羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

映画「レオニー」

2010年10月30日 08時37分58秒 | Weblog
 映画「レオニー」、10月29日(金)朝日新聞夕刊・全面広告に紹介されれていた。
 監督の松井久子さんは、ブックマークにある撫明亭のご亭主にとって浅からぬご縁の方と聞く。

《強いだけでなく弱さやもろさももっている だからこそこの女性を描きたかった》
 監督のことばは胸に響く。
 天才彫刻家イサム・ノグチの原点、母、レオニー・ギルモアの波乱にみちた生涯を描く、と新聞にはある。
 
 封切りは、11月20日(土)全国ロードショー
 URL http://leoniethemovie.com/

 さて、ご亭主も二つのシーンにご出演と伺ったが、その姿を探す楽しみも!!
 
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おもしろし

2010年10月29日 08時47分46秒 | Weblog
 先週、土曜日の朝日カルチャーのレッスンでは、野口三千三先生にいただいた‘鍛錬用木刀’を持っていった。重さとのかかわりをわかっていただくためであった。
 三十年ほどになるだろうか。西巣鴨のご自宅で、野口先生から真剣のふり方をお教えいただいて程なく、我が家までお持ちくださったのが、この木刀である。

 しばらくお蔵入りしていたが、持ち出してみた。
 レッスンが終わったとき最近になって頓に上達著しい男性が寄ってきて仰せになる。
「今日の木刀捌きの話は、内田樹さんの『武道的思考』に共通していますね」

 今週水曜日に書店でその本を買い求めた。
 まだ読み始めたところでが‘おもしろい’のであります。
 今日は、そこまで。
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テレビの音量40

2010年10月23日 11時01分41秒 | Weblog
 お年寄りと同居している人の悩みの一つにテレビの音量問題がある。
 我が家もご多分に漏れず、ガンガン響く設定がなされている。
 年をとっても内容を理解したい思いからなのだ、と余裕がある日は好意的に受け取れる。声を荒げずに‘ちょっと小さくしてもいい’と聞きながら音量を下げる。
 それでもしばらくするとまた元の木阿弥ってことが多い。

 先日のこと、テレビ画面に「字幕」と文字を発見した。今までだって気づいてはいた。しかし、その日に限ってその文字が大きくなって目に飛び込んできた。
「もしかして……」
 リモコンのスイッチを‘オン’にしてみると、聴覚障害者向けの字幕の文字が、話す人によって色分けされ、文字も大きく表示されていることに気づいた。

 一緒に見ていた母も文字を読んでいるらしい。
 そこで音量を気づかれないように下げてみた。
 まだ目は大丈夫そうだ。視覚からの情報で理解を補っているらしいことがわかった。思ったとおりの結果が得られた、と嬉しくなった私。

 それからしばらくの間は、字幕表示で見ることにした。
 そのうちに目も不自由になるのは時間の問題だ、としてもこれはいい方法をみつけた。つい懇切丁寧な字幕を私も読んでいる。

 ある日、NHKの美術新番組「ミューズの微笑(ほほえみ)」の再放送を見ていた。 ラリックのガラス芸術を展示している箱根の美術館を、ピアニストが案内するものだった。
 こここで問題発生。
 好きなBGMにのって映し出されるラリック作品の真ん中に字幕の文字が乗ってしまう。半透明の上に描かれているから文字を透かして、作品が見え隠れする。
「こりゃまずい」
 思わず‘字幕オフ’に切り替えた。
 すると音量を上げる羽目に陥ったのだった。
 
 というわけで字幕復活である。
 それでもかなりの音量がキープされているのだ。
 いつかは私も歳をとる、としても結構辛い。

 明日の「龍馬伝」は、字幕なしで、丁度いい音量でみるぞ!と今から臍を固めている。それだけは許してね。お願いね、おっ母さま。
 
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迷惑千万 隣家の樹木

2010年10月21日 09時14分52秒 | Weblog
 以前にもブログに書いた。
 隣家の南側の塀に沿って植えられた樹木が茂ったまま放置されている。
 7月には、初夏以降こちら側に落ちてきた枯葉集めてみると、45リットル用の袋に二杯もあった。
 今は、どんぐりの実がバタバタと落ちてきている。
 見上げると十メートルはあろうか。二階の樋に枝が伸びてきている。

 真夏にも頼みに行った。
 初秋に頼みに行ったときには、暑くて切れないとおっしゃる。
 区役所に問い合わせたところ、丁寧に教えてくれたが、解決策ではなかった。
 誰も住んでいなければ、それなりの対処ができるという。
「そちらの方との話し合いです」

 一昨日のこと、三度目のお願いに行った。
 丁度、枯葉を掃いておられた。
「申し訳ありません。樋が詰まったら困るので、切ってください」
「わかってます。でも木の下を片付けないと枝は払えないんです。2メーター四方に伸びてる葉ですから大変なんです。下を片付けますからもう少し待ってください」

 ぬぬぬっ、わかってるんじゃないの。それに昨年切り落とし枝や草が生い茂って足の踏み場のないのかも。
「よろしくお願いします」
 怒りを隠して、お願いをする。
 内心、迷惑を受けている家がなんでこんなに低姿勢でなければならないのか!と思いつつも、その場を去った。でも不愉快さはおさまらない。

 極論。大邸宅の広い庭以外は、庭木はナシよね、と言いたい。とりわけ隣家との境にある塀のそばに植えてある樹木は切るべし! 因みに我が家の蔵は北側の塀から1メートルはたっぷり離れて建ててある。木が小さいときは問題はなかった。状況は時間とともに変わるのだ。それにあわせて対処してくれなきゃイカンのだ。
 チャンと枝を払って大きくならないようにして欲しい。
 それがご近所づきあいのマナーというもの。

 業を煮やした私は、植木屋を連れて訪ねようかとも思ったことがある。だが待てよ、こちらが費用を持つなんて御免蒙りたい。切り落とした枝葉を捨てるのだってお金がかかるのだから。
 いったい、ぜんたい、どうしたらいいのだ?
 しばらくは待つしかないのだが~。
 
 思い起こせば、野口三千三先生は西巣鴨のご自宅の庭を、一年中、手入れを怠らなかった。自然が大事ということは、放りっぱなしにしておくことではない。手をかけてその環境にあった状態を探りながら育てていくことなのだ。人が住む空間なのだから、人同士、樹木同士、草花同士の折り合いをつけることがハッピーな暮らしだ。
 それが「自然直伝」の本質である。
 
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龍馬伝 いろは丸事件

2010年10月18日 07時33分52秒 | Weblog
 昨晩の龍馬伝は、好きな演出だった。
 日によって、自分の好みに合う場合とそうでないときがあるようだ。
「いろは丸事件」の紀州徳川との対決によって、幕府が大政奉還へと動かざるを得なくなる道筋がはっきりと見えるが、まだまだ先があることを匂わせる演出だったことに好感が持てた。
 そしてギターを使った新しいBGMだったように思う。いや、もしかすると使われた曲だったのかもしれないが、記憶に残っていない。とても新鮮に響いてきた。

 まぁ、音楽が多用されて五月蝿いときもしばしばある。過多はいただけないが、昨晩のギターは効果的だった。
 特筆すべきは、短い出演だが蒼井優さんが脇としていい雰囲気を出している。お龍役よりも得な役回りなのかもね。
 
 最近、見終わってふと、思うことがある。竜馬の裏には、知恵者が控えているのではないか、と。いったい誰だ?
 なぜそんな思いに駆られるのか。
 いてもいなくても、孤独感が漂ってもよさそうだ、と思うのは、団塊世代の私の好みの問題かとも。
 甘いマスクにもう少しの苦味が加わったら、どんな感じだろう。メーキャップではどうにもならんかも~。それは欲というもの、と知りつつも、書いてしもうた。
 いずれにしても福山龍馬は格好ええ!
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日経新聞Web版

2010年10月16日 11時45分16秒 | Weblog
 我が家では、すでに昭和初期には、日経新聞も朝日新聞も読んでいたらしい。
 そんなつながりから、未だに日経と朝日、二紙を取り続けている。
 
 ところで今年になって日経新聞のWeb版が出されて、紙の値段にすこしだけ足せばよいということで、こちらも取ることにした。
 
 始まってみると紙版は今までとおりに読むものの、パソコン上で新聞を開くことはほとんどなかった。
 これでは勿体ない。紙だけに戻そうか、と夏ごろには考えはじめていた。
 そうした矢先に、メールでさまざまな講演会や、オペラの割引、コンサート、美術展、意見提言の応募等、配信されるようになった。
 参加したり、応募したり、買い物するわけではないが、世の中の動きが見えて参考になる、と感じた。
 
 そのうちにメルマガで、主要ニュース、新しいニュース等々の知らせを受ける手続きをしてみたら、メールに配信されて、読みたいものはリンクできて、使い勝手がよいことに気づいた。
 紙の版で見逃していたものも教えられるので、紙で読み直したりもする。やはり横書きWeb版よりも慣れているせいか紙版の方が読みやすい。
 てなわけで、結構、重宝するようになった。
 
 さて、電子書籍の世界も混沌としているが、まだまだ始まったばかりの新聞におけるWebと紙の融合活用は、試行錯誤を続けながら改善されるだろうし、読者も自分なりの読み方が見出されていくだろう。

 急いでWeb版取り消しにしないでよかった、と、今、現在は思っている。
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もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

2010年10月15日 18時39分49秒 | Weblog
 とても長い書名だ。
「なになに、100万部突破!だと」
 最近、駅前に出来た書店を入ってすぐのところには、分野を問わず話題の本が並べられている。
 可愛らしい女子高生らしき少女がこちらをしっかり見ている漫画チックな表紙。 
 つい買ってしまった。

 読み始めたらやめられない。少女漫画を読むノリ。とにかくぐいぐいと引っ張られてしまった。
 そして最後には、ほろりとさせられる。
 著者は岩崎夏海、出版社はダイヤモンド社である。

 翌日、同じ本屋で『エッセンシャル版 マネジメント』P.F.ドラッカーも手に入れてみた。こちらは難しい。自分には世界が違う気がするわけ。

 小説仕立ての『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』が売れるわけを納得した。
 設定がいい。
 やる気のない野球部を甲子園に出場させるために何をしたらよいのか。ドラッカーの基本と原則を、上手く説明しながら物語が進むのだ。

 こんな世界があるんだ。
 野口体操を180度転回しても、ここには行き着かない?
 90%は『ガラスの仮面』のような少女漫画をちょっと大人向き小説で描き、あとの10%がドラッカーの『マネジメント』の解説だった。
 とてもわかりやすいことに驚き。主人公の少女に感情移入してしまった。
 なるほど!ナットク物語である。
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ハッピーマンデーとバッハ平均律クラヴィーア曲集

2010年10月11日 14時03分16秒 | Weblog
 大学関係者にとって、‘ハッピーマンデー’は、ちっともハッピーでない、という人が多い。最近は文科省が厳しくなって、半期15回、通年で30回の授業を強いてくる。当然のことに月曜日は、休んでいられない。月曜日の休日はあってもないのが実情なのだ。
 仮に連休を地域によってずらすなってことになったら、いったいどうなるのだろう。

 で、本日は午前中に授業があって、先ほど帰宅した。
 なんとも学生の三分の一が自主休校していた。おまけに京浜東北で人身事故があったらしく、東海道も湘南新宿ラインも影響を受けていた。遅刻する学生も出た。

 私は、というと、天気はいいし電車に乗り合わせる人は少ないし、快適な往復だった。いつもは快速電車を利用するが、休祭日は鈍行に乗る。それだと普段の倍以上の時間がかかる。そこで、そのことをみこして準備をしていった。
「iphoneで音楽を聞こう!」と。
 選んだ曲はバッハの平均律クラヴィーア曲集でチェンバロ演奏のもの。
 普段のボリュームより上げて設定した。なぜか第一番のあとは、順序がばらばらなのだが、そんなことは気にならない。
 
 四谷を過ぎると外堀が見え始める。時間こそ異なるが、帰りも同じ。
 久しぶりに水の色と空の色が緑と青が秋の穏やかさを感じさせてくれた。バッハがとても似合っていた。座席に腰をかけて、半分覚醒、半分まどろみのなかで風景が非日常のものとなる。堀の水面ぎりぎりまで枝が伸びた桜は、まだまだ青々としていた。

 建物の二階にある講師控え室で、レジュメのコピーをしたり、お茶を飲んだり、最後のチェックをし、地下の体育教員用の控え室に移動する。そこで着替えをして、授業をする多目的トレーニングルームに入る。ここは地下二階にある。広さは100畳はたっぷりあるだろうか。フローリングの床がいい感じなのである。
 はじめてのことだが、今日はここでもバッハの続きを聴いていた。
 その間、話す内容を自分の中で反芻しながら過ごす。なかなか捨てたものでないことを知った。アスリートが試合前の集中に何かを聞いている姿を思い出した。

 というわけで、今日のようなハッピーマンデーの過ごし方はやみ付きになるかもしれない。
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認知症予防五カ条

2010年10月09日 11時22分43秒 | Weblog
 今週、母に尋ね人あり。
 二人の男性に一人の女性。はじめての面会に、嫌がる様子もなく、私が選んだ服に着替えてくれた。
 自らすすんで髪を結い、ファンデーションをつけてしみを隠し、薄く眉を引き紅もさす、といった念の入れよう。
 何年ぶりのおしゃれだろう。

 私はと言えば、朝から家の掃除をし、来客に出すお茶とお菓子を用意し、バタバタバタと仕度を整えた。

 詳しい内容は省くが、三名の方々を座敷に通し、いざ、対面。話を聞き、話をする。その受け答えをはたから見ていたが、なかなかしっかりしていた。そして契約を結んだ。それから契約書にサインをしたり、チェックをいれたり、差し出されたたくさんの書類に必要事項を書きこんだ。大事だったが、あまり疲れていない様子だ。

 実にイキイキと応対し、その名残が数日たった今日も続いている。
 で、今朝、ITのgooニュースで「やればできる、認知症予防五カ条」を読んで思わず笑った。内容は次の五カ条。()内は、私のこと。
1、食事 一日にサラダボールいっぱいの生野菜を食す。(生野菜ばかり無理)
2、水  一日に1.5リットルの水を飲む。夜中が心配な人は夕方4時まで。(こんなに飲めない)
3、運動 うっすらと汗をかく程度の運動をする。(これはクリアできるかな)
4、勉強 朝刊を読んで、夕方になって10項目の見出しを思い出す。
    (思い出すには練習が必要)
5、禁煙 煙草は健康だけでなく脳によくない。
(最初から吸っていない。世の中、最近は禁煙ファッショの傾向あり、いき過ぎ感をもつ)

番外:週に三日くらい家族以外とのコミュニケーションをもつ。

 一言で言えば‘成人病予防’と同じこと。
 確かに‘やればできる’かもしれないが、案外難しい。
 番外に書かれていることは、今週の85歳の母の様子から‘ごもっとも’と素直に頷いている。しかし、高齢になるればなるほどこれがいちばん難しい。他人事ではない。今から、その気で準備しておかないとまにあわない、ぞ! と強迫感あり。
 元気に生きる、って凄いね。
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最近の龍馬伝

2010年10月07日 07時50分32秒 | Weblog
 しばらくブログに書き込みができなかった。
 先週土曜日の朝日カルチャーセンター「一日公開講座」以来、連日レッスンと授業、大切な所用等をこなし、その合間に、来客を迎える準備や日常の家事で、毎日は充実していたが、パソコンに向かうゆとりがなくなっていた。

 
**********
 
 毎週、楽しみにみている「龍馬伝」だが、薩長連合を山場にして、今ひとつの観がある。後は、お尋ね者として追われ死に向かって一直線、というのが、わかっているだけに心がそがれる部分があるのかな? もし、暗殺されなかったら、明治に入ってどのように生きたのだろう、という仮説はまったく成り立たない。だからこそ、逝き(生き)急ぐような切迫観が、もっとあってもいい。
 かつて山内容堂との関係で緊迫感を出した武市の切腹までのドラマには、凄さがあった。先が見えないなかで、理不尽さに命を落とすものと理不尽を強いるものの間に張られた糸がいつ切れるか、とねばりが見る者をひきつけていた、と今になって思う。

「大政奉還」の幕末、すでに主役は龍馬から、したたかな山内容堂と後藤象二郎に移っているところからくる龍馬伝の物足らなさかもしれない。歴史とはつくづく残酷なものよ。

 さて、気持ちをずらしてみる。物語として受け止めているから、史実がどうのこうのという意識はない。フィクションがあってもそれはそれで楽しんでいるが、さすがに思う。行く先々で女にもてる龍馬に対して、ファイナルに入ったこの頃、土佐にいる‘かお’はいったいどうしているのかな。坂本家の人々はどんな暮らしをしているのだろう。ひとえに福山龍馬がかっこいい。格好よければよいほど、最初の女の生き様が気にかかってしまう、私なのだ。それを取り上げていたらドラマにならない。網の目のように人を描き出したら、話の筋は通らなくなる。
 でも、二人で取り交わしたようなしないような許婚のかおさんくらい、どうなっているのかなぁ~。
 もう一つの‘もし’を言わせてもらえば、‘生まれてくる時代が少し前だったら、同じ人間にはまったく異なった物語が描かれただろう’と。
 人間の幸福とは何か、を考えさせられた。

 はてさて、本日は、戯言でした。
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旅人かえらず

2010年10月01日 18時33分35秒 | Weblog
 九月は、三回、野口体操講座のテーマを‘地球と生命’で行った。
 はじめてのことだった。
 進化の年表+化石標本100種が一回目。
 地球物理『凍った地球』田近英一著を中心に、地球史から見た生命のしぶとさが二回目。
 地球史+顕生代通年で46億年の時間をリボンで顕すのが三回目。

 地球史における時間までくると、さすがに不思議な感覚に捉えられた。
 自分の存在が一握の砂の一粒にも満たない。
 あるいは宇宙の塵とも見做せない。
 いったいなんだ?
 生死について思い巡らすと、気が遠くなってしまう。

 無性に詩を読みたくなった。
 蔵の二階にあがって、本棚から新潮文庫の一冊を探し出した。
 三十年ぶりだろうか。
 もともとこの詩が野口体操へと導いてくれたような気がする。
 
 西脇順三郎詩集より 「旅人かえらず」の最後のフレーズ

    永劫の根に触れ 
    心の鶉の鳴く 
    野ばらの乱れ咲く野末 
    砧の音する村 
    樵路の横ぎる里 
    白壁のくずるる町を過ぎ 
    路傍の寺に立ち寄り 
    曼荼羅の織物を拝み
    枯れ枝の山のくずれを越え 
    水茎の長く映る渡しをわたり 
    草の実のさがる藪を通り
    幻影の人は去る 
    永劫の旅人は帰らず
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