羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

シャニダールの花から「身体巡礼」へ、そして再びシャニダールの花へ

2014年06月23日 15時15分20秒 | Weblog
 養老孟司先生の近刊『身体巡礼』新潮社を読了した。
[ドイツ・オーストリア・チェコ編]とあるからフランスやスペインあたりも続編としてあるのかな、と予想しながら読んでいたら、“あとがき”らしきところに、すでに南欧のイタリア・ポルトガル、フランスを飛び回っているらしいことが判明。
 いやいやお元気だ。禁煙せず、夜中までゲームにはまり、人様があまり見向きもしないような虫を愛でる暮らしぶりがよろしいのかもしれない。
 
《いくら合理性を追求したって、いずれはお墓だよ。お墓で終わる人生に、どういう合理性、経済性があるのか。喜寿になったら、いくらなんでもそういうことは考える》
 喜寿になられたのですね。

 はじめてお目にかかったのは、50代の養老先生だった。東大の五月祭で、たしか物理学専攻の学生が企画したセッションでのことだった。野口三千三先生のお供で、ご尊顔を拝する機会を得た。お二人の公開講座後に拝見した「標本室」は、圧巻だった。
 
 それから1991年に、朝日カルチャーセンターの公開講座に、今度は養老先生をお招きして『野口体操を解剖する』を企画させてもらった。
 そのとき朝カルのある方にいわれた。
「畏れもなく、よくぞ(お二人に)鈴をつけにいって……」と。
 その記録のほぼ三分の二を『DVDブック アーカイブス野口体操』春秋社に納めさせてもらった。
 2004年になってからだから、野口先生はすでに上野寛永寺の墓の中。
「エッ、養老先生の髪が黒い!」
 マスコミや出版関係の方々の第一声はこの言葉だった、編集者から聞いた。
 本を読みながら、当時のことを思い出し、DVDブックに納めなかった養老先生独演30分を、久しぶりに再生してみた。おもしろい!
「一人称の死、二人称の死、三人称の死」、「脳死は死か」「生と死の境界線には絶対的な基準はなく、時代と社会と個人の考えによって異なるのが当たり前」「不可逆的に死に向かう身体」等々について語られている。
 一般に出せないのが勿体ないことだが。

 さて、解剖学者が見た“東欧の墓巡り紀行”を読むうちに、頭蓋骨がかわいらしいものに見えてきたから不思議だ。ハプスブル家の話は圧巻だが、もうひとつ驚かされる写真が掲載されている。「セドレツ納骨堂」である。日本人の思い描く納骨堂は、火葬された骨が納められた骨壺が並ぶのだが、こちらの納骨堂は、天井・シャンデリア・聖杯・十字架・家紋……ありとあらゆる室内装飾が人骨、注を読むと「生と死は表裏一体であることを表現している」そうだ。近隣諸国のものや、ペスト流行時のもの、フス戦争によるものなど諸説あるという。
 フスと言えば、まだ読み切っていない『宗教改革の物語』がらみか?と思う。
 目を凝らしてその正体に驚くが、この発想は「死の舞踏」つながりなのだろうか。いや、違う様な気もする。
 東大の博物館で、たくさんの頭蓋骨を見たことがあるが、一人一人、時代によって、出土する場によっても、頭蓋骨の形というのはこれほど違うものかと感心したことがあった。生前、この中におさまっている脳の働きは、さらに違う。命あってのもの種、とはよくいったもので、骸骨になってしまえば秀才も鈍才も聖人も俗人も関係ない。美人とて同様だ。乾いた気候の墓文化と、日本のようなウエットな気候の墓文化では、はじめから立ち位置が違っていることが、読めば読むほどに伝わって来る。

 養老先生にして「きちんと調べないと誤解が生じる」と言わしめている記述に「治療ニヒリズム」についてがあった。現在でいう「自然食品志向のような、自然志向の考え方だった」と。そこまでに医療文化論が展開されて、その後にも「自然志向の向かう先き」と小見出しをつけて、都市の自然志向に養老流警鐘が見え隠れする文章に出会う。ここだけでも一読の意味が深い。『第5章 ウィーンと治療ニヒリズム』を読むうちに、生の講義を伺ってみたいもの。追っかけでもしますか?という心境にさせられた。

 更にすすむと、おっしゃるとおり、《お墓が中心 生命の消えた身体をどう扱うのかーそこに現れる表象こそ、その文化社会のもつ「身体性」だと、考えてみる》第8章の扉の言葉は、墓碑に刻まれるアルティメットな永遠の問いに違いない。
 はたと膝を打つ。つまり、第1章から第8章まで、各扉は墓碑であった!そこに刻まれた言葉に一つ一つ深い謎と謎解きが込められているのだと気づいた。急く気持ちを抑えて、目次ページを見直す。洒落た配置は、墓巡りの醍醐味を暗示していた、のだ。見開きページに隠された文字は「メメント・モリ」。
 この墓にまつわる話には、知的な刺激が満載されて楽しく読めるが、読んた後の本の重さはずしりと重い。
「シャニダールの花」、つまり“人間の心の発生時”に、遡ってみようか。数十年前に、養老先生のご著書で知ったことだった。

 なぜ、人は装身具を身につけるのか。
 なぜ、人は装飾を行うのか。
 なぜ、人は埋葬儀礼を行うのか。

 野口先生が、石の世界から装身具の世界にのめり込んだ、その謎解きがこれからはじまる気配を感じつつ、本を閉じた。
 野口体操で”身体を考える”とは、こうした作業の積み重ねかしら。
コメント (2)

文化学園服飾博物館「世界のビーズ  Beads of the World」

2014年06月22日 07時17分11秒 | Weblog
 それらは、とても懐かしかった!
 野口三千三先生が装身具について話される声と姿と様子が、沸々と目の前に、いや展示されているビーズの品々に重なって見えたから。
 新宿駅南口を初台方向に、坂を下って5分ほどで、この博物館に到着する。甲州街道沿いのビルの中にある。

 朝日カルチャーのレッスン前に、時間の余裕をみて立ち寄ってみた。
 どこの国の民族が、どのような衣服に、つけていたのかわからなかった。この会場でその使い方や出所が判明していく楽しさに時間を忘れてしまった。

 野口体操になぜビーズなのか?
 始まりは数十年前に催された『6万年前のネアンデルタールとクロマニョン人展」だった。
 スンギル遺跡から発掘されたクロマニョン人の埋葬に、たくさんのビースが残されている展示品への驚愕だった。野口先生はさらに飢餓状態にあるアフリカのある民族の母と子が、配給される食料をもらうために並ぶ写真を見て、ここでも驚きの声をあげた。早晩、砂漠の砂に横たわって最期の時を迎えるだろう、というからだには、首や足首に装身具が見られたからだった。
「装身具とは何か」
 その疑問が野口先生の全身を閃光のごとく駆け巡った。
 それがすべての始まりだった。

 さて、beadsの語源を辿ってみるとアングロサクソンのbiddah 祈る。あるいはbede 祈る人だそうだ。
 ビーズの歴史は古く、紀元前にまでその源をたどることができる。
 太陽と月を象徴する球体をつくった、という説をWeb上でみつけた。神に祈る道具ということになる。
 それが権力や富、大航海時代には貨幣として用いられていく。15世紀以降ヨーロピアンビーズが貿易によって流通していく。
 いったい人々は、どんな思いでビーズと物物交換したのだろう。

 この展示の中に、びっしりビーズを施した子どもの帽子やジャケット、ベストを見た。一針、一針に込めた親の愛情が痛いほど伝わってくる。美しいだけではない。楽しいだけではない。いつ起こるかわからない不幸な出来事、いつ命をもさらす危険に遭遇するかもしれない。びっしりのビーズを縫い付けることで、それが防弾チョッキの役目を少しは果たすかもしれない?気休めでもいいのだ。
 とりわけアジア、中東、アフリカ、東欧、紛争地域の民族衣装には、見事なビーズ意匠が見られる。
 私たちができることは僅かしかない。それは、まず、祈ること。
「beadsとは祈りである」ことのいちばんの証明。
「体操とは祈りである」という境地に達した思いを、もう一度うけとめたいと、展示物を見ながらしみじみと思った。
 それはそのまま映画『NOAH』が最後に描き出した慈悲と愛に通じる、といってもいい。
 人間ほど恐ろしいものはない。救いがたいものはないかもしれない。しかし、しかし、……である。
 祈りと希望を失ってはいけない“一針に一縷の望みをかける”のは、あまりにも非力で甘いと言われるかもしれない。としてもそうせざるを得ない思いを大切にしたくなる。一方に虚飾・権力や富をひけらかす虚栄があるとしてもビーズはビーズなのだ。
 すべてはコインの裏表。そこに救いがある筈だ。
 
 尚、拙著『野口体操 感覚こそ力」』「 体操とは祈りー装身具」で、野口三千三先生の思いに少しだけ触れています。

 文化学園服飾博物館6月18日にはじまったばかり。9月13日(土)までやっています。一度、ご覧あれ。
 この建物ロビー正面に、石の壁画があります。化石が入っています。さまざまな石を眺めるのもお楽しみかと……。
コメント

『NOAH』の世界へ

2014年06月19日 08時30分45秒 | Weblog
 養老孟司先生じゃないけれど、血圧が上がりっ放しで、劇場のシートに座って見続けた。
 昨日、朝一で「ノア 約束の舟」、映画を観ていたときのことだ。
 つまり、最後に選択される「慈悲と愛」のために、次から次へと重ねられる緊迫感に身じろぎすら出来なかった。
 神から選ばれし者として、使命を忠実に果たすためのに、容赦なく残酷な行為にも一心不乱に突き進むノアの物語である。
「過酷な自然の中から生まれた宗教が伝える伝説の物語に、圧倒されるばかりだ」と。

 日本人の感性ではついていけないほど、善と悪が峻別される。
 そして家族との葛藤の中で、神の使命を全うしようとする人間の苦悩が、残酷なまでに冷徹に描かれる映画をはじめて観た、と思えた。
 
 決して気持ちのいい映画ではない。ユーモアもなければ、喜びも哀しみもない。
「人間って、こんな存在なのだろうか。これが原罪を背負って生きるということか。これがひとつの原点なのだろうか」
 日本人として、自分には、なかなかに厳しい。
 しかし、人間の本性に悪が存在し、他者や、他の生ものの多くを踏みつけにしても生きたい欲望がないとは言えないことを容赦なく描き出す。
 
 スクリーンから目が離せない体の内側では、血圧が上がる一方だ。
 なのに映画の途中で席を立つ行動をとる気持ちは、微塵も起こらなかった。

 そもそもこの映画をなんとしても早く見に行きたい思いに駆られたのは、読んでいる本の内容を確かめたかったことが理由のひとつだった。
 半分を少し超えた本『宗教改革の物語』佐藤優著 角川書店 16世紀の宗教改革に先立って、改革の先鞭をつけたチェコの宗教者フスからはじまる物語。神学論争は単なる形而上のことではない。選ばれし者として重荷を負い、主体性を持って邁進する。その行為の先に火刑という人間が下す裁きが待ち受けているフスもまたもうひとりのノアなのかもしれない。
 宗教改革が近代という時代を拓き、民族、国家といった概念を形ずくっていく過程が物語られているらしい(まだ最後まで到達していないので、“らしい”です)

 もう一冊は『資本主義の終戦と歴史の危機』水野和夫著 集英社新書 である。こちらは一気に読み進めることができる。見事な文明論、宗教論、文化論である。この本については書きたいことがたくさんあるが、一つだけ、殊に映画に誘われたところだけ触れておきたい。
 ページ160、美術史家ジョン・エルストナーとケント大学教授ロジャー・カーディナルは『蒐集』のなかで《「ノアの箱舟のノアがコレクターの第一号」とも言っていますから、キリスト教誕生以来、キリスト教は霊魂を、資本主義以前の帝国システムにおいては、軍事力を通じて領土、すなわち農産物を、そして資本主義は市場を通じて物質的なもの、最終的には利潤を「蒐集」するのです。ノアから歴史が始まったキリスト教社会にとって、資本主義は必然的にたどり着く先だったわけです。資本主義とは人類史上「蒐集」にもっとも適したシステムだったからこそ、中世半ばになってローマ教会は「利子」や「知識の解放」など、本来禁じていたことを認めるようになったのです。》
 エコノミストが描く宗教と経済の物語が投げかける意味は大きいと思いつつ、たまたま同時期に公開になった映画を見に行くことにした、というわけ。
 
 さて、「使命を引き受けることとは、責任の所在を明確にすることとは、キリスト教が描く正義とは、主体的に生きる人間とは……、何か」。
 この映画には、すべてが描かれている。
 重すぎるし難しかった。
 とはいえ今の日本に置き換えてみると、「原発事故」の後の問題。「集団的自衛権」の問題、「TPP交渉」の問題、「世界のエネルギー」問題、等々について、日本が西欧的な価値観とどのように対峙していくのかを考えるとき、二冊の本と映画「NOAH(原題)」は、はずせないと感じている。
 
 さておき、水曜日の映画館の客は、女性が9割だった。もちろん私の隣には、友達と連れ立った若い女性が座っていた。彼女達も身じろぎ一つせずにスクリーンに釘付け状態だった。
 いよいよ……ENDにさしかかったシーンで、すすり嗚咽がきこえた。つられたわけではないが、ジーンと胸に迫るものがあった。
 しかしなぁ~、日本人では絶対と言っていいくらいに描けない質の映画であることは間違いない。
「もっと覚悟をして観に行けばよかった」と思っている。

 養老先生が最後におしゃっている。
『ノアに共感はしたけれど、自分は違うなと思いました。もし神の啓示を受けても「降ります。他の人にしてください。もっと適任者がいますって」と言って逃げるだろうな(笑)』
 観る前に読んだときと、観てから読みかえした今では、言葉の重さが違ってしまった。
コメント

念ずれば通ず 念ずれば花ひらく

2014年06月17日 10時53分35秒 | Weblog
 今週、念じていたことが二つ通じた。
 一つは、電話をかけようか、メールをあげようか、どちらも二の足を踏んでいて、迷いの中にあった。
 その人と、バッタリ出会った。短い時間、立ち話ですますことができた。

 もう一つは、隣家の植木の問題が解決したこと。
 昨年も枝おろしを頼みにいったのに、結局、やってもらえなかった。
 今年の大雪で、払っていなかった枝が折れて、枝先についたこんもりした葉の群れが雨樋に覆い被さって、雨水がそこから溢れもれてきていた。
 もちろん、連休前におねがいに行った。
 しかし、なかなかやってもらえない状態が続いていた。
 いっそ「こちらでシルバー人材に頼んで請求書をおもちします」とまで言いたかったが、それって喧嘩を売るようでなかなか踏み切れなかった。
 先週の豪雨である。なんとか道でバッタリ会えないものか、と偶然に会えた体験から念じてみた。
 すると先週末の土曜日のこと、朝日カルチャーからの帰りに、自転車でこちらに向かって来る隣人にであった。
「おねがいしまーす。とても困っているんですー」
「はいはい」
 自転車を止めることなく、すれ違って行ってしまった。

 昨日、夕方になって気づいた。
 なんと我が家にかかっている樹木の半分だけ枝がおろされていた。
 まさしく“念ずれば通ず”。
 というわけで、二つの問題は解決の運び。

 次に目指すのは“念ずれば花ひらく”である。
 二つほどある。
 これは密かに念じていたい。

 そうそう以前にこのブログに書いた「二重苦」は、今のところ落ち着いてきた。
 母は、5月5日の「石を愛でる会」以降、安定した状態で推移している。
 で、私の振動問題も、揺れはあるんですけど! 自分のなかで消すことができるようになった。

 6月も半ば過ぎ。
 2014年上半期の綱渡りは、なんとか無事に渡りけれそうだ。
 こういうときに使う言葉「お・か・げ・さ・ま」です。
コメント

立ち読み、いえいえ『「立ち机」』、座って読んでます!

2014年06月12日 09時04分08秒 | Weblog
 北村昌陽さんのFB「今、どんな気持ち?」に『日経ビジネス[アソシエ]』2014-7月号「立ち机」のリポートが掲載される、という投稿があった。
 10日発売日になるのを待って、さっそく近くの書店で、立ち読みを決め込んでいた。
「なになに?!フムフム」
 スエーデンでは75%のオフィスがこのスタイルを導入している。
 詳しい話は雑誌を買って読んでみてください。

 立ち読み状態で、他のページもめくった。
「オッ、へー」
《曲がり角の先にあるもの」 連載の第一回は『「花子とアン」の村岡花子に学ぶ』》に目が止まる。
 それでも買う気持ちは、まだ、起こらない。
 更にページをめくる。
「あッ、いいな~」
 なんだか不思議な写真に目が止まった。
《「失敗しない手みやげ」『目上の方に イル・ブルー・シュル・ラ・セーヌの「昔カステラ」』》
 スポンジ生地だけというシンプルなお菓子の色は、濃い茶色で、そそられる色だった。
 読むと《芳醇な香りと深く、濃い甘みが広がり、「これがカステラ?」と思うはず》だ、そうだ。

 決まったね。
 雑誌を手に取って、レジへ。
 その後は、買ってしまった安心。積ん読くになる。
 
 ところが6月11日付け、日経新聞朝刊に『物価考ー世界の底流 下』の話が面白かったことで雑誌を再び手に取る。
 新聞記事内容は、ざっとこうだ。
 まず、LINEのことから話は起こされる。
「そういえば『日経アソシエ』に社長の記事があった!」
 トップの記事を思い出す。
「トップランナーに聞くー編集長インタビュー 第一回」、因みに編集長は泉恵理子さん、女性だった。
 俄然、雑誌に愛着がわいた。

 それはそれとして、日経新聞の記事に戻ると『「揺らぐ生活の羅針盤 消える価格」』というもの。
 今や学生のほとんどがLINEである。彼らは彼女達は、有料の電話は使わない。
 読むと、利用者はすでに世界5億人に迫っているらしい。
 が、ここで問題にしているのは、「広がる無料経済圏」のことだ。
《モノにはそれぞれ値札がつくという常識が通用しない》ことから《霞ヶ関の総務省。消費者物価指数(CPI)の作り方を検討する研究会では、スマホのアプリの価格変化をどう把握するか議論した。売れ筋アプリを選んで価格をみる案が有力だが、人気アプリはほとんど無料》

 つまり、すでに無料経済圏が存在感を増してきている。
《「生活水準をはかる羅針盤としてのCPIを見る重要性は低下する」》という一橋大学准教授・宇南山卓氏の言葉を載せている。
《価格が消える世界では経済と物価の関係が薄れ、目的と手段がかみあわない。生活実感と消費者物価の間に生じた断層。加速するデジタル革命は、当たり前だった世界を根底から揺さぶる》

 この中心核の「森川亮」の記事を、『アソシエ」に戻って読見終えた。すぐさま頭に浮かんだのは、最期まで銀行振込では謝礼を受け取らなかった野口三千三先生のことだった。
 十年一昔は、今や、“半年一昔”の時代。
 モノの蒐集、領土の拡張時代から、第三次元「電子・金融空間」「電子・情報空間」の拡大拡張の時代へと移ったことへの感慨。
 
 根底がぐらぐらと崩れていく流動化の時代に、若者がモノに執着しなくなるのもわかる気がしてきた。
 いみじくも森川さんはおっしゃる。
 編集長 Q「本業以外で注目のビジネスは?」
 森川  A「ビッグデータを活用しつつ、健康とエンターテイメントをつなげるとか。」
 キーワードは「“もっと楽しく”健康になれる」ってことみたい。

「野口三千三先生の“野口体操”は、楽しかったな~、」
 (反省する羽鳥)。
 さて、さて、 この雑誌、「アソシエ」の700円は、高い?安い?、こぴっとヒントをいただいたから、安い買い物かもネ!?(ふふッ)
コメント

ミネラルフェアよ……ごきげんよう さようなら!

2014年06月08日 12時22分32秒 | Weblog
 昨日のこと、朝日カルチャーセンター「野口体操講座」の前と後に27回東京国際ミネラルフェア会場に出かけた。
 前は、一人で会場をまわり、野口先生がお好きだった「ラブラドライト」0・8kgの箱入りを購入した。
 ラブラドライトは、カナダのラブラドル半島で発掘された斜長石ですが、今回の石はマダガスカルだった。
 井上修美さんが年ごとに1kg箱入りのアンモナイトや三葉虫を購入していたフランスの業者さんで、あえて買い物をしてみたかったから。
 
 早めに切り上げたレッスンの後は、佐治さんや北村さん、近藤さん、そしてクラスの十数名の方々とごいっしょに再び会場に出かけ、5月5日の「石を愛でる会」にお迎えした神保さんとご長男のお二人にお目にかかった。

 レッスンの内容は、今回のテーマである「シーラカンス」、肉鰭類が四肢動物に進化したことから、ヒトの直立の問題まで、実際の動きの中で再確認することだった。
 因みに、現生の生きものとしては、シーラカンスと肺魚といった肉鰭類だが、そのどちらの方が直截的に進化のつながりをもつのかは諸説あるとはいえ、シーラカンスよりも肺魚の方だという説に傾いている。
 なかなか珍しい化石が展示されていて、インドネシアで捕られたシーラカンスのレプリカは見事だったことなどご紹介した。

 昨日のレジュメ。

2014年6月7日(土) 直立の見直し・シーラカンス・四肢への進化

※NHK6月6日放送、「きわめびと」いとうけんいち、四足歩行走行で100メートルギネス世界記録をもつ。ブログ「羽鳥操の日々あれこれ」より、野口体操の側転の練習。円を描く、左手、右手、右足、左足の順序で円を均等に四等分する。

※「直立の見直し」実際の動きを通して
*「尻歩きの見直し」と「直立の多様性を探る」(直立・正座・蹲踞・四股・膝立ち姿勢・やすらぎの動き二人組)。骨盤の傾きと脊柱の関係。S字カーブの維持。
*「∞(無限記号)」「8の字」。これらを描く動きにおける「足の裏」と「腰」の関係を探ってみましょう。左右の足の裏の重さの乗せ替え感覚+腕を落とす瞬間に腕と同じ足の裏に重さを一瞬間で乗せる感覚+大きく円を描く腕の動きの感覚を育てましょう。
*片足立ちの軸と重さの移し替えの実感。これまでにやってきた各種のダンスステップ・四股踏のダンスステップ・四股踏み・六方等々。

※『第27回東京国際ミネラルフェア』テーマ:シーラカンス
*週刊『地球46億年の旅』朝日新聞出版 2014年5月25日号より
『生物がめざした「陸上」』陸上動物の祖先「肉鰭類」の生態。「森」の誕生が生物の上陸を可能にした?。魚類と陸上動物のミッシングリンク。その中から各種図表を参照。
*【肉鰭類】「肉質のひれ」を意味し、陸上へ進出した四肢動物はこのグループから進化した。硬骨魚類は、条鰭類と肉鰭類からなるが、胸ひれの形が大きく異なる。現生の肉鰭類(四肢動物を除く)は、シーラカンス類と肺魚類のみである。どちらが四肢動物に近縁なのかについては諸説ある。
*【四肢動物】2対の肢を持つ脊椎動物。肢をもつ祖先から進化したものであれば、ヘビやクジラなどのように肢をもたなくても四肢動物に含まれる。四肢を上下に動かしたり、回転させたりできるのは、肉鰭類と四肢動物に共通の特徴であり、四肢動物が肉鰭類から進化したことを示している。
*公式ガイドブックより 【特別展】『生きた化石シーラカンスの謎』シーラカンスの遊泳 前から+後ろから連続写真。つづくシーラカンスの体(脊柱・頭骨・肉鰭・吻器管)図録と説明。

 *********

 野口三千三先生の十七回忌と井上修美さんの追悼を、ミネラルフェア会場で行えたような気がしています。
 改めて寂しさを覚えました。
 第一回のフェアに先生につれられて足を踏み入れてから、二十七年間、毎年かよったフェアとの関わりに、一つの区切りがついた感慨をもちました。石とのかかわりと共に、人との交流の場であったことが実感されます。お二人以外にも、すでに鬼籍に入られた方々もいらっしゃいます。
 石にも人にも、心から、「ありがとうございます」とつぶやきながら、会場をあとにしました。
 新宿駅までの道のりは、たかだが十数分だけれど、27年分の楽しさ、そして人を失っていく寂しさ、月並みな言い方ですが様々な思い出が走馬灯のように巡りました。
 ミネラルフェアは大事な場であり、大切な時間を共有したかけがいのない催しだったのですね!
コメント

四足歩行による走り

2014年06月07日 10時57分00秒 | Weblog
 NHK6月6日放送の「きわめびと」の再放送を見ていた。
 四足歩行で100メートルギネス世界記録をもつ”いとうけんいち”さんの、走りが大変に美しかった。
 100メートルの世界記録保持者の二足歩行による走りも出てきたが、なんだかいとうさんの四足走りの方が自然に見えたのはなぜだろうか。

 思い出したことがある。
 野口体操をはじめた頃だったが、側転の練習方法を野口三千三先生が考えだした。
 まず半径90センチぐらいの円を床に描く。左手→右手→右足→左足の順序で、円を割っていく。
 側転をゆっくりこの順序で床に触れるやり方をしていた。
 反動をつけずに、左片手に乗る、右片手に乗る、右足を重さでおろして床に乗せる、左足を重さでおろして床につける、だったかな?
 記憶が曖昧になっている。

 もう少し丁寧に思い出してみたい、と番組を見終わって思った次第。
 いずれにしても四足走行が自然に見えたことだけは確かだった。
コメント

「出羽の守」の功罪

2014年06月06日 06時46分38秒 | Weblog
 この言葉、ご存知でした?
 私、知りませんでした。
 昨日、6月5日付け朝日新聞朝刊「耕論」で3名の論者が語っていました。
「出羽の守」とは、「……では、ネットでは、北欧では、ライバル社では、私の卒業した大学では、アメリカでは、ヨーロッパでは、……では」
外国の事例や、見聞して得た知識などをよく引き合いに出して語る人。揶揄して使うケースが多い。》
 だそうです。

 西田良介=情報社会論「ネットに巣くう革命幻想」
 野島博之=東進ハイスクール日本史講師「ペンギンに飛べと言うな」
 佐藤優=元外交官「忌避と重宝の時期交互に」

 三者三様の耕論で、それぞれ御もっとも!
 やはりファンとしては、佐藤さんのおっしゃることに、「出羽の守」の意味が理解できました。
 国風文化がもてはやされる時代には忌避され、時代が大きな変革を迫られる時代は重宝される、という。
 
 野口三千三先生は、「日本を悪く言う人は嫌いだ。すぐ外国では…とか、フランスでは…とか、東京大学では…とか言う人がいますが、それじゃあなた自身はどうなのか、と聞きたい」
 とおっしゃるわりには「甲骨文字では、文字学では、語源学では、地学では、文化人類学では、……」、さらには未だ社会ではつまらないもの、価値評価が決まっていない事物や学問をと仕上げて「出羽の守」でいらしたなぁ~(笑)。
 たしかに、身体に関わって、それも自分自身の身体を軸にまわす場合には、「出羽の守」の出番は少ないかもしれません。
 
 もう少し佐藤さんの言葉を追ってみると『個人が分断され、一番以外はみな、不幸を感じる時代』には、論理的思考を放棄し、理屈より癒し、ロマンと感動をもって慰める人が増える時代が今かもしれない、とあります。
 さらに『詩的な感性に響く言葉を発しないとは排斥される。「永遠の0(ゼロ)」が受けるのも、ポエムだからです』との指摘には、すごく納得。

 明治維新や敗戦後には出羽の守が求められ、『農村が崩壊し、社会が大きく変動した大正時代にも、知識を吸収しようと現在の価格で8千円もする本がけっこう売れました』
 なるほど、「花子のアン」にも垣間みられるし、1914年(大正3年)に生まれ、子ども時代を生きた大正期の農村のなかで、農業をすて師範学校に学び教師の道を選んだ野口先生は、出自の環境のなかでは「出羽の守」でいらしたのではないだろうか。
 つまり、佐藤さんのおっしゃる『自分たちの知らない知識や情報を吸収し、現状に合うように消化して伝える、単なる「では」にとどまらない本物の「出羽の守」が必要になります』
 これは「功罪半ばす」よりは、「功」によった解釈でしょうか。
 その視点から言えば、野口先生はバランス感覚の優れた人でした。野口体操の動きをはじめて見ると驚きの連続ではあるけれど、「もの・ことば・うごき」を知的に捉え、とらえたもの・ことの感動を身体に落とし込んだ“人間”そのものを素直に受け入れると、実にバランスがいい。どこまでもポディテブ。
 つまり、彼がつくりあげた野口体操は、論理的思考を放棄せずに、真理や感動をつかむポエムも持ち合わせ、単なる癒しとしての身体を求めることはせずに、常識や習慣を変革する「良薬は口に苦し」の処方もしてくれます。だから人はこう言います。
「野口体操は危険思想だ」と。
 しかし、見る人が見るとそうは捉えない。
 かの有名な解剖学者の養老孟司氏の野口評では「先生ほどバランスのいい人は少ない」とおっしゃる(笑)。
 
《あなたの周りにもいませんか。「アメリカでは」「ネットでは」を連発する「出羽の守」。うんざりすることもあるけれど、聞けばごもっともなこともある。その弊害と効用とは。》
 6月5日『耕論」の問いかけでありました。

 なるほど、なるほど、……「野口体操の野口が消えて、あなたの名前の体操になったとき、それが野口体操です」
 あんがい難しいですゾ!
コメント

惜悼

2014年06月03日 10時42分14秒 | Weblog
 昨年、12月14日に亡くなった井上修美さんの惜悼を、野口体操公式ホームページでさせていただきました。
 半年もたちますが、やはり「東京国際ミネラルフェア」と切っても切れない縁がある井上さんには、この時がふさわしいと思いました。

 特別に皆で集まって何かをするというのではなく、一人ひとりが石を愛でながら、野口先生と井上さんに思いを寄せて、過ごしていただきたい思います。

 合掌
コメント (2)

ミネラルフェアと井上さん

2014年06月02日 15時12分23秒 | Weblog
 今年もミネラルフェアの季節が巡ってきた。
「第27回 東京国際ミネラルフェア」は、今週の金曜日6日からはじまる。
 27年間には、いろいろなことがあった。
 だが、二度目の悲しみのフェアになりそうだ。
 一度目は、野口三千三先生が亡くなった1998年。16年前である。
 大々的なことはせずに、ひっそりと会場に5日間座って、先生を偲んだ。
 新宿駅から会場までの道のり、往路も復路も頬を伝うもので、景色がにじんでしまった。
 また、会場を訪ねてくださる方々が、ひとしきり楽しい思い出話をしながらも涙を流しておられた。

 そして今年、哀しみのフェアが近づいた。
 昨年12月に、井上修美さんが亡くなられたからだ。
 野口先生と井上さんを抜きに、私たちにとってのミネラルフェアはない、と言っても過言ではない。
 先生没後は、井上さんによって支えられてきた。
 近づくにつれ、ぽっかりとあいた穴が次第に大きくなっていく。
 土曜日の朝日カルチャーに、嬉しそうに石を抱えて現れる井上さんの姿は、もう見られないと思うと、亡くなったことに現実味を味わいつつある。
 あぁ~、半年ほどの時間が経過することになる。
 寂しい、のひとことである。
 
 井上さん、たくさんの思い出をありがとう。
 
コメント