羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

デビュー

2010年03月31日 12時33分37秒 | Weblog
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四月八日と九日連想……よくわからないことってあるよね!

2010年03月30日 14時10分51秒 | Weblog
 桜の開花が温暖化の影響で早まって、卒業式の時期に咲く、という予想すらあった。
 しかし、どうだろう。この連日の寒気で四月まで持ちそうな気配である。
 弘前の名物桜にいたっては蕾に雪がかぶっている映像が流れていた。

 東京では入学式まで花は持つかもしれない。
 灌仏会(花祭り)のわが誕生日は、確かに最近になって、殆ど散る桜だったかもしれないが、以前は満開の時だったような記憶がある。
 なぜか理由はよくわからないけれど、四月八日の翌日九日はフランス象徴詩の詩人・ボードレールの誕生日であることを思い出す。詩人が生きた時代を日本の歴史に照らしてみると1821年(文政四年)に生まれ、1867年(慶応三年)徳川慶喜が大政奉還を上奏し、明治近代国家の幕開け前の雷鳴轟くその直前に亡くなっている。
 四月八日と九日が対になって私の身体感覚のなかに宿っている。

 言いたかったことは、いつから対感覚になったかも何故そう記憶されているのかもよくわかない。つまり理屈では説明がつけにくいことってあるよね!ってことかも。
 思考とか時間感覚のなかの記憶とか、脳のなかではそれほど理路整然と整理されてはいないんじゃないかって思うわけ。

 まとめると、桜花→花祭り→釈迦→誕生日→自分の生まれた日→9日ボードレールの誕生日=この一連の連想を必ず誕生日が近づくと思い浮かべる習慣がついてしまった。とにかく理由はよくわからないのでーす。
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十三回忌法要

2010年03月28日 12時53分23秒 | Weblog
 当日の朝は冷え込んでいたもののよい天気に恵まれた。
 法要が行われた上野寛永寺の桜は、死者を弔うために咲いているかのようなしっとりとした佇まいである。同じ上野でも公園側の木々とはどこか趣が違うように見受けられる。
 たっぷり一時間半ほど寺で過ごし、午後からは朝日カルチャーセンターのレッスンを行った。
 そして、つくづく、しみじみ思うこと。
 仏教の時間感覚は、人の心をよく読んでくれている、と。
 一周忌、三回忌、七回忌、区切り区切りに亡くなった人とのお別れが次第に明確になり、十三回忌十二年ともなると、皆それぞれに年をとり、その一方で若い命も授かっている。
 亡くなった人との別れが、真実、明確に実感されるようになる。
 
 一日が終わって、昨晩は快い疲労感からはやめに床に就いた。今朝はすっきりした目覚めだった。これほどぐっすり眠ることが出来たのは久しぶりだ。
 先ほどブログを書くためにパソコンの前に座った。
 すると言うに言われぬ寂しさが込み上げて、とめどなく涙がこぼれた。
 。。。。。。。。。しかし、その涙と入れ替わりに怒涛のような十二年の時が彼方に去り、穏やかな時間がからだの中に流れ込んでくるのを感じている。長くもあり短くもあった。

 こうしてキーボードを打っていると、気持ちも落着き、法事の席にお招きくださった野口家の方々に感謝し、この十二年間、野口亡き後、野口体操を支えてくださった皆さんのお気持ちが嬉しく、私なりに背負っていた肩の荷を一つ下ろすことが出来たような気がしてくる。 

 今は、先のことは考えまい。もうしばらくこの静けさのなかに身をおいていたい。少なくとも明日の祥月命日が過ぎるまでは……。
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あぁ~、十年一昔

2010年03月26日 19時32分37秒 | Weblog
 夕方、テレビ朝日の報道番組を見ていた。
 12年間キャスターをつとめた小宮悦子さんが、この番組を卒業する最終日。
 そこでこれまでの出来事を振り返って紹介していた。
 
 ちょうど野口先生が亡くなった年に始まったこともあって、彼女の卒業が私にとっても感慨深いものがあった。ほんとうにいろいろなことがあった。

 明日は先生の十三回忌の法要におよばれしている。
 12年前、お通夜は夜桜、告別式は満開の花におくられた。
 誕生日の11月16日は錦繍の時、そして亡くなったのは春爛漫の時。
 桜花とともに偲ぶことになる。
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ドルラー歴超半世紀

2010年03月24日 08時49分22秒 | Weblog
‘ブロガー’‘墓マイラー’に加えて‘ドルラー’って、何?
 資生堂が1932年(昭和7年)から販売している基礎化粧品「ドルックス」の愛用者のこと、という記事を見つけた。
 何でも資生堂の最高級化粧品として誕生した、と知って思わず‘ええーっ’て感じ。
 随分前からスーパーや安売りドラッグストアで売っている低価格化粧品だから。
「女子大生やOLに見直されている」らしい。
 祖母や母親が愛用した安心感から、広告宣伝一切なしで、2009年の売上高が前年比約1割増とあった。
 1000円札一枚で十分なおつりがもらえる化粧品は、その値ごろ感とレトロ調の容器が若い女性の新たな‘ドルラー’を増やしている。(確かに)
 なるほど、85歳のわが母は‘ドルラー’の大先輩で、ドルックスの歴史と毎日の時間を共有し、今でも愛用している。
 化粧品の老舗、定番を作り続けて78年。愛用者こそ最高の広告宣伝。これには電通も敵うまい。

 日経新聞3月24日朝刊「消費の現場」-昭和のキレイが「新しい」-より。 
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春の美味 蕗の葉の佃煮

2010年03月23日 09時31分11秒 | Weblog
 昨日、蕗と筍を煮た。そのとき蕗の葉を佃煮にしておいた。
 湯がいた葉を水に晒して灰汁抜きし、したしたの酒+醤油+砂糖で煮る。汁がなくなったところで火を止めて、そこにたっぷりの鰹節を加えて混ぜ合わせるのが仕上げ。

 炊き立てのご飯に乗せて食べるとほろ苦さがなんとも美味しい。
 言わずもがな、灰汁を抜く、抜き加減が美味しさを左右する。抜きすぎてもダメ、抜かなくてもダメ。「丁度いいのが丁度いい」のである。
 他にも、山うどなどは酢味噌和えだけでなく、ハスといっしょにキンピラにすると美味しい。ここでも丁度よい加減の灰汁が美味しさをデザインしてくれる。
 
 かくして植物が含む渋い液は、とりわけ春の訪れを食卓に齎してくれる。
 今年の蕗の葉佃煮は、例年になくうまく炊けた。嬉しいかな春!
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植え替え

2010年03月22日 19時32分50秒 | Weblog
 松や真柏は5、6年に一度の植え替えでよい。
 大き目の鉢物は、2、3年に一度でよい。
 毎年やらなければならないのは、中・小の鉢物である。
 とりわけ欅は一年で根がびっしり鉢の形に廻っている。丸いものは丸く、四角いものは四角く。楕円形のものは、偏った形に。

 今年は大きな鉢は手をつけずにすんだので、本日、一日で植え替えが終わった。
 3月は春休みなので、落着いてできるのが嬉しい。
 しかし母の肋間神経痛による介護で、ほぼ一ヵ月が過ぎようとしている。
 昼間はしっかり起きて、以前の暮らしに戻りつつある。姿勢を換えるときや立ち上がるとき、不用意に動いてしまったときなど、痛いッ!大声をあげている。しかし日々声をあげる回数は着実に減っているような気がする。

 母の状態が少しばかり落着いてくれたことで、無理かと思っていた植え替えをすることができた。
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二葉百合子引退と女歌の系譜

2010年03月19日 18時34分23秒 | Weblog
‘また君に恋してる’この歌がテレビから流れてくると、ジッと聞き惚れている。
 ビリーバンバン・ご本家もいいが、私好みは坂本冬美さんだ。
「いいちこ」というのはお酒だろうか。スポンサーはそっちのけで歌を聞いている。
 昨年のNKH紅白歌合戦で、はじめて坂本さんのこの歌をちゃんと聞いた。以前から好きな歌い手さんではあったが、その後は、彼女が出演する番組は、期待をもって聞くことにしている。
 歌いおわったときの表情が素晴らしい。精魂込めて‘また君に恋してる’を歌い上げる。この曲、好きなんだなぁ~! 極楽の余り風が吹き抜ける快感だ。

 そして彼女を育てたのが二葉百合子さんだ、と知った。
「声の出るうちに……」
 引退をNHKのニュースと翌日の民放番組で見て聞いた。
 御歳78、芸能生活76年目。小学生の頃「岸壁の母」を聞いた記憶が残っている。シベリア抑留から帰国した人が私を可愛がってくれていたから。
 これからは後進の指導に当たるとおっしゃる。幸せそう?しかし、万感の思いがこもった会見だった。

 日本の語りの系譜・浪花節は、今では聞くことは殆どなくなった。昭和30年代はまだまだ耳にする機会もあったと思う。
 同じく演歌も一時廃れていた。今回の引退会見で気づいたが、二葉百合子、石川さゆり、坂本冬美の演歌は、節をつける語りの系譜なのだ、と。独断だが五木寛之が『親鸞』で描いている‘念仏歌唱’‘伽陀’‘和讃’を謳いあげる法悦の系譜に連なっているのを感じる。
 三人の歌心は、‘母心’‘恋心’を歌うものではあるけれど、ある種の解脱感が得られるのは私だけだろうか。
 とにかく一線で歌い続けることは並大抵のことではない。
 賛・女歌の系譜。
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介護保険 母の言い分(85歳)

2010年03月18日 06時01分05秒 | Weblog
 介護保険申請をすることに、納得したはずだった母が、いざ認定に必要な調査員が来訪する日が決まってからの変貌には驚かされた。それでも発症する前の状態までには程遠い。まだまだ手をかけ、見守る必要はある。
 
 しかし、状態を見ているとつくずく思う。
 肋間神経痛を発症してから、二週間を経過する頃には、痛みに軽減がみられるようになってはいた。その間、這ってでもトイレに行くことで腕の筋力は強くなっていたし、足腰の筋力も寝たきり状態とは違って、大幅に落ちると言うことはなかったことはよかった。
 半日で下がったものの原因不明の私の発熱で、先週の金曜日には階段の昇降を始めていた。

 挙句「認定されなくてもいいの」ですって。
 その一言を発した瞬間に、私の目の前は真っ暗だ。
「二階で会うことにするわ」
 ちょっと待ってよ! しかし、彼女の決意は固い。しかたがない。なるようにしかならない。
 国民年金から保険料が差し引かれているのだから、介護保険を使って当然ではある。しかし、彼女の中では納得できない何かが働くようだ。
「一割負担だって、タダじゃないでしょ。自分で出来ることは自分でやるのがいいの。それに私は別だけど、収入のある年寄りの負担は多くすればいいのよ」
 おっしゃるとおりだけれど、ネ。

 調査員の方は、公正な目で判断してくださるに違いない。
 何とか4月中旬までにはサポート体制を整えておきたいのだが。
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介護保険申請

2010年03月17日 09時38分56秒 | Weblog
‘転ばぬ先の杖’として、介護保険を申請しておいたほうがよい、と何人かの方にすすめられた。
 かかりつけ医の先生に相談したところ、近くのサービス機関を教えてもらえた。
 昨日、午前中に調査員の方が、お昼には主治医が意見書を書くにあたって往診してくださった。

 前日、母は自分で爪切りをし、気に入ったドライシャンプーをさせ、夜には入浴して身奇麗にして就寝。当日の朝は、パジャマから着替えを行って約束の時間を心待ちにしていた。
 しかし、この話が持ち上がってから母の抵抗にあって「できるだけお国の世話にはなりたくない」という思いが強いことを、しっかりと認識させられた。母の考えは間違ってはいない。なにしろ介護保険の財政はこのままでは近々に破綻する。なんでも医療保険(高齢者が占める率が高い)が膨らんで、GDPの10%内でおさめるように努力するという記事があったような気がする(新聞がみつからないので正確ではありません)。

 調査員の方と元気に話をし受け答えしている母を横目に、‘それでいいのだ!’と赤塚さんの言葉を思い出した。私も伝えるべきことはしっかり伝え、理解していただけたようだ。
 そのままの姿をお見せして、年相応に老いているし、19年には骨粗鬆症による腰椎圧迫骨折で二ヶ月患い、今回は肋間神経痛で苦しんでいる。いつ何が起こっても不思議はない、と言ってもらえた。
 全体の感触としては‘要支援’くらいは認めてくれそう(希望でもありますが)。
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「龍馬伝」と 「相棒」今期最終回

2010年03月15日 11時50分46秒 | Weblog
 時代が変わった!そのことを二つの番組でも感じさせてもらえた。
 まず「龍馬伝」から。
 幕末土佐藩下士の龍馬が、あれほど柔らかい笑い顔を実際に見せていたかは実に疑わしいが、シナリオも映像もこれまでの大河ドラマとはまったく違ったベクトルを取ったコンセプトが感じられて面白い。
 昨日は上士への道が提示された龍馬が微妙な心のくすぶり・土佐藩内の空気を息苦しく感じる心情を、音楽が上手く表現していた。昨日の回だけでなく、今回は音楽がいい。日本人作曲家もここまで来たか、と嬉しくなっているのだ。

 そして「相棒」の最終回も見せられてしまった。
 テーマのよさにからめて、新しい‘相棒の誕生’を印象深く演出していた。
 この番組も音楽が面白い。
 いっちゃ何だが、それに引き換え、今週で終わった元相棒の亀山君が、舞台を京都に移して演じていた「かもちゃん」は、贔屓目にみてもいただけない、といいつつ毎週見続けていた。「相棒」の時の魅力が出せないのは残念だ。 
 むしろ前作品の終わりを受けて、紛争地帯を行くジャーナリストとかNGO現地スタッフとして苦悩する現代的なテーマを扱うギリギリ危ないドキュメンタリーに近いドラマが亀山君には似合うんじゃないかな。
 まぁ、いまや人情派刑事は、藤田まことさんで終わったかもしれない、なんて思ったりしている。

 いずれにしても、テーマ、シナリオ、映像、音楽、効果音、そしてなによりどのように主役のキャラを印象づけるのか? 時代の変化に乗せていかないと面白みがでない。
 私たちは日々、大きな時代の変革の怒涛のなかで生きているから。
 
 その点で民主党だけでなく自民党の迷走で先が読めない時代に「龍馬伝!」。
 IT化・グローバル化のなかで、時代の波に飲み込まれる人とそうでない人が織り成す‘個人が生き抜くためのローカル問題’が絡まる「相棒!」。
 双方から、現代を感じさせてもらった。
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野口体操・上体のぶらさげ

2010年03月13日 12時39分12秒 | Weblog
 今日は朝から平熱。無事に午後のレッスンには出かけられそうだ。
 あんまり欲をかかないで、‘上体のぶらさげ’を日曜日に気づいた視点から見直してみたいとレジュメをつくった。
 この動き、改めて言うまでもなく、人間が立ち歩く、さまざまな仕事をするに当たってのいちばんの基本を担保する素晴らしい動きである。
 それを具体的に示し、試してみたいと思う。

 しかし、昨日の発熱はkeiさんのコメントでいただいたことだ、と思う。
 今夜はどんな状態になるのか、先のことは考えないでいこう。
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ドライ・シャンプー、そして疲労感

2010年03月12日 18時07分48秒 | Weblog
 お年寄りは結構シャンプーを嫌う。母も同様で、肋間神経痛の痛みが出る前から、シャンプーしていなかった。知人から教えられた水のいらないシャンプーを見つけた。これが優れものだった。
 この話を中心に本日からブログ復帰をしようと思っていたものの、私自身が疲労困憊で発熱してしまった。
 今は、37度台に落ちている。風邪の症状はひとつもない。
 いったいなんだろう?
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お休み

2010年03月08日 13時51分12秒 | Weblog
 今週末までブログ更新をお休みします。
 金曜日に再開したいと思います。
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結城紬の里から新宿紬へ

2010年03月07日 09時40分29秒 | Weblog
 今朝NHK・GTVで「結城紬の里」を取材した番組を見た。多分「新日本紀行」ではないかと思う。
 千年、この里では紬が織り続けられてきた。茨城県結城市である。
 真綿から絹糸を紡ぎ出す女性。その糸を染める前に、柄を描いた下絵をもとに白い文様を残すためにおよそ一万箇所に及んで糸をくくりつける作業を行う男性。次に染め上がった縦糸と横糸を織り込んでいく機織女性。
 文様を浮き立たせる糸からげは三ヶ月を要すという。神経を集中して柄をずらさずに織り込んでいく作業では、一日に三十センチ織り進むのがせいぜいだという。
 更に一反の布が織りあがってから、一級品の品質保証をもらうために検査所に持ち込み、ながい時間待たされる。保証書を布に貼り付けてもらい問屋に出かけて、いよいよ現金化することになる。

 さすがに紬の里だけあって、この町には洗い張り屋も残っていて、再生された着物は母から子へと何代も着継がれていく着物が、今でも生きているのだ。縒りを強くしない糸ゆえの肌触りの柔らかさと光沢の美しさがこの紬の特徴だ。母の胸に抱かれた子供にはその柔らかさとぬくもりが刷り込まれているらしい。だからこそ代を重ねて着られていく。

 百年続く機屋さんが登場していたが、地道な作業をただひたすらに営々と続ける姿に本物を生み出す気概が伝わった。

 こうした三十分弱の番組を見終えて、ふと、自分の来し方を振り返った。
 今日も午後から朝日カルチャーのレッスンに出かけるが、この三月で三十二年間ほとんど休まずに通ったことになる。野口三千三先生の助手としての二十年間、没後の十二年間は長かったともいえるし、いつの間にか歳月が流れていったに過ぎないともいえる。
 カルチャーが入っている住友ビ三角ビルは、生まれ故郷の新宿にある。
 小学校三年生まで過ごした新宿。両親や祖父母が暮らした新宿。この地に通い続けた日々に織り込まれた文様が、目に浮かび音が聞こえ、匂いまでも甦る。そうだ‘新宿紬’とでも名前をつけて、一反の織物代わりに一冊の本を綴ってみようかな、と思った。

 それはそれとして、何事も一に根気、二に根気、三、四がなくて、五にも根気あるのみ。
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