羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

粘土鉱物:カオリンときららの物語

2006年05月31日 19時44分13秒 | Weblog
 土曜日クラスに通っておられる美術家から、土をいただいた。
 イタリアの土は四種類、鼠鉄色・鶯色・山吹色・赤鉄色、それぞれにはイタリア語の色名がかかれている。
 そして南フランスの土は一種類、薄い黄土色で、これにもフランス語名が記されている。
 さらに成分が書かれている。
 石膏とカオリナイトに、その他の鉱物が混ざっている微粒子である。

 さて、カオリナイトだが、アルミニウムの含水珪酸塩で、超微粒子の集合体として産出するらしい。粘土鉱物といえば、「カオリナイト」は代表格である。白にちかい淡い櫻色の鉱物だが、あまり多くの人の目を釘付けにするものではなさそうだ。
 しかし、陶器の材料としてなくてはならない鉱物である。
 一般には「カオリン」と呼ばれることもある。その由来を『楽しい鉱物図鑑』堀秀道著・草思社で知っった。
「陶器で有名な中国・江西省景徳鎮で、近くの高陵村(カオリン)の陶土をしようしていたことから、カオリンの名前が世界的に使われるようになった」とある。

 景徳鎮といえば、向こうが透けて見えるくらい薄い陶磁器が有名である。
 以前、駒込にある有田焼の店で、磁器の皿を焼き上げる前の大きさと、焼きあがってからの大きさの比較を見せていただいたことがある。見事に縮むのである。
 そのとき鉱物をいただいてきた。それも超微粒子の集合体であったことを記憶している。おそらく日本産出のカオリナイトに違いない。

 イタリア・南フランスの土を下さったときに、カオリナイトの粉末状のものも持ってきてくださった。蓋を開けた瞬間に酸味のような独特の匂いがした。『楽しい鉱物図鑑』の末尾に、特有の臭いをもつと書かれていたので、「あぁ、そうか」とナットクしている。私の鼻がおかしかったのではなかった。それほど強い臭いではなかったので、錯覚かと思うくらいだったが。

 「カオリナイト」は、吸水性があって、舌を吸いつけるらしい。粒を球と考えると、その直径を大きさの比較に使う。この粘土鉱物:カオリナイトの粒は、おそらく数マイクロメートル以下、数ナノメートル以上の大きさだろう。こうした微粒子になればなるほど、表面積は大きくなる。吸水性も増すというものだ。

 雲母も粘土鉱物であるが、粘土鉱物のもつ壊れやすさ・微粒子が、化粧品の世界を席捲してますます「美粒子」としての細やかさを競っている。
 舌や肌に吸い付く超微粒子は、化粧品などには欠かせないものらしい。
 
 果たしてミネラルフェアでは目を皿のようにして「粘土鉱物」を探してみようか。
モンモリナイト・カオリナイト・雲母・滑石・蛇紋石・蛭石・モルデン沸石等々。
「でも、みつからないだろうな~!」
 しかし、雲母(Mica)には、お目にかかれると思う。
 白雲母・黒雲母・紅雲母・絹雲母・リチア雲母・金雲母・益富雲などがある。
 面白いものに「スターマイカ」という星型の雲母があるらしい。これは白雲母が星型に結晶したもので、御伽噺に出てくるような雰囲気だそうだ。水晶などと一緒になっているものに出会えたら、「石のメルヘン」だ。
 
 なんでも雲母の板をテーブルに置いて金属のとがった先を当てて、ハンマーで叩いてみると、星型の模様が現れるのだそうだ。
 ミネラルフェア会場では、試してはいけません!

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佐治嘉隆写真:きらら組曲2006

2006年05月30日 19時09分56秒 | Weblog
 和名「きらら」は、中国名で「雲母」である。
 雲母は日本人にとって馴染み深い鉱物である。
 たとえば「忠臣蔵」の悪役・吉良上野介のこと。「吉良」は、「きらら」の「きら」で雲母のことである。愛知県幡豆郡(はずぐん)吉良町が、上野介のふるさと。ここは鎌倉時代から雲母の産地であった。このあたりを領地としていた一門が吉良姓を名乗り、その子孫の一人が上野介というわけだ。

 それから「きらら引き」。これは雲母の粉を混ぜてきらきらした和紙をつくる。そのほか絵の上から雲母の粉をふりかけて絵をきらきらと光らせる「きらら刷り」など。江戸時代から「きらら」を使った技法が今に伝わっている。

 そして時代は下って、壊れた真空管のなかから雲母片を取り出すのが子どもの楽しみであったり、アイロンやトースターからも雲母は出てきて驚かされたり。もちろんストーブの窓にも使われていた記憶を呼び起こしていただきたい。
 雲母は、絶縁性にすぐれ、電気も熱も伝えない性質をもっている。そのうえ、「千枚はがし」という別名から想像がつくように、簡単に薄く剥がすことができる。これは結晶構造が層状になっていて、層と層をつなぐ引力が弱いためらしい。

 雲母は世界各地から産出するポピュラーな鉱物だ。その色は、白・黒・紅・金・緑・黄色と、地球上に存在するほとんどの色を網羅している。
 鱗片状の集合体は鱗雲母と呼び、とりわけ微粒のものは絹雲母と呼ばれる。この微粒子は女性の美白効果を上げる化粧品にはなくてはならない材料である。

 地球を彩り、文化に生き、暮らしに役立ち、女性を美しくする雲母は、ありふれた鉱物であるゆえに貴重なのである。堀秀道氏は「ビルのガラスに、砕けても安全な雲母を!」と提唱しておられるが、雲母を窓枠にはめているビルにお目にかかっていない。もし、東京に色とりどりの雲母の窓がきららに輝くビルがあったら、新名所になることに違いない。

 さて、写真家・佐治嘉隆撮影による12枚の写真が奏でる「きらら組曲2006」は、6月2日からはじまる「第19回東京国際ミネラルフェア」会場に展示する予定だ。
 場所は、スペースセブンのあるセンチュリーハイアットとつなっがっている第一生命ビル1階ロビーの特別展会場である。ここは、入場無料なので、気軽にお立ち寄りください。

 参考資料:堀秀道著『楽しい鉱物図鑑』草思社 
『鉱物と宝石の博学事典』日本実業出版 
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野口チルドレンとミネラルフェア

2006年05月29日 13時34分11秒 | Weblog
 宝石学の近山晶氏は、日本では珍しいイギリスの宝石鑑定士の認定を受けている方だ。
 数年前に、近山コレクションを拝見したことがある。
 個人でこれだけの量・質共に豊かなコレクション・研究資料をお持ちの方は少ないだろう。
 近山氏ご自身、世界各地の鉱山を巡って、宝石の故郷紀行を「東京国際ミネラルフェア」の公式ガイドブックに、毎年寄せておられる。

 近山氏は、このミネラルフェアで、小学生を中心とした子供たちを快く受け入れる姿勢をお持ちだ。そうした思いが実って、最近では幼稚園・小学校・中学校の先生に引率されて、それぞれの年代の子どもたちが遠足にでもくるような雰囲気で、集団でこられるようになった。

 中には顔見知りになった子どもたちもいたりする。
 博物館とはまったく異なる雰囲気の中で、隕石・化石・鉱物・宝石等々を楽しんでいくようだ。目の前に繰り広げられ、身近に目にすることができる「ミネラルの世界」に、子どものころから接することができるのは、自然への感覚を開く一歩である。
 
 以前は、小さな子どもに「水晶」や「化石」をあげてしまう業者の人もいたくらいだ。もらった子どもにとって「石」は、自分の机の引き出しに大切にしまっておく最初の「宝物」になったに違いない。

 できれば自然のなかで「化石」を採集する体験もできるといい。東京国立科学博物館では、そういった実践ができるサークルもある。
 自然と親しむこと、生きものを慈しむこと、人間を自分を知ることのひとつの視点として「石と親しむ」事があってもいいのではないだろうか。それは、できれば早いほうがいい。子供のころから、多少は理系・文系の傾向は見られる。じっさいとしては、理系・文系という垣根は完全に取り去ることはできないかもしれない。しかし、自然に親しむことは、理系・文系の垣根は始から取っ払われているはずなのだ。双方の感性がお互いにいい影響を与え合って、協調し、自然への認識が深まってくれることは、ものすごく大切だということは、野口先生から教えられた。
 
 さらに「もの」に対する、本当の愛しみの心は、楽しい体験・美しいものに直に触れること、そしてそのものを愛する人の話を聞くことによって、さらに膨らんでくれるものだと思う。
 
 少なくとも野口三千三先生に導かれて、石の世界に目覚めさせてもらった野口体操の仲間たちは多い。はやり言葉の表現を借りれば、野口チルドレンは、いつの間にか石好きになってしまった。それ以前から石が好きな人はもっと好きになり、それ以前まで全く石に興味が無かった人でも、好きになるという、道に灯りを先生は燈してくださったと思っている。

 フェア会場で、今年も堀秀道先生や近山晶先生にお目にかかれるだろう。
 野口先生にはお目にかかれないのが残念だが、あの場には先生との思い出がたくさん残っている。
 フェア会場に行く道々、野口チルドレン共通の思い出を浮かべながら、なんだかほんのりとした気分になれるのが嬉しい。
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3D 裸眼立体視

2006年05月28日 15時09分54秒 | Weblog
 一昨年、3Dのポストカードを作った。
 写真は、もちろん「石」である。
 虫入りバルティック琥珀・アクアマリンと雲母・黄鉄鉱化したアンモナイト・紫外線照射による方解石と岩塩の5枚組である。

 昨年の立教大学の「身体知を探る」という授業で、このポストカードを使ってみたところ、大好評だった。すぐ見えた人、なかなか見えなかった人、以前は見えなかったがそのときはじめて見えた人、さまざまな反応だった。
 
「このポストカード立体に見えなくても写真として美しいわね」
 負け惜しみを言う学生もいた。
 それはそれとして楽しむことができるというわけだ。
「双子の石って感じかな」
 いいでしょう。そういう見方も。

 ところで野口三千三先生が「裸眼立体視」に出会ったのは、70歳を過ぎてからだった。
「こればかりはカンニングってできないのよね」
 見えるようになるまで、かなり時間がかかっておられた。かくいう私も最初はなかなか見えるようにはならなかった。一度、見えてしまえば、コツを飲み込んだというのか、ほとんどの絵や写真を裸眼立体視することができる。

 見方には「平行法」と「交差法」がある。「交差法」の方法は、未だに上手くいかない。しかし、「平行法」ができるようになれば、ほとんどのものを見ることができる。
 但しポスターサイズの大きなものは、ものによっては難しいこともある。

 さて、立体視は視覚としては幻視ではない。
 しかし不思議な感覚であることは確かだ。絵が、被写体が、ボンと立体で浮き上がった瞬間の感覚の揺れは大きい。
「オーッ」
「来た来た」
「すご~い」
「やややっ」
 あまり論理的な言葉ではなく感嘆詞!があちこちで上がる。
 
 すると見えない人は、ますます焦ってしまうのだ。そこをじっと我慢して、焦点をあわせないで「ボーっと」見続ける。
 
 昨日の朝日カルチャー土曜クラスのレッスンでも、久しぶりに3Dを楽しんでいただいた。
 本あり、下敷きあり、ポストカードあり、選り取りみどり、楽しんでいただいた。
 なかでもアメリカンサイエンスの「DNA二重螺旋構造」の立体視は、モノクロのものだが見えた瞬間の驚きは別格である。細部まで立体で浮き上がる一つ一つを見つめながら、模型を見るよりも、もっと立体感があっていいとほとんどの人が感じるらしい。

 東京国際ミネラルフェアの顧問のお一人で宝石学の権威である近山晶氏は、鉱物の結晶形を学ぶための「3Dカード」を見せてくださったことがある。精巧に描かれた結晶形は、見事なものだった。

 今年も、ミネラル会場でこの「3Dポストカード」をほしい方にお分けすることにした。
 それにしても人間の感覚の遊びはきりなく面白いことがありそうだ。
「先入観で物事に触れないように」とは野口先生の姿勢だが、新しい視覚の世界に踏み込むことも、眠っている感覚を呼び覚ます素敵な体験に違いない。
 
 日常の感覚でありながら日常を超えるって、なかなかいいものですよ!
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美しき雲母

2006年05月27日 20時39分47秒 | Weblog
 雲母の写真が見事だった。
 今日は、朝日カルチャーセンター土曜日クラスのレッスンだった。
 そこに佐治嘉隆さんが、来週から始まる東京国際ミネラルフェア会場に展示する写真を持ってきて下さった。

 その写真に映し出された現代アートを思わせる美しさに、ため息が漏れた。
 結局、数枚だけ選ぶことができなくて、全部を飾ることになった。
 
 粘土鉱物の「雲母」が、見せるさまざまな表情の多様性に、これぞ地球の威力だと誰でもが感じていたのだった。
 ありふれた鉱物としての「粘土鉱物」を侮ってはいけないとつくづく思う。
 
 さて、今年の東京国際ミネラルフェアでは、鉱物の魅力を堪能しつつ、そこに集う方々と、よりよいコミュニケーションをとっていきたいと思う気持ちが、さらにたかまってきた。
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東京国際ミネラルフェア顧問・野口三千三の話

2006年05月26日 09時53分04秒 | Weblog
 再三・再四ブログに書いている「東京国際ミネラルフェア」のこと。
 このフェアの顧問を野口先生は亡くなるまでの10年間されておられた。
「門外漢の自分が、顧問というのもおかしな話ですが、野口体操の考えから言えば、不思議はないかもしれない。ここで、伝えたいことは、素人の感覚で石を楽しむことなんです」
 
 専門家の知識や感性も大切だが、それだけではなんとなく寂しい。子ども時から化石や鉱物に親しんでいる人は、石を見分ける「眼力」が自然に備わっているだろう。この眼力もというものは、若いときから育てないと身につかな。
 しかし、それがなくても「石」は、十二分に楽しみを味わわせてくれる。

 たとえば「双眼実体顕微鏡」がある。
 倍率としては、10~40倍程度の低倍率である。ブーム機構を使って最高5・60倍くらいだろうか。あまり倍率を上げると、色が失われる。形も今ひとつ面白さに欠けるようになる。素人の領域を超えた知識が必要となる。
 
 そこで、野口先生が言われていた「立体で見えること」「日常の視覚の感覚をそのままに、延長したところで見えること」が、野口体操にとって、いや、一般の人にとっては貴重な体験だという考えになるのだ。
 「双眼実体顕微鏡」の世界は、親しみがある。自分と離れていかない感覚がいい。
 しかし、見えている世界はけっして日常ではない。では、完全な非日常か?というとそうではない。ちょっとだけ向こう側が覗ける感じなのだ。そのことが見る人のイマジネーションを刺激し、懐かしさを伴う驚きがもらえる。流行の言葉で言えば、既視感なるものを喚起される。

 こんな思い出もある。
 ミネラルフェアの会場の「野口三千三コーナー」でのこと。お母さんに抱えられはじめて「双眼実体顕微鏡」を覗いた3歳くらいの女の子が、しがみついて離れなかったことがあった。彼女にとっては新鮮な「視覚体験」だった。日常の延長にあるからこそ、幼い子どもにも面白さが伝わったのではないだろうか。
 理屈はいらない。鉱物学の知識を確認する作業とも違う。地球の華々が、これほど多様で美しく、同じものがひとつとないことへの扉が開かれた瞬間にそこにいた私たちは立ち会えたのだ。

 もうひとつ野口先生が、顧問を続けられた理由があった。
 最近でこそ貴重な標本にさわらせてくれる博物館も出てきたが、ほとんど場合、硝子ケースの向うだったり、手が届かないところに展示されて、遠くから眺め奉るというありかたではないだろうか。
 ところがミネラル会場では、自分の手にとって見ることも、業者の人と会話したり、お財布と相談しながらも自分の家にもって帰ることができる。
 そのことが石と親しむことにとっては、大切なことだと野口先生は考えておられた。手元に置くこと、身につけることによって、そのものとの一体感が生まれる。他人事ではなく、自分の問題となって、楽しみ・研究もできるようになる可能性が膨らむ。

 そうした素人感覚を失わないかかわりを野口先生は大切にされていたし、その思いを私たちは引き継いで、東京国際ミネラルフェアでお手伝いを、これまで何度なく続けてきた。

 昨日のブログに書いた「野口三千三先生落下の石」には、ご丁寧に「ミネラルフェア顧問」とまで書かれていた。夢中になりすぎるな! という警鐘も含まれてたのかも!?

 今となっては、懐かしいエピソードである。
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女性と鉱物

2006年05月25日 19時36分18秒 | Weblog
 鉱物の達人堀秀道VSビートたけし『女性ホルモンは「石」がお好き』の題名にあるように、鉱物コレクターは女性のほうが多いらしい。
 確かに、東京国際ミネラルフェアを第一回目から、欠かさず通っている私の印象でも、鉱物が増えてから女性が増えてきた。このフェア開催当初の19年前は、厳つい化石や、ごつい原石が多かった。そのころはマニアックな男性がほとんどで、女性の姿は数えるほどしか見かけなかった。

 東京国際ミネラルフェアでは、年毎に「化石」だったり「鉱物」だったり「隕石」だったりテーマがたてられている。「水晶」や「オパール」といった美しい鉱物が主役のときから女性は増えていく。宝石やアクセサリーがいつの間にか並ぶようになって、最近ではすっかり女性ファンが定着していった感がある。
 
 さて、石には風化はつきもので、ちゃんと保存していても崩れてしまうものがある。しかし、小ぶりの美しい鉱物は、そうそう崩れるものではない。石は腐らないし、生き物のように食事や排泄の世話をやかなくても、ちゃんと帰りを待っていてくれる。そのあたりも女性のこころを魅了する石の持ち味かもしれない。

 堀秀道先生から依然伺った話だが、標本は大きなものは必要ないという。つまり美形で色がよく小粒のものでも十分楽しめるところが「鉱物」のよさだ。色も結晶形も、小さいものの方が良質であるという。なんといっても場所をとらない。
 地球の華々を身近に置いて楽しむ趣味は、女性の感性にはぴったり来るものがあるといえる。

 で、堀先生の「鉱物化学研究所」には、美形鉱物の標本が、どのくらいあるのだろうか。数え切れないほどの品ぞろいである。
 毎年、ミネラルフェアの会場でお目にかかって、いつの間にか親しく話をさせていただいている。このブログにも書いたことがあるが、今年いただいたお年賀状には「モーツアルト石」の話が載っていた。さて、ミネラル会場でその石を手に入れることができるのだろうか。楽しみである。

 野口先生がご存命なら、どれほど楽しまれることか。先生は誰も気付かないようなハッとするようなものを見つける天才だった。あまりにも夢中になって鉱物を落としたことに気付かず、「野口三千三先生落下の石」と書かれた石が、展示されていましよと教室の方に知らされて、慌てて買い求めにいかれた先生だった。ところがその方もなかなか粋な方で、「お売りできません」と断られ、毎年皆さんの注意を促すために、最前列に展示されていた。
 ところが先生がなくなったその年に、その「野口三千三先生落下の石」が私のところに、郵送されてきた。
「羽鳥さん、ぜひ、記念にもっていてください」と、添えられた手紙には経緯と石の由来が書き添えられていた。今でも大切に保存している。その方にも会場でお目にかかれるのも楽しみなのだ。

 19回目の初夏の行事に、今年は毎日通うことになりそうだ。
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深読み! 「原初生命体としての人間」 6 非意識

2006年05月24日 19時43分45秒 | Weblog
 野口三千三先生の「大地も熱かっただろう」という敗戦後すぐの言葉に思いを添わせてみる。
 大地・土壌、そこには、目に見えない多くの生きものが生存している。
 実は、私が生まれたところは、新宿駅南口の坂を下って、甲州街道沿いに初台に向かって歩くことたったの2分のところだった。敗戦後23年に両親はそこに所帯をもった。翌年、私は生まれた。
 幼いころの思い出では、庭にはイチゴ・枇杷・無花果など果物が実ったり、ちょっとした野菜も取れた。
 鶏小屋もあって、産みたての卵を取りにいくことや、鶏に餌をやるのは、幼いころの私の仕事だった。それは、昭和30年前のことだった。
 夏など、近くあった淀橋浄水場の土手や、甲州街道を越えて代々木に向かうところにある玉川上水に、夕涼みがてら蛍狩りに出かけた記憶もある。
 
 現在の新宿からは想像はつかないことだろう。
 因みに、私を取り上げてくれたお産婆さんは、母を取り上げた人でもあったという。母娘二代に渡って、どうしても面倒を見たいという気持ちにこたえて、母は自宅出産を選んだらしい。
 そうした暮らしぶりが敗戦後もしっかり残っていた新宿である。

 そんなことを思うと、野口先生が、焼け野が原の新宿の街に立って感じられた「大地も熱かっただろう」という思いには、大地に棲む生きものを慮って、言われた言葉に違いないと最近になって気がついた。
 人間の目には見えない生きものも当然存在する。
 つまり私たちにとって大切なことは、目に見えないもの・耳に聞こえないものにも、思いを馳せるイメージ力だということを、先生は気付きそのことを伝えたかったのだろう。

 地球生物としての人間は、当然、地球誕生の物語と地球の進化(変化)の歴史をになってこの世に生まれたと考えられても不思議はない。
 人間の意識、その意識に深くかかわりをもつ「言語」がある。
 しかし、言語以前に、むしろことばにならない多くのメッセージが、地球から・大地から・岩石や鉱物から発せられ、そのメッセージを聞き取る感性を持ちたいと晩年の先生は、励まれていたように思う。
 
「こころの主体は意識ではなく、非意識の自己の総体である」とは野口先生の名言だが、この言葉は、先生自身のからだの動きの探検の過程から生まれたものである。その言葉が、後に先生を「隕石・岩石・鉱物・化石」の世界へと導いていった。
 こうした意識の捉え方の違いが、野口体操に独特の歩みをさせていることだけは間違いない。

 話し変わって、佐治嘉隆さんの「雲母・ニュートンリング」について、やさしく丁寧に書かれているサイトがあります。ブックマークから入ってみてはいかがでしょう。オススメ!
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深読み! 「原初生命体としての人間」 5 大地との一体感の話

2006年05月23日 19時20分15秒 | Weblog
 岩波同時代ライブラリー版『原初生命体としての人間』の付録に、野口三千三先生のインタビューが載っている。題は「感覚こそ力」。
 
 その中のエピソード。
 野口先生は、戦争末期「破壊消防」(延焼を防ぐためにあらかじめ建物を壊しておく作業。主に公共建物の周辺を中心に行う)に、携わっておられた。
 敗戦後、そのあたりに佇んでみると、その作業もむなしくすべてのものが焼き尽くされていたという。

 その場に立って、何を感じたのか。
 野口先生は語る。
「大地も熱かっただろう」
 猛火に焼かれる町。下町はもちろん、幡ヶ谷の東京体育専門学校の校舎の屋上から見える新宿も、焼け野が原になっていったその様子を目の当たりにした先生だった。
「何もかも失われた町は、赤茶色の大地がむき出しになっていた。日本は負けたという思いをもちながら、大地がそこにあることを、実感したんです」
 
 インタビューとは別に、その思いを語ってくださったことがあった。
「食料を調達に行った前橋で終戦を迎え、そのあとどうやって東京に戻ったのかよく覚えていなんです。列車に乗り継いだり、歩いたりして、戻ったんですけどね」
 そして新宿の焼け野が原に立ったのだという。
 その経験によって、「大地と自分が一体」になる実感を、先生は得たのだ。

 その後、時間をかけて先生のなかでは、その思いが熟成していった。
「生命を遡ると地球ができるところまでいってしまうんです。岩石・鉱物から原初の生命体を考えざるを得ないわけです」と。

 宇宙から生命の種が飛来して生命体が生まれたという「アストロバイオロジー(宇宙生物学)」という考えもあるそうだ。
 しかし、野口先生もいわれるように、地球が生命を生み出したという考えに素直に頷けるのは私だけではないと思う。
 
 そして無機界と有機界を結ぶ無機物質として登場したのが「粘土鉱物」である。 この分野の研究者は少ないのだろうか。

 野口先生の大地と自分が一体という感覚を裏付ける研究がすすむことを祈っている昨今である今年のミネラルフェアは、久しぶりに新鮮な思いで会場を回ることができそうだ。
 粘土鉱物は少ないだろうが何かありそうだ。
 連休中に伺ったノーベル社の83歳になられる土屋さんにも、再びお目にかかれることが楽しみだ。
 教室の皆さんを、ぜひご紹介したいと思っている。
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粘土鉱物 雲母に因む話

2006年05月22日 15時45分55秒 | Weblog
 先日、ある方から「新潮45」2006年5月号の記事のコピーをいただいた。
 「達人対談」堀秀道VSビートたけしー女性ホルモンは「石」がお好き?-という題名の対談だ。
 そのなかに雲母の話があったのでご紹介したい。
 
 雲母は耐火性・耐熱性がある。
「ハンダゴテを使うときに、この雲母の上にコテを置いておきます」と堀先生のことば。
 なんでもトースターやアイロンの中の断熱材にも使われているそうだ。
 香道でも雲母の上に香木を置いて、香を楽しむという話を土曜日クラスの方から伺ったことがある。一枚ずつはがしていくと非常に薄い雲母だが、思いがけない強さがあるようだ。

 さらに堀先生はおっしゃる。
 地震国の日本では、昔のように窓ガラスを雲母にした方が、被害が少なくていい。割れても硝子よりも軽いし、硝子のような切り口にならずに、落ちてきた破片で怪我する可能性が少ないという。火事が起きても耐火性もあって延焼防ぐ効果もあるそうだ。最近では人工的に作ることもできるようになったらしい。
「雲母の合成技術を使えば、いろんな色を付けることも出来るので、高層建築などにはぜひ取り入れてもらいたい」と。
 以前、私は、石膏を主に集めたことがある。向こうが透けて見える石膏もあって、これも窓硝子として使われていたと鉱物の本で読んだことがある。

 なるほど鉱物に隠されている力は、計り知れないものがあることに気付かされる。すべて地球が生み出したものだ。
 鉱物に限らず、地球は数々の傑作を生み出している。地球が生み出すものは、出来損ないというものはない。すべてが傑作かもしれない。
 そのなかで、人間が「地球のユダ」にならないように祈りたい。いや、地球は、傍若無人な振る舞いを見せる人間には鉄槌を与えるだけで、地球にとって「ユダ」は存在しないのかもしれない。それが自然であり、地球なのだということを野口体操を通して教えられてきた。極めつけは、『自分は自然の分身』という野口三千三先生の言葉だ。

 ところで、佐治嘉隆さんが第19回東京国際ミネラルフェアに向けて、粘土鉱物の雲母の写真を撮っておられる。
「接写すればするほど、色がなくなってしまうんです」
 話しておられたは、先週の土曜日のこと。
 白雲・黒雲・紅雲母、絹雲母などなど、偏光顕微鏡を通すことはせず、日常的な視覚の延長線上で面白い写真を撮りたいという挑戦はまだまだ続いているのかしら?
 
 フェア開催まであと11日。
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深読み! 「原初生命体としての人間」 4 鉱物らしからぬ性質ゆえに

2006年05月21日 09時14分09秒 | Weblog
 今年の東京国際ミネラルフェアは、スーパーミネラル、つまり博物館や一流コレクターに向けたハイクラスな鉱物が勢ぞろいするらしい。
 お知らせが載っている「新宿副都心ニュース」の写真も「金」「トルマリン」「銅」「アクアマリン」などなど美しい鉱物・宝石・貴石などの写真が並べられている。
 しかし、これだけではなく、例年通り手ごろな石や化石もあるようだ。

 ところが野口体操の授業では、その意に反すかのように、ありふれた鉱物・鉱物らしからぬ性質をもつ「粘土鉱物」に興味を持って、いろいろな試みを行っている。
 高価な値がついて取引されるものは、希少価値・美しさ・永久不変性など、一般的な常識にのっとっているものである。
 それに比べて「粘土鉱物」は、地球上の何処にでもあるありふれたもの。
 つまり、粘土・粘土鉱物が分布しているところは、地殻の上層部にあって、気圏・水圏・生物圏に接し交わっている。到底、希少価値もなく、とりたてて美しさを競う鉱物でもなく、永久不変という「変わらぬ硬さ」をもっているものでもない。早い話が「東京国際ミネラルフェア」などではお話にならない鉱物なのである。

 しかし、私たちが興味を持つのは、「生命」とのかかわりである。
 先日来問題にしている『生命の起源 地球が書いたシナリオ』中沢弘基の著書によるのである。
「生命は地下で発生し海洋に適応放散した」という考えに共感するところから「粘土鉱物」への関心が始まった。
 大陸移動説・ダイナミックに流動する地球観によって「生命の起源」を新しく解き明かしていこうという著者の姿勢に、痛く共鳴するからだ。
 すべては大胆な仮説からはじまる。あえて暴言をお許しいただけば、野口三千三先生が書かれた『原初生命体としての人間』だって、1970年初版が出た当時から20年以上も、珍書の部類に入っていた。はっきり言ってある一部の人たち以外からは、奇異な目で見られるどころか、振り返ってももらえなかったのが現実だった。

 実に、中沢氏が書かれたこの本の姿勢が、気に入っている。
 昨日は、朝日カルチャーのレッスンに、日常生活に「粘土」が活かされているものを持っていった。にぎやかだった。驚くほどの関心を示していただけた。
 できることなら、このテーマは、時間をかけて追ってみたい。

 そこで、おさらいと展望。
 粘土鉱物の性質「親水性」「膨潤性」「揺変性」が、他の鉱物にはない独特の性質である。そのことは素人にも分かる話だ。話だけでなく、近々、その実感を味わえる方法を編み出してみよう。
 
 ミネラルフェアの会場には、粘土鉱物を置くブースはありえない! 
 しかし、会場にいることで、人に出会うことができる。人に出会うということは、直接・間接ともに情報が行きかうことである。
 野口先生が東京国際ミネラルフェアにかかわりを持たれて20年近く。
 毎年、そこに通ったことは「無機界と有機界を結ぶ無機鉱物としての粘土鉱物」をもっと深く知る一本の道だったのかもしれない。
 
 価値というものは、希少価値もあれば、ありふれたものだからこそ「生命」にかかわっていく「普通の価値」もある。「普」とは「あまねくひろく」という意味である。動詞としての「通」がつけば、脳の神経細胞が、ある刺激によって触手を伸ばし、新しいつながり・関係を見つけていくその姿が思い出される。

 粘土鉱物が示す「親水性」「膨潤性」「揺変性」という生物と親しむ「鉱物らしからぬ性質」は、そのまま野口体操の原理に一致するもの? 

 というわけで美しい希少価値の鉱物も楽しみながら、地球の懐の深さを改めて感じてみたいと思っている。
 それも 深読み! 『原初生命体』なのではないかとも?
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深読み! 「原初生命体としての人間」 資料3 日常の中の粘土鉱物

2006年05月20日 09時41分05秒 | Weblog
 粘土が使われている日常のものを、今朝になって、集めてみた。
 前々回のブログでご紹介したサイト「ある粘土研究者の日誌」に載っていたものの14種類のうち、「入れ歯安定剤」と「バリウム」はなかった。
 そのほかのものは、手近にあってすぐにも集められた。
 
 今日の朝日カルチャー土曜教室のレジュメを、昨晩から書いていて、持っていく気はなかったが、手元に置いてみたかった。
 集めてみると、やっぱり実感! 現物をご覧に入れたくなってしまった。
 きっともっと沢山のものに使われているに違いないが、これだけでもすごい。

 実は、粘土鉱物を砕くと、ものすごい微粒子になる。そのサイズからいって当たり前なのだけれど。
 飛び散った粉が喉に張り付いたらどうなるだろう。
 先日、うかがったノーベル社でも、粘土鉱物の微粒子が舞っていて、なんとなく喉がいがらっぽかったことを記憶している。その微粒子が粘膜に一度はり付いたら、咳をしてもなかなか取れないような感じがしていた。

 そこで、海洋堆積物を構成する粒子のサイズの比較を書き写しておこう。
 
 礫=センチメートル(cm)
 砂=ミリメートル(mm)
 泥=マイクロメートル(㎛)
 泥の中でも0コンマ2マイクロメートル(㎛)以下の微粒子を粘土と呼ぶ。
 このサイズは、走査型電子顕微鏡の世界に入る。分子や原子よりは大きい世界ではあるが、私たちの日常の「目」のままで、明確に形や表面の凸凹やなどは見ることはできない「サイズ」なのである。
 たとえば、走査型顕微鏡で血管のなかで血球がばらばらと散在しているのが見える。それよりも細かいのが粘土鉱物をくだいてできる粉の状態、つまり「微粒子」なのだ。
 
 これはますます面白いことになってきた。
 粘土鉱物のサイズの話から思い出されるのは、「現代社会は粉っぽい」と粉体工学の三輪茂雄さんの言葉だ。
 現代生活のなかで、「粘土」「粘土鉱物」があらゆるところで使われていることが分かってくる。それだけではない。
 古から、鉱物を砕いて臼で挽いて白粉にしたり、臼で挽くのは抹茶・蕎麦粉等々、生活のなかで「粉」「微粒子」が活かされ続けている。

 野口体操に引き寄せれば、野口先生が体のなかを分ける感覚として、興味をもたれた「砂」「粉」、そして、佐治嘉隆さんが作られた「アトミックス」(1mm)のステンレスの玉をプラスティック板を張り合わせたなかに6666個入れることで、その動きを見て、動きにつれて聞こえる音を聞いて、体のなかの流体をイメージしたその世界とも通じてくる。
 
 なんだかひとりで興奮してワクワクしてごめんなさい! という実感を得ている。
 佐治「アトミックス」のプラスティックにも「粘土(鉱物)」が使われているらしい。
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現代に生きる学生にとって「感性の覚醒」とは?

2006年05月19日 14時25分45秒 | Weblog
 立教大学の授業で、ひとつの新しい試みを行った。
 実験授業といってもいい。

 それは野口体操の「寝にょろ」「腕にょろ」「ふくらはぎぷるぷる(支えとぶらさげ)」といった動きが、どのように表現されているのかを、比較研究する課題である。
 
 ひとつ目の資料は、日本体育学会機関紙「体育の科学」第55巻 第6号「特集:新しいトレーニング」に載った「柔軟性のトレーニング」のなかにある「寝にょろ」。
 これは脳科学・心理学の成果を入れながら論文を書くように依頼されて私が書いたもの。人間の赤ん坊が「寝返り」を打てるようになれるまでの4ヶ月間に起こる「ジェネラル・ムーブメント」と「発達」の例を挙げながら、新生児の時代に養われるコミュニケーションを論じたものと野口体操の「寝にょろ」の意味を探った部分。1枚だけだが写真もついているもの。
 
 二つ目の資料は、日経ヘルス2006年3月号「柔らかくゆらゆら揺らすとストレスも凝りも溶けていく」と題して、紹介された4ページの記事。モデルさんに私が行っている写真と、編集部の方が書いた丁寧なやり方の説明もある。
 
 三つ目の資料は、再三このブログでも取り上げている2006年3月30日テレビ東京「朝は楽しく!」。正味33分の番組。

 同じ動きを、学会誌・新聞社系列の健康誌・テレビ放送による朝の情報番組といったまったく異なった媒体が伝えるとき、どのような表現の違いがあるのか。受け手にはどのような印象の違いがあるのか。多角的な視点を持ち、自らの実践を含めて学生に比較研究してもらうことだった。
 
 一気に授業の雰囲気が変わった。
 知的に情緒的に身体的に、新鮮な体験をする授業のようだった。
 なにより学生同士のコミュニケーションが、非常に和やかになっていった。

 これをもとに来週はどのような展開をしようかと、今から楽しみになってきたところだ。現代社会に生きる学生に、新たに感覚を啓き、体験と経験を重ねてもらい、学生同士のコミュニケーションを持つことから、身体とどのようにかかわることができるのかという授業課題を、私自身の問題として持つことができた。

 授業がアクティブであることが、学生にとって「感性の覚醒」を可能にすることは間違いないようだ。
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粘土鉱物 サイトご紹介

2006年05月18日 09時08分38秒 | Weblog
 粘土鉱物に関するサイトのお知らせが、私個人のメールに入ってきます。
 読んでみると大変参考になる。

 今までの粘土に対するイメージが変わってくることは確かだ。
 子供ころに美術の時間に粘土で何かを作った記憶があるが、あまり好きな時間ではなかった。なんとも臭くて、手の感触がよくないと感じていたから。
 
 一冊の本をきっかけに、変わってくるのだかから、人間のイメージ能力をどのように拓いて行くのか、そしてそれをどのように実感していくのか、教育のいちばん大切なテーマをもらったような気がしている。
 
野口体操を通して実感したことは、本を読むことが楽しい、何か試してみることが楽しい、硬い言葉で言えば「学ぶことが楽しい!」ってこと。
 ひとりの力は限界がある。何人かが協力して探っていくことを、実は、野口先生ご自身が、小学校の授業の中で実践されておられた。今では普通に行われていることだが、昭和11年、初めて赴任してから8年間の間に、実践されたこと。それはグループで学びあうという「グループ授業」の展開だ。

 とりあえず、粘土に興味のある方は、この左にあるブックマーク:アドレスから入ってサイトを読んでみてください。

http://clayman.info/
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地球の砂漠化と粘土団子

2006年05月17日 20時02分24秒 | Weblog
 春秋社から一冊の本をいただいた。
 『<自然>を生きる』福岡正信著 聞き手・金光寿郎 春秋社である。
 とりあえず、「粘土団子」のページをめくって拾い読みしてみた。
 1996年刊だから、10年前に上梓されていた。
 それまで積極的に自然農法を薦める気はなかったという。1995年ごろから、習いたいという人が多くなったらしい。この本が出版された96年4月に初めて粘土団子の作り方を教えたそうだ。

 私が福岡さんにお目にかかった1970年代最後のころは、「粘土団子」という言葉はなかったと記憶している。

 この本を見て驚いたのは、広い面積で粘土団子を作るときには、ミキサーを使うのだという。いちばん簡単なやり方は、手作りである。
 予想外だったのは、ひとつのものを植えるのではなく、同時に微生物も植物も薬草類もミックスして、あらゆるものを同時に蒔いて、どんな動物に食われても砂漠の中で何が来ても平気な格好の粘土団子を作ることだと書かれていた。

 粘土鉱物の特徴である親水性を上手く活かして、粘土団子に含まれている水分だけで、植物の種は発芽するのだという。

 団子に使う土は、水田の土のように肥えた土では水に溶けやすいので、福岡さんは自然農園の赤土を使うとかかれている。

 その先を読むと福岡さんの変わりにインドやアフリカに行く人のなかには、価格の高い有用菌を入れたら尚いいだろうと、金を出して入れる人もいるそうだ。
「粘土団子が商売の種になる危険性がでてきているんです。微生物も企業の手にかかる金儲けの材料になるんです」
 資本主義経済のもとに、農業も工業製品と同じように生産される時代に、福岡さんの純粋な思いは、潰されていくのだろうか。

 この本は、人間にとっての幸せな暮らしとは何かを問いかけてくるもののようだ。
 土と農業を通して自然と語り合い、自然の智恵を身につけられた福岡正信さんは、世界でも稀有な発想の持ち主であることが、「粘土団子」を通して見えてくる。

 あらゆるタネが入った「粘土団子」が地球を救うとは、帯の言葉だが、粘土鉱物が無機界と有機界を結ぶ、鉱物であるという仮説が、より真実味帯びることのように感じられる一冊である。

「粘土団子を作って子どもが蒔いたらそれでいいんです。鳥になって蒔いていれば、それでいいんです」
 福岡さんの言葉が身にしみる。
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