羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

思わぬ出来事

2009年08月28日 13時36分29秒 | Weblog
 昨日、お茶の水にある‘山の上ホテル’別館地下のレストランで打ち合わせの約束があった。
 12時半だったので、早めに出かけて神保町の三省堂に立ち寄った。
 この書店を選んだのは、待ち合わせ場所に近いこと以上にここなら求める本が確実にあるだろうと予想したからだった。
 正解だった。三冊とも見事に取り揃えられていた。
 それは‘羽鳥書店’が出版した『かたち三昧』『すヾしろ日記』『憲法の境界』の三冊である。すべて初版本だ。

 いざ、レジで支払いをすませようとバッグのファスナーを開けた。
 バッグと言っても「Photo Video」つまりカメラバッグである。
 実は、父が使っていたカメラバッグを譲り受けて、その丈夫さやレンズを保護するための配慮がなされている縫製のよさから、これが手放せなくなった。
 かれこれ二十年は使っていると思う。
 あっ、一つのバッグを使い続けているのではなく、すでに三代目である。

 で、財布を見つけていたのだが
「あらっ、ないわ」
 手を突っ込んで、汗だくになって探しているのだが見当たらない。
 その様子を見ていた店員さんが思わず
「お取りおきしておきましょうか」
 しかたなく、差し出されたメモ紙に名前と電話番号を書いた。

 財布を忘れることは六十年生きてきたはじめてのことだった。
「呆けたか?」
 エレベータに乗って、一階まで降りてきた。
 なんとなくそわそわと入り口に向かって歩いているとき、一階のレジにあるスイカの機械が目に入った。
 慌ててエレベーターに戻り、四階のレジへ直行。

「良かったですね。こちらも申し上げれば……」
 以前、茅ヶ崎の大学に通っていたときの習慣が残っていて、常に一万円は残しておくチャージを怠らなかったことが功を奏した。

「同じ苗字の方が始められた出版社なので、記念に購入しました」
 レジの女店員さん数名が、‘ナットク’の表情を浮かべながら同時に笑った。
 歯が立ちそうもない内容の本もあったが、そこは記念だ、初版本だ、との勢いで購入。
 
 外に出ると昼時の開放感が待ちゆく人々を包んでいた。
 まだ夏休み気分が残っている風情である。
 
 神保町を歩くのは久しぶりだ。
 外から見える本の表紙に思わずひかれたが、財布もなし時間もなし。そのまま横断歩道をわたって、お茶の水方向に向かう坂道を登った。

 山の上ホテル別館のレストランの入り口には‘角川俳句賞選考会様’、黒板に文字を見つけた。
 それほどの意味は無いが、待ち合わせの店ではなかったのがちょっと残念だった。
 それから地下の南欧風料理店でランチを取りながら、二時間ほど打ち合わせをして、お茶の水をあとにした。

 久しぶりに外の空気を吸ったような気がする。
 なんと言っても八月は、片付けにいそしんでいたのだ、と電車に乗り込んで思わず苦笑した。
「まっすぐ家に帰ろう……」
 JR中央線はかなりのスピードを出して四谷に向かう。
 市ヶ谷にさしかかった車窓から見える外堀の水は、まだまだ夏の色を湛えていた。
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生と死、そして、猫の健康診断

2009年08月27日 09時13分47秒 | Weblog
 やっぱり猫は、人に飼われた方が、幸せなのではないだろうか、と思ったりもする。
 だって、野良猫の女王のような母猫が病気になって、いつしか行方知らずになった話を昨日のブログに書いたが、あのプライドが悲しい結果を招いた一因ではないかと思うからだ。
 いやいや、それが野生と言うもの、と納得させてみたりして、揺れ動く。
 この地域に残った子猫たちは、すっかり飼い猫と一緒だ。
 それにしても不思議なのは、雄猫しか残っていないという事実である。
『雨天炎天』で村上氏がギリシャ・アトスの猫のことを書いている。犬に比べて雌雄の判別が難しい、と。ギリシャの猫も日本の猫も、同様なのだ。
 
 ところで住民は、これ以上野良猫の子猫が増えないことに胸を撫で下ろしている。
 そして、何人かは、その事実を悲しんでもいる。
 猫が地域にいてもそれほど害は無い。
 最近の野良猫は鼠をとってくれないかも知れないが、でも長い間の習性はDNAに刻まれていてきっと忘れまい、と内心期待している。
 生まれた猫、全部が全部、ここに残るわけではない。
 目の開かないうちにカラスにさらわれるものもいる。
 いつの間にかもらわれていくものもいる。
 トボトボ歩いて、何処かへ行ってしまうものもいる。
 残る方が少ないことを、これまでの生態観察で皆が知っている。
 
 残った猫には、通りがかりの人までも癒す力もある。 ほとんどの人が携帯カメラをむけている。
 ただし、住民として困るのは、糞害である。
 我が家も例外ではない。そこでたて看板をかけた。
《猫の君たちに告ぐ! 砂利の上には絶対に落し物はしないでほしい。当方としてはそのために柔らかな土を残してあるのだから》なんちゃって。

 土の上の落し物は、土をかければそれですむ。
 砂利は大変困る、ということをこのブログにも書いた。
 最近ではどの猫の落し物か、かなりの確率で判別がつくようになった。
 いつもゆるすぎるのいちばん若い猫なのだ、とか……????。
 よい形の時には、元気なんだ!、とちょっと嬉しかったり。
 ビミョウな心理が働く。

 生きものは食べて排泄して、覚醒と睡眠を繰り返し、人に愛され、時に嫌われ、次に子孫を残し、死んでいくもの。
 そう考えると、いなくなった女王猫さんも、命を全うしたのかもしれないと考えたい。
 たとえ早すぎる別れであっても、それが天命というものと……。
 
 野生は野生のまま、野生のおきての中で生きていくのが正道だが、ここまで人間がかかわると、考えなければなるまい。

 今朝は、盆栽のための汲み置き水を飲んで、裏に回って土の上に落し物をしていったのは、きっとあの黒猫に違いない。いい形であたった。
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母猫は何処へ……

2009年08月26日 18時28分38秒 | Weblog
 昨年春生まれの子猫二匹と秋生まれの子猫一匹が、すっかり成猫となって、ほとんど飼い猫状態で元気に暮らしている。三匹とも雄猫だそうだ。
 で、その猫に餌と寝床を与えている家では、数年前に死にそうだった猫を助け、そのまま飼いつづけている。
 首は曲がったまま、片目は白濁している。顔が半分のところで白と黒に分かれていて、私は‘オペラ座の怪人’と名付けていた。身体障害を負ったことで、人を見る目が厳しい。しかし、何となく魅力がある猫だ。
 この雌猫は何匹も出産している。今、残っているのは昨年春に生まれた一匹と今年の春に生まれた猫。二匹である。

 野良猫の三匹とこの二匹の猫たちは、もの凄く仲がいい。
 遊び、冒険し、いちばん小さい猫をかばい見守っている気配すらうかがえる。

 このあたりを縄張りとしているボスの雄猫は、もうご老体になっているが、とにかく毎年孕ませているのだ。
 今年も春には野良猫の母さんが出産するとばかり思っていた。
 これでまた猫が増えるのか、と近所の話題になっていた。
 ところが子猫は産まれなかった。
 それどころかその母猫がゴールデンウィークごろには、明らかに衰弱しはじめていたのだ。

 後足の内側が大きくえぐられているところから血が流れていた、という目撃証言がきかれた。
 それから見かける回数も減ってしまった。
 時に歩く姿は、明らかにもう手遅れと言えるような状態に陥っていた。
 痩せ細り、毛は薄くなり、艶が失われ、動きも鈍くなっていく。

 夏を越すことが出来るのだろうか。
 梅雨明け以後は、見かけることがなくなった。
 どこかで死んでしまったのに相違ない。
「生きていれば、今年も子育てに励んでいたろうに」

 結局、この母猫を生んだ母猫、つまりお祖母さん猫はまだ生きている。
 のんびりと余生を送っている感じだ。
 そして‘オペラ座の怪人猫’には、早ければ秋に、遅くとも春には子猫が産まれるだろう。
 それに引き換え野良猫が、生き残る確立は低い。
 不慮の事故や感染症、その他、で命を落とすから。

 どこで行き倒れたのか。
 猫は人に見えないところで息絶えると聞いたが、それは本当のようだ。
 あんなに元気で立派な母さんだったのに、運命とは皮肉だ。
 三匹の美形の猫を残して旅立っていった。
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大事に使い、愛情をもって手入れをすること

2009年08月25日 18時45分12秒 | Weblog
 一時ほどではないが、毎日少しずつ蔵の片づけを続けている。
 箱一つ、棚一箇所だけでも手をつけておくと、十日たつとそれなりに片付いてくる。
 
 そんな折、東京藝大の地下倉庫から、一台のピアノが発見された話を読んだ。
 明治十四年に「小学校唱歌」が編纂されたことに関連して、ドレミファの十二音平均律音階を身につけさせるために、音楽教師メーソンが米国から輸入したピアノだと言う。
 何でも当時の子供たちは、日本の伝統音階にはない音、つまり‘ファ’と‘シ’の音程を取ることができなかったからだ。
 
 発見されたピアノを調律師の皆さんが五年かけて修復を終え、今月末開く「祝ピアノ300年」展示会でピアノを公開するらしい。場所は池袋のデパート。
 メンバーのなかでも長老の調律師・日比野四郎さんは、こんなことをいってらっしゃる。
「どれほど立派な楽器でも、手入れせずに放っておけば、病気になり死んでしまう」
 ピアノは人間の組織に似ている。疲れ果てた古楽器でも愛情を注ぐのが調律師の役目だ、と。(日経新聞朝刊、8月23日(日)‘春秋’より)
 まったく同感である。
 
 楽器でなくても、連日の片づけで同じようなことを感じていた。
 住まいはからだだ。日々の手入れはすごく大事。
 道具もからだだ。丁寧に使って手入れをすることが大事だ。
 余分なものを溜め込まないことも肝要。
 なにより愛情が大切。
 繰り返すが、‘道具’も‘住宅’も、楽器と同じでちゃんと使って、愛情をそそいで手入れをする、それに尽きる。
 もちろん‘からだ’もだ。
 いや、むしろ順番は逆で、からだがすべての出発点だ。
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羽鳥書店

2009年08月24日 13時14分22秒 | Weblog
 タイトルにご注目。
 といっても私が書店を開いたわけではない。
 今年6月から活動を開始した出版社の話である。
 記憶では、これまで‘羽鳥’という苗字を名乗る人は、田中さんや斉藤さんや鈴木さんに比べて、非常に少なかったが、最近になって時々目立って目にするようになった。
 たとえば日テレアナウンサーの羽鳥さんとか。

 今日の話は「羽鳥書店」
 なんでも東京大学出版会を定年退職した羽鳥和芳氏が団塊世代の新たなる挑戦として始められたらしい。
 羽鳥さんは、大学教科書としては異例の39刷46万部のベストセラー『知の技法』小林康夫・船曳建夫編を手がけた他にもヒット作を多く世に送り出した名編集者だそうだ。

「85歳まで仕事を続ける」
 周囲に宣言されたとか。
‘そろそろ隠居でもしようかな~’などとちょっと気弱になっていた今年、この記事を読んで、勝手に叱咤激励された気分になっている。

 話はずれるが、ある日のこと野口先生は電話帳で同姓同名を見つけたという話の顛末を伺ったことがある。
‘野口三千三’という名前は珍しい。
「え~、もしもし、野口さんですか。私、野口三千三といいます」
 さっそく電話をかけたという。
 もらった方はどんなにかびっくりされただろう。
 その方は、参議院か衆議院の車の運転手さんだった。
 一しきり話をして電話を切る前に
「お互い国家公務員ですね。むにゃむにゃむにゃ……」
 その会話をそばで聞いていたかった!
 
 それはそれとして、話を戻そう。
 年が近いうえに、‘羽鳥’の苗字が一緒だけでもなんだか嬉しい。
「小さな出版社が出版業界で注目を集めている。(中略)沈滞気味の人文・教養書の世界に、ヒット・メーカーが新風をもたらしそう」と書くのは、日経新聞文化部 堤篤史氏。
 さっそく既刊書を見つけに行きたくなってしまった我が還暦の晩夏である。

『かたち三昧』 高山宏著
『すヾしろ日記』山口晃著
『憲法の境界』 長谷部恭男著
 
 
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『週刊NY生活』 NY生活プレス社 フリー紙

2009年08月23日 18時36分14秒 | Weblog
 なになに!?
「えっ、なんで虫入り琥珀の写真が、化粧水の宣伝に……」
 バルティック琥珀にナノ化した24金を配合した「琥珀化粧水」の宣伝に思わず目が奪われた。
 琥珀に閉じ込められた虫たちが原型を留めている理由として、琥珀には強い酸化防止力があると考えられる。そこから発想された化粧水だそうだ。
 ちなみに120ml $90.00
 
「まず、はじめにこの宣伝に引きつけられてしまったの、Sさん! ゴメン、ゴメン。あなたが私に紹介してくださった記事もしっかり読んでます」

『若き 創造者たち』と題された人物紹介欄である。
 かいつまんでおこう。
 2009年(平成21年)7月25日(土)23面 [総合]
 ニューヨークで才能を開花させている「若き創造者たち」の一人として片岡昌子さんの仕事振りが短くまとめられている。
 Sさんは、過日、SMAPが出演しているソフトバンクCMについて書いた私のブログを読んでこの記事をくださったという経緯がある。

 片岡さん曰く
「今はデジタルの時代でデジタルの恩恵を受けています。雑音の無いクリアな音はデジタルならではですが、将来必ずアナログのあの温かみのある音を出せる人がこれからの音響を支えると思います」
(そうだ! そうだ! と、共感する私。)
 そのように語る片岡さんは、単身ニューヨークに渡って、現在はフリーランスで音響エンジニアとして活躍しているらしい。

 今や日本女性の海外での活躍は珍しくないのかもしれない。
 とはいえ外国の地で、仕事に恵まれ、自分の居場所を見つけられるまでには相当な苦労をなさったのだろう、と推察できる。
「一番良い音を出す努力」の大文字が紙面に踊っている。
 日本人であるが故に克服しなければならない幾つも関門を通り抜けて、自信をもっておっしゃる言葉に違いない。
 かくして、34歳の若き才能に、エールを贈りながら記事を読み終えた。

 で、他にも‘ところ変われば品かわる’とか、‘ニューヨークでもそうなのか’と頷けることまで、多様な記事を面白く読んだ。
 日本人芸術家の寄稿記事も載っている。
 
 ご紹介しよう。
『週刊NY生活』無料紙 NY生活プレス社 ニューヨークで発行されている日本語で書かれているフリー紙である。
「日本経済新聞」と共にニューヨーク地区3州とオハイオ、ワシントンDCで配達され、NJ州とウエストチェスター郡では「朝日新聞」にも折り込まれている、とある。

 では、日本では手にはいらないのか、というとそうではないことに驚いた。
 紀伊國屋書店(新宿本店、大手町ビル、渋谷、玉川高島屋、国分寺、大阪本町、福岡、札幌)で無料配布し、六本木ヒルズ内NY市観光局東京事務所、東大図書館でも閲覧できる、とある。

 広告で支えられているフリー紙だ。
 その広告も面白い。
 もちろん記事は子供からお年寄り向きまで網羅されていて、海外に暮らす日本人の暮らしの息遣いが伝わってくる。

 デジタル版は世界のどこでもPDF印刷だそうだ。(実はHPはまだ見ていません)。興味のある方は以下のアドレスでのぞいてみてください。

  『週刊NY生活』 URL:http://www.nyseikatsu.com
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『雨天炎天』を、声に出してよむことで……

2009年08月22日 09時22分11秒 | Weblog
 すでに四十年になるだろうか。
 はじめてピアノの先生のご紹介で、朗読家・女優の幸田弘子さんとであったのは。
 それ以来、毎年開かれている「一葉の夕べ」のご招待をいただくようになった。
 他にも芝居等も拝見している。

 さて、幸田さんが舞台で朗読を上演するようになったのは、お連れ合いの三善清達氏がNHKの洋楽部のディレクター(後に東京音大の学長)をなさっていたことがきっかけになった、と伺ったことがある。
「ピアニストが暗譜で演奏するように、文芸作品をテキストを持たずに朗読したい」
 つまりクラシック音楽コンサートのような文芸版を発想された。

 彼女も多く出演していたラジオ放送では、FMが古典でAMは現代の作品を朗読で聞かせる時間が組まれている。未だにこうした番組には根強いファンが多くいる。
 四十年も前に、舞台に乗せてライブで聞かせる新しい分野を開拓したのが幸田さんだ。
 それまでせいぜい十人から三十人程度に、喫茶店やサロンといった小さな空間で読書会の延長で朗読会が開かれていた。
 それを一挙に、百五十人以上、時に五百人、ことによるともっと多くの聴衆を対象にして行う朗読コンサートなのだ。

 実際に聞きに行くと、たとえば古典の作品など、言葉の隅々まで正確に聞き取って理解できなくても、その作品が云わんとしていることはしっかりと伝わってくることを知った。
 むしろ声に出して読まれることで、細部が生かされることさえある。
 
 つまり耳から耳に伝承られる‘口承文学’と、音楽演奏行為とは、‘身体の深部感覚’との間に通底するものがあるように思う。
 たとえ口承文学でなくとも、作品を声に出して読むという行為は、ピアノの演奏に通じている実感を、おそらく勝手な推察ではあるけれど幸田さんは得ておられるに違いない。

 さて、前置きが長くなったが、連日『雨天炎天』村上春樹を、声に出して読んでいて感じたことがある。
 それは新しいピアノ曲を弾き出すときに、まず初見で弾いてみるそのとき、最初からスラスラと音を出せる作品とそうでないものがあるように、文芸作品も声に出して読みやすいものとそうでないものがある。その意味から言うと、村上作品は(この『雨天炎天』に限らなくても)最初から初見で弾けるピアノ曲に共通する‘何か’があるのだ。

 ピアノを弾くように声に出して読みやすいのが村上作品なのだ!
 しかし、不思議だ。
 この作家の言葉の連なりからは、意味を超えて音楽が聞こえてくるのだから。
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『昭和史』半藤一利

2009年08月21日 11時54分58秒 | Weblog
 単行本として出版されたとき、読みそこなった本が、文庫本の体裁で刊行された。ありがたいことこの上ない!
 今度は直ちに手に入れた。
 本の名は『昭和史1926~1945』と『昭和史1945~1989 戦後篇』半藤一利著 平凡社ライブラリー 上下巻である。

 授業で語る形式で書かれていて、非常に読みやすい。
 なにより‘昭和’の見通しがよくなりそうな気がする。

 ところで、時、衆議院選。
 変革、解体、その気配が一つの流れになっている。
 今朝の日経新聞朝刊では、「民主 圧勝の勢い 三百議席超が当選圏」衆院選情勢調査結果が賑々しく一面を飾った。
 先日、行われた各党党首討論の席でも、鳩山由紀夫・民主党代表は、時期総理であるかのように他党党首たちの質問攻めにあっていた。
 
 いずれにしても、今月末の選挙結果を得てどなたが総理になるにしろ、日本の行く末を決定する選挙であることは間違いない。
 そして歴史の大きなターニングポイントになる選挙である。

 さて、そんな折、冷夏に誘われて読書がしやすいこのごろ、先の本を読んでいる。
 昭和初期、鳩山代表の祖父である鳩山一郎は、その後の日本の国防を揺るがす大事件に、野党としてかかわった話の顛末が書かれていた。
 ここで問題になった「統帥権干犯」とは、《軍の問題はすべて統帥権に関する問題であり、首相であろうと誰であろうと他のものは一切口出しできない、口出しすれば干犯になる》同、50㌻。二・二六事件の黒幕とみなされた北一輝が考え出し、野党に教え込んだいわれいる。
 犬養と鳩山はこの問題を取り上げて国会で気焔を上げたとある。

 半藤氏によれば、「この辺が、昭和史のスタートの、どうしようもない不運なところ」。
 更にウォール街の不況をどうのように乗り切るのか、満州事変へと歴史は動いていったと書き進んでいく。

 今の時勢とかさねて読むと、歴史をおろそかにしてはならない、と思う。
 時の流れと言うものは恐ろしいものだ。
 しかし、本当は誰が歴史をつくっていくのだろう、と問いかけずにはいられない。
 まずは冷静に一票を投じましょうぞ。
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SMAP in Las vegas ? or in Soft Bank

2009年08月20日 18時59分23秒 | Weblog
 八月に入ってすぐに始まったソフトバンクのテレビコマーシャルはステキだ。
 出演者はSMAPの面々。
 なんともカッコいいことといったらない。
 その‘ハジケっぷり’は逸品である。
 なんでも三百人のダンサーが集まっているらしい。
 先頭きって踊る五人は、同じ振り付けでありながらそれぞれに個性的なダンスを見せている。

 1970年代のアメリカ・ラスヴェガスらしい雰囲気が伝わる。
 そしてワタシには音楽というか音のミキシングが気にかかる。
 いい音なのだ。臨場感がある音なのだ。
 はたして日本人が録音・ミキシングしたのだろうか?

 というのは、こんな話がある。
 正確な数字ではないが二十年以上も前に聞いたこと。
 日本の演歌ではない歌手はレコーディングのためにニューヨークに出かけることが多い。
 というのも日本でスタジオ録音し、日本人スタッフがミキシングし、最終的に音を作ると、仕上がりがとても湿っぽくなるのだと言う。
 そこでわざわざ渡米して録音し現地スタッフによってレコーディング+ミキシング+最終仕上げすべて済ませるらしい、という話だ。
 とにかくスカッと軽やかで矛盾なく重低音はよく響く仕上がりになるのだそうなのだ。
 
 そこでこのCMの音は、日本でつくられたと思えるが、底抜けに明るくカラリとして、(仮に日本だとしたら)ここまで来たのか、と思える仕上がりになっている。すでにこんなことをブログに書くこと自体が時代錯誤も甚だしい、とお叱りを受けるかもしれない。
 真偽のほどをご存知の方、お教えくださーい。

 とにかくこのCMが流れると、手を休めて見いってしまう。聞きいってしまう。
 そのほかリハーサル風景ヴァージョンもあって、楽しませてもらっている。
 なになに? はいミーハーは自覚してます、ほほほホッ……。
 
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下がらない微熱が!?

2009年08月19日 19時31分54秒 | Weblog
 新型インフルエンザが流行期に入っているようだ。
 しばらく忘れかけていた。
 日本の夏は大丈夫、と聞いていたが、お盆は人の往来が激しくなることでウィルスも次々に生きる場を拡げていくのだろう。
 後期の授業が始まって大事になってくれないことを祈るしかない。

 インフルエンザではないが、父が肺癌の手術を受けたとき、院内感染で退院がなかなか出来なかった。
 三ヶ月に及ぶ入院期間に、いささか患者も家族も医師団も‘なんとかせにゃ’と焦りが出てきたのは、ゴールデンウィークを前にした四月下旬に入った頃だった。

 微熱が下がらない。
 そこで内科医が賭けに出た。
「自宅に戻しましょう。もしかすると下がるかもしれません」
 病院内は細菌の巣だ。
 退院の日にもらってきたくすりの中には解熱剤も入っていた。
「何か異変があったら、すぐ、病院にいらっしゃってください」
 看護婦(当時の呼び方)の言葉に送られて病室を後にした。

 午後の早い時間に自宅に戻った。
 盆栽に水遣りをしたり、親戚や友人知人に電話をかけている声が明るかった。
「夕食前に検温してね」
 患者も家族も医師の指導に素直に従った。
「あれっ、下がってるよ」
「どこどこ、ちゃんと差し込んでないんじゃない」
「もう一回計ってみよう」
 半信半疑の様子で、今度は五分たっぷり体温計をあてがっていた。
「奇跡のようだよ、奇跡!」
「病院を出るときには、微熱があったのにね」
 なんだか狐につままれたような気分だった。
 
 翌日も、その翌日も、そのまた翌日も、体温は正常値のままだった。
 そのときほど身体の底力を思い知ったときはない。

 新型インフルエンザのニュースを耳にする度に、このときの父を思い出す。
 身体は解らないことだらけなのだ。
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雨天炎天……村上ワールド +α は音楽

2009年08月18日 18時32分13秒 | Weblog
 この心地よさはどこからくるのかしら。
「ギリシャ・トルコ辺境紀行」とサブタイトルにあるからには、‘紀行文’に違いない。
 なのに、やっぱり、音楽が聞こえてくる。
『雨天炎天』、はじめの十数ページを読んだだけだが、読むたびにグレゴリ聖歌やルネサンス期の宗教音楽が聞こえてくる。

「そういえばしばらくレコードを聴いていないなぁ~」
 レコードプレーヤーは、音楽室と一緒に、随分前に我が家から消えてしまっている。
 つまり、聞きたくも聞けない状態に陥っているのである。

 そうなんだ! 村上春樹の描き出す宇宙からは、音楽が降りてくのだ。
 その快感に引きずられていく自分がいる。
 この夏、ある男性から二冊の本をもらった。
 二冊とも村上作品である。
 そのうちの紀行文から読み始めた。 
 読み始めて『1Q84』と同様に、慌てて読みすすめたくない思いに絡め取られてしまった。

 朝、声を出して読んでいる。
 歌うように、いやピアノを弾くように、いやクラビコードを弾くようなささやき声で読んでいる。
 すると次にピアノが弾きたくなる。
 階下におりて、六畳間に肩身が狭い状態でそこにあるピアノの蓋をあけ、今日はバッハを弾いた。(実は目と鼻の先にはクラビコードが置いてあるが、これは弾かない。なぜってすごく音が狂っているので)
 隣の部屋では老婆がもの凄い音量でテレビを見ている。

「やっぱり音楽室がほしい」
 いやいや贅沢はいわない、とすぐさまその思いを打ち消す。
 だってこんな状態でも、とても心地よいのだから。
 これもまた‘官能の夏’である、と自信をもっていえるのだから。

 誰かに分けてあげたいが、たった一人で村上ワールド読書会に音楽。
 そして言葉と音楽の余韻に浸りながら体操をする。この上なく充足した朝の時間が流れる。

 しばらく前まで‘何が楽しみで生きているのだろう’と問いかけたことがある。
 還暦の夏、‘嗜好の時’を得ることが出来たようだ。
 お酒もいらない、コーヒーも紅茶もいらない。
 本があり、ピアノがありさえすれば、それで充分なのだ。
 ありがとう!
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物を運ぶ、物を贈る、物を保管する文化について。

2009年08月17日 11時54分29秒 | Weblog
 片づけをしていて感じることがある。
 それは運搬に使われる入れ物が時代によって変化することだ。

 たとえば、‘行李’。
 若い方は、映画や芝居では目にしたことがあっても、実際には見たことはないかも知れない。
 材料は竹や柳。それを人間の手で編んでいく。
 形は直方体。
 用途は、衣類などを詰めて運搬につかったり、押入れのなかにしまっておいたりする保管用。
 湿気の多いわが風土には、密閉されないだけにカビが出にくいはずだ。
 我が家の片付けで厄介なのは、この行李に詰め込まれているものを捨てることなのだ。
 何が入っているのかというと、着古した浴衣や使い古したシーツの類が入っている。
 これは災害時や、襁褓(むつき)つまりおむつが必要になったときのために母がとってあるもの。片付けているそばに立って「捨ててはいけない」とのたまう。
 
 次に‘茶箱’。
 これはご存知の方も多かろう。
 仙台だったか、東北地方のある商店街の催しもので、お茶屋さんが大中小の茶箱に商品を入れて‘福袋’ならぬ‘福茶箱’を、一年に一回、確か暮れに売り出したようなニュースをおぼろげに記憶している。
 茶箱は深さがあるし、こちらは埃が入りにくいので、我が家では使わない食器や菓子鉢などが入っているようだ。
 これも運搬には丈夫で湿気を避ける意味からも重宝に使われていた。

 その次に控えているのは、りんご箱やミカン箱。
 これはしっかりした木製の木箱である。
 戦後になってからも長い期間にわたって、ものを保管したり運んだりするのに重宝された。
 もう一つの使われ方は、子供の勉強机代わりにもなっていた。

 ほかに小さなものとしてはお贈答用の木箱である。
 これらはいろいろな大きさや形がある。浅いものから深いものまで、蓋もいろいろなのである。最近ではごく特別な贈り物以外にはあまり使われなくなったが、それでもしっかりと文化として根付いている。
 同じ贈答用の紙製化粧箱もある。

 あとはダンボールの箱である。
 初期のものはガッチリとホッチキスや大き目の尾錠で止められていて壊すのは一苦労である。指が痛くなって困るのだ。
 最近のものは、潰して保管できるように考えてあるものが多い。
 いちだんと軽いが、しかし丈夫である。
 梱包して安全にものを運ぶ技術は格段によくなっている。

 さて、今回の片づけで思うこと。
 それは贈り物に過剰包装こそ少なくなったが、それでも勿体なくて捨てられない箱や包装紙や紙袋が取ってあることへ微妙な心理の動きである。
 心を伝えるものとしての贈答品は、箱のデザインを無視できないし、多少の過剰包装になるのもやむを得ない感もある。
「むき出しで物やお金を渡すものではありません」
 そう教えられ育った習慣を捨てられないのが正直なところだ。
 他家への訪問では、お土産は紙袋ではなく‘風呂敷包み’を使用する。
 日本では袱紗の習慣だってあるのだ。
 四季折々、お祝い事か不祝儀か、あるいはその他の手土産か。
 伺う内容によって携える風呂敷の柄や材質も異なるのが日本文化だ、といえるのだが……。
 
 人が‘物を運ぶ’という行為には、さまざまなレベルで、さまざまな目的で、時代の変遷のなかで少しずつの変化が、あるとき大きな変化を遂げていることに気づかされた。
 
 もう一度挙げてみよう。
 行李、茶箱、木箱、化粧箱、古いダンボール、新しいダンボール、石油から作られ積み上げることができる透明で丈夫な箱。

 そしてそれらを包む包装紙や紙袋、加えて木綿の風呂敷に絹の風呂敷。
 さまざまな緩衝材。
 包むときに欠かせなかった‘紐類’は、麻紐・紙の紐・紙縒り(こより)紐・布製紐、ビニール紐等々。
 我が家の片づけからは、未だ‘お宝’と呼べるような物は一つとして出てこないが、大正から引継がれた昭和が‘ここに在る’実感を得ている。
「これが、暮らしってものなのよね」
 
 そうこうしているうちに、少しずつ目の前が明るくなって先が見えてきたことに嬉しくなっているワタシの夏休みもそろそろ終盤だ。
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2009年9月号『月刊 テアトロ』 《疲れた身体とこころへの効能》

2009年08月16日 18時22分35秒 | Weblog
 今週初め月刊誌が届けられた。
『テアトロ』2009・9月号である。
 かれこれ十年くらい前だろうか。正確な日付を失念してしまったが、演出家の鴻上尚史さんと、身体をめぐる対談を載せていただいたのが、『テアトロ』との縁の始まりだった。
 それは十六ページにも及ぶ長いもので、お読みくださったほとんどの方から「おもしろい!」と、感想をいただいた。

 テープおこしはサードステージのプロデューサー(もしかすると演出見習いさんかも)の方がなさった。
 初稿のファックスを読んだとき、その腕前に驚かされた思い出がある。
 全編通して、話し言葉としてイキイキとした日本語に仕上がっていたからだった。

 編集発行人の中川美登利さんとは、ときどき電話でお話をするのだが、彼女の切れ味のよい話し振りに引き込まれて、ついつい長電話になってしまっている。

 今回は《疲れた身体とこころへの効能》と題した特集に「涙と汗と……私の養生法」を書かせていただいた。
 他には虹企画 俳優・演出の跡見梵さん、精神科医の山登敬之さんが書かれている。
 三人三様、それぞれの物語といって差し支えないと思う。
 物語と言っても長いものではないので、ご一読いただけると有難いです。
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畳の目

2009年08月15日 13時52分46秒 | Weblog
 今朝は四時半を少し回った頃に目が覚めて、着替えをすませ階下におりたのは、それから五・六分くらいたっていただろうか。
 締めっきりの部屋でも蒸し暑さは感じなかったので、すぐに窓を開けることはしなかった。
 
 すでに朝刊はポストに入っていることを、先ほどバイクのモーター音と投げ入れられたときの‘コトッ’という音で確認していた。
 しかし、なぜか新聞を読む気になれなかった私は、そのまま畳の上にごろんと横になった。
 
 気がつくと畳の目に、からだのあつさが吸い取られていくのが感じられた。
「おー、気持ちいい」
 ひんやりした畳表の触感に浸っていると、力が抜けた掌は上向きになっている。指は自然に丸まってくるのに時間はかからない。硬く握られるのとは違う。その柔らかな手から、からだの内側にゆるりと忍び寄る神様がいるような錯覚を得る。
 
 顎は少しだけ上向き。突発性難聴を患ったとき、ペインクリニックで‘星状神経節ブロック治療’のため首に麻酔薬を打ち込むときの位置に保っていることに気づく。
 口は軽く開かれている。
 舌の力も抜けて、咽喉の方へと流れ出す。
 一転、悪戯に舌先に力を入れて上唇をつついてみる。おもむろに上下の唇を唾液で濡らす。
 それからまた舌先を緩めて、先ほどの位置におさめてしまう。
 
 目はかるく閉じられている。
 呼吸は静かにゆっくり吐き続ける。
 畳の目がより鮮明に感じられるのは錯覚に過ぎないのだろうか、と自問してみる。
 六十兆の細胞から、夏の体温が畳に吸い込まれていく心地よさのなかで耳を澄ます。
 静かだ。
 まだ蝉は鳴き始めていない。
 静かだ。

 いつの間にか、四尺五寸幅の窓の内側にある障子を通して、朝の光が柔らかく差し込む。
 風はない。
 湿度は昨日よりも低そうだ。
 
 光につられて起き上がる。

 玄関の鍵をすべて開け、新聞を取りに行く。
 目を文字に落とす。
《8月15日土曜日 家賃滞納を一括管理 保証業界 ブラックリストに 家探し難しくなる恐れ》
 朝日新聞一面トップの文字に、さっきまでの快感が吹っ飛んでしまった。

「私たちの生きている現実の世界って容赦のないものなのよ」
 宮本輝の『骸骨ビルの庭』の一説が、記事の文字に重なった。
「あー、畳の目が、危うくワタシにとっての‘リトル・ピープル’になりそうだった」
 八月十五日の朝は、こうして明けた。
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残暑お見舞い。一日十五分が……。。。。

2009年08月14日 18時55分33秒 | Weblog
 先ほど日暮れ時に虫の声を聞いた。
 ブログの更新をしないうちに、季節は確実に移りゆくことを‘虫の知らせ’で、ドッキリしたのだった。
 お盆も佳境かと思いきや、すでに故郷や旅先からのUターンが始まっている、とニュースでは伝えていた。
 台風に地震に見舞われて、被害にあわれた方々にはお盆どころではないのかもしれない。
 残暑お見舞い、災害お見舞い申し上げます。

 当方にも来客があって、供花をいただいたり、思い出話に花を咲かせたりしている。
「来年からは、八月にお盆をしましょう」
 東京には七月と八月と二回もあるようだから。

 さて、そのほかには片付けに弾みがついた。
 一日十五分が三十分になり、三十分が一時間となり、本日はほとんど半日以上も費やしてしまった。
 連日の片付けの一部を書くとしよう。
 雨傘と日傘をあわせて三十本。使い切れないので一本ずつ紙でつつんで埃除けにした。あとは壊れた傘を十本近く捨てる準備。
 何のためにとってあるのかわからないガラス。一枚ずつ新聞紙に包んで元あったところに収納。捨てるのはいつでもできるから。
 ベランダの掃除と雑巾がけ。
 冬用の毛布や掛け布団を干して、洗ったカバーをかけて寒くなったらすぐに使える状態にして大きな布に包んでしまった。
 木綿の風呂敷、化繊の風呂敷等々、三箱に分けてしまう。五十枚はくだらない数がある。(溜め息)
 蔵の階段を中心に拭き掃除。(何年ぶりだがその割りに汚れていない)
 
 その他まだまだある。
 この今の整理は、今後、他の人にも手伝っていただく前段階のほんとの下準備である。

 つまりまだ序の口。
 年単位でかかりうそうだ。
 なにせ五十年分の片付けなのだから。
 もうしばらく続けたいとおもっている。
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