羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

明治4年の集合写真が見せてくれること

2006年01月15日 09時14分51秒 | Weblog
 自分と家族が生きた時代を知りたくて、一昨年から、読んできた本の一部がパソコンコーナーの周りには散乱したままである。

日本の戦争・日本の戦後(上下)・連合赤軍とオウム=田原聡一郎著
遥かなる昭和=緒方四十郎著
父の肖像・終りからの旅=辻井喬著
白州次郎=北康利著
阿片王=佐野眞一著
あの戦争は何だったのか=保坂正康著
戦艦大和 最後の乗組員の遺言=八杉康夫著
などなど…。
 
 我が家では、東京に父方の祖父が戸籍を移したのが、明治29年。
 その祖父は、明治2年生まれで、たかだか5歳で家督を相続したらしい。その年は、明治7年だと手書きによる古い戸籍簿には記されている。

 どのような家族にも、家族の歴史がある。自分では、そうしたつながりなど一切考えないで生きてきた。ところが、父が亡くなったときに、古い戸籍簿を見る機会があった。
 それから明治・大正・昭和の時代を知りたくなった。
 それはそのまま大正三年生まれの野口先生が、生きた時代とも重なっている。

 昨年、戦後60年という節目で、近・現代史にかかわる本が、いままでになく多く出版された。
 すべてを網羅すればいいのだが、そうもいかないのが残念だが。

 一昨年には、五木寛之著作を初期の作品から年代順に150編ほど読んでいた。これはひとりのエンターテイナーとしての小説家を通して、その時代を生きた人々の呼吸を感じてみたかった、と今、改めて思い起こしている。

 ようやくタブー視されていた近・現代史が、解禁されつつあるように思える。
 そして、今、読んでいるのが立花隆著「天皇と東大」。
 これが、遅々として進まない。(実は、睡眠導入剤的な役割を果たしてくれている)やっと上巻を半分過ぎたところだ。

 ひとこと。
「東大黎明期の学徒たち」という写真展で公開された「南校時代全職員生徒」1871年(明治4年)の集合写真が、この「天皇と東大」に載っている。
立花氏も書いているが、「写真を一目見るだけで、その当時の日本がそれほど未開国であったかがわかる」。
 その言葉どおりに受け取るが素直と言うことになりそうだ。
 日本の開国は、ものすごい出来事だった。ある基準での“未開”国から、一気に日清・日露戦争まで、突き進んでしまうのだから、日本人には物の怪がついたのか? と言いたくなるような「集合写真」なのだ。

 まだまだ何もいえる状態ではない。
 ただ、市井に生きた我が家の人々を、いつか書いてみたいと思う気持ちは、たかまったことだけは確かだ。
コメント
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