羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

大つごもり

2012年12月31日 07時36分54秒 | Weblog
 一年を振りかえってみる。
 善きこと悪しきこと、記憶のなかを探っていく。
 いくつもの事象がフェードインし、そしてフェードアウトしてゆく。

 今朝、NHKの番組で、久しぶりに吉田秀和さんの声と姿に接した。
 話のバックにグールドが弾くバッハのノン・レガートのピアノが響びいている。 
 ほかにも、おそらく指揮はトスカニーニだろうか。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデの前奏曲」が、吉田が愛した音楽の陶酔と甘美さ、相反する冷徹な批評の言語を、精神のうちに昇華させ二つを合体させた一生を暗示しているかのようだった。
 昨日つくった野菜の煮物の味見をしながら、話を聞くのも大つごもりならではの味わい。

 時が溶けてゆく。
 今日だけは時がゆっくり溶けてゆく。
 年内、残された時間は刻々と過ぎゆくが、まだまだ除夜の鐘がなるまでには、たっぷり残っている。

    *********

 さて、最後にお礼を。
 野口体操を伝えることを通して、人に出逢い、人に助けられ、人に支えられ、共に一歩前進の一年を無事に終えることができました。
 ありがとうございました。
 ブログを読んでくださったお一人おひとりにお礼です。
 来年がよい年になりますよう、いや、少しでもよい年にしていきましょう。
 感謝をこめて。
 
 
 
 
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年末の夜と朝 ~プレ年寄りの独り言?!

2012年12月30日 08時26分47秒 | Weblog
 12月25日から本日30日まで、火の用心の見回りが夜9時から行われている。 
 昨年は、たった一日だけ参加した。その日は男性ばかりだったので、今年も一回だけのつもりでいた。ところが病気になって参加できない人が続出した。参加しても旗だけ振っている方もおられる。その分元気な60代や40代の女性が数名参加している。
 で、私も一日おきにすでに二回も参加していて、今夜は仕事のはかどり次第で決めようと思っている。。
 寒さを予想して、しっかり防寒対策を施しているので、拍子木を打ち鳴らし「火の用心」と声張り上げているうちにからだが暖かくなる。
 それに加えて、今年はお父さんにつれられて7歳の姉と5歳の弟、二人の子どもが参加している。男性ばかりのときとは雰囲気が全く違って、それはそれでいい感じなのである。子どもの声は寒空によく響く。どうやら二人とも一日も欠かさず夜警団の一員となって廻っている。

「とうとうこの町も、女子どもの出番とは情けなや」などといわずに、肯定的に捉えてみよう。
 継続することが大切なのだから。
 おそらく来年は、まだ参加していない青年・壮年の男性を、誘ってみることになるだろう。

 丁度25日の早朝から、毎日ではないが、目が覚めると暖房をつけて体操をしている。
 日の出はまだまだ遅い。町は深い眠りのなかで十二分に静かだ。たっぷり一時間ほどからだをほぐす。授業がある時には、その日に話すテーマを決めたり調べ物をしたりして、自分のためだけの体操が疎かになりやすい。
 時間を気にせず、何も考えず、何も意図せず、空っぽ状態で体操する。部屋の中には自分の呼吸の小さな音が、びっくりするほどの音量で鳴っている。内も外も静寂そのもの。

 そして新聞を読む前に、『火山のふもとで』松家仁之著新潮社を少しだけ読む。
 先日、撫明亭のご亭主から贈られた本だ。
 正月から読み始めようと心づもりしていた。ところが何となくページを捲っているうちに、惹き付けられた。
 いろいろな意味で、タイムリーな本をいただいた。この本については読了したら、、またブログに書きたいと思いながら、丁寧に味わって読んでいる。こうして至福の時を過ごすうちに、階下に降りる時間になるのだ。

 暮れの最後の一週間に、こんな洒落た過ごし方が、夜と早朝に出来るなんて思いもしなかった。
 このゆとり感は、いったいどこからやってきたのだろう。
「歳をとるってなかなかに悪くない、ですなぁ~?!」
 これって“プレ年寄りの独り言”かもー。
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2012年 今年よかったこと-5-片付け+α

2012年12月29日 08時23分23秒 | Weblog
 来年2月で満で米寿を迎える母が、かまってあげなかったり、ついつい声を荒げてしまったりすると、不安定になっておかしげな行動と言葉が出てくるようになった。
 歳のわりにはしっかりしていることもある、とよそ様にはいわれる。間違ってはいない。
 そう先の話ではなく、外の方に手伝ってもらう時期もくるだろう。
 そこで20年以上は片付けていない食器戸棚等々、台所の周りを中心に片付けを始めた。
 大学の授業は12月も半ばを過ぎると先が見えてくる事もあって、朝の短い時間をそれに当てた。まず、引き出し一カ所から、微々たる片付けである。

 ついでにそれほど頻繁に使う事はないが経年15年以上の電子レンジ、10年は炊いている炊飯器等々の家電の買い替えも、歳末大売り出しの時期をはずさずに、近所の電気店で買い替えた。
 電気製品の使い勝っては浦島太郎状態で、性能は驚くほどよくなっているのに加えて、すべてが「エコマーク」なのである。
 これはまだ見ぬヘルパーの方を想像しながらの準備だったが、自分自身のためになってしまった。

 さて、問題は換気扇やエアコンである。
 建直しをしてから早七年半が過ぎようとしている。恥ずかしながら、これまでちゃんとした手入れをしたことがない。
 しげしげと眺めると、特に換気扇は、昔の物とは違って奥が深そうだ。
 実は、暮れにはとっている新聞の販売所からチラシが入って来ている。毎年、手に取ってながめているが、時期を逸している。
《プロにお任せ、換気扇とエアコンのお掃除割引》
 三年は見送ってきた。
 今年は思い切って電話をしてみた。
 そして昨日、とうとう決行とあいなったわけ。

 取り外せる物はすべてはずして、徹底的に綺麗にする。
 始まる前はやり方を見ておいて来年からは自分でやってみよう、と目を見開いていたが、到底真似はできないとすぐさま白旗を振った。
 あとはお任せ状態で、他の部屋で仕事をする事に決めた。
 母には避難する部屋を用意したが、3時間半もの間、しっかり仕事を見届けていたのには驚かされた。
 そんなわけで昨日までに、台所関係は多少なりとも整理されて、積年の気がかりは晴らされたところだ。

 住まいを維持するには手間を惜しんでいけない、とつくづく思う年末である。
 建てて10年を前に、あっちこっち小さな修繕も行った。

 早め早めの手入れは、何事においても肝心かもしれない。
「掃除、洗濯、料理、買い物にいく、等々の時間は、無駄ではないんだよ!」
 野口先生の言葉を、耳の奥の方から耳朶までたぐり寄せた。そして舌にのせて復唱してみる。
 
 今年もあと三日。
 これから門松を立て、部屋の中に正月飾りをしつらえよう。
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2012年 今年よかったこと-4-銀座で独楽

2012年12月28日 08時51分03秒 | Weblog
 時系列をかまわずに、今年、よかったと感じたことを書いている。

 12月30日(日)まで、銀座三越 8F 催事場で、江戸独楽作家・福島保さんが出店しておられる。
 最近は、年末のこの時期に一年に一回のお目もじをかなえている。毎年のこと、年野最後に、縁起独楽を手に入れている。
 来年の干支は「巳」。
「蛇は、独楽に仕立てるのが難しい」
 そう伺うのは二回目。
 思い返せば、福島さんにはじめてお目にかかってから12×3=36年には届かないが、三十年は優に超えている。その間に、はじめて銀座だ。
 そしてここには、ろくろ持参しているので、その場で独楽を作ってもらえることが嬉しい。
 
「これ、何ですか』
「皆さん、ウリ坊?って聞かれるんですけど、ナメクジなの」
「確かにナメクジってこんなにふっくらしてたの」
「家のナメクジを観察して、この形にしたのよ」
「あ~、そう。三すくみってわけね」
「なかなか気がのらなくてね」
「それはこっちの台詞よ。でも縁起物だから二個いただくわ」
 三すくみ「巳年干支独楽」だった。
「えーと、ナメクジは蛙に食べられ、蛙は蛇に食べられ、蛇はナメクジに溶かされる」
「正確には、蛇はナメクジを恐れ、ナメクジは蛙を恐れ、蛙は蛇を恐れる、と国語辞典にはあるんですよ」

 ロゴスの世界は二分法、二項対立、善か悪かの価値観だが、東洋の知恵は「三」で、割り切れないところに意味があって、絶対の価値観ではなく相対的に時と場合に応じて価値が游動して、結果として粋な勝敗が生まれる。
 で、干支の独楽は、蛇と蛙とナメクジが、新年を寿ぐ!ということになる。

 お客さんが立ち寄ると途切れるが、小一時間、断続的に話をする。
「独楽は形あるものとして残るから」
「いや~、だから、独楽は独楽でしかないですよ。でも、野口体操は、形じゃないから変幻自在に、いろいろに展開していく可能性があるじゃないですか。それがいいんです」
 福島さんの弁。
 含蓄のあるお話を「干支独楽」といっしょにゲット!
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オピニオン

2012年12月27日 09時01分59秒 | Weblog
「未来の党」の成田離婚を予想していた人は多かったに違いない。ある人物の像が、マスコミに歪曲されて社会に流されていたとしても、大多数の庶民が持つ感覚は無視できない、ってことに違いない。
 あとは「維新の会」がどうなるのだろう?
「誰と組むのか」という判断を下す難しさが、今回の選挙ほど痛みとなることはかつてなかったのではないだろうか。
 小選挙区制の恐さと、ドタバタ劇を見せられて、後味の悪ーい年末。
 日の出前にコートを頭からかぶって郵便受けからとってきた”朝刊の匂い”を嗅ぎながらページを捲った。
 突然、グッと目が惹き付けられた。
 12月27日付けの朝日新聞朝刊17「オピニオン」だ。
「ふたたび安倍政権」という大見出し。
 精神科医の斎藤環さん、漫画家の小林よしのりさん、タレントの松村邦洋さん、三氏への取材だった。
 やさしく読みやすく書かれているが、生の感覚を呼び起こす実感に迫る文章にまとまっている。
 まさしく名実ともに『政治を話そう 耕論』として、三記者の筆が立ち、力量が活かされている。
「やっぱ紙の新聞でしょ」という感覚は、年寄りのものだろうか。そうとは思わないけどね
 
 右だ!左だ!の「翼」にかかわらず、「ネット暴走族」への警鐘、「ある種の諦観をもって、ヤンキーの中の知性派を『ほめて伸ばす』」等々、わかりやすさが説得力を持つ。

 断っておきますが、かつて野口体操を取材してくれた記者の方が聞き手だから、「皆さん、読みましょう!」とすすめているわけではありません。
 
 戦いの後に、急激な円安・株高が起こっても「それって、もしかして、バブルじゃないの」と、一抹の不安を覚える読者としては、読む価値大。
 本日の朝日新聞「オピニオン」でありました。
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2012年 今年よかったこと-3-本との出逢い

2012年12月26日 12時11分27秒 | Weblog
『原初生命体としての人間』三笠書房版を手に取ったのは、体操を始めた1975年から数年が経った頃だった。
 
 今、自分の目の前で、一人の人間が情熱をもって授業をしている。話、動き、ものを見せて、野口体操と呼ばれる希有な体操を教えてくれる。
 同じ空間で、同じ空気が吸える。その現場で、自分の感性が、感覚が、息づき活気づくその実感を吸収し、味わい尽くしたい!
「本は、あとからでもいい」
 そう思いを定めて、生に伝わることを手がかり足がかりに身につけようと思った。

 さて、実際に読みはじめて、何が書いてあるのやら、私の読書の範疇からは大きく逸脱した内容に、戸惑いを覚えたことは鮮明な記憶として残っている。
 そこでそれまで読んでいなかったジャンルの本を片端から読み進め、なんとか第三章『息と「生き」』から食い付くことになった。
 実際に呼吸の問題をテーマして、自宅での稽古に励んでいった。

 さて、それから時は流れて三十数年目の今年、この本を深く理解するには不可欠な本にであった。
 そのことについてはこれまでブログに書いてきた。重複になるけれど、私にとっては貴重な本との出逢いであるから、再度、書いておきたい。
 
 三木成夫著『海・呼吸・古代形象』うぶすな書院
 本川達雄著『生物学的文明論』新潮新書423

 とりわけ三木先生の本からは、1970年代、東京藝術大学のよき時代を鮮明に記憶させてくれるものだった。正統派に対して、アンチ◎◎なものも、主張を始めた。西洋音楽に対して民族音楽の価値を問うた小泉文夫、比較解剖学のなかで少数派の三木成夫の形態学も健全に息づいていた。そして野口は、アウトサイダーとしての体操家の道を着実に歩んでいた。
 演劇界や合唱界やその他の芸術界の人々は、現在にまで繋がる源流をこの時代に遡ることができる。
 お三方とも藝大という特別な選ばれた場で、研究を重ね、選ばれた学生に新しい価値観を鮮烈に示していた時代だと言える。
 
 ところで、総務省統計局による国勢調査による「1970年の日本の人口構成」に目を転じてみると、今とは真逆な日本が見えて来る。昭和45年、大阪万博がひらかれた年の人口構成は、ピラミッド型を示している。
 日本人の平均年齢は31歳と若く、確実な未来があることを示すピラミッド型だった。
 定年退職を迎える人は、全体のなかではまだまだ少ない。
『研究する精神科医のノート』によると、医療もまだレベルが低く、検査や治療も安価だった。もちろん医療訴訟は極めてまれであった。

 たとえば、北海道大学の和田教授が日本初の心臓移植手術を行うことで、賛否がわかれ、臓器移植医療への「否」の答えが多く叫ばれていた。
 そのときから今年の秋までに、日本で行われた臓器提供は192例に過ぎない。この数字を少ないと見るのか、当然と見るのか、判断はなされている。日本での臓器移植は、心情的に大きな無理がある。
 角川書店『高校生の現代文』に『原初生命体としての人間』から第三章『生き方は「方」』が掲載されている。この文章が暗示するところは非常に重く深い。
《心臓移植の問題が起きたとき、人間の生と死の判定の問題が、医学を中心とした広い分野で盛んに論議された。このことは、医学的にどう結論が出ようが、法律的にどのように決定されようが、それは一つの角度から、何かに基準を求めて、仮にそう決めているだけのことだと思う》1972年三笠書房刊

 しかし、日本人全体の気分は、これからの生活レベルは上昇するだろうし、給料が増えることへの確約がなされているかのようなものだった。
 もしかするとこのような時代だから、アンチなものが、アウトサイダーなものが、生まれ、育ち、知る人ぞ知る価値を得られる余裕(ゆとり)があったのかもしれない。

 さて、時代をふりかえりながら、本の読み直しをするにあたって、先に挙げた二冊は、貴重な示唆を富んだ内容だった。
 三木先生の本は、はじめて読んだ時には、難しかった。野口体操との照合を本気でできる心の余裕が得られた今頃になって、文字のひとつ一つの意味が、「納得」の文字に置き換わってくれるようになった。

 時間と経験が読みを深めてくれる、ということを聞いてはいたが、実感はなかった。その実感が得られたことが嬉しい。
 藝大・三奇人の足跡を改めて、追ってみたいと思っている。
 蔵の天井ちかくの棚には、小泉文夫監修のレコード「民族音楽全集」上下巻50枚が眠っている。一度は再生したものの、それっきりになっている。
 再度、聞きながら、1970年代に思いを馳せてみたい。
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2012年 今年よかったこと-1-商標登録完了

2012年12月24日 13時52分25秒 | Weblog
 本来なら昨年のうちに継続手続きをしなければならなかった「商標登録」だった。
 うっかりしていて期限がきれていたことに気づいたのは、今年の正月のことだった。
 前回は伯父に指導をうけて無事に登録をすませた。その伯父も亡くなって早10年が過ぎた。
 一人であらたに申請をして出来なくはないとは思ったが、不備があってはいけないと考え直し、撫明亭のご亭主である弁護士の近藤早利先生に弁理士事務所を紹介していただいた。

 7月に申請が許可されて、2ヶ月の開示期間に誰からも異議申し立てがなかったので、無事に商標登録10年が認められた。以前にもまして立派な証書が届けられた。なにより良心的な配慮をしてくれる事務所だった。

 今回はロゴマーク+文字(「自然に貞く からだに貞く 野口体操の会」)をひとつにまとめた形で登録できた。
 杉浦康平氏に寄贈いただいたロゴは、「鼎(貞の初文)」+「渦巻(野口体操の動きのイメージをあらわす)」が配置され、他に類をみない世界でたった一つの体操をあらわすのにぴったりのマークとして宝ものである。

 さて、来年の3月で、野口没後も15年を迎える。
 皆様のお蔭です。

 しかし、この間に、とりわけ最近になって縁の方々が鬼籍に入られたり大病をされたり、15年という歳月の重さを感じずにはいられない。

 忙しさに取りまみれて、魂をいれずに何事かを行う事があったりして、来年からはもっと大切に事に当たりたいと思っている。そうしなければせっかくのロゴマークにも申し訳ない。
 
 とはいえ野口を慕う人々の多くは健在だし、没後になって門を叩いてくださる方も絶えずいらっしゃることが嬉しい。

 キリスト教国は聖書に手をのせて誓う。これからはロゴマークに誓いをたてることにしよう、と2012年クリスマス・イブの今日、今、このブログを書きながら思った。
 もうしばらく野口体操のミッションを続けさせていただきたい。
 

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潜り!?

2012年12月22日 11時57分18秒 | Weblog
 Facebookを通して、30年ぶりの知人とメールのやり取りができるようになったのは、今年になってからのことだった。
 音大を卒業して、ピアノの教師をしていたときの弟子のひとり。
 音楽は趣味で某電機会社のコンピューター関係部署(記憶違いかもしてません)に勤められた方だ。
 相当な腕前だけではなく、音楽への造詣も深く、正統派の演奏ができる優勝なピアニストでもあった。
 
 30年のときを超えて、合唱団の伴奏をされている写真をFacebookで見て、コメントもせずにただ「いいね!」をクリックした。
 そして、今朝、メールをいただいた。
「合唱界では、野口体操を知らない人は潜りですよ!」とその合唱団の方から聞いたことの報告だった。
 東京藝大で野口先生に習った方が、まだまだ健在で、合唱団を指導しておられるのだろう。
 
 そういえば布施英利さんの新刊『構図がわかれば絵画がわかる』光文社新書で、美術解剖の「骨格」の話のなかで、重さとの関連から野口先生の思い出が語られていた。こちらの知らせは、元NHKディレクターの深堀さんからもたらされた。

 いずれにしても、すごく嬉しい。
 この気持ちをどんな言葉で表せばいいのだろう。
 月並みな表現だけど、二重、三重の嬉しさだ。

 野口体操は、知る人ぞ知る体操だが、流れは途絶えていないということらしい。

 

 

 

 

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マウスからトラックパットへ……感覚の世界

2012年12月19日 08時23分40秒 | Weblog
 今年も残り少なくなってきて、2013年が少しずつ顔をのぞかせてきた。
 新年があけるとWindowsからMacに変わって満二年となる。
 実は、iMacを使いはじめた時、マウスをやめてトラックパットに変更した。五本の指を活かす方法は、私のとって最初から使い勝手がよかった。

 先日、思いがけない体験をした。
 12月も半ばになったので、大学のメディセンターに立ち寄って、後期授業の成績を提出するサイトへのアクセス方法を再度教えてもらうことにした。
 提出は来年になってからだが、インターネット上でそのサイトにたどり着く道順をすっかり忘れている。
 ここにたどり着くには、厳重にかけられた鍵をいくつも開けなければならない。その度に、IDとパスワードを打ち込むことになる。自宅で試したときは、はなから入り口が見つからなかった。

 そこで、一通り覚えるために、据え付けてあったパソコンを操作することになった。
「マウスが上手く使えない」
 マウスを握る手から、リズム感が失われている。
 思うところに矢印がいってくれない。
 焦れば焦るほど、自由が利かない。
 
 思い起こせば、トラックパット操作は、ピアノの演奏時の指の使い方に似ている。
 五本の指を板の上に乗せて、指の組み合わせを変えながら、力を抜いて、ものすごく軽く、そっと滑らせればよい。
 実に、マウスを持った手全体を動かす動きに戻れなくなっているのだった。
 
「あぁ~、指先の微妙な触れ感覚は、マウスとはまったく違うコンセプトによるのね」
 改めて気づかされた。

 慣れとは、そんなものか?!
 マウスを使っていた時間の方が長いのに、たった2年弱でトラックパットに順応してしまっている。

 そういえば、Apple銀座で、はじめて触れた瞬間から「これだ!」と感動した。眠っていた感覚を呼び覚ましてくれたのだ。触れるような触れないような、指先の微妙なムーブメント感。

 そんなわけで、今ではマウスとさよならした日常が、私のMac生活なのであります。
 この軽ーい滑らかさは、もう、手放せない。
 どうでもよい話? いえ、感覚とはそうしたもの。
 ここにヒントがありそうだ。
 そう、野口体操を伝えるときの装置として……。。。。。。
 
 
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年寄りも、選挙に行ってきました!

2012年12月16日 12時20分32秒 | Weblog
 87歳の母が一緒に行くということで、11時半頃でかけました。
 外まで行列ができて、会場に入るまでに5分~6分くらい待ちました。
 今日は暖かく、日差しもあって、老体でも待つことに負担はなく、無事に投票をすませて帰宅したのは12時2お分頃。だいたい予定通りの時間ですみました。
 
 年寄りには皆さんが親切で気持ちがよかったです。
 母は、ヨタヨタ状態ながら、自分の脚で歩き、自分の目で見て、自分の手で字を書き、自分で投票箱に入れて、満足そうな様子でした。これが最後かもしれない、と思いつつの行動です。

 おかげさまでした。
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記者会見Ustream

2012年12月11日 11時10分42秒 | Weblog
 12月9日(日)自由報道協会で行われた「デモクラシー2.0イニシアティブ」発足記者会見が行われ、その様子を視聴することができます。
 興味をお持ちの方・お持ちでない方も、「こんな活動が産声を上げた」ということでクリックしてみてください。
 正式URL 1時間40分版

『田坂広志 「風の便り」特別便 』会見動画の知らせと紹介メールマガジンより

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  ■デモクラシー2.0イニシアティブ
  - 参加型民主主義の時代へ -
 
 この総選挙は、実は、政党と政党の戦いではない。
 政治に無関心にさせられている国民と、
 その無関心に安住している政治との戦い。
 80%以上の有権者が投票所に足を運ぶとき、
 静かな革命が始まる。
 
 そう呼びかけるソーシャル・ムーブメント、
 「デモクラシー2.0イニシアティブ」が、12月5日、始まった。
 支持する政策、政党、党派、候補者を超えて個人と組織が集まる
 このムーブメントがめざすのは、
 すべての草の根の人々が新たな社会づくりに参加する
 「参加型民主主義」の実現、
 そして、民主主義のさらなる進化と深化。
 
 この「デモクラシー2.0イニシアティブ」は、
 これから何を起こすのか。

   英雄のいない国が不幸なのではない。
   英雄を必要とする国が不幸なのだ。(ブレヒト)

 【会見者】
 田坂 広志氏(多摩大学大学院教授)
 津田 大介氏(ジャーナリスト)
 藤沢 久美氏(シンクタンク・ソフィアバンク 代表)
 伊勢谷友介氏(クラウド・ガバメント・ラボ)
 金野 索一氏(日本政策学校)
 鈴木 菜央氏(せんきょCAMP)
 田中 勇一氏(社会起業大学 理事長)
 望月 優大氏(I WILL VOTE)
 原田 謙介氏(Youth Create 代表)

 「デモクラシー2.0イニシアティブ」については、
 下記URLからご覧いただけます。
 https://www.facebook.com/democracy2

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デモクラシー2.0イニシアティブ

2012年12月06日 19時36分33秒 | Weblog
 発起人のお一人である田坂広志氏より、お誘いをうけ賛同者の一人になりました。
《政党、党派、候補者、政策を超え、目前に迫った総選挙に、一人でもポオ九の有権者が投票に行き、政治に積極的に参加することを通じて、「参加型民主主義」を実現するソーシャル・ムーブメント》
『デモクラシー2.0イニシアティブ』です。
 坂本龍一さんも発起人のお一人です。

 渋谷の片隅では「選挙に行こう」というスローガンのもとに若者たちが自発的に集まって、イベントやダイアローグを行う「えんきょキャンプ」が盛り上がっているそうです。

 この選挙は、これまでにないムーブメントが起こっていることだけは、間違いなさそうです。
 
 ということで、ブログでもご紹介します。
 サイトをご覧になってください。
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野口体操のシラバス

2012年12月05日 14時15分28秒 | Weblog
 師走に入って2013年・次年度のシラバスを提出する時期となった。
 内容を考えるにあたって、今年の前期・後期に行った授業をふりかえってみると、毎年すこしずつ内容が変化し、新しい視点が加わっていることに気づかされる。
 
 本川達雄著『生物学的文明論』からは、生物の見方。
 三木成夫著『ヒトのからだ』『海・呼吸・古代形象』からは、同じく進化から見たヒトのからだの構造と機能。
 とりわけ「呼吸」については、多くのことを学ばせてもらった。

 そして「座位によるほぐし」には、あらためて「筋膜」について思いを巡らせることが、以前にも増して大切であると確信できた。

 その他、「直立」「姿勢」「発声」の関係が、一つながりの問題として、学生に提示できるようになったことで、説得力がついたと思っている。

 大学で正規の体育授業として野口体操を指導させてもらって11年、後期授業も残り僅かとなってきた今、内容を整理をしてみると、そろそろ自分なりの教科書が出来そうな気配を感じている。
 
 希望としては、次年度の授業で対談をまとめた形で、学生に配布したいと思っている。

*鴻上尚史氏とは、「テアトロ」掲載1999年10月号『身体を考える』カモミール社
*齋藤孝氏とは、「図書」掲載2003年6月号『身体とのコミュニケーション』岩波書店 『「できる人」の極意!』角川書店所収
*広井良典氏とは、「看護学雑誌」掲載2004年第68巻 第11号 医学書院 『ケアのゆくえ 科学のゆくえ』岩波書店所収
*坂本龍一氏とは、「ちくま文庫」2012年10月『野口体操 マッサージから始める』筑摩書房

 具体的にはどのようなまとめ方ができるのか、方法を探ってみたいと思っている。
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