羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

雑感

2008年10月31日 10時25分19秒 | Weblog
 10月も終わりに近づくと、申告用のための‘控除証明書’が、通常の郵便物に混ざって届いている。
 火災保険、地震保険、社会保険、生命保険の類だ。

 昨日は国民年金基金‘平成20年度分社会保険料控除証明書(申告用)’が届いた。
 国民年金の納付でさえ行わない人が多いのに、まして国民年金基金となると加入者も少ないうえに、若い人の新規加入は激減していることが、同封されたリーフレットで確認できた。
 
 私が入ったときは確か青色申告会で勧誘されて、加入した記憶がある。
 これまでに214ヶ月きっちり納付していることもわかった。
 というのも今まで送られてくる書類をちゃんと読まなかった。
 改めて隅々まで読み直したのは、いよいよ21年、つまり来年3月まで納めれば‘掛金納付終了’となるとこまで来てしまったからだった。
 
 17・8年以上も前に加入していた! (驚き)
 するとざっと計算して、41・2歳のころになる。
 いやぁ~、若かった。
 過ぎてしまえば、あっという間だ。
 当時、野口三千三先生もご存命で、ちょうどそのころ『アーカイブス野口体操 野口三千三+養老孟司』(春秋社)のもとになった「野口体操を解剖するー養老孟司氏を迎えて」の講座を企画し朝日カルチャーセンター開講することができた。
 
 それから二昔ちかい歳月が流れて、来年は年女で晴れて‘還暦’。
 だけど果たして5年後、65歳になったときに、ちゃんと年金基金がもらえるのかしら???
 幸いなことに間接的には影響があるとしても、グローバル金融危機の火の粉が直接かかってくる心配はないが、社会保険庁があの許しがたい状況では……。
 
 思えば1991年正月過ぎに、野口先生と養老先生の記録を残せたことは、奇跡にちかい幸運だったのかもしれない。
 あの時、年明けになって野口先生は臍を曲げ、挙句の果てに「あなたのためにやってあげる」と仰せになった。
 それでも無事に幕があき、嬉々としたいやいや溌剌とした野口先生の姿が映像に残された。
 実は、周りの人を巻き込んで、大騒ぎだったことを思い出す。
 
 そんなこんなで、一寸先は闇ってことをこの秋は思い知らされたけれど、先の心配をしても仕方が無い。
 これから17年後は、八十路に差しかかる。
 どうなっているのかわからないが、生きていたらつましくても楽しく生きたいの~。
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野口三千三先生のお財布

2008年10月30日 09時04分30秒 | Weblog
 野口三千三先生のお財布は、鹿の皮に漆で小紋柄を描いたもので火や水に強いということで、武将に好まれた甲州印伝だった。

 小銭入れと札入れを分けて、決まったところに出かける時にはその時に必要な交通費は小銭を用意しておられた。
 いつも過ごされるご自宅の定位置の背後には小引き出しがあって、そこには一円玉・五円玉・十円玉・五十円玉・百円玉・五百円玉が、きれいに分類されていた。
 そこから外出前に、必要な分だけを取り出されるのだった。

 そのほか定期入れには、千円札が一、二枚、いつも入っていて、ちょっとした買い物などにさっと出しやすいようになっていた。
 たとえば今の時期だと、お好きだった小菊などを見つけると、二・三束まとめ買いをなさる。なぜこの量かというと、お気に入りの花瓶が、かなり大き目のものだった。そのほかに一輪挿しにも小分けして活けるためだった。

 そして、札入れにはその日に使ってよい分だけの現金を入れておられた。
 買い物をするとき、あるいはご本人にとっては決して衝動買いではないが、町を歩きながら「ぼくを呼んでいる」とおっしゃる品物に出会ったときなど、使い果たしてもよい額を予め入れておられたというわけだ。
 で、もし、その範囲で買えないときはあっさりと諦める。
 しかし、‘交渉次第’の気配を感じ取るや否や、直球を投げられる。
「その時の会話が楽しいのよ!」
 ゲットした後は、いかに‘野口体操’につなげるかを考えるのは、人生この上ないお楽しみだった。

 JRはオレンジカード、都電はパスカードなどがあったころでも、いっさいそうしたカードと名のつくものは使うことはなさらなかった。
 もちろん借金などもってのほか、というよりお金がなければ使わないというのは偉ぶった主義でもなんでもなく、それがご自分にとっての自然な生活の仕方だったのだ。
「借金も財産のうちという考えは、ぼくにはできないんです。ついでに言うなら、生命保険も嫌だから入っていないよ」
 アメリカ的なクレジットで買う感覚についていけない、とおっしゃた。
「自分の命にお金をかけるのは、感覚的にいやだな」と仰せになった。
 それでも暮らしがなりたっていたというのはお幸せだった、と今の世の中の動きを見るとおもいません?
 言ってみれば、一般的な日本人の常識からは、相当にズレている生き方を通されていた。
 「給料は必ず上がり、成長はし続けなければいけないって考えはいつか破綻するね」
 
 さて、さて、この9月中旬以降の新聞を読みながら、‘欲望の暴走’を止められなかった行き着く先の結果をみて、野口体操の‘ほどほど’‘ちょっと少ないくらい’‘少し手前’といった野口体操のありかたそのものは、先生の生き方とまったく齟齬はなかったなぁ~、と思いつつ、戦前の恐慌や戦争体験を通して身につけられたことなのだと納得してしまった。

 野口先生のお財布は、生き方そのものだった。
 フムフム。。。。。。。そうか!
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朝の空気

2008年10月28日 08時17分24秒 | Weblog
 猛烈忙しかったわけではない。
 通常の仕事をこなしながら、ちょっと名残の夏風邪だった。
 咳が止まらないことがあって、渋々‘咳止め薬’を呑んだ。
 眠いことといったらない。ちょっと時間が空いたり、乗り物にのって揺られたりすると睡魔が襲ってきた。
 無駄な抵抗はやめて、それにも任せてみた。

 その間、プライベートな来客や、来年の仕事の依頼や、知人の相談事にのったりしながら、ブログの編集ページを開く気力を失っていたというわけだ。
 まっ、そんな時もありますわね。

 昨日からようやく晴れたけれど、今朝方は晩秋を思わせる空気の匂いが町に立ち込めていた。
 日中は、それでも暖房もいらず、快適に過ごせそう。。。。。。。。 
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2008年10月24日 19時32分26秒 | Weblog
 春はゴールデンウィーク、秋は大学祭で休みがある。
 あるといってもたった1日、一回の授業が抜けるだけだ。

 実はこの一回に助けられている。
 一学期の授業回数は、実質12回から13回だが、学生との真剣勝負で、相当にエネルギーを使う。
 そこで、中間地点で一回の休みが入ることで、後半戦の体力が維持されると同時に、前半に足らなかったこと、そしてこれから授業で伝えておきたいことが、整理されるのだ。
 仕切り直しができるというもの。
 
 来週末から11月初旬が‘秋休み’だ。
 それが終わると秋も深まって、授業も佳境に入るというわけ。
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近視用レンズの進化

2008年10月22日 13時57分30秒 | Weblog
 近視のメガネをかけるようになったのは、小学校5年生からだった。
 かれこれ○十年がたつ。

 近視の特徴にもれず、メガネをはずし近づければ、今でももの凄く細かい字までよく読める。
 とはいえはずしたまま長時間はキツイ。

 実際は3つのメガネを持っている。
 まず一つは、‘お近く用’つまり昔ながらの老眼鏡だ。
 二つ目はパソコン用兼自宅内でかける‘中くらい用’の近視メガネ。
 3つ目は外出用で、このメガネの度はかなりきつい‘遠く用’近視メガネ。

 遠く用のものでも、今までは何とか近くも読めていた。
 しかし、最近になって、度の強いメガネでは、滅法、手元の字を読むのが不自由になった。
 
 先日、思い余って眼鏡屋に出かけた。
「遠近両用というのは、どんなものでしょう」
「それでなくても、すすんでいない老眼用に、30代後半から40代の方向きの、近近レンズが出来ました」
 最初は要領をえなかった。

 半信半疑でこのメガネに換えてみた。
 いやいや、これが非常に具合がいい。
 目をまっすぐに向けたときは遠くを見るための強い度数。
 アゴをひいて視線を下に向けたときには、弱い度数の近視ってわけだ。

 老眼鏡だと近くは見やすいが、遠くがボケる。
 しかし、です。
 この近視のグラデーションは、新聞も本も読みやすい上に、遠くもよく見えるのだ。
 すぐに慣れて重宝している。
 上・中・下に分けてパソコン用の中距離があってくれれば便利かもね、と思ったがそこまでは無理というものらしい。
 パソコン用は今までのものを使っている。
 近頃、便利になったもの。
 メガネもだ。
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讀賣新聞記事をオンラインで……

2008年10月19日 11時37分23秒 | Weblog
 先日来、このブログでご報告している「讀賣新聞ー健康プラス」10月16日、17日の記事を、オンラインで読むことが出来ます。
 昨日の「かめいどさんのコメント」から、入ることができます。
 一週間くらい先かと思っていたので、オンライン掲載の速さに驚きです。
 朝刊を買うことが出来なかった方には朗報です。

 つくづく、便利な世の中になりました。
 
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讀賣新聞‘健康プラス’記事

2008年10月18日 08時24分35秒 | Weblog
 一昨日、いただいた二通のコメントに、今朝、お返事を書きました。
 ところがブログ上に掲載されない状態に陥っています。
 ありがとうございました。(今、羽鳥のお礼コメントもアップされたようでした)

 さて、16日、17日と連載されたこの位置は、目立つところのうえイラストの絵が目を引きますね。 
 讀賣新聞が他社のカルチャーセンターを御紹介くださった。このことも嬉しい限りです。なんでも読者の利益になることならばいい、という判断を下されたと伺っています。

 今、若者からはじまって新聞離れがすすんでいますが、やはり手元で読める活字は読みやすいし、繰り返し読むことも出来るし、印刷の手間もなく、いいと思っています。
 全国紙で二日間にわたって取り上げられるというのは、非常に有難いことと思っています。
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讀賣新聞「健康プラス」に紹介記事が……

2008年10月16日 08時41分14秒 | Weblog
 本日、10月16日(木)、讀賣新聞朝刊「くらし 教育」面。
「健康プラス」に、野口体操が紹介されました。

《脱力のすすめ 2 体を揺すり 重さを感じる》

 10月に取材を受けました。
 とてもよく書かれています。
 皆様、ご一読をお願いします。
 明日も紹介されます。
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若松 河田 余丁町、そして‘抜け弁天’にて。

2008年10月13日 10時06分16秒 | Weblog
 冷房も暖房もいらないこの時期は、日本の四季の中でも快適な季節だ。
 とりわけ散歩には。
 ……そんな秋の午後……。
 余丁町にある‘発明学会’に、作品展を見に出かけた。
 親戚のものが1700点の応募作品の中から約1割の一次選考にのこったという知らせをもらったからだった。

 この界隈に足を運ぶのは、五年ぶりになろうか。
 突発性難聴で東京女子医大に入院し、その後も半年間ほど、同病院の附属ペインクリニックに通っていたときと同じ道順を選んだ。
 久しぶりに通ってみると、過去の記憶が身体感覚とともに甦ってくる。
 とくに体調はよくわかるものだ。
 今回は、耳の調子がよくなっていた。
 治療中は地下鉄の騒音に辟易していた記憶があったが、今回はまったく気にならない状態まで快復している。

 そんなことを確かめながら、新宿駅から乗った地下鉄‘大江戸線’で、二つ目の若松河田町駅で下車し、目的の場所に向かう。
 女子医大とは逆方向に歩いた。

 ところで、この界隈はそれ以外にも思い出がある。
 河田町バス停前に‘備後屋’という屋号の諸国民芸品店に、野口三千三先生とよく通ったことがある。
 正月飾りにしている‘凧’、とくに先生の快気祝いの‘風呂敷’は上階にあった‘ギャラリー華’に注文をして染めてもらったもの。
 我が家では来客用のテーブルクロスとして使わせてもらっている。
 藍染に大胆な唐草柄の評判はすこぶるいい。
 かれこれ20年以上前の品物だ。

「ちかくに抜け弁天があるんです」
 最初にこの店を野口先生に紹介した‘音あそびの会’の主宰者だった高野昌昭さんのことばが忘れられない。
 小さな弁天さんは三角形の角地にひっそりと佇んでいて、通り抜けられるように鳥居が前と後ろに一つずつ二つ立っている。
‘抜け弁天’という語呂がいい。
 この弁天さんは、余丁町から河田町へ抜ける近道であった。
 このあたりは道路拡張・区画整理が行われたのだろうか、道幅が広くなっているので、‘抜け弁天’の意味合いが薄れているような気がする。
 
 かつて永井荷風も日より下駄を履いて、このあたりを散策したに違いない、と想像すると柔らかな秋の日差しと風の匂いも加わって、時の流れがゆったりと感じられた。
 
 日曜日の午後。
 思いがけずすでに鬼籍に入られた3人、ゆかりの地に立った。
 野口先生、華のオーナーで現代書家でもあった俵有作さん、高野昌昭さんである。
 若松町、河田町、余丁町、そして‘抜け弁天’。
 万感の思いを抱きながら、弁天さんに手を合わせた。
「人はどこから来て、どこに行くのか」
 月並みな言い方だが、そのことばの重さを背負って、帰りは新宿駅西口行きのバスに乗って歌舞伎町で下車した。
 歩行者天国の町には、大道芸やそれを楽しむ人々のざわめき等、さまざまな音が洪水のように溢れていた。
 ちっとも五月蝿いと感じない私がそこにいた。
 人のからだは変わるもの……だ。
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‘時間’、そして、何が起ころうと……

2008年10月09日 08時56分21秒 | Weblog
 今もiPhoneのイヤーホーンを耳に、音楽を聞きながらこのブログを書いている。
 新しい機械に慣れていくには時間がかかるものだ。
 とりあえず音楽に関してはiTunesで手に入れたものを、同期する手続きがスムーズに出来るようになって安心したところだ。
 というのも同期方法の設定を変えてしまったことを忘れて、行おうとすると上手くいかなくて、またもやテクニカルサポートのお世話になってしまったから。

 さて、世界金融の恐ろしい成り行きに、今やITの時代に新聞情報では遅すぎるとも言われているが、ともかく新聞を読む目も鋭くなっている人も多いと思う。
 私も1990年代後半から2000年当初よりもしっかり読んでいるような気がしてならない。
 96年に柏樹社から本を出版してもらったころ、すでに社が危ない危ないと言われながら、3,4年後に倒産の事実に接したとき受けたショックは大きかったことを思い出している。

 このブログにも書いたが、2003年に7900円台の日経平均株価の時代は悪夢だった。
 それから持ち直して、10年と続かなかったのか!
 夏休み(8月)に読んだ『暴走する資本主義』ロバート・B・ライシュ著 雨宮寛 今井章子訳 東洋経済新報社 付箋をいれたところを再読し始めている。
 暴走した資本主義のある帰結(現在進行形)というか破綻がこんなに早く現実として起こってくるとは、驚きである。
 たった1月間の急変。この超スピード。

 そんななかで日本人のノーベル物理学賞と化学賞の受賞は朗報だ。
 朗報なのになんとなくもどかしさが残る。おそらくこのことで日本からの頭脳流出がはっきりしたからでもある。
 それはそれとして受賞まで30年という時間を真摯に受け止めたい。
 
 暮らしを昔に戻すことは出来ない。
 しかし、‘時間’をキーワードに、失ったものやことの大切さに気づかされる明暗が別れた二つのニュースなのだ。
 
 そして、今日もこれから、野口体操を若い学生に伝えるべく、授業に出かける。
‘ウォール街がなくなるかも’という噂もまんざらでもなさそうな様相のなか、 とりあえず私の日常が変わらずにおくれることは幸せこの上ないこと。
 因みに、iPhoneには、‘株価’というサイトが入っていて、20分前の株価を読むことが出来る。株取引にとって、20分という時間が、近いのか遠いいのか、投資にまったく関係ない私にはピンと来ない‘時間感覚’だ。
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音楽の時間

2008年10月08日 14時16分13秒 | Weblog
 松の木の下、石のベンチの冷たさがさほど気にならない気温だ。
 金木犀の香りは、先週には感じられなかった。
 一週間で秋がすすんだことがわかる。

 学生食道で昼食をすませ、庭に出たのは1時を少し回っていた。
 教官室に入っていく前に音楽を聞くことにして、ここに陣取った。
 iPhoneにイヤーホーンを差し込んで、しばし音楽に身を浸す。
 外気が気持ちよい。
 三限の授業のない学生が二人、三人、五人、……思い思いに語り合っている。
 前のベンチに腰掛けている男子学生二人はアイスクリームを食べながら、なにやら嬉しそうな様子だ。
 大学の構内を流れる空気はいたって平静である。

 こうした場で聞くのに相応しい軽い曲を入れてきたのは正解だった、と満足しながら一曲一曲と音に浸っている。
 こうした音楽との付き合いは、59歳になって初めて経験している。
 ウォークマンにのらなかったので、一気にiPhoneというわけだ。
 わるくないね~、この感じ。
 目を閉じて、これからはじまる授業のイメージと学生の顔を浮かべる。
 20分ほどの時間はあっという間に流れていった。

 お蔭かな? 
 昨日の授業は上手くいった、と思う。
 今日は、早速、新しい曲を‘My iPhone’に加えた。
 あぁ~、すっかりはまりそうだ!
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社名から見える企業家の世界観と……

2008年10月06日 13時13分54秒 | Weblog
 昨日、10月5日付けの日経新聞‘春秋’に社名の話が載っていた。
 問題の‘AIG’は、「米国国際集団」。華々しくテレビCMをやっている「アリコ」の方がなじみ深い。
 他にシボレーやキャデラックといえば豊かさの象徴だった。この会社GMは「総合自動車」。
 社名がかっこよく響いていたIBMは「国際産業機械」と訳されると、恐ろしいくらい凄い社名だな~と溜め息がでる。
 
 その比較として欧州の多国籍企業名が挙がっていた。
 BMWは「バイエルン原動機」と聞くと、そうだったのか、となんか感心してしまう。
 BASFは「バーデン・アニリン・ソーダ工場」となると、なんとなく笑ってしまう。
 つまり発祥の地名を大事にしているとある。

 筆者は言う。
 アップルは果物。グーグルは大きな数を表す単語のつづり間違いで決まった。
 米国の世界戦略企業が危なくなって、可愛らしい社名の会社が元気がいい。
「ふらつく巨人と、遊び心に満ちた子どもたち。一つの時代の終わりが見える」
‘春秋’はそう結ばれていた。
 
 ところでこうしたご時世にあって、今の日本、安心して舵取りを任せられる宰相は誰なのか?
 哀しいかな相応しい人物の姿かたちがはっきりと見えてこない、2008年の秋である。
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食文化

2008年10月05日 08時06分41秒 | Weblog
 昨日、久しぶりに「食彩の王国」を見た。
 話は‘豚のばら肉’だった。
 豚のあばら骨の周りの肉は、赤身と脂肪が層になっていて、とろける食材だ。
 画面を見ながらお腹がいっぱいになった。

 今の季節だと長時間煮込んだ‘ばら肉’と‘栗’の組み合わせが美味だ。
 私はスペアリブも好きだなぁ~。

 横浜で守られているという‘高座豚’の話は感動だった。
 豚の鼻がぺっちゃんこで、そのために食べるのが不自由な種であるがために育てにくいという。
 そこで丁寧に大事に育てているので、生産量は少ないらしい。
「お金儲けを考えないで、食文化を育てている」気概によっているという。

 手間隙かけて材料も使うわけだし、とにかく生きものの命をいただくのだから、美味しくつくらなきゃいけないって気持ちになりました。
 日々の忙しさに取りまみれていると、忘れることがある。
 それを思い出させてくれる番組の一つがこの「食彩の王国」かもしれない。
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「泣き」が消える

2008年10月03日 19時23分46秒 | Weblog
 午後、帰宅して一息入れてから、二階の座敷を掃除した。
 きれいになった部屋の真ん中に横になった。
 窓からは湿気の少ない風が入ってくる。
 手足はのびのび! 気持ちがいい。
 そうだ、新聞の切抜きを読んでいなかった、と思い出す。

10月1日日経新聞「夕刊文化」に掲載されていた『演歌から「泣き」が消える?ー感情の起伏 伝わりにくく』と題して森進一さんのインタビューだった。

 最近の音楽界では強い感情表現ははやらないようだ、とある。
 森さんは演歌から「泣き」が消えてしまうと危惧しているという。
『一般社会で、すぐに泣いたり怒ったりする人は嫌われてしまうらしい。そんな中で人々の感情の起伏そのものが小さくなっているようだ」

 森さんの歌を私は好きだ。「泣きの演歌」のために生まれてきた声の持ち主だとずっと思っている。
 女心の震えをハスキーな高音で歌い上げる力量は凄いと感じている。
 
 何事も右にならえの時代でも、ひとり‘森節’は貫き通すらしい。
 そうして欲しい、と切に願う。

 季節が晩秋から年の瀬にかけて、森さんにかぎらず、演歌が聞きたくなる時がある。
 一年のうちに溜め込んだ感情を、年末に吐き出して、新しい年を迎えたい自分がいるのかもしれない。
 ゥム、ムムムッ、私も案外、露骨な感情表現を押さえ込んで、現代社会に生きているのかしらネ。
 そういえば、若いときほど泣かなくなったなぁ~。
 映画は別だけど……。

 秋の夕暮れは、日が落ちるのが早くなる。
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雨の日の何気ない会話

2008年10月01日 08時56分22秒 | Weblog
 夕方、授業を終えた学生で混雑している車中。
 明大前で飛び乗ったドア付近に、そのまま立っていた。
 実は、移動したくも移動できなかった。
 
 電車が発車して少し落着くと、いっしょに飛び乗った3人の学生のうちひとりが口火をきった。
 会話の様子から仲のよい友達同士であることがわかる。
「この前、吉祥寺で向かいのホームから人が落ちて、電車に轢かれるのをみちゃったのよ」
「自分で飛び降りたの?」
「わからない。ホームの階段に向かって歩いていたわけ。急ブレーキの音とギャーっという声で、向かいのホーム、思わず見ちゃった」
「間に合わなかったのか」
「そっ。でね、その人は僕の視界からは消えちゃった。もう、さぁ~、バフバフしちゃった」
 話を聞いていた2人は、無言のまま、‘そうか’という表情を見せていた。
 3人は、しばし沈黙。
 電車はトンネルに差し掛かった。

「ねっ、傘だけ見ても性格の違いがわかるね」
 ひとりの学生が、重苦しい雰囲気を変えるべく、話を向けた。
「おまえさ、もっと丁寧に巻けよ」
「えっ、確かにな」
 だらしなく巻かれた傘を、留め具をはずさないで、巻きなおそうとしている。
「無理だよ。そんなことしたって」
「そうだな」
 もうひとりの学生の傘は、開きっぱなし状態。
「他の人に滴がかかって、濡れるだろ」
 そういわれてもなおす気配はない。
 注意している学生は小うるさい感じは受けなかった。
 言いたかったことは‘性格の違い’だったから。

 一瞬、おかしかった。
 二人の学生と私は、きれいに巻かれた学生の傘に視線をやった。
 3本とも同じ白い透明なビニール傘だった。しかし、3人3様の巻き方に個性が滲み出ていたってわけだ。

 その時、ドキッとして自分の傘に目をやった。
「見て、見て、しっかり巻けているいるでしょ」
 ホッとして、言いたかったね。
 
 3人ともジーンズにTシャツ、襟のついたシャツを寒さよけに羽織っていた。
 とくに傘をしっかり巻いている学生の服装に目がいった。
 赤と黒と白のチェックのシャツを着込んで、おしゃれっぽかった。
「そうか、そうか。なるほど。そうなんだ」
 ひとり、ガッテン!

 新宿駅に到着しておされながらホームに下りたときには、3人を見失ってしまった。
 これからどこにくりだすのかなぁ~?
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