羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

「カーネーション」昨日に続き本日も重い一言

2012年02月29日 09時09分23秒 | Weblog
「ほっと。。。。した。。。。」
 今朝の「カーネーション」、姑の最期に八重子さんがつぶやいてうつむく短いシーン。
 ズシーンとからだに響き、重かった。
 多くの言葉はいらない。この一言がすべてを語り尽くして、私の記憶のうちにも去来するものがあった。
 共感。。。。。そして。。。。。昨日の戦争で狂った勘助の本当のわけを悟った母の思いと共に、今朝も。。。。。。涙。。。。。。。。。。。泪。。。。。。。。。。でした。
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Mac談義、若者の先走りに寛容でありたい。

2012年02月27日 16時09分52秒 | Weblog
 先日、若い銀行員の人が訪ねてきた。我が家の担当になったそうだ。
 丁度、ブログを書き上げて、FaceBookにリンクしTwitterにツィートしている最中だったので、iPadを片手に表の木戸の鍵を開けに行った。
 そのことに気づいた担当者はMacファンで、小一時間にわたってIT機器、DropBox等クラウドの利用法、Macの素晴らしさについて語っていった。
「僕の友達でもこの話が出来るのは、Macにつとめている一人しかいないんです。行内でもたった一人しかいないですし、家では父とは話せても母は全くダメですからね。失礼ですが、まさかこの年齢差の方とこうしたお話しができるなんて、感動です!」
 御年24歳で入行して日も浅い若者だ。それに対して私は4月8日で63歳になるわけだから、39年の時間差は彼にしてみれば相当な開きなのだろう。私自身の感覚としては39年差は感じないが、インパクトを与えたらしいことは、目の輝きとだんだんトーンが高くなっていった様子から想像がつく。
「で、今日のご用件は」
「アッ、そうでした。商品のご案内ですが……」
 間
「なんだかここで紙の資料をお見せするのはカッコわるいなぁ~、むちゃむちゃむちゃ。。。。」
「そのうちにiPadのKeynoteで説明書をつくって出直したらいかが」
「そうしたいんですが、ダメなんです。私物は持つこめないので。。。。。」
 
 そんなこんなの話を交わして「今日は、とっても嬉しいです」の一言を残して帰って行った。
 そのとき、老婆心ながら、ITを使いこなしている若者を、上司の方々がくれぐれも潰さないでほしい、と思いましたね!
 話が通じるということは年齢差がなくなり、友達感覚で話をしてしまう。だから嬉しいわけで、それをそのまま会社に持ち込むと“そりゃ、危ないでしょ”。そのくらいの想像はつく。意固地な上司だとしたら「生意気な、何を言うか」と、一蹴されかねない。
 
 言ってみれば、地下鉄銀座線の銀座駅改札を出たところに立っている駅員さんは、iPadで道案内をしている時代だ。
 若い行員が紙資料だけでなく、タブレットで説明をしたいという思いを頭ごなしに否定しないでください、と祈っている。すぐには無理でも、ゆくゆくはそうなる筈。

 話は飛ぶが、悪いことをしたとしてもホリエモンを潰してしまった日本は、若者の起業意欲も削ぎ落としたことになった、と思うのだが。
 私自身の戒めとして、ITに限らずどことなく先走っている若者の生意気さを許す肝要さをもちたい、と感じた。しかし、ここは危ないよ、と教えられる高齢者の知恵は持ちたいね。どうなか?と静かに自問している。
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鉛直・鉛直・鉛直

2012年02月26日 12時01分17秒 | Weblog
 昨日は朝日カルチャーの土曜日クラスのレッスンだった。
 往きはタクシーで、新宿住友ビルへ出かけた。というのも、先日、傷めた右足ふくらはぎをかばってのことだった。自宅内での歩行には問題がないが、一歩、道路を歩くとなると、わずかな蹴りのところで筋繊維3本(正確ではありません)くらいが“痛い信号”を発信する。

 さて、レッスンが始まって、表情に出さずに内々にひとつひとつの動きの痛みを確認した。
「痛くない!」
 上体のぶらさげ、腕まわし、滑らせる動き、まわす動き、さすがに尻たたきの時は右足で立つ方が少し痛んだ。
 皆さんに「実は、○○○です」と報告をした。言われなければまったく気づかなかった、と口々におっしゃる。

 その後も、しゃがんで立つ、無限記号を書く動き等々、まったく問題なく出来たのだった。
 勿論のこと傷めた当初から、座位によるほぐし、最近では「静かなるほぐし」と呼んでいる一連のものは、まったく問題はない。むしろ丁寧に行う方が良い。

 レッスンを行いなから、野口体操は徹底的に「まっすぐ」「鉛直方向」を大事にして成り立っていることを実感した。
「まっすぐ重さを足の裏に乗せる感覚」で動くこと。膝の曲げ伸ばしも真っ直ぐ方向が大事だ。膝の屈伸は、「動きのきっかけ」であり「動きの質を決定すること」であり、「膝こそ動きの母」なのだ。
 そして動きに際しては「親指の向いている方向」に曲げる。間違っても、斜め方向・ひねり・ねじりにならないことが肝要なのだ。それを丁寧に実行しながら、ふくらはぎが痛むことはなかった。その程度で今回は済んでいたという幸運に感謝だ。

 全体を通して、立位の動き、座位の動き、諸々すべての動きが「鉛直方向」に一致し、関節は真っ直ぐ曲げられる実感を改めて得ることができた。
 足の裏から膝関節まで、下肢が鉛直方向に一致することで「立つ」ことが成り立ち、膝はひねりやねじりなく親指の向く方向に曲げられる、そのことに徹底して動いてみる。いつも行っていることだが、改めてみると新鮮な感覚として捉えることができた。
 
 もう一つ確かめられたことがある。
 先週の土曜日2月18日にテーマとして取り上げた「骨アライメント」。
 少しだけ説明を加えておこう。
「アライメント」とは、一般に配列とか線列と翻訳されている。「骨アライメント」、つまり骨の形態や骨格の形に注目すると、多くの人の骨格には「ねじれ」が見られる、と言われている。とりわけ0脚、X脚、扁平足という条件があってもなくても幾ばくかのねじれがあることが普通であること。で、骨形態のねじれ度がどの程度あるか、見極めるのは普通では難しいが、正確に把握できなくても、ストレッチとする時など、この「骨アライメント」を意識の裾にまとって行うことが大切である。
 大雑把に言うと、関節はひねりに弱いから、真っ直ぐに曲げることが重要となる。からだを真向に動かす感覚を育てたい。そして動きに臨む。あるいはほぐす。あるいは伸ばす。それらを行う時に、「鉛直方向感」と「真向感覚」を持つことが大切なのだ。

 ふくらはぎを傷めたことで、歩行が不便になった。ところが階段の昇降は、ルンルン気分であった。生前、野口先生直々の指南を思い出したからだ。降りるのも同様だ。“足の裏の真上に乗る”その一言である。
「鉛直・鉛直・鉛直、足の裏の真上に重さをすっと乗せるのよ。乗せた瞬間の作用に対して反作用をもらってもう一方の足が浮き上がって、次の段にスッキリ乗せる。バタバタという音はまったくしないで、余分な力を使わないで楽にあがれるでしょ」
 先生の言葉がよみがえった。その通りなのだ。

 本日は、昨日よりも各段によくなっている。用心しておとなしくしてます。
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SONYが鳴っていた時代……枕詞“懐かしい”を冠する“昭和”

2012年02月25日 12時29分41秒 | Weblog
 保存機器の話をこのブログに書いた。思えばPANASONICやSONYの凋落とAppleの台頭が、そのまま我が家の暮らしの質を変えていった歴史でもあった。昨日の国会中継でも問題に上がっていた「TDK」だって、ずいぶんとお世話になった。

 かれこれ40~50年前には、音楽会に足しげく通うだけでなく、自宅でもレコードやNHKのFM放送等で音楽をじっくり聞いていた。
 ピアノパート伴奏を引き受けたり、遊びだったりして、ヴァイオリンや声楽や管楽器の友達が来て、アンサンブルを楽しんだりもしていた。
 試験が終わった時や学期末の休みには、ピアノ科の友人とは連弾などしていた。とくにシューベルトやドヴォルザーク、ドビュッシーには、ステキな連弾曲がたくさんあったし……。

 もちろん詩や文藝の本を読み、解りもしない哲学書など小脇に抱えていたことなども懐かしい青春の一こま。
 当時は、時間がもっとゆっくり流れていたような気がする。グランドピアノを浜松のYAMAHAまで選定に行った時代でもある。
 その後、ウォークマンにはなぜか乗れなかった。音楽を持ち歩く発想が、そもそも欠如していた。それでもSONYは私のなかで特別な存在だった。
 
 もうひとつ思いかえせば、「野口三千三授業記録の会」で、野口先生のレッスンをビデオ撮りして残していた頃、1988年から98年だけれど、SONYやPANASONICはまだまだ健在だったのだ。
 それがである。この凋落ぶりは、円安や震災やタイの洪水の問題ではない。
 
 子供の頃は「明治は遠くなりにけり」という言葉が囁かれていた。今や「昭和は遠くなりにけり」で、“懐かしい”という枕詞が“昭和”に係るようになった現代を生きる実感は、私の場合“Apple”によってもたらされた。
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抜け殻

2012年02月24日 18時56分03秒 | Weblog
 2月中で片付けを一段落付けたいとピッチを上げていた。
 一昨日から歩行の際に、右足のふくらはぎの一部に、引き攣れるような痛みを感じていた。狭いところで大きな物を動かしたことがきっかけだった、という一瞬の記憶がある。

 今日は朝から痛みがあって、休みなさい!というシグナルと観念して、静かに過ごしていた。
 全体が終わったわけではないが、今回すませたかったところもあと二カ所にしぼられていただけに、ちょっと残念だ。それでも今月中には何とかなると算段している。

 特に、今週は、連日の作業を繰り返して、本を読む気も起こらなかった。
 たくさん捨てたが、捨てられないものを、どこかに収納する為に、案外と知恵をしぼるものだ。で、やりながら方法が見つかる。巻き尺片手に寸法を測り、一つが片付くと次のイメージがわいてきて、新たな置き場を発見するのだ。

 それにしても三間半と二間半の蔵は、天井も高く収納力がすぐれている。およそ十四畳の空間で、上下二階建てで二十八畳の空間を上手く使う。カビははえるが半地下もある。
 ひたすら片付けにいそしんで、ぼーっとしてきたような気がする。
 そんなわけで本日は抜け殻状態だった。
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保存機器が醸し出すタイムスリップ感!

2012年02月23日 09時51分40秒 | Weblog
 今朝は、昨日の整理に続いて、再生の為の機器を、一所にまとめた。
 ざっと10機種であった。最近のものではなく、これらがないと過去の「野口三千三授業記録の会」の記録を再生することができない。そしてデジタル化には必需機器ということで、取りおいているものたちである。なんだか機器たちが一区画を締めている姿を見ていると、時間が過去に向かって遡っていく。
 これをタイムスリップというのか! 
 Apple製品に取っ代わられて、使われていない機器の名称を、ここにざっと並べてみよう。

 PANASONIC SVHS VIDEO PLAYER
 SONY Hi8 VIDEO PLAYER
 SONY Hi8 VIDEO CAMERA
 SONY通称デンスケ
 SONY ECM-959 DAT
 SONY COMPACT DISC DIGITAL AUDIO(音質調整が自由にできてダブルカセットデッキ+ラジオとして素晴らしい機器だ)
 SONY DEGITAL VIDEO CASETTE RECORDER
 JVC DVD VIDEO PLAYER
 AUDIO POWER SELECTOR
  PANASONIC PORTABLE DVD/CD PLAYER
 SONY PERSONAL AUDIO SYSTEM

 急激な変化に、驚きを覚えた。SONY PANASONIC 共に、赤字を出したことが、象徴的だ。
 やはりジョブズ(Apple)は、世界を変えた。
 さて、今回の片付けでは、 時代が変ったから捨てられる、と、時代が変わったから捨てられない、の狭間でひとり感無量!の日々を過ごしている。
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一抹のさみしさ

2012年02月22日 21時34分54秒 | Weblog
今の片付けは、次の整理のための前段階である。
これから始めるのに、片付いていく部屋をみると、一抹の寂しさを感じる。
部屋の中には空間ができた。スッキリしてくる。なのにその空隙は、心の空隙のようにも感じる。
何かが終わっていくさみしさのようだ。
人間て不思議だ!

一人で黙々と片付ける行為は、ある意味楽で、ある意味孤独な作業だ。そこからくるさみしさか?
気持ちが落ち込むのは、疲れかもね。
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いよいよ終盤

2012年02月22日 18時59分55秒 | Weblog
 今日は昼過ぎに、サジさんが来宅。
 小さな段ボールいっぱいあった電気コードやアダプター類の仕分けをしてもらった。今後、「野口三千三授業記録の会」で取りだめた先生の授業ビデオをデジタル化するときに必要となるものは、選別して残したが、殆どのものを廃棄できることがわかった。

 その後、東京国際ミネラルフェア会場に展示した写真パネルを点検。生前から没後の5年~6年の間につくられた物たちである。写真とパネル制作はすべてサジさんの手による。一番古いパネルは、記憶に間違いがなければ16年~17年経過しているはずだ。「色あせているかもしれない」と心配されていた作品をいくつかみると、大変きれいな状態で保存されていたので、あとは点検せずに終えた。

 サジさんの応対が優しく穏やかなので、母は親しみを感じているらしい。いっしょに作業に加わって手伝っている姿に、こうした時間を持てることが年寄りにはなによりだ。
「先生が生きていらしたらよかったのに。寂しいわね~」
「また、集まる会をやりたいですね」
 
 おかげさまで今回の片付けも終盤にさしかかった。
 山は越えてきた。

 サジさん、遠方よりお越しいただきありがとうございました。
「赤福」美味しかったです。
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はかどっている

2012年02月18日 09時49分23秒 | Weblog
 最近の数年間、毎年、この時期に行っている片付けも佳境に入った。
 今回は、予定に入れたうち、三カ所を残して大方のメドがたった。
 かなり捨てている。しかし、かなり残している。
 震災がなければ躊躇いなく捨てていたにちがいないものを取り置きしている。それは明らかに意識変化だ。
 ばらばらにおかれていた物を、同類でまとめて収納した。
 しかし、本は分類しないことにした。なにしろ分類をしはじめると、手に取ってページを捲り、ついつい中身を読んでしまう。それではいっこうにはかどらないことを経験しているからだ。今年は大きさで揃えて、びっしり空間を作らずに並べた。調べ物は不便かもしれないが、大した量ではないから、まッ、いいか!ということで落着。

 さて、衣服、本、雑貨等々を、ほぼ終了したので、来週は、寝具類を中心に残すものと捨てる物を選別しようと思っている。押し入れ半分が空くだろう。きっと。

 通路を確保できた蔵で上段を眺めると、捨てられる物ばかりの様相だが、ここに手をつける時には、誰か手伝いを頼もうと思う。まだそれは先になりそうだ。
 それでも今、済ませておきたい片付けの三分の二まで、到達したような気がしている。
 生前、野口先生のご自宅の整理も行った。我が家の整理も現在進行中である。
 だんだん骨が呑み込めてきた。

 3月には、正味6畳たっぷりの資料整理部屋が確保できそうな気配を感じている。
 ウ・レ・シ・イー!!
 
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松下の「二股ソケット」とSONYの「認証型コンセント」

2012年02月15日 09時23分30秒 | Weblog
我が家ではなかなかLEDに替えることができない。電球の買い置きも捨てる気にはならないし、建て替えて6年8ヶ月の家には、当時とては新しい電球がまだまだ健在だ。
 何を隠そう。蔵の二階では三カ所電球が取り付けてある。階段下でスイッチを入れると必ずつくのは「二股ソケット」の改良型で「三つ股ソケット」である。これは電球が二つ+コンセントが一つ使えるようになっている。
 先日、NHKで再放送していた『神様の女房』の一部を見ていた。松下電器、現在のパナソニックの創業者・松下幸之助の妻むめを描いたドラマだった。
 企業の基礎を築く重要なエピソードとして、「二股ソケット」を開発する過程と製品に作り上げて販売する様子が描かれていた。
「我が家では今でも使ってますよ!」って、思わず声にしてしまった。
 
「三つ股ソケット」は、扇風機だったり除湿器だったり、その時々に差し替えて使う。
 部屋の隅にコンセントがなかった当時としては、相当に便利で重宝がられたに違いないことが体感できる。
 蔵は大正15年に建てられたものだから、丁度、幸之助が日本のエジソンと言われた同じ時代が残っていて、ドラマの情景がそこにはあった。
 
 そして今朝のこと。
 日経、朝日、両新聞の記事を読みながら、時代とともに住宅のあり方が大きく変化し、もっと変化する感慨を持った。それはSONYが機器ごとに電力管理ができきる新型コンセント「認証型コンセント」を開発したニュースを読んだ時だった。
 何でもプラグとコンセント間の情報をやり取りするタイプと、電力経由でやり取りするタイプの二種類があるそうだ。自社ではつくらず、電力、電機、住宅大手企業と組んで、研究をすすめ製品化していくらしい。

 電力問題がクローズアップされ、エコ住宅に関係する物の開発が、これからの企業にとって生き残り策になる昨今。IT革命があらゆる生活の場面で変化をもたらしていく実例だ。
 その変革の時代に生きているのだなぁ~。
 
 記念すべき改良型「三つ股ソケット」は、近代化のひとつの革命製品だった。そう思うと辞書同様に捨てられないものがまた一つ増えてしまったわけだ。

 思いますね。
「断捨離」という言葉は、しばらくお預けだ。
「断」ずれば「繋がり」、「捨」てれば新しい価値を「拾い」、「離」してみると客観が照らす世界は「貴重」だ。ひとたび廃棄した物は、二度と還らず。
 ここはよーく考えて、片付けを続行しようと思う。
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『日本国語大辞典』小学館

2012年02月14日 08時58分54秒 | Weblog
 昨日は、3・11の地震の際に本棚の上から落ちた「五人囃子」人形を片付けた。
 昭和25年の初節句に母方の祖父母から送られたお雛様だ。内裏様をはじめ他の人形や雛道具などは、茶箱に納められているらしい。らしいというのは蔵のむき出しの梁に近いところの棚に乗せられていて、長年にわたっておろしたことがないので、確かめていない。
 その茶箱に入りきれない一箱がこれだった。文字が書かれて使用しなくなった和紙を張り合わせてつくった畳紙に包まれ、紙縒りの紐がかけられていた。床の上で包みをほどくと、桐の箱が音も立てずにバラバラに壊れた。高いところから落ちた衝撃でいたんでいたのだろう。まず、人形を一体を取り出した。そろそろと紙をはいで見ると、着物は色あせていなかった。頭も離れることもなくちゃんと着いていた。無事だ。一体ずつ丁寧に紙を取り除いて、並べて見たが、五体満足であった。きっと他の人形もおそらく綺麗な状態に保たれている、と思いたい。
 丁度、空になっていた柔らかで軽いスーツケースが見つかり、取っておいた桐箱二つに、新しい紙で養生した人形を入れた。後々、壊れた箱を修理して、そこに戻そうと思っている。
 再び、蔵の二階にしまうと、落ちついた。
 連日ドラマ「カーネション」が描いている昭和の時代。思えば、25年当時、まだまだ物が充分になかった。ましてや段飾りの雛人形を持っている女の子は、ご近所では少なかった。
 これは迷いもなく、取っておくものだ。

 さて、それはそれとして、次なる悩みが発生している。
 本の整理をはじめたのだが、小学館『日本国語大辞典』をどうするのか、である。
 野口体操をはじめて、この20巻と諸橋轍次の『大漢和辞典』をまず用意した。記念すべき辞書たちである。
「体操になぜ辞書?」
 そんな疑問符をつけることもなく、野口先生のレッスンを理解する為には必要だ、とばかりに高円寺の古書店・都丸書店で買い求めた。
 因みに、『日本国語大辞典』についてこのような説明がある。コピペをお許しください。
《上田万年・松井簡治による『大日本国語辞典』を引き継ぐ事業という性格をもつ。松井簡治の子松井驥、その子松井栄一三代の蓄積していたカード資料に注目した小学館が、1960年に松井栄一に出版を持ちかける。1964年に、国語学者・金田一京助や、広辞苑の著者・新村出、大漢和辞典で知られる諸橋轍次を始め、佐伯梅友・時枝誠記・西尾実・久松潜一・山岸徳平という日本の国語学界を代表する学者を編集顧問に迎えて編集委員会が発足し、200名以上の執筆者を動員して本格的に編纂作業を開始する[1]。
1972年から1976年の5年間にわたって刊行され、全20巻、45万項目、75万用例という大部の辞典となった。また別冊には主要出典一覧、方言資料などが収められる。活版印刷には図書印刷があたった。》
 ウィキペディアでこの説明を読むと、ますます手放し難くなってしまった。
 古本屋でも引き取ってくれそうにないから、捨てるしか道はないのだが、家の前に積み上げる勇気はほとほと持ち合わせていない。
 そこで、片付けの手がぴたっと止まってしまった。
 まったく置き場がないわけではないが、電子書籍の時代に、どうしうたものかなぁ~!?
 以前、SPとLPレコードを引き取ってくれる方を、サジさんが紹介してくださったことがあった。遠方からわざわざ取りにきてくれたご友人を前に「やっぱり、手放せません」と平謝りしたことがある。それ以来、もとの棚に収まったまま数十年が過ぎた。これとてカビがついているに違いないよね。ほーッ。
 
 二日目にしてこの有様。結局のところ、思いのほか、断捨離の道は、険しく遠い。
 Oh, My God!
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断捨離

2012年02月12日 16時18分01秒 | Weblog
  本屋で何気なく手にとった本は、捨てるコツが書かれているものだった。
 そうか、まずは服から整理する。それから本に取り掛かるとよいらしい。
 これまでの経験から片付けに適した季節は、寒い冬から早春に限る。動き始めてすぐにも身体はあたたかくなる。しかし、汗まではかかない。少しでもあたたかい季節は、とてもじゃないがやり切れない。
 今年も、本日から手始めに服と洋服箱の整理を始めた。以前に、捨てきれなかったのを選んだ。時間がたつと価値観がかわる。ぼちぼち、始めますかね。
 勢いづくと一気にはかどること間違いない。
 しかし、である。見回すと溜息がでる。親の代のものもかなり残っているからだ。
 毎年、この時期のお仕事として、何年目だろう。はじめた頃に比べたら、ずいぶんと片付いてきた。
 昨年の地震による落下物や落下本はそのままに近い状態だったので、それらも片付けよう、と思う。

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嘘のような話!?「スティーブ・ジョブズ」伝記

2012年02月11日 09時30分54秒 | Weblog
 2月11日付け、日経新聞朝刊に『「キンドル」日本発売 4月から』の記事が載っていた。
 いよいよだ!
 対峙するかのように、同月には講談社などの複数出版社の共同管理会社「出版デジタル機構(仮称)」が設立されれ、アマゾンはコンテンツ確保へ同社と一括交渉をする、とある。
 どこの出版社も戦々恐々として、アマゾン・キンドルの出方を固唾をのんで見守っている、と聞いたことがある。

 そうした話がニュースとなる中で、先日、Facebookで嘘のような話を見つけた。月刊「秘伝」の下村氏がシェアしておられたので、ここでも紹介したい。『講談社「スティーブ・ジョブズ」100万部出て、「まさかの赤字」』。一つの理由があげられていた。それは高額のロイヤリティー、だそうだ。講談社も読者も米国に貢ぎました、文庫と電子書籍で益を出す、と記事は続く。
 信じられない話だ。

 実は、英語で書かれた本ならば欧米だけでなく、アジアでも読者を確保することができる。したがって低価格でも益になる。ところが比較にならないほど読者数が少ない日本語の本が、電子書籍になってどれほど益がでるのか見当がつかないのが現状らしい。
 その上、広大な国土のアメリカとは、流通でも条件が異なる日本では、まだまだ紙の本は健在だ。それでも電子書籍に取って代わられる時代は、目の前まで迫っている。
 
 先の話では、欧米では厚い伝記本が読まれているが、分厚い伝記本というのは伝統的に少ない日本では、米国では一巻で出版されたものを、上下二巻に分けたことにも問題があった由。言わせていただけば、表紙だって“ホワイトスワン”と“ブラックスワン”のようで、私個人としては、今ひとつの感があった。

 それはさておき、いまだに紙の本でないと読んだ気がしない世代が残っていて、そのうちの末席に連なっている自分だが、それは電子書籍に慣れていないだけかもしれない、と腕組みしている。
 ともかくも今後の出版の行方が大いに気にかかる早春である。
 キンドル発売まで、二ヶ月を切ったということか!?
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朝日新聞が変わりはじめた?

2012年02月09日 10時12分16秒 | Weblog
 2月9日付け朝日新聞・朝刊“社会面”に、「記者、つぶやく つながる」と題してTwitter上で、記者が情報発信をする試みが始まった、という内容の記事が掲載された。
 おしゃべりな記者は敬遠される時代は終わりつつある、というが、この活動がいつまで続くのか楽しみだ。
 佐々木俊尚氏は同記事に「炎上を恐れず、ネットの向こうの人々を信じ、つながることに、新しいジャーナリズムの可能性がある」とコメントを寄せている。
 
 さっそくWeb「つぶやく記者を紹介するアドレス」を検索した。そこで組織単位のものと個人のものを一気に大量フォローした。
 先すると先月下旬からのいつぶやきがドドドドッ流入し、到底読み切れない。
 例えば、「初音ミク」についてつぶやいておられる丹治吉順報道局デジタル編集記者のフォロアー数は今現在11882名だった。書いている間にも増えているかも。

 そういえば大正時代から朝日と日経を、代々、取り続けている我が家だ。私自身は、どちらかといえば朝日に重心をおく傾向があった。ところが、リーマンショック後には、日経新聞を主に読むようになっていた。こちらはWeb版が早々に始まったこともあって読む機会が、ダントツに増えていた。
「朝日は見たくないような広告が多くなったし、何かつまらないよね」と、Twitter上でこそささやかなかったが、同感してくれる友人知人が何人もいたことは事実だった。
「天声人語」だけは健在で、読みながら考えさせていただいていたが……。
 
 で、思い返せば、昨年の秋くらいから、記事内容も少しずつ面白くなってきて、朝日への復活傾向がおこっていたことに、ごく最近になって気づいた。
 ここにきてTwitter上で、記者がつぶやくという。面白いかも!

 アメリカでは新聞社が苦境に立たされて久しい。日本も同様だ。
 そうした状況の中で、YouTubeやその他の自由投稿ばかりが元気では困る。それはそれの存在意味があるけれど、プロフェッショナルとしてのジャーナリズムが元気よく仕事をする社会でなければ、私たちの暮らしの安心とよりよい生活の質を担保することは難しい。
 すぐさま世界を巻き込んでしまう激動の時代に、ここで、踏みとどまって、ジャーナリズムを育てていくことの大切さに気づき、多くの人が本気で関わってほしい、という新聞社からの発信として、この“つぶやき活動”を見守っていきたい。
 とかく失言のなかに本音が潜み、勇み足のなかに微妙なニュアンスが伝わるもの。
 これに限らず、鵜呑みにせずに、咀嚼し、判断し、考える余裕の時間を持つことこそ忘れてはいけない、と自分に言い聞かせた。
 その為にも、最近の課題は「IT/Web休読日」をつくること!(実は難しい)でありまーす。
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好評につき野口体操公式ホームページに掲載

2012年02月06日 19時05分02秒 | Weblog
 2012年1月28日から2月2日まで、このブログに4回ほど書き続けた「静かなるほぐし 中心、重心、鉛直軸、重力軸」を野口体操公式ホームページの「明日へのまなざし」にまとめて掲載しました。
 1月28日、30日、31日、2月2日の順に読んでいただけます。
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