羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

逆立ち・・・日曜公開講座ビデオ記録を見て

2019年02月26日 19時50分03秒 | Weblog

1990年夏から秋にかけて3回開かれた朝日カルチャー「日曜公開講座」記録ビデオを見終わった。

一本、およそ1時間半の見当で、3枚のDVDであった。

野口先生の話は間違いなく・掛け値無しに面白い。

その上、羽鳥はひょいひょいと逆立ちして、とても身軽であった。

全く体操音痴の私が、あそこまで軽く動くことができるようになったのは、ひとえに野口三千三先生のご指導の賜物である。

今となっては、気恥ずかしさもなく、素直にそういうことができる。

どんな魔法がかけられたのかな?

いや、魔法ではなく、動きをどのように捉えるのか、理論をからだの動きにどのように結びつけるのか、様々な要因が一つにまとまって、逆立ちができるようになったのだろう。

 

それにしても76歳の野口三千三先生の頭の回転の速さ・緻密さ・大胆さ、加えて言いたい放題も可愛らしい!

翌年の1991年1月に『DVDブックアーカイブス野口体操」に残された、養老孟司先生のとの対談「野口体操を解剖する」講座が無事に開かれたのだった。

この時は、綱渡りであったなー。懐かしくも、感慨深いものがある。

 

1990年の3枚のDVDを見ていると、「野口先生が生きていらっしゃる」ような不思議な感覚に捉えられる。

「野口三千三授業記録の会」は、立ち上げてよかった。記録が残ったのだから。

立ち上げる数年前、肝臓の手術をした先生の術後はなかなかに大変だった。

記録を残すことと先生の命との兼ね合いを、当時は常に考えながら、一つ一つ乗り越えてきたことを思い出す。

それでも記録作りに夢中になる私に「人間(野口三千三)と記録を残すことと、どっちが大事なのだ!」

お叱りを受けたことがあった。

 

今にして思えば、たくさんのことを教えられた。たくさんの楽しいことを味わわせていただいた。

野口先生は、実に、チャーミングな人だった!

映像にしっかり残っている。

佐治さんに重ねてお礼を・・・・・。

 

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「野口三千三授業記録の会」ビデオ記録

2019年02月25日 17時20分03秒 | Weblog

野口三千三先生が亡くなる十年前に始めた「野口三千三授業記録の会」は、先生の授業をビデオ記録として残している。

私ごとですが、色々気がかりなことが一応解決したので、佐治嘉隆さんから最近いただいた「1990年 朝日カルチャー日曜公開講座」ラフ編集版を見始めた。

野口先生は、76歳。2時間を超えて(編集してあるので1時間半)話し続けていらっしゃる。

頭はフル回転で、水がどんどん溢れ出るように、言葉の泉からとめどなく話が続く。

お若いのね。信じられない元気さで、立て板に水の話ぶりであった。

七年後に亡くなったなんて、信じられない。

いや それでも 人は死ぬのね!

 

その時、羽鳥41歳、担当の二階さんも41歳。

私たち、二人とも瑞々しくて、その上とってもいい動きなのである。(笑)

 

あれから28年。

時間は残酷。いえいえ そうではありません。

あの時があって、今があるんですものー。

ただ、最近、おおらかさにかける文章を書いていた、って反省しきりの羽鳥です。

 

気を取り直して、「早蕨塾」でビデオ見る会を開くのもいいかもって、野口先生がおっしゃてます。

上映できること、動けること、その二つをクリアする部屋を見つけること、ですわ。

そしてもう一つ大事な条件、それはあまり大勢ない人数限定がよろしいかも。

贅沢で、勿体ない、それが野口体操よ!

私(羽鳥)は、腹を括りました。

末筆になりました。

佐治さんありがとう!

 

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殻を捨てる・・・タコになる?

2019年02月23日 12時10分01秒 | Weblog

野口三千三先生の貝殻収集。

その中に、ボリビアの貝貨がある。

大きく重く、実に立派である。

日常生活で使用できる大きさではなく、これは権威の象徴・財力の象徴だろうと、思われる。

タコは殻を脱ぎ捨てた生き物。

「頭足類の進化は、タコに可能性の塊のような身体を授けた」『タコの心身問題』より

得た自由さ・奇想天外な動き(泳ぎ)を、見ているうちに美しいと思うようになった。

丸ごと全身で呼吸をしている姿は、呼吸本来のあり方を教えてくれる。

タコと出会って、進化の面白さを知った。

それは億年単位の進化だが、八景島シーパラダイスのアクア・ミュージアムで出会ったタコの大きさから、イメージできる貝殻が、ボリビアの貝貨だった。

殻を捨てる、殻を脱ぐ、殻を破る・・・・そこから始まった。

そこで危険から身を守るために、高い知能を得た。足ではなく、腕と呼ばれる8本の隅々まで含めてからだ全体が「脳」になったのだ。

自由に形を変え、自由に色を変える擬態を獲得した。

なーるほど!

 

本日の朝日カルチャー「野口体操」には、この貝貨幣とビデオ映像を見ていただくつもりで準備した。

野口体操の動きが楽になること請け合いなし!

と言いたいところだが、誰にでもその境地が訪れる可能性は、ある?ない?

殻を脱いでみると、楽になることは、確か!

この頃の私、です。

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タコを訪ねて・・・三度目の正直 八景島シーパラダイス

2019年02月22日 09時17分29秒 | Weblog

朝のラッシュ時間帯を避けて、遅めに自宅を出立した。

昨日、2月21日。

目的地の八景島シーパラダイスに到着したのは、12時少し前だった。

おそらく再びくることはない、と「水族館4施設+アクアシアター見学」フルコースチケットを購入。

最近では、シニア料金に気を良くして、大盤振る舞いも厭わなくなった。、ふふふフッ!

さて、問題は「タコ」である。

実は17日の朝日カルチャー日曜日クラスで、確実なタコ情報を得ていた。

タコの動画まで見せてもらって、これはいくしかあるまい! この日を待っていた。

「何時頃、写真を撮られたのですか」

情報をもたらしてくださった菊地さんに、前日の晩にショートメールを出した。

「イルカショーが終わった後、2時ごろでした」

その情報をもとに、1時前ごろからスタンバイする予定をたてていた。

アクアミュージアム内をゆっくり進む。

大水槽が体全体を取り囲み、包み込むように作られていて、大小様々な魚類や海の哺乳類がなめらな泳ぎを見せてくれている。

横を見たり、前を見たり、上を見たり、下を見たり、お上りさん状態だった。

「海の中にいるのに、呼吸が楽にできるんだー」

子供にかえって、感動している。

いつの間にか、水族館はすごーいことになっていたのだ。

 

さて、タコだ。

最初は通り越して、行ったり来たり。

戻ってみると、子供達が大声ではしゃぎながら、楽しんでいる。

小さな女子は、「こわいー」と泣き叫んで、お母さんに抱っこされて、そそくさと移動してしまった。

その水槽を覗くと、タコが一番前の底で呼吸をしている。

しばらく立ち止まっていると、ゆっくりと動き始めた。

「なるほど!」

それでもあまり大きな動きは見せてくれなかった。

1、2枚写真を撮って、他の水槽を見てから戻ることにした。

正解だった。

今度は、体をイカのように流線型に変化させて、水槽の斜め上に泳ぎ始めた。

そのあとは、様々な動きを見せてもらった。

というわけで、しばらくタコのいる水槽の前に陣取って、心ゆくまで拝見した、という次第。

それからミュージアムを一旦出て、外の施設を回り、遅い昼食を済ませて、残りのいくつかを見て回った。

 

さて、ここからがキモ!

うみのファーム、と名付けられた施設で、タコに触れられる看板を発見。

予約を取って、2時半から「観察なっとくツアー」に参加。

と言っても今の時期である。私一人の貸切であった。

愛嬌あるわかい女性飼育員の説明を聞きながら30分。

「なっとくツアー」

その中で、タコに触れ合ったことは収穫。

小さな水槽の中に、発泡スチロールの箱が浮いていた。

「蓋が開かないように、鍵がかけてあります。こうしてお話ししているうちに、目の前の大きく深い水槽に逃げられてしまったことがあるんです」

小ぶりでかわいらしいタコだった。

触り方を教えてもらって、吸盤に触れると、キュッと吸い付いてくる素早さは、ゼロコンマ何秒か?

非常に敏感な反応である。

頭の近くを撫でると、狭い箱の中をイカ状態の流線型にして泳ぎ始め逃げ出すかのような動きを見せる。

体の形を変える素早さは、見事だった。

他にも深海に住むタカハシガニやグソクムシ(?)三葉虫のような・ダンゴムシのような外骨格の二種に触らせてもらえた。

生きているものは、硬いと言っても柔らかさを感じる。この感触は予想を超えていた。

 

体験を終了してファームを後にした。

そしてミュージアムに再入場して、アクアシアターの大画面で、20〜30分間ナショナル・ジオグラフィックの映画を見た。

小学生中学年から中学・高校生がいたら、連れてきてあげたいと思った。

いやいや、野口先生だ!

お見せできなかったことは、残念至極。

時は遡って、1956年海洋学者 ジャック=イヴ・クストー とルイ・マル監督が組んで製作した「沈黙の海」海洋映画をご覧になった。

野口先生は、ものすごく感動し、興奮し、海の中の生き物の動きが、野口体操のイメージを豊かにした経緯がある。

タコの動きは、他の生き物にない自由さと奇想天外さと滑らかさとすばやさと・・・・あげたらきりがない。

野口体操の動きのイメージには、なくてはならないものとなるような気がしている。

『タコの心身問題』から始まったタコ探し旅は、三度目の正直でたっぷりと見せてもらった。

タコの場合、ニューロンの5分の3は、脳ではなく足に集まっている、という実態を見たような気がする。

敏速さは、どんな生き物も叶わないのではないだろうか。

今一度、本を読み直さねばなるまい。

何れにしても、タコを求めて海に潜るわけにもいかず、シニア券で水族館を巡るのも良い経験になった。

三度目の正直でした。

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呪文

2019年02月16日 13時04分46秒 | Weblog

「あったー」

ほぼ一週間、本を探していた。

「野口三千三伝」の資料本である。

あっちこっち、「ないはずはない」と確信を持って探し続けた。

 

本を詰め込んだ箱の下にありはしないか?

資料の中ほどに隠れていないか?

そこにあるはずはない、と思うところまで、念には念を入れて探し続けた。

 

あっち こっち、ひっくり返しては、がっかりの連続だった。

同じところを何度も、見直しても出てこない。

 

諦めかけて、アマゾンに再注文するしかないのか。

いや、待てよ、もう一回探してみよう。

呪文を三回唱えてみた。

「清水や音羽の滝の尽くるとも失せたるものの出でぬことなし」「清水や音羽の滝の尽くるとも失せたるものの出でぬことなし」・・・・

人によって少し違うパターンがあるようだ。

祖母から習ったこの呪文は、「針」でもあったような気もする。

見つけている「もの」に言い変えて唱えるわけ。

 

出てきたんですよ。

横に重ねられた大きい本と本に挟まれて、背表紙が見えない状態になっていた。

諦めないこと!

最後は呪文を唱えること、でありました。

「清水の音羽の滝の尽くるとも失せたる本の出でぬことなし」・・・・でございますー。

 

『プロパガンダ・ポスターにみる 日本の戦争 135枚が映し出す真実』 田島奈都子編著

これで、三千三伝の戦争の時代、前半の気がかりだった一箇所は、大丈夫、大丈夫 大丈夫。。。。。

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「高円寺演芸まつり」と高齢者施設 ・・・地域の良さ

2019年02月15日 08時58分02秒 | Weblog

高円寺では1年間通して色々な催し物「⭕️⭕️フェスタ」が催されている。

今は、2月17日まで『第9回 高円寺演芸まつり』 の期間である。

座・高円寺を中心に、町の商店街のどこかで、毎日、演芸が披露されている。

お風呂屋さんだったり、眼鏡屋さんだったり、飲食店だったり・・・・どこかで「小さな街角寄席」が開催されているのだ。

10名くらいから数十名まで、その空間の広さを生かしたの寄席である。

12日火曜日には、母が入所している高齢者施設が会場だった。

三味線を使った女性二人の音曲の前後に、落語が2席で、1時間たっぷり。

入所者は無料だが、付き添いの家族は有料。メインは施設に関係のない方々、有料。

当日は、数十名・4、50名くらいの人が、終始、大きな声で笑っていた。

耳が聞こえにくい母だけれど、雰囲気だけでも味わえるかと、後ろの方の入所者席でも、途中で抜け出しやすいところに場所を確保した。

「入船亭・・・」

「お三味線・・・・」

「ずいぶん大勢の人がきているのね・・・・・」

「料金を払うの・・・・・・・」

大きな声で話しかけてくる母に、びっくりであった。

みなさんが拍手をすると、一拍遅れで拍手をはじめて、終わってからもまだ続けている。

アンコール アンコール・・・・リズムにも、ちゃんと乗っている。

終わってからも、なぜがご機嫌であった。

やはり年季の入った芸人さんは、上手い!

笑いが溢れる場にいることで、きっと彼女なりにわかるのだと思った。

「これは、ひいき目に見ても、ちょっとばかり???」という時には、「早く帰ろう」の連呼になって、途中退席させてもらったことがある。

それから比べると、いい加減な芸を見せない、という姿勢に頭が下がったし、見えない席でも、聞こえない母でもわかっていた様子だ。

プロは、お金を受け取らなければいけない。

聞かせていただくからには、それなりの金子をお渡しするのが礼儀だ、ってわけ。

 

さて、話はここから。

始まる前に、こんなことがあった。

私たちに気づいたご近所の方が、数名近づいてきて母に挨拶してくださった。

どなただかはわかっていなかったと思うけれど、愛想よく振る舞っているではないか!

実は、近隣の方々は、この施設に対しては、関心が高い。

環境がいいからだ。

そんなわけで、一度は中に入って様子を見て見たい、という気持ちを持たれている。

寄席があるなら行ってみよう、的に関係のない方々も多く集まっていらした、と合点がいった。

偶然に私たちを見つけてくださった、という長年の地域のつながりは、入所している母にとってもとてもいい刺激になった。

「きっと、私を知っている人なのだろう」

であっても、嬉しい気持ちを持てることが、命を活性化する力となる、と感じた次第。

ユニットに戻ってから、おやつをいただきながら、穏やかな表情を見せてくれたことが、娘としてなんでこれほど嬉しいのか。

この歳になって、母と一緒に落語や音曲(漫才)を楽しむとは、予想だにしていなかったからだろうか?

思がけない思い出を重ねていける、それがどんなにささやかなことであっても、生きていることの証であり、後悔のない時間をいただいているのだ思えてきた。

「時蕎麦」を聞いたことも「ノーエ節」を、手拍子を取りながら歌ったことも、私にとってはよき思い出となった。

高円寺寄席 入船亭扇好さん 東京ガールズさん 生はいいですね! ありがとうございます。

スタッフの皆さん、お疲れ様です。

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「臂」という文字

2019年02月14日 16時30分27秒 | Weblog

大谷武一著『新教育體操』を読んでいると、「臂」の文字が頻繁に使われている。

和語だと「ひじ」と読む。では、「臂」と「肘」はどのような違いがあるのか?

一応「臂」を「ひじ」と捉えると、書かれている体操の動きがわからない。

一方で、「腕」という文字は、全く出てこない。

気づいたことは、どうやら「臂」は、「ひじ」を中心に、うでを上げていくこととして読むと、動きがわかってくる。

「腕」「臂」「肘」、これらの漢字の字源を調べていくと、面白いことがわかってきた。

「かいな(かひな)」という大和言葉は、最近では使われなくなったが、そのことによって失われた「うで」の感覚があることに気づかされた。

ちなみに、相撲界では「かひなが強い」という言葉が残っているそうだ。

「かひな」とは、肩から肘までの間のことで、解剖学的な言葉ではない。

解剖学では、腕を曲げる時に働く筋肉は「上腕二頭筋」で「屈筋」、伸ばす時に働く筋肉は「上腕三頭筋」で「伸筋」である、としている。

野口三千三は『原初生命体としての人間』の中で、「腕立て伏臥の腕屈伸」の話の中で、「屈筋」と「伸筋」を例に、解剖学に惑わされないように書くことで、「重さ」と「時間」の問題を論じている。

横道にそれてしまったが、「うで」の使い方として、「臂」と「肘」を分けて感覚することで、動きの質が変わることを実感した。

いや、いや、実感はしていたが、そのことを言語化できるようになった、というのが正確な言い方かもしれない。

2月16日(土)、17日(日)の朝日カルチャーのレッスンでは、この言葉と漢字をテーマに、動きを吟味していただきたい。

昭和12年に出版された本に出てくる漢字は、ある意味で非常に正確な使われ方だったことがわかった。

文字が失われ使われなくなる、言葉が失われ使われなくなる、そのことの意味を今一度考えてみたくなった。

今更、「腕」と「臂」と「肘」を分けて使うことに戻すことはできないが、野口体操としては、身体感覚で違いを探ってみたいと思っている。

詳しいことは、教室で!

 

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「辰濃文庫」朝日新聞記事に接して思う

2019年02月13日 10時43分31秒 | Weblog

本日、2月13日付け、朝日新聞朝刊に「辰濃文庫」情熱1万冊「天声人語」元筆者の蔵書 

埼玉・東松山 知人の建築家、蔵改修し開設

棚におさまっている蔵書とともに、知人の佐藤清さんの写真。

「ことばは心を映す鏡である」と辰濃さん自筆の色紙と本人の写真が写っているパネルらしきものの写真が掲載されていた。

野口三千三先生が起こした小さな不祥事。今となっては懐かしい思い出になったが、その時は真っ青になって平謝りの私だった。

電話を通してあやまっているうちに、いかにして野口の真っ黒な状態を曖昧なグレーゾーンに持っていくのか、自分で呆れるくらい必死で話をしたことがった。

「間が悪かったんですね」

その一言を引き出して、ホッと胸をなでおろした。

そんなことがあって、逆に、ランチをご馳走になった。

ご著書やお手がみをいただいたりして、その時から辰濃さんの著作を本気で読ませていただいた。

 

2017年12月6日に亡くなられて一年後、蔵書を引き取られた方がいらっしゃるとは、素晴らしいことと思いつつ、懐かしく記事を読ませていただいた。

ご冥福を祈るとともに、本が生かされることに拍手を送りたい。

時はすぎる。

そして生かされる本の命が、ここに灯された。

残された人にできることって、やっぱりあるのね! うぅ〜む。

翻って・・・・・想いは複雑。

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ようやく繋がった! 人は出会うべくして出会う

2019年02月12日 19時53分44秒 | Weblog

何年も いや、野口体操を始めた当初から、不思議に思っていたこと。

特に「野口三千三伝」を書き始めてからの2年間。

差し迫ったように探り、考えていたことが、一気に繋がった。

地方の師範学校出身の野口三千三の「野口体操」が、なぜ、演劇やダンス・舞踏の方々に、インパクトを与えたのか。

 

スタニスラフスキーシステムを頭で理解していた方々が、野口三千三に出会って「野口体操」を見たり行ったりして、身体的な理解に繋がったと、おっしゃる。

それはなぜだ? 

野口はスタニスラフスキーとは全く無縁のところで生きてきたはずだった。(実は、違った。本人も気づいていなかった)

 

モダンダンスをやっている人で「野口体操」を知らない人は“モグリ”だと言われるとか。

それはなぜだ? 

江口隆哉に師事し、大きな影響を受けたからか? としても全くダンスとは無縁の体育教師が、入門してすぐ江口隆哉の本の執筆相談に、何故ゆえに乗れたのか?

(実は、本人も分かっていなかった)

 

メソッドを持たなかった二代目世代の舞踏が、野口体操を基本メソッドにしたのか。

それはなぜだ?

ダンスや芸術とは程遠い世界で生きてきた野口であったのに、そこにはメソッドになりうる必然があった。(実は、本人も不思議に思っていた)

 

****

 

2月に入ってから、私は、「三千三伝」を書き溜めようと、師範学校卒業後の短期現役兵・小学校の教師時代を書いていた。

この時代を書くのは、本当にしんどかった。地雷を踏みそうな危険を感じながら、時に、放り出したくなったりもした。

一応、全体の流れができたので、ここで一旦、筆を止めて、熟成を待つことにした。

そこで、次の時代、昭和18年から19年、そして20年の敗戦までを書きとどめておきたいと、資料を読み始めた。

昨晩、私は、思わず、驚きの声をあげてしまった。『新教育体操』大谷武一著を読んでいた時だった。

ずっと求めていた「ドイツ自然体操」について書かれていたからだ。

まさしく野口体操だし、江口隆哉のノイエ・タンツ マリー・ヴィグマンにつながるものである。

昭和12年が初版で、私の手元の本は昭和15年9版である。

この本を著した時の大谷武一は、東京高等師範学校と文部省「体育研究所」に関わっていた。

内容については、いま、ここに書くことはまだできないが、戦争末期に「東京体育専門学校」校長の大谷武一に野口は出会い、敗戦後 江口隆哉に出会うのは、偶然というより必然だった。

その後、演出家の岡倉士朗をはじめとして、九州の演出家・貫見忠司に出会っていくことも、「ドイツ自然体操」の流れとしては必然であった。

ここには、まだ詳しいことは書けない。というか書くことができるところまで、まとまっていない。

とにかくこれまでの不思議感が、全く不思議なことではなく、込み入ってはいるけれど、バラバラであったことが一気に繋がりを見せてくれた、ということ。

そこで気づいたことは、

「人は出会うべくして出会い「偶然は必然 必然は偶然」である、ということだ。


羽鳥は何を言っているのか? 

ちゃんと、文章に書き残しますー。

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タコを訪ねて葛西臨海水族園へ

2019年02月05日 19時45分06秒 | Weblog

生きているタコを求めて、二軒目の水族園をたづねた。

ちょうど午後1時半近くに到着。

館内放送でガイドが始まることを知る。10名限定だったが、入館者も少なく抽選するまでもなく6名でお話を聞くことになった。

「GUIDE TOUR IN TOKYO SEA PARK」ペンギンの図柄のバッチをもらった。

本日のテーマは「身の守り方」ということ。擬態あり、鋭いトゲあり、毒あり、皮膚の色分けあり・・・・太陽光が届かない深海で、赤色がどのように見えるのかを青いシートを貼ったメガネで見たり、突き刺さると痛いトゲを触らせてもらえたりもした。

圧巻はクロマグロの展示だった。背中側が黒っぽく、腹側は白い。この色分けは太陽光のから魚影を消す配色だという。実に巧妙だ。

 

さて、しばらく説明を聞いていたが、途中で私の希望を伝えてみた。

「『タコの心身問題』を読んで、生きたタコを見たくて来たのですが」

すると、45分ほどのガイドツアーの予定には入っていなかったが、一周りしてから案内してくれることになった。

そこは屋外の潮溜まりコーナーで、嬉しそうに案内してくれた。池袋サンシャイン水族館で見られなかったが、ここならばいると教えられて来たことを告げた。どうやらそのことが功を奏したのかもしれない。ライバル意識に火をつけたのかな?と思った次第。

兎にも角にも蛸壺に入ったきり出てこないタコ様だったが、一応、対面を果たすことが出来た。

以前はもう少し広いところに何匹も飼育されていたという。いまではかわいそうなくらい狭い水槽に、たった一匹しかいないのだ。ガイドさんが撮ったタコの交接の様子を見せてくれた。雌雄の見分け方まで教えてくれた。

思うに、華々しい魚に人々の関心は集まる。タコやイカといった頭足類は、悲しい運命にある現実を知った。

こうなると「新江の島水族館」に望みを託すのだろうか。

青森の水産試験場には、タコ研究の拠点がありそうだが、まさかそこまで足を延ばすことは出来そうにない。

 

最後に、本日の問いかけ。

タコは皮膚を多彩に変色させて身を守る。

他の魚も同様に「擬態」を行う。

タコに限らず、本日、紹介された魚たちも形や色を巧みに似せる姿を目にした。

はたして、こうした進化はいつ頃から始まったのだろう。

環境の色や形をどのようなメカニズムで認識しているのだろう。

色や形を環境に溶けこます術は、自然が与えたものと言ってしまうと、あまりにも大雑把である。

いずれにしても大いなる自然の摂理が働いていることに驚異を抱いた。

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節分の朝

2019年02月03日 10時48分30秒 | Weblog

2月の声を聞いて、1日までに昨年から続いていた問題を解決し、いよいよ新年度のことにとりかかっている。

「野口三千三伝」では、師範学校を卒業し、短期現役兵としての兵役を終え、小学校訓導・・・・、戦時下に入った。

一行書いては消し、二行書きすすんでは、最初に戻る・・・遅々としてすすまない現状。

この時代を書きすすめるのは、私にとっても苦しい。

しかし、偏らず冷静に書き残しておかないと、敗戦後の野口体操への道のりに繋がらない。

先生から伺っている断片的な話を、資料を読みながら、点を線にし平面から立体を想像しながら時代に迫る作業は、終戦に近づくにつれて重苦しいことになっていくことは否めない、と覚悟はしている。覚悟はしているけれど、キーボードを打つ手が何度も止まっていしまう。とはいえ、諦めずに続けようと、今朝も資料を読んでいる。

 

さて、昨日、2月2日のこと。

早蕨塾の五回目は、「がんと共に生きる」と題して、医師の大屋敷純子さんをお迎えした。

「癌」と「がん」と「ガン」の違いを学び、最新の治療法の考え(理論)を教えられ、医者とのコミュニケーションの取り方の心得、等々を伝授され、有意義な2時間を会員の皆さんと共有できた。研究・臨床・教育の現場で誠実に仕事をされていらした実績をお持ちだけに、難しい内容がわかりやすく伝えられた。

お人柄のおおらかさからくるのか、暗くなりがちな内容を柔らかく包み込んで終始お話しされた。

おかげで息苦しい悲嘆に引き込まれるわけでもなく、理由のない楽観にも陥らず、静かな状態で自分の考えをすすめる “動力” をいただいた、と思っている。

最初に登場させたジャズ演奏家・斎藤徹さん(インクルーシブ・アーツ・フェスティバル 2019にご出演)の言葉を、結びとして聞かせてくださった。「がんと共に生きる」ポエムが胸に迫ってきた。(文字起こしをして読んでいただきます)

「私も参加したかった!」野口先生の声が聞えてくるようだ。

今年最初の「早蕨塾」を支えてくださた大屋敷純子先生、ご参加くださった会員の方々、スタッフとして尽力いただいたお一人おひとりに、先生がお礼をおっしゃっているような気がしている。

 

今日は節分。

昨日、会員のお一人のAさんが差し入れてくださって、その場で皆さんにおわけした京都 “豆冨” の節分豆。入っていた三角の袋は、赤鬼・青鬼の図柄が可愛らしく、今朝になってからも、再度、眺めている。心憎いご配慮! 

さぁ〜、2019年も本格始動であります。

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お知らせ 劇団文化座 紀伊國屋演劇賞受賞!

2019年02月01日 16時56分44秒 | Weblog

来たる4月28日(日)「野口体操の会」総会と早蕨塾を開催の場所としてお借りする予定の劇団文化座が、紀伊国屋演劇賞 団体賞を受賞されたました。

おめでとういございます!

総会の後 第6回「早蕨塾」では、劇団代表の佐々木愛さんに、仮題「私と野口体操〜野口三千三との出会いから」をお話ししていただくことになっています。

紀伊國屋演劇賞受賞という縁起のいいお知らせに、「野口体操の会」3年目のスタートもあやからせていただける思いです。

何十年もご無沙汰していた佐々木愛さんとのご縁が、このような形でつながったことは、野口三千三先生の天国からの采配かと思っています。

文化座の稽古場は広く、若手の劇団員の皆さんも加わって体操もする予定です。

10連休の最初の日曜日ですが、歴史ある田端の文士村に近い場所で、野口三千三を偲びつつ充実した一日を過ごしていただける企画を練っています。

継続してくださる会員の方、新しく会員になられる方、ふるってご参加ください。

 

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