羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

第一回「野口体操の会“早蕨塾”」テーマ「Fascia」について

2017年09月30日 09時01分21秒 | Weblog
「Fascia」について専門的な講演と実習を通して得たひとつの結論を言ってしまう。
 野口三千三のすぐれた感覚と大胆でしかも緻密な論理思考に脱帽している。
 つまり、野口がFasciaについての知識をもっていなくても、『原初生命体としての人間』の発想をしたことがスゴイ、と思った。1960年代後半には、すでに言語化しているのだから。
 Fasciaの構造と機能は、『原初生命体』の具体的な裏付けの一つであったことに気づかされたのである。
 繰り返すが、野口が生きた時代には、Fascia」についてほとんど知るよしもなかったにもかかわらず、有名な言葉を残してる。
 
『生きている人間のからだは、皮膚という生きている袋の中に、液体的なものが入っていて、その中に骨も筋肉も内臓も脳も浮かんでいる』
 
 その実験として「寝にょろ」「にょろ転」等々の動きから「上体のぶら下げ」における骨盤を含む胴体の”揺れの動き”が導きだされる。
 
 そして、もうひとつは「感覚こそ力」という発想である。

 ここで「Fascia」とは何か。私自身の備忘録として記しておきたい。
「Fascia」は日本語で「筋膜」と訳されている。
 この訳語に関して、國廣哲也さんは、まったくの間違いだとはいわないが、単純に「Fascia」は訳すことが非常に難しい、という観点から講義をされた。
 つまり、「Fascia」とは、筋肉だけでなく内臓や血管や神経にまで及び、まるごと全体の身体の組織(構造)と機能なのである。

 東大名誉教授の跡見順子さんも同様な発言をされている。

『Fasciaとは何か、「筋膜」というのは違う。主要な組織を包む、あるいは「組織をつなげてゆくタンパク質繊維から成る膜系のこと」を指す。動きとの連携から見ると圧倒的に筋膜が多いので、「筋膜」と言いたくなるが、概念としては、もっと広く一般的な言葉である』(跡見順子)

 私たちが身近で接しているFasciaは、食卓にあがる鶏肉である。
 その存在に気づくのは、歯に挟まってしまう、とか噛み切れないことがある経験だ。
 肉に挟まっている”薄い膜”がそれだ。
 ということもあって、「筋膜」と訳されてしまうのも仕方がないことかもしれない。

 では「Fascia」の日常語は何か。
 バンド状をなすものの意で、帯、ひも、包帯のことである。
 イギリスでは自動車の計器盤、ダッシュボードの意味がある。

 解剖学用語としては「筋肉と内臓を分離または接合させる繊維状の接合組織のシートまたは帯」と説明される。

 語源は、インドヨーロッパ語(印欧語)に辿ることができる。
 直接にはラテン語で「fascia」で、帯 バンドの意 ギリシャ語ではfaskiaである。
 大本は、束 包み かたまり 大金 集団 群 楽団 集まった人 等々をあらわす。

 ここで、私自身の備忘録として先日の講義をまとめておきたい。

定義:連続性が途切れない結合組織の三次元組織構造

成分:殆どが液体

一般的な役割:支持作用……骨や靱帯、腱等々を被って、身体を支持する働き。
       保持作用……心臓や肝臓、腎臓等の臓器を保持する働き。
       動きに関連して……筋と筋の摩擦を軽減しスムーズにすべらせることを可能にする働き。
       代謝物質交換・輸送……老廃物を排泄しバクテリアを退治する(リンパ管免疫細胞の存在)働き      (感染防御・創傷修復)
       痛感覚……発痛物質に反応し痛みを感じる知覚を司る働き。
       筋活動との関連……筋肉の収縮とは別に単独で収縮し、筋肉の緊張を高める働き。
                筋に適度な圧力を加えて反応しやすい状態をつくる働き。
       姿勢の保持……耳の前庭器官などの感覚器と共に作動し姿勢や動きを記憶する働き。

特徴:感覚……情報を素早くキャッチする働き。
   張力……バランスをしっかり保つ働き。Fasciaの張力と×骨(圧縮力)で、バランスを保っている。
   弾性……ゴムのように弾力性がある。
   可塑性……やわらかい⇄かたい 変化に富んだ性質をもつ。

 フランスの研究チームがマイクロスコープ撮影に成功して、無数の神経細胞(受容器や自由神経終末)が分布していることを発見した報告ある。
 これによりFasciaは生きている(自立している)ということが証明された。
 前庭器官と連携して、筋肉の約10倍の動きを感知するセンサーが多く存在していることがわかっている。

 本日の朝日カルチャー土曜日クラスでは、このテーマにそって、「ギリシャの海綿」と「偕老同穴(六放海綿)」を持って行きます。直接は「Fascia」ではありませんが、イメージをふくらませるためです。
 海綿が水を含んだ時の感触と絞り上げた時の感触の違いを味わっていただく。
 偕老同穴(人間の髪の毛ほどの細さの繊維状ガラス)の美しい構造を見ていただく。
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第一回「野口体操の会 “早蕨塾”」

2017年09月24日 18時45分40秒 | Weblog
 本日、(9月24日)「野口体操の会」の勉強会である第一回「早蕨塾」は、お蔭さまで素晴らしいスタートを切ることが出来ました。
 理学療法士の國廣哲也さんを迎えて、人間のからだ・からだの動きについて、よどみなく流れるお話ぶりの講義を拝聴したのち、実技指導を受けました。
 國廣さんには、今日のために緻密で周到な準備をしていただきました。
 本当に、ありがとうございました。
 
 特筆すべきは、理学療法士としての立場から、野口三千三の身体観『原初生命体としての人間』に対する見方をご呈示いただけたことです。それは見事な内容でした。

 参加された方々は、話が進むに従って目をキラキラと輝かせ、身を乗り出して集中して聴かれていました。
 活気溢れる熱気が、ビンビンと伝わってきました。

「ぜひ、二回目もおねがいします」
 皆様からのご要望を、しっかり受け賜りました。

 ご参加くださった皆様、長時間スタッフとしてご協力いただいた方々に、この場をかりてお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。

 得難い逸材に出会えたことに感謝です。
 さっそく野口先生にご報告いたします。

 いよいよ「野口体操の会」も本格始動でございます。

 ******** 記録として参加募集の時のお知らせの一部を載せさせていただきます。

 講演者の國廣哲也さんは、将来を期待されている若き理学療法士です。
 海外の研修会等で、毎年、学ばれている最前線の研究を、臨床に活かしておられます。

 現在は、朝日カルチャーセンター「野口体操講座」日曜クラスにご参加で、國廣さんの明るく誠実なお人柄に、教室のメンバーからは限りない信頼が寄せられています。
 これからの野口体操を支えていただきたい大切なお一人です。 

 演題「人の動きの捉え方 〜理学療法士としての立場から〜」

 内容説明
人の動きの捉え方について、Fascia・筋肉系・骨格系・神経系などを中心に理学療法士の立場からお伝えさせていただきます。アメリカでの解剖学実習や日々の臨床現場での経験を織り交ぜながら、講義・実習を通して「動きを最適化する」という概念を肌で実感していただければと思います。(講師記)


 日 時: 9月24日(日)14時00分~16時00分
 場 所: 国立オリンピック記念青少年総合センター
      カルチャー棟2階 和室ー2
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「骨」のつづき

2017年09月23日 04時53分06秒 | Weblog
 美しい景色、落ち着いた男性のナレーションにうっとりして、いいなぁ〜・いってみたなぁ〜と心が揺れているうちに
「そうだ京都、行こう JR東海」。
 今回の永代供養の行く先は、この京都なのに、コマーシャルのようなわけに行かない。
 最後に埋められる骨の行方はいかほどに……。

 骨には善人も悪人も、その印はない。
 骨には身内も赤の他人も、その違いはない。
 しかし、骨ってなんだ!
 
 こんなに拘る思いを呼び起こすのは、一体ずつの骨壺がいけないのか。
 ミトワさんは水上勉さんからもらった骨壺に入った。
 野口先生は、生前に用意してあった骨壺には入れなかった。理由は簡単。すべての骨をおさめるには小さすぎたから。
 結局、焼かれて出て来た骨の量が多すぎて、最後は砕いてなんとかおさめた。
 実父は、病気ばかりしていて、65歳で罹患した病いではステロイドが最後まで離せず、亡くなる前の5年間は抗癌剤投与を受けていたにもかかわらず真っ白で美しい骨が骨壺を一杯に満たした。

 二人を看取ってこのかた、灰にしてしかるべき河に流す文化をうらやましいと思っていた。
 死期を悟ったら、死を待つ人の家にからだを横たえる。それもいいと、観念的に肯定していた。
 しかし、変わった。
 私は変わってしまった。
 死の文化が違う、と。

 先祖代々の墓が罪作りなのか。
 土葬だったらもっと生々しい感情が、情念が、恨みつらみが、おぞましいほどに渦巻くのか。

 世間では、夫や舅と同じ墓には入りたくない、という女性も少ない。
 逆にあの人と一緒の墓にはいりたい……が、それは許されない関係もある。せめて隣に墓をつくってもらいたい、という人もいる。

 いやはや、身内や愛する人や憎む人の死というのは理路整然とはいかない。
 死の象徴、骨って何だ?
 いっそ、逆の道を辿ってみようか。
 骨に肉付けをしてみる。
 血管や神経を通してみる。
 内臓を加え、皮膚で覆う。
 毛髪があり、体毛があり、爪をはやす。
 現代人なら最後に頭蓋骨におさまっている脳に恭しく祈りを捧げる。
 それで自分のからだになるのか。
 これが、ならない、のである。

 骨はどこまでも骨で、それ以上でもなくそれ以下でもない。

 あぁ〜、狂いそうだ。
 どうでもよくなってくる。
 しかし、骨になるまで大変だ。
 骨になってからも大変だ。
 愛が試されるからだ。

 骨になれば善人も悪人もない。
 静かなものだ。
 しかし、静かな骨が、急に饒舌になる時がある。

 骨は愛の姿を見せてくれるのか。
 墓から取り出して手元に置く人がいた。
 死に納得できずに、埋葬せずに何年も手元においていた人がいた。

 どんなに愛していても、骨まで愛することなんてできない、と思っていた。
 案外、そうでないのかもしれない。

 葬儀と埋葬とは何だろう。
 自然な涙。
 人は祈りの言葉を捧げ、花を供する。
 自分にはあまり馴染みがないと思い込んでいた死の文化が、かなりしぶとくからだの奥に伝えられていたことに驚く。

 母を自宅で介護している時は、考える余裕がなかった。
 野口先生を見送り、父も送り、徒歩で15分のところで母はまだ生きている。
 それが嬉しい、と思っている。
 その母との逆縁を考えて、今の問いかけがある。

 こうして、私は、雨の朝の静けさのなかで、じっと命の行方をみているのか。
 こうして、私は、雨の朝の静けさのなかで、自分がこれからなし得なければならないことを考えているのか。

 一人ひとりの物語が、一体の骨に潜んでいることに愛おしさが募る。
 はじめてのことだ。
 骨には救いがある。
 善人・悪人もなくすべて同じだからだ。

「仕切り直しや!」
 雨が上がってから、考えなおそう。
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「骨」

2017年09月22日 14時10分15秒 | Weblog
 父の骨を分骨して、母と三人で、新しい都市型墓苑に永代供養しようという思いたったのは先週末のことだった。
 実際に二カ所を見学して、そのうちの一カ所を選び、気持ちは決まっていた。
 それは月曜日のことだった。

 そこで先祖の墓がある寺を、昨日訪ねた。
 住職さんと寺を蔭で采配している母君と、親戚のものも加わって話をした。
「寺でも守る方がいなくなって、返還されるドーム型の大きな墓を永代供養の為に整理することになりました」
 母君は語る。
「このままご一緒に、なさったらいかがですか」
 ということで、分骨することに反対されてしまった。

 複雑で入り組んだ家族関係であっても、今までもこれからも親戚同士仲良くしていくのだったら、最後の人になるまでこれまで通りに私の母も、私自身もこの寺に入ることをすすめられた、というわけだ。

 親戚の者も、私の思い通りにすればよい、と
「ゆっくり考えたら」
 寺の近くの喫茶店で3時間ほど、じっくり話をして別れた。
 
 その時は、揺るがないほどにこころは決まっていた。
 父の骨を一部のこして、あたらしいところに、母と三人ではいることにしよう、と。

 実は、こうした思いも、とても不思議な感しなのである。
 母の行く末を考えはじめた当初は、私が先に逝った場合に、誰かに母を今の墓におさめてもらい、自分は散骨でよいと思っていた。
 ところが実際に、都市型墓苑を見学したことで、親子三人でおさめてもらいたい気持ちが強くなった。
 そして、確実に納骨してくれる人を、本気で探そうと思いはじめている自分に気づいた。

 で、今の寺でも永代供養のために合祀する墓を準備していることを知った翌日。
 つまり今朝のことだ。
 都市型墓苑では、継承する者がいなくなったら、京都の八瀬に樹木葬になると聞いている。
 最初は、そのことに納得していた。
 にも関わらず、急に母の気持ちを慮っている私だった。
 そもそもこの都市型墓苑に決めた理由は、両親・私ともに、生まれ育った所の目と鼻の先にあり、遊び場だったからだ。
 
 しかし、今の寺が永代供養を今の場所にしてくれる、と知ったことで、京都に行くことに違和感を感じはじめたのだ。
「縁もゆかりもない京都!」
 母はきっと嫌がるだろう、と思えた。
「死んでしまえばわからない」
 葬儀も埋葬も、残された人の問題なのだから。

 それでも念のため、母の気持ちを確かめたいと施設に出かけた。
 ところが、数日間の睡眠不足で、ようやく昨晩よく眠ることができた延長で、朝食の後に車椅子に腰かけたままぐっすり眠っている。
 介護士さんも肩をたたいて起こそうとしてくれたが、手で払いのけて起きる気配は全くなかった。
 しかたがないのでそのまま、帰宅してしまった。

 先日に見た映画「禅と骨」の影響だろうか?
 自分に問いかけている。

 骨になれば、国籍も人種も、目の色・髪の色・皮膚の色、言語も文化も何もかも関係なく、真っ白な「無」にちがいない。
 しかし、そこに「もの」がある。
 時にそのものは「物の怪」でもある。

 いざ、自分が終末期を過ごし、葬儀、埋葬、そしてその後、を具体的に想像すると、最後に永代供養される場所が、遠くなることに不安を覚えるのである。
 これって生への執着か?

 死んでしまえば、どこであろうと関係はない、と頭では考えている。
 しかし、骨に対する思いは、人間としての抜き差しならない「情念」と「業」に違いない。
 ミトワさんが自分の手元に、あんなに沢山の骨を集めていたではないか。

 骨になっても、親子は親子なのだ。
 すでに私の中からは、散骨への思いは消えている。

 たかだか一週間にも満たない時間に変化した自分の気持ちに驚かされている。
 父も母も、私自身も、京都には行きたくないのだ。

 なんだろうかこのこだわりは?

 生まれ育った東京・新宿、そこに隣接する寺のある幡ヶ谷に対する思いは、どこから来るものなのか。

 今さら、同じ寺に墓を建ててもしかたがない。
 しかし、……。。。。。。

 理屈では説明できない、情がわき起こっている。
 あぁー。
 人間とは、自分とは、いかにも御しがたい。
 あぁー。
 やっぱり私は死んでいない、生きているんだ!
 あぁー。
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ヘンリ・ミトワさん と 野口三千三先生

2017年09月20日 19時11分28秒 | Weblog
 ヘンリ・ミトワさんは、1918年(大正7年)生まれであった。
 1914年(大正3年)生まれの、野口先生とは4つ違い。
 殆ど同時代人である。

 ミトワさんの父親は、映画会社の極東支部長をしていたドイツ系アメリカ人で、母は芸者さんだった。
 家庭環境はまったく異なっている。
 戦時中はアメリカの強制収容所で過ごしてミトワさん。

 野口先生と共通するところは、戦争体験がその後の人生に多大な影響を与え、死生観・価値観・人生観、すべてを変えていく契機となったこと。
 まったく異なる二人にどこか似たものを感じる。
 粋人か? 変人か? 奇人?

 屈託ない笑い顔は、ほんとにそっくりだった。
 顔立ちはまったく違うんですけどねー。

 芸大の三奇人と呼ばれた野口先生のことを、あらためて見直させてもらった映画でした。

 つづく
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「禅と骨」

2017年09月19日 15時55分54秒 | Weblog
 東中野ポレポレで、「禅と骨」見てきた。
 日経アメリカ人禅僧ヘンリ・ミトワの生涯を、ドキュメンタリー+ドラマ+アニメで描いた作品。
 今日は、細かいことは書かずにおく。

 一言。
「いとおかし」である。
 万人むけではないが、いい作品である。

 とりわけ中盤から後半にむけて、 “いとおかし” なのである。

「野口三千三授業記録の会」の活動のなかで、いろいろあった!
 あの時は、無我夢中だった。先生と衝突した。
 口もきかないときもあった。

 そんな二人を横目に、ひたすらカメラを回し続ける佐治さんがいた。
 今日も、佐治さんがいてくれるような気がして横をみると、そこにいたのは若いカップルだった。

 とにもかくにも、ポレポレの真っ赤な椅子に、深々と体をしずめて見ていたのだが、次第に乗り出して見ている。
 ヘンリ・ミトワなのか、野口三千三なのか。

 死に顔なんかそっくりだった?
 いやいや、ちゃうちゃう!

 ……いとおかし……

   つづく
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登りはじめて一合目

2017年09月19日 10時10分18秒 | Weblog
 施設始まって以来の脱ぎップリの母も、3ヶ月が過ぎるころにはおちつき、食事は箸をつかってしっかり食べているという。 

 これで一つの山を越えた、とホッとしたのも束の間、もう一つの山が目の前に現れた。
 8月のことだった。
 丁度、「野口体操の会」会報「早蕨 SAWARABI」創刊号編集がいちばん大変な時期だったが、この山も越えるために登りはじめてしまっていた。

 このご時世、いつ何時何が起こるかわからない。
 母が一人残されたときに困らないための段取りをつけておく。
 私が先に逝くことは、限りなゼロに近いかもしれない。
 が、しかし、こればっかりは、わからない。

 そこでさまざまな観点から、想像し、考えて胃が痛くなった。
 寝られない夜もある。

 実に難しい。
 そもそも自分が死ぬことのイメージがわかない。
 考えたくない。
 それでも捨て置けないことだ。

 今回は、母にとってどのような手だてをこうじておくことがよいのか、その一点で考える方向は定まった。

 先ずは、お寺さんに電話をして、分骨の相談する時間を予約したところだ。
 なんともめんどくさい家庭環境で育った父の問題を、解決しなければならないことに気づかされたからである。
 
 家の片付けは後回し。
 先ずはお墓の問題に取り組むことにしよう。

 本日は、これから『禅と骨』を見に行く約束をした。
 タイムリーな映画かもしれない。
 
 よき案がもたらされることを念じつつ……。
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「野口体操の会」会報 「早蕨 SAWARABI」創刊号のお知らせ

2017年09月18日 08時17分53秒 | Weblog
 種々の忙しさにとりまみれて、ブログ更新ができず、ご心配をおかけしたようです。
 
 さて、タイトルにも書きました「野口体操の会」会報 「早蕨 SAWARABI」創刊号をお分けするお知らせです。

 2017年4月1日、上野・東京藝術大学体育館において、創立総会をひらきました折り、議題として承認された会報ができあがりました。
 会員のみなさんには、先週末に無事にお届けできました。

「素晴らしい!」
 嬉しい言葉をいただきました。

 検討の結果、このブログの読者の方々にも、お分けすることにしました。

「早蕨 SAWARABI」創刊号

 ご希望の方は、郵便振替でお申し込みください。
 1冊300円です。

 野口体操の会 振替番号:00110−3−537530

 〒番号・ご住所 メールアドレス 冊数をお書き添えください。
 メッセージもいただけると嬉しいです。

 内容

 「早蕨 SAWARABI」創刊号に寄せて/羽鳥操
  私と野口体操ー野口体操との出会い32年/佐治嘉隆
  私と野口体操ー憎き学校体育との和解/近藤早利
  私家版 野口三千三伝ー「三千三名前の由来」/羽鳥操
  NEWSー野口体操の会創立総会(写真あり)
  野口三千三語録抄/解説:羽鳥操 英訳/近藤准介
  第二回 早蕨塾のご案内・編集後記/二階のぶ子

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はじめにリズムありき

2017年09月03日 07時25分17秒 | Weblog
 認知症に音楽療法がよいと言われている。
 たしかに昨日に母の様子を見ていると、音楽、とりわけ上下動を基本としたリズムが心身によい力を与えてくれることがわかったような気がする。
 耳が遠くなって微妙な音程・音色・ニュアンスの違いは聞き取りにくくなっているはず。
 しかし、太鼓や鉦、その他のリズム楽器が刻む音には、とてもよく反応する。
 席もいちばん前だったこともあって、遮るものがなく動きがよく見える。
 なにより、からだに直接、音の波が伝わって、まるごと全身でリズムを受け止めることができた。

 原初 はじめにロゴスではなく、原初 はじめにリズムありき!
 命の鼓動を呼び覚ます律動こそが生きる実感そのものなのだ。
 和太鼓の腹に響く音は、全身を奮い立たせる。
 和太鼓のリズム、阿波踊りのリズム、安来節のリズムに、自然に溶け込む感性が開かれたに違いない。
 
 耳だけで聞くのではない。
 目で動きを堪能する。
 子供からお年寄りまで、さまざまな年代の男女が入り交じって繰り広げられる演者の息づかい、躍動する身体、音の襲来に消えかけていた命がゆり動かされる。
 喜び以外の何ものでもない。
 枠がはずれる、箍が緩む、理性にはちょっと引っ込んでいてもらう。
 そうしたことって大事である。

 事細かな説明はいらない。
 理屈もなしに命そのものと対話する。

 長いこと忘れかけていた音の世界が、私にとってもこれまでとは違った衣をまとって現れた。
 言語による発信も大事だが、身体非言語が発する鼓動の大切さを実感させてもらった。
 外からもたらされるリズムに、からだのリズムが共振する楽しさ。

 はじめにリズムありき。

 リズムに合わせて、どんなからだの条件であっても、人は生き、人は喜び、人は楽しむ。
 そうした機会をうばってしまってはいけない、とつくづく感じた。

 それにしてもさまざまな種類の太鼓は、日本人の脳が生み出した最高傑作ではなかろうか。
 浅草、宮本商店の「太皷館」を再び訪ねたくなった。

 無事に秋祭りを終えられたスタッフのみなさんに、ありがとう、と声を大にして伝えたい。
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施設の秋祭

2017年09月02日 17時35分18秒 | Weblog
 今日は、朝日カルチャー土曜日クラスはお休みだった。
 ほんとに運がよかった。
 母が入所してまる三ヶ月たって、落ち着いた話は書いている。
 昼頃に施設に出かけ、昼食を食べ終わり食休みもたっぷりとって、一階の会場に車椅子にのせたまま連れて行った。

 フリースペースになっているところは、以前、プリマドンナの歌コンサートがあったところだ。
 
 13時過ぎにいちばん前の席を確保し、たっぷり3時半まで出し物を見続けていた。
 最初は「太鼓」(全国古今流太鼓保存会 東京地区杉並支部)、途中から獅子舞とひょっとこ踊りも加わって、ものすごい迫力の音に包まれた。

 二つ目は「どじょうすくい」(東久留米どじょうすくい教室)先生と生徒さん。中盤で男性が太鼓(おおかわ)と鼓(二丁鼓というらしい。FBに邦楽のお師匠さんが「太鼓と鼓を一人で打ちます。金沢の芸者さんがやっています。安来もちかいですものねー」とコメントをくれました。
 安来節をはじめてちゃんと見せてもらいました。

 三つ目は「阿波踊り」(東京高円寺華純連)の子供たちからご年配の方まで、鳴り物と踊りとものすごい迫力だった。
 桟敷席では遠すぎて、この体験はできない。手がとどくところで見せてくれるのだから、踊り手さんたちのしたたる汗が飛んでくる距離の近さである。高円寺に半世紀以上住んでいても、これほどちかいところで見せてもらったことはない。

 母は、太鼓の音に合わせ、安来節のリズムに合わせ、阿波踊りの腹に響く音に合わせて手でリズムを取っていた。
 こんな母の楽しむ姿は生まれてはじめて見せてもらった。

 とにかくその場から離れようとせずに、最後まで2時間楽しんでいたのだった。

 終わってユニットのディルームに戻ってから、介護士のかたがたに「十分みせてもらったの、楽しかった」はっきりした声で話しかけていた。
 その前にも、会場で隣あった方に自分からなにかしら話かけていたわけだから、相当に気分が良かったのだろう。

 私としては、何も言わずに施設に入所させてしまったことへの後ろめたさがあって、最近になってからもつれて帰ることも脳裏をよぎった。
 しかし、今日の母を見ていて、入所させてもらってよかった!と胸を撫で下ろした。
 家にいたのでは、こんな楽しい思いはさせてもらえなかった。
 身障者の方や、認知症の方、その家族、家族に連れられた子供たち、総出のスタッフのみなさん……さまざまな人たちがニコニコ楽しんでいるお祭りに参加できたことは、92歳の社会デビューとしては素晴らしい体験だったに違いない。

 私のからだの中から、滞こっていた澱のようなものが、すーっと抜けていくのを感じている。
 こんな展開になるとは想像もしないことだった。
 前にも書きました。
「人生は、最後まで捨てものではない!」
 のであります。

 ありがとうございます。
 FBには何枚かの写真をアップしました。
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