羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

東京都の神田川洪水対策

2012年03月30日 19時04分18秒 | Weblog
 先日、町内会の見学会に参加した。
 場所は神田川・環七地下調節池だ。東京都の壮大な治水事業で、神田川水系の洪水被害を防ぐ為に、杉並区、中野区、新宿区から、最終地は日本橋川に合流させて東京湾に流し込む壮大な計画らしい。
「水を制するものは国を制する」

 私たちが訪ねた「神田川・環状七号線地下調節池」は、取水施設:川から洪水を取り入れ、地下トンネルまで導く施設。調節池トンネル:取水施設から流入した水を貯水する施設。管理棟:流入や排水設備等の運転操作や監視制御を行う施設。これらの施設で構成されている。

 整備事業の経緯は次のようである。
 延長4・5キロメートル、内径は12・5メートル。神田川、善福寺川及び妙正寺川の洪水約54万㎥を貯留する事業だという内容も含めて、この事業の意義について30分ほどパワーポイントを駆使し動画等も示しながらレクチャーを聞いた。別室では模型を使って水がどのように集められるのかをみることができる。
 その後、地下43メートルまで降り、巨大なトンネルが掘られている中間地点に立った。
 水は空ではなく、防火用水として貯水されている。気温は20度以下で寒い。照明は一つもなく、説明する管理者の方二名が照らす、サーチライトのように明るい携帯電灯がたよりだ。
 いつも持ち歩いている LED携帯ライトでは足下しか照らすことができなかった。
 そこを去る間際に、全部の照明を切って、暗闇体験をさせてもらった。これがいちばん恐い体験だった。隣に立っている人の存在もまったく消えてなくなるのである。
 こうした巨大空間のなかでは、市販されている携帯のミニライトでは、周りを照らし出すことができなくて、恐怖に駆られることを知った。

 この施設が出来てから、洪水の被害は減ったらしいが、施設があることすら、知らなかった。
 この施設を溢れさせるような大洪水が起こりませんように。
 なにより暗闇体験が出来たことが有益だった。何も出来ない。

 30分ほどして地下空間lから上がってきて、再びセミナー会場に戻った。
 質疑応答がなされたが、そのなかで興味深い話が出た。
「去年の3・11の地震が起きたその時に、地下トンネルに作業員がいたのですが、地上ほどの揺れを感じなかったそうです。あれだけの巨大施設で、地下全体が揺れるようです」
「まぁ、そうですか」
 としか言いようがなかった。

 さて、武蔵野市、杉並区、中野区に田畑があり緑が多かった時代から、次第に住宅が建てられ市街地となることで、洪水による被害が大きくなった、という説明はよくわかる話だった。東京の町が西へ西へと伸びていった結果、もたらされた人災かもしれないと考えると複雑な思いに駆られる。
 何が起きても不思議はない。
 とりわけ、繰り返しになるが、暗闇を失った東京の暮らしで、いちばん恐いのは「大規模停電」であることを改めて思い知らされたよい体験だった。

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 東京都第三建設事務所工事第二課 
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呼吸

2012年03月28日 14時17分18秒 | Weblog
《ミトコンドリアは細胞の中にあって、呼吸をつかさどっている。「細胞内呼吸」と呼ばれている。呼吸とは、息を吐き、吸うことだけでなく、酸素を使ってエネルギーを生み出すこと。ミトコンドリアは細胞内の呼吸の場であり、代謝の場である》
 こうした知識は、今ではかなり一般化している。
 
 現代人のストレス生活に鍵を握る呼吸に関連し、呼吸法などもヨガなどを中心に、実践されている。
 その場合は、意識を吐く息にまとめ、吐ききったところでからだを緩めれば自然に息は入る、と教えてくれる。「吐いてー、吸ってー、吐いてー、吸ってー」、玄人になれば「踵で呼吸する」とこまで到達できる、というわけだ。
「踵?」
「深い呼吸、ということです」
 生徒の問に答える。
「腹式呼吸は、腹に空気が入ってくる呼吸だと勘違いして、言葉通りに受け取る人だっているんですから。ちゃんと注意しないとね!」

 思い起こすのは、野口三千三の呼吸についての講義。それと同時に行われるパフォーマンスだ。
 吐く息だけでなく、息をすって「保息」の働きの重要性を、みせてくれる。
 まず、野口が仰向けに横たわる。ご自身より20キロ近く体重が軽い女性を選んでおく。女性を両肩ギリギリのところに左右の足を開いて立たせる。そして腹の上に座らせる。
 このとき野口は、息を吐ききっている。
 次に、床に接している女性の足をあげさせる。いわゆる「体育座り」の足をあげることになる。重さは野口の腹にかかってくる。その状態で息が入ると、女性のからだは上に持ち上げられる。
 今度は目一杯吸い込んで、吐くことも吸うこともしない「保息」状態であることをわからせる為に、野口は口を軽く開いても息が出ていかないことを、もう一人の人の手をかざして確かめてもらう。

 具体的に横隔膜はどのようになっているのか。
 横隔膜式呼吸(腹式呼吸)の場合、息が吸われると横隔膜は下げられる。これを仰向け姿勢で行うわけで、腹の上にのっている女性は、持ち上げられて状態で保たれている。示したかったことは、呼吸における横隔膜の力は、相当に強いことだ。からだの内部圧力を高めることができることを実証してみせたことになる。
 このときに大事なことは、腹筋の力が抜けていること。
 たとえば立つ姿勢の場合には、腹筋が働いて固められていると、横隔膜が下げにくくなる。内蔵が前や横に移動できないからだ。つまり横隔膜式呼吸では、腹筋が働くと動きの邪魔になる。
 仰向け姿勢の場合でも向きが異なるだけで同様である。

 他にも、横隔膜によってからだを守る例として、前突きがある。
 まず、直立した姿勢で、腹筋が緩んでいることを実感させる。その後、横隔膜式呼吸(腹式呼吸)で横隔膜を下げ、そこで「保息」状態にしておく。腹を突かれても、ふにゅっと緩まないことが肝心だ。
 相手に拳による前突きをさせる。かなり強い突きでも、横隔膜の位置が下げられている状態が保てれば、内蔵を守ることができる。そのことを示すパフォーマンスを行っていた。

 伝えたいことは、呼吸における感覚を磨くとき、横隔膜を下げた状態の「保息能力」が高いことが、いかに重要であるかだ。

 一般的に名人は「間の取り方」が違うというが、それこそが「呼吸」の上手さなのである。とりわけ吐くことも吸うこともしない「保息」と「止息」が「間」なのでる。
 前回の「円柱形・円筒形」と「筋膜」の話に、「呼吸」が加わると、「静かなるほぐし」が本当の意味で生かされてくる。構造と機能が見事に調和した時、人のからだの内側には、気持ちよい海が広がる。

 あえて言おう。
 呼吸を極めることは、「ミトコンドリア・イブ」に出会う旅に出ることかもしれない。そのまま存在のルーツを探る旅。
 そして、なぜ父親のミトコンドリアは受精卵で食べられ消滅してしまうのか、そんな生命の不思議に思いを馳せる時を過ごすことも、体操の醍醐味かもしれない。
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「からだは管(チューブ)のあつまり」と「筋膜」

2012年03月26日 13時17分47秒 | Weblog
 今日の題名は、3月24日(土)、朝日カルチャーセンター「野口体操講座」のテーマだ。
 持参したのは「トム・ボーイ」。太さも素材も長さも色もさまざまで、それらを立った目の高さで持って、中をのぞいてみる。太さによって見え方が全く異なる。一番細いトム・ボーイは、生体の中に吸い込まれるような感じすらしてくる。
 そうすることで、“からだは「円柱形」「円筒形」「管(チューブ)」の集まり”というイメージを、非常に単純化したところで、からだの中を探る一助にしてもらうために持っていった。
 太い物の直径は100ミリ弱、細い物は10ミリ弱。これだけそろうとイメージも膨らむ。
 野口先生は『標本は一つではなく、いくつも示すことが大事だ』とおっしゃり、事実、ご自身が何かを示す時には複数を持ってこられた。

 もう一つのテーマ「筋膜」については、キタムラさんからのデジタル資料をお見せし、言葉による対話をしながら、いつも行っている動きを味わい直してもらった。
「筋膜」は、解剖の際には邪魔者扱いで、ばっさばっさと切り捨てられていくそうだ。
 久しぶりに参加できた新井英夫さんが、思わずご自身の体験を話された。
「イノシシの肉を友人からもらったんですが、肉屋で買うような状態ではなく、大雑把に切ってあるだけで、筋膜がしっかりついていたんです。これがくせ者で迷路のように入り組んでいて、剥がすのがとっても大変でした。剥がした物を引き延ばしてみると、相当に伸びます。でも伸びきった限界ギリギリのところでピーンと張って、かなり丈夫な感じがしました」

「筋膜」が第二の骨格といわれる由縁は、仮に筋膜がない状態で筋肉の力を抜けば、形が保てないからだ。つまり、筋膜はからだの内側で構造を維持する役目を果たしている。その筋膜がゆがんだ状態で姿勢を正そうとしても「無理は無理」ということになる。筋膜を伸ばせば筋肉が自由になるので、解剖学的には無用なものであっても、生きているからだにとっては、ものすごく大切で、筋膜の状態次第でいかようにも不具合が出て来る。したがって筋膜をできるだけゆがみの少ない状態へと修正することが大切である、ということになる。

 野口体操には、この筋膜に働きかけるであろう方法があったことに気づいてのは、昨年のことだった。
 そんなわけで板書している内容をここに貼付けます。覚え書きメモです。
 ここには書きませんでしたが、「呼吸」が深く関わります。
 また、野口体操は治療を目的としていないので、ロルフィングとは異なります。


2012年3月24日(土)朝日カルチャー 

※今日のテーマ『からだは管(チューブ)のあつまり」と「筋膜」への働きかけ』
一、野口三千三語録より
『「もの」の基本の形は球である。ものの「動き」の基本は「円・波・渦・螺旋」あり、「生きもの」の基本の形は「管(入り口・通り道・出口)」である。』
『人間の基本の在り方は「寝る・這う」と「立つ・歩く(走る)」の二つであり、どちらか一方だけにしようとするには無理がある。』
『からだの動きは外側の形の変化として捉えるだけでなく、からだの内部隔壁・体腔の変化、さらには体腔内の状態の変化(圧力・硬度・比重・密度・温度・粘性度・伝導などの総合感覚)として感じ取ることが大切である。これは筋肉の緊張・弛緩の感覚だけでなく総合直感によるしか捉えようがないのかもしれない。』

二、 「筋膜」『北村さんからのデータ』から。映像を見ながらどうぞ。
* 『表皮のすぐ下で全身をタイツのようにおおう浅筋膜と深筋膜、筋肉を包む筋外膜、筋肉の中で繊維を束ねる筋周膜や筋内膜といった具合に何層にも重なっていて、しかもあらゆる筋膜が連続的につながっている。(第二の骨格)』
* 筋膜は、コラーゲンとエラスチンという二種類のタンパク質繊維が、メッシュ状に張り巡らされている。このうちコラーゲンはほとんど伸びないが、エラスチンは伸縮性に富み、2・5倍もの長さまで伸びる。
* 日ごろよく動いている部位の筋膜は、エラスチンがよく伸縮する。だが、あまり動かない場所のエラスチンは動かない。するとコラーゲンがエラスチンにまとわりついて凝集し、伸縮性を失う。膜同士が接していれば互いに癒着する。「煮こごり」のような状態だということが言える。
*よれた筋膜を伸ばせば筋肉は自由になる。
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《模様替えするなら「室内カラースキーム」》だそうよ!

2012年03月23日 11時21分52秒 | Weblog
 2012年4月No.192日経「interesse」版が、本日3月23日付け日経新聞朝刊に挟まって配られた。
 2ページ目から、今日のブログテーマ記事が3ページにわたって、SPECIAL掲載されていた。
「これだ!」
 思わず食入るように読んでしまった。
《室内のベースカラーだけで100%、そこから色を加える、あるいは引き算してていくとこうなる》という例がイラスト付きで載っている。
 例、Aは白かベージュばかりの部屋、Bは同系色だけの部屋、Cはカーテンの色だけが浮いている部屋、Dは目立つ色合いのものが点在している部屋。
 それぞれ四例が示されていた。
 他にも、室内で使う色の比率まで%で示し、懇切丁寧に教えてくれる。
 最後のページには、少量加える色の選択方法が載っている。

 というわけで《カラースキームとは、住空間における床、壁、テーブルなどのインテリアを構成する各パーツの具体的な色を極めること》と知った。
 なぜ?
 それはね、快適な住まいの空間を演出することは、暮らしを豊か快適にするだけでなく、そこに住まう人の心身の安らかさ健やかさにとってとても重要な要素だ、ということを言葉にこそ出さないが、教えてくれているようだ。
「なるほど、それでわかった!」と膝を打った話がある。

 昨日のこと。我が家を建てた工務店のご主人から聞いた話だ
 話はこうだ。
 若いカップルが古めのマンションに引っ越してきた。古いから残っているのだけれど、六畳と四畳半の畳の部屋があって、襖をはずし二間続きで使っているらしい。ごく最近、その工務店のご主人は、マンションのオーナーを介して四畳半の畳替えを頼まれ、新しい畳をおさめたという。
 ところが若いカップルは、畳の色が気に入らない、と言ってきた。おどろいて飛んでいくと、なぜ「茶色ではないのか」と詰め寄られた。「だって、新しい畳は青いですよ」と答えると「そんな話は最初に聞いていないし」と言ったそうだ。すかさず「三ヶ月もすれば色は焼けて、茶色に変色しますよ」と答えた。すると「説明不足だ!」と語気を強めたそうだ。
 言葉を重ねたが相手は話をまったく受け入れてくれない、とご主人はぼやく。
 
 カップルが話す事情はこうだ。
 畳のある部屋にすみたくてその部屋を選び、茶色の畳に合わせて家具も用意し、インテリアの色をコーディネートした。だから四畳半の畳の色だけが青く浮いてしまってイメージが壊された、という理由。

「そんなこと言われたって、昔から新品の畳は青い物です」
 言わなくても解っている筈、というのがご主人の説。
 ところが最近では30年も40年も畳替えをしない家もあるらしい。それどころか畳の部屋は特にマンションから消えてしまって久しい。すると子ども頃から畳のある暮らしをしたことがなく、畳替えの作法など知らないまま育ってきた若者たちがすでに出てきている、ということなのだ。
 若い学生の一人暮らしだけでなく、家族と暮らす家々からも座布団が消えている時代だ。

 更に話を続ける。
「実際には茶色の畳はなくはないんです。床の間に敷く畳。また琉球畳ははじめから茶色系で、紙やビニール製の畳には茶色があるんですが、どれも値が張るんです。アパートには使えませんよ」
 そこで畳屋に相談すると、棚の上に放ってあって古くなったので色がついている畳表ではどうか、という提案を得たらしい。
 いまのところ話はそこまでで、とまっている。

 驚くなかれ、畳は変色することを知らない若いカップルが、育っている日本だ。彼らが一方的に悪いとはいえない。しかし、年配のおじさんの話も素直に聞かないといけない。
 すでに「物を知らないって、そういうことだよね!」とは言えない居住環境変化が、日本には起こっている。
 たしかに室内カラースキーム記事は、フローリング床の居間の模様替えがメインの話題だ。その方が一般的に広まっている住まい方なのだ。
 畳の部屋に住んでみたい!そう思ったカップルの感性は悪くない。だったらそこで「最初に説明がなかった」と言葉を発しちゃいけないでしょ。

「一生、そこに住むわけでなし、たかが借りてる部屋でしょ。そんなに色にこだわらなくてもいいじゃないかッ」
 ムッとなった年寄りが呑み込んだ言葉らしい。呑み込んだところが少し大人だったが、若いカップルにはカチンとくる。言葉にされなくても感じちゃうんですよ。見下された思いがのこってかたくなになった、と想像できる。
「インターネットで調べてみます」
 その言葉にも年寄りとしては我慢がならない。
「そこで突っ張って、インターネットに悪口でも書かれたらかなわないから、引き下がりましたよ。なんとか茶色の畳表を使って、張り直してもらいます」
 
 今朝は、「室内カラースキーム」の基準で、我が家の各部屋を見て回った。どの部屋も基準にはほど遠いようだ。こうしたことに無頓着な私は、使い勝手がいいという条件を満たした物をそばに置き、何時からあるのかもわからない物で間に合わせている。よく見れば、とんちんかんな色使いのまま平然とくらしているなぁ~、と思った次第。
 お蔭で我が家の畳も畳替えすることに決まった。
「今回は裏返しだから、替えるなら早めがいいわ。その後はとことん使ってすり切れてから替えるのよ」と、母が言った。
 
 はてさて、青畳は、日本の暮らしの心地よさの象徴だったのに。
 別れ際に工務店のご主人が言い残した言葉を思い出した。
「若者には、気をつけなさって。はい、ごめんなさいよ」
 年代で価値観も常識も暮らし方も、その差が大きく広がっている日本だ。
 今日の「室内カラースキーム」の記事を読んで、若いカップルの思いが透けて見えてきた。
 畳の部屋に暮らそう、と思い行動した気持ちは大切にしてあげよう。
 せめて、お互いに聞く耳を持ちたいね!
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Scanして転送、それもFREE!

2012年03月22日 12時49分55秒 | Weblog
 今しがた「筋膜」について、健康雑誌からScanしたデータを受け取った。送り主はフリージャーナリストのキタムラさんだったので、安心してiMacとMac Book Airにダウンロードしたところだ。
 この転送方法は無料の大容量ファイル転送サービス「宅ふぁいる便」で送られたものだった。
 映像はとても美しいし、文字も読みやすい。紙をめくる指先感覚がない!何てことは問題ではない。データのやり取りとして便利な時代になってすでに久しいってことだ。
 当方もFUJITSU のScanSnapからScanしたデータを直接メール添付で送れるので、これまでに使ったことがあったが、大容量の時には「無料サービス」には、何ともお得感があるよね。

 さて、今週の土曜日の朝日カルチャーセンター講座は「からだはチューブの集まり+筋膜」をテーマにしたいと思っていたので、丁度、ぴったりのデータをいただいた。
 それもあってMac Book Airにもダウンロードしたというわけだ。
 実は、住友ビルはSOFT BANKのbgWiFiの入りが悪く、DropBoxからは読み取りが出来そうにない。不便なことだ。この「宅ふぁいる便」のダウンロード先選択には、DropBoxも可能だった。(これも時代だね)
 今回は、デスクトップ上に置いて持っていくことにした。しつこいけれど、クラウドのDropBoxが使えれば、何度もダウンロードしなくてもいいのにね。(因みに、野口体操のデジタル化した資料は、DropBoxにあげている)
 先週は、「製造業コマ大戦」のYouTube動画や「由紀精密」のホームページをお見せしたかったが、基地局との調子が今一ですんなりといかなかった。
 こうして情報のやり取り方法が、日に日に変化し、その変化に対応できないビルから会社が出て行くのもわかる話だ。

 皮肉なことに、昨日のブログでは「紙書籍へのオマージュ」を書き、本日はデジタル+ITの便利さを綴っている。このような時代が来ようとは、考えてもいなかった。

「馬鹿と鋏は使いよう」という言葉を思い出すが、今や「ITとFREEは使いよう」ってことでしょうかね。フムフム!
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指が感じる半世紀……紙の手触り

2012年03月21日 13時36分18秒 | Weblog
 1949年(昭和24)から2010年(平成22)まで、まずは61年間の資料デジタル化を終えた。
 “未整理”と書いた紙が貼られている箱があるが、ここまでの分量からしたら、それほど多くはない。
 つまり、ようやく一山超えられた。
 
 まず、昨年の九月に始めてから、しばらく遠ざかっていたが、この春に仕事を再開して一週間。
 連日のこと、正座で作業を続けていた。
 先週末の土曜日クラスでは、思わず「私の人生はなんだろう」と口走ってしまった。今となっては取り消せないが、余計なことを言ったものだ、と反省している。
 
 資料のうち、いちばん古いものは、戦後の混乱期には紙が不足していた昭和の20年代の資料だが、それらは国会図書館と大屋文庫で探し出したコピーだ。
 国会図書館のものは、別室の小部屋で閲覧する“持ち出し禁止”の古い雑誌だった。監督する人の目があるところで読み、コピーはその方にお願いする。一般の場所で見ることができない雑誌だった。今でもその時の感触を思い出す。カビの匂いがかすかにして、紙の色は赤茶け、手触りはザラザラで、丁寧に扱わなければ今にも破れてしまう状況だった。
 大屋文庫の雑誌はそれほどではなかったが、似たような状態だ。

 さて、61年間の月刊誌、週刊誌、機関誌、その他、等々の紙に触れ、製本に触れて、内容はともかくとして、時代とともに材質がよくなっていくのを知った。
 なによりも製本は壊れないことを目的としているから、ばらす作業はなかなかに苦労だった。
 いちばん大変だったのは教科書、次は分厚い本の代表格『教育をどうする』岩波書店編集部編が極めつけだった。なかなか崩れないのである。崩すことを想定していないのだから当然だ。書籍が誕生した時には、まさかデジタル書籍の時代が来て、自炊する人間が出て来るとは誰も思わない。
 
 ところで、はじめのうちこそ本をばらすことに抵抗感を抱いたが、次第に慣れてしまう。黙々と壊し続けた。黙々とスキャンし続けた。その間、様々な条件の紙に触れ、さまざまな製本をこわし、均一なデジタルに置き換えていく行為は、“機械的でしょ”と言われれば、“そうでもない”と答えてしまう。一つひとつ条件が違うだけに、その都度、新しい気遣いをすることになる。
 なかでも雑誌として楽だったのは『AERA』だった。紙もよく、製本も丈夫でありながら手動断裁機で断裁しやすく、スキャンの段階では紙の質の違いで何回かに分けるものの、何ごともなくきれいに送り出されてPCに取り込める。手間のかからない良い子だったのよ!

 さて、思いますね。
 これから本はどうなっていくのかしら。著者と編集者の本つくりの楽しさも苦労も工夫も奪われてしまうのだろうか。
 少なくとも自炊しながらデジタル化する行為は、本の世界をいとおしむ思いからだったが、やっていることは真逆の行為にすぎなかったわけだ。
「願わくば紙の本がなくなりませんように」
 デジタル化し終わっていく資料の本や雑誌類の数が増えれば増えるほど、その思いが強くなっていく。
 
 粘土版、パピルス、羊皮紙、甲骨、青銅器、竹、その他、さまざまな材質のものに人は文字を記してきた。
 そうした材料のなかでも、紙に記される内容は、聖職者が担う宗教からアダルトな下世話な話まで、それはそれは豊かな世界が築かれている。もちろん言葉だけでなく絵や写真がプラスされて、より一層の豊穣さが、本の文化にもたらされた。
 
 今、バラバラにすることから始まる資料整理の一段落を得て、紙に残された文字や絵や写真が、内容を超えて全ていとおしい。
 こうして半世紀の紙の手触りを体験できたことは、条件付きだが、幸せな体験だ。
 つくづく思います。
 編集者の方々はもちろん、印刷、製本する方々の徹夜の仕事に感謝し感服している。
 私の指先が、そう感じている!のです。

 とにかく野口体操資料は、硬軟取り混ぜて、お硬い哲学関係誌から、アダルトな日刊紙・週刊誌まで、色とりどりでした。
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手動断裁機の寿命は?

2012年03月20日 14時23分10秒 | Weblog
 野口没後の羽鳥を中心とした資料のデジタル化は、大方のところ整理がついてきた。
 が、しかし、今日になって手動断裁機の切れ味が、今ひとつ芳しくないときがあった。
 相当に無理をさせたこともあって、刃を替える必要が出てきたのだろうか。
 週刊誌は思ったより厚みがあって、最後までぶすっと切ることができなかった。紙が柔らかく、というよりザラツキがある上、紙自体に腰がないからだろうか。
 女性誌の月刊誌は、大振りで厚みがあるので、カッターでさばいていた。
 
 とはいえ全体に言えることは、1990年代から2000年以降の雑誌は、紙の質も装丁もきちんとしていて、野口資料に比べたら天と地の差があるのは、致し方ないことかもしれない。
 一つにはメジャーの媒体が多いことも一因している。

 野口体操の生き残りをかけて、15年は歩いてきた。その間、おかげさまで思いがけなく取り上げていただいたことが改めてわかる資料整理となった。
 知る人ぞ知る体操だが、一般の方々に発信したいという私の思いを掬いとってもらえたことはありがたいことだ。

 明日は一覧表打ち込み作業に、移れそうだ。
 こうした作業を黙々と行ってみると、身体に対する見方や「価値観」が、時代とともに変化し、取り上げ方も真っ当になっていくことが、流れのなかで感じられる。とはいえまだまだ知る人ぞ知る体操であるけれど。だからこそ存在価値があるのだと思う。

 手動断裁機がなかったら、FUJITSUのSCAN SNAPがなかったら、これほど仕事がはかどらなかった。一人では到底のこと手に負えなかったことは火を見るよりあきらかである。
 やっとコツが掴めてきたころには、殆ど終了に近い。
 どちらもかなりいたんだことだろう。まだ限界ではないと、思うが。思いたいがという方が正確な言い方であり、そうあってほしいと願う気持ちだ。
 ご苦労様!
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デジタル化の作業から全ては始まる?!

2012年03月19日 18時50分33秒 | Weblog
 土曜日と日曜日はしなかったものの、連日、紙資料のデジタル化をすすめて、残すところは羽鳥の分の一山となった。
“未整理”と印の入ったケースがまだ残されているが、これに関しては廃棄してもよさそうな物ばかりだと思う。

 結局、どのような方法が良いのかは解らない。紙の資料がいちばん長持ちするのかもしれない。
 できればデジタル化したものを、電子本と紙の書籍にひとまとめにするのが最善だと思う。
 まずは整理の一歩を踏み出した、というところだ。こうしたことは条件が整わないとできないもので、時期があるらしい。
 没後15年。
 次の段階に踏み出すことになりそうだ。

 あと2日くらいで、この仕事もメドが立ちそうなところまで追い込んできた。
 一気にやらなければ、できないことってあることを身をもって知った。

 ひたすらに座して行う。
 あともう少しだ!
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ものすごい写真!?

2012年03月18日 07時26分35秒 | Weblog
 今朝、久しぶりにFacebookをくまなく見た?というか読んだ?というか見た。
 昔、野口体操に通っていらした朝日新聞記者の方の投稿写真に、オッとなった。
『「アフリカでは日常茶飯事だぜ」なものすごい写真30枚』
 唖然として、溜息ついて、ブログでも紹介しようと、貼付けました。
 思わぬところにいる蛇の写真もありますから、お気をつけて!
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第一回「全日本製造業コマ大戦」

2012年03月17日 09時50分37秒 | Weblog
 昨日のこと。
 山上亮さんから近況報告の手紙に同封されて「独楽」が贈られてきた。
 追伸に、今年2月に横浜で開催された「第一回 全日本製造業コマ大戦」で見事に優勝した由紀精密(茅ヶ崎市)の独楽であると書かれていた。
 早速、検索してみた。YouTubeには、集まったいくつもの「小さな独楽」と「大戦で決着がつくシーン」の映像が上がっていた。
 独楽の条件は直径2センチ以下のもので、勝ち抜き戦らしい。
 いただいた独楽は、比重の重い銅タングステンを削りだし、先端は樹脂製で摩擦による抵抗を抑えている、と検索で知った。
 製造した「由紀精密」は、精密切削加工を専門とする製造業らしい。まず、手に取って見ただけで凄い技術があるのがわかる。上手くまわせると、キーンという音がして、3分以上も廻り続けるらしい。(挑戦しましたが、まだそこまで上手くないようです)これだけの小ささで、3分も廻るということは、驚異の出来事であることは、理解できる。ゆがみがなく、非常にバランスよく精密につくられている証拠だ。軽くて小さい独楽は長時間は廻らないのが、当たり前だから。独楽にはひとかどの見識をお持ちだった野口三千三先生に、教えを受けた私なのだから(ちょっと気張っていってます)よくわかっていますよ!(なんちゃって)


 因みに、この大会は、日本の精密機器製造の技術を高め、皆で元気になるきっかけづくりの「コマ大戦」ということらしい。映像を見ていただきたい。
 本日の朝日カルチャー土曜日クラスに、この世界一精密コマを持参します。

 末筆ですが、お手紙にあったご結婚と河野智聖氏からの独立報告に、お祝いを申し上げます。
 近いうちにお目にかかりましょう。山上さん!
 丁寧なお手紙に感激しています。
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人生八十年、戦後半世紀の資料デジタル化作業に思うこと多し!

2012年03月16日 18時57分57秒 | Weblog
 今週は、野口資料のデジタル化をすすめた。
 全体の三分二くらいは出来ただろうか。
 没後の分が残っているが、はっきり一つの山を越えることができた安堵感を持てた。

 野口三千三、享年八十三歳。
 戦後だけでも半世紀を超えて「野口体操」を、十全に生きた先生だった。
 とりわけ芸大を六十七歳で退官してからは、体操三昧の日々を送られた。
 資料は、1949年(昭和24年)から亡くなるまで四十九年間。
 さらに没後の資料も含めての整理だから、簡単には終了しなくて当然といえば当然のこと。

 中身は、ご自身が書かれたものと、月刊誌や週刊誌等々の取材を受けた記事など、多岐にわたっている。
 本日、デジタル化したなかに懐かしい資料を発見した。
《1977年3月2日(昭和52年、野口63歳)『第9回 キリンファミリースポーツ講演会』場所は、有楽町・朝日講堂 講演『野口体操―西洋体操とは違う日本が生んだ体操』》
 リーフレットの隅に、「抽選番号333」とあった。応募して当選した証拠だ。
 体操をはじめてまだ日が浅い頃で、何も動けない状態だった。
 ステージ上の助手は池田潤子さんがなさっていたが、細身の体つきで非常に若く可憐に見えたことが印象に残っている。
 彼女は事前に用意されていた“もの”を、順番に手渡していらした。
 明るい雰囲気のなか、先生は話し、そして動き、はつらつとした姿が昨日のことのように思い出される。
 講演する方が、もうひとりいらして、二人目の登壇が先生だったのだ。
 会場はびっしり埋まっていて、熱気が伝わってきたことを記憶している。

 早春の肌寒い夜、35年前のことだ。
 これまでデジタル化した資料を、パソコンに記録している作業は、半分くらい終わった。
 打ち込み作業をしながら、さまざまな記憶がよみがえって、なかなかに楽しい。正直、ちょっと疲れますが!
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もうすぐ絶滅するという紙の書籍について

2012年03月15日 15時12分31秒 | Weblog
 つい先ほど新宿から帰宅した。
 すぐさま、PCの前に座ってブログを書きはじめた。
 Twtterで紀伊国屋書店新宿本店の前にある、ジュンク堂が3月31日をもって閉店するにあたり、フェアをやっているという内容がツィートされていた。
「本当はこの本が売りたかった」フェアだ。
 
 ウィークデーの昼時、店内に用意されている椅子に腰掛けて、しっかり本を読んでいる人が多かったが、よくよく見ると男性ばかりだ。
 専門書の品揃えは、一番の書店だった。読書家の書庫のような雰囲気があったが、この春で終了するのは惜しい。
 近々、ライオンのいる三越が、量販店に変貌していくらしい。これが時勢というものか、と寂しい限りだ。
 思い返せば、子供の頃のこと、どこのデパートも同様だったが、屋上には小さい遊園地があって、動物もいた。近くに住んでいたので、幼い頃は両親につれられて、小学生になる頃には一人で遊びに出かけていった。
 そして野口体操をはじめてからは、野口先生のお供をして、先生の石の宿敵であるといっても仲はよかった井上さんが調べてきた「都会に眠る化石探検」で、三越の階段をくまなく見て回った懐かしい場所でもある。
 この建物自体は壊されないらしいから、化石も複雑な思いの夢をみながら、これからも眠り続けているに違いない。

 さて、本日の題名『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』は書名である。凝った装丁が、老練愛書家二人による「書物をめぐる対話」にふさわしい雰囲気である。対話者は、フランス人作家のジャン=クロード・カリエール氏+イタリアの中世学者ウンベルト・エーコ氏。訳は、工藤妙子さん。阪急コミュニケーション刊である。
 実は、出かけるときには「本はできるだけ買うまい」と思っていたが、その他にも4冊の本を購入してきた。なかには珍しい三木成夫著『ヒトのからだー生物史的考察』うぶすな書院、最後の一冊もある。

 ところで今週の私は、紙資料のデジタル化に殆どの時間を費やしている。
 昨日は、意を決して二冊の分厚い本を自炊した。昨年の九月には、それぞれ二冊ずつあるものの「やってしまっていいものか?」と、躊躇いがあって残しておいた本だ。
 一冊は『これからどうなる』岩波書店編集部編 1983年 555㌻+索引9㌻。各界の446名が寄せた「日本・世界・21世紀」への考えを短くまとめた内容。野口先生は「今こそ、価値観の変革を」と題して寄稿しておられる。
 二冊目は『教育をどうする』岩波書店編集部編 1997年 438㌻+索引3㌻。各界の316名が寄せた「教育・社会 現状打破宣言」だ。98年春に亡くなった先生にとっては、最後の文となった。「自然律を教育の基本理念に」と題しての寄稿だった。
 これらをデジタル化してPC上で読んでみたが、紙の本とは異なり“単なる情報でしかない印象”を持った。
 もちろん内容は理解できる。しかし、理解の質が違うのだ。それ以前に、ページがズレていて、探し出しにくい。スクロールのスピードは速いが、紙の本を捲る方がはるかに正確かつ速く到達できる。途中で他の人の文章にも目をとめやすい。言ってみれば、これぞアナログの良さなのだ。

 思いますね。
「紙の本はなくならない」いや「なくなってほしくない」という言い方が正確かもしれない。
 ただし、物心ついたときから電子本で育った人は、それしか知らなければ電子本ですんでしまうかもしれないから、これから先は、非常に難しいところだ。学校の教科書から電子化される可能性は高い。確かに便利な分野もあることは承知しているが、……。効率と合理性だけが教育が目指すところであって欲しくない。
 大曲にある凸版印刷「印刷博物館」に行けば、人間と本(印刷)の歴史の重さを実感できるというものだ。

 他にも、「図書館の電子本化」がすすんでいるというニュースもある。そうなると国会図書館にアクセスして手元に取り寄せられるから、他の地域の図書館の存続が危ぶまれる可能性があるという。はたしてそうなるだろうか。紙の本があるうちは、地域の図書館も十分に存在意義は失われない、と今回の自炊と電子化で実感した。

 かくして、野口体操及び野口三千三の紙記録を残す意味でデジタル化に時間をかけているが、手元から紙の本はなくならないだろうし、しっかり考えて読む時は紙に限る。

 次回の17日土曜日・朝日カルチャー野口体操講座には、『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』を持参したい。装丁から受ける視覚的な趣き、そして手触り、そしてページを捲る行為の実感。“いかにも!”なのである。多分、そっれまでには読み終わってはいないと思うが。分厚い本だし、丁寧に読み進みたいからね。

 さて、ジュンク堂新宿店、まだ間に合います。書棚に並ぶ壮観な本を見て、匂いを嗅ぐだけでもいいです。ぜひ、立ち寄ってみてください。3月31日まで。
 閉店を迎える書店の人たちの熱い思いが、ひしひしと伝わります。同時に紙の本への愛着が増すこと間違いありません。
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不易流行……再び、資料整理開始

2012年03月13日 15時25分24秒 | Weblog
 先週末、3月10日の朝日カルチャー土曜日クラスのレッスンは、一歩前にすすめられた実感があった。
 野口先生も『ゾウの時間 ネズミの時間』の著者本川達雄氏には、ひとかたならぬ関心を持っていらした。
 今回、『生物学的文明論』を読むことで、新しく野口体操を見直すことができた。
 参加くださった方から、嬉しいメールを頂戴した。私が伝えたかったことをしっかり受け止め、あの場にいて見守ることができたことを喜んでくださった。後から静かに思い起こしてみると、おそらく野口体操ミッションで土曜日を超えることは難しいのではないか、と自分でも感じている。
 先生没後に、一つの山を越えられた安堵感をいただいた。
「不易流行」
 “変わらないこと、と、変わっていくことの狭間”で生きている実感を得られた。

 さて、今日から1979年以降の資料整理をはじめた。
 ScsnSnapからPCで読み込み、振り分けていく作業は、忘れることなく順調に再開できた。
 先生が歩かれた道が、次第に最期のときに近づいていく。何とも哀しい気持ちになるのは致し方ないが。

 さて、こうして遡ることは朔じまることの実践と、その時代になってはじめて解ることに照らし合わせる作業。その作業を通して、新しく見直すこと。それらは相反することではなく、両輪となって進むことで、深く熟成してくれるに違いない。
 
 野口体操にスタンダードはない。しかし、新しい視点をもって、水準器をつくっていくこともありではないか。
 3月10日のレッスンに参加してくださった方々、あいにく出席がかなわなかった方ともご一緒に、練り上げていければ、これからのミッションにひとつの自信をいただけると思う。
 感謝!
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11回+1の鐘

2012年03月12日 19時23分29秒 | Weblog
 2時46分、四丁目の和光の鐘が11回打ち鳴らされた。
 交差点は、人で埋め尽くされ、身動きができないほど。
 居合わせた人々は、半旗が掲げられている時計台に向かって、思いを込めて手を合わせた。
 銀座三越の前で、私も祈りを捧げた。
 復興を祈りつつ、生かされている命の重さを感じさせてくれる祈りだった。
 
 そして1分たったところでもう1回鳴らされて、黙祷は終わった。
 人々はすぐには動き出さなかった。しばらく時計台を眺めたり、写真をとったりしていたのだ。
 
 それから開店したばかりのSOFT BANKに立ち寄った。店内を埋め尽くす人・人・人だった。
 午前中に孫さんの壮大な夢の話を聞いたこもあって行ってみる気持ちになったのだ。
 夢の話は、モンゴルから日本まで、自然エネルギー発電による送電網を引く計画だ。
 自然エネルギー発電を具体化する活動に乗り出す、という。誰かがはじめなければ何も始まらない。
 
 時間の余裕もあって、有楽町まで歩くことにした。
 歩きながら、朝日新聞のオピニオンで読んだことを思い出した。
 日本はこれまで三回、震災に遭っている。一回目は関東大震災。二回目は阪神大震災。そして三回目が東日本大震災である。この三回の震災で人々の行動が顕著に変化した、という話だ。
 まず、関東大震災では、朝鮮や中国の人々への人種差別から、悲しい出来事を起こした。そして軍国主義への道を歩き始める日本だった。そのとき国民の命は、国に捧げることを当然のことと教育され、事実、その道を突き進むことになった。

 二回目の阪神大震災を機に、ボランティアの活動が定着するきっかけとなった。しかし、何事も自粛ムードが先行していった。
 
 そして今回の東日本大震災では、ボランティアの活動は勿論のこと、自粛ムードはあったものの出来るだけ普段の消費は続ける方向へと向かった。そして芸能関係者が被災地に入ったり、各地の祭りも可能な範囲で開催された。戦後の民主主義が、或る意味で成熟してきた方向をみせたのではないか、というおおざっぱだが、そうした内容だった。
 確かに。よい傾向にある。

 その上、日本はもとより、世界各地で追悼の祈りが捧げられ、鎮魂と復興の為の演奏会が催されていることが報道された。
 原発事故に対しては、政府にも東電にも、怒りを覚える。
 しかし、被災者の方々も含めて一般人と呼ばれる日本人の素晴らしさが示された今回の大災害後に救われる。
 
 寄付をするくらいしかこれと言って何も出来ない自分だが、所用で出かけた先で見知らぬ人々と祈りを捧げることが偶然にも出来て、何かが変わったような気がしている。
 11回+1の鐘の音に心を沿わせて、安全な国づくりは急務だ、と言う思いをより強くした“3・11”日曜日だった。
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野口流ヨガ逆立ち……もう一つのイメージ「球形から円柱形へ」

2012年03月08日 14時37分42秒 | Weblog
 昨日のブログにサジさんからコメントをもらった。
 そうでした。野口先生といっしょに「生きものは円柱形」を歌いましたね!
 
 というわけで、今日は球形から円柱形のイメージで逆立ちをするというお話。
 ずっと参考書にしている『生物学的文明論』本川達雄著新潮新書。第五章「生物の形と意味」のなかの小見出し「球から円柱形への進化」をヒントにしたい。
 生物がなぜ・どのように円柱形に進化してきたか。
 単細胞生物から多細胞生物に進化した初期の頃は、おそらく生きものの形は、球形をしていたと考えられる。それが進化の過程で新しい機能を獲得し、新たなタンパク質や新たな種類の細胞を容れるスペースが必要となる。それには体のサイズが大きくなるのが必要不可欠。実は球形は一番強い形だが、体積あたりの表面積は一番小さい。そこで表面積を増やす為に球形が伸びて円柱形にならざるを得ないのが、進化の方向における必然ということになる。
 
 ピンと来ましたね。
 と同時に野口流のイメージ「頭の中心点、一点を探る」ことにこだわりすぎていた、と反省もした。この一点イメージは従来のヨガ逆立ちちのやり方との比較では、重要なポイントではある。しかし、それに加えてこの本のなかで著者が語っている次の言葉をイメージ加えてみた。違うんです。これが。
《進化の歴史は、いろいろなことができるようになる、つまり新たな機能の獲得の歴史と見ることができますが、それは視点を変えればサイズの増大の歴史としても眺めることができるでしょう》同上、106㌻より。
 具体的には球形から円柱形への体形の変化である。

 そこで本日は進化をたどる逆立ちイメージを持ってみた。
 野口流ヨガ逆立ち法をご存知の方は、立っていく過程の形の変化を思い出してほしい。
 
 最初は床に伏せるように丸くなる、つまり球形の姿勢をとっている。
 次に頭の天頂を床との関係のなかでさぐりながら腰を浮かしていく。
 すでにそのとき胴体は背中側に少しだけ膨らんだ円柱形に変形している。
 で、腰を高いとこに保ちながら、つま先を床に立てた状態で、一歩ずつ胴体に近づける。このときできれば背中側が緩められていることが肝心。そこで昨日のバランスを保つ為には、腹側がすこし“張り感”を維持しているといいと思う。
 
 相当に腿が胴体に接近してきたら、ふわっと腰が浮き上がる感じが生まれる。そこで骨盤全体の半回転が自然に起こる。液体のなかで丸いものが、くっると回転するような感じだ。
 そのときの頭から胴体全体は、すでに円柱形をしっかりつくりあげている。
 ここまでの進化の過程を静かにゆっくりじっくり味わうことができたらいい。

 あとは腰の力が完全に抜ければ、脚は胴体から新しく生まれて、上方(鉛直方向感が大事)へ伸びていく。
 胴体は勿論のこと、脚も円柱形、頭を包み込んでいる腕も円柱形のイメージがもてたら素晴らしい。
 
 このとき背中側は脊柱が支えとして通っている。そのことを考慮して、腹側も緩みっぱなしではなく多少の張り感を持たせて、腹と背のバランスをとりたい。するとより綺麗な円柱形に整ってくる。
 で、この円筒状の真ん中には、液体が詰まっていて、それ自体もミミズの静水骨格のようにしっかり保つ働きが生まれると、もっと安定する。

 まとめると次のようになる。
 薄いコピー用紙を平たいまま立ててみるとすぐさま崩壊して立っていられない。しかし用紙をくるりと巻くと円柱形が生まれ、しっかり立つわけだ。人間の体の場合、実際には脊柱も重さを受ける。しかしもっと安定感をもって形を保つには、腹側と背中側の筋肉が、縦にも横にも斜めにもぐるりと張り巡らされている状態をイメージして、薄い紙を円柱形に巻き込んだときを想い描いてみる。
 そこまでくると大事なことが浮かぶ。
 巻かれている筋肉・縦軸方向に走る筋肉・斜めに筋交いとしてある筋肉、それらのどこか一カ所でも極端な厚みがあるとバランスが崩れる。まったく均等に薄く平に伸ばされたシート状の筋肉が円柱をつくるイメーイが大事だ。
 つまり体の真ん中に、バランスのよい空洞をつくる。
 そしてそこには体液に浮いている内蔵がある。それをさらに単純化して“液体(水)”によって満たされている“円柱形”のイメージを胴体にもってみよう。

 まとめると、頭の一点に乗せていく求道的で究極的なあり方も魅力的だが、もっとおおらかに球体から円柱形に進化をとげる生きものの歴史を短時間で生きる、って感じで「真っ逆さまの世界」を試してみてください。
 今度の土曜日は、イメージがいろいろ複雑に絡まって、難しくなりそうかな~?(書きながら思ったこと)

 内々の希望:詳しくは『生物学的文明論』を、読んでください。まずは、第四章、第五章だけでもね!

*さきほど誤植を見つけてなおしました。すみません。
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