羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

I LOVE YOU

2010年09月30日 09時47分06秒 | Weblog
 それは今朝のことだった。
 今週で終わるテレ朝の‘やじうまプラス’から流れてきた、歌。
 生前、ファンではなかったが、時々、この歌は耳にしていた。
 10月からオンエアされるコマーシャルが流され、そのなかで歌われた曲に聞き入ってしまった。
 あの‘いいちこ’のときもそうだった。坂本冬美の歌に聞き入ったように。

 今度の曲も、なんともいいようのない情感がある。亡くなった人への届かぬ思い。残された者の寂しさ。
 幼くして父を失った若者の歌からは、弱きものへ‘それでも生きよう’というメッセージが伝わってくる。
 片付けの手を休め、立ちすくんだ。胸の奥から込み上げるものがあって、目頭があつくなった。こんな心情になるなんて、はじめてのこと。
 
 存在が、そのままたまらなく愛しくて、たまらなく憎くて、たまらなく哀しくて。
 仰々しく謳いあげる歌の力ではなく、一人の人に深く語りかけることによって生まれる歌の力を感じた。

 思わず書き留めてしまった名、それは尾崎裕哉。尾崎豊の長男らしい。父の曲をカバーした若者は21歳になった、とアナウンサーが語った。

 これからこのコマーシャルが流れると、私は、立ち止まって聞き入ってしまうだろう。たぶん。
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まだ乗り切らないMac

2010年09月29日 18時51分47秒 | Weblog
 iPhone4が出たら、すぐさま古いiPhoneから換えようと思っていた。
 しかし、Macファンの方から、ちょっと待った方がいいですよ、と助言をもらった。
 iPadも早々にお持ちの方に見せていただいた。なんとなく思い描いていた製品よりも、作品としての魅力が感じられなかった。見たところの手軽すぎる感じ、手にとった触感のざらつき加減。最初にiPhoneに出会って直感的に惹かれた、あのビビッとくる感じがしなかったのが、乗り遅れている一つの原因だといえそうだ。

 Macは大衆路線をとっていけないのではないか。家電になってしまっては、面白みがなくなるんじゃないか。
 かつてソニーでなければダメだった。しかし、いつ頃からだろう、正確な年月を失念してしまったが、「ナショナルでもいいじゃない」ってなった時から、ソニー離れが始まった。
 そんな感じが、僅かだがMacにもしている。
 
 スマートフォンは、他社からも出た。
 電子書籍もこれから競争が激しくなる。それぞれが個性を出してくるだろう。
 直‘ガラパゴス’という命名のものは、ルビまで読みやすいという宣伝文句だ。そうなると日本語の書籍を読む者としては魅力を感じる。

 いったい、どこの会社がどこと組んで、どのようなソフトを提供してくれるのか、によって手元に置く端末を選びたいと言うのが今の正直な気持ちだ。
 それにはもう少し出揃うまで買え控えて待ちたい。
 つまり、iPhone4にiPadにMacBookで揃えることに、二の足を踏んでいるのだ。
 動画を撮るならカメラを手にした方が、私の狙いにはあっているのかもしれない。

 腕組みしながら「Macにすべきか、いや、それ以外か」
 ハムレット的台詞を吐くところまでは悩んではいませんが……。 
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さらば「紫煙」よ!

2010年09月28日 18時55分49秒 | Weblog
 愛煙家が駆け込みで煙草の大量購入に走るニュースが連日報じられている。
 一気に2千個購入予約をしている人の話も聞かれる。

 思い起こせば私の子供のころは、家の中でも煙草の煙が漂っていた。
 テーブルの上には必ず‘灰皿’が用意され、その脇には卓上ライターも添えられていたのが普通の風景だった。
 当時は、煙草の匂いをそれほど気にしなかった。そうしたものだ、と誰もが了解していたからだろう。戦時中の配給品の中には煙草があって、それで味を覚えた男性が多いと聞いた。また宮内庁は何年も前にお止めになったらしいが、配られた恩賜の煙草には菊のご紋章が印刷されていて、同じ煙草でもどこか上品な雰囲気が漂っていた。
 とはいえ、子供にとっては煙たかった思い出はしっかりあるけれど。
 
 他にも名曲喫茶、あるいは普通の喫茶店でも、コーヒーに煙草は付き物だったし、飲食店でも食後の煙草は堂々と吸われていた。
 しゃれたバーのカウンターで、高級ウィスキーやブランデーが注がれたグラスを片手に、葉巻をくゆらす初老の男性はそれなりに様になっていた。もしかしてこちらは生き残るのだろうか。

 それが‘蛍族’を、マンションや団地のベランダに見かけるようになったのはいつの頃からだったろう。
 それでも長い間、駅のホームから線路を見下ろすと、投げ捨てられた吸殻でびっしり埋まっていたのは山手線だけではなかった。
 街のあちこちに落ちているのが都会の道路。今では路上喫煙に2000円の罰金を課すようになった。時代は変わったのだ。

 そんなふうに、次第次第に肩身の狭い状況に追いやられ、これからますます愛煙家は辛くなるご時世の到来のようだ。
 最近では煙草の匂いをかぐ機会はほとんどなくなった。
 そうすると離れたところから風にのってくる煙の匂いがもの凄く気にかかるようになった。不快感が鼻先から脳に一直線道路を走ってくるようだ。いつしか電車の座席では、隣に座った男性から少しでも匂いが漂うと、その匂いに敏感になってしまった。
 これだけ周辺から匂いがなくなってみると、以前なら考えられない拒否反応が自分の中におこるのを感じている昨今である。昔はそんなじゃなかったよね。

 そういえば、涙ぐましい努力の甲斐なく、煙草をやめることができない知人がいる。本数を減らし、キセルに小さく切って吸っている姿をみると可哀想になってしまう。堂々と吸えば、と言ってあげたくなる。それなのに、彼は、他の人が何人も吸っている場にはいられない、というから可笑しいのだ。
 
 何を隠そう。わが父もなかなかやめられなかった一人だ。そのせいか肺癌を発症した。そこで手術をすることになったが、執刀までの一ヵ月、煙抜きをするために入院を余儀なくなれた。週末は自宅ですごすことを許されたが、きっと隠れて吸っていたのかもしれない。
 また病院には喫煙所があって、禁煙を言い渡されている患者が、ドアが開くのを待って、流れてくる空気を吸い込んでいたのは、一人や二人ではない。受動喫煙までしたくなるほど脳に刻まれた‘紫煙の記憶’は消しがたいらしい。お気の毒としか言いようがないなぁ~。
 きっと、早晩、この言葉も死語になろう。
 さらば「紫煙」よ!
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二酸化炭素排出25%削除、生物多様性条約・気候変動枠組み条約

2010年09月27日 14時17分47秒 | Weblog
 昨年、民主党政権に交替して、最初の総理だった鳩山由紀夫氏が、国連の議場で高らかに宣言した‘二酸化炭素25%削減’目標は、無謀以外の何ものでもなかった。
 日本経済のことを考えるとせいぜい頑張って10%削減目標がいいところだ、というのが常識的な答えだそうだ。
 
 思うに、地球温暖化が叫ばれて久しい。この九月に、野口体操のなかの普遍を求めて始めた‘地球と生命’を追えば追うほど、これからの文明の在り方は難しいことばかりに気づかされる。先進国と言われる地域に住む人々が得た快適さを捨てることは至難の業だ。日本に当てはめると昭和30年代(1955年)から40年(1965年)頃の暮らしに戻すことは、いまや非常に難しい状況だ。
 しかし、これからの文明の在り方は、やはり考えていかなければならない。

 一方、地球はいま、六度目の大絶滅時代に入っているという。
 未知のものを含めると3千万種の生きものがいると推定され、絶滅種は一年間に4万種にも及ぶとの説もあるらしい。
 世界の野生動植物約4万8千種のうち、1万7千種余が絶滅の危機にさらされている。
 そしてこの生態系の危機は人類の繁栄が引き起こした、と言われている。

 さて、繁栄する人類、日本は少子高齢化が進行しているが、全世界の人口は増加のスピードは衰えず、2050年には91億人に達する可能性があるという。
 食糧、水、森林、鉱物、等々、争奪戦は必至だ。
 人類の生存は、地球の表面の薄皮のような「生物圏」で営まれている。他の動植物とともに生きているのだ。しかし、いまや人類は薄皮の上で大きな力を得てしまった。結果として生態系の破壊、砂漠化、海の汚染、挙げたら切がないほどの環境破壊をおこなっている。
 人間に限らず、生きものは環境破壊を少なからず起こすことで生きながらえている。そして種は大半が絶滅の運命にある。
 
 しかし、人類の破壊力は並外れてスピードが速いことが問題を深刻化している。
 石炭は古生代の植物化石、石油は恐竜の栄えたジュラ紀に主にできた。数億年にわったって眠っていた地下資源を、私たちはニ、三百年で使い切ってしまいそうだ。

 なんでも‘生物多様性条約’と‘気候変動枠組み条約’が、92年にはできたそうだ。
 条約ができてもよい方向に進んでいるとはいえない。二つの条約は人類の反省と知恵から生まれた、と言われているにもかかわらず、かんばしい結果は出ていない。

 五万年このかた変わらないヒトのからだ。それに比べて、文明、技術の進歩(変化)がはやく、社会変化のスピードが速すぎて、仕事振りや暮らし振りは、5年、いや3年で一昔といったところだろうか。
 これではからだが追いついていけない。置いてきぼりになるに違いない。
 なぜか癒しやパワースポットや仮想空間にやすらぎを求める人を輩出するのもわからなくない状況だ。これは実に危うい現象だ。
 野口体操の立場から言わせていただけば、生きものとしての‘身体の素直なかしこさ’を、日常的に取り戻すことが急務と思える。
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野口三千三の時代を髣髴と

2010年09月26日 18時36分43秒 | Weblog
 楽しかった。賑やかだった。熱気が漲っていた。
 昨日、朝日カルチャーセンター土曜日教室でのことだ。
 地質年代の時間を、四色のリボンであらわしてみる実験に、皆さんがしっかり乗ってくださった。
 板書をしている間ににも、Mさんが次から次へと、教室に入ってきたメンバーを集めて、作業に取りかかってくださった。その見事な采配ぶりは、話し声で伝わってきた。
「いい感じだ! その調子だ」心のうちでつぶやいた。
 そわそわと書き続ける私も、時々後ろを振り返って、順調な仕事振りにホッとしつつ安堵していた。
「今日は、いい感じにすすみそうだ」

 隠生代ー冥王代→始生代・太古代→原生代
 顕生代ー古生代→中生代→新生代
 それらを深緑→黄→青→白 この順でリボンを繋げていく。全長1380センチである。
「1億年を30センチにとったのは、正解だった。でも、長ーい」
 
 教室を斜めにとって、ようやく一本に伸ばせる。
 見ると、隠生代に対して、顕生代が何と短いことよ。人類の誕生は、1ミリ弱だ。
 実際に全長を丁寧にリボンに沿って歩いてみると、‘おーっ’といいたい思いがそれぞれに込み上げてくるようだった。
‘時を見る 時に触れる’実験だった。

 野口先生のタブーをはらい、自由に発言し、そこに集う皆が一体となって交流する。あの懐かしさが戻ってきたようだ。
 先生の時代にはなかった新しいものばかりで3回のレッスンを繋げてみた。
『凍った地球』は、2009年に出版されたものだ。この一冊によって、地球と生命の関係が、それまでとは180度転換する見方を得た。地球をどう見るのか。生命をどのようにとらえるのか。力不足ではあるが、価値観の基礎になる問題提示をしたつもり。
 
 これから秋も深まり、思索をめぐらせるには相応しい季節の到来である。
 38億年、途切れることなく続く命。しばし、地球と生命に思いを馳せてみようではありませんか。皆さん!

 なになに、今日のブログ内容は、自画自賛の気あり、ですか。ふふふふ。
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地質年代の時間感覚、そして実感!?

2010年09月23日 14時26分22秒 | Weblog
 先週の朝日カルチャー土曜日クラスでは『凍った地球』田近英一著に掲載されていた図を紹介した。それは地質年代表である。
 地球が誕生したのは、今から46億年前だといわれている。誕生から40億年までの6億年間を冥王代という。ギリシャ神話の冥界の王ハデス(Hades)に因む。つまり地質記録がほとんど存在しないことからそう名付けられた。
 次々、追ってみよう。
 40億年前から25億年前までを太古代、25億年前から5億4200万年前までを原生代である。
 そして5億4200万年前からゼロ、すなわち現代までが顕生代で、その中が、古生代・中生代・新生代に分けられる。

 さて、先々週の土曜日にもっていった米国スミソニアン自然史博物館の地質年代表とそれに因むイラスト絵画「The Tower of Time」7億年の生物の歴史よりも、それ以前の地球史のほうがはるかに長い。つまり39億年は、ほとんど闇に包まれている。
 先の本では、先カンブリア後期のエディアカラ紀(約6億4000万年前から5億4200万年前)は原生代なので、古生代のカンブリア紀から顕生代とみなしている。
 顕生代とは、古生代に入ってから殻や骨格を持った生き物が誕生し、化石として残っていることから、このような時代分けをし、このように名付けているのだ。
 ただし、エディアカラ紀は、藻類をはじめとしてやわらかな生物群が生存していた。それを裏付けるオーストラリアのエディアカラ丘陵から発見されたものは、多細胞生物が出現した化石記録である。私たちにつながる真核生物の誕生期でもあるらしい。

 さて、そこで問題になるのは、時間感覚である。地球史の実感は持ちにくい。
 46億年? 30億年? 20億年? 10億年? 5億年?
 お手上げである。
 
 そこで今週の土曜日(25日)は、時間の長さを少しだけ目で確かめてみよう、と思う。
 私の手元にはないが、すでにMさんが4色のリボンを用意してくれた。教室でリボンを切ってつなげる作業をしてみたいと思っている。
 ためしに1億年を30センチにとるのはどうだろうか。
 
 冥王代は       30×6億年=180センチ
 太古代は      30×15億年=450センチ
 原生代は   30×19・58億年=587・4センチ
 顕生代は    30×5・42億年=162・6センチ
           30×46億年=1380センチ。
 
 私の感じでは、1億年は30センチくらい欲しいのだけれど、もう少し短い方がいいのかな? 皆さんの意見を聞いてみたい。
 因みにリボンの一巻きは、聞き間違いがなければ30メートルとか。
 でも、こうした作業に、どのくらいの方が興味を示してくれるかなぁ~。(ドキドキ)
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凍った地球

2010年09月18日 08時26分27秒 | Weblog
 生物の歴史は、如何にも絶滅の歴史らしい。
 ブログのタイトル『凍った地球』は、田近英一著 新潮選書のものである。サブタイトルには‘スノーボールアースと生命進化の物語’とある。
 今日これから朝日カルチャーのレッスンテーマにしたいと思っている。
 
 1992年、カリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビング博士がアイデアを発表した。
《地球生命は、海があり温暖な気候を持つ地球というゆりかごに育まれてきた、というこれまでの地球史観は崩れ去り、生命は大絶滅の危機に瀕するきわめて過酷な試練を何度も強いられてきた》とまえがきの冒頭にある。

 赤道付近にも南極のような氷床の痕跡を残す証拠が発見されている。
「スノーボールアース仮説」とは、全球凍結仮説だ。
 しかし、生命はしぶとく36億年の間、一度として断絶がない。つまり、続いてきたのだ。地球が誕生以来、何度も寒冷期に見舞われ、その期間は数百万年にわたって凍りついていた可能性が強いというから驚きだ。

 今、地球温暖化が問題になっているが、過去の地球はそれ以上の破局的な環境変動が繰り返された、という。しかし、その危機的環境変化が全ての生物の誕生に深く関ってくる。
 仮設ゆえの面白さだけでは済まされない‘生命進化の物語’である。
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家の整理と財産管理

2010年09月16日 07時05分50秒 | Weblog
 年上の知人の中には、‘片付けられない症候群’の方が数名おられる。
 中には鬼籍に入られた方もいる。中のお一人とは、その片付けと自宅改築に全面協力をさせていただいたこともある。お蔭様で何をどのように捨てるのか、あるいは一気呵成に何を捨ててはいけないのか、ということの微妙な折り合いを学ばせてもらった。といっても全て上首尾にいったわけではない。
 
 目を我が家に転じると、こちらも似たような状況だった。なにしろ戦後間もない頃から平成の時代までのものが蔵の屋根のむき出しの梁の高さまで積みあがっているのだ。父が亡くなったときから、ぼちぼち片付けはじめて、他の人の手伝いを頼んで最後のスパートをかけられる状況まで、ようやく漕ぎつけた。一年中片づけが出来るのではないので、かれこれ八年の歳月が流れた。
 ここまでくれば、あとは時間の問題である。一気に人手を頼んで片付けることが出来るというもの。今年の夏は、そうした意味でホッとした。
 なんで夢中になるのか、と問われれば、さまざまな理由で‘片付けられない症候群’を患った知人たちの存在とかつての経験が、私を駆り立てているのだ、と答えている。

 さて、もう一つの懸案事項は、経済問題だった。こちらはまったく疎い。しかし、高齢になって社会生活を、若い方々に迷惑をかけずに過ごすには、多少の知識と行動はせねばならない、と思い立ったのが一昨年の暮だった。
 有難いことに父が残してくれた遺産も多少あって、それを簡単に失わないためには、一般社会の経済活動にも関心を向けようと思った。実際に銀行と証券会社の人に教えを受けながら、株について債権について為替について実践をしながら輪郭をつかませてもらえた。
 なにより面白かったのは、新聞は文化欄中心だったのが全面的に目を通すようになったこと。読む本の範囲が広がったことで社会の動きに関心が持てるようになったこと。
 これが社会を支えている一つの世界なのか、と垣間見ることはそれなりによい経験だった。

 一家を支えると言うことは大変なんだ、ということを身をもって体験しつつ、高齢になると家の中の片付けと相続、そして財産管理は、手に負えなくなる困難な問題であることを実感として知ることができた。それだけでも、この数年間の‘家問題’に集中した期間は無駄ではなかった、と思っている。

 さてさて、次は、何か。
 残された時間がどのくらいかはわからない。わからないから今度は残された人生を豊かに生きることに専念していきたい、なんて思ってるの。
 姥桜こそ花の究極の美しさだ、っといったのは誰だったかな。
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表現……テーマパーク化でいいのか?

2010年09月13日 14時55分49秒 | Weblog
 昨日の「地球最古の恐竜展」だが、あそこまでテーマパーク化する必要があるのだろうか、という疑問を感じたことを書かなかった。
 生きものの生存競争は‘すさまじきもの’であることに間違いはない。
 古生物学の歴史は、絶滅を語る歴史であることも、間違いなさそうだ。
 ある種が、地球上に現れ、生存競争に勝ち残って繁栄する。しかし、その繁栄も永遠ではなく、ある条件で種は死に絶え‘絶滅’する運命にある。
 
 発掘された骨、その骨をもとに全身骨格としてレプリカを展示する。そこに肉付けをし、肌の質や色をつけ、体毛があったと想定できるものには植毛する。展示会場には、殆ど全ての生きもののレプリカを、現実らしくそこに置く。置くだけでなくてロボットとして動かしてやる。
 さらに雷鳴を轟かせ、照明を点滅し、恐竜が大地を振るわせる足音を大音量で聞かせてくれる手の込みようだ。部屋によっては音楽も鳴っている。それっておせっかいすぎやしませんか。

 大人はいいとしても、丸ごと鵜呑みにするまっさらな子供の感性は、どんな風に固められるのだろう。NHKテレビの画面上で見るのと、よりリアルな物体として、空間にからだを置いて見ていくのとでは、子供への影響は相当に違うものだと思う。
 
 女の子が泣き出すほどの演出が必要なのだろうか。夏の一日、子供にとってお化け屋敷で恐さを味わうのと、どれほどの違いがあるのだろう。確かに数名の男の子が、書かれている説明をノートに写している姿も見かけたが。
 ありあえないことだが、もし中生代にタイムスリップしたら、現実はもっと怖いのよ!と言われても、それは無理と言うもの。老婆心でしょ、といわれればそれまでなのだが。

 遊びに中で学ぶことは否定しない。しかし、もっと違った表現・演出・見せ方の方法があってもよいのではないか、と思うのだ。
 そこには、生命に対する畏れ、生命への限りない愛情、生きものが他の生きものの命をいただくことで生命維持がなりたっている敬虔な祈りのようなことが欠けているような気がする。強いものが弱いものを食う。その強いものも環境の変化で、次なる環境に適応できる強いものに取って代わられるだけの生命史観だけでは悲しいよね。

 衝撃的にドラマティックな生存だけが浮き彫りにされるのではなく、宇宙まで拡げることはないけれど、地球全体の営みとしてとらえる見せ方はなかったのだろうか。
 科学の時代に、既製の宗教ではなく、いちばんプリミティブな宗教観をもって見る、そうした見せ方が出来ないのだろうか。

 多くのものがテーマパーク化に向かうことへの危惧を、まず、大人たちがもって欲しい。面白おかしく見せるだけがはびこる風潮に違和感を感じる。その一つの例が、この恐竜展かもしれない。中生代が豊かに深く拡がってくれているだけに、残念でならない。

 いずれにしても今の日本は、他者と如何にコミュニケーションをとるのか、自分自身を如何に‘表現する’のか、といった方向に歩きすぎていないだろうか。そんなことまでも考えさせられた展示会だった。
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地球最古の恐竜展、そのほか。

2010年09月12日 15時03分35秒 | Weblog
 昨日、朝日カルチャーセンター野口体操講座は、異例のレッスン内容となった。
 一時間たっぷり、地学・古生物について復習と確認を行った。
 使った資料は「The Tower of Time」アメリカ国立自然史博物館の恐竜ホールにある円柱に描かれた‘生物の進化’の絵と添えられている解説。
 もう一つは東京サイエンスの神保さんが作った「化石標本100種」である。

 先カンブリア時代から古生代・中生代・新生代、およそ七億年の生物の歴史(絶滅の歴史)の時間の流れを追いながら、その上に実際の化石を置いていく。最初、私が話をしながら特徴的な化石を置き、その後皆さんに化石を選んで地質年代表の生きもの図に乗せていく作業をしていただいた。これは、コンピューターやiPadのような電子機器上で学ぶのは真逆のミニ授業体験なのだ。
 それぞれが感じたことや思ったこと、知識、等々を発言しながら、小学生のように嬉々として楽しんでくださっていた。

 いちばん伝えたかったのは、野口先生が最後にたどり着いた‘岩石・鉱物・隕石’の世界の中から、地球の生きものはつながっている、もちろん森羅万象全てがつながっていることを基本から学びなおすキッカケを提示したつもりだ。
 隕石から始まって、現世人類まで、100種の化石は、小さいながらも迫力満点だった。
 生命の歴史の中で、人類が最後に地球に誕生したことの意味を、野口体操の身体観に結び付けて考えて見る作業でもあった。『原初生命体としての人間』の‘はしがき’、そして全体を貫く自然観を裏付ける具体的な‘もの’である。
「敗戦後、自分のからだに根ざして考える姿勢を強くされて、先生の‘からだに即して’‘物に即して’という在り方がとても好きなんです」
 そのことばを受けてある方がおっしゃった。
「戦争中は、一に精神、二に精神。精神ばかりが重要視されてましたから、戦後を生きる野口先生にとっては、その反動のように‘物に即して’という在り方が大切だったんじゃありません」
 なるほど。
 
 さて、今日は六本木にある「森アートセンター」で開催されている「地球最古の恐竜展ー天空の恐竜ミュージアム」を見てきた。夏休みも終わって少しは空いているかと思いきや、かなり込み合っていた。さすがに日曜日である。とりわけ、「コワーイ、コワーイ」と具体的過ぎる展示と音や映像に、小さな女の子は大声をあげて泣いていたのが印象に残った。それに引き換え、男の子たちは興味津々、身を乗り出して見ていた。男女差と言うものは、物心つく頃には、すでにはっきりとあらわれていることを改めて認識できたことは収穫のひとつだ。

 大人たちにとっては、自分たちが子供のころと比較して、雲泥の差。中生代がリアルに豊かに感じられる展示であることは間違いない。今まで見たこともない絶滅種が展示されているから。このことはひとえに日毎すすむ発掘と研究の賜物に違いない。

 その勢いで、帰りは新宿で途中下車して、紀伊國屋書店に立ち寄った。
 そこで『凍った地球ースノーボールアースと生命進化の物語』田近英一著新潮選書を、無事に手にいれることができた。寒暖を繰り返す地球。生命はどのように生き残ってきたのかを論じているらしい。地球環境の進化と生物の進化を語る本だ。一昨日、サジさんから郵送された『めぐる』中村桂子編新曜社刊で、二人の対談を読み、そこに紹介されていた本。

 またまたその勢いで、紀伊国屋本店の東京サイエンスの店も覗いてみた。なんと「化石標本100種」が展示されていた。私が数年前の東京国際ミネラルフェアで手にいれた定価より高い数字を見たときには、なんだか嬉しく、おーっ!て感じであった。
 というわけでしばらくはこの世界に浸るかも……。
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Google 翻訳の妙 …… Back in the start

2010年09月11日 06時55分51秒 | Weblog
 今週は、今日のレッスンの準備のためにGoogleの自動翻訳機能を、遅ればせながら使わせてもらった。
 サクサクとスピード感をもって翻訳してくれるし、音声も聞けてとっても便利だ。それにどんなに使ってもFREEなのだから、ありがたくて涙がでそうだった。
 その上、フランス語では? ドイツ語では? スペイン語では? ロシア語では? などというのは序の口。アイルランド、エストニア、スロベニア、ベラルーシ等々、国の名前は知っていても、あたったこともない言語まで数え切れないほど次々と答えを出してくれる優れものだ。
 まぁ~、長いフレーズでは、さすがに大きなクエスチョンマークがついて、‘これってどういう意味?’と首を傾げたくなることもあったが。

 極めつけは本日のテーマにしようと思っている「遡ることは朔まること」を打ち込んでみた。「遡」はいいとしても「朔」を‘はじまる’とは、ちょっと考えても読みにくいはず。野口先生のレッスンを受けて、字源から解き明かされた時、はじめてこれほど的確な文字はない、と頷いたのだった。
 ところが賢いGoogle自動翻訳機能様は、文句も言わず、迷いもせず、ちゃんと答えてくれた。

‘Back in the start’
 お見事! ウムムムムッ。
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ヨガの逆立ち、坐禅、そして……

2010年09月10日 11時35分01秒 | Weblog
 昨日も今日も、朝の体操は至極気分がよかった。
 ほぐして、ほぐす。ほぐれ具合をみて‘ヨガの逆立ち’に入る。
 最後に十五分程度だが‘坐禅’を行う。身体の内側で抜けていく力の軌跡を辿りながら、満たされた気分を味わう。

 開け放たれた窓から入った風は身体をくるむように巻き込んでから、もう一方の窓から出ていく。憑き物が落ちたような気が今日もした。
「これでいいのだ」
 没後十三年、よくやってきた。自分の力以上のことをさせていただいた、と感謝している。あとは、一日一日、じっくり、ゆったり、出来ることを行為として重ねていくのみ、って思えた。

 不思議なくらいすっきりしている。
 不思議なくらい許されている。
 不思議なくらい満ち足りている。

 以前だったら、外側の何かによって、こんな風な満ち足り感を味わったような気がしている。しかし、昨日も今日も、自分自身の身体の内側から、漣が押し寄せるような‘いい気分’だった。

 今、お昼近くになってきた。
 ちょっと気温が上がってきたようだ。
 もしかして、あの気持ちよさは気温のせい?
 そうは思いたくないけれど、今年の夏は暑かった。暑い衣を脱ぎ捨てられるとこんなにもいいんだ!

 確かに、私の中で、落ちていくものがあった。身軽になった。
 さぁ、本日の後半を生きよう。
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福山龍馬の表情

2010年09月09日 11時55分40秒 | Weblog
‘薩長同盟’から‘寺田屋騒動’へ、NHK大河ドラマは佳境に入った。
 武市半平太との対で龍馬を描いてきて、本質的には二人に共通する‘日本を守る’という思いが、浮き彫りになった。「方法が本質を決定する」、竜馬の道と武市の道の違いが、決定的な場面を迎えた。長崎に舞台が移る前、以蔵の武市への同性愛的心情を軸に、暗くて残酷な何回かを我慢して見続けた甲斐があったというもの。

 今回の「寺田屋騒動」は、命を預けたお龍への思いがしっかりしたベクトルを得て、最終的に起こる悲劇の暗示を龍馬の横顔のアップを挿入して、単なる捕り物に終わらせなかったところに機微を感じさせる深さがあった。
「お尋ね者になってしまった」
 その龍馬のことばは、なかなかに重く響いた。

 それとは別件だが、鈴木議員も「犯罪者の家族にすることが申しわけない」といった心のうちを吐露し涙を見せていたが、昨日の会見のなかでとても重かった。

 一般論として、権力という怪物を向こうに回して、変革を起こす者たち。理由は何であれ、ドラマとしては面白いが、現実は厳しいことを知らされる。
 事実は一つ、しかし真実は視点によって幾通りかあるらしい。
 結局のところ、神のみぞ知るのだろうが。

 最後に、今回の映像と音声と音楽は、気に入っている。ぎりぎりリアルでぎりぎりフィクションで、その狭間に俳優を置く。福山雅治の声は、回を重ねるごとに変化し、いいねぇ~。日曜日が待たれる。
 ただ、後から参加のミヨシ(?)役の筧さんが、ドラマに馴染みきれていないのが残念だ。まぁ、‘馴染め’と言う方が無理なのかもしれない。ここまでスタッフも俳優も煮詰まっているところに、途中参加は俳優の力を超えていて辛いよね。
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時代は移る……デンスケ・ナマロク、蒸気機関車

2010年09月08日 10時05分15秒 | Weblog
‘野口三千三授業記録の会’を先生の存命中、1988年に立ち上げて、ビデオやカセットテープ録音等々、さまざまに記録を残してきた。
 1998年に亡くなるまで、それらの記録機材は次々と新しいものにモデルチェンジされた。そのたびに換えていった。今、蔵のなかには、現在では使われくなった十数台の機材が残っている。

 昨日、カセットテープに残されたものを聞く必要があって、二台の機材をテストしてみた。一台は、ダブルカセットテープレコーダー+CD。低音・中音・高音などチューニングが自分でできるものだ。残念なことにびくとも動いてくれない。しかし、修理をすればおそらく使えると思う。
 二台目は、‘デンスケ’の愛称をもつ「取材用可搬型テープレコーダー」である。これもソニー。この愛称は、毎日新聞の連載漫画「デンスケ」に因む。主人公が街頭録音をおこなうことになった設定に重ねているそうだ。‘ナマロク’(生録音)ブームを生み出したステレオカセットテープレコーダーである。
 この性能は素晴らしく、肩からかけて片手にマイクを差し出して、インタビューすることが出来る。そして外部のスピーカーにつなげると音声は素晴らしくよいのだ。
 私の手元にあるものは、最後の機種で‘ソニーTC-D5M’。これは生き延びて2005年に生産中止になったらしい。聞くところによると、デンスケの愛称で親しまれたカセットレコーダーは、蒸気機関車が完全廃車になるのと同じ時期に生産中止になったそうだ。
 
 お蔭様で、我が家で生き残ったデンスケは、しっかり動いてくれた。こうした単純な機械で性能の良いものは何年も使わなくても大丈夫のようだ。無事に聞きたいテープを再生することができてとても嬉しい!
 野口先生の授業ナマロクもこれで再生可能である。
 
 変化の時代、取っておくべきものと捨ててしまってよいものがあるが、捨てるのはいつでも出来る、といった思いが物を増やしていく。まぁ、とりあえず‘良きもの’は、とっておく!’のでありまーす。
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見取り稽古……内田樹の研究室

2010年09月07日 15時43分55秒 | Weblog
 昨日のブログにも書いた朝日カルチャーセンター土曜日クラスに苦心してるのを見かねて、‘見取り稽古’について書かれたブログを紹介してくれた。
 はじめて教室に参加される方や、はじめてから日の浅い方、時に長く続いている方にも、見取り稽古をするように促す場合がある。私自身、野口先生没後に、教える側に立って、皆さんのうごきを見ることは、とても参考になっている。というか実は学ばせていただいている。 
 つまり、他の人の動きを見る、ということは、自分自身が動く以上に‘うごきの本質’を掴むことができる。
 しかし、いくら見ても‘何も見ない’場合がある。いや、何も見えない場合といった方が適切な表現かもしれない。感覚が開かれていないか、自分の思い込みが激しくて自分のまなざしでしか見えなくなっている場合がある、といっておこう。

 私事だが、かつて幼少のみぎり(笑い)藤陰静枝さんとその一番弟子の紘枝(いとえ)先生に日本舞踊を習っていたときのこと思い出した。三歳からわけあってやめさせられるまでの七歳まで、大好きだった稽古は続いていた。
 まず、お稽古場に入る。するとそこにはズラリとお弟子さんが揃っている。お師匠さんは真ん中に陣取って、時に三味線を弾きながら、時に舞台に上がって手取り足取り振りを教える。
 びしびしと容赦しない稽古風景である。綺麗なお姉さんも、年季が入った名取さんでも、あまりの厳しさに後ろを向いたときに、そっと涙をぬぐうほどの稽古であった。

 その一部始終を見つめながら自分の番が回ってくるのをジッとひたすら待つのである。
 いやでもたくさんの長唄や清元といった曲と歌を覚え、踊りの振りも自然に身についてくるのである。
 これが私の見取り稽古、最初の経験だった。

 次の経験はそれから二十年以上たった二十六歳の時から再開した。
 それは野口三千三先生の体操レッスンを受けた時である。
「やらない、ということも積極的な行動です」
 先生のことばに素直に従って、ひたすら他の方々の動きを見続けて数年が過ぎた。
 素直の上に‘ばか’がつくほどの素直さだった、というより何一つうごきが出来なかったのが真実である。ただし、自宅ではいくつかの基本的にまず大切と思ううごきは丁寧に時間をかけて稽古していた。
「とんでもないところに迷い込んでしまった!」
 それが最初の印象だった。しかし、野口先生の話は極めて面白く、興味深い内容であったことで野口体操の虜になってしまったのだった。

 思えば、ここでも十分に‘見取り稽古’に時間を費やすことができたのは、日本舞踊で身についた‘稽古の姿勢’だったに違いない。まったくもって‘三つ子の魂なんとやら’だ。

 さて、内田樹さんの2010年9月5日のブログ「団体行動のすすめ」は、非常に参考になる。
《「スキャンというのは自分を含む風景を上空から俯瞰する想像的視座」に立つ能力である》とし、ミラーニューロンの活性化と相関する、とおっしゃる。
 私の‘お気に入り’にも「ミラーニューロン」が入っていて読んではいるけれど、内田センセイのこの内容はとてもわかりやすい。
 
 内田樹の研究室 URLは次のとおりです。
 http://uchida-tatsuru.blogspot.com/

 一読をオススメします。
 教えてくださったサジさん、ありがとうございます。
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