羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

‘ゲゲゲの鬼太郎’カルタとり

2010年06月27日 19時23分23秒 | Weblog
 朝日カルチャーセンター土曜日野口体操講座は、かるたとりで盛り上がった。
 実のところ、昨日のテーマは恐る恐るのものだった。
‘ことわざ’や‘かるた’にどれほどの関心を示してくれるのかが、事前に読むことが出来なかった。
‘案ずるより生むが易し’とはこのこと。
 かるたはお見せするだけ、と思って、四種類を揃えて持っていった。
 自宅で繰り返し見ているうちに、何が面白いって水木しげるさんの‘ゲゲゲの鬼太郎’かるたの絵だった。細部まで丁寧に書き込まれて、登場人物(怪物)たちがイキイキしている。子供だけでなく大人たちを存分に虜にした。
「今、かるたとりをしましょう」
 せがまれる様な雰囲気。
「では、ゲゲゲをやりたい人」
 皆がいっせいに手を挙げた。

 教室は少年少女の集まりと化した。
 その熱気は鬱っとおしい季節を一気に吹き飛ばすものだった。
 凄い!

 その後の雰囲気は抜群によし。
 日本には素晴らしい遊び文化が脈々と流れていたのだ。
 レッスンが終わったときご年配の女性がツカツカと近寄っていらした。
「桐箱入りの百人一首があったことを思い出しました。探してみますわ」
 新宿駅ホームで、いつも私を見送ってくれるMさんは
「群馬の郷土かるたをもらってました。どこにしまいこんだのか。探してみます」

 それぞれがそれぞれの思い出を胸に帰路につかれたのだなぁ~、ちょっとほのぼの気分。
 ここだけの話、ゲゲゲの鬼太郎かるたとりをした後、体操をする面々がかるたのキャラクターに当てはまって、そこから飛び出し体操をしているようだった。心がピョンピョンおどどる空気が満ちていた。(笑)
 野口教室の個性派揃いの面々は、ゲゲゲに負けてませんね! 
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奥野かるた店

2010年06月26日 07時38分21秒 | Weblog
 昨日は、お茶の水の‘山の上ホテル’で、知人と会う約束があった。
 早めに家を出て、その前に、神保町の‘奥野かるた店’に立ち寄ることにしていた。
 今まで、JR水道橋駅から岩波書店に行くとき、何度となくこの道は通っていたが、この店にはまったく気づくことなく通り過ぎていた。
 つい先日出かけた明治大学博物館で開催中の「ことわざワールドへようこそ」で、パンフレットをもらいその存在を知ったのだった。

 店内一階はカルタを中心に、花札、トランプ、将棋、囲碁等々の品物が並んでいる。
 二階は、展示スペースになっていて、貴重なカルタのほか、室内遊戯のいろいろがゆったりとした空間のなかで見て楽しめる。
 
 懐かしさを感じるものから、‘ほーっ’と感心する高級品や非売品、資料や原画まで、遊び文化を垣間見ることが出来るのだ。
 ここに福島保さんの‘江戸独楽’があったら完璧なのに、と思いながら楽しい時間を過ごした。
 実に、江戸期の室内遊びは、非常に高度だったことがわかる。
 なにより、龍馬が生きた幕末に、かたやこうした遊びの空間が維持されていたことが、何となく嬉しくホッとした次第。

 しかし、テレビゲームやゲーム機で遊ぶ青少年たちには、この世界はいまや過去のものとなっているのだろう。
 全身を使う知恵遊びを復活したいものだが……。
 思わず「京のいろはかるた」「江戸のいろはかるた」「啄木かるた」「ゲゲゲの鬼太郎かるた」を求めてしまった。
 家には「百人一首」と「花札」は、あるはずと思い買わずにおいた。
 というわけで珍しく知人を待たせてしまった。ごめん。
 ぜひ、明大博物館で「ことわざワールドへようこそ」(7月19日(月・祝日)まで)を見てから、こちらに回ることをオススメ!!
 
 奥野かるた店
 千代田区神保町2-26 電話:03(3264)8031
 http://www.okunokaruta.com/
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サムライジャパン 決勝トーナメント出場決めた! 

2010年06月25日 07時17分01秒 | Weblog
 だいぶ前に南アフリカから帰国した知人は、カメルーン戦での日本の勝利の瞬間を語ってくれた。帰国の途につく空港では、入れ替わるように日本から到着した見知らぬ日本人と喜びの抱擁を誰ともなく交わしたそうだ。
 異国に立って、それがワールドカップ試合となると、雰囲気がまったく違って、お互いが共通の思いで結び合わされる、と。

 昨日、彼が‘ブブゼラ’を持ってきてくれた。思ったより長い。南アフリカカラーの赤と緑に色分けされ、首にかけられるように付いている黄色の紐には、南アフリカ国旗がはためいている。
 最初は出なかった音も、二度目には‘ぶーーーッ’と鳴った。コツは頬っぺたをめいっぱい膨らませて、唇の力を抜いて振るわせることだった。
「鳴った、鳴った」
 小躍りしたくなる。
 確かに大きい音だ。ラッパの胴体には、‘耳元で吹かないでマーク’が左右に描かれている。
「サムライジャパンよ、勝ってくれ!」
 その時、その場に居合わせた全員が、次々と出せるようになった。ご近所迷惑も省みず、何度でも吹きたくなるから面白い。

 さて、決まった決勝トーナメント出場だ。さ、これから試合が始まる。
「今日は、朝から縁起がいいわいなッ!!!!!!!」
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明治大学博物館「ことわざワールドへようこそ」開催中

2010年06月24日 09時17分38秒 | Weblog
「明治大学ことわざ学研究所」が主催する「ー時田昌端ことわざコレクションのすべてーことわざワールドへようこそ」と題した特別展を見た。
 実に懐かしい。豊かな言葉、豊かな造形の世界が日本にはあったのだ。
 時田氏はことわざ研究の第一人者で、若いときから収集された‘ことわざ’に関連する膨大なコレクションを明治大学に寄贈された。今回の展示品は、多岐わたっている。
 
工芸品、生活資料、現代商品、玩具、刷り物・印刷物、カルタ(たとえカルタ系、上方系いろはカルタ、江戸系いろはカルタ、新案系いろはカルタ、戦後のいろはカルタ、混合系いろはカルタ、現代カルタ、学習カルタ、郷土カルタ、文藝・系術系カルタ、キャラクターカルタ、カルタ参考資料、刷り物状カルタ)以上は明大博物館

絵巻、軸物、等々は、中央図書館ギャラリー

 意味を正確に知らなくてもいつの間にか耳から入った‘ことわざ’の世界は、口承伝承によっている。カルタが負っている役目は大きいが、印籠や染付け置物、長じゅばん、商品広告など、さまざまにことわざが生かされている。江戸期から現代までの作品を一気に見ることが出来る。

 思わず微笑んでしまうもの、懐かしさで嬉しくなるもの、ユーモアの極である作品に、日本人の生活の中の楽しみとしたたかさが垣間見られる展示品たちである。
 
 法学部の山口正信教授がことわざ研究所代表をしていらっしゃる。先生とは授業の関係で毎週、火曜日に和泉体育館でお目にかかる機会を得ている。短い休み時間に、お話をうかがっていたが‘百聞は一見にしがず’目にしてみて始めて‘ことわざ世界’の面白さを感じてきた。
 現在、山口先生はは、老若男女を対象に‘創作ことわざ’普及に尽力されている、と話された。現代の暮らし、現代社会に合った新しいことわざを創造し、‘本句取り’作品も面白いとのこと。
  ぜひ、一度、足を運んでくだされたしー。

「ことわざワールドへようこそー時田昌端ことわざコレクションのすべてー」

主催 明治大学図書館 明治大学博物館 明治大学ことわざ研究所
入場無料
会期
   千代田区神田駿河台(JR御茶ノ水駅下車徒歩5分)↓
*明治大学中央ギャラリー 2010年5月28日(金)~7月7日(水)(リバティータワー1F)
 (月)~(金)8:30~21:45 (土)8:3018:45 (日)10:00~16:45
 
*明治大学博物館特別展示室2010年5月28日(金)~7月19日(月・祝日)(アカデミーコモンB1F)
 10:00~17:00(入館は16:30まで)会期中無休

問い合わせ:03(3296)4252(図書館)
        03(3296)4448(博物館)
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写真集出版記念展

2010年06月23日 18時59分00秒 | Weblog
 島尾伸三+佐治嘉隆 写真展を訪ねた。
 千駄ヶ谷から外苑西通りを青山通り方向に向かって、歩くこと15分くらいだろうか。
 白塗りのおしゃれな一軒家の一階がギャラリーになっている。‘TAMBOURIN GALLERY’と名付けられている。
 あいにくの土砂降り。雨水をたっぷりお土産にしてしまった。
 
 すでに「Melting point-Bali」写真集は、手元に引き寄せて拝見していた。
 しかし、その中から選ばれた写真が展示され、それはまた本で見るのとは別の味わいがある。
 17年間に撮りだめられたバリの表情には、空気まで映っている。
 野生のすぐそばに人々の暮らしがある。暮らしの領域と野生のそれとの境界は曖昧だ。ここからここまで!と、線はひけない。それでも人々の暮らしは、守られている。
 きっと、自然と寄り添った信仰の心がそれを許しているのだろう。だからあたたかい。
 ここが地球の融点である理由が理屈でなく伝わる写真の数々を前に、佐治さんと静かな語らいの時間を過ごした。

 よかったですね。写真集の出版も、記念の写真展も開催できて。
 26日(土)までです。
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朝の畳

2010年06月22日 08時30分53秒 | Weblog
 日の出から数十分後、目が覚めかかる。半分覚醒した状態で、階下に降りていく。
 まず、東側の窓、次に南側の窓、続いて西側の窓をあける。さらに蔵の扉を開いて、一階北側の窓をあける頃には、室内の空気が流れ始めていく。
 昨日の生活の匂いが外気と触れて、清められるようだ。
 たとえ梅雨時、どんよりした雲が垂れ下がっている朝であっても、外から入る水分を含んだ重い空気でも、朝いちばんの気流は、すがすがしさを運んでくれる。

 六畳の畳の上に身を横たえる。
 手の平を上に向け力を抜く。足は少し開いた状態に保つ。顎を少し上方に引き上げて、軽く口をあける。口をあけても口呼吸はしない。あけるといっても顎が上がるから自然に開かれているだけのこと。呼吸は鼻から。頭蓋骨の天中と足の裏の中心を結ぶ一本の糸は、背骨だ。

 覚醒しながら、穏やかな時間がからだのうちに流れる。
 そして寝具との間で生まれた熱が畳の目の間に吸い込まれていく。
 自然に冷やされ、体温が正常値に引き下げられるのがわかる。

 畳の感触、畳のやさしさ、畳の匂い。畳との語らいは梅雨時だからこその体感だ。
 バイクのエンジン音のあと、朝刊がポストに投げ込まれた音がする。再びバイクの去っていくのが聞こえる。
 時は五時二十分ごろだろうか。
「う~ん、もうちょっとだけ、こうしていたいよ~」
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この腕に、世界を。

2010年06月20日 08時32分32秒 | Weblog
 最近、町中でも家の中でも気になる広告がある。
 漆黒の闇の中に、横顔と腕だけが浮かび上がっている。皮膚の色は浅黒い。だから全体の雰囲気は、龍馬伝そのままだ。
 モデルは福山雅治。龍馬だ!
 今朝、隔週で配達される「THE NIKKEI MAGAZINE」の裏表紙にもこの広告が載っていた。
「へぇ~、ほぉ~」
 思わず手にとって、しげしげと眺めていた。
「あれっ、握っている手には力が入っていたんだ!」
 とりわけピアニストや剣道家の‘小指外転筋’は、訓練しようと思わなくても、長時間の練習でしっかり‘力瘤’となる筋肉。雅治さんの小指外転筋がプクッと膨れ上がっている様が、写真に映し出されていた。
「やってるな、御主、土佐弁でなくてごめん」
 そう云いつつ、思わず声をかけた。
「絵になるの~」
 龍馬を熱愛してやまない孫正義さんならきっとそうおっしゃるに違いない。
 この放送が始まってから、わが町にも龍馬袴に編み上げ靴、手には木刀が入っているらしい剣道用袋を手にして闊歩する御仁とすれ違うようになった。
 そうか、男に愛される龍馬。

 さてさて、この宣伝は、世界二十数カ国の時間が瞬時に読める‘CITIZENのエコ・ドライブ電波時計’だったんだ、と知った。
「そうよなぁ~、すぐにもプレゼントしたきよき男子は、身近におらん。残念!」
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二つの月 1Q84

2010年06月19日 09時07分54秒 | Weblog
 人は、一生のうちに一度くらいは、二つの月を見ることがあるかもしれない。
 日本の作庭では、池に映る木々の間からのぼる月を眺める造作技法がある。
 蝋燭の輝きに照らされた阿弥陀如来をさかさまに見ることで‘浄土’を垣間見させる‘水鏡’がある。たとえば浄瑠璃寺の庭。現世のこちら側にあって、あちら側の彼岸におわす浄土の仏を拝む。
 さかさまの月もさかさまの仏も、見るものは私自身。風が吹いて、揺らめく月が仏が人の心を誘うことまで作庭師は計算していると解しつつ、まんまとその策に乗せられてみる快感。
 水鏡に映る幻影と知りつつ、魂の重心をそこに落としてしまえば、それまでの価値が逆転するからだ。善が悪に、悪が善に。日常が非日常に、非日常が日常に。
 見えなかったものを見、聞こえなかった言葉を聞く。それを啓示という。
 
  ……ただ春の夢のごとし……

 今朝、NHK・GTVで「美の壷」を再放送をしていた。
 朝刊が五時台に入らなかったこともあって、何気なくスイッチをいれた画面に、‘水鏡’としての池がテーマの‘美’を見てしまった。
 二つの月を見つつ、1Q84を想った。
 この世界に迷い込んだ二人を想った。
 小説の主人公、青豆と天吾ではない。現実の肉体を持つ二人だ。
 二人とも時同じく‘200Q’に生きて、未だに2009に戻ることができないでいる。

 論理立てて言葉にすることはまだ出来ないが、村上文学が描いた‘1Q84’の世界の本質が、少しずつ見え始めたような気がしている。

   ……ただ雨にぬれる山紫陽花のごとし……か?
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最近のこと まとめて

2010年06月16日 08時20分21秒 | Weblog
 先週土曜日にiPadに触れさせてもらった。
 もっと感動するか、と思っていたが、iPhoneの延長線上にあって、画面が大きいということだった。自分のものではないから仕方ないかもしれない。買うかもしれない?と思う。
 でも、もしかするとiPhone4の方が手軽だし、動画撮影もできそうだし、いいかもしれないなぁ~。
 朝一で開いた孫さんのTwitterにお詫びが入っていた。ソフトバンクに予約殺到でつながらない状況が起こっているそうだ。
 本日の日経新聞一面のトップは、携帯基地局の大幅増設の記事だった。
 これから本格的に電子ブック・電子映画等々の視聴者は増えるのは確実。
 なんでも五木寛之さんの『親鸞』は、電子ブックで無料配信してから、本も倍増して売れたそうだ。わかる気がする。本を手にしたときの触感は、先日のiPadでは得られない感覚だ、と思うから。
 電子ブックで済ませられる本とそうでない本があるはず。
 昨日、授業でテーマにした杉浦康平さんの『マンダラ発光』の本とポスターの印刷や造本術から得られる官能的な凄さは、iPadでは難しい、と予感を越えてむしろ確信に近いものを感じている。
 さて、写真集のご紹介だ。野口三千三先生の信任があつかた佐治嘉隆さんが近日中に写真集を出版される。同時に出版記念写真展も開催とのこと。やっぱ本でしょ!!
 
 13日(日)に‘NPO法人 芸術家のくすり箱’で、野口体操のワークショップを行った。演劇、ダンス、邦楽、音楽等々、芸術活動をしている方々の反応のよさは抜群。
 この不況下でもさすがに全体の参加人数は減ってはいないものの、一人が受講する講座数を控えているそうだ。経済不況で最初に影響を受けるのがこの業界だ。欧米でも活動が抑えられているらしく、帰国した日本人ダンサーの方はもっと大変。日本は欧米どころの話ではないとのこと。イタリアの宝であるオペラ劇場でも公費からの助成額が減額されてストライキまでする状況に追い込まれているという記事を読んだ。
 正に、政治が問われるご時世だ。

 最後に『アジアの本の会』2010年全点リストが発行された。
 人文系出版社が十六社集まって、アジアに関する書籍を紹介するもの。
 春秋社から頼まれて「私が選んだアジアの本」を挙げさせてもらった。十四名の人が五冊ずつ推薦し、二冊については50文字のコメントを書いている。
 私は次の五冊。
1、『連塾 方法日本Ⅱ 侘び・数寄・余白』松岡正剛著 春秋社
2、『身体感覚で「論語」を読みなおす』安田登著 春秋社
3、『ブータンにみる開発の概念』上田晶子著 明石書店
4、『21世紀後半の世界の言語はどうなるのか』「二一世紀後半の言語」シンポジウム企画班編 明石書店
5、『シルクロードと世界の楽器』坪内栄夫著 現代書館

 以上です。 
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雑感……原口総務大臣頑張って、暦、目を離せない政界、野口体操と石、等々。

2010年06月10日 09時40分19秒 | Weblog
 しばらくブログ書きをご無沙汰していた。
 先週末から今週にかけてのことを記しておきたい。

 読書:『Kindleショック インタークラウド時代の夜明け』境真良著
     『USTREAM 世界を変えるネット生中継』川井拓也著
     二冊ともソフトバンク新書
 原口総務大臣には、ぜひとも日本の情報産業に関して、しっかりした政策としてすすめてほしい。すでに日本は相当に遅れをとっている。今の状況ではこれから先が思いやられる。先日、授業が終わったときに女子学生がやってきてこんなことを言った。「羽鳥先生が紹介してくださった『クラウド化する世界』を読み始めましたが、横文字のIT関係の言葉がさっぱりわからなくて、まったく先にすすみません。でも、読んだほうがいいのでしょうか。図書館で借りてますが、次々予約が入っていて、みんなが読みたがっているようなんですけど?」
 この世界は若者でさえそうした状況だから、ある年齢に達している方々には、はなからチンプンカンプンに違いない。ちょっとでも携わっていれば違うのだろうけど。あんまり他人様のことはいえませんが。
 いずれにしても、旧産業も大事だが、新産業の情報分野は、もっと力を入れなくては国が立ち行かなくなること必至!

『天地明察』冲方丁著 関連して、6月9日の朝日新聞広告特集其の四「江戸の暦」が掲載されていた。そのほか『春夏秋冬 暦のことば』等々の日本の暦に関する本が出た。これから手に入れたい。江戸の暦はソフト文化の象徴だ。幕府経済を支えた情報産業の一つといえそうだ。

 菅首相は「奇兵隊内閣」とおっしゃる。一方、一時身を潜めている小澤氏は「一兵卒で頑張る」とおっしゃる。参院選をはさんで、流動的な様相を呈してきた。目が離せない。
 国民新党の‘郵政法案’には、私は反対だ。会期延長して通すなんて許せない。これで政権離脱劇があるのかな。どっちを選ぶのか、総理の決断を待つ。

 今年の「第23回 東京国際ミネラルフェア」では、1キロ箱買いのアンモナイトを、朝日カルチャー土曜日と日曜日の皆さんに差し上げた。野口三千三先生十三回忌のメモリアル。会場を見て回っているうちに先生のご登場で、そうすることを決めた。それ以外は何も新しい石を求めることはしなかった。
 九州の井上氏が、朝日カルチャーのレッスンに二日間とも参加された。おかげ様で、野口三千三と石の関係を深めて伝えられたと思っている。気をよくして大学の授業で、はじめて‘野口体操と石’をテーマに行ってみた。3・4年生対象の一クラスだけだが、それなりによく伝わった感じがしている。ちょっと冒険だった。
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日経新聞朝刊「菅氏の一日」と「首相官邸」

2010年06月05日 09時04分47秒 | Weblog
 各新聞の二面には、前日の首相の一日が載っている。本日(5日)の日経新聞には「菅氏の一日」が特別に加わった。
 まず、「首相官邸」によると昨日の鳩山さんは、午前の最初に「新しい公共」の円卓会議を持った。午後からは、桂宮邸、東宮御所、赤坂御用地内の秋篠宮邸、寛仁親王邸、三笠宮邸、高円宮邸、最後に常陸宮邸と次々に退任のあいさつ回りをされている。
 鳩山さんが宮家をまわる姿を想像すと、違和感はあまりない。
 思い出されるのは、かつて社会党の党首だった村山さんが、首相を退任されたときには、同じように宮家を回られたのだ。なんとなくの違和感ではすまない。自民党と連立を組んで、首相になるという人事は誰だって無理だ、と思った。そこからくる‘各宮家へのあいさつ回り’の違和感だ。
 
 さて、始まっていない菅政権なのに言うのは申し訳ないが、草の根市民運動家が首相になって、宮家のあいさつ回りをなさるとことを思い描くとなんとも感慨深いものがある。
 まさにこの政権が継続できれば、改革になる、と。

 自分でも不思議なくらいに関心を持ったのは、丁度『天地明察』を読み終えたからかもしれない。天皇を中心とする公家社会の文化活動を、武家の徳川が「大和暦」を作り出すことによって‘文治’に変換する。次の世は元禄だ。江戸をもう一つの文化拠点につくり上げ、政権を磐石なものにしていく過程を描いている作品だったからだ。
 それは実に巧妙にしたたかに行われた。‘新しい暦’は‘時の支配’である。時の支配は‘社会支配’だった。それをはっきりと認めさせること。そして毎年‘大和暦’を全国に流通させることは、幕府財政を潤わせる結果をもたらすことだった。

 話し転じて、小澤さんが九月には菅さんの対抗馬を選出すると話したことが、昨晩にうちに、すでにニュースとして流れた。「また、首相が変わるの?!」 あまりにも目まぐるしい。しかし、もし、そうなったら数ヶ月もたたないうちに、宮家へのあいさつ回りが行われるのか、と思うとなんともやりきれない思いに駆られる。
 とんでもないことが起きない限り、したたかに菅政権を動かして欲しい。
 
 それにしても、日本はいったいどうなるのか。今だから六邸をまわったが、次の代では次第に数を減らし、三代目にはなくなってしまう。
 つまり、これからの「国のかたち」は、いかなる形か。
 昨年の政権交代を期に、これまでそれほど政治への深い関心を持たなかった人まで、関心を持ち始めたのは、経済、不況、年金、雇用、社会保障、環境、それらの問題だけではなく、それぞれの中で漠然としたまま潜在していた‘国のかたち’の輪郭を探る思いが、人々のなかで少しずつ顕在化したからではないのか。
 
 朝刊をめくって「首相官邸」と「菅氏の一日」を読みながら、そんなことを漠然と考えながら、週末の一日がはじまった。
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「冷房ありの剣道」、「新しい公共」、読書『天地明察』 などなどのこと。

2010年06月04日 18時57分56秒 | Weblog
 大学の剣道場と柔道場に昨年秋に、冷暖房が完備された。
 最近になって知ったことだが、外部に音が漏れないように、すでに冷房を入れて剣道の稽古をしているのだそうだ。窓をしめて、防具をつけていると息苦しくてしかたない、とぼやく女学生の話だ。時代だ、といってしまえばそれまでだが、難しい問題だ。
 一昨年、剣道場の隣で野口体操の授業をした。声と木刀の当たる音の凄さで、教室を変えていただいた。その頃は、冷暖房は入っていなかった。

 さて、昨日のこと。授業が終わったあとバランプレーを練習する男子学生が二人いた。
 一人が‘鳩山さん辞めましたね’と言う。つい‘新しい公共’オープンフォーラムで聞いた話をはじめた。もう一人の学生が、目を輝かせて更に話をせがむ。マネタリー経済とボランタリー経済の問題。社会貢献を目的とする社会事業に関心があるのだ、という。それも身体を通して中間共同体的な活動をしていきたい、と言う。
 話が非常によく通って、生半可な大人(社会人)と話をするよりも楽しかった。
「落としどころは、ソーシャルビジネス・社会的企業ってところかしら」
 私の言葉に深く頷いてくれた。因みに、社会的企業とは、社会的課題をボランティアでなくビジネスを通じて解決することを目指す企業のこと。
 菅総理になっても‘新しい公共’をぜひとも根付かせて欲しいと希望している。もちろん経済の立て直しは必須課題であるが。

 本日、『天地明察』冲方丁著 角川書店 を読み終えた。
 徳川の世が安定し始め、改暦によって‘世を武断から文治へと移行させる’ことによって徳川三百年の安泰の基礎を築いていく歴史を読んだ。主人公碁打ちにして数学者、「日本独自の暦」を作るミッションに生涯を捧げた渋川春海の物語に日本人の気概を見た。今までにないテーマに、新鮮さと感動を覚えた。確かに‘暦’は、政治、経済、産業、文化の基礎なのだ。‘大和暦’‘和算’、江戸という場、江戸という時世があってはじめて、中国文化・文明からの脱却と独立が叶ったことがよく伝わってきた。なにより平和こそが文化の母だ。
『春海が文化事業をもって武家となり、また多くの文化人が役職を得ていったことが、城を、ひいては江戸を、新たな存在にした。すなわち政道や経済のみならず、人々の生活の様相を決定する、文化発信の場となったのである』469ページからの引用。
 
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塀の修理

2010年06月01日 08時07分57秒 | Weblog
 昨日、4日がかりの塀の修理が終わった。
 今年の五月は天候が定まらず、なかなかはかどらなかった。
 間口が広くないので、特殊な材料のちょっと凝った塀をつくってあった。それがあだとなって、日当たりのよい南側にも関らず、しみこんだ雨水がカビを育ててしまっていた。
 塀の上方から雨の跡がしっかり定着して、皆さんが気に止めていくところまで進行していたのだった。

 建ててから満五年。工務店とも相談して、銅の屋根をかぶせ、洗い流し、同じ色を手塗りしてもらった。三回ほどローラーで丁寧に塗っていく作業に入るのに、空模様との相談だった。綺麗にはなったが、最初の趣が失われた。
「一週間たてば慣れますよ」
 そうは言いながらも、工務店の社長も「申し訳ない、これで我慢してください」と頭を下げてくれた。しかし、料金の請求は、ちゃんとくるのだ!

「黒く塗ってしまうのかなぁ~」
 そう考えた御仁もおられるから、それに比べればまぁまぁいいじゃないの、と老いた母も納得してくれた。
 こんな風になるとは、予想だにしなかった。いくつかの条件が加わって、はやくも手入れが必要となったというわけ。

 あと畳の裏返し、二階の手すりと門の塗りなおし、等々、この夏は五年目のメンテナンスを覚悟した。早め早めの手入れこそ、家を長持ちさせるいちばんの方法、ということだが。
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