犬を飼っていて生活のうるおいを感じるのは、なんと言っても帰宅時である。僕の帰りを最大限に喜んでくれる存在がある。ちょっと大げさすぎる歓迎なのだが、正直に言って本当に嬉しくなる。家に帰って唐突に嬉しくなれるなんて、どれほど素晴らしいことだろうか。犬を飼っている家庭の多くは、その幸福な日々に浸っているのである。
ただし睦月ちゃんの困ったところは、この瞬間から始まっている。噛み癖が激しいのである。歓迎されて喜びながら、痛みに耐えている。本当にマゾである。幼いので歯が尖っているというのもあるが、まだ加減を十分に覚えていない。特に帰宅時は興奮しているので、動きも激しいが噛み方も激しい。「痛い!」というが、まるで無視している。しばらく噛んでも、まだ飽き足らなくかみついてくる。いちおう制止しようとするが、それも遊びの一つと思っているのか、さらに激しくなったりもする。指はもちろん手の甲は傷だらけである。手を洗う分にはそこまで痛みは感じないが、いまだに店などにはアルコール消毒が置いてあって、うっかりこれを使うと滲みて痛い。ポスト・コロナということで、これからは遠慮したい。
いつも着ているパーカーも袖の部分などの糸がほつれてきている。長袖のシャツもそうである。こちらもかみつかれて引っ張られるのを楽しんでいるときもあるが、やはりしつこすぎるのには閉口する。世の中には程度というものがある。本人は何が楽しいのかよく分からないが、いつまでもかみついて引っ張りまわして唸っている。犬は一般的に子沢山だから、普通なら子供時代はきょうだいたちとこのようにじゃれ合う時期があるのかもしれない。それにしても生身の体で嚙みつき合うと、それなりに痛いのは間違いなかろう。そうやって喧嘩のようなことになり、噛み具合を調整していくのではなかろうか。相手が人間だと、そういう加減をいつまでも覚えないのではないか。そういう心配をついしてしまうのだが、さて僕が唸って抵抗したところで、そういう加減を覚える様子はない。
ものの本には、噛まれて不快なことを示すために、いったん部屋から出てワンちゃんに噛んだらそのように楽しくない状態になることを分からせる、という方法が紹介してある。実際にこれは試してみたが、何の効果も無かった。効果のある犬がいるのかもしれないが、睦月ちゃんは対象外であるようだ。
基本的に叩くことはしたくないしできもしないが、そうするとどうなるのか、とも考える。動物を叱る場合はそういうことをする人もいるだろう。しかし犬の場合は、その後の成長段階で性格的な問題が出る場合も心配される。他の人を噛むような犬は、そういうケースも多いと聞く。自分の犬にそういう実験的なことはとてもできない。
噛みついているワンちゃんの口の奥まで手を突っ込んで、押さえつけるようにすると、それなりに苦しい状況になり、懲りてひどく噛まなくなる、という話もある。もちろん何度か試したが(一発で治るという話もあるが)、これもほとんど効果が無い。いったんどうしたの? って顔をされる場合もあるが、再度攻撃が再開される。もっと興奮したりもしている。
これもある方の聞いたが、ワンちゃんの前足を口に突っ込んで口を閉じさせると、その痛みにキャンと哭く。それで治まるという。これはつれあいにはかなり効果があったらしく、それなりに甘噛みするようになったらしいのだが、僕の場合は前足を掴んだ時点でそうされることを察知し、さらに唸り声が激しくなり、痛みにキャンと哭くけれど、やはり激しさはそう変わりないように感じられる。少し効果のある場合もあったが、時間が経過すると忘れてしまうのではないか。まあいいかと遊ばれているうちに、また傷が増えていく。
睦月ちゃんが来て二か月が経過し(※現在は二カ月半)、だいぶ体が大きくなった。マズルも長くなり、黒の中の白い毛もはっきりと浮き上がってくるようになった。一度毛は切ったが、また伸びておじさん顔になっている。体重は倍以上になって(※現在は約三倍)、体当たりしてくる衝撃も強くなった。抱っこするとずっしりとした重量感がある。しかし暴れ方はそのまま激しいので、まだ子供なのだろう。早く大人になる必要は無いのだが、噛み癖は困ったままなのである。