ぐ形で滞在し、その後の活動の基礎を築かれたことが対談で明らかにされていった。
 
 さて、対談に入る前に二つの作品の抜粋が紹介された。
 ひとつは「UMUSUNA」もうもうひとつは「TOBARI」である。
 ご自身の口から語られる話を聞くと、「UMUSUNA」は人が自然と関わる処で、「TOBARI」は星の座標にみたてた装置のもとあらゆる現象、とりわけ自然現象の“はざかい”をイメージしているそうだ。

 話は前後して、渡仏当時のこと。
 異国での活動のなかで、『「違い」をシャワーのようにあびた』という第一声である。
 そこで気づいたことは、「文化とは違いである」と。
 一方で、別の出会いが創造の基礎を形づくっていく過程についても語られた。
 一言でまとめると「プリミティブ」。違いに対して“普遍”につながる道といってもよい。
 実際に、ラスコーの壁画、巨石文化、古代造形、土器等々に触れることで、人間が共通に持っている”造形衝動”に加えて“自然との対話”のなかに、「差異」と「普遍」を発見していった、という。
 非連続な個人的感情の表出、そこからユニバース・宇宙的な時間と空間、別の言い方をすれば「永遠性」「連続性」に包まれる舞踊との出会いがあった。そのテーマを、欧州滞在をとおしてもらったのだという。
 つねに「際(みぎわ)」にいる自己が「自然との対話」の中に息づくその後の作品群につながっていく。

 他には、「土方巽」「大野一雄」「麿赤兒」、人とであう話。
 他には、1960年代後半から70年代初頭の演劇やモダンダンス、言葉と身体言語のことについて。

 最後に、渡辺氏から「老いの芸術の発見」について問いかけられた。
 ヨーロッパの身体が目に見えるもの(形)を志向するのに対して、日本は身体に見えないものの声を聞く。つまり空間・時間の交流のなかで“振りが動く・振動”を求めていく傾向があるという話だった。
 これは目から鱗だった!百歳になって踊ることの意味と日本の伝統芸能の長寿の意味が提示された。

 さて、この世界に疎い私としては、なぜ「白塗り」か。なぜ「スカートのような衣装」かについて参加者からの問いに明確に答える天児氏のことばに、なるほどとうなづかせてもらった。
「白塗り」はもともと日本の芸能の中に存在したことであったが、氏にとっては(舞踏にとっては)、日常の個性を非日常に移し、日常を消すことでもう一つの異空間へとパーソナリティーーを移し替えていく働きがある。 もちろん舞台上の陰影を美しく反映できる効果も計算されている。
 もう一つの問い。「スカートのような衣装」は、古代的・女性的・インセッックスな表徴として布を巻くというプリミティブな表象に即していることに意味がある、という。
 
 短い時間であったけれど、天児舞踏の入門編を聞かせていただいたことは幸運だった。
 そもそもこの講演会に出席できないが、ぜひ聞いて欲しいと知らせてくれた新井さんに、この場を借りて報告させていただくことにしました。
 ここまで、メモをたよりに記憶を辿っているので、正確さに欠けるきらいはあります。そのことはひらにご容赦!願いましょう。

 ところで、はじめて舞踏の公演を見たのは「とりふね舞踏舎」の作品だった。
 このとき感じたことは、“能の始まりはこのような在り方をしていたのではなかったのか”ということだった。
 そのことだけははっきりと記憶していて、気にはかかっていた。といってもその後、積極的に舞台を見にいくことはなかった。何年も過ぎてしまった。
 先月のこと「降海の夢」若手舞踏家5人の作品を見せてもらったのが、再びの世阿弥である。
 その程度の関わりでしかなく、山海塾の作品もYouTubeで見ていっただけなのに、書かずにはいられないのは何故なのか。自分でもその理由はよくわからない。書きたい衝動に突き動かされていることだけは確かだ。
 並行して「能」に関する本を読みはじめた。舞踏に導かれて朝日カルチャーの「野口体操講座」に通いはじめた女性のすすめで『華の碑文』杉本苑子を読んだことがキッカケとなった。これは名著であるだけでなく、『世阿弥能楽論集』小西甚一編訳を読みすすむための、理解の補完以上の力となってくれている逸品である。
 そこから”舞踏は現代に生まれた能”となりうる可能性がある、という道筋が見えるのである。

 かつて昭和30年代には、今でも残っている洋楽・邦楽という呼び名に呼応して、「洋舞」と「日舞」という分け方が厳然とあった。そして、双方に「創作舞踊」というジャンルがあって、洋舞界に江口隆哉が、日舞界に藤蔭静枝が存在した。一方はドイツのノイエ・タンツが基礎にあり、日舞には歌舞伎につながるをどりが連綿と流れているなかでの創作舞踊であった。
 因みに、初代藤蔭静枝は、私の日舞の大師匠でお家元であったことから、「創作舞踊」という言葉は物心ついたころ、日常的に聞く機会があって当時からすでに馴染みがあった。思えば、栄養たっぷりな豊かな土壌の中での創作は、それなりの難しさがあったのだろう、と今になれば想像もつくようになった。

 しかし、舞踏はそうした伝統を捨て、価値観を破壊し、自らをカオスに陥れ、無からの創造の道を選びとった。荒れ地から土を返し、掘り起こされた土のなかから岩石や鉱物、連綿と過去へと続く生物のおもかげ、人工の遺物、等々を陽に晒したところまで、ようやくたどり着いたのではなかろうか。
 つまり、土壌はこれからつくられていく。それもあらゆる実験を重ねてつくられていく段階に、たどりついたのではないだろうか、という印象を11月6日の対談でもつことができた、と思っている。
 それは昭和30年代の「創作舞踊」とは、まったくもって異質の空間・時間を手に入れたということだ。
 
 話を6日の晩に戻そう。
 講演が終わって行われたレセプションの場で、天児氏と短い時間だったが言葉を交わすことができた。
 1960年代末から70年代にかけて、3年間、毎週一回のペースで野口体操の教室に通っておられたという。ちょうど『原初生命体としての人間』が草稿から原稿になり、書籍として生まれ出る前の時期に当たっている。野口三千三との出会いは「卵が立つ」ことと同義語であったようだ。
 そこで私が確信を持ったことは、当時の芸大に三木成夫、小泉文夫、野口三千三、その“芸大三奇人”と言われた方々がいて、おおくの芸術家に思想的・哲学的な礎として影響を与えたこと。現代文化の底流となって流れている、ということだった。

 まだまだまとまらないが、ひとまずここまで備忘録として記しておきたい。
 これからも続くだろう「舞踏巡礼」は、野口体操の再考である以上に、自分にとって深い意味をもつことであるとの予感が予感の閾値をすでに超えつつあるようだ。

 誤解、偏見、独断をおそれず書かせてもらいました。
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岩波創業100年記念+明治大学

2013年11月03日 07時25分28秒 | Weblog
 明治大学リバティーアカデミー「知の現在と未来【大学、出版、知の未来】」岩波創業100年記念シンポジウムが11月22日(金)18:30~21:00に行われます。
 基調講演は、以前、ブログでも紹介した『人口減少社会という希望』(朝日新聞出版)の著者の広井良典千葉大学教授。
 続くパネルディスカッションは、菅啓次郎明大教授(コーデイネーター)、内田樹氏の盟友である高橋源一郎明治学院大学教授・作家、長谷川一明治学院大学教授。
 オープン講座なので『リバティアカデミー』会員でなくても参加できます。参加費は無料。
 大学内で掲示は見かけませんが、Web上で登録できます。
 会場はアカデミーコモンズ3階アカデミーホールです。今週末から明治シェクスピアプロジェクトの公演「ヘンリー四世」が上演される場所です。

 大学教育はグローバル化の方向に慌ただしく変化し、出版は新たな革命期にあり、かつての“知の巨人”と言われるような人物は育ちにくい現代にあって、残りの人生の時間が長い人も短い人も、秋の夜長に思索を深めるキッカケとなる講演とシンポジウムになることと想像しています。
 学部を超えた学生さんたちに、野口体操に関わっている皆さん、このブログを読んでくださっている方々、ご一緒に話を聞いてみませんか。
 会場で会いましょう!
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