羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

「あわや!70肩」から紡がれた幸せ感

2017年04月28日 08時57分49秒 | Weblog
 昨日のブログで、肩の不調に触れたら、それを読んでくださった方からFBに「50肩になやまされています」というコメントをいただいた。
 本日は、私の解消法について書いてみたいとおもった。

 はじまりはこうだ。
 日常生活の動きの範囲では、少し、というか少しよりはもうちょっとはっきりと違和感を感じる程度だった。
 気づいたのは68歳の誕生日を迎えた4月8日頃だったと記憶している。

 翌週の月曜日、10日のことだった。
 いざ、ゆっくり体操をしようとはじめたとき、はっきり左肩が肩胛骨の周辺を中心に、二の腕にかけて痛みを感じた。
「このままにしたら70肩になってしまいそう」
 からだの芯から、警鐘が鳴った。

 そこで痛いところに直接に手を加えるのは控えた。
 まず、「安らぎのうごき」(床に腰をおろして開脚し、骨盤を傾け、おへその下からはじめて鳩尾、胸、最後に額をつける順序)で骨盤の中から腿の付け根、そして内転筋群を中心にほぐすことをはじめた。

「安らぎのうごき」と交互に、脚を前後に開いて裏筋を伸ばす感覚をつかみながら、股関節周辺や腿の付け根を伸ばすうごき。
 伸ばされ加減を調合しながら、左右に別れた腰の中身を、半分ずつほぐし・伸ばすことを行った。

 さらに「真の動き」(仰向けになって両足を頭の方に持って行く)である。
 イメージだけれど、背骨全体で呼吸するようにしながら、静かにじわじわと、重さで伸ばす動きを、前の二つに加えていった。
 このうごきのときには、腕を頭の方に伸ばしている。が、今度ばかりは痛みからそれができない。
 そこで痛みを逃がす道を探りながら、肘から曲げる角度を調節し、そのままの位置に据え置いた。
 右の腕は頭の方へとすっきり伸ばし、肩胛骨に重さをかけていた。
 左右対称ではなく、非対称での動きとなる。

 そのほか「野口流ヨガの逆立ち」は、腕や肩や肩胛骨周辺に痛みを感じなかったので、やり続けていた。
 むしろ、この逆立ち姿勢で、腹式呼吸(横隔膜式呼吸)を繰り返すことによってからだの芯がほぐれていくような実感が得られた。

 他にもできる野口体操の動きは、無理のない範囲で行っていた。
 以上が主に行った体操である。

 全体を通して言えることは、脚腰をほぐし・伸ばす時に、野口体操では“ゆする”ことを行う。するとその波はゆるやかに肩から胸の内側へと伝わって、痛いところを労りながらほぐす効果もあったと思う。

 その他、日常生活でのからだの使い方を見直した。
 まず、母との関係である。
 トイレに誘導するときなど、腕を伸ばす傾向があったが、肘を胴体に近づけて鉛直方向を大事に感じていた。当然、母との距離が近くなった。
 そのことがきっかけとなって、できるだけ肘の位置が胴体から離れないあり方を探った。肩から肘のぶら下げ状態を確保するからだの使い方であった。
 
 たとえば座ってパソコンのキーボードを打っているうちに姿勢が崩れてくる場合。
 椅子に腰掛けて本を読んでいるうちに猫背になってくる場合。
 つまり姿勢が悪くなって来たことを感じたら、まず立ってしまう。
 立って腕をぶら下げてみる。肘の位置が胴体に沿うようにすると姿勢はすっきりよくなる。
 パソコンは中断しても、読書は立ったまま読み続けることはできる。本をもつ腕はやはり肘を胴体につける位置で保つ。

 この間の2週間と4日、授業やレッスンはあったことがよかったと思う。
 痛い動きは避けるようにしながら、殆どの動きは一緒にやっていた。
 どのクラスも新学期がはじまったばかり。
 はじめて出会う学生や受講の方々に、気遣うことは多い。
 気遣う間は、痛みを忘れている。これがいい。
 
 その他にも気持ちのいいことがあった。
 多摩モノレールの多摩動物公園駅の一つ先にある大学に週に一回通っている。
 八王子は都内よりも遅い満開の桜から、新緑へと木々が変貌を遂げる時期だった。
 そうした風景の中に、馬場から出て来た馬に出会う。乗馬部の学生がまたがっている。目を閉じると、ヒズメの音が近づいてくる。その音を耳にしながら、多摩丘陵の山の木々を抜ける風をからだに通してみる。
 そっと目を開けて、すぐ間近にせまった屋外プールを見ると、すでに水がはられていた。
 初夏への備えがはじまっている。水のさざ波を横目で見ながら、体育館へと入っていく。

 こうした授業の行き帰りの味わいは、短時間であっても、からだを内側から活性化させてくれる力となってくれることが実感できる貴重な時間だ。
 都会の真ん中にある大学では、到底のこと味わうことができない。
 清々しいとはこうした感覚だった。

 そんなこんなで内側からと外側から、肩の治療を行った、という次第であります。

 違和感を抱えた左肩ではあったけれど、穏やかに治療できたことに、今は安堵感で満たされている。
 日常に大きな支障が出てくる前に気づき、体操によってよい方向へとからだを導くことができた。
 
 プラスα。
 弱いストレスは受けていいよ!
『HSPと分子シャペロン』のストレスの定義から、生命を守るからだにそなわった力を知って、それも安心材料になってくれたように思う。
 
 お蔭さま、という言葉が以前に増して、身にしみる。
 68年生きてきて、いろいろあったし、あるけれど、何とも素敵な人生をもらった。
 ちょっと しんみり!
 月並みだけれど、日常の何気ないことが、これほど愛おしく思えることが、幸せかもしれない。(なんちゃって!)
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あわや70肩! そして二冊の本

2017年04月27日 12時23分27秒 | Weblog
 早春、2月3月は、4月1日の「野口体操の会」発足にともなう記念行事の準備で、いつもとは異なる暮らし方をしていた。
 自分のための体操は「仏つくって魂入れず」状態であった。 
 無事に行事を終えて、事後整理も片付いて、「さて、魂をいれよう」と体操にとりかかったのは、4月も中旬に近づくころだった。
 左の肩胛骨周辺を中心に、肩の後・前・側面、ぐるりと痛みが取り巻いていた。
「このままでは70肩になりそう」
 せっかく40肩も50肩もなくここまできたのに、これではよろしくありません。
 痛いところを直接攻めることはせずに、足・腰を中心にした野口体操をやり直した。
 お蔭さまで、今週に入って、痛みはなくなった。

 さて、別のお話。
 この間、椅子の脇においてあるテーブルの上に読みたくて用意した本の山を一冊ずつ崩し始めたのは、先週はじめのことだった。
 本日で、2冊目を読みきった。

 どちらもなんとなく知っていたことを、改めて確かめることとなった本である。

 一冊目は『HSPと分子シャペロン ー生命を守る驚異のタンパク質ー』水島徹著 講談社 BLUE BACKS B1774

 4月22日土曜日、朝日カルチャーセンターで、この本を紹介した。
 帯の一部をここに書いておきたい。
《生命は膨大な数のタンパク質たちの、化学反応によって営まれている。そのタンパク質たちを、高熱や毒・ウィルスなどあらゆるストレスから守り、壊れたタンパク質を修復し、育む「タンパク質」がある。それがHSPであり分子シャペロンだ》
 微細な世界で繰り広げられる壮大な生体防御機構に、生命現象の素晴らしさを知ることになる。

 もう一冊は『あなたの体は9割が細菌 ー微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン著 矢野真千子訳 河出書房新社
 NHKスペシャルで取り上げられた「腸内フローラ」の話の元になっている本であった。

 21世紀病、肥満 アレルギー うつ病は、微生物の多様性が失われることに起因することがよくわかる本だった。
 生物多様性の喪失は外側の出来事ではなく、私たちの体の内なる無数の微生物の「生態系」が失われ種の絶滅が進行していることでもあった。
 とくにこれからお母さんになる若い女性に、“ぜひ、読んでいただきたい”と、声を大にして申し上げる。
 生命誕生・出産と育児について書かれている話の部分は衝撃だが、この話を知って実行していくことは、子供への母親としての義務である、と言いたいくらいだ。
 母体は素晴らしいことがひしひしと迫ってくる内容である。

 その先を読むと泣けるね!
《数百万年ものあいだ私たちと共に旅をしてきた微生物の存在に敬意を払うこと。これこそが私たちの真の姿を理解し、ひいては100%のヒトになるための第一歩だ》
 エピローグの前の章で、著者は書いている。
 その記述に、共感できるのだ。
 自分のマイクロバイオームを整え、次世代へ伝えることの重要性を静かに受けとることができた。

 抗生物質を使いすぎること。
 食物繊維の摂取が足りないこと。
 赤ん坊のマイクロバイオータの植え付け方と育て方が変わってしまった(自然分娩が帝王切開に)こと。
 著者は問いかける。
《この三つの側面に対し、社会として個人としてどう姿勢を変えていけばいいのかを考えてみよう》
 微生物の多様性を守ることは社会問題なのだ、ということが理解できる。
 個人の力では限界がある。豊かに便利になった社会を支えているシステムを、考え直す必要があるからだ。
「本質的な健康論」は、そこまで踏み込んで警鐘をならしている。

 腸内にいる100兆個もの微生物の多様性を守るのは、ひとりひとりの個人である。と同時に社会問題でもあるのだ。

 また、『いちばん身近な自然は自分のからだ』という野口三千三の言葉が、微生物との共存の話として語られ、その意味深さを知ることとなった。
「健康を考える」とは、生命との直接的・真摯な対話なのだ。
 
 個体がある。
 器官や組織がある。
 器官や組織は細胞からなっている。
 その細胞には細胞小器官がある。
 分子レベルの働きが、私たち健康を左右する鍵となっていることを教えられた。
 とりわけ細胞小器官の一つである「ミトコンドリア」は、大昔に取り込んだ細菌の痕跡である。
 つまり、動物は細菌なしには誕生しなかった、というわけだ。
 引用すると
《動物の細胞にはそれそれ大昔にとりこんだ細菌の痕跡が残っている。自分より大きな細胞にのみこまれた細菌は、宿主にとって有益な存在となった。エネルギーを提供するミトコンドリアである。ミトコンドリアは細胞の発電所にあたる小器官で、細胞呼吸を通じて食物分子をエネルギーに代える。こうした「元細菌」を初期の動物界の多細胞生物の土台となり、必要要素をなってしまったので、もはや細菌とは呼べない存在だ。ミトコンドリアは二つの生き物が提携関係を結んだ例として、進化史上の一つの突破口となった。以来、小さな微生物はより大きな微生物とチームを組むようになった》

 私自身と私のマイクロバイオームは、ひとつのチームになっている。

『あなたの体は9割が細菌』を読み終えて、野口の著書『原初生命体としての人間』のなかにある自分の排泄物「糞便」をこねる話に納得できる回答が得られた。
 奇行でも何でもないことが証明される記述でもあった。
 微生物の生態系が崩れるということは、少なくともヒトという種が、絶滅に向かう速度を速めることなのだ。

「21世紀の健康」を野口体操の視点から考えることは、それほど難しいことではない、と知った。
 ここにあげた2冊の本を読むと、体操の意味がしっかりと見えてくるのであった。
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満月を20回見ることができるか?

2017年04月22日 09時46分01秒 | Weblog
 NHKクロースアップ現代「坂本龍一 分断された世界で」
 静かに語りかける坂本龍一と武田真一の対話に、現代の病理がかなり重症であることを感じた。

 同期せず、それぞれがそれぞれバラバラの固有のテンポを持って生きる。
 それを象徴する非同期の音楽アルバムをつくらせてしなったその根源を語っている。

「野口体操の会」のあり方も、ここにある!と私は思った。
 
 99%同期する音楽の快感を離れて、不寛容の時代に静かなる棹(メッセージ)をさす作曲家の思いに同期してしまった。

 見逃した方、視聴をおすすめします。
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野口体操巡礼の旅 花のむこうに……

2017年04月08日 05時58分59秒 | Weblog
 東京の桜は満開の時を迎えたのも束の間、菜種梅雨にはいった模様。
 今朝は、目の中のシャッターを切って持ちかえった、国立の桜を思い浮かべている。
 昨日、街は花の色に染まっていた。
 国立駅に降り立ってすぐ、ここに通っていた頃、半世紀以上も前の記憶を引き出してみた。
 これほどに重量感のある桜並木ではなかったような気がする。
 老木になって、養生されている木も少なくない。
 
 桜の木の下で、花に包まれて、ふと、思う。
「花狂い」させられても、不思議はないなぁ〜。
 
 …… 遊行僧は、花を求めて奥へ奥へと歩みを進める。そして一本の山桜に出会う。何を思ったのか、携えて来た刃物で、幹に傷をつける。したしたと流れる血の赤に命を見ておののき、静かに経文を唱えた。どこかで読んだ話……
 花は人の心をふわっと、宙に舞い上がらせる。
 見えぬもの見せてくれる。
 朧だった輪郭が明瞭な象を描き出してくれる。
 過去も現在も未来も超えて、彼岸からささやきかけてくる。
 
「先週の上野のお山は、三部咲きだったなぁ〜」
 そんな中、寛永寺の境内にある満開のしだれ桜だけは、少し濃い紅をたたえて私たちを迎えてくれた。
 なにはともあれ、いい一日だった。

 一週間が過ぎて、ようやく私の肩の荷がおりた。
「同行二人」
 つぶやく。

 もう少し、野口先生と一緒に旅を続けるような気がしている。
 花曇りの空の向こうに、見える景色がある。
「そうだ、映画をつくろう」
 これまでも、漫然と思っていたことだが。
 それがはっきりした。

 お集りいただいた皆さんの笑顔を思い出す。
 記念の行事が無事に滞りなくすすむように支えてくださったお一人おひとりの力を思う。

 今だから、出来ることがある、はずだ!
 確証はないが、そんな風に思える。

 ……桜に狂わされたのかな……
 それならそれでよしとしよう。
 
 会にご参加くださった方に、幹事さんを引き受けてくださった方に、私にも、泉下の野口先生からメッセージが届いたような気がしている。
「よろしくね!」
 いかにもあっさりしているが、先生の最期の言葉だ。
 笑ったお顔の遺影の口が、再び、そう言っていた。

 皆さま、ありがとうございました。
 これからです。
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野口体操巡礼の旅−3−「酒と薔薇の日々」ではなく「反省と介護の日々」

2017年04月07日 04時07分08秒 | Weblog
 鴬谷駅で「野口体操の会」のプラカードを見た瞬間、二つの思いがよぎった。
「わざわざ、つくってきてくれたのだ!」
 気合いの入れ方が違う、と嬉しくもあった。
 嬉しさをともなってよぎった思いのひとつは、これがあるとはぐれる人を出さずにすむだろう、という安堵感である。
 裏腹に、デモ隊に間違われないか、という危惧もあった。

 私の悪い癖−1−、性善説に傾いて、危惧の方はひとまずおいた。
 喪服に「◯◯家」のプラカードならともかく、カジュアルな服装の集団に分けのわからない体操の会のプラカードは、墓地や寺には似合わないことを、間もなく思い知らされることになるのだった。

 いきさつから話はじめたい。
 霊園に着いて、管理事務所で花をもとめ、用意してきた線香に火を灯すための器具を貸してくれた。ここまではとても親切だった。
 はじめて見たこの器具は、水戸黄門の印籠のような雰囲気を漂わせている物だった。
「さすがだわ。徳川菩提寺だけのことはあるのね」
 内心思ったが、言葉にはしなかった。
 用意されているはずの花だったが手順がここでくるっていた。
 そこで火付け道具と一緒に、一足先にお墓に持って行ってもらった。

 いざ、野口先生のお墓に向かおうとしたときのことであった。
「ちょっと待ってください」(女性)
 プラカードを見て、人の多さに気づいた管理事務所の女性の顔が歪んだ。
「こんなに多くの方が団体でお参りされるときは、お寺に許可を得てください」(女性)
「先日もお話しし、つい先ほどもご挨拶をしております。そういうことなら、以前伺った時に言ってくださればよかったのに。聞いていません。とにかく誰かを寺に向かわせますから、ここのところはお参りをさせてください」(羽鳥)
 どんなに言葉で説明しても、私たちの出で立ちやプラカードを見てしまった彼女の脳のなかをクリアにすることはかなり困難を伴っていた。
 それでもお互いに一歩も譲らず、すったもんだの末に話をつけて、皆さんには先に行っていただいた。
 このやり取りがビデオにしっかりおさまっていた!
 その上、ご丁寧なことに、ピーターが撮っている映像にも、國廣さんのビデオ映像にも皆さんの後を一人追う姿が映っている。
 背中には不愉快な思いに苛立った「気」がにじみ出ている。
 腰はプリプリ・プンプン上下し、脚には力が入っている。
 背中や後ろ姿で芝居をするというのはこのことだった。
 いやいや、芝居ではありませんのよー。

 私の悪い癖−2−、落ち着きを失うこと中途半端な気持ちのまま行動をとってしまうこと。
 この場で、半分だけディレクターに変身していた。この半分がいけない。

 実は、お参りをはじめる前に、花束を私に渡してくれるという、ちょっとしたセレモニーをすると聞いていた。
 記憶が定かではないのだが、映像を見てがっくりした。
 記憶が抜けていても不思議はない。
 花束贈呈がそっくり抜けて、どさくさのなかで、そそくさと手を合わせて次の方にその場を譲っている。
 それも傘をさしたままの自分の姿がしっかり残っているではありませんか。
 オー、ミゼラーブル。

 ここまでくると単なる愚痴をかいているーってことになりそう。
 マインドフルネス? 精神を落ち着かせてから書けばよいのかも。
 でも、ご免。つづきを書かせてください。

 その後の映像を見ると、すでに半分でなくディレクターに、徹しようとしている私がいた。
 先へ先へと手配をするために、歩き出しているのである。
 体育館での手配や配置、体育小屋見学の場所の変更から、いざ公園へ。
 さすがに、ここではプラカードの威力が発揮される。
 後ろを振り返ると、よーく見えて、無事に皆さんが歩いてこられるのが確認できた。

 この日に知ったこと。
 プラカードをかかげることで、「ここに集まって」と、内側の人々をまとめる力は予想以上に強いこと。
 また、外に向かっては、他の人に関心を持ってもらう効果が大きいことも知った。
 これはよい方向の関心を持ってもらえる。つまり、訴える効果は、大きいということである。

 一方で、保守的な由緒正しいお寺の番人の方には、場違いなことをやられてはたまらない、治安を乱されてはたまらない、という恐れを抱かせる力が、予想以上にあることもわかった。
 因みに帰りがけには、連絡不足の手違いをわざわざ謝りに来てくれたが、出だしのつまずきは、私にとって気分の悪さとして残った。今となっては、よき教訓として残ったのだが。
 
 さて、さて、「プラカード考」だ。
 主義主張を訴える手段として掲げ、大勢の人間がそれに連なる行為は、自分たち以外の人にとっては、或る種の危険なかおりをふりまくということを知っておいた方がよさそうだ。
 デモ隊を冷ややかに見る人がいる。
 デモ隊を危険思想の集まりと見る人がいる。
 最初に消し去った危惧は消し去らずに、墓地では掲げ方をちゃんとお伝えしておかなければいけなかった。
 実際に、残された映像をみると、それほどショッキングには映っていないので、ホッとし安心もしたのであるが、しかし……。
 職務に忠実な管理室の女性の目には、驚異と映るだろうと予想しておくことが肝心だった。
 しかし、喪服に「野口体操の会」のプラカードを持って、一歩、社会にでたら、これこそ警官隊がやってくるかもーなんてねー笑っちゃいますよ。

 私の悪い癖−3−、相手に任せたら最後まで確認をしない傾向があって、再確認は常にすべし。
 野口先生に羽鳥がいたようには、私には羽鳥はいない。いつも中途半端な気持ちで何かをしている。
 実に、よろしくない。
 そういえば、野口先生ご存命中は、企画したことを実行するときはいつもディレクターに徹して、先回りをしていたことを思い出す。それはそれで楽しかったなぁ〜!
 先生を引き立てるため “ 涙ながらの努力をしていた ” とは言いがたいが、裏方に徹してその場での手配を怠らなかったような気がする。

 かくして、2017年4月1日、「野口体操の会」はプラカードのもとに船出したのである。
 苦さとともに、その実感がじわりと身にしみてくる。
 そして思う。
 できるだけ早い時期に「野口体操の会」を若い方々に引き継ぎたい。
 しばらくの間は、企画者として、ディレクターとして、徹することとしてもである。

 今週は、プラカードを掲げる象徴的な意味をしっかり噛み締めながら、野口先生がユニフォームを避けたその思いも忘れずに、皆さんを危険にさらすことなく舵取りができるといい、と反省の日々を過ごしていた。

 すべてが裏表。
 よきことあらば、あしきことあり。
 大変貴重な学びをさせてもらった。

 こうして、あの日以来、「ひとり反省の日々」をおくりながら、ときに母につらく当たりそうになるのを抑える「介護の日々」も重なっている。
 多くの方が同じような境遇を生きているに違いないが、そうだとわかっていながら、
「もう、やってられないッ」
 そう思う日もある。

 すべて、これでいい!ってことはないのだ。

 今日もこれから母をひとり家において、体操のレッスンに出かける。
 国立の桜並木は、きっと美しいことだろうなぁ〜。
  
      つづく
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野口体操巡礼の旅 ー 裏話「不思議なデジタル記録」

2017年04月06日 11時45分14秒 | Weblog
 3月中旬過ぎに、ふと、思いたった。
「そうだ、動画記録を残しておきたいッ!」

 実は、野口先生の記録を残そうと「野口三千三授業記録の会」をはじめたのは亡くなる10年前の1988年秋のことだった。
 ビデオを中心として、授業や公開講座、ミネラルフェア会場での行事など、たくさんの記録が残っている。
 今回の4月1日に行った「野口体操の会」発足に伴う行事を前に、そのころの記録への思いが沸々と湧いてきたのである。

 すぐに、ある二人の顔が浮かんた。
 ピーターと國廣さんである。
 お二人とも背が高い。
 だいたい似たような背丈である。
 おねがいすると、即座に快諾をいただいた。
 ピーターには私のiPhoneで、國廣さんはご自分のビデオカメラで、記録をのこしてくれた。

 無事に会も終わって、國廣さんにあずけてあったSDカードを、Mac book Airに接続してみた。
「アプリがみつかりません」と表示され、再生ができなかった。
 出来ることを試みた。しかし、どうやってもうまくいかない。

 さて、日曜日の朝日カルチャーのレッスンが終わったので、翌日の月曜日から、時間が空くと事後整理をし、昨日は散らかっていた部屋の掃除などして身辺の整理が終わった。

 そして、今朝のこと。
 もしかするとiMacでは見られるかもしれない、と再生してみた。
「おー、見れるではありませんか」
 ところが時々、とまっては動き、とまっては動きするのである。
 これは私のPCのバージョンが古すぎることに起因するのだろう。
 というところで落ち着いた。
 今度の土曜日に、佐治さんに渡して、様子を見てもらうことにすることを心のなかで決めてしまった。

 驚いたことは次のことである。
 何もしないのに、Dropboxx に記録があげられているではありませんか。
 それを一つずつコピーしておいた。
 しかし、しかし、なぜ?
「どうして、そんなことができるのか」
 摩訶不思議である。
 狐につままれている。
 何がこっているのだろう???????

 思い返せば、再生する時には、何もしないのに「Quick Time」が作動していた。
 抜き取る時にゴミ箱に入れる前に、表示があった。
 そのままOKを出して、PCからSDカードを離した。
 ただそれだけで、有料で契約しているDropboxに記録が残っていく機能は、いったい何? 

 今回は奮発して『SanDisk のExtreme ProSDHC UHS-Ⅱ カート32GB』の SDカードを用意した。
 iPhoneとiPadでつかえるUSBメモリーがここの製品であったことから、サンディスク株式会社を知っていたことから、この製品にたどり着いた。
 ちなみに、この製品は、データ復旧ソフト一年間利用可能 4K FULL HD VIDEO 超高速転送 である。
 
 なんというか、この世界は、まるでブラックボックスである。
 よくわからん!
 いまだに狐につままれた心境である。

 でも、まぁっ、綺麗な映像が残っているのだから、いいとしょ。
 わからないまま、座布団の下に敷いておこう。この言い回しは便利だが、養老孟司先生の口癖をお借りしたわけ。
 
 ということで、最初の発想は、具体的な当てはないけれど、近い将来に映像作品を創るときに、カット的に使いたいと思ったことだった。
 そのことを伝えると、ピーターと國廣さんが共感し、協力してくれた。
 スゴイ助っ人が、ここにもいてくれた。
 ありがたや! ありがたや!

 私には到底ついていけない、“デジタル不可思議世界”の一席でした。

 追伸:午後になって再び再生してみたところ、今度は止まることなく見られました。
    先ほどのは、Dropboxにインストール中に見ていた可能性があります、ということに気づきました。
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なんでー、朝から……「ひよっこ」

2017年04月06日 08時20分16秒 | Weblog
 私って、やっぱ、人情に弱い、かな?

 今週の月曜日からはじまった朝ドラ「ひよっこ」。
 見る気はなかったが、映画のような映像にひかれた。
 桑田佳祐の歌がいい。
 以外でもないのか、増田明美がいい声。
 なんとなく惹かれて、昨日あたりから見始めてしまった。

 それがー、今朝は、涙がこぼれた。
 なんでだろう。
 東京の洋食屋の調理場のシーン、威勢のよい立ち居振る舞いからハッシュドビーフの匂いが漂う。
「おいしそう」
 立ち上る湯気にしっかりやられた!
 会話がいい。
 映像がいい。
 田舎の風景もいい。
 秋桜花が風にゆれ、懐かしいバスが走る。
 子供たちの表情。

 すっかり五感が開かれた。

 そうだ、幼友達のお母さんが、茨城から東京にお嫁にきた人だった。
「ちゃん立(お父ちゃん)農家大学出身だから……」
 気張って、笑い飛ばして、舅・姑・夫につかえて柱の陰で泣いていた、そんな姿を思い出した。
 茨城なまりが思い出された。

 最後のシーンは「土」。
 野口先生の子供の頃の手は、やっぱ土で汚れていた。
 そう思うと涙が止まらなかった。
 群馬の土の匂いを嗅いでみたい、と思った!

 なんだかなー、これから朝ドラに泣かされそうな気がする。

(実は、朝、見終わってすぐに書いていました。ところがメンテナンスでアップできませんでしたので)
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HPにアップされました! 「野口体操の会」発足……記念行事

2017年04月05日 04時40分42秒 | Weblog
 皆さま、おはようございます。
 写真家の佐治嘉隆さんが、4月1日の「野口体操の会」発足記念行事の写真を「野口体操公式ホームページ」にアップしてくれました。
「のnet通信」には、鴬谷駅集合〜寛永寺第二霊園 野口三千三の墓所 お参りの様子〜寛永寺根本中堂〜東京藝術大学体育館での模様〜体育小屋〜公園〜イタリアンバルアクア
 全行程の写真をご覧いただけます。

 ホームの頁では『「野口体操の会」第一回(創立)総会に寄せて」』羽鳥 の全文をお読みいただけます。

 佐治さん、ありがとうございました!
 
 
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野口体操巡礼の旅 ー伝説のサーカス玉ー

2017年04月04日 07時33分16秒 | Weblog
「野口体操の会」発足のために、4月1日に総会を開くことを決めたのは、昨年の秋のことだった。
 19年前のこの日、満開の花に囲まれた上野・寛永寺で、野口三千三先生と永久のお別れをしたのだった。
 総会のために、何かよい企画はないものか、と思案した。
 思案という言葉はいらないくらい、すぐに思いついたのが、今回の企画案だった。

 まず、寛永寺で野口先生の墓前に会発足の総会を開く報告をする。
 次に、寛永寺・根本中堂に立ち寄ってから、東京藝術大学体育館の前を通り、音楽学部に残っている「旧体育小屋」を見学する。
 そして総会をひらく食事処まで上野公園をそぞろ歩く。
 以上が、最初の案だった。
 晴れた空に満開の桜をイメージして、いさかか極楽トンボ過ぎる私だった。

 さて、最初に予約をした先方から、30数名の人数には対応できない、と断れたときから風向きが変わった。
 慌てて次なる場所を予約したものの、総会にふさわしい雰囲気ではなかった。
 さらに、旅行会社の添乗員に自分を重ねてみた。
「大人数を間違いがおこらないように、誘導するにはどうしたらよいのか」
 雨が降ったらどうしよう。風が吹いたらどうしよう。
 年長の方は90歳を超えていらっしゃる。
 添乗員はともかくとして企画責任者としても、皆さんを路頭に迷わすわけにはいかない。

「お墓のある第二霊園とは目と鼻の先にある藝大の体育館をお借りできないか」
 そう思い立って、恐る恐る存じ上げていたその筋の方に、相当に悲痛な覚悟をし、命懸けの思いで、一文字一文字に思いをこめて二日がかりで手紙を書き上げた。

 数日後に電話で伺った。
 無事に貸してただけることになった。
 思わず、上野方面に向かって手を合わせてしまった。
 我に返ってみると、あれほど命を懸けた手紙を差し上げなくても、三十数年つとめあげた野口三千三のために、また「野口体操の会」のためには、問題なくお借りできるに違いなかった、と思えた。

 お墓参りをしたい、体育館も訪ねたい。
 そうした思いは、野口体操が藝大で生まれ育った、その古巣に寄せる「帰巣本能」に違いない。
 実際に、皆さんをそこにお連れできる嬉しさは、言葉にならないほどであった。
 まさに巡礼である。

 話は、当日のこと。
 12時20分過ぎには、全員が無事に体育館に入場した。
 わーっと声が上がった。
 声の方に振り向くと
「これが、サーカスの玉乗りの玉!」
 どどどっ、と窓際にあつまって、興奮している様子が目に飛び込んで来た。

 いくつものバランスボールの真ん中に、サーカス玉は鎮座している。
 野口先生が敗戦後、まだ混乱がおさまらないうちに、サーカス団に通いつめて、玉乗り曲芸師と仲良くなってつくってもらった玉である。
 野口体操の私たちにとっては、感動、興奮、全身が沸き立つエネルギーを引き出す「もの」との遭遇であった。
 因みに、『野口体操入門 からだからのメッセージ』現代文庫 2015年版 第一章を改訂した20頁〜にこの話を書いたのでご参照ください。

 意味深いため息をつきながら、つくづくと思う。
 最初の食事処に断られなければ、この玉との出会いはなかった。
 最初の食事処に断られなければ、「野口体操の会」第一回(創立)総会が、先生ゆかりの藝大体育館で行う事はなかった。
 何が幸いするのか、最後までわからない。

 その上、天候まで味方してくれた。
 底冷えの真冬の寒さのなかで咲きかかった花は、身を縮めてひっそりとしていた。
 決めてしまったのか花見に出かけて来る人はいたけれど、満開のような混雑ではなかった。
 幸いである。

 青空にも爛漫の春にも出会わなかった。それだからおせおせの時間のなか、なんとか懇親会の予約時間に大きく遅れる事なく全員が無事に到着できた。
 
 そういえば野口先生は否定用語を肯定用語に解釈する名人であった!
 これを天の采配といわず、なんと言おう!

 当日、何かと細やかに面倒を見てくださった管理室の方に、後日、お礼のメールを差し上げた。
 そこに何気なく玉の由来を書き添えた。
《 ボールのお話は、始めて聞きました! 今まで何のボールなのかと、不思議に思っていました。そのようなゆかりのボールだったのですね! 今後も体育館で大切に保管していこうと思います 》
 今でも十分だけれど、これからは、『野口三千三 ” 伝説のサーカス玉 ” 』として、もっと大切にしていただけそうだ。
 
 あれもこれもすべては、お断りの賜物である。
 ニュアンスの違いは多少あるけれど『禍いを転じて福となす』

 本日は「野口体操巡礼の旅」から「伝説のサーカス玉」の一席でした。

       つづく
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「野口体操の会」創立総会に寄せて

2017年04月02日 08時50分23秒 | Weblog
 先日、皆さまのお蔭をもちまして無事に「野口体操の会」創立総会を終えることができました。
 当日、けが人や、はぐれてしまう人をださないように、と心配りをしてくださった幹事さん方の誠意ある準備と対応で、記憶に深く残る記念日となりましたことを、このブログでもご報告します。(リンクは佐治嘉隆さんのブログ「芭瑠庵」に掲載された当日の写真です)

 総会に先立って、趣旨説明をするようにと仰せつかっていました。
 さまざまな準備に追われていて、直前の木曜日になってようやく終日を原稿書きに当てることができました。
 3月31日・金曜日の早朝に最後の手直しをして、佐治嘉隆さんに添付メールをいれて外出しました。
 所用をすませ、中央線のなかでメールを開くと、野口先生の写真入り、ステキな小冊子にまとめられた案が添付されていました。
 ある方が「阿吽の呼吸」ですね、と佐治さんの心意気に感動されていました。
 両面コピーしてもいいでしょうか、というお伺い程度の気持ちで送信したにもかかわらず、短時間で仕上げてくださって、車中であることを忘れて、「おぉー」っと声をあげてしまいました。
 本当にありがたいことです!!

 三鷹駅で乗り換え座席に腰をおろし、再びスマホを見直して校正し、折り返しの連絡をとりました。
 スマホさまさまでした。
 野口体操に関心をお持ちの方に、ご参考までにお読みいただきたいので、長いですが文章だけをここに貼付けさせていただきます。
 冊子は、縦書きです。

    ********

    「野口体操の会」第一回(創立)総会に寄せて
   
 本日は手作りの法事にご参加いただき、ありがとうございます。
 大勢の皆さまと野口三千三先生のお墓参りが出来ましたこと嬉しく思っています。

 まず、このたびの「野口体操の会」発足にあたって、経過をお話ししたいと思います。これまで折に触れて、各方面の方々から、志を一つにして活動するNPO法人や一般財団法人などの法人化をすすめていただくことがありました。
 その都度、考えてみましたが、踏み切れずに時間ばかりが過ぎていきました。
 気がつくと、野口先生を知る人も減り、野口体操に携わっている私たちにも高齢化の波が押し寄せています。このままでは野口体操は消滅しかねないことへの「勿体なさ」を感じているのは、私ひとりではありませんでした。と言ってもバラバラの個人のままでは、力にならないことを痛いほど感じています。

 思い返せば、ご存命中、「野口体操の考えに組織は馴染まない!」とおっしゃり続けた先生でした。それでも晩年には、「このままで果してよいのだろうか」
 つぶやきながら一抹の寂しさをにじませていらした姿に接してきました。
 それから数十年後、昨年の秋のことです。小さくてもまとまりのある会をつくりたいという思いを受けとめ、積極的に支えてくださる方に恵まれて準備を進めてきました。
 まずは、年賀状の交換をしている方のうち七〇名ほどの方にお知らせしました。昨日までで六一名の方が、会員に名乗りをあげてくださいました。
 こうした流れの中で、長年の懸案であった野口体操の組織化が実現できたことに、野口先生も素直に喜んでくださっていると思いたいです。
 ここで改めて申し上げるまでもないのですが、野口体操は先生の戦争体験が大本となって生まれた体操です。身体論です。いの一番に、全体主義にならないことが挙げられます。つまり個を大切にすること。こうした考え方から次のことが導かれています。たとえば、ユニフォームはつくらない。一つの基準だけで人を見ない。体操でかけられる独特の号令は命令に従わせるのではなく、ある範囲のなかで合わせながら、それぞれに気持ちよさを見いだすための手引きでした。
 ある意味で組織化とは相反する考えに裏打ちされた体操です。
 そうは言っても先生ご自身が八〇歳代にさしかかった時に、こんなことをおっしゃっていました。
「自分が生きている間に、野口体操が理解され受け入れられるとは考えていなかった。それでも最近になってわかってくれる人も増えて、生きている間に少しは評価されているような気がしています。だからと言って日本全国に広めることは考えません。広めることに使うエネルギーを、体操の中身を深めることに注ぎたいのです。でも、このままでいいのかなぁ〜と思う時もありますよ」

 繰り返します。バラバラの個人では、どんなに熱い思いがあっても、力とはなり得ません。そのことを受けとめ共感してくださる方が、行動してくださいました。とりわけ法律家の近藤早利さんが事務局を快く引き受けてくださったことで、「エイヤッ」と、一気呵成に会として形にすることが出来ました。
 二十代の外国籍の青年から九十代の方まで、先生を知る方も知らない方も、会員になってくださることで、次のステージへの懸け橋が用意されました。 
 このことは画期的な出来事です。こうした人の集まりの「多様性」が、野口体操が求めているいちばんの真髄を象徴しているからです。さまざまに異なる土壌で生きる人々が、「野口体操」と呼ばれる身体文化の根もとに集まってくることが、混迷のうちにある社会に、生身のからだの実感をもとに創られるしぶとい文化を根付かせる最初の一歩になると思います。

 この機会に見えてきたことがあります。この会を構成してくださる方々の多様性の奥に、個別でありながら「身体の普遍」を見ることが出来たことです。実は、先生は普遍より 「個別」 を大事にしておられましたが、その思いを深掘りしてみると、体操を通して素足の下にある地球と繋がる生きものとしての「普遍の価値」と「個別の価値」が、矛盾なく包摂される地平が見えてきます。人間の価値観からすれば、矛盾としてとらえられる「コト」のなかに自然本来の命がある、と見たてる先生の思いが、皆さまのなかに脈々と流れていることも伝わってきます。そのことを手がかりに、これから出来ることを、「丁寧に・大事に・大切に」育て、積み重ねて、一人ひとりから発信できるコトを互いに磨き上げていく場としての「野口体操の会」になってほしいと思っています。
 微力ながら、若い方々の才能を引き出し、野口三千三が創発したかけがいのない身体文化を、社会に活かしてもらうお手伝いができればと願っています。
 会のモットーは『自然に貞く からだに貞く「自然直伝」』です。

  平成二九年四月朔日    花の季節の上野にて    羽鳥 操
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