羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

ボヘミアン・ラプソディー から バルセロナへ そして・・・・

2019年01月25日 09時51分48秒 | Weblog

まだ、時間は早い。

2時20分過ぎだった。

タコの生態を見たくてやってきたサンシャイン水族館から、東急ハンズの前に出た。

向かい側に渡って歩いていると、懐かしい匂いに思い出が蘇った。

「シネマ・サンシャイン池袋」

思わず、立ち止まった・・・・・野口先生と最後に見た映画。それは「REX」だった。角川春樹が大麻事件で逮捕されて、この映画は途中で上映中止になった。

終了となるその日、野口先生に誘われて映画館に入った・・・・・

 

思い出を胸に、15分も経たないうちに、私は客席の人となった。

「ボヘミアン・ラプソディー」

ロック・ミュージックを本気で聞いたことがない。

途中で帰ってもいいと思いながら・・・・しかし、席をたつ気にはならなかった。

フレディ なんて いい声なんだ!!

そして、BGM で聞こえてくるソプラノが歌う「マダム・バタフライ」・・・・「カルメン」・・・・「ノルマ?」・・・・

ソプラノは だれ?

 

大英帝国 植民地 移民・難民問題 そして 依って立つ祖国・依って立つ文化・依って立つセクシュアリティーを喪失した若者が求めてやまないアイデンティティー。 

否定したい容貌と血が繫がる愛する家族。愛する仲間。

愛される自分という存在?

ヨーロッパ大陸の中で虐げられるボヘミアンとしての存在の哀しさ。

 

1970年代から半世紀 2019年、現在も繰り返される移民の悲劇。

今だから告白できるLGBT と病。当時は、センセーショナルな不治の病だった。

帰宅して、着替えもせずに、ガイドブックを読んだ。

あのソプラノは、スペインの歌姫 モンセラート・カバリエだったのか?

フレディは彼女に、多くを学んだに違いない。

今朝、YouTubeで 二人が歌い上げる バルセロナを聞いた。

そして、カバリエが歌う オペラ ノルマ「清らかな女神」、ジャンニスキッキ「O mio babbino care (私のお父さん)」に歌の翼をひろげてしまった。

聴くうちに ふと おもった・・・・・

敗戦後の日本、その瞬間に 戦中を真面目に生きた男たちの多くは祖国を失い ボヘミアンとなった、と。

その一人の中に 野口三千三 その人もいたのかもしれない。

敗戦までの体育・体操と戦後のアバンギャルドな野口体操への振り幅の大きさを思うと・・・・・

 

映画に戻ろう・・・・ボヘミアン・ラプソディー

これは、映画で楽しむ 現代のオペラだ!

もう一度、見たいと思った。

*****

注:「REX ー恐竜物語」1993年 安達祐実主演

  「バルセロナ」バルセロナオリンピックのテーマソング フレディとカバリエ二重唱

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『タコの心身問題』みすず書房

2019年01月22日 09時05分15秒 | Weblog

めっぽう面白い本に出会った。

読了するまで待てなくて、ブログに紹介します。

 

読むうちに、野口三千三が貝に興味を持った時、唐突にタコの足について熱っぽく語ったことを思い出した。

なぜ、貝類ではなく、頭足類なのか、などと質問することもなく、話に聞き入っていた。

「タコの足の動きは、私が言うまでもなく非常に巧みである」とか

「いかに愛情深い交わりを行うか」等々。

また、骨格を持たないタコが、もし立ち上がるとしたらどれほど大変か、実演を何度も拝見していた!

 

改めてお知らせ。

書名:『タコの心身問題ー頭足類から考える意識の起源』

著者:ピーター・ゴドフリー=スミス

翻訳:夏目 大

出版:みすず書房 (2018年11月16日)

本書は、「心は何から生じるのだろうか」と言う問いかけから始まる。

それに対して、進化はまったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった、と考える。

1つ目は、ヒトや鳥類を含む脊索動物

2つ目は、タコやイカを含む頭足類

「目」がポイントですぞ!(読むとわかります)

 

進化の歴史を振り返りながら、神経系の発達、感覚と行動のループの起源、主体的に感じる能力や意識について等、探っていく。

随所に野口の発想を裏付ける話に出会うのである。

主観を思んじた野口。

感覚と行動の結びつきをできる限りの言葉で表そうとした野口。

行動が次の感覚に影響を与えるかにも言及した野口。

本書で語れている《実際には感覚と行動の間の行き来、相互の往復が重要》などは、野口体操の在りようを言い当てている。

進化の過程で、貝の殻を脱ぎ捨て、軟体動物のまま生きる道を選んだタコは、自由自在にからだの形を変えることができる。

「形の定まらない形」と「無際限な可動域」ゆえに、全身にニューロンが張り巡らされた生きものタコ。

すなわち全身に“脳”が広がっている生きものがタコであるこを解き明かしていく。

「ムムッ、そうだったのか」

つい唸った瞬間、思い出したのが「タコ足運動」だ。

野口は「皮膚は全身に巡らされた脳である」といった。「タコ足運動」とこの言葉はリンクしていた、と気づく。

 

どのページにも、野口の発想に通じる話が随所に散りばめられていて、“体操人”には必読書と申し上げたい。

「上体のぶら下げ」をはじめて目にしたほとんどの方々は、「骨がないみたい」とつぶやく。

私とて、かつて、同じつぶやきをした覚えがある。

「柔らかすぎるからだは制御が難しそうで、何やら不気味だ」

そう感じていた。野口体操への抵抗感は、この辺りにも在りそうだ。その謎が解けるのだ。

帯には『人間とはまったく異なる心と知性をもつ生命体ー頭足類。彼らと私たち、2つの本性を合わせ鏡で覗き込む』と書かれているが、そこに野口の発想を合わせ、三つ巴で読んでいくと、面白さは倍増する。

野口体操への「動きの進化の謎」が、解ける満足感が得られる。

思わず、私は、つぶやいた。

野口三千三は、少しだけはやく生まれすぎた天才だった!?

自然は驚くべき巧みさで、生命を生きながらえさせている。

 

「海の底で くねってくねって しばし人間を忘れさせてくれる野口体操はいかが」

この本を読むと、誘いの言葉に、素直に頷かれる方もありかと・・・・・

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INCLUSIVE ARTS FISTIVAL 2019

2019年01月19日 08時44分30秒 | Weblog

今朝、私は濃密な夢を見ていた。

2009年に亡くなったピナ・バウシュとブッパタール舞踊団、ピナが亡くなる数年前に来日した時の舞台がありありと見えていた。訓練に訓練を重ねて隅々まで研ぎ澄まされた見事なからだで表現された作品。前半の作品名は忘れていたが、現代の人間の孤独と失意を規格品のように表現していたものと、休憩後はストラビンスキー「春の祭典」だった。

夢はそれだけにとどまらなかった。ピナの舞台の合わせ鏡として映し出されていたのは、セルビアのダンスグループ作品。その作品の意味を、私は、一生懸命考えていた。

昨晩、セルビア「ペル・アート/サーシャ・アセンティックス」による「風の精のように」という作品を観た。

かつてのピナ作品は三宅坂の国立劇場 小ホールだった。

昨日のセビリア作品は千駄ヶ谷の国立オリンピック記念青少年総合センター 小ホールである。

ここでは、1月14日から20日まで「インクルーシブ・アーツ  フィスティバル」が開催されている。

「未知なる未来へ 様々な障がいと個性を持った全ての子供たちへ」というテーマで、シンポジウム・パネルディスカッション・海外国内作品公演・ワークショップが目白押しのフェスティバルである。

「インクルーシブ」とは、「包み込む」という意味。障がいの有無・様々な文化、人種、セクシュアリティーなどを分け隔てることがない、ということ。

「インクルーシブ・アーツ」とは「全ての人が鑑賞可能な芸術」ということである、と配布された小冊子に書かれている。

国際招聘作品は、スコットランド、セルビア、イギリス、南アフリカから5作品である。

 

さて、話を夢の中で考え続けていたセルビア「風の精のように」に戻そう。

舞台は非常に洗練されていた。冷たいくらいに・・・・

観客を舞台に上げて共に、ダンスで関係性を作り上げるシーンもある。

隅々まで計算し尽くされたダンサーによるダンスに加えて、その場で舞台に上がった観客の即興性が綯い交ぜになって、全体が作られていく。

冊子にもあるように、《ダンスを通して、障がい者の立場、他人や個人、そして社会との関係性、「自分」という概念に疑問を投げかける》作品で、かなりおどろおどろしい内容が挟まれいるにも関わらず、自然な風が吹き抜けていく爽快さがある。考えることが負担にならない提示だ。

マリー・ヴィグマン ピナ・バウシュ 20世紀ドイツダンス・シーンを、障がい者と健常者のアーテイストが現代の社会問題に照合しながら新たに再現していく力量は、ドイツで培われた文化に精通している振付家のなせる技であろう。

床に座して打楽器で踊る魔女ヴィグマンの暗黒舞踏は、ダウン症の女性によって受け継がれた。

ピナ・バウシュの作品を下敷きにして、集団と個の危うい関係を観客も交えて洗練させて描き出すのだが、即興的に加わった日本人男女合わせて10名ほどもすっかりダンサーに溶け込んで違和感がない。

セルビア語、英語、日本語が火花のように飛び散って、その中でダンスシーンが次々と展開されていく。

ダンスに言語もありだ!と思った。

一人の女性が複数の男性に囲まれてDVを受けるダンス・シーン。演技上、非常に優しく丁寧に自由に触れるという条件のもとに展開される独特のシーン。ここでもダンサーに混じって5名ほどの日本人男性の即興ダンス(振る舞い・仕草)が、(語弊がありますが)いい味を出しているのであった。

そのダンスシーンが終わってから、一人選ばれた障がいを持つ女性ダンサーが、男性軍に働きかけられた時のこころの動きを言語で伝えてくれた。触れ方は優しさそのものであったのに、時間の経過の中で恐怖が湧いてきた、と発言された意味は大きい。

こうして、随所にダンス体験を言語という風にのせて、観客により考えさせる種子を撒いていく。

そうした、舞台作りなのだ、と終わってから納得しながら、寒空のもと参宮橋の駅へと向かった。

「過去のドイツ表現主義の作品にかけて新しく再編集され、現代の社会が生み出している種々の問題を声高でなく・透明な精霊の言葉として提示するダンス作品であったなぁー」

それには障がい者と健常者が混じって演じられ、そのシーンのごく一部に観客が混じることに意味があったのだ。

明け方の夢は、夢で終わりそうもない・・・・・

INCLUSIVE とは“包み込む”。

野口体操の逆立ちの幇助は「包助」と書き、全身で包み込むようにすること、といつの頃からかなったのだと野口三千三は言った。

夢から覚めて、臨月に近づいた女性を野口が包助し逆立ちをさせてしまったシーンを、私は思い出した・・・・・

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訃報 

2019年01月11日 16時58分03秒 | Weblog

鉱物学者・堀秀道さんが亡くなられた。

今年のお正月、1月3日のこと。享年 84歳。

すでにご葬儀は近親者の方々で済まされたとのこと。

堀さんとは、東京国際ミネラルフェアの第一回 開催時から親しくお話を伺っていた。

何も知らない私や野口体操の仲間たちに、鉱物についてわかりやすくご教示いただいた。

知らぬ間に30年を超えた月日が流れたことになる。

堀先生ほど鉱物を愛し、鉱物をとことん研究し、鉱物についてやさしく話ができる方はいらっしゃらなかった。

心からご冥福をお祈りいたします。

堀 秀道 Wikipedeiaより 転載

中学時代より鉱物を愛好し、櫻井欽一に師事する。都立上野高校卒業後、北里大学化学科助手、モスクワ大学地質学部留学を経て、株式会社鉱物科学研究所を設立。鉱物標本の販売、鑑定、研究を行う。

新鉱物欽一石(kinichilite、1981)、アンモニウム白榴石(ammonioleucite、1986)、ストロナルシ石(stronalsite、1987)を発見。これらの業績に対して1986年に櫻井賞を受賞。その後も岩代石(iwashiroite-(Y))、田野畑石(tanohataite)を発見。

同好会の主催や、ミネラルフェアの開催など、鉱物趣味の普及のための活動を行っている。著書『楽しい鉱物学』『楽しい鉱物図鑑』は日本の鉱物愛好家に読まれている。「開運!なんでも鑑定団」に石の鑑定士としても出演する。

水晶に対して深い思い入れがあることを、著書「水晶の本」で語っている。

  • フェルスマン 『石の思いで』 堀秀道訳、理論社〈科学の仲間〉、1956年。
  • G.A.チーホフ 『宇宙にも生命は存在する - 宇宙生物学の父チーホフ自伝』 堀秀道訳、学習研究社〈ガッケンブックス〉、1964年。
  • A.E.フェルスマン 『おもしろい鉱物学 - 石に親しむ基礎知識』 堀秀道訳、理論社〈少年科学文庫〉、1967年。
  • ヴェ・エス・バリツキー、イェ・イェ・リシツィナ 『合成宝石』 堀秀道訳、飯田孝一追補、新装飾、1986年。ISBN 4880150142
  • 堀秀道 『楽しい鉱物学 - 基礎知識から鑑定まで』 草思社、1990年。ISBN 4-7942-0379-9
  • 堀秀道 『楽しい鉱物図鑑』 草思社、1992年。ISBN 4-7942-0483-3
  • 堀秀道 『楽しい鉱物図鑑2』 草思社、1997年。ISBN 4-7942-0753-0
  • 堀秀道編著 『たのしい鉱物と宝石の博学事典』 日本実業出版社、1999年。ISBN 4-534-02930-6
  • 堀秀道 『楽しい鉱物学 - 基礎知識から鑑定まで 新装版』 草思社、1999年。ISBN 4-7942-0911-8
  • A.E.フェルスマン 『石の思い出』 堀秀道訳、草思社、2005年。ISBN 4-7942-1414-6
  • 堀秀道 『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』 どうぶつ社、2006年。ISBN 4-88622-335-4
  • 堀秀道編著 『「鉱物」と「宝石」を楽しむ本』 PHP研究所〈PHP文庫〉、2009年ISBN 978-4-569-67266-3
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年初にスペインと日本の”街文化”に触れる・・・・

2019年01月08日 19時41分19秒 | Weblog

昨年から年初にかけて、東京都内と地元を中心に、街を尋ねて歩いている。

昨晩は、新宿通り・地下鉄丸ノ内線の四谷三丁目下車3分のところにあるバーを訪ねた。

「カンテフラメンコの夕べ」ギターの伴奏で歌を披露するサロンだった。お酒は飲めなくても楽しめる配慮がされていて嬉しい。

ギタリストは、一度、朝日カルチャーのトライアルを受けてくださった方で、すばらしい力量の持ち主であった。

はじめて聴く音楽に戸惑いを感じていたが、次第に耳に馴染んでくると、北ヨーロッパのキリスト教文化に根ざした音楽とは全く違うリズムとメロディーに惹きつけられて行く。

なんとなく、イスラーム文化の影響だろうか。

歌詞は韻を踏む詩ではなく、情念を自分の身体に根ざした生命のリズムで、それぞれが自由に歌い上げる。

日本で言うならば、太棹にのせて唸る浄瑠璃に近いような・・・違うような・・・

歌い手に合わせて変幻自在に伴奏をするギターは、絃楽器であり打楽器でもある。

洗練とは異質の泥臭さが、本来の人間の心模様を惜しげもなく表現していた。

行ったこともないスペインの街を旅する心持ちに誘われ、しばし異国の情緒に浸った夜だった。

 

さて、本日は、打って変わって子達たちを中心にした正月行事「どんど焼き」に参加。

門松と輪飾りを携えて、徒歩15分ほどのところにある小学校を訪ねた。

開会式は、来賓の挨拶。

区長、教育長、消防団長、国会議員、都議会議員、区議会議員のお歴々。

来賓の偉いさん方の挨拶の最後に、女性の小学校・校長先生のお話が素晴らしかった。

いざ、火がつけられる前に、子供たちの太鼓の演奏から始まった。

それを合図に、火がつけられ、ボンボン・ゴーゴーと音をたてて燃える門松の煙は空高く龍の舞を見せる。

子供たちは火の周りを、歓声をあげながら走り回っている。

校庭には幼稚園児、先生方や保護者、近所のお年寄り、消防士、鳶さん、町会や行事の実行委員会の人々等々、150名はくだらない。

子供たちが太鼓に合わせて手作りの神輿を担ぎ、続いて獅子舞も披露。

最後は大きなカルタを地面にまいて、二組み別れてカルタとり競技を見せてくれた。

フィナーレは、お母さんたちが用意したお汁粉が振る舞われた。

1時から始まったどんど焼きは、3時半過ぎに閉会式で幕を閉じた。

我が家の門松や輪飾りも火にくべられて、焔となって冬空に登っていった。

こうした身近な街で、伝統の行事が行われることに、しばし胸が熱くなった。

 

昨晩の大人のカンテフラメンコも、本日午後の子供のどんど焼きも、スペインと日本という国と文化の違いはあっても、伝統文化に触れることができて、いつになく充実感と満足感の得られる2019年の幕開けである。

すでに朝日カルチャーのレッスンは始まっている。

明日からは大学の授業も始まる。

改元の年でもある。

いつもとは違う、新鮮な年初を迎えた気分は、なんとも晴れやかである。

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平成31年 年始に・・・

2019年01月03日 10時19分54秒 | Weblog

平成31年が明けた。

元日午後には、高齢者施設へ母をたずね、散歩に連れ出す。散歩といっても車椅子に乗せて、外気と太陽の光を浴びてもらう散歩である。

施設の真向かいには早稲田大学・その前が帝京平成大学、さらにその前が明治大学、と近隣には三校の大学がある。

さらにその向こうには中野駅に向かって、警察病院・野方警察庁舎・キリンの建物があって、大きな建物が公園をぐるり囲んでいる。

散歩コースとしては、なかなか恵まれていて、気持ちの良い空間が広がっているのである。

 

さて、正月二日、午前中に稽古始め。

一通り野口体操でからだをほぐし、仕上げに「上体のぶら下げ」と「やすらぎの動き」を、iPhoneで自撮りしたものをFBにアップした。

外側に自分の動きを見ていると、気づくことは多々ある。

その後、昭和11年に尋常高等小学校入学し、13年に卒業した生徒さんから戴いた手紙と記録をパソコンに打ち出す。

1、2年とクラス換えもなく、担任は野口三千三。そのクラスだった方からだ。

「野口三千三先生を偲ぶ」1998年7月28日の日付があり、私の手元には30日に郵送されたはずである。

実は、拝受した当初には、あまり気に留めなかったある事柄が、今になってみると記録として貴重なものであることに愕然とした。

なぜ、気に止めなかったのか。

当時は、無知だったのだ。

戦前・戦中の日本を知らなすぎた。

とにかく「三千三伝」を書くために資料や本を読むことで、ようやく言葉をちゃんと腹に落とすことができる様になっていた。

手紙と記録は、野口三千三の姿と、教え子との関係が生の言葉で綴られていたのだ。

何度も読み返し、これまで自分の中に生きていた野口三千三とは、全く異なる顔を持つ野口三千三に初めて出会った。

今頃になって!

悔しさが私の全身を覆った。

もっと早く、戦前・戦中のことを知っておけばよかった。

「手紙と記録をくださった方のご親族は、同じ住所のところにお住まいだろうか」

住まっていて欲しい、と願った。

過去の時代を手繰り寄せ、その時代に生きた人の全てを知ることはできない。

できないなりにも、できることを深掘りすることは可能だ。可能だと思いたい。

昨日午後は、そうした思いを胸に近所の神社に参り、親戚へのと年始に向かった。

 

本日は、午後、別の親戚が年始にやってくる約束がある。

平成が終わる今年は、やはり特別な年なのだ、と思う。

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久しぶりにラジオを聴く・・・・平成文学論

2019年01月01日 15時25分46秒 | Weblog

元日の朝10時からNHKラジオ第一放送「高橋源一郎 平成文学論」を聞いた。

聞きながら、ハッとさせられた。

恥ずかしながら、平成になってから、文学と名のつく作品をほとんど読んでこなかったことに愕然としたのだった。

文学論の俎上に乗る作品はもとより作家の名前も知らなかった・・・・・

唯一と言ってもいいかも、平野啓一郎作品 擬古文で書かれた『日蝕』、ショパンにちなむ『葬送』、赤坂真理作品『東京プリズン』と『箱の中の天皇』を読んだことがあるくらい、まさに文学貧困状態であった。

しかし、まったく知らない作品の文学論でも、それを聴くことで平成という時代を再認識させていただいたことは恩恵である。

弁解に過ぎないが、あえて言ってしまう。

平成10年に野口三千三を喪ってから、次々と父の闘病や母の介護と繋がって、文学に遊ぶ時間はとれなかった。

さらに、没後に引き受けた野口体操の授業や講座では、文学とは異なった分野の本、最近では「野口三千三伝」のためになる本を必須にしていたらしい。

というわけで、話を聞きながら、失われた30年が恨めしくなった。

 

さて、二時間の文学論では、文学者の皆さんが紡ぎ出す濃密な言語(日本語)に触れて、とても豊かな気持ちになれた。

三部構成の中身は次のようであった。

1、「戦後の終わり・成長の終わり」ゲスト・平野啓一郎 

2、「ジェンダー・性的役割の変化」ゲスト・赤坂真理

3、「3・11」古川日出男

高橋源一郎さんが赤坂真理さんをお相手に、ゲストの作家さんとのやりとりを交えて平成を、そして次の時代を描き出すという番組。

なかでも作家自らの朗読が三人三様で、俳優さんとはまた違った味わいがあったことは特筆しておきたい。

番組を通してテーマとなったのは、インターネットやSNSの普及、9・11のテロ、東日本大震災、大きな事件や事故が起こる。

つまり自然災害や事件が重なるにしたがって、平成の文学が舵を切りなおして大きく変容していく過程が、明確にあぶり出されていった。

細かい内容は省くけれど、示唆に富んだ話の連続の中なら、いくつか備忘録として書き残しておきたい。

 

夭逝の作家・伊藤計劃のSF作品『虐殺器官』を取り上げて語られたことは衝撃だ。

そこから導き出された一般論にも通じることは、野口の戦前・戦中を考えるにあたって、示唆に富んでいた。

母や妹、家族のの命を守るため、あるいはお国のために、戦場に散ることを厭わない心情(強制的に近代国家によって植え付けられた愛国心)は、近代以前の利益集団・専門集団の戦争とは一線を画したものである、という話には刮目させられた。

国家のために、一般市民が戦争に行くということは、歴史の中では最近のことなのだった、と。なるほど、そうか!

近年は、国家の民営化、軍隊の民営化、民間軍事請負業者も出現しているおぞましさである。

 

いや、それ以外でも、ドンパチの戦争でなくても、経済戦争によって社会を構成する全体が軍隊になり戦場と化した。

若者が、学生が、黒づくめの就活服に身を包んで、企業に適応し、会社に出征し、そのことをよしとする社会現象には、以前から異議申し立てをしたかった、が、いざ、そうするとなると自分の中でも足を引っ張る自分がいたのが現実だった。

 

さらに、平成以前の文学が描き出さなかった作品群が、紹介されたことは私にとってありがたかった。

文学論を通しして平成を振り返るよすがとさせてもらえるから。

そこで、赤坂さんが作品でも描き、番組でも発言されていた。

「先の戦争で負けて、プライドを失い、(心身)に深い傷をおった男たちを、慰めてこなかったのではないか」

確かに、敗戦後も生き残った男たち、敗戦後の生まれた男たちは、企業戦士として没個性を生きざるを得なかった。

傷が癒されないままに、である。

裏を返せば、正常な日本社会が醸成されるはずがない、という指摘であろう。

ごく最近のこと。そうした中高年が築き上げた男社会の閉塞感を避けて、海外に出て行き、起業を試みる若者が現れていることに、人間として希望を感じるのは私だけではなさそうだ。その行為が危険を伴うものであっても、そうする若者が出現しない限り、いつまでも閉塞感の穴に落ちていくことに甘んじるなんて、勿体ないと思う人間に救われるのである。

それでも、社会の歪み、堪え難い暴力・戦争、マニュアル通りに行動し企業社会の一員となることで安息を覚える逆説が語られる平成の文学は、明らかにそれ以前の文学とは異なった時代の産物である。

同時にそれ以前の社会の負の側面を引きずったところも描き出していること知らされた。

殊に、「3・11」では、原発事故と水俣に流れている通奏低音として、石牟礼道子作『苦海浄土』について触れていらしたことに、ドキドキ感を覚えた。

石牟礼道子作品については、別の機会に、お話を聞きたいと思う。

 

何ともまぁー、だらだらと、まとまりなく書いてしまったが、最後に希望をもらったことを書いておきたい。

昨年末、私はユヴァル・ノア・ハラリ著『ホモ・デウス』上下巻を読んだ。

情報工学と生命工学といったテクノロジー進歩の先に、“常なるアップグレードができない無能人間集団”が生まれる悪しき可能性の記述に、暗澹たる思いに駆られていた。

打つ手はないのか?

いや、そんなことはない。

打つ手を、この二時間の「平成文学論」でいただいた。

「文学だけが文学ではない」という赤坂真理さんの言葉だ。

政治も社会も言葉・文字を持つことで、政治文学も社会文学もありうる。

普通の言葉で語っていくこと。

一人一人の中に切実に思うものが必ずやあるはずだから、苦しくても表現していく。

あらゆるところに言葉があることを自覚して「文学だけが文学ではない」、そうした思いの言葉を持つ人間を増やしていこうではないか、といった趣旨。

作家の役割は、個々人が身体のうちに宿している様々な思い、焦燥、悲しみや喜びや・・・・そうした全てをひっくるめて「文学以外のところでも言葉にするサポート」をすることで協働することができるはず、とおっしゃる。

そうすることが、ビッグデータの一データでしかない自分という存在をが超多数に埋没してしまう恐れから、自分(個人)を救い出す唯一の方法かもしれない、と高橋源一郎さんと赤坂真理さんの最後の話を受け取らせていただいた。

人は捨てたものではない。

視覚や聴覚以外にも、味覚・嗅覚・触覚、つまり直接触れる身体の感覚に気づき・育て・磨き育てる場をもっと大切にすることが、「文学だけが文学ではない」実現の一歩なのだと、我田引水の私であった。

そこにテクノロジー進歩に押しつぶされない人間の希望があるのではないだろうか。

今日のところは、これくらいで・・・・未完成ブログ。

 

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