羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

「本が好き」だからね……。

2007年01月31日 14時26分39秒 | Weblog
 我が家がある町は、昔から古本屋が多かった。しかし、軒並み廃業してから10年以上は過ぎたのではないかと思う。
 本を売る人ばかりで、買う人がいなくなった。 
 古本屋の本棚の前に、売れない本が仰山積まれて、後ろの本が取り出せないときもあった。
 あの店もこの店もなくなって、ジーンズを売る店や、携帯電話やアジアン風衣料品店などに変わっている。
 なんか寂しいのよね。

 で、昨日のブログにコメントをいただいた。
 本の新しい可能性を探るべく動画ブログを開設したことに、ご理解をいただけたものと解釈して嬉しかった。
 本は本のよさがある。他には換え難い。
 私は、本が好きなのだ。本の文化がなくなっていくのに危機感を覚えている。
 そこで、今回は、本を補完するする意味で、動画ブログを参考にしてもらえたら、100倍も1000倍も有意義に読めるんじゃないかと思ってはじめたわけ。
 でも、まだ新・動画ブログ「野口体操・身体感覚をひらく」を見てくれる人は少ないようだ。
 
 撮影現場をみたら、きっと驚かれるに違いない。
 手間隙かけて、フラットな知の共有を実現させているのでありますぞ!
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福島から

2007年01月30日 14時10分38秒 | Weblog
 朝日カルチャーセンター火曜日クラスに、福島から男性がトライアルされた。
 朝日新聞の広告で『身体感覚をひらく』が出版されたのを知り、本をすぐ手に入れて読みブログを見て、「実際に体験しなければ」と思い立ち、上京されたという。

 ブログは、一気にご覧になったとか。
「写真だけではわかりませんから、動画はいいですね」

 ダンスを習っているという。
 動きは、事前の勉強で、かなりいい線までいっていた。
 それでも実際に触れてみて、柔らかさの質に驚かれていた。
「やっぱり、じかに習わないといけませんね」
 動画を見ただけではわかったとは思えないというセンスがいい。

「わかる」「わからない」「つもり」の議論を、このブログ上でも交わしたが、伝わるものは伝わるのだと、今日は思った。
 ある出版社の編集者の方が「ブログで動画とは、すごい読者サービスですよね」といっておられた。今日の青年も、DVDで売ってもおかしくないということを言われた。

 まぁまぁ、いいじゃありませんか。
 ウェブ2・0の時代に、本の文化の新しい可能性を探る試みを先駆けて行うと思えば。

「昔からあなたって新し物好きだったわよね」
 幼馴染に、そういわれてしまった。
「日本全国、光にはなってないんじゃない」
「そうかもね~」

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岩波ジュニア新書『身体感覚をひらく』 お褒めの手紙

2007年01月29日 14時59分51秒 | Weblog
 はじめに写真をクリックしてください。手紙の一部が読めます。
 これは野口三千三先生出演のNHK番組をすべて手がけてくださったディレクター深堀雄一氏からいただいた手紙です。
 今、2月18日放送予定の「新・日曜日美術館」のロケが始まり編集作業に入るところ。口絵ページを読まれての一報です。
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草原の風・草原の音

2007年01月28日 19時01分55秒 | Weblog
 腹の底にしみる音。
 弦の揺れは指先や手や腕全体、そしてはさんでいる足から、体の内側につたわる。低音のゆったりした音色もいい。高音のすすり泣くような音もいい。
 同じ弦楽器でも、ヴァイオリンやヴィオラとは、音の硬質さという点でことなる。やわらかく・力強く・繊細で・おおらかな音の響き。

 さて、この楽器は何でしょう。
 答えは、馬頭琴です。

 馬の毛を弦ににも弓にもつかっていて、だんだんに減っていくと増毛するのだそうな。そばにいた男性が呟く。
「増毛できるなんてうらやましい」
 思わず取り囲んでいた人々の視線が、彼の頭髪に注がれた。

 さて、私も初めて楽器に触れさせていただいた。
 かつてヴァイオリンが必修授業であったとき、弦楽器の難しさに閉口した。音はのこぎりのめたてのようだし、音程は取れないし、そもそも弦が緩んで音程がふらふらなのだ。

 恐る恐る椅子に軽く腰掛けて、馬頭琴のひき方をお教えいただいた。
「解(?もしかすると開かも)放弦で、やってみましょう」
 弓の持ち方も手ほどきされて、弦に弓を当てる。
「重さをいかして、二つの弦を一度に鳴らしてみましょう」
 ぜんぜん音の鳴りが違うのだ。
 ずしりとお腹に響く。

「グリッサンドしてみません」
 おぉーって感じ!
 なんとなく弾けそうな錯覚にととらわれる。

 今日はそこまで。
 その後、しばらくしてから馬頭琴の演奏にあわせて野口体操の動きを試してみた。これがいいんだなぁ。弦の揺れに身を任せる。初めての体験。
 いつもの体操では味わえない快感が、全身に走った。
 誰かが、草原の音が風に乗って聞こえてきますね、と感想を述べる。
「今の曲はブルガリアの音楽で……」
 モンゴルの曲だろうがブルガリアの曲だろうが、あの音に合わせてダンスとも体操とも、どちらともいえない動きに委ねるのは気持ちがよかった。

 やっぱり音楽はいいねぇ。
 楽器は触れるだけでいいわねぇ。

 
 
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柊と鰯

2007年01月27日 19時57分51秒 | Weblog
 今日のレッスンは、気合を入れた。
 細かいところまで、いい加減を見つけながら、野口体操の原点を探る第一日目となった。
 野口三千三先生の主張された「体液主体説」の扉をあけることにした。
 没後9年、封印をとくことに決めた。しかし、難しい。が、やってみたいと思っている。

 この5年、大学という場にかかわって、若い人たちに野口体操を伝えるあり方を模索してきた。その一つのまとめが今回の新刊本ジュニア新書である。
 ひとつまともな本を出すことができたから、そろそろ真髄に切り込みを入れてもいいだろうと、私自身のなかで、溶け出すものがあった。

 実際動きを丁寧に検討してみると「体液主体説」は、常に大切にする必要がある。
 さて、来週からは、卵が立つ・逆立ちをやってみたい。
 先日、スーパーマーケットに買い物にいったとき、柊と鰯が売られていのを見かけた。立春に向けて一足先に陳列したのだろう。
 玄関先、門の扉になぜ、柊と鰯なのか調べていないが、風習というものは理屈ではない。
 「立春の卵」の故事にならって、逆立ち練習を本格化したいとおもっている。
 液体的・流動体が、どのように逆立つのか? 改めて野口先生の理論を実践してみたい。それにはいい時節だ。
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江戸東京巡回

2007年01月26日 19時24分05秒 | Weblog
 今日は、一日、都心を巡った。
 まずはじめは、新宿の紀伊國屋書店で、注文してあった本を受け取り自分の本を2冊かって丸の内線に乗る。赤坂見附で銀座線に乗り換えて日本橋へ、そこで所用をすませ軽い昼食をとる。神田まで歩き山手線で上野へ。上野公園内の東京都美術館で書道展を見る。第55回 回瀾書展。
 なんと知人の折笠壽子さんが特選に入っていた。悲しいかな古典の教養がないので、かかれている和歌が読めない。二畳くらいの大きさの書が、堂々と展示されていた。

 この書道展は、小学校の後輩と一緒に見ることにしている。私が6年のとき「一年生を歓迎する祝辞」を読んだ。そのときに入学した後輩だ。折笠女史が共通の知人であることがわかったのは、野口体操教室だった。何年もお互いに近いところで体操をしていた。あるとき婦人雑誌の取材でモデルを頼まれた。そのとき彼女を私が誘って雑誌に載った。それをお贈りしたのがきっかけで、二人が小学校の同窓生だったことがわかったのだ。それ以来体操教室のなかで特別の友人となった。

 書道展を見たあとは寛永寺によって、野口三千三先生の墓参りをする。
 ジュニア新書『身体感覚をひらく』を脱稿する前に一人でお参りした。
 今日は、無事に出版の報告をすることができた。
 この墓所はいつも通りきれいに掃除されている。晴天にも恵まれて1月とは思えない穏やかな日和のなかに、寛永寺の墓所は東京とは思えないゆったりした時間が流れている。
 塔婆は整理されていた。七回忌にあげられた塔婆と、そのほか2本を残した3本だけになっていた。
 黒の御影石の墓石に水を注ぎ、二人並んで合掌する。
 なんとなくいい気分である。いい気分の要因は、東京から江戸へタイムスリップする墓参りだからかもしれない。

 帰りは決まって鶯谷から山手線に乗り込む。そして車中でも語らう。
 一年に一度の年中行事になりつつある。

 とうわけで新宿・日本橋・神田・上野・鶯谷と、江戸東京を一巡して昼下がりに帰宅。
 お土産にいただいた目白の和菓子屋製「九十九餅(つくももち)」をお茶請けに一服。
 久しぶりの休日は、いい一日だった。
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気づく!

2007年01月25日 14時59分30秒 | Weblog
 新・動画専用ブログ「野口体操・身体感覚をひらく」に、肘から指先までをぶら下げる動きを載せた。片手・両手の間に「カオス人形」の動画を挟んでみた。

 何週間か前に気づいたことだが、「片手肘ぶら下げ」のときに、前傾姿勢をとるともう一方の何もしていないと思われる腕がぶら下がる。いや、何もしていないからぶら下がるのだ。
 で、今までぶら下がっていることが、これほど明確に意識に上っていなかった。 ところがひとたび気づくと、肩から腕全体がぶら下がるときと、ぶら下がりにくいときがあることに気がつくようになる。
 レッスンでそのことを取り上げたとき、ほとんどの人がぶら下がっていなかった。意識すると余計に力が入ってしまうのだ。
 もちろん片方の「肘から指先」までがぶら下がった上での話しだが。
 両方とも力が抜けるには、かなりの練習が必要ということらしい。

 意識による気づきは大切だ。もっと難しいのは、どこまで他者が気づかせられるかということ。
 気づくということ自体が、人から促される要素はあっても、「自分が気づく」という「我の自覚」の範疇に属するものらしい。
 教育でできることは、その人が「こちらの方向へ歩いていけば、気づくことができる」という方向を示してあげるということに尽きるのかもしれない。それが難しい。

 野口三千三先生を失ってから、私のなかで気づくことが多い。なぜ、もっと早く気づかなかったのだろう。先生が生きておられれば、もっと突っ込んで話ができただろうに……、と悔しい思いをすることが多くなった。

 今朝、新・動画ブログを更新して、アップされた映像を見ながら、片方の腕の揺れに気づくのに、なんと30年かかってしまった自分に、もう一度あきれてしまった。多分、今までだって揺れていたはずだ。しかし、言葉になったのが、ごく最近のことだった。
 
 動きを言語化するのは、実にもどかしい。時間もかかる。
 兎に角もそのときにわかっていることを書く以外に方法はない。わかっていても言葉にならないこともたくさんある。だから粛々と、言語化する以外に方法はなさそうだ。

 こんどの本は、どのように読者の方々に読まれるのだろう。
 それにしてもまだ動画と照らし合わせて読んでくださっている気配を感じられない。
 これからかな、動きがはじまるのは。
 きっと「あとがき」を読んで、ブログ・アドレスに気づく人が少ないのかもしれない。気づいても行動にならないのだろうか。せっかくやっているの!

 いやいや、冷静に!冷静に!
 人が気づくということは、なかなか大変なことなのだから。
 自分のことを振り返って御覧なさい、と誰かの声が聞こえてくる。
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岩波ジュニア新書『身体感覚をひらく』評

2007年01月24日 19時10分08秒 | Weblog
 少しずつ新刊本に感想をいただいている。
 口絵ページの評判はなかなかいい。
 そして本といっしょに見るブログ「動画による野口体操」も、今のところ好評のようだ。

 電車に乗りながら、携帯電話でブログをご覧になって「脳内体操」をなさっているというkigiさんのコメントから、他にも誰かが本を片手にもう一方に携帯を持って、見ている姿を想像したら、なんだかとっても嬉しくなってしまった。隣に座っている人がそうしてくれたら、私は迷わず話しかけてしまう。出会ってみたいなぁ。多分ありえないと思うが。

 ある編集者の方が曰く。
「いちばん先端のやり方ですよね。それっていいなぁ~」
 ですって!

 これからいろいろな批評をいただけけるだろうか。
 すでに「いい本です」と何度も繰り返して褒めてくださったメールを日曜日に受け取って、ほっとしている。
 ほっとしたせいか、なんとなく魂が抜けたような‘ふわふわ感’におそわれている。

 
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新聞広告…岩波ジュニア新書『身体感覚をひらく』 

2007年01月23日 07時32分17秒 | Weblog
 本日、1月23日朝日新聞朝刊2面広告に、岩波ジュニア新書『身体感覚をひらくー野口体操に学ぶ』が、載りました。
 書店でもほぼ出揃ったところだとおもいます。
 いよいよ発売になりました。

 新ブログ「野口体操・身体感覚をひらく」は、今日から第四章:からだに気づくためのエクササイズにはいりました。

 ぜひ、本を手元において、新ブログをご覧ください。
 尚、携帯からも見ることができます。
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開放感

2007年01月22日 19時16分54秒 | Weblog
 昨年から練習を始めた「逆立ち」
 驚くことに、日曜日のクラスでも、いい感じで立てるようになってきた。
 それが一人ではなく、何人も立っている。しかも男女を問わない。

 逆立ち練習から得られる開放感は、他の動きに換え難い。野口体操のまっすぐ・のびのび・余分な力を出来るだけ使わない逆立ち。
 逆立ちは洋の東西を問わず、また時代も問わない。
 そういえば「独楽」も世界各地にある。

 もう一つ昔からあるものに、丸い棒の上に板をのせてその上に立ってバランスをとるもの。野口体操では「バランプレー」と名付けて、車輪の上に板をのせるものがある。

 話がずれてしまったが、とにかく逆立ちの練習は、皆さんの関心も深く土曜日のクラス・日曜日クラスともに、活気が出てきたことを今日はご報告。
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新・動画専用ブログに思う

2007年01月21日 09時51分46秒 | Weblog
 1月18日から、本の発売に先駆けて開設した新しいブログ「野口体操・身体感覚をひらく」は、動画を中心にしたものだ。
 一気に「のぐちくんのたいそう」口絵ページの動画と写真をアップした。
 朝日カルチャーセンター土曜日クラスのレッスン後に、撮影をするためにモデルになってくださった方が、本とブログを照らし合わせて、初めてやっていることの意味がわかったと電話をいただいた。
 動画だけを見ていたときにも、それなりの理解が出来たらしい。しかし、実際に本を見ながら次々動画を見てみると「なるほど納得」して、腑に落ちるものがあったという。

 ウェブ2・0の時代がいいか悪いかという二者択一ではなく、ともかくも本の写真だけでは伝えきれないものを、思い切ってブログ上で公開してしまった。
 これはDVD付きのムック本とは、まったく異なる価値を生み出していると思っている。

 ただ、問題は、本と動画を見ることで「わかったつもり」になってしまう読者の存在だ。危惧されるところだが、ある人が言った。
「そういう人は、何を見ても何を聞いても何を知っても、わかったつもりにすぐなる人でしょう」
 仰せのとおり!

『身体感覚をひらくー野口体操に学ぶ』のなかで、そのことに近い話は書いている。「つもり」はあくまでも「つもり」なのだ。
 生きるということのなかで、「何かがわかる」ということは、生半なことではない。
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幸せ!

2007年01月20日 19時57分20秒 | Weblog
 今週は、新しい本が出来上がって、それにリンクするべくブログ等も用意するなど、いつもと違う一週間を過ごした。
 朝日カルチャーの土曜レッスンに出て行く前に、エネルギー不足を感じていた。
 
 当然のことに、レッスンのテーマは本にちなんだ話になった。
 レッスンをはじめてみると、だんだん元気が出てきた。それは皆さんが新刊本を喜んでくださっていることが伝わったからに違いない。
 表紙が若い。楽しげに体操する若者の表情に好印象を持っていただけたようだ。
 口絵ページもこのような発想は、われわれには出来ないね! というような受け止め方をしてくださったようだった。

 野口体操に新鮮な空気が一気に流れ込んだような感じである。
 清楚で清潔で若々しくいい本になったと、佐治嘉隆さんが喜んでくださった。
 朝日カルチャーに来る前に、新宿の書店に立ち寄って、書棚に本が並べられている写真まで撮って見せてくださった。

 なんとなくホッとした。そのせいか軽い疲労感がある。それは不快なものではなく、ある種の満足感が土台となっている疲労だ。
 
 やっぱり、独りではない。
 新宿駅まで連れ立って、歩きながらそう感じていた。
 幸せな気分だ!

 みなさん、ありがとうございます。
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寒の入り

2007年01月19日 20時13分56秒 | Weblog
 正月気分が抜けたと思ったら、明日は早くも大寒。
 欅は昨年のうちに葉を落とした。遅かったのは花梨と紅葉で、今年に入ってからから、葉を落とした。ニュースでも、巷の話題でも、暖冬の影響が取沙汰された。
 欅にしても紅葉にしても、葉が薄汚れてしまった。これまでのようなキレイに色づくことがなかった。11月も12月も暖かかったからだろう。

 すっかり葉を落とした枝には、すでに新しい芽が見られる。しっかりと身を引き締めて春の芽吹きの季節まで、じっと耐えていくのだ。
 植物の生命力は、底力がある。いちばん寒い大寒前に、新芽が準備されているのだから。
 水遣りの回数も量も今は減っている。
 とはいえ水遣りをしない日でも、一鉢ずつ木の状態を観る日課は、朝の時間帯にやっている。
 気づくことがある。
 季節が巡って、春夏秋冬繰り返されても、まったく同じ情況は二度とないということだ。
 毎年少しずつ異なる冬があり春があり夏があり秋がある。そのめぐりに呼応して植物はその年の季節を受け入れているような気がする。

 今頃になると植え替えをしてあった鉢から、たっぷりあった土が、少しやせてくる。3月の中旬の植え替えの季節まで、冬の風が強い日や霜が立つ日の後は、土の量の減り方が多い。すると葉が落ち木の形がはっきりと現れるだけでなく、根の張り方もよく見える。そこを見逃さないことが大切そうだ。
 冬はまったくの沈黙の季節ではなく、来るべき春に向かって内部では命のせめぎあいが起こっているのだということを知ったのは、まだ最近のことにすぎない。

 我が家は植物にとって決してよい環境とはいえないかもしれない。それでもしっかり季節ごとの姿と命の営みを感じさせてくれる。
 今年の早春には、松の植え替えが、うまく出来るといいとなんとなく段取りを考え始めている。
 
 こうしたことに気づかされると「寒の入り」という言葉の響きに、今までとは違うエネルギーを感じる。
 その不思議さ。
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お知らせ! 新ブログ「野口体操・身体感覚をひらく」アップ

2007年01月18日 20時39分58秒 | Weblog
 本日(18日)20時30分に、新しいブログをアップしました。
 本は明日発売ですが、先がけてご覧ください。

 口絵ページ「のぐちくんのたいそう」まで、載せています。
 ブックマークからリンクできます。
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思いがけない感情が……

2007年01月18日 19時18分31秒 | Weblog
 今日は、生まれてはじめての感情にとらわれた。
 哀しみ、切なさ、寂しさ、虚しさ。
 丁度いい言葉が見つからない。
 しかし、普段の日常の心持とは、まったく異質な感情が芽生えた。
 涙こそこぼれなかったが、ジーンと胸に迫るものがあった。

 それは岩波ジュニア新書『身体感覚を開くー野口体操に学ぶ』を手にとって、かいつまんで文章を読み、綺麗な写真を見たときに起こった感情だ。
「野口先生にご覧に入れたい!」
 いつも本や「野口三千三授業記録」のビデオが出来ると、最初に見て褒めてくださる。
 先生の褒め方はお世辞ではなく、激励でもなく、心から喜んでくださるのだった。歯の浮くような言葉は一つもない。多少の欠点があっても、かならずいいところを見つけ出して褒めてくださる。だからまた次につながる心の晴れやかさをいただいてきた。

 没後、二冊の単著と一冊の共著を出させていただいた。
 そして今度の本は、単著・共著をあわせて五冊目の本だ。
 一つとして似たような本はない。先生の本もそうだった。

 この本は先生没後に新しく大学の場で野口体操を伝えるようになった、その過程の中の「まとめ」かもしれないと思える。そのせいか今までの本とは、どこか気持ちが異なっている。だから先生にいちばん読んでいただきたい思いが沸き起こったに違いない。
 この複雑な微妙な心の動きは、きっとそこから喚起されたのだろう。
 明日、この本が書店に並ぶ。いよいよ読者に届けられるときがやってきた。
 ブログもはじまる。
 そう思うと、これからまだまだまとめること整理すること、そして書きたいことがたくさんあることに気づく。
 先生を失ってから9年。これからも野口体操とともに生きる勇気を、この本からいただいた。若い方々の写真の姿と「口絵ページ・のぐちくんのたいそう」に負うところが大きい。
 一気に平均年齢が若くなったのだから。
 清楚で清潔感のあるいい本に仕上がったと感じている。
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