羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

ノクターン・遺作

2005年08月31日 08時53分43秒 | Weblog
 小雪さんが赤いドレスを着て「プラズマにいらっしゃい」というコマーシャルを覚えていらっしゃいますか。
 このCMに新しいバージョンができました。赤から黒へ。衣装を着替えて猫族の媚態を、小雪さんが披露しています。
 このテレビコマーシャルのバックで流れているのが、ショパンの「遺作」ノクターンです。この曲は、「戦場のピアニスト」でも演奏されていたものなのでご記憶の方も多いかと。トリルがすすり泣きを想わせる印象深いメロディーが心をとらえてはなしません。
 
 では、昨日の話の続きです。
 この「トリル」は、trという記号で音符の上につけます。ついている音符の長さ分だけ引き続けます。たとえば「ド」の音符の上にあれば、ドレドレドレドレ…、と演奏します。
 常々思っていることがあります。
 トリルは、歌やバイオリンではビブラートと同じものではないかと。
 モンゴルのホーミーの発声、日本の民謡の発声、歌謡曲の発声などは、かなり強烈なビブラートを使います。
 またバイオリンに代表される弦楽器は、ビブラートなしでは、音楽になりません。
 ピアノに目を転じれば、ピアノのおばあさんにあたる「クラビコード」という楽器があります。これはバロック時代の楽器です。この楽器の機構は、ピアノと同じ打楽器です。弦を下からたたくハンマーで音を出します。混同されやすいのが、同じバロック時代の「チェンバロ」です。しかし、チェンバロは、弦を引っかいて音を出す、撥弦楽器です。ですからピアノは、チェンバロよりもクラビコードに直接的な起源をもっていると楽器の歴史は伝えています。
 
 実は、このクラビコードの弦の張り具合は、ピアノとは比較にならないくらいゆるいものです。今でこそ金属弦を使っていますが、かつてはガット弦。羊の腸の弦を使用していました。そこで、同じキーを細かく上下させるとビブラート奏法が可能です。この楽器のもつ独特の味わいが生かされているというわけです。

 ビブラートというのは、人の感性になくてはならない「ゆれ(揺れ)」そのもの。喜びにも悲しみにも、人は泣きます。「心が千千に乱れる」などという心情を音楽で表すときは、やっぱりトレモロ(トリル)ってことでしょう。
 
 このトリル奏法は、同じ指で長く弾き続けるととってもくたびれるので、モーツアルトは、あの指使いに気付いたのでしょう。1の指をところどころに挿入するという発想は、スゴイ!
 野口体操で言う、ひとつの筋肉を長い時間緊張させない「おへそのまたたき」の原理をモーツアルトは知っていたのです。
 因みに、モーツアルトが演奏旅行に出かけるとき馬車に乗せて移動し、宿屋のテーブルに置いて練習をするという持ち運び可能なクラビコードを「ライゼ・クラビコード」と呼んでいます。この楽器は、ピアノが優勢になった18世紀になっても、ドイツの家庭では、愛好されていたと聞きます。その可憐な音ゆえに。

 ショパンがトリルを多用するのもわかるなぁ。
 幽そけき音に、すすり泣くのは、やっぱり小雪か。
 プラズマはなかなかに憎い。
 
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打鍵

2005年08月30日 08時13分54秒 | Weblog
 パソコンに向う。
 はじめのうちは、漠然として、輪郭のぼやけた言葉しか出てこない。
 でも、何となくのテーマは、頭の片隅に浮かんでいます。
 それが、打つうちに、次第に話の輪郭が見えてくると、思わぬエピソードも喚起され、調子が出てきた証拠です。
 
 ところでパソコンとピアノを弾くことには、共通性があることに気付いたのは、二台目のワープロのときでした。
 文章を書き込むうちに、思いや・エピソードや・言葉が、頭の中で絡まってはくっつき、くっついては離れるうちに、最初のテーマから大きく湾曲する場合もあったりして、物語が思わぬ展開を見え始めるころには、キーボードを打つ指に、力が自然と入ってきます。
 
 さらに書きたい気持ちがたかまると、指の動きはスピードを増します。
 言葉が、指の連打に伴って、次々に浮かびます。するともう、指が言葉の速度に追いつかなくなります。ミスが起こるのは、そんなとき。そのまま何度も校正をすり抜けて、印刷されたときの悲劇は、目も当てられないことも過去にしばしば。(どんなときにもある種の冷徹さは必要といつも思いながら、同じミスを繰り返すわけで、トホホ、ほっ)
 
「ピアノじゃないんだ」と分かっていてもそうなってしまうのは、からだに染み込んだ習い性に違いありません。打鍵の強弱は、内容を表現すること、思いをパフォーマンスすることとは、関係はないんですけどね。思いと指の動きが一致しないと、パソコンも自分の世界になってくれません。
 おかげで私のキーボードは、ガタが来るのが早いかな、と心配になってもやめられない。こんなに力を入れなくてもいいのに、と思いつつ今日もピアノタッチで打っています。
 
 そうそう同じキーを連続するときには、モーツアルトのトリル奏法がおすすめです。
 おせっかいですが、指使いをお教えしましょう。
 132・132の連続です。1は親指、3は中指、2は人差し指です。どんなに長い音符の連続トリルでも、粒の揃った美しい音に表現したいときには、この指使いがいちばんです。
「エッ、あなたどんな指使いでパソコン打ってるの?」
 そうです。ご推察通り、規則正しく決められたキーに指を置くうち方でないことは確かです。
 
 ところで、締め切りが迫った原稿を打ちながら、力が入ってこないときが最悪。
 何を書いてよいのか、途方に暮れて左手で頬杖をつき、右手がキーにおかれたまま、目はおぼろげに真っ白なデスクトップを見つめている。時計の秒針の音が、時間の経過にしたがって、だんだんとフォルテに音量をあげていくように聞こえる時の恐ろしさは、言葉にならない。
 
 というわけでキーボードには可哀想ですが、華麗なピアノタッチのときはノリノリのときってわけですね。多少のミスタッチもゴメンなさい!
 では、また明日。
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夏の名残に

2005年08月29日 09時12分51秒 | Weblog
 グサッと包丁を入れる。
 「オッと、もう一度」
 グググッとさらに深く差し込む。
 「なかなか実がつまっているわ」
 一気に割れない手ごたえに、なるほどと納得する。
 昨日、届いた西瓜の切れ味であります。
 尾花沢は西瓜の産地として有名であるのだが、最近はちょっとした異変があるらしい。

 異変とは、果物にも流行があるらしいということ。
 デザートとして使われる果物の定番はメロン。メロンの命は長く、フルコースの最後にはメロンというのがお決まりでした。今でも、その地位は不動の感はありますが。20年くらい前になりますか。西瓜の品種改良がすすんで、とうとう小玉西瓜を生み出しました。それから、メロンもいいけれど、西瓜もいいね。というわけで庶民の夏の果物が、高級化したのでした。
 
 それが輸入果物も、空輸されるようになって、メロンから小玉西瓜からマンゴーへと。味覚にも流行があるらしい。海外旅行で、新しい味覚に目覚める人が増えたことも大きな要因とか。
 とにかく沖縄のマンゴーを中心に、人気が上昇中。
 
 しかし、夏の果物といえば、やっぱり西瓜が好きだ、というかたも多いのではないでしょうか。
 ところが西瓜にも流行があるのだそうです。
 品種改良を重ねて、皮の近くまで甘い西瓜であるとか、種が少ない西瓜とか、皮が薄い西瓜とか、エトセトラ!  
 で、尾花沢の昔ながらの西瓜が、新しい産地におされ気味だと聞きました。
 
 では、ちょっと味見。包丁片手に、冷やしていない西瓜を試食。
 「おいしい」
 尾花沢は西瓜の産地だ。
「これを今年の食べ収めにしておこう」
 冷蔵庫で冷える時間が待ち遠しい。
 
 いよいよ、8月もあと3日となりました。
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夏の思い出、この豊かさに耐えられるか

2005年08月28日 11時07分45秒 | Weblog
 子供のころの夏の思い出に、行水があります。
 庭にたらいを持ち出し、水を溜め、日向にしばらく置いて、ちょっとだけ温まった水で行水をする。蝉の鳴き声。草や木が放つ夏の匂い。夕方とはいえ、まだまだ暑い。そこに風が風鈴を鳴らしながら吹き込んでくる。
水気をぬぐって、シッカロールを首やわきの下にたたいて、浴衣を着る。毎年夏になる前におばあちゃんから手縫いの浴衣が届けられていて、母が用意してくれている下駄を履くと、準備完了というわけです。
 昭和30年初時、まだまだ日本は戦後でした。
 家の中を見回すと、戦前の暮らしが残っていたし、電気製品などはほとんど数えるほどでした。
 
 さて、それから十八年後の昭和48年(1973)から平成12年(2000)までの産業・運輸・民生部門の最終エネルギーの変化を描いたグラフによると、昭和48年を100とすると、産業が107、運輸が209、民生が207と二倍以上になっています。
 因みに野口三千三先生の『原初生命体としての人間』が三笠書房から出版されたのは、昭和47年(1972)です。当時は、哲学・社会学等々の新進学者を中心に、一部の進歩的文化人の間で密やかにもてはやされた著書でした。平成になってから、再び、著書や野口体操への関心が高まったことと、エネルギー問題とは、因果関係が成り立ちそうです。
 民生部門、つまり私たちの暮らしにかかわるエネルギー消費が、48年当時比べて、二倍以上になったこと。それによって将来の不安が歴然とした数値に表れる時代になったこと。
 もっと驚く数値があります。それは、数年前に群馬県医師会が1000人の五歳児の生活習慣病調査結果です。
 肥満(標準より20%以上重い)82人
 血中コレステロールが高い55人
 動脈硬化の傾向52人
 高血圧の傾向43人
 40年前なら50代・60代になってあらわれた症状が、5歳の幼児のうち5%に現れているという報告です。

 この数値が語るものは「文明の豊かさとは何ぞや」と問いかけていると思うことしきり。
『原初生命体としての人間』が包摂する内容は、この問いへのひとつの答えかもしれないと思う昨今であります。
 
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阿波踊り

2005年08月27日 11時55分28秒 | Weblog
 八月も残すところ僅かとなりました。
 夏を惜しむように鳴く蝉に、祭り太皷の音が聞こえてきます。
 私の産土様は、東京・新宿十二社にある熊の神社。浴衣に着替えて、山車を引いたことを思い出します。夕方になると、近くの広場で盆踊りが始まります。いつも一番乗り、最後まで踊り続ける子供だったなぁ~と、記憶にしっかり残っている夏祭りでした。
 当時は日本舞踊を習っていて、まわりの大人たちが「操ちゃんの盆踊は、どっか違うね」とほめられることが嬉しくて、眠気もとんで何時までも踊り続けたものでした。
 踊るうちにある境地に入っていきます。音が遠くなり、目に映るものもぼんやりして、気が遠くなるようでありながら、踊る自分の意識だけが鮮明になってゆきます。
 
 そういえば、東横ホールで地方さんを背に「藤娘」を踊ったときも似たような感覚に浸っていました。舞台は大きいほうが気持ちいい。
 一度その味を知ってしまうと、ダンサーや役者を辞められなくなる媚薬のような快感を、幼くして知ってしまった私。
 ま、日本舞踊は理由があってやめさせられましたが。
 今となっては、盆踊りとともに、いい思い出。
 
「踊る阿呆に見る阿呆、どうせ阿保なら踊らにゃ損損」
 阿波踊りの季節です。
 実現こそしませんでしたが、「野口体操連をつくってみたいな」と、阿波踊りがお好きな野口先生でしたっけ。
        
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気恥ずかしさ

2005年08月26日 10時04分35秒 | Weblog
 戴いたコメントからリンクできる龍村仁監督のエッセーに、Hというイニシャルで、私の手紙が一部引用されていました。すっかり忘れていて、恥ずかしいわぁ~、と思った次第。
 30歳過ぎたら、やたらに手紙は出さないこと、という先達からの言い伝えがあります。このとき40代だったかな、と指折り数えながら、確かに、と頷いています。
 でも、まんざらではない感じはどこから来るのかしら?
 
 龍村監督とのご縁を戴いて17年。 
 あっという間の時の流れに、来し方をふり返ってしまいます。
 この「3分CM 野口三千三」がきかっけになって、先生は、「野口三千三授業記録の会」で、ビデオを中心とした記録を残すことに同意してくださいました。
 歴史に「もし」という言葉は禁句かもしれません。
 でも、あえて「もし、龍村監督と出会わなかったら」といってみると、野口先生の授業記録を残すことは、不可能だったと答えがかえってきます。
 因縁・奇縁・良縁・合縁・悪縁・腐れ縁・結縁・血縁・宿縁・俗縁・離縁・無縁・昔縁、「縁」をあげたら切りなくありますね。人は人とのつながり・関係のなかで生きているってこと!
 野口先生の「唯関係論」は、宇宙論でもありましたっけ。
 
 もう一通のコメントにもなるほど。
 乗り物って、命を預けている物なのだ! 乗り合わせるのも縁ですね。

 「乗り合わせる」で思い出したことがあります。
 野口先生が日常的に乗っておられた都電荒川線は、漢字の権威・藤堂明保氏も早稲田に出講するたびに乗っていらっしゃたそうです。野口先生は大塚で下車、藤堂氏は面影橋まで。お二人が顔をあわせるのは、短い時間のことですが、何時のころからか会話を交わされるようになりました。
「藤堂さん、貞は、きくと訓(よ)むことも可能ですよね」
「え、そうですか。どういうことですか」
「大和言葉の語源をたどってみると、可能どころか、僕としては、きくがいちばんだと思うんです。今度、書いたものを読んでいただけないでしょうか」
「ぜひ、拝見したい」
 そうしたことがきっかけになって、藤堂氏が編纂された『漢和大字典』学習研究社刊には、訓として「きく」が入っています。 
 お二人とも鬼籍に入られてしまっていることに感慨無量。

 今日はこれまで。
 

 
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思わぬ出来事に遭遇することも…そんなとき

2005年08月25日 09時01分30秒 | Weblog
「ただ今、神田駅で人身事故発生により、この電車は四ッ谷駅で停車します」
「またか、まいったなぁ」 
 という声にならない声と表情が、車内の空気をかえました。
 昨日の朝の出来事です。
 所用で、電車に乗り合わせていた私もうんざり。四谷で降ろしてもらえるからいいとしなきゃ、と気持ちを切り替える。
 
 震度5の地震がおきた日は、朝日カルチャーのレッスンで、住友ビルにいました。
 幸い教室は4階だったので、それほどの恐怖感も、エレベーターが止まっても何とかなるというゆとりがありました。

 いつどこでどういうことに遭遇するのかは、まったく分かりませんね。
 で、そのときのレッスンでお話したことは、野口三千三先生の習慣でした。

「必ず、エレベーターや乗り物に乗る前には、トイレに行っておくのよ」
 そういえば、レッスンや授業の始まる前、そしてそこを後にする前には必ずトイレによっておられる先生でした。その日のレッスンでのこの言葉は、実に説得力がありました。
「私も何時からかその習慣が身につきました」といかにも自慢げに話してしまったわけで。

 些細なことと無視せずに、習慣になさること、オススめ!

 さすが「からだは、いちばん身近な自然」とおっしゃる先生の行動ですね。

 何事も ない日々の ありがたさかな なんちゃって。
 といえる日々が続きますように 
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野口三千三を読む-2-

2005年08月24日 07時58分19秒 | Weblog
 昨日の「野口三千三読む」に、嬉しいコメントをいただきました。
 そしてメールで、セゾングループに関する情報もお寄せいただきました。
 堤義明氏の異母兄である堤清二氏のセゾングループは、今回のコクド・スキャンダルとは別で、過去に不動産事業の失敗からグループの命運を危うくしましたが、清二氏はご自身の資産を提供したうえで一線を退き、経営者としてのけじめをつけたことが、好意的に評価されているそうです。
 
 二時間ドラマに挿入されたこのCMは、まったくコマーシャルの体裁をとらず、これだけでも文化として成り立つ素晴らしいシリーズでした。さすがに文化人経営者のセンスが光っているものです。
 しかし、経営と文化活動の両立はなかなか難しいものがあります。結局、野口先生ご出演のCM撮りがされたときには、すでに打ち切りが決まっていて、監督の龍村仁氏も、最後の仕事として誠心誠意、制作に臨まれたものでした。
 
 その後、仕事を失った龍村監督は、途方にくれた末、「ガイアシンフォニー」の発想を、この「3分CM 人物映像ドキュメンタリー」に得て、現在までに5作のシンフォニーを世に生み出されています。

 一方の堤清二氏は辻井喬のペンネームで長編作品を書かれ、作家として素晴らしい仕事を残していらっしゃいます。
 
 「野口三千三」の人となりを紹介したこのCMは、3分でありながら野口体操のエッセンスをみごとに描ききって、亡き後も往時を偲ぶよすがどころか、野口体操の真髄を伝える貴重な映像資料となっています。

 何が災いし、何が幸いするのか、これは神のみぞ知る人知を超えた大いなる力が働くもの!
 ひとつの作品が生まれるには、それにまつわる人々のドラマが、作品以上にドラマティック! 
 これがまさに人生そのもなのであります。
 
 10月からの「野口三千三を読む」では、文献を読み解くことではなく、生きた野口三千三を掘り下げる講座にしたいと考えています。
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野口三千三を読む

2005年08月23日 07時46分14秒 | Weblog
 野口体操講座が、朝日カルチャーセンター・東京に開設されて27年。
 野口三千三先生が亡くなられて、7年5ヶ月が過ぎようとしています。
 48階の住友ビルにはじめて先生とご一緒したときのこと。
 高層ビルに慣れない先生は、講座を引き受けてしまったことに後悔なさいました。
「高所恐怖症なのよね」
「エッ、ホント」目を丸くした私は、当時20代最後の年でした。
 ところが何回か通っているうちに、48階からの眺めに
「なかなかいいね」

 それから月日もたって、1988年ごろだったか、龍村仁さんが作られた「3分CM・人物映像ドキュメンタリー 野口三千三」に出られたとき
「東京だって自然界」
 という名言を残されました。台風のあとの強風のなかでビル街を颯爽と歩く先生の姿は、70代とは思えない動きを見せてくれました。
「007みたい」と言った方もおられたほどです。

 このCMはたった一回ドラマのなかで放送されたもので、そのとき養老孟司氏も一緒にご出演でした。東大の標本室の映像も流れていたことを、懐かしく思い出します。

 このCM提供は西武セゾンでした。またくコマーシャルとはわからないつくりです。「人と仕事」を3分で紹介するだけのもの。
 あれから17年、西武王国は崩壊しましたが、CMは残りました。
 因みに、この「野口三千三編」は、「ライアンワトソン編」とともに、賞を戴いたそうです。

 さて、こうしたご縁がある朝日カルチャーで、10月期から「野口三千三を読む」をはじめます。初めての試みです。
 詳しくはまた明日。
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初めての物語-14-

2005年08月22日 12時46分44秒 | Weblog
 五木氏の「制御」と「宗教」については、1990年代後半以降のエッセーをお読みいただきたいと思います。
 殊に、大阪・御堂筋を宗教から読み解いていく語り口は、やさしくありながら、現代社会への警鐘をならしているエッセーです。
 
 毎年、7月7日七夕にちなんで池袋の地下道には、笹と短冊が用意されて、通りすがりの方々が、願いを書き込んで枝に結びつけています。この枝に願いを書いた短冊を結びつける行為が、「操」の字源です。
 
 何を隠そう、私も短冊に願いを書きました。
「いつか、五木さんに会えますように」と。2回目の七夕の祈りです。

「初めての物語」は、これでしばらく休憩にはります。
 
 明日からは、日記風に綴ってみたいと思っています。
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初めての物語-13-

2005年08月21日 11時37分51秒 | Weblog
 昨日は、夏休み明けの朝日カルチャー教室でした。
 このブログ開設をお知らせしていなかったにもかかわらず、読んでいてくださった方々に感謝!

 さて、「制御」としての筋肉について、昨日のレッスンでも「腕たてバウンド」を中心にすすめてみました。私自身の体験からも、筋力の弱い人のほうが、難しい。ところが、筋力のある男性でも、実のところ、「落としすぎないために働く制御としての筋肉に溜められたエネルギーが、はずみのエネルギーになっていく」実感をもつのは、なかなかに大変そうでした。
 
 結局、そうしたからだの使い方をしたことがなかった。いや、実際には、無意識にやっていることだとはおもいますが。意識的に捉えなおしてみたことがなかっただけかもしれません。

 いずれにしても、人生の機微にかかわってくる「制御感覚」は、面白いことでありませんか。

 五木氏だって、齢を重ねてきてから、「制御」と「宗教」とのかかわりを語られるようになったわけで。
 ある年齢に達して、初めてその重要性に気付く。気付いたときはちょっと遅い?ってことはないですよね。

 いくつになっても初体験ということは、胸をドキドキさせるスリリングさがあっていいですね。

 というわけで実際のからだで「制御感覚」を磨いてみるのは、遅いということはなさそうです。

 野口三千三先生の言葉に『今からではもう遅い。しかし、今からでも遅くはない』その間を行ったりきたりしながら、ぼちぼち野口体操を「本気でその気になって」やっていきましょう。

  おっといけません。野口体操では、「頑張れ」は禁句でした。
 皆様、したたかに、つまり「下確か」に。
 
 遅ればせながら残暑お見舞い。
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初めての物語-12-

2005年08月20日 12時46分06秒 | Weblog
 野口体操の動きの探り方で、分かりにくいのが「制御としての筋肉の働き」です。力を抜けば落ちるだけのからだを落ちすぎない・落としすぎないために筋肉は制御として働く、という考えと実際が、観念的でわからない方が多いようです。観念ではないのですが、体験してみないとそれは観念に過ぎません。
 
 もうひとつ筋肉の働きは「動きのきっかけをつくり、動き始めてからは微調整するだけ」というありかたも分かりにくいらしいのです。
 からだをひとつの塊として考え、大きくまとまった力が「力」だというベクトルとは逆方向を探っているからかもしれません。からだのなかを細かく分ける。「差異」を生み出すことが動きなのだ、という考えは、従来の体操にはなかったことかもしれません。では、まったくないのかといえば、ないわけがはない。言葉にしなかっただけではないでしょうか。つまり、言語化(意識化)したかどうかの問題です。
 
 実は、野口三千三先生ほどからだの動きについて、言語化をされた方は少ないと思います。それでも言葉にならないところに体操の本質があると考えておられたところが、先生のいところです。言語化にトコトンこだわってみる。言語を含むイメージを大事にしてみる。
 
 五木氏は「記録は消える。しかし、記憶は残る」と話していらっしゃいます。
 一般には「記録は残る。しかし、記憶は消える」かもしれません。
 生きること・人間が動くこと、その人間の歴史をどう捉えるのか、そのベクトルが問題です。
 文書として・文字言語として残されていることの裏には、どれほど多くの出来事や思いがそぎ落とされてしまっているのかを、いつも念頭において、歴史を読む姿勢が大切です。
 
 そして、文献にないことは正当に扱わない学問は、「人間が生きる」こと、そのもののいちばんの核心を落としています。往々にして「きれいな論文」に仕上げることだけが目標になっているようです。

 何事も言語化するということ、物語るということは、非常に危ういことであると考え、野口三千三先生は常に「からだに帰ること」、最後は「自分のからだの実感へ落とし込んでいくこと」を大切にされていたのだと気付かされます。
 つづく。
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間奏曲

2005年08月19日 12時39分07秒 | Weblog
 オペラの間奏曲には、なかなかすてきなものがありますが、「初めての物語」は今日はお休み。

 新聞記事をご紹介します。
 朝日新聞、8月18日朝刊です。
 「癒やし」ビジネス急拡大:マッサージのテーマパークも 娯楽の場へと「進化」
 週末には家族連れやカップルで賑わい、「ストレス解消をグループで楽しめるレジャーとして提案した」という施設役員の談話。
 何でもありの時代。完全な個室にしないで、テーマパークを演出しているらしい。
 ダラーとした姿を人前でさらすなんて恥ずかしい、という気持ちはなくなった
んでしょうかね。電車のなか化粧をはじめ、あらゆるところで話しまくる携帯電話、プライベート空間がどんどん外の見えるところに進出する現象が続出する昨今。これからどうなるのか。老婆心でへろへろです。
 
 大学の野口体操の授業の中で、いちばんの人気は「野口流マッサージ」ですから。若者はつかれている!?
 元気なのは中高年層ばかりでは、将来の日本がとっても心配。
 
 まぁ、癒やしビジネスなってものが成り立つ時代は、平和なんですかね。

                
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初めての物語-11-

2005年08月18日 12時27分17秒 | Weblog
 野口三千三先生が大事にされていたことに『非意識の自動制御能』という考えがあります。制御のありかたとして、「意識的な制御」の限界をご存知だったのでしょう。すべてが意識で解決でき、努力目標が努力に見合っただけかえってくる、と人は思いたいのが人間です。でも、現実は必ずしもそうとは限りません。
 ものすごくいい動き・いい結果が出たとき、むしろ意識が勝っているというより、言葉にはならない、非意識状態のなかで生まれてくる現場を私たちはたくさん目にしています。インタビューに明確な言葉が出ない選手の姿は、代表的なものです。
 思いがけず、よい結果が出てくる。では、まったく努力なしにそうなったかというとそではありません。それまでの積み重ねは、一言ではいいきれない時間とエネルギーがつぎ込まれているはずです。
 その上で、ある状況におかれたとき、意識を超えたコラボレーションがうまれて、素敵なことが結果となってあらわれてくるだけのこと。思いがけないコラボレーションは、意図して生まれるもではなく、偶然の範疇にかぎりなく近いところに位置することなのかもしれない。
 意識的な行動というものは限界がある、だから「非意識の自動制御能」が働く方向での練習の在り方を、先生は探り続けいておられたように思います。

 素晴らしいブレーキ機構をもつ車でも、運転するのは人間ですから、どのような制御の在り方がその時々にいちばんいいのか。
 
 きっと人生の機微を痛く感じるような、スリリングな経験も時にしておくこともありかな!? 
 「夜の世界」は、かなり微妙な人間の本性を描いた「含蓄ある短編なのですぞ」。
 あぁ~、とうとういってしまった。

 つづく。
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初めての物語-10-

2005年08月17日 10時39分11秒 | Weblog
 スピードを出すときは出しブレーキを踏むときは踏む、人生においてもメリハリが大切、という素敵なお便りありがとうございます。

 月曜日・8月15日は、大安だったので、新しい本の原稿を書き始めました。
 で、このブログを書くことが、食前酒のようだわ! と最近になって気付きました。日常の間から、ひとつ「書く」という行為に入る前に、ひとつ手前の空間で、舌と鼻と目と耳と皮膚と、五感に加えて「イマジネーション」というもうひとつの感覚を加えて、かるく日常を揺すってみる。
 デスクトップにおいた新しいファイルを開けて、原稿を書き始めるまえに、ブログをひらくこと。それが私の食前酒感覚なのかもしれません。

 では、「夜の世界」今日のお話を。
 車にブレーキがなければ、車とはいえない。 
 この「制御」の問題は、野口体操の筋肉の捉え方に共通しているように感じられたのは、昨年のことでした。
 落ちすぎないために制御として働く筋肉の働き方。巧みさに通じるような筋肉の働き方について野口体操と従来からの体操をちょっと比べてみましょう。
 実は、従来からの体操は、「巧みさ」という運動能力について、あまり細やかな洞察がされてなかったように思います。それは、スピードや力強さや持久力は、測定可能・数値化可能、記録もできる性質のものです。ですから競技会で勝ち負けがはっきりと決められる身体的能力として際立っています。 
 しかし、人生のメリハリにも通じるような要素を内在させる「巧みさ」は、アクセルとブレーキの微妙な関係を、自分自身や自分を取り巻く「間合い」のなかで、直感し体感し、即刻、動きに(パフォーマンス)にしていける人間の能力ではないでしょうか。これは数値化や測定とは、異質で多様な要素を潜めています。
 まるごと人間としての魅力。何となく「いい感じ」というような言い回ししかできないようなこともあったりして。
 
 からだの動きの滑らかさは、力を抜けば落ちていくだけのからだを複雑に制御する働きとしての筋肉の感覚を磨くことから生まれる。そのことを野口三千三先生は晩年になって強調されました。先生が最後に求めていた「からだと重さ」のかかわり方の真髄のように思えてなりません。
 
 若き日の「夜の世界」から、「運命の足音」ほか重いエッセーを書かれるようになった作家が、制御のことをさかんに話され、テーマにされていくそのもとに、野口三千三先生と同じ調性で作曲された通奏低音を聴きはじめて、一年が過ぎようとしています。
 この通奏低音のうえにどんな旋律が乗っているのか、双方からアプローチしてみたいなぁ~、とひそかに思っていた一年。
 
 今年もまっさかりの夏、暑さに浸りながら、このテーマをおっていることが鮮明になりつつある「羽鳥操の日々あれこれ」です。

 つづく。
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