羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

テレビ東京 朝は楽しく! 生出演して…

2006年03月31日 12時20分37秒 | Weblog
 昨日の番組は、「朝は楽しく! 心とからだにイイ暮らし自分を磨く木曜日」
 健康情報を紹介する木曜日。
 昨日、3月30日は8時から「野口体操」が取り上げられた。

 そこに呼ばれた私は、テレビの生番組初出演だった。
 何もかも初めての体験だったので、準備段階であれこれ考えて、いただいた台本をもとに、話す内容原稿まで前の晩に書いていた。
 ところが、板に乗ってしまえば考る暇はない。
 実際のところ、書いた原稿をそのまま話すことは全然なかった。
 とにかくとんでもない緊張もせず、かといって意識低下や思考停止もなく、やり取りのなかで浮かぶ言葉を、何気なく語りかけていたように思う。
 こういう時の意識状態をあとから、言葉にはしにくいものだという体験をした。

 一方で、話には聞いていたが、製作側スタッフの神経の使い方をみていると大変な仕事だとつくづく感じた。
 実際にスタジオに立って、話の進み具合で伸びたり・縮んだりする時間を、秒・分刻みで調整しながら番組をつくり上げていく。
 まったくもってスリリングな仕事場だった。
 
 私はゲストだったから、それほど神経を使わずに、なんとなく全体の流れに任せて乗っていただけだった。しかし、進行役の辻さんは、毎日、この仕事をこなしておられるわけで、凄い! 
 
 昨日は、全体の流れは女性のアナウンサーの方とリポーターの方で押さえてくださっていたから、そこに戻っていけばいい。そのほかについてはかなり自由度があった。
 辻さんやアニマルさんの言葉やリアクションは、予測できなかったし、台本通りにはいかないのは当然のことなのだということも知った。
 
 実に、57歳になる10日前に、貴重な体験をさせていただいた。
 何事もやってみなければわからない。それは本当だった。
 周到な準備があって、その時・その場での臨機応変な対応が求められる生放送。
何が面白いって、一緒に番組をつくり上げていく人と人との関わりの微妙なやり取りの中で、ちょうどいい間合いを意識的でなく、自然に感じとっていくのは綱渡りだ。

 さて、終わってみてどのような番組としてお茶の間に運ばれたのかは、その場にいた私には判らないという経験も貴重だった。
 これは、あとからビデオで見るしかない。
 でも、正直な気持ち、見たいような見たくないような、ちょっと怖い感じなのよね。
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アニマル浜口さんの見事な筋肉

2006年03月30日 19時10分11秒 | Weblog
 朝の生番組は、4時起きだった。
 まず、したことは体操。
 それから味噌汁をつくって、昨晩のうちににぎっておいた「おむすび」をチンとあたため、お茶と羊羹を卓袱台に並べた。
 正座して、朝食をしっかりとった。もちろんトイレは順調に済ませた。
 それから着替えをし、5時15分に家を出た。
 
 そこからの詳しい話は、少しずつ連載したい。

 まず、今日は、いい出会いだったとだけを記しておきたい。

「辻よしなりさん、ありがとうございます」
 この場を借りて、お礼を申し上げたい。
 柔らかくそして鋭い感覚の持ち主で、予想以上の素敵な展開を実現してくださった。

 そして、スペシャルゲストのアニマル浜口さんの筋肉のすばらしさは、そのままお人柄のすばらしさだった。
 CMタイムに、気遣う言葉をいろいろにかけてくださった。その短い時間に、はじめて出会った私と、絶妙な関係をつくってくださるのは、さすがに一流のアスリートでいらっしゃる。
 
 実際、番組が進むにつれて、浜口さんの変化は、ご覧になっておられた皆さんに強烈な印象を与えられたのではないかとおもっている。
 生番組のスタジオでも、ほんとうに力が抜けるご自身の身体を、素直に味わってくださった。
 力が入った状態の「硬い筋肉」と、力が抜けた状態の「柔らかい筋肉」の見事な対比が、私の手の感覚としてしっかり残っている。
 緊張と弛緩の鮮やかな変化をこれほど感じさせてくださった方は、始めてだった。

 ほっと一息ついている。
 これからテレビ東京のメーク室で、結い上げていただいた髪をほどこうと思っている。
 
 この続きは、また、明日。

 
 スタッフの皆様、ありがとうございました。
 おかげさまで、いい一日が更けていきます。
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記録と記憶 2ー藪蛇

2006年03月29日 08時30分44秒 | Weblog
 言葉の表現というのは、難しい。
 言葉にした途端に、違うものになる。
 言葉にした途端に、本質が指の間から砂のようにこぼれてしまう。
 現実は矛盾を孕んでいる。
 一つ一つの言い方は間違っていなくても、全体を通すと矛盾があらわれる。
 いちいち状況説明や条件を述べてからある一つの言葉を使うと、煩雑になって話がややこしくなる。結局、切り落として話を進めていくことになってしまう。

 一つをざっくり切り出して、そこ中心に話をすすめると、論理的には矛盾はなく話をすすめることは可能だ。しかし、それでは事実も真実も語っていることにはならない。
 野口先生は、ずっとからだ・ことば・うごきの間で、ご苦労されていたのだと思う。
 
 とくにそのことは、動きの命名に現れる。
 一つの名前を与えてしまうと、それで固定され、動きが一人歩きする。しかし、一人歩き始めたら、それを止めることはできない。
 と言って、名前をつけなければどうなるのか。それは、とても不便だ。

 たとえば「寝にょろ」という動きがある。
 ある人がその動きを見て、蛇を連想する。はじめに入った印象は強烈で、刷り込み現象がおこると、「蛇の動き」が、一人歩きする。運動の名前も「寝にょろ」だから、蛇に結びつくはいたって自然だ。これは外側から見た印象だが、間違ってはいない。
 
 では、そのときのからだのなかで起こることはどうかというと、これは液体的なイメージで、池に石を投げると波紋が外側に拡がっていく感じだ。
 
 そこで揺すってもらっている人の実感は、どんな感じなのかというと、おそらく蛇でも水でもなく、「気持ちがいい」である。
 この「気持ちがいい」という一言のなかには、十人いれば十人の感覚質がある。 つまり十のクオリアが存在する。
 結局、そこをつつくと藪蛇になる。

 自分が体験した野口体操の動きの記憶を、言葉の記録に残す作業を始めてみて「なんで、こんなことをはじめてしまったのだろう」後悔する。
 しかし、やってみなければ何もはじまらない。
 手を換え、品を換え、やり続けるしかない。

 今日の話、分かっていただけます?
 言葉の表現というのは、難しい。
 振り出しに、戻ってしまうというわけだ。
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記録と記憶 1

2006年03月28日 16時52分59秒 | Weblog
 1月期からはじまった火曜日・朝の野口体操講座は、今日で一区切り。
 今年になって開いた新講座で、当初の予想では、女性ばかりのメンバーをイメージしていた。
 ところが、実際に参加された男女の比率は半々だった。
 野口先生の時代は、女性優勢で男性は数えるほどしかいなかったのが、私の代になってからはともすると男性の方が多いという傾向が顕著になった。

 今回も開講して二・三回まで、男性は苦戦を強いられた。
「力が抜けない」のその一言である。
 
 授業のすすめ方としては、はじめて「テキスト」を使ってみた。
 使ったといっても、私が使っただけで、受講される方に読むことを強制したわけではない。
 
 テキストは『野口体操 自然直伝』の第一章を始から取り上げた。
 野口先生の語録をもとに自分で書いたものなのだが、すっかり忘れているとこもあり、いい勉強をさせていただいた。
 この本は、1999年に野口先生の一周忌・メモリアルとして柏樹社から出版していただいた。
 その後、しばらく絶版状態だったものを、その後書いたエッセーと論文を加えて、2004年に春秋社が再版してくださった。
 
 大学での授業は別として、他のクラスではテキストに添ってすすめることはない。はじめてのやり方で、途中、自分自身が縛られる感じがしたこともあった。しかし、はじめての方が対象の場では、こうした在り方も悪くないという印象を持った。
 予習・復習をしてくださる方がいらして、一ヶ月過ぎるころには変化が見られ、三ヶ月を迎えるころには、動きのイメージがかなりはっきりとされてきたようだった。

 ある年齢になっていままでやったこともない新しい動きを覚えるには、その動きの理論、もっといえば野口体操の価値観を理解されることが、必須条件とまでは行かなくとも、かなりの部分を占めていることは確かだ。
 言葉が喚起するもの・こと・うごきがある。
 からだ・うごき・ことばのトライアングルを行きつ戻りつ・行ったり来たりすることで、いつの間にか「動きが身につく」ということが起こるようだ。

 何事もやってみなければわからない。
 行動しながら感じとったことを源とする以外に、人間の理解は無理らしい。
 こうした野口体操を伝えることは難しいのだが、最近では遣り甲斐を感じている。
 
 人生、先の予想はたたないと、前のブログにも書いたかもしれないが、私自身、生きる道が「野口体操」に通じてくれるとは、30年前にまったく予測してはいなかった。
 今年の1月・火曜日に、はじめて出会った方々と、野口三千三先生のビデオを最後に見ながら、「野口三千三授業記録」を残しておいてほんとうによかったと実感した。
 野口体操には、書籍あり、ムービーあり、写真あり、なにより先生に直に接した方々のお一人おひとりにの記憶に生きる先生が、まだ存在している。
 たぶん、その記憶はまだまだ風化してはいないと思う。
 
 これからは、あらたな記録を残してみたいものだと、つくづく思っている。
 明日は、野口三千三先生の祥月命日である。
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ため息

2006年03月27日 08時57分36秒 | Weblog
 昨日のこと。
 分厚く立派な冊子が届いた。
 茶色に黒文字で『研究集録』40・2005年
 編集:日本教育大学協会養護教諭部門 
    全国国立大学附属学校連盟養護教諭部会

 表紙に記されている。

 手に取ったときには、なぜ、送られてきたのかわからなかった。
 パラパラとめくるうちに、野口体操を指導している自分の姿と受講しておられる先生方の写真と報告が載っていた。すっかり忘れていたが、昨年8月にお引き受けしたワークショップを受けられた山梨大学人間科学附属幼稚園 宮崎節子先生の記録だった。読んでみると、とてもよくまとめられている。
 
 この冊子は、創立40周年記念の式典と研究会がお茶の水大学で行われた研究発表報告書だった。
 そもそも私がここに出かけていったのは、三月で定年退官されたお茶の水女子大学の片岡康子先生に依頼されて、お引き受けしたことだった。
 添付されている名簿を見ると、日本全国から養護教諭の先生方がお集まりになったことがわかる。そして参加のお名前は全員女性名だった。
 なるほど、そういうことだったのかと、今になって納得している。

 文部科学省の技官の方、国立大学の教授・附属養護小学校・中学校・高校の先生方が、一同に集まって行われた協議会と総会だったことが、しっかり記録されている。
 日本の養護教育行政の全貌とまではいかなくても、門外漢にもおぼろげにも見えてくるものがある。
 
 あの日は、ものすごく大変な現場をお持ちの先生方と過した2時間だったが、とても明るく素直な反応を返してくださった。皆さん、野口体操を体験されて、力を抜くことの気持ちよさを味わっておられた。
 実際の現場で活かすのは、大変なことだけれど、少なくとも先生の感覚が変わることの大切さについて、終わった後に話しかけてくださった。

 ところで、「記録」は「記憶」を甦らせる呼び水だということを、冊子に目を通しながら感じていた。

「控え室になっていたお茶の水大学附属高校の校長室は、重厚な趣の部屋だったなぁ」
 この「研究集録」は、その部屋の内部の色合いや匂いまでも喚起させてくれる。
 一期一会のワークショップで、お目にかかった先生方の顔までもが浮かんでくる。
 もちろん、写真や文字では表しきれないし、言い尽くすことはできないけれど、記憶を掘り起こす手立てとしての働きは十分にあるのだと、冊子をしみじみと手にとって眺めている。
 
 そのことから考えさせられることがある。
 手元にある野口三千三先生の記録を、どのようにまとめ、残していくのがいいのだろう。
 
 珍しく腕組みしながら、ため息をついている月曜の朝だ。
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2006年03月26日 10時04分28秒 | Weblog
 昨日は、予告なしにお休みをしてしまった。
 朝から、朝日カルチャーでの二つの授業と取材の準備に追われていた。
 午後からは一つの授業をすませ、すぐさま次の教室に移動して板書もそこそこに、テレビクルーが入った授業ということで、ハイテンションのまま一日が過ぎてしまった。

 この場をかりて、昨日レッスンにご参加されたお一人おひとりに、お礼をお伝えしておきたい。
 朝日カルチャー土曜日クラスの皆様が、大人の対応をしてくださってありがたかった。
 雑誌の取材とは桁違いに大事の取材だったこと。
 はじめてのことなので予想がつかなかったのでご迷惑をおかけした。
 しかし、こうした経験をしてみると、テレビ番組が作られていく生の現場を体験することで、テレビの見方が理屈でなく変わってくれる一つのきっかけになるのではないかと思っている。

 今朝、目覚めて思ったことがある。
 それは、野口体操という組織があるわけでもなし、道場があるわけでもなし、形あるものはどこにもないのだけれど、野口三千三先生から引き継いだ「野口体操」という名の遺産はすごいものだという実感だ。

 思えば亡くなる10年前に「野口三千三授業記録の会」をはじめて、先生の記録を残してきたのだが、そのときそうした行動を促したものは「野口先生の思想と野口体操を残したい」というたった一つの思いだった。
そして、先生を失って途方にくれた。
「これからどうなるのだろう」
まったく予測も展望もなく歩き始めたが、今、思いもかけない展開のなかに野口体操が立ち位置を見つけ始めているような気がしてならない。
先生没後の私の思いは、それほど複雑ではなかった。
「せっかく野口先生の記録を残してきたのだがら、それを少しでも活かすためには、ある程度社会的に認知されていなければ、残した意味がなくなるのではないか」
 そしてもう一つは、「野口三千三授業記録」の活動に、誠心誠意かかわってくださった佐治嘉隆さんをはじめ多くのみなさんと、形のない野口体操を「いい在り方」で、共有していきたい。その上で、次の世代に伝えていきたいと言う思いだった。

 そうした理由から、外からいただく仕事はお断りせずに、できるだけ開かれた在り方をしてきたつもりだった。つもりではなく、そうしてきたのだと思う。
 ここでもう一度、足元を確かめてみたいと思っている。

 すると立ち返る時は、平成10年の3月である。
 先生のお通夜の晩、鶯谷・上野一帯は桜色に染められ仄かに明るかった。そして翌日の最後のお別れの日は、ご遺体を載せた車にしたがって町屋まで先生を守りながら続き、車窓から満開の櫻がはらはらと散る様を、無心に見つめていた自分がいた。
 その日から過ぎていった8年の歳月を、ゆっくり手繰り寄せてみたいと思っている。
 30日、「朝は、楽しく!」の本番が終わるまで、しばし、時を戻さずにということになりそうだが。
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2006年03月24日 10時07分02秒 | Weblog
 ある仕事を引き受けてしまった。
 今週は、その準備で、テレビ東京に出向いて、本番を見学したり、ディレクターと何度も打ち合わせをしたりで、一週間が過ぎてしまった。
 明日は、朝日カルチャーレッスンに、リポーターが撮影隊を従えてやってくることになっている。

 はじめての経験で戸惑うことも多いが、なかなかいい経験をさせていただいている。
 本番を御のぼりさん気分で見学しながら、朝の情報番組がどのように作られていくのかを知るだけでなく、私自身が来週はあの場に立つのかと思うと楽しみだった。

 テレビ東京8時「朝は楽しく!」30日・木曜日、オン・エアということで、しばらくは準備の毎日になりそうだ。

 何事も前向き考えてみよう、と心がけている昨今。
 このお話、野口先生の祥月命日が29日で、遡ること98年の4月1日が最後のお別れだっただけに、30日オン・エアということに縁を感じて、先生に背中を押されたような気がしている。

 没後、満8年。
 野口体操の新しい展開の一歩に、餞を頂戴したのではないかと思って、お引き受けしてしまった。

 明日、土曜のクラスにご参加くださる方々、ご協力をよろしくお願いします。
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赤い三角屋根の駅舎

2006年03月23日 15時20分17秒 | Weblog
 春は桜、秋は銀杏、そして四季咲きの木瓜が、道の両脇に色を添える国立。
 この街を開発した箱根土地(現プリンスホテル)が建てた国立駅舎の取り壊しが決まったらしい。
 この赤い三角屋根は、文教地区に指定されている国立の街によくマッチし、80年の歳月のなかで親しまれ愛されてきた。
 3月11日付けの日経新聞では、『国立駅舎保存「立ち往生」』、日経マガジン3月号では『消えいく「絵になる街」』という見出しで、報道されたのでお読みなったかたもおられることだろう。
 「桜と三角屋根」の取り合わせを目に焼き付けるのは、今年が最後のチャンスというのは、寂しいことだ。

 私が、国立に通っていたのは、昭和30年代から40年代。駅舎の向うには、青い空が広がっていた。それが写真を見ると、高いマンションの建物がニョッキリ姿を現している。
 時代によって人は変わる。街も変わる。
それはしかたがないことなのかもしれないが。
しかし、景観を残すことも土地のブランド力だといわれる時代なのだから、国立駅の風景を、なんとか残してもらいたいと思うのは、とっても素直な心情だ。この街を愛するものの一人としては、切望するのだが。

 いみじくも「日経マガジン3月号」では、国立と対照的な田園調布の場合を引き合いに出して、次のように結んでいる。
「東急などの私企業や商法講習所をルーツに持つ大学、一般市民が景観を重視し、官僚養成大学が目先のそろばんを優先する。一見すると「民」と「官」の立場が逆転したかのようだが、官より民の方が環境や景観などの「公」に近い立ち位置にいるのが今の日本かもしれない」(石鍋仁美)

 まったく同感である。
 学校がひけると、駅まで1キロ程度の道を、友人たちと大きな声でシュトラウスの「美しき青きドナウ」や三善晃の「麦藁帽子」等々、コーラスで習っている合唱曲を歌いながら国立駅まで歩いた十代のころを懐かしく思い出す。
 春夏秋冬、めぐる季節ごとに自然の彩りが生きている街・国立。
 
 こうした記事を読むにつれて、日本は、これから、どこに向かっていこうとしているのだろう、と胸に迫るものがある。
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ヤキュウ万歳!

2006年03月22日 07時44分21秒 | Weblog
 凡夫の感想。
 勝ち負けのあるものは、勝ってくれて、この上なく嬉しい。
 街中で、思わず見上げた空は、青かった。
 
 ベースボールに勝った王ジャパンおめでとう!
 喜びをありがとう。
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お詫び! 「野口屋」の豆腐について

2006年03月21日 08時54分56秒 | Weblog
 以前、このブログ「豆腐屋のラッパ」のなかで書いた野口屋の豆腐は、仕入れではないものだという情報を、まことさんからいただきました。
 
 ちょうど、昨日(3月20日)のことですが、NHK・朝10時30分に再放送していた「未来人・ニーズの発見」で、この「野口屋」が取り上げられていました。途中で気がついたので全部を見ることはできませんでした。
 豆腐を作っているシーンがあったような記憶があります。
 そのあと腰をすえて見ていると、東京の街には一人暮らしのお年寄りがおおく、豆腐を売りながら話し相手になっている様子とか、建物の上階に住むお年寄りのところまで階段を昇って届けている様子などが映し出されていました。

 隙間をぬって、新しい事業展開をする一つの成功例としての紹介でした。
 まことさん、コメントありがとうございます。
「野口屋」さん、そして読者の皆様、申し訳ありませんでした。

 ところで、19時30分からのNHKスペシャル「放送記念日特集①テレビとネット・アメリカ最前線リポート」を見た。
 そのなかでもブログの問題が取り上げられていた。
 その件については詳しく書かないが、個人のブログといえども、間違った情報は流してはいけないと、反省している。
 
 私自身このブログを書くときには、資料を必要とするものは、用意してそれを見ながら書いているのだけれど、珍しくある人から聞いて裏を取らないで書いたのが「野口屋の豆腐」だった。私も豆腐と揚げを買ってみたのだけれど、そのときに仕入れのような印象を受けてしまったことも影響した。
 これからはもっと気をつけたいと思っている。
 あいまいなときには、それなりの表現をしなければとも思っている。

 ということで、昨晩の番組では、ブログがすでに力を持ち、一つの世論までをもつくるメディアになっているアメリカ報告をしていたのが、非常に参考になった。
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WBC

2006年03月20日 12時25分38秒 | Weblog
「6対0で、日本が勝っています」
「ウォー」
 パチ パチ パチ パチッ
「今、雨で中断していますが、福留が打ちました」
 思わず、教室に顔を出したカルチャーの担当者に、私は声をあげてたずねてしまった時のことだ。
 
 朝日カルチャー・日曜レッスンの最中だったが、そこに居合わせた全員が、一斉に声をあげ拍手をした。
 球場やスポーツカフェなどで、みんな揃って応援しながら、喜びを分かち合いたいと言う気持ちが、この瞬間、からだでわかった。喜びが皆のからだを駈け巡った。
 はじめての体験だった。

 今回は、理不尽な出来事があり、思いもかけない準決勝進出であり、トリノの不発もあり、応援したいという気持ちが自然に湧いた。
 まったく野球はわからないにもかかわらず、昨日は、自宅を出るぎりぎりまでテレビにかじりつき、ラジオを持つのを忘れたのに気付いて、タクシーに乗ってしまった。もちろん野球中継を聞くためである。

 そして、帰宅してから、勝ちまでの状況を、ニュースで聞こうとしている自分に苦笑しながら
「勢いに乗るって、凄いよね」なんていっぱしのことを呟いている。
 
 例は離れるが、ピアノの発表会などで、ある人がものすごくいい演奏をすると、そのあと急にピアノの鳴りが変わってくれる経験を何度もしている。流れが変わるのだ。
「弾くのは、同じ楽器なのに」である。
 なぜか、誰かが、いい音を鳴らしてくれると、その後はピアノ自体の反応が変わってしまう。
 楽器は一つの人格を持っている。楽器そのものが音楽を作ってくれる力がある。
 弦楽合奏や、オーケストラなどは、全員で作り出すものだから、音が音を呼ぶということは誰にでもナットクかもしれない。ソロのピアノ演奏だって同じことが起こるのだ。


 そういったことと野球を同一視はできないかもしれない。
 しかし、野球のチームプレーと個人技の関係を見ていると、あたかもソロ楽器を演奏する人が次々にバトンタッチしながら、あるときはオーケストラパート、あるときはソロパートと言う風に、交代して演じるコンチェルトのように思える。
 そこに一つのいい流れができ、いい流れが渦となり、いい渦が螺旋となる。そしてクライマックスへと登りつめる勝ちのドラマを見せられるのは、なんとも嬉しく気持ちいい。

 早春、門外漢の私でさえ、こんなにも熱い思いをもらっている。
 いよいよ、明日だ。
 勝負のときが来る。
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糸電話

2006年03月19日 09時13分57秒 | Weblog
 昨日の朝日カルチャー土曜日クラスのレッスンは、なかなかに刺激的だった。
 はじめての試みをした。
 東大の跡見順子先生の研究成果と野口体操の「腕立てバウンド」に象徴される動きの原理・「座位によるほぐし」の在り方を、照合しながらすすめてみた。
 
 そのときのキーワードは「緊張」と「弛緩」。
 もう一つは、細胞レベルから見た「からだを伸ばす」ことの意味だった。

 で、「からだを伸ばすこと」についてだけ、ここに書いておこうと思う。
 跡見先生曰く『体は、適度に伸ばしてあげないと筋肉がどんどん「短く」なって、そのまま固定されてしまいます。歳をとって背中が丸まったり姿勢が悪くなったりするのは、そのせい。ストレッチの効用は「長さ」に維持です』

 細胞レベルで見ると、細胞はピンと張った状態の「長さ」を維持するのが特徴だと言う。
 そこで、例に出されたのが「糸電話」だった。
 糸電話は、糸が緩んでたるむと、声がピタッと伝わらなくなる。細胞は、ピンと張ることで機能が生まれてくるというわけ。
 昨日は、糸電話と割り箸とセロテープで作られたウエーブマシン(名称とものから受けるイメージがまるで違う)で「ピンと張った状態が機能を生む」その体験をしていただいた。

 更に
「体を伸ばさない状態のままでいると、その状態のまま、細胞は筋肉を「頑張ろう」と働かせてしまい、筋肉はたちまち「短く」なるように調整してしまうのだそうです」
 跡見理論を読み上げると、
「からだが縮んできたな、と感じたら伸びをしましょう、ってことですね。大事なことは」
 ある人がいった。
 
 そのあと、糸電話体験の効用か、「やすらぎの動き」や「真の動き」といった床にからだをゆだねておこなう「座位によるほぐし」を、皆さん本気でその気になってやっておられた。

 そして、「緊張」と「弛緩」の微妙な関係を味わう「腕立てバウンド」とその「バリエーション」を跡見理論と照合しながら味わう時間が、有意義に過ぎていった。

「野口体操って、ものすごくよく考えられているなぁ~」
帰りの道々、そう独り言をつぶやく方も多かったのではなかろうか?
 少なくとも、私は、呟いていたが……。
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8020

2006年03月18日 08時22分30秒 | Weblog
 昨日の夕方、母が、お土産を持ってかえってきた。
 手にはベージュ色の賞状入れの筒が、しっかりと握られている。
「どうしたの」
「私が行くのを待っていたんですって」
「で、もらったの、それ。カレンダー?」

 母はニコニコするばかりで、何も言わない。
 あけてビックリ。
 賞状だった。

「では、読んで差し上げます」
 私は直立して、母の方を向いて、あらたまった声をつくって読み上げた。
『賞状 8020推進財団理事長賞  羽鳥貞子殿
あなたは平素から歯科保健の重要性を深く理解し「歯の大切さ」と真剣に取り組み8020の達成に努力されました。
歯の健康はからだの健康の入り口です
これからも健やかな生活を送られますようお祈りいたします。
  
 平成十七年十月四日
      
      財団法人8020推進財団 理事長 井堂孝純
      社団法人東京都歯科医師会 会長  田中秀夫     』
 
 読み終わって、二人で大笑いした。

 ブリッジに設えてあった歯が、一本抜けたために、行きつけの歯科医院に行った。
 なんでもそこの歯科医が「8020推進財団」に申請を出してあったとか。

「80歳で、20本の自分の歯ってわけね。お母さん、100まで元気で生きられるわ!」
 聞かない振りして、母は、その場を離れた。
 
 しばらくして、別室から声が聞こえた。
「ねぇ、お菓子でもお届けしようかね。甘いものでないほうがいい?」
 その声の大きなことといったらなかった。
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新日曜美術館ー吉村順三の仕事ー再放送

2006年03月17日 10時27分01秒 | Weblog
 3月19日(日)NHK―ETV「新日曜美術館」アンコール放送
 「簡素にして品格ありー吉村順三の仕事」

 ―感覚はことばにならない・感性は理屈ではない-
    ~そして家は住むもの・暮らすもの~

 そのような印象を抱いた、深堀雄一ディレクターが担当された番組のお知らせ
 
 鳥の巣の別荘からはじまって、人が住む家の数々、映像と音楽に気持ちが和む。
 暖炉のある暮らし、ピアノがある暮らし、チェロが似合う暮らし、絵画を描く暮らし。家は人と共に生かされ進化し続けるもの。
 何処までが楽器なのか、何処までがキャンバスなのか、何処までが詩なのか、その境界はなく、音の肌理・造形の肌理・ことばの肌理が、家の肌理につながって、さらにそれが外界の自然へと解き放たれていく家つくりの理想がここにはある。

 音楽をこよなく愛した建築家の柔らかな感性が伝わる建物「八ヶ岳の音楽堂」が吉村順三の晩年の仕事だという。なるほど納得である。

 清楚で品格ある家つくり。
 簡素で華美にならず、しかし、住む人が楽に呼吸できる空間設計を試みた建築家の感性に触れるだけでも、しばし、雑事をわすれる。

 正直言って、見終わったときに、このような家に住めたらなぁ~、ちょっぴり羨ましく思うのだけれど……。
 それはそれとして、大きなものを設計するだけが建築家の仕事ではないという、すごく当たり前なことを伝えてくれる番組。

 見逃した方は、ご覧ください。
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弁護士活用法

2006年03月16日 13時13分32秒 | Weblog
 昨晩、「弁護士活用法」という講座を受講した。
 朝日カルチャーセンターの企画である。
 講師は、昨年、あることでお世話になった近藤早利弁護士と、同じ事務所の岡山未央子弁護士、お二人で話をすすめられた。
 聞き終わって家路に着くまでの間、反芻してみた。
 すると、今までなんとなく知っていたこと、知らなかったことも含めて、頭のなかがすっきりと整理された。
 
 日本ではまだまだ弁護士事務所は敷居が高い。
 昨晩の話で、遅疑逡巡の理由がすこしだけはっきりしてきた。
 一つには、個人情報を洗いざらい曝け出さなければならない相手として、弁護士をどこまで信頼していいのかということ。
 二つ目には、弁護料がものすごく高いのではないかということ。
 三つ目には、弁護士に依頼するということは、事をいたずらに、大きくすることになりはしないか。
 あげく裁判にでもなったら、「たまらないよなぁ」というような思い。

 しかし、昨晩の話の内容では、そういったことが(条件付きではあるが)杞憂であることが理解できた。
 つまり、いいたかったことは、非常にわかりやすく話してくださったということだ。

 一つ、予想外だったことがある。
 主に家事(この字でいいの?)問題を手がけておられるという岡山弁護士が、女性(はたしてこの言い方をしてもいいのかしら?)ならでは感性をお持ちのまま弁護士をなさっていること。ちょっと考えれば当たり前のことだが。
 相手との話し合いの中で、法律的に整理しすぎると、心を閉ざしてしまう依頼者も多くいるらしい。そこで、彼女は、カウンセラーの勉強をしておられるという。なかなかに良心的な弁護士さんだ。すごく大事なことだし、依頼人にとってはありがたいことだけれど、そこまですると「さぞや、お疲れだろうなぁ」と正直思ってしまった。これは個人的な老婆心というものに違いない。

 そんなことを思いつつ、一晩寝て起きたら、思い出したことがある。
 昔は、親戚のおじさんやおばさん、長老的な存在、お寺の住職さんとか、町の相談役的な人がいて、そこにまず相談に行って、あらかたの目星をつけてから次の行動に移ったような気がしている。地域社会・親族関係が密であったから、前段階のステップを踏むことができたように思う。確かに、そうしたことの功罪は半々ではあるのだが。今は、その意味では関係が淡白になって、触らぬ神に祟りなし的な関係に留まっていやしなか? と。

 最後に、一つだけ。
 自分にとっても大切な指摘があったことを書いておきたい。
 それは、「言葉の問題」である。
 たとえば、病院でのインホームドコンセントの機会でも起こることだが、専門用語・テクニカルターム(術語)の多用で、素人にはよくわからないまま話が進み承諾の印鑑を押してしまうこともしばしばある。同様に弁護士との会話でも難しい表現を多用されると、理解がついていかないことがある。先生と呼ばれる人は、自らが気をつけて一般にも通じる言葉で語ることの大切さを近藤弁護士が指摘しておられた。
 こちら側にも問題がある。難しい言葉が理解できない自分が悪いと思って、一歩も二歩も後退りしてしまいがちな現実がある。そこを押すには、相当な勇気がいるのだから。しかし、自分の問題なのだから「どういう意味ですか」と恐れず聞いてほしいという。結構現場ではむずかしい。
 まぁっ、これは、どの世界でも起こることで、専門家集団の中に身をおくと、ついつい一般社会人との言葉の上での乖離が起こる。言葉の乖離がすすめばすすむほど、価値観が大きく開いていく危うさがある。
 それが原因で、善しとして行ったことが、お互いに納得行かないという結果を生むことにもなりかねない。
 
 この問題は、そのまま野口体操を伝える私の問題でもあった。つまり、まだ一般化していない理論や方法論を語る「独特の野口語」でしかいえないことがあるからだ。
 そこを補うのは、語る人の全人間性に尽きるだろうな、と気付いてドキッ!
 
 何事もはじめに「人ありき」、なかにも「人ありき」、おわりにも「人ありき」。
 これがいちばんの問題なのだ、と教えられた講義だった。
 
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